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魔界闘神伝  作者: 和和和和
ゆりかごの世界編
17/305

十世界





 九世界の次元の狭間――夜のように暗く、星のような光が周囲の全方向で瞬くまるで星に包まれているような空間に浮かぶ巨大な島。そこに建造された巨大な城こそが十世界の本拠地だった

「諸君、忙しいところ及びたてして申し訳ない」

 一点の曇りも無い純白の髪を頭の後ろで一つに束ね、額に翼を思わせる漆黒の鱗のような硬質を持った男が高らかに語りかけ切れ長の鋭い眼でその場にいる者達を見回す。


 白髪の男の立つ壇上から見えるのは、扇形に整然と配列された机。

 そしてそこには一定間隔で空間に浮かび上がる紋章が並んでいた。


「今日はお前一人か?」

「姫や他の奴はどうした?」


 その時、白髪の男の言葉に紋章のような物から発せられた声が室内に響く


 紋章の向こうには十世界に所属する者達のリーダー格がおり、九世界のあらゆる場所から、それを介して会話をしていることを白髪の男をはじめ、この場にいる全員が理解していた。


「今日は諸君らに私の話を聞いていただきたい」

 白髪の男の言葉に紋章の向こうから静かに抑制された声が返ってくる

お前の・・・話を……か?」

「私だけの言葉を信用できない諸君らの気持ちは十分に理解できる。しかし忘れないでいただきたいのは、この私、『ヘイト・アリーダー』が十世界盟主『姫』の側近であるということだ」

「……っ!!」

 ヘイトと名乗った白髪の男の言葉に紋章の向こうから息を呑む気配が返ってくる

「諸君らを口論する事に意味は無い。そもそもそんな議論を交わしている暇があるなら我等が盟主・姫の理念を実現させる事に時間と労力を割いてほしいからな」

「…………」

 紋章の向こうからの沈黙を肯定と受け取りヘイトは話を続ける

「まずはこれを見てもらおう」

 そう言ってヘイトは指先を鳴らして渇いた音を響かせる

 それと同時に二人の正面と机に座っている九世界の十人達の前の空間にディスプレイが浮かび上がってそこに光と闇、白と黒の力を同時に使う者の姿が写し出される

「これは……!?」

「光魔神だ」

「光魔神だと!?」

 ヘイトの言葉に紋章の向こうからの動揺が広がる。紋章の向こうにいる十世界の代表者たちが口々に何かを話し出し、やがてその中の一人が口を口火を切る

「何故光魔神が生きている?お前達の神・・・・・が殺したはずじゃなかったのか?」

「奴はこの世界で唯一光と闇という相反する力を同時に行使する事ができる神だ。何らかの方法を使って生き延びていた可能性は高い」

「……この世界はゆりかごの世界、か?」

 ヘイトの言葉に一瞬の沈黙の後紋章の向こうから声がかけられる

「そうだ。この世界にいた茉莉の部隊の者が接触した。どうやら光魔神はゆりかごの世界の人間の魂の中に隠れていたらしい」

「馬鹿な!? 何故ゆりかごの世界の人間の中に光魔神が!? 光魔神が生み出した人間界の人間にというならまだしも、よりによって・・・・・・ゆりかごの世界の人間に!?」

 ヘイトの説明に紋章を通じて会話する者達に動揺が広がる

「……そういえば十五年前の一件があったな」

「!?」

「……何の事だ? 真紅しんく

 紋章の向こうからの真紅と呼ばれた人物の声に別の紋章が答える

「十五年前、ロザリアという天使が十世界裏切って逃走したんだが、その時何か・・を持ち出したらしい。その件そのものは姫の意向で黙認されたが……その時ロザリアを、そこにいた筈のお前やお前達の神が見逃したらしいな」

「それは本当の事か!? ヘイト」

「……そんな事もあったかな。だが、それは邪推というものだ。私も我等が神も姫の意向でその天使を追撃する事をしなかっただけだ」

 真紅の言葉に一瞬広がった動揺に微塵も揺らぐ事無くヘイトは平然と話を続ける

「どうなんだ? アーウィン」

「……確かに。その後の調査で、ロザリアは九世界のために十世界を壊滅させるため潜り込んでいた節がありました。可能性は十分にあるとは思います」

 紋章の言葉にアーウィンと呼ばれた人物が、紋章の向こうから静かで理知的な言葉遣いで応じる

「そんな事を話し合うために私は諸君らに声をかけたわけではないぞ?」

 徐々に熱を帯びていく会話をヘイトは静かな声で嗜める

「光魔神がゆりかごの世界の人間に宿り、ゆりかごの世界に現れた理由など今はどうでもいい事だ。問題は光魔神に対して我々がとるべき対応にある。

 報告では光魔神は現在不完全な覚醒状態に過ぎず、せいぜい全霊命ファーストの中の上程度の力しかないとのことだ。

 だが知っての通り、光魔神は最強の異端神、円卓の神座の1人、我等の神・・・・と同等の力を持つ唯一の存在。このまま捨て置く事はできない」

「……確かにな」

 ヘイトの言葉に紋章から静かな肯定の言葉が返ってくる

「私としては、彼にも我等の組織に加わってもらおうと思うのだがいかがか?」

「それが今我らが取りうる最善の手段か……」

「了承する」

「…………」

 次々と肯定の意を述べていく紋章の中で最初から会話に参加せず沈黙を守り続けている一つの紋章に別の紋章から声がかけられる

「どうしたゼノン?」

「……異議は無い」

 ゼノンと呼ばれた紋章の向こうにいる人物はしばらくの沈黙の後ゆっくりと口を開く

「ならばその様に取り計らわせてもらおう。交渉する相手はこちらで用意しよう。諸君らの手を煩わせるわけにはいかないからな」

「何を企んでいる?」

「何も企んでなどいないさ。もし私に企みがあるとすれば、それは姫の意志を叶え、十世界の理念を叶えるためのものだ」

「……だと、いいがな」

 静かに応じたゼノンと繋がっている紋章にヘイトが静かに視線を向ける

「何か言いたそうだな? ゼノン」

「……いや。そちらに任せよう。交渉役も兼ねてな」

 ヘイトの言葉にゼノンはしばらくの沈黙を以って応じるとゼノンが繋がっていた紋章が消失し通信が途切れる

「相変わらず協調性の無い奴だな……それで、諸君らはどうする?」

 一方的に開戦を切断したゼノンに溜息をついたヘイトはその場に残っているゼノン以外の面々に視線を送る

「……具体的には誰を行かせるつもりだ?」

「私では信用が無いだろうからな。『戦兵レギオン』の誰かに行ってもらおうと思っている」

「なるほど。それなら良いだろう」

「ああ、そうだな」

 ヘイトの言葉に同意を示した紋章に次々に紋章が同意を示していく

「では、その様にしよう。手間を取らせてすまなかったな諸君、これで解散だ」

 そう言って身体を翻したヘイトの背後で次々と回線が切れた紋章が消失していく。そしてヘイトが今まで立っていた壇上の背後にある扉を開く

「ククク……」

「楽しそうだな」

 口元に小さな笑みを浮かべながら扉をくぐったヘイトに扉の横にもたれかかるようにしていた男が静かに声をかける

 そこに佇んでいたのは二メートル近いがっしりとした体躯の男だった。

 その身体に漆黒の紋様を刻み、額と即頭部から大きな角を三本、額と即頭部までの間に左右合わせて四本、合計七本の角を持ち、まるで白目をむいているような瞳の無い目を持っている

「立ち聞きしていないで入ってこればよかったじゃないか『戦王ブレイカー』。聞いていた通り、君達の眷属に光魔神を引き入れに行ってもらう事になった」

「……ああ」

「では、よろしく頼むよ。私は事の顛末を姫に報告しに行く」

 それだけ言って立ち去っていくヘイトを、戦王は瞳の無い白目を向けてただ無言で見送る

(『先導者ヘイト・アリーダー』か……何を企んでいるかは知らないが油断できないな……)

 視線の先にヘイトを捉えて戦王は目に剣呑な光を灯す

 味方でありながら味方ではなく、敵ではなくとも敵である存在・・それがヘイトをはじめとするかの神・・・の眷属の象徴とも言うべき存在意義。決して信用してはならない。しかし決して切り捨てる事は出来ない

(何故悪意を振り撒くものマリシウス・スキャッターなどが十世界ここにいるのだ……!)

 悠然と歩き去って行くヘイトの背に視線を送りながら、戦王(ブレイカー)は自らに問いかける

(いやそんな事は考えるまでも無いことか……)

 しばらくの逡巡の後、自分で自分の問いに答えを出した戦王は一瞬物憂げな表情を浮かべて軽く天井を仰ぎ見た






「紫怨!」

 その頃十世界の本拠地の通路を臥角と共に歩いていた紫怨を澄んだ声が引き止める

「……茉莉」

 その声の主に視線を移して紫怨は静かにその名を呼ぶ

 そこにいるのは紅蓮とラグナを統べる者。十世界の分隊長を務める、美しさと力を兼ね備えた柔らかく波うつ金色の髪を持つ美しき悪魔――「茉莉」だった

「何のようだ?」

「……怪我、してるから」

 紫怨の身体からかすかに立ち昇る血炎に視線を移して茉莉は不安そうな表情を浮かべる

「かすり傷だ……放っておけばすぐに治る」

 神魔によってつけられた傷は全霊命ファーストの復元能力を以ってしても簡単に回復するような代物ではなく、今でも紫怨の身体にはいくつかの傷が残っている

 とはいえ命に関わるような傷が無いのも事実。翌日には何事も無かったかのように、傷跡一つ残さずに完全に復元しているだろう

「でも……」

 そんな事は十分理解していて、それでも不安な表情を浮かべる茉莉に苦笑した紫怨は、儚げな美貌を悲しみに翳らせている茉莉の、柔らかく波打つ金色の髪にそっと手を添える

「……!」

「相変わらず心配性だな、お前は……でも本当に大丈夫だ」

 顔を赤らめる茉莉に優しく微笑みかけると、紫怨は茉莉の金髪からそっと手を引き抜いて臥角と共に歩き去って行く

「紫怨……」

「いいのか? 積もる話もあるだろう?」

 不安げに見送る茉莉に一瞥を向けてから、臥角は紫怨に静かに声をかける

「……今の俺にあいつを抱きしめる資格なんて無い」

「資格、か……そんなものにこだわっているのはお前だけだぞ?」

「分かっている、そんな事は。……でも、俺がやろうとしている事にあいつを巻き込むわけにはいかない」

 臥角の言葉に紫怨はわずかに顔を曇らせる

 紫怨と茉莉の関係、そして事の顛末は臥角をはじめとして皆が知っていることだ。そして二人の間にある距離の原因が紫怨のくだらない男の意地でしかない事も。

「……全く、頑固な奴だ。だから俺達もお前についていってるんだがな」

「それより、他の奴には連絡がついたか?」

 自嘲するような笑みを浮かべた紫怨はすぐにその表情を引締めて臥角に問いかける

「ああ。すぐにでも集まるだろう」

「……そうか。ならこっちも手を打たないといけないな」

「光魔神、か……」

「ああ。あいつを味方に引き入れられれば俺達の目的の達成も容易になる」

 紫怨の言葉に臥角はわずかに眉間に皺を寄せると重々しく口を開く

「……出来るのか?」

「出来るかどうかじゃない……やるんだ」

 臥角の言葉を紫怨は静かにしかし強く否定する

 その言葉と視線には確かで強い決意が宿り、ゆるぎない信念がそれを後押ししている。それを知っている臥角は気弱になっていた自分を嗜める様に小さく微笑む

「ああ、そうだな……俺たちはどこまでもお前についていこう」

「……すまないな、臥角」

「気にするな」

 紫怨の言葉に不敵な笑みを浮かべる臥角にわずかに口端を吊り上げて微笑んだ紫怨は一度目を伏せ、鋭い決意の宿った視線を前方へ向ける

「行こう。……十世界は俺が必ず潰す……!!」

 静かに言い放った紫怨の言葉は2人の姿と共に長い通路の中に消えていった





 夜。界道家では食卓を囲んで一家全員と神魔、クロス、マリアを加えた七人が夕食を取っていた

「どうしたの? 全然食べてないじゃない。具合でも悪いの?」

 食事の手が止まっている大貴に詩織がわずかに眉根を寄せて心配そうに覗き込む

「いや、少し考え事をしてただけだ」

「考え事?」

「ああ……」

 詩織の言葉に大貴は静かに呟く

 大貴の脳裏には紅蓮が去り際に放った言葉が甦り、常に繰り返し流れ続けている


《人の形をしたモノを攻撃できない弱点は克服してきたようだからな》


(そういえばそうだ……俺は紅蓮を攻撃できなかった。なのに今日は……クロスと戦い方を訓練したからか?……いや、違うな)

 内心で思い浮かんだ仮定を大貴はすぐさま否定する

 光魔神としての力に目覚めた当初、大貴は人の形をしたものに武器を向け攻撃する事を躊躇った。それはこれまでの人生で教えられ、刷り込まれてきた当然の感性であり、常識という名の箍とでもいうべきもの

 しかし、今日に至ってその感覚は全く無くなっていた。人の形をしたものに武器を向け、戦い、攻撃を加える事に何の抵抗も覚えなかった

(俺は……人間じゃなくなってきているのか……?)

 不意に頭をよぎったそんな考えにわずかに唇を噛みしめる

「そういえばあの人たち十世界って言ってましたよね?」

「十世界?」

 不意に思い出したように言う詩織に一義と薫は首を傾げる

「十世界というのは、九世界の中でも『英知の樹ブレインツリー』と並んで危険視されている組織です。

 光、闇問わず九世界全ての世界を統合して争いのない世界を作ることを理念として掲げている者達の集まりですよ」

「言ってる事はいい事だと思うけど……そんなに悪い事なの?」

 マリアの言葉に薫は首を傾げる

 光と闇が手に手を取り合い、全霊命ファースト半霊命ネクストも関係なく争いのない世界を創造する。それはとても素晴らしく崇高な目的のように思える。現に恐らくこの星の大半の人間はそう感じるに違いない

「九世界の中で人間界を除く全霊命ファーストの支配する八つの世界のうち七つが『軍界王政主義』という社会体系を構築しています」

「軍界王政?」

 神魔の言葉に一義はわずかに首を傾げる

「簡単に言えば、その世界に所属する全ての者は例外なく『世界』という単位の軍に所属しているという事です。僕の場合は魔界という軍に所属する魔王様の配下の悪魔という事になります」

 軍界王政とはその名の通り、世界を1つの軍隊として認識し、世界に住まう者全員をその世界の軍人として認識した上で敷かれる王政

「なるほど……つまり悪魔なら、全員が魔界という軍に属した魔王の配下であり、軍隊のような王政を行っているという事だね?」

 その意味を理解した一義の言葉に神魔は小さく微笑んで話を続ける

「ええ。で、九世界のうち、七つの世界が軍界王政を敷く理由なんですが、僕達が全霊命ファーストだからです」

「……!?」

「どういう事ですか?」

 神魔の言葉にクロスとマリアを除いた界道家の面々がそれぞれの表情で怪訝そうな表情を浮かべる

「簡単なことですよ。私達全霊命ファーストの世界には、あらゆる産業が存在しないからです」

「え?」

 神魔の言葉を引き継いだマリアの言葉に詩織が首を傾げるとその言葉をクロスが引き継ぐ

「前に話したと思うが、俺達全霊命ファーストは、存在としての最盛期を保ったまま殺されるまで生き続ける事が出来る。

 自分の存在から湧きあがる無限の力のおかげで食事も睡眠も必要ないし、病気にもならなければ、生きている限りどんな傷でも完全に治癒する。――同じ全霊命ファースト以外の存在に対しては、絶対無敵の存在だ」

 クロスの言葉に大貴は、その言葉の意味を理解して小さく声を上げる

「そうか。食事をしなくてもいいなら、農業や漁業はもちろん料理屋も必要ない」

「あ!」

 その言葉にようやく合点がいったのか、界道家の面々は口と目を丸くしてその意味を理解する

「どんな傷でも治るなら医者は要らないし、光よりも早く空を飛んだり出来るなら移動にも困らない。服や武器は神能ゴットクロアが作り出すんだからそういう店も一切必要ない」

「そういうことです」

 大貴の言葉に神魔は小さく微笑んで頷く

 自分の存在の力である神能ゴットクロアによって存在を維持している全霊命ファーストにとって、食事や睡眠は娯楽。常に最盛期を維持し、あらゆる不利な現象を無効なするその特性によって寿命は無く、毒などは一切無効。

 しかも常に最盛期を維持する神能ゴットクロアの特性によって、限り無く不死身に近く、武器や衣服は神能ゴットクロアが自身の特性に応じてそれぞれ顕現したもの――文明とは必要に迫られる事で発展する。しかし、全てを成せてしまう者達がわざわざそんな事に労力を割く必要性は、道楽以外の理由では皆無に等しい。

「確かに文明は発達しなさそう……」

 自らの力の及ぶ限りあらゆる理想を現実の事象として顕現させる神能ゴットクロアがあれば、そもそも科学をはじめとした文明が発達するはずが無い

「僕達全霊命ファーストは存在として限りなく完全に近いために、極端な話をすれば何もしなくても・・・・・・・生きていられるんです」

「でも、それでは私たちは生きている意味が無いんです。毎日空を見上げながら老いる事無く、衰える事無く過ぎていく日々を、ただ見送っていく事を生きているとは表現しないでしょう?」

「……確かに、それはキツイかも」

 マリアの言葉に詩織はその状況を想像して軽く身体を震わせる

 一見夢のように思える生活。しかし何千万、何億という時間をただ何もせず見送って過ごす日々など、想像するだけで恐ろしいものだ

 働く必要など無い。なぜなら飢える事が無いから。恐れるものなどない。全霊命(自分達)以外には絶対に害されない存在なのだから。

「生きる事は戦う事だ。だからこそ全霊命(自分達)以外に敵がいない全霊命(俺達)は、世界の外に――世界の中に敵を作る」

「争いがないことを平和とは言いません。平和とは全ての命が調和し、支えあう共存関係の事を示します」

 クロスの言葉をマリアが引き継ぎ淡々と静かに語り始める

「例えば野性では生きるために他の生物を殺して食らい、縄張りを巡り、群れの中での地位を巡り、子孫を残すため雄同士で争い合います。

 あなた方も同じでしょう? 縄張りは国の領土。群れでの地位は仕事の立場や収入、成績と考えれば分かりやすいでしょうか」

「……はい」

 大貴、詩織、薫、一義はただその言葉に耳を傾け、マリアはさらに話を続けていく

「即ち、生きる事は戦う事に等しいのです。そこにあるのはただ『何と』『どう戦うか』の違いでしかありません。

 確かに争いは無いほうがいいでしょう。死ななくて済むのならそれに越した事はありません。しかし命あるモノは何かと戦っていなければ自らの命を認識できません」

「っ!? そんなこと……」

 マリアの言葉に界道家の面々は言葉を詰まらせる

「例えば、あなたたちが生きていくのに呼吸は必要不可欠なものですが、普段からその尊さを噛みしめて生きていらっしゃいますか?」

「……っ!」

 マリアの言葉に界道家全員が息を呑む

「呼吸など出来て当たり前。だからこそあなた方は、頭では分かっていても当たり前に存在している空気の尊さを軽んじています。それは命も同じでしょう?

 もし死んでも生き返れるならば、命が尊いなどとは誰も言いません。なぜなら死んでいないのですから。死ねば命が終わり、決して戻らないと知っているから、命が尊いと仰るのではありませんか? どんな命も死ぬからこそ命を尊ぶのです」

「…………」

 失って初めて気付く大切なものがある。失わなければ分からない尊いものがある。死とは命あるもの全てに等しく訪れる終焉にして最高の恐怖。しかし、それが恐ろしいものだと知っているからこそ命を尊び、人生を愛する事ができる

「僕達全霊命ファースト半霊命ネクストも同じ命です。命あるモノはすべからく生まれてくる事に意味を持っていないんです。

 ――でも、だからこそ、僕達は生きているんです。自分が自分として、この世に生まれてきた事を証明するために」

「……!」

 マリアの言葉を引き継いだ神魔の言葉に大貴、詩織、薫、一義はわずかに目を見開く

「この世界に生まれてきた事を証明する方法は他と比べるしかありません。誰より優れていて、誰に劣っているのか

 『容姿』や『能力』――そういったものを他人と比べて、『勝っている』か『負けている』か。たとえどちらであっても、それが『自分』という存在じゃないですか? 命あるモノは、その時初めて自己という存在を認識するんです」

 神魔が静かに言葉を紡ぐ。


 もしこの世界に生きている人間が同じ容姿をして、考え方や性格が同じで、同じ能力をしていたならば、それは一体誰になるのか?それはきっと誰でもない誰かでしかない

 自己、存在、自身。個性とは良くも悪くも他人と比べて優れているか、劣っているかでしかなく、その勝敗はどうであれ「何で」「どこが」「誰に」「優れ」「劣っている」か。その違いだけが「自分自身」なのだ


「ま、話は逸れましたけど、つまり僕達全霊命ファーストは、何もしなくても生きていられる生物として、絶対的な勝者としての立場と引き換えに戦いに生きることを宿命付けられた存在だってことです」

 今までの真剣な口調から、軽い声音に変えた神魔が言う


 全霊命ファースト神能ゴットクロア以外には害されないという、あまりにも完全に近い存在。それであるが故に、経済や産業にわざわざ参画しなくてもただ悠久に生き続けることができる。

 しかし、だからこそ、生きている事を感じるため――死の恐怖を知るために、戦いという手段をとる事しかできない

「……存在として、世界として完全に近づくほど、戦いにしか存在理由を見出せないなんて、本当に皮肉ね」

 神魔の言葉に、薫は少し悲しそうな表情を浮かべる


 九世界の歴史でもそうだったが、九世界では全霊命ファーストという存在が無限の命を有し、永遠に近い時間を生きられるが故に、歴史を「戦争」という尺度で測っている。死を遠ざけ、老いと無縁であるが故に戦いの中にしか生きられない


「でもっ! 別に戦うために生きてるからって必ずしも戦わなくたって良いじゃないですか!? 考えればもっと他の方法が……」

 その言葉に詩織が少しだけ声を荒げる

 たとえ全ての命が戦うために生きているとしても、必ずその通りに生きなければならないわけではない。戦わないために戦うという選択肢も存在するはずなのだ

 その詩織の言葉をクロスが小さく首を横に振って否定する

「それに全霊命オレたちの力は大きすぎる。望めば世界だろうと何だろうと壊せてしまう。一度に億や兆できかないくらいの命を奪うこともできる。だからこそ『力』によって秩序を維持しないといけない」


 神能ゴットクロアという自らの望む現象や事象を世界に顕現させるという、この世で比類なき無双の力を振るう全霊命ファーストは、望めば全てを滅ぼす事も手に入れる事もできる

 だからこそ、その力を振るう全霊命ファーストは命を懸けて戦う事で命の重さを知り、自らの力の責任に向き合っている


 それはこのゆりかごの世界において、人間と核のようなもの。例えば人間に桁外れの力をもつ核を使って戦いを挑めばそこで起きるであろう惨劇は容易に予想できる

 神能ゴットクロアは世界で最強の力であるが故に、軽く振るうだけで天変地異すらも霞むほどの被害をもたらしてしまう。それを防ぐためには互いにその力を突きつけ、その力を以って平穏を保つしかない


「自分達の力で自分たち自身を押さえ込んで、弱い存在にその力が不条理に向けられるのを防いでいるわけか……」

 クロスの言葉に大貴が口を開く

「そうだな」

「確かに組織や国も成長しすぎれば外に仮想の敵を作り上げ、安定を図ろうとするものだ。いや、そうしなければ安定が得られないというべきか……」

 一義の言葉に微笑んだ神魔はゆっくりと口を開く

「そうですね。それに何より、僕達は光の存在でも闇の存在でも、全霊命ファーストだろうと半霊命ネクストだろうと仲良くできる人とはするし、合わない人と無理に仲良くしようとは思いませんから」

「そうだな……」

 神魔の言葉にクロスが静かに応じる


 光と闇の存在は古の昔から争い続けてきた。しかしそれは獣が他の獣を食らうように、群れを形成し、縄張りをつくるように、食事や睡眠をするように――その存在そのものに定められた本能のようなものなのだ。

 だからといって、光の存在も闇の存在も相手を憎んでいるわけではない。もちろんそういうものがいないわけではないが、全てを敵視しているわけではない。神魔とクロスたちのように利害が一致すれば協力もするし、友情も芽生える。出会っても戦わずに去ることも珍しくは無い


「……確かに無理に仲良くするって事も無いか」

「大貴!」

 大貴の言葉を詩織がわずかに嗜める

「皆仲良くしようなんて正直余計なお世話って事かな」

 神魔は優しく微笑んで言う

「……神魔さん」

「?」

 神魔の言葉に詩織は唇を噛みしめると重々しく口を開く

「確かに神魔さん達の言う事は間違っていないと思います……ううん、むしろ感情が入り込んでいない分正論なのかもしれません……でも、私たちはそんな風に考えられない」

 詩織の言葉に神魔は小さく微笑んで目を伏せる

「良いんじゃないですか? 僕達の言い分が正しいとは限りませんし……何より、正しい事が間違っていない訳でも、間違っていない事が正しい訳でもないんですから」

「……?」

 神魔の言葉に詩織が首をかしげ、一義と薫もそれに同意するかのように顔を見合わせて、わずかに眉をひそめる

「…………」

 その様子を大貴だけが無言のまま見つめていた




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