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魔界闘神伝  作者: 和和和和
冥界編
169/305

夢の客人(まろうど)







 世界を神の力によって再創造するという真紅達の目的を果たすには、その力を持つ神器を探し出す必要がある

 そしてそのためには、この世界にある全ての事象を把握する力を持つ神器「神眼(ファブリア)」の力は極めて有用なものだ

 ならば当然、その最大標的が神眼(それ)をもつ者――「詩織」であるということを推察するのは、(くら)にとってさほど難しい事ではなかった



 そしてそれは桜も同じこと。(くら)が声を上げるが早いか、その艶やかな桜色の髪を翻らせて移動した桜が、自身の結界で守っていた室内の詩織の傍らへと降り立つと同時、これまで移動城に控えていた十世界の死神達が各々の武器を手に冥界王城に攻勢を仕掛ける

「――!」

 桜の結界を介することで、光速を遥かに超越した時間と空間の介在する余地さえない神速で迫りくる死神達を見た詩織は、自身に注がれるその目に身を強張らせる


 光魔神(大貴)と十世界の理念に背いてまで対話することを冥界総督(真紅)が決めた時から、不退転の決意を抱いていたのだろう

 十世界背(組織)に戻れなくとも、例え(愛梨)がそれを望まなくとも、自らの意志で恒久的世界平和というその願いを叶えるために、死神達は決死の覚悟で挑んで来ていた


「――!」

 その三つの目に宿る忠誠と決意を見た桜もまた、その絶世の花貌を凛と引き締め、自身の武器である薙刀を顕現させて臨戦態勢を取る


 大鎌を基本に、各々武器を手にした死神達が肉薄してきた瞬間、冥界王城から飛来した三つの影がそれを迎撃する


「す、助太刀させていただきます」

 巨大な大鎌を振るって敵を迎撃した、装飾具で前髪で束ねて顔を隠した死神の少女――「ユニ」が室内の桜に背中越しに、震える声で言う

 その視線の先では、刀の刃を思わせる五本の爪を備えた手甲を手にした長身痩躯の死神――「ヘド」が十世界の死神達をその凶刀爪で斬り裂く

「守ル」

 そして、金色の髪をなびかせる優美な死神――冥界王直下「無言(しじま)」に所属する「空木(うつぎ)」が無数の短剣を投擲して、十世界の死神達を迎撃する

「悪いけど、大切な客人には傷一つつけさせないよ」

 まるで生きているかのように宙を翔けた空木(うつぎ)の短剣が次々と命中し、十世界の死神達は四肢をもがれ、身体を斬り裂かれて血炎を上げた




「さて、じゃあ俺達も戦るか」

「――!」

 十世界の死神達を冥界王城の死神達が迎撃し始めたのを横目で確認した(くら)が、そう言いながら腰を上げると、斬黒(ざくろ)はその手に身の丈にも及ぶ巨大な鎌を顕現させる

 それと同時に、(くら)の身体の周囲に漆黒の闇が広がったかと思うと、手の中へと収束し、刃の先から石突の先まで真黒な大鎌が顕現する

「『終夜(よもすがら)』……!」

(冥界王の常時顕現型(・・・・・)の武器――)

 (くら)の手の中に顕現した漆黒の大鎌を見た斬黒(ざくろ)は、自身の知る冥界王の武器を前に、平静を装いながら内心で胆を冷やしていた

《――斬黒(ざくろ)!!》

「!」

 その時、意識の内に思念通話による声を受けた斬黒(ざくろ)は、その口端を吊り上げるとそのまま後方へと飛び退く

「……?」

 斬黒(ざくろ)のその行動に、一瞬訝しげな表情を(くら)が見せた瞬間、その死角になる後方の背後から、獣頭蓋の兜をかぶった死神が自身の武器である骨槍戟を放つ

 まるで骨で作られたような白い戟の刃から放たれた冥力の槍波動が縦横無尽に走りながら(くら)の背後に迫った瞬間、それを横から飛来した無数の黒針の雨が相殺する

「!」

「私がいるのも忘れないでくださいね、狂牙(クルウガ)

 その攻撃に視線を向けた獣頭蓋の兜をかぶった死神は、漆黒の扇を手に佇む冥界王妃――時雨の微笑を受けた苦々しげに舌打ちする

「『屠雨(とさめ)』か……!」

 その視線の先で妖艶に微笑んだ時雨は、閉じていた黒扇を開いて軽く一薙ぎする

 瞬間、その扇から冥力の波動が渦嵐となって吹き荒れ、獣頭蓋の兜をかぶった死神――「狂牙(クルウガ)」へと襲い掛かる

「チッ」

 その一撃に忌々しげに舌打ちをした狂牙(クルウガ)は、構えた骨戟から冥力の結界を展開させて時雨の魔力嵐を防ぐ

 冥力嵐の衝撃に結界が軋み、さらに硬質な金属音と共に、狂牙(クルウガ)が作り出した結界に、小刀ほどの大きさを持つ黒針が次々に突き刺さる

「あら、防がれてしまいましたか」

 結界によって自身の攻撃を防がれた時雨は、離脱する狂牙(クルウガ)の姿を見送りながら閉じた黒扇を唇に添える様に当てて言う

 その言葉そのものは困っているように聞こえるが、その微笑はそのような憂いなど取るに足りないと切り捨てているような余裕を感じさせる


 時雨の武器である黒鉄扇「屠雨(とさめ)」は、それ自体を攻防一体とする武器であると同時に、骨の部分から黒針を放つことができる暗器としての一面も備えている

 狂牙(クルウガ)はそれを知っていたため防ぐことができたが、何も知らない相手の場合、強力な先手を時雨に許してしまうことになるだろう


「助かったぜ、時雨」

「またまた。私の力などなくとも、あなたならば造作もなく防げたでしょう?」

 斬黒(ざくろ)と対峙する(くら)が、背中越しに言い放った言葉に、時雨はそう言って笑うと同時に扇を広げる

「――現に、狂牙(クルウガ)に一撃当てているではありませんか」

「ガッ!」

 時雨の攻撃を回避し、退避したはずの狂牙(クルウガ)の肩口から、袈裟懸けに深々と斬り裂かれたような血炎が吹き上がる

(いつの間に……!?)

「間抜け……とは、言えないわね。あの人の前では」

 血炎を吹き上げて歯を食いしばる狂牙(クルウガ)の頭に軽く手を置いて上空へと飛び上がったのは、ゴシックドレスを纏った女死神だった

鈴音(りんね)!」

 ゴシックドレスを纏った女死神が声を発すると、冥界王城を挟んで二人がいる反対側から白い着物の袖を翻らせた黒髪の女死神が、身の丈にも及ぶ長刀を手に(くら)へと肉薄する

「オイオイ」

 それを一目もくれずに察知した(くら)が息をついた瞬間、何もない空間が漆黒に霞み、闇が凝縮して形作られたような鎌が無数に形成される

「――っ!」

 それを見て「鈴音」と呼ばれた死神が目を瞠った瞬間、空中に顕現した無数の黒鎌が(くら)の神格と冥力を以って一斉に鈴音と呼ばれた女死神に襲い掛かる

 まるで鞭のようにしなって襲い掛かる黒鎌を長太刀の一閃で弾いた鈴音は、その威力に体を崩されて切れ長の目に剣呑な光を宿す

「――っ!」

 二撃、三撃、次々と襲い掛かる黒鎌の斬撃を長刀で捌く鈴音は、冥力の火花を散らしてそれをしばらく受けていたが、あまりの速さと威力に近づくこともできずに距離を取る

 (くら)の攻撃によってたまらず距離を取った鈴音の刀の柄を握る手には、無数の切り傷がつけられており、そこから血炎が立ち昇っていた

葬陵水(フューネラル)

 だが、その隙に狂牙(クルウガ)を飛び越えたゴシックドレスの女死神の周囲に、大量の黒水がわき出し、それが武器の形をとって(くら)と時雨に向かって襲い掛かる

 液体と金属の性質を併せ持つ変幻自在の暗殺武器を操り、鈴音と共に波状攻撃を仕掛けたゴシックドレスの女死神だったが、その攻撃も空中に顕現した闇が凝縮したような無数の槍によって迎撃されてしまう

「今よ」

「分かってるよ!」

 ゴシックドレスの女死神の声に応じ、神速で肉薄した斬黒(ざくろ)が振るった大鎌による攻撃は、(くら)が手に持っていた黒鎌で受け止められる

 ぶつかり合った冥力とそこに込められた神格の意志がせめぎ合い、そしてより強大な力持っている(くら)のそれが斬黒(ざくろ)のそれを凌駕して圧倒する

「――ッ」

(……これでも駄目か……)

 合わせた刃越しに伝わってくる(くら)の圧倒的な冥力と、それに伴う膂力によって吹き飛ばされそうになるのを踏みとどまりながら、斬黒(ざくろ)はおおよそ予想していた通りの結果に歯噛みする 

「相変わらず、反則が過ぎますね、あなたの力は」

 冥力が軋み、(くら)から注がれる純然たる殺意によって身体が引きちぎられるのではないかという衝撃を受ける斬黒(ざくろ)は、努めて口端を吊り上げて笑う

「そうか?」

 そのまま力任せに黒鎌を振りぬき、その威力によって斬黒(ざくろ)を吹き飛ばした(くら)は不敵に笑うと、手にしていた大鎌を槍へと変えて明後日の方向に投擲する

「!」

 神速で天を貫いた黒槍の一撃が自身に肉薄しているのを見て取った片眼鏡(モノクル)の死神は、それを紙一重で回避し、頬から立ち昇る血炎の軌跡を刻みながら(くら)から距離を取る

 その手には白銀のハルバードが握られており、斬黒(ざくろ)達と共に攻撃に加わることを目論んでいたことを雄弁に物語っていた

斬黒(ざくろ)狂牙(クルウガ)、マルチナ、鈴音……それに、骸か。随分豪勢な面々だな」

 白髪の死神、獣頭蓋の兜をかぶった死神、ゴシックドレスの女死神、白着物の女死神、片眼鏡(モノクル)の死神――先ほど十世界の拠点の城で、他の死神達を率いて先頭に立っていた五人の死神に、順番に視線を向けた(くら)が不敵に笑う


 ここにいる「斬黒(ざくろ)」、「狂牙(クルウガ)」、「マルチナ」、「鈴音」、「骸」の五人の死神は、真紅、夜死(イエス)に次ぐ十世界に所属する死神達の中でも指折りの実力者達。

 個々が無言(しじま)に勝るとも劣らない実力を持つ彼らは、以前から冥界でも名を知られていた

 その力を見込んだ(くら)が、彼らが十世界に所属する前に勧誘したことがあるほどの優れた力を持つ死神達だ


「あなた相手には足りないくらいですよ」

 (くら)と時雨の二人を現在の最高戦力全員で迎え撃つ十世界の死神達を代表して、斬黒(ざくろ)がやや引き攣った笑みを浮かべながら言う

(とにかく、他の奴らが神眼(ファブリア)を手に入れるまで、冥界王(この化け物)を足止めしておかないとな)

 事実、先ほどの戦いでは五人がかりにもかかわらず、手傷を負わされたのは十世界の五人だけ

 血炎を立ち昇らせている狂牙(クルウガ)、鈴音、骸の三人を一瞥した斬黒(ざくろ)は、神眼(ファブリア)を手に入れるために向かわせた死神達の戦いを一瞥して武器を握る手に力を込める

(とにかく厄介なのが、(くら)常時顕現型武器(・・・・・・・)の「終夜(よもすがら)」だ。知覚できない冥力で具現化されているウイルスサイズの極小武器――それを自由自在に収束、凝縮してくるあの戦い方は、厄介極まりない)


 最強の死神にして、九世界最強の暗殺者でもある冥界王(くら)の武器は、常時顕現しており、その身体の周りを覆っている

 だが、その武器を見ることができないのは、一つ一つがウイルスサイズの超極小武器であるからだ。そして戦闘の際には、それを収束して様々な形状の武器を作り出す

 噂によると、凝縮させた武器の射程は冥力依存だが、空間中で凝縮し形状を作ることができるのは、自身を中心に一定範囲設けられた「領域」と呼ばれる距離の内側に限られているらしいが、それが具体的にどの程度の広さなのか、そしてその限界操作量はほとんど知る者がいない

 唯一の救いは、それそのものが神能(ゴットクロア)の化身である全霊命(ファースト)に対して、体内を攻撃することはできないという一点だけ

 いずれにしても、死神の原在(アンセスター)にして冥界王たる(くら)は、その目に見えない武器を以っておびただしい数の敵を屠り、最強の暗殺者と呼ばれているのだ


(とにかく、五人で攻撃をしかけながら、何とか時間を稼がないといけないな)

 一人の死神として圧倒的な暗殺力と殺傷力を持つ(くら)を前に、斬黒(ざくろ)達は、時間稼ぎに徹する戦略を取っている

 無論、殺意が鈍れば冥力の力が落ちてしまうため、あわよくばその命を取ろうとも考えている。だが、現在の最優先事項は、「神器・神眼(ファブリア)を確保すること」だ。

《うし、行くか!》

 思念通話で他の四人に語りかけながら、意を決して再び攻撃を仕掛けようとした斬黒(ざくろ)は、先ほどまで余裕とも取れる表情を浮かべていた(くら)がその三つの目を瞠っているのを見て、その足を止める

「――……!」

 その瞬間、(くら)の意識からは斬黒(ざくろ)達の存在が完全に抜け落ちていた。

 今の(くら)の意識を締めるのは、自身の三つの目が見ている場所――冥界王城にある遊園地。そこで最も高い場所である観覧車の天辺に立っている一人の人物の存在だけだった

(あれは……!)

 そこにいたのは、漆黒のコートを冥界の風と戦場の意志に揺らす一人の男。短く刈り込まれた金色の髪と、額に見える死神の証である三つの目の眼

 全霊命(ファースト)特有の神の造形といえるほどに整った端正で精悍な顔立ちをしたその男は、髪と同じ色の顎鬚で飾った口元に不敵な笑みを浮かべていた

「散れ!」

 冥力に乗せた(くら)の鋭い声が発せられた瞬間、九世界、十世界問わず、この場にいた全員がそれに反応し、瞳にその人物を映す


「――『現滅ノ妄夢シュリーガー・イル・ウヘーヴ!』」


 (くら)の視線の先――冥界王城の遊園地の観覧車の上に立つその死神が手を掲げると、そこに漆黒の靄のようなものが現れ、瞬く間に巨大な剣として具現化する


 刃の先から、柄の端まで少なく見積もっても三メートルはある巨大な片刃の刀剣。分厚く幅の広い漆黒の刀身は怪しげな光を放ち、刀身と柄の付け根には鬣のような白毛が靡いていた

 さらに、その刀剣は男の手に収まることなく、まるでその掌から発せられる見えない力に引かれているように一定の距離を取って空中に浮いていた


「あれは――!」

(なんという強大な力。あれはまさか……)

 男が顕現させた巨大な刀剣を見て、目を瞠った時雨はそこから感じられるあまりにも強大で神々しい神能(ゴットクロア)を知覚して息を呑む

(神の力!?)

 男が顕現させた巨大な刀剣から伝わってくる全霊命(自分達)を遥かに凌ぐ神格を帯びた力の波動は、その場にいる全員に戦慄と恐怖を以って迎え居られる

「ハアッ!」

 (くら)をはじめ、冥界王城にいる全員の視線を意識を集めたその男は、口端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべると同時に、高く掲げた腕を振り下ろす

 その動きに合わせて、天を衝くように滞空していた男の身の丈の三倍は下らないであろう巨大な刀剣が袈裟懸けに振り下ろされ、次の瞬間冥界王城を一刀の下に両断していた

「なっ!?」

 男が顕現させた黒い刃の刀剣が振りぬかれたと同時、洋上に浮かぶ冥界王城がまるで豆腐のように容易く両断され、それに全員が目を瞠る中、その斬撃の軌跡から破壊の力が吹き上がり、炸裂する

 神に等しい力以って放たれた斬撃によって大地が砕け、天が裂け、海が巻き上げられ、その強大な力の嵐は、そこにいた全員を呑み込んで天を穿つ

「――……」

 自身の身の丈の三倍は下らない巨大な刀剣を衛星のように従え、崩壊の力に呑み込まれた冥界王城を睥睨していた男は破壊の光に三つの目を細める

「ったく、しばらく見ねぇうちに、大層なもん手に入れたみたいじゃねぇか『夜半(よはん)』」

 その視線の先では、大刀剣の斬撃によって生じた破壊を拒むように漆黒の力をその身に纏わせた(くら)が暗黒色の大鎌を手に佇んでいた

 死神の特徴である額のそれも含めた三つの眼は、白目の部分が黒く染まっており、自身の内からあふれ出す力の波動によってその身に纏う漆黒の霊衣を翻す(くら)は、その左右の耳に金色の金具を持つ黒い羽のピアスをつけていた

死神羽(しかばね)を使ったか」

 その身に、冥力とは全く違う一点の曇りのない純粋な闇を従えた(くら)の存在が、その耳に付けられた黒羽のピアス――「神威級神器・死神羽(しかばね)」によって、神位第六位と同等の神格を得ていることを知覚し、夜半(よはん)と呼ばれた死神は、細めたその目に怜悧な光を宿す

 夜半(よはん)が放った斬撃が、その死闇に食い尽くされて形を失い、(くら)の背後に、九世界十世界含めた全員が無傷で姿を見せる

「闇の神位第四位(至高神)、『冥府神・デス』の力を持つ死の神器……それを見たのは、いつ以来かな?」

 滅多に使われることのない、王が持つ神威級神器。(くら)がその身に纏う死闇の波動を睥睨する夜半(よはん)は宙空に浮かんだ大刀剣とは別に、刀身がフックのような形状をした槍をその手に顕現させる

 背後に浮かんでいる大刀剣とは別に、自身の武器である鉤刃の槍を取り出した夜半(よはん)に視線を向けていた(くら)は、気だるげに首を後ろを掻きながら辟易した様子で口を開く

「お前のその力、夢想神の神片(フラグメント)だな。ったく、ヘイルダートの悪夢のことがまだ(・・)懲りてないみたいだな、裏切り者(・・・・)め」

 夜半(よはん)の背後に浮かぶ大刀剣が、円卓の神座№8「夢想神・レヴェリー」の神片(フラグメント)であることを知覚した(くら)は、苛立ちと嫌悪感の混じった声で吐き捨てるように言い放つ

夜半(よはん)――かつて、無言(しじま)に名を列ねていた死神でありながら、ヘイルダートの悪夢の主犯と通じていた離反者。

 そして、今は英知の樹(ブレインツリー)に身を置く敵……しかも、どうやってか知りませんが、夢想神から神の力を得ているとは)

 (くら)の背後から大刀剣を従える夜半(よはん)を見据えていた時雨は、自身の記憶の中にあるその敵対行為を思い返してその目を剣呑に細める


 夜半(よはん)は、かつて冥界王直下の暗殺部隊「無言(しじま)」に所属していながら、ヘイルダートの悪夢の主犯格と裏で通じていた

 その企みは、冥界に侵入してきたオルセウスとエスティという天使、そして当時同じ無言(しじま)に所属していた椎稲(しいな)によって暴かれ、ヘイルダートの悪夢の戦いからさえも逃げ切り、英知の樹(ブレインツリー)へと逃げ込んだことは、ある程度冥界の古い死神達ならば誰もが知っていることだ


「裏切り者とは、随分な言われようだな。俺はただ、力を求め、己の存在を超越する高みを欲しただけだ」

「そういうのを、身の丈に合わない野心っていうんだよ。もしくは、悪意だな」

 互いに相手を見下すように睥睨しながら、嘲笑混じりに罵り合う(くら)夜半(よはん)は、互いに神威級神器と神片(フラグメント)という、神位第六位階の力を手にしてにらみ合う


 単純な死神としての力ならば、夜半(よはん)(くら)に及ばない。しかし、神位第六位相当の力を持った現状では、その差はほとんどと言っていいほどなくなっていると言えるだろう

 その証拠に、軽口をたたきながらも(くら)の三つの眼には、微塵の油断もなく、最大級の警戒が込められている


「それとお前……客人をどこへやった?」

「!」

 夜半(よはん)から一瞬たりとも全神経を離さずに発せられた(くら)の低く抑制されたその言葉に、時雨は小さく目を瞠ってその意識を冥界王城の別塔――大貴達の部屋があった場所に向ける

 先程の一撃で完全に瓦礫の山と化していたそこには、ほんの数瞬前まで確かにいたはずの九世界の客人――詩織と桜の姿がなかった

(しまった。先ほどの一撃は、彼女から我々の知覚と意識を逸らすための陽動……!)


 こと、ここに至って自分達が夜半(よはん)の策に嵌っていたことを痛感した時雨は、大切な客人をみすみす危険に晒してしまったことと、それに気付けなかった自身の実態に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる

 神に等しい力を持つ一撃を受けた瞬間、この場にいる全員の知覚が一瞬以上夢想(レヴェリー)の神力によって塗り潰されてしまったため、桜と詩織がいなくなっていることに気付くことができなかった

 となれば、おそらくここまでが夜半(よはん)の戦略。神の力を見せつければ、(くら)が死神羽を使うことまでも計算に入れ、神眼(ファブリア)を手に入れるための計略だったということになる


「クク……さぁな」

 苦虫を噛み潰す時雨達の視線の先で、夜半(よはん)(くら)に薄ら笑いを浮かべて答える

「――っ!」

 次の瞬間、宙に浮かぶ夢想の大刀剣と、死の力を纏う(くら)の黒鎌が真正面からぶつかり合って、神の力を散らす

 全ての現実を無に返る夢の力と、全てのものに死を与える闇の力が真正面からぶつかり合い、砕け散った神の力が天を衝く

「なら、てめぇの口から直接聞き出してやるよ」

「やってみろ。今度は、以前のようにはいかない。――夢のまま終わったあの日を、現実に変えてみせる」

 互いの武器をぶつけ合い、(くら)夜半(よはん)は、純然たる殺意に彩られた三つの視線を交錯させるのだった





「ここは……?」

 その頃、周囲を見回した詩織は、そこに広がっている光景――どこまでも果てしなく広がっている荒野のような空間を見て声を詰まらせる

「空間隔離です」

 その詩織の言葉に応えたのは、共にこの空間へと取り込まれた桜だった

(先ほどの一瞬で取り込まれたのですね……ならば、その目的は――)

 艶やかな桜色の髪に覆われた背を向けたまま、詩織を結界で守護する桜は、先ほどの一撃――観覧車の上にいた死神が放った神の一撃が知覚を塗り潰した先ほどの一瞬でこの空間に取り込まれたことを理解する

 そして、それを理解した桜は同時にこの空間を作り出した者の目的が、おそらくは自分が守っている詩織――厳密には、その存在に融合した神器神眼(ファブリア)が目的であることまで推察していた

「ふふ」

「!」

 その時、微笑と共に上空から舞い降りた黒づくめの人物に、桜と詩織が目を瞠る


 そこに現れたのは、まるでパンツスーツを思わせる黒衣に身を包み、アンダーリムの眼鏡をかけたココア色の髪の女性

 肩までかかるほどの長さの髪を頭の後ろで結っているその女性の額にある横に開く縦長の第三の目は、この冥界を総べる全霊命(ファースト)である「死神」の証だった


「あなたは……?」

 ここにいることから考えて、目の前の女性が自分達をこの空間に閉じ込めた張本人、あるいはその協力者であるというのは疑いようがない

 そうなれば、自分達がこの空間に囚われたタイミングから考えて、先ほど冥界王城を攻撃した人物とも関わりがある可能性が高く、そのような攻撃的な手段に打って出てきた相手が友好的な関係を望んでいるとは、桜には到底思えなかった

「そんなに、身構えないでください。私は『(ひつぎ)』という者よ」

 柩と名乗った女死神は、自分に向けられる桜の視線に微笑で答える

「そんなに警戒しなくても、ここには今のところ私しかいないわ」

 目の前に現れた自分はもちろん、その意識を周囲に伏兵がいないかへと振り割っているのが見て取れる桜の憂いを嘲笑うように、柩が言う

 もっとも、死神は全霊命(ファースト)の知覚にさえ捉えられない暗殺者。警戒を緩めない桜が自分の言葉を鵜呑みにするとも思ってはいないが

「――あなたがこの空間を?」

「ふふ、どうかしらね?」

 警戒を解くことなく向けられた桜の問いかけに、柩は微笑を崩すことなく答える


 もしも、この空間隔離を行ったのが柩でないのならば、どこかに別の誰かがいるということ。そして、この空間隔離を柩が行っているのならば、その意識と冥力が一定量振り割られているということになる

 前者ならば伏兵に、後者ならばそれに勝算があるということ――すなわち、その実力に警戒をしなくてはならない

 神魔どころか、誰もいない状況下では詩織を守る結界を常に桜が維持していなくてはならない。戦闘力の低下が免れないこの現状で、不用意な立ち回りが自分達の命の危機に直結することを桜は正しく理解していた


《この空間を作ったのはオイラさ》

「っ!?」

 その時、薙刀を手に柩と周囲に全ての意識と警戒を向けている桜の背――これまで、最も多く見続けてきたであろう後ろ姿――を見つめていた詩織の脳裏に、声変わりしていない少年のものとも、少女のそれとも思える声が響く

(この声は――……)

《静かに》

 その聞き覚えのある声に、詩織が息を呑んだ詩織が口を開く前に、同じ声が諭すような声音で語りかける

 従う必要などないはずのその言葉になぜか従ってしまった詩織は、なぜかその口を開くことができず、まるでその次の言葉を待つように、沈黙を返す


 もしかしたら、この不審な挙動は桜も背中で感じていたかもしれない。しかし、声の主――円卓の神座№8「夢想神・レヴェリー」のユニット「幻想の住人(ファンタズマ)」の一人である「ルートラ」を通常の全霊命(ファースト)が知覚することはできない

 なにより、柩という目に見えて警戒するべき存在を前にした今の桜が、詩織の些細な違和に関して言及する余裕などなかった


《さて》

「さて――」

 桜には柩が、詩織にはルートラが話題を切り出すべく口を開く

 桜にはルートラの声は聞こえないが、詩織には柩の声もルートラの声も聞こえている。しかし、今の詩織の意識は、自分の心の内に住まう夢幻の化身の声に引き寄せられ、桜に語りかける柩の言葉など耳に届かなかった

「この状況で察しがついていると思うけれど、私の目的は神眼(ファブリア)よ」

「でしょうね」

 改めて言う柩の言葉に、桜は自身の武器である薙刀の柄を握る手に力を籠め、その意識と戦意を研ぎ澄ませていく


 詩織は「心の声(ルートラ)」――幻想の住人(ファンタズマ)の神である夢想神(レヴェリー)どこに所属している(・・・・・・・・・)のかを知らない

 神魔からそのことを聞いている桜が、詩織の心の声を聞くことができていたならば、ルートラが作り出した空間隔離の中で平然としている柩の姿によってその協力関係を確信し、目の前の女死神が「英知の樹(ブレインツリー)」に所属する者だと推測できただろう


 仮にそうではなくとも、九世界と十世界が入り乱れていたあの状況で攻撃を仕掛けてきた死神――「夜半(よはん)」と柩の協力関係、そして九世界、十世界との非協力関係を推測することは容易だ

 そして、桜に神眼(ファブリア)を宿し、最愛の伴侶(神魔)が大切に想っている詩織を渡すという選択肢はない。故に柩に向けられる桜の瞳には明確な戦意と敵意が灯っていた


「残念、交渉の余地はなさそうね」

 そんな桜の視線を受けた柩は、どれほど交渉しようとも神眼(ファブリア)を渡すことはないことを確信し、その手に身の丈にも及ぶ両刃の大剣を顕現させる

 どこか楽しそうにも聞こえるその声と共に柩が武器を構えたのは、「渡すつもりがないのなら、力ずくで奪い取る」という意思の表れ

「――そちらも、退いてはくださらないようですね」

 それを正しく受け取った桜が、その存在そのものである魔力を純然たる戦意と殺意で染め上げ、淑凛と咲き誇ると、相対する柩も近くのできない冥力()に、明確な殺意を乗せる


《オイラが前に行ったこと、覚えてるよね?》

 夜桜と紫紺――魔と死の力が隔離された空間の中でせめぎ合い、空と大地を軋ませる中、心の中に響いたルートラの言葉陰、詩織は心臓を掴まれたような感覚と共に身を強張らせる

 それは、詩織にとって忘れられるはずがない言葉。今日まで詩織が心の隅に追いやっていた醜く卑しい、己の浅ましい感情そのもの

「――……っ」

 互いに己の意志を込めた力をせめぎ合わせている桜と柩の姿を視界に映しながら、息を呑む詩織の耳に――否、その心に、その姿を見ることのできない願望が、甘く囁きかける


《絶好の機会だよ。今ここで、目の前にいる君の敵(・・・)を殺しちゃおう》


 心に直接染み込んでくる甘美な毒言に耳を塞ぐことはできない


 同じ人を愛していながら、その人から寵愛を受けている羨ましくも妬ましい恋敵――艶やかな桜色の髪を翻らせる桜の後ろ姿を見つめる詩織の目には、ルートラの言葉によって生じた様々な感情が渦巻いていた






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