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魔界闘神伝  作者: 和和和和
冥界編
163/305

戦う意味を求れば






 二頭の巨竜が引く巨城――冥界の十世界の拠点は、陸から離れた島そのものである冥界城を望む位置にその様子を窺うように止まる

「久しぶりだな、大貴!」

 同時に、その城内から姿を見せた額と肩から角を生やした逆立つ真紅の髪を持つ悪魔――紅蓮が、好戦的で獰猛な笑みを浮かべて大貴を睨み付ける

 地球で出会い、悪縁ともいえるほどの刃を交えて来た相手――妖界で会って以来の再開に歓喜と戦意に身を震わせる紅蓮につられて、大貴の口端も思わず吊り上がってしまう

「もうお前の相手をするのは、飽き飽きしてるんだけどな」

 口ではそう言いながらも、ただ単純な戦意と殺意を向けてくる紅蓮を見る大貴の目からは、単なる拒否や拒絶とは違う感情が見て取れる

「そう言うなよ。こっちは、ずっとお前と()りたくてうずうずしてるんだからな」

 そんな大貴の表情を見る紅蓮は、その胸中を見透かしたかのように口端を吊り上げて笑う

 距離こそあれど、神能(ゴットクロア)を介してまるで向かい合うように対話する大貴と紅蓮は、まさに一触即発。いつ武器を顕現して戦い始めてもおかしくなかった

「やめろ」

「ぐえっ!」

 しかし次の瞬間、背後から伸びてきた手で襟首を引っ張られた紅蓮の口から、間の抜けた声が上がる

「てめ、なんのつもりだラグナ!?」

 久しぶりの再会によって昂ぶっていた戦意の腰を折られた紅蓮が、その原因となった人物――堕天使「ラグナ」に抗議の声をあげる

「真紅様を差し置いて、勝手に話を進めないでくれるか?」

 そんな怒気さえも孕んだ紅蓮の声に冷ややかに答えたのは、視線を交錯させていたラグナではなく、純白の翼を持つ天使――「シャリオ」だった


 この冥界を任されているのは、死神の「真紅」であり、当然指揮権も彼にある。

 その真紅を差し置いて勝手に戦いを始めようとする紅蓮を引き留めるのは当然の事であり、何より十世界は世界に武力を用いない恒久的平和を実現することを理念とする組織なのだ。いきなり、戦いをはじめようとすることを看過することなどできるはずはない


「――チッ」

 シャリオの言葉からその言い分を読み取った紅蓮は、忌々しげに舌打ちをして渋々といった様子でそれに従う

 その様子からは、「不本意」という本心が透けて見えていた。だが、紅蓮がその戦意を収めたのは、曲がりなりにも姫や十世界の理念への義理であり、それを無視するつもりがないことを証明するためなのだろうということが推測できる

「突然の来訪、失礼する」

 紅蓮が作り出した空気を仕切り直すように口を開いたのは、巨竜に引かれる城の上に立っている朱色の髪を持つ死神の男だった

「お前が光魔神か」

「ああ」

 わざわざ訪ねずとも、知覚で分かってはいるだろうが、朱色の髪の死神は確認するように落ち着いた声音で大貴に問いかける

「十世界で冥界総督を任されている『真紅』だ」

 そうして軽く初対面の挨拶をした朱髪の死神――「真紅」に続いて、その背後に控えていた黒髪の死神の女性が恭しく目礼する

「同じく、副官の夜死(イエス)です」

 そうして挨拶をしている間に、冥界王城や真紅の居城の周囲には、百人はいるであろう死神達が包囲網を敷いていた

「これは、これは。壮観だな」

 その全員が冥界王城に仕える死神達。空木(うつぎ)をはじめとした「無言(しじま)」と呼ばれる最高戦力と共に、シキト、夜薙、ユニ、ヘド達もそこに加わっている

「手厚い歓迎痛み入るよ」

 冥界王に従う死神達に包囲されながらも、余裕の態度を崩さない真紅のその三つの目は、漆黒の衣を翻される一人の死神へと注がれていた

「……(くら)

 まかりなりにも、自分達死神の王を呼び捨てにした真紅に、傍らに控える時雨がわずかに眉根を寄せる中、当の本人である(くら)はそれを一笑に伏して鋭利な視線を向ける

「お前がここに顔を出すなんて、いつ以来だ?」

「相変わらず、ヘラヘラと……昔のお前は、もっと悍ましく、恐ろしい男だったぞ」

 (くら)の言葉にかつての冥界王の姿――死神の王にふさわしい、最強の死神と呼ばれていた冷酷無比で無感情だった頃の姿を思い返しながら、真紅は低く抑制した声で良いhな圧

 しかし、そんな自分の過去の姿と今の姿を重ねて剣呑に目を細める真紅の言葉に、(くら)はその裏にある真意を見透かしてわざとらしく肩を竦める

「そう気を立てるなよ。俺は今の俺を気に入ってるんだぜ? 『シェオル』のくれたものだからな」

 まるで同意を求めるように、三つの視線と共に口端を吊り上げて見せる(くら)に、真紅はその言葉の意図と意味を理解して小さく息をつく

「なに。光魔神がこの世界に来たという話を聞いたからな。少しばかり挨拶に来ただけだ」

 これ以上、その問答をする気がないとばかりに三つの視線を大貴へと向けた真紅は、再度(くら)へと顔を戻す

「あと、ついでに神眼(ファブリア)も渡してもらえるとありがたいんだが」

「それは聞いてやれないな」

 真紅の口から放たれた言葉を(くら)が一笑に伏すと同時に、大貴と神魔を筆頭としたこの世界へと来訪した者達が警戒を戦意へと切り替えて臨戦態勢に移る

「まあ、そうだろうな」

 その反応を見てその口端を吊り上げて見せた真紅は、その三つの視線を瑞希――かつて十世界の前身となる集団にいた旧知の相手へと向ける

「……!」

 真紅の三つの視線を向けられた瑞希は、まるでその関係を拒絶するように怜悧で冷たい表情を返す

 言葉のない再会のやり取りを瑞希(かつての仲間)と交わした真紅は、自分を睥睨している(くら)に向けて口を開く

「さて、どうやらお互い因縁がある奴が多すぎるようだな」

「だな」

 真紅の言葉に、互いに視線を交わしあっている面々――大貴と紅蓮、クロス、マリアとシャリオ、そして自分達を含めた(・・・・・・・)全員のそれに(くら)は苦笑を浮かべる

「そこでどうだ? お前の好きなゲームをしないか?」

「ぁん?」

 人差し指を向けた真紅が提案すると、(くら)は先程まで浮かべていた笑みを消して、わずかに眉根を寄せる

 (くら)が浮かべる表情は怒りや威嚇といった感情ではなく、真紅の提案を訝しみ、その真意を探ろうとしているようなものだった

(どういうつもりだ、こいつ?)

 (くら)がそんな表情を浮かべている理由はたった一つ。(くら)の知る真紅は、このような提案をするような人物ではない

 良くも悪くも生真面目で固い。九世界の暗殺者と呼ばれる死神にあって、人一倍融通の利かない性格であることを知っているからだった

「一応、俺にも十世界の立場がある。冥界と全面戦争なんてことをする気はない。だが、お互い言葉ではできないものを清算する必要もあるだろう?」

 そんな(くら)の疑問など分かっているのだろうが、真紅はそんなことはおくびにも出さずにその理由を淡々と並べていく


 その言葉から感じられるのは、恒久的世界平和を理念とする十世界の創設者の一人にして十世界冥界総督としての誇りであり、姫のためにも自分のためにもその理念を裏切ることをしないという高潔な在り方だった

 だが同時に、分を含めたここにいるメンバーの敵愾心を容認し、言葉では受け入れ難く一向に変わらない心の軋轢があることも理解している真紅は、その平静な顔の下で十世界の一員として成すべき理想と、己を含めた仲間たちの現実の狭間でその二つを満たす妥協点を見出そうとしているかのようでもあった


「互いに、同じ数だけ代表者を出して戦い、その勝敗で一つだけ相手の願いを聞くっていうのはどうだ?」

 真紅の提案を受けた(くら)は、伴侶(時雨)やシキトたちをはじめとした冥界に仕える死神の視線を向けて、軽く髪を掻く

「そういうのは好きじゃねぇな」

 眉間にわずかに皺を寄せ、興味や関心の感じられない淡泊な声で答えた(くら)に、真紅はさらに言葉を重ねていく

「安心しなくても、俺達が勝ったからって冥界(お前ら)に十世界の傘下に下れとは言わない。そんなことをしても、姫の望むものは手に入らないだろうからな」


 いかに「一つだけ願いを聞く」とはいえ、真紅としてはそれで冥界を十世界の傘下に加えようなどという提案をするつもりはない

 そんなことをして世界を取り込んでも、それは姫の言う恒久的平和ではなく、ただの武力による支配と統合でしかない。そんな提案をしては本末転倒。十世界である自分達が、自分達の手で組織の理念に反してしまうことになる


「こっちは、神眼(ファブリア)を要求させてもらおうか。もちろん、器になっているゆりかごの人間の方は傷つけない。姫の力で、神器を抜き取った後に返そう」

 そう言って真紅が提案したのは、十世界の一部の者が行っている「神器集め」に関すること。


 ゆりかごの人間――「詩織」に神器神眼(ファブリア)が融合していることは知っている。そして全ての神器を扱うことができる愛梨ならば、詩織を殺さずに神眼(ファブリア)だけを抜き取ることもできる

 それならば、犠牲はほぼ皆無であり、九世界への敵対行為としても最小限で済ませられるだろうという考えに基づいてのものだった


「気に入らねぇな。俺は楽しいことは好きだし、そういうゲームも嫌いじゃねぇ。けど、そんな遊びに部下たちの命を懸ける気もないんだよ」

 だが、そんな真紅の言葉に答えた(くら)は、真紅が提案した「ゲーム」が、互いに死者を出す可能性を多分に孕んでいることを指摘する


 たとえ、互いに命を奪わないようにするという制約を設けても、そうならない可能性を否定はできない。いかに遊興を好む(くら)といえど、部下や仲間の命を危険に晒すようなことを楽しむことはできない

 もっとも、「亡獣」を遊園地として解放している城内で放し飼いにし、その危険に晒されている冥界人達からすれば、「どの口で言う!」と罵倒されかねないことだが。


「なるほど」

 その言葉に目を伏せた真紅へと視線を送っていた(くら)は、その姿におもむろに口を開く

「つうか、前々から聞きたかったんだが、お前らは何でそこまでして神器を集めてるんだ?」

「何を今さら。姫のために決まっているだろう」

 突然、この九世界の者なら誰でも知っているであろう素っ頓狂とも思える疑問を口にした(くら)に、真紅は呆れ混じりの声でその疑問を一蹴する


 十世界の者達が神器を集める理由は、単純に十世界の盟主である姫――「奏姫・愛梨」を守るためだ。

 全ての神器を使うことができる愛梨にとっては、神器は集めれば集めるほど力になるもの。

 九世界から命を狙われている愛梨が身を守るためには、一つでも多く、少しでも強い力が必要になる――十世界の理念というよりは、愛梨個人への思い入れで組織に所属している者達にとってそれは、当然ともいえる帰結だ


「――そういうことを聞いてるんじゃねぇんだがな」

 だが、その答えが不満だったらしい(くら)が、頭を掻きながら鋭い――王としての威厳に満ちた三つの視線を向けられた真紅は、しばしの思案の後にその真意を理解して合点がいったように目を細める

「そうだな」

 (くら)の言わんとしたことを正しく読み取った真紅は、その意味に対して自嘲じみた笑みを浮かべて答える

「ま、お前達も知っているように俺達も一枚岩じゃないってことだ」

「……?」

 話し方や様子から、(くら)と真紅が知己の間柄であることをぼんやりと察していた大貴だったが、ほとんど要点を口にせずに交わされる二人だけの会話に訝しげに眉を顰める

「――ま、お前はそれでいいんだろうが、な」

 三つの視線を明後日の方向へ何かを見据えるように向けた(くら)が、ため息交じりに発した言葉に答える真紅の目は、軽い口調で躱されている会話とは思えないほどに、重々しく研ぎ澄まされていた

「なに。精々寝首をかかれないようにするさ」

(……なんの話だ?)

 二人だけの世界で会話を進めている(くら)と真紅に、大貴が怪訝な視線を送っていると、それに気づいた死神の王が口を開く

「そんな怪訝そうな顔をするなよ、光魔神。要は、こいつらはよっぽど身内を信用してねぇんだなって話だ」

「……!」

 簡潔に告げられた(くら)の言葉に、大貴はその言わんとしていることを察して目を瞠る


 そもそも十世界には、円卓の神座№2「反逆神・アークエネミー」が所属している。現在この世界にいる中では最強の神であるその力を考えれば、神器という戦力を集めることも無意味だ

 仮に神威級の神器を使おうと、それで得られる神格は神位第六位相当。それに対して反逆神の神位は第五位を超えている。

 神位が一つ違うということは、そこにはもはや覆ることのない絶対的な力の差があるということになるのだから、九世界が十世界に戦力で勝利するのは天地がひっくり返っても不可能なことということになる


 それほどの力を持つ者が仲間にいながら、更なる力を求めている――それはつまり、十世界に所属している者達ですら、神敵である反逆神を信頼していないことの証明ということになるだろう


「――ま。どっちにしても賭けは成立しないだろ。お前達には欲しいもんがあるだろうが、俺達にはないんだからな」

 二人の会話の意図に、理解の色を示した大貴を横目で見て軽く口端を吊り上げた(くら)は、その三つの視線を真紅へと戻して面倒くさそうな声音で言う


 十世界――あるいは真紅達にすれば、神眼(ファブリア)をはじめとして欲しいものは山のようにあるだろう。

 だが、逆に(くら)達九世界からすれば、そんなものはない。「愛梨(盟主)の命」などと言ってもそれを了承するはずもないのだから、この取引は意味をなさない


 そんな(くら)の言わんとしていることを理解している真紅は、ふとその表情を緩めて不敵な笑みを浮かべる


「俺の命でもいいぞ?」


「真紅様!?」

 突然の真紅の言葉に、隣に控えていた夜死(イエス)からもさすがに驚愕の声が上がる

 姫の命はやれないが、自分の命なら懸けてもいい――決して冗談ではないことが分かる確固たる決意の込められた視線を注がれた(くら)は、口を開く

「要らねぇよ」

 淡泊で無関心な(くら)の口調に、これ以上続けても無意味だと判断したのか、真紅はその視線を大貴に向けて同じことを問いかける

「お前は、何か欲しいものがないのか?」

(俺の、欲しいもの……?)

 真紅に問いかけられた大貴は、目を伏せて自分の心へと向かい合う

 その脳裏に甦ってくるのは、今日まで過ごしてきた日々と出会ってきた者達。そして彼らが抱いていた確かな志の数々だった


 世界の在り様。信念、正義、愛――命を懸けた戦いの中で積み重ねてきた想いと、それを見てきた自分の意思がその中で折り重なっていく

 ある者は争いのない世界を求めた。ある者は世界を変えることを望まない。他人を理解しようとしては、しかし決して分かり合えない現実と事実だけが目の前にある

 言葉で全ての人の心は動かせない。力で従えても、全ての人の信頼は得られない。恐れて足を止めればそこには何もなく、足を踏み出してもそれが正しい道だとも限らない


 求められるのは、選択と意思。そして自分自身が求めるもの


「――ああ。あるよ」

 低く紡ぎだされた大貴の声に、その場にいた全員の視線が向けられる

 その言葉の続きを促すように、静かに耳を傾けている真紅へと視線を向けた大貴は、左右非対称色の双眸に自身の強い意志を宿して言い放つ

「でも、多分それは、貰うもんじゃない。自分の手で手に入れるものだ」

 自分が欲しいものは、誰かに与えられるものではない。――少なくとも、こんなゲームの賭けで手に入るようなものではない。声を荒げることなくそう言い放った大貴の言葉に、真紅は三つの目を伏せて自嘲じみた笑みを浮かべる

「そうか。まぁ、なら仕方がないな」

 (くら)だけではなく、大貴にも自分の提案を否定された真紅が目を伏せる――そして、しばしの沈黙の後に開かれた三つの眼は、白目の部分が漆黒へと染め上げられていた

「なら、少しばかり力ずくで行かせてもらうことにするか」

「――!」

 瞬間、その影が消失したと同時に朱色の影は、神速を以って大貴の眼前へと肉薄していた

「!?」

「――『天獄』!」

 突然のことに、誰もが半瞬反応が遅れる中、その隙をついて夜死(イエス)がその手を振るうと、その先から伸びる無数の黒糸が渦を巻いて(くら)へと襲い掛かる

「――っ!」

 それを掲げた腕で受け止め、冥力の火花を散らした(くら)は、そこから繭のように広がった黒糸が自分の周囲を虜込むのを見て声を荒げる

「どういうつもりだ真紅!?」

 その性格を知っているからこそ、(くら)には真紅がこのような力ずくの暴挙――下手をすれば、十世界の威信に傷をつけかねないことをするとは思ってもいないことだった

 現にそれは、他の死神達、そして真紅をよく知る瑞希も同様であり、結果として全員が虚を衝かれて反応が遅れる

「桜!」

「はい!」

 それを見た瞬間声をあげた神魔に答えた桜はその身体から魔力を解き放ち、冥界王城の塔の室内からこのやり取りを見ていた詩織を結界で包み込む

「今だ!」

 その時、大貴の霊衣の襟首をその手で掴んだ真紅が声が上げる

 突然のことに虚を衝かれた大貴達と冥界の死神達が半瞬遅れて臨戦態勢に入ったその時には、すでに夜死(イエス)の手から伸びた黒糸が知覚もされないままに、あらかじめ決めていた標的を絡め取っていた

「これは……!?」

「――っ!」

 自分の腕に絡みついている黒糸を見て目を息を呑む桜を認識するが早いか、神魔は自分の腕にも同じものが絡んでいることは無視して、大槍刀を一閃させる

 漆黒の魔力を帯びた大槍刀によって黒糸を断ち切られた桜は、同様に神魔に絡みついているそれを断ち切るべく薙刀を振るう


「『界棋盤(ドゥアル・スヴァラ)』!」


「な……っ!?」

 しかしその瞬間、真紅の身体から光が放たれると、桜の薙刀が黒糸を切断するよりも早く、神魔がその中へと取り込まれる

「これは……っ!」

 自身の放った斬閃が空を斬り、神魔が消失したのを見て取った桜は目を瞠る傍ら、それを見ていた瑞希が息を呑む

 だが光に取り込まれた神魔に気を取られていた瑞希は、光の中から伸びてきた黒糸が自身が手にしている二刀一対の細刀の刀身へと絡みついたことに気付くのに半瞬遅れてしまう

「しまっ……」

 それに息を呑んだ瑞希が抵抗する間もなく、その身体は真紅が放った光の中に吸いこまれていった

「のやろう……神器(・・)まで使いやがった!」

 夜死(イエス)が放った黒糸の繭を両断した(くら)は、それを見て声を荒げる


 そしてその光が収まると、先程までそこにいたはずの大貴、神魔、クロス、マリア、瑞希、シキト、夜薙の姿が消失してしまっていた

「え……?」

 突然のことに目を瞠った詩織は、桜の結界に守られた部屋の中からそれを認識して、消えてしまった想い人の名を呼ぶ


「神魔さん――?」





「……なっ!?」

 真紅と対峙した瞬間、その身体から放たれた光に包まれた大貴は、次の瞬間には巨大な都市群の中に一人で佇んでいた

「ここは、どこだ?」

 それは、大貴の故郷である地球の首都でさえも見たことのないような天を衝く高層の都市群、摩天楼の大地。

 どこまで広がっているとも分からないほどに広大な大地に所狭しと並んだ建造物は人間界の首都(アルテア)で見たそれに似ており、この場所を作った文明の豊かさとレベルの高さがはっきりと見て取れるものだった

「随分遠いが神魔達もいるみたいだな。まったく、どうなってるんだ……!?」

 知覚によって神魔達もこの世界にいることを確認し、小さく安堵の息をついた大貴だったが、それ以上の不安に眉根を寄せる


 一体なぜこんな場所にいるのか分からない大貴だったが、何より異質だったのはこの摩天楼の大地に、自分達以外の生命体の反応がないことだった。

 知覚を巡らせて見ても、神魔やクロスといった知己の面々の知覚があるばかりで、その知覚の精度――普段は無意識に抑えている、一定以上の弱い存在の知覚――を以って周囲を探っても、この広大な世界には自分達以外の生命、それは微生物や菌類、ウイルスのような目に見えない極小の生物さえも存在していなかった


「ってことは、空間隔離の類ってことか……?」

 それらのことから、大貴は今自分がいるこの世界が神能(ゴットクロア)によって作り上られる空間隔離に似たものだと結論付ける

「ま、これ以上考えててもしょうがないか」

 今まで体験してきたものとは若干違うが、同性質のものだと判断した大貴は、これ以上思案していても仕方がないと左右非対称色の黒白翼を羽ばたかせて天に舞い上がる

「――っ!」

 しかしその瞬間、全身を駆け巡った警鐘に咄嗟に身を退いた大貴の眼前を何かが通り抜け、背後の高層建築を一瞬にして数十キロにも渡って破壊する

(危っ……何度か体験してなかったら、躱せなかったな)

 神能(ゴットクロア)そのものではなく、それに宿る滅殺の意志によって破壊された都市群を一瞥してそれに込められていた殺意の純度を推察した大貴は、肝を冷やしながら自身の武器である太刀を顕現させて周囲を窺う

(死神、か……)

 この世界に来た時、そして(くら)との模擬戦によってある程度力を知覚できない死神との戦闘に慣れていたために、かろうじて反応することができた

 これまでの戦いが無意味ではなく、しっかりと自分の身になっていることを確認した大貴は、落ち着いて呼吸を整えると、どこかに潜んでいるであろう九世界最高の暗殺者を警戒して意識を研ぎ澄ませる

「ほう。それなりに死神(俺達)()れるようにはなっているんだな」

「……!」

 まずは姿を見つけ出すことからだと思っていた大貴は、その言葉と共に姿を見せた人物――十世界冥界総督「真紅」の姿を見て息を呑んだ





 一方その頃、この世界へと取り込まれた者達の間では、次々と遭遇と接触が行われていた


「くそ……っ、あいつら、後で覚えてろよ」

 瓦礫の中で横たわる真紅は、その身体を起こして獰猛な戦意に彩られた金色の視線で眼前にいる敵――漆黒の髪をなびかせる死神の女性「夜薙」を睨み付ける

「どけよ。俺は大貴と()りにいくんだ」

 漆黒の刀身を持つ刀を顕現させ、戦意のままに魔力を滾らせる紅蓮とは対照的に冷静で静かな戦意を放つ夜薙は、その手に黒鎖で繋がった白い鎖鎌を顕現させる

「そうはいきません」





「……迂闊だったわ。まさか、真紅()が神器まで使ってくるなんて」

 周囲を取り巻く摩天楼の群れへと視線を巡らせて嘆息した瑞希は、両手に持つ細剣へと魔力を通わせてその麗凛とした視線を眼前で佇んでいる人物へと向ける

「とにかく、他の皆と合流したいからどいてくれるかしら?」

「そうしてやりたいのは山々だが、そういうわけにはいかなくてな」

 冷淡な瑞希の声を向けられた瞳のない目を持つ戦の神の眷属――「ジュダ」は、静かな声音でそれを否定すると同時に、身の丈にも及ぶシリンダーを備えた片刃剣を顕現させる

 互いにその身に纏う雰囲気は落ち着いている。しかし、互いの身から放たれる魔力と(ウォー)神能(ゴットクロア)には、全霊命(ファースト)だけが持つ純然たる殺意が込められていた





「はぁ……」

 辟易した様子を隠せない様子でやる気なさげにため息をついた堕天使――「ラグナ」の姿を見る神魔は、肩に大槍刀を担いだまま問いかける

「どうやら桜――っていうか、詩織さんを取り込めなかったのは計算外みたいだね」

「まぁな」

 糸に絡めとられていた者達が招き入れられていること、最初に黒糸が絡みついていたことを考えて、桜と桜の結界に守られていた詩織を取り込むつもりだったのは間違いない

 それを踏まえて落胆の原因――おそらくは「神眼(ファブリア)」を取り込めなかったことを推測した神魔の言葉に、ラグナはそれを隠さずに答える

「で、どうするの?」

 自分がこの世界に取り込まれたのなら、とりあえず当面の目的は大貴達との合流になる

 目的の相手がいないというのに、戦うつもりがあるのかと問いかけられたラグナは、小さくため息をついて神魔に視線を向ける

「そうだな……まあ、見逃してもいいんだが、それだと色々と体裁が悪くてな」

 目的の相手を取り込めなかったが、まだ神眼(目的の物)が手に入らなくなったわけではない

 神眼(ファブリア)を手に入れるために、ある程度十世界のために働くという意思のあるラグナは、身の丈にも及ぶ巨大な両刃の斬馬刀を顕現させてその切っ先を神魔へと向ける

「軽く相手をさせてもらうさ」

「――なるほど」

 事務的な戦いをする意図を孕んだその言葉を受け、軽く笑みを浮かべた神魔は、その金色の視線をラグナに向けて魔力を解放する


「けど、僕はそんなことには付き合わないよ?」


 その身から噴き出すのは、純然たる殺意を帯びた暗黒色の魔力。隔離された空間を震わせるその力からは、ラグナの事情など一切考慮に入れず、邪魔をするならば容赦なく滅除する意思を見せる神魔が見て取れる

 神魔の放つ魔力が帯びる力に煽られ、髪と霊衣を翻らせるラグナは知覚が伝えてくる強大なその力に、先ほどとは別の意味を持つため息を吐く


「今日は運が悪い」





「クロス……」

 摩天楼の先、そこにいるクロスと、クロスと相対している人物を知覚したマリアは、その柳眉をひそめる

「彼のことが心配ですか?」

 不安に押しつぶされそうな表情を浮かべ、胸の前で手を重ねて何かを祈るようにしている二対四枚の翼を持つ天使――マリアに声をかけたのは、漆黒の髪を揺らす落ち着いた雰囲気を纏う死神の女性

 真紅の傍らに控える副官「夜死(イエス)」が軽く手を揮うと、そこから伸びる武器――冥力が具現化した無数の黒糸がまるで生きているように渦を巻く

「――……」

 その言葉に、「当然です」と言わんばかりの表情を向けたマリアが、自身の武器である杖を顕現させるのを見た夜死(イエス)は、可憐な唇をわずかに綻ばせて微笑を浮かべる

「十世界冥界総督補佐『夜死(イエス)』と申します。どうぞお手柔らかにお願いいたします」





 その頃、摩天楼の一角で身の丈にも及ぶ大鎌を携えたシキトは、死神の証でもある三つの眼で眼前にいる人物を睨み付ける

「久しぶりだな、シキト」

 そう言って笑みを浮かべるのは、前髪だけが金色になった黒髪を首の後ろで束ねた死神の男。

 スーツ似た霊衣の上に羽織ったコートを翻らせ、腰まで届く尾のような黒髪を揺らした男は三つの目に抱く茜色の瞳でシキトを見据えている

「……鎖牙(サガ)

 その人物――鎖牙(サガ)へと剣呑な視線を向けたシキトは、大鎌を持つ手に力を込めて、その姿を三つの瞳に焼き付けるようにしていた

「お前を止める」

「やってみろ」

 シキトの言葉を受けた鎖牙(サガ)が、一度閉じた三つの眼を時、その表情は命を奪う覚悟を決めた戦士のそれへと変わっていた





 そして、周囲に並び立つ摩天楼の群れの中で対峙するのは、共に身の丈にも及ぶ巨大な大剣を手にした二人の天使が中空で向かい合っていた

「――クロス」

「シャリオ……!」

 唇を引き結び、今にも叫び出しそうな表情を浮かべているクロスとは対照的に、落ち着いた面差しでその姿を見つめるシャリオは、微笑さえも浮かべているように見える

「なんで、十世界なんかに……!」

 剣の柄を強く握りしめ、慟哭を噛み殺すクロスの言葉を、シャリオは鼻で笑う

「それをお前が聞くのか?」

 「分かっているだろう?」と言わんばかりのシャリオの言葉に、クロスは唇を噛みしめて視線を伏せる

 それは、シャリオの言葉が的を射ていることの何よりの証明だった

「まあ、遠慮することはないさ。お前がすることはたった一つ、俺を殺すことだ」

 何かを言おうとするクロスの言葉を遮り、淡々と紡がれるシャリオの言葉はその静かな響きとは裏腹にその裏に、激しく渦を巻く感情を隠しているような響きを帯びている

「正しいことをしないといけないだろ? あの時(・・・)みたいに――」

 皮肉交じりに、煽るように言ったシャリオは、自身の武器――鍔のない刀身だけの幅広で巨大な銀の両刃大剣に自身の光力を纏わせる

「――ッ」

 それに反応して大剣(武器)を構えたクロスだったが、その表情はまだ傷を受けてもいないというのに、激しい痛みに耐えているかのようだった





「一体、どういうつもりだ……?」

 臨戦態勢と警戒を解くことなく、太刀を構えて切っ先を向ける大貴に、真意を測る言葉を向けられた十世界に所属する死神達の長――「真紅」は、距離を縮めるためにゆっくりと歩を進めていた歩を止める

「決まっている」

 「何が目的でこんなことをしたのか」という大貴の意図を、正確に汲み取っている真紅は、両腕を組んだ体勢を崩さないままで答える


「お前の答えを聞くためだ」


 そう言った真紅の眼には、揺るぎない決意と信念が宿っていた




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