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魔界闘神伝  作者: 和和和和
冥界編
157/305

三眼の暗殺者







 世界に数多存在する世界の一つ「堕天使界」。そこは、かつては天使でありながら、その光の力をに魔の色に染め上げた黒翼の全霊命(ファースト)――「堕天使」が総べる世界だ。

 十番目の世界とも呼ばれる堕天使界。その中枢たる漆黒の巨城――「堕天使王城」の玉座の間に座す堕天使王「ロギア」は、思案気にその眉をひそめていた


「……どうにも、色々と面倒なことが起きてきているらしいな。蒐集神に加えて夢想神まで関わってくるとは」

「はい」

 難しい表情で言うロギアの言葉に応じたのは、その正面で跪いている二人の堕天使――「ザフィール」と「オルク」だった


 司法神による界厳令によって世界中に知れ渡っている蒐集神の脱走。そして、妖精界で再会したアリアが夢想神の神片(フラグメント)の力を手に入れていた事実

 それを報告するために戻ってきていたザフィールとオルクの説明を聞いたロギアは、口元に手を当てながら思案を巡らせているような表情を見せる


「蒐集神はともかく、夢想神の目的は一体何なのでしょうか?」

 ロギアと共にザフィールとオルクの報告を聞いていた側近の女堕天使――フィアラが口元に指を添えながら問いかける

「さぁな。ただ、夢想神は円卓の一柱だ。光魔神に要件があったとしても不思議ではない。だが同時にこの世界の歪みに気付いていても不思議ではない。あるいは――」

 フィアラの言葉を聞いたロギアは、黒の玉座に腰を下ろしたまま、視線を向けることなく淡々と抑揚のない声音で自分の考えを述べる


 ただ自身の欲求の赴くままに神の力や珍しいものを集める蒐集神はともかく、夢想神がオルクの幼馴染である天使――「アリア」に神片(フラグメント)の力を与えたという事を無視することはできない

 その目的が同じ円卓の神であり、№1でもある「光魔神」なのか、あるいはほかのところにあるのかは現段階では知りようがない。

 しかし異端とはいえ、神位第五位と同等の神格を持つ神である夢想神ならば、現在世界を蝕んでいる歪みについて何か関係がある――あるいは知っていると考えるのもあながち的外れではないだろう


「何か、別の目的があるかもしれない……ということか」

 そんなロギアの考えに同調するように小さく独白したのは、堕天使王の玉座の傍らに立つ、暗橙色の髪の堕天使だった

「ロギア様、『レグザ』様。やはり、神眼(ファブリア)を獲得するべきではないのでしょうか?」

 そのやり取りを聞いていた逆立つ金髪の堕天使が、ロギアと暗橙色の髪の堕天使――「レグザ」に向けて自身の考えを述べる

「確かに、我らには神器を獲得してもそれを使う術はありません。ですが、いざとなれば十世界の姫に使わせるという手もあるはず。――この世界が滅ぶくらいならば、それを解決するために一時的に十世界と手を結ぶことも視野に入れるべきかと」


 世界に生じた〝歪み〟――それは、世界の禁忌ともいえる混濁者(マドラス)を生みだす愛の異変。本来抱くはずのない多種族への愛情という形で顕現し、あるいは別の姿を以って今も世界を蝕んでいる

 その歪みが増大していけば、この世界の存続そのものが危うくなりかねない。ならばこの際、現在の敵対関係には目を瞑って十世界に助力を乞い、すべての神器を使うことができる奏姫(愛梨)の力を借りるのも一つの手段だ。

 幸いにも、世界の恒久的平和を謳う十世界の盟主である愛梨ならば、その提案を無下にすることはないだろう


「お待ちください、『デュオス』様! 現在神眼(ファブリア)の器となっているのは、ゆりかごの人間とはいえ光魔神様の実の姉です。それを無理矢理に略奪するというのは、九世界に対して攻撃をするようなものではないかと」

 しかし、その金髪の堕天使の言葉を遮って一人の女堕天使が進言する

 足元まで届くほどに長い輝くような金色の髪を持つ黒翼の女性が、やや焦燥の滲む声音で言うと、ロギアはその目を思案気に細める

「確かにロザリアの言うことにも一理あるな」

 全ての神器を扱うことができる奏姫や神のような存在でもない仏運全霊命(ファースト)が光魔神の姉に融合した神器を引きはがすには、器となっている者を殺すしかない

 しかし堕天使という存在は、九世界に於いても光とも闇ともつかない微妙な位置にあることは間違いなく、そんな自分達が世界を上げて光魔神の実姉を害するようなことがあれば、世界の中でさらに立場を悪くするのは明白だ


(……まるで母親だな)


 確かにロザリアの言っていることにも筋は通っている。

 しかしロギアは――否、ロザリアの反応を見たこの場の堕天使たちは、それが単に言葉通りの意味ではなく、大切な人を少しでも守ろうとするその真意を正確に見抜いていた

「だが、かといって世界が滅びてしまえばそんな関係を憂うことも意味がない。――さて、どうするかな?」

 だが、そんな健気なロザリアの思いも、世界が滅びてしまえば無意味。どちらに転んでも、今後何かしらのしこりを残すであろう選択肢の中、ロギアは自分達の取るべき方向性を思案する

 その視線は、ロザリアだけではなく、フィアラ、レグザ、デュオスをはじめとする堕天使たちに向けられている

「では、その一件私めにお任せいただけますか?」

 意見を求めるべく視線を向けていたロギアは、その中から聞こえた静かな声に顔を向けて口端を綻ばせる

「お前か」

 ロギアの声に答えて前に出てきたのは、膝裏まで届く漆黒の髪を腰の辺りで一つに束ねた女性。膝上までしか裾のない着物のような霊衣に身を包んだその女性は、そこから見える黒いタイツに覆われた脚を折り曲げて、その場に跪く

 その背には、この場にいる者達にある漆黒や被膜のある翼は見受けられず、その人物が堕天使ではないことを物語っている

「何か策があるのか?」

 堕天使ではないにも関わらず、堕天使界王城の中枢にいるその女性に視線を向けたロギアが問いかける

「はい。少々伝手(・・)がありますので」

 ロギアの言葉に軽く伏せていた視線を向けた黒髪の女性は、その金色の瞳に強い意志を乗せて自身を見下ろす堕天使の王に答える


「そうか。――いいだろう。やってみろ『深雪(みゆき)』」


「はい。ありがとうございます」

 しばしの黙考の後にロギアの口から出た承認の言葉を聞いた黒髪の女性――「深雪」は、再度恭しく頭を下げると、立ち上がってその身を翻す

「クク……」

 そうして背を向けた深雪が部屋を出ていくのを知覚で見届けたロギアは、ロザリアを一瞥すると、目を伏せて小さく笑うのだった





「また機会があればお会いいたしましょう。次の世界でも皆様に幸多からんことを、遠くからではございますがお祈り申し上げております」


 透明感に満ちた微笑みを浮かべたリリーナに見送られ、世界の扉をくぐった大貴達は、次なる世界――闇の世界の一つ「冥界」へとやってきていた


 これまでの世界の例に漏れず、果てしなく広い大地と一面を埋め尽くす豊かな自然。命の輝きに満ちた緑が風に揺れ、冥界というおどろおどろしい響きからは想像もできない安らかな空気がこの世界には満ちていた

 幸いにも好天に恵まれ、麗らかな日差しが降り注ぐ世界には、頬を撫でる心地よい風が流れ、海が近いこともあって潮の香りと波のせせらぎが、この世界に生きる半霊命(ネクスト)達の生命の息吹と共に耳に届いてくる


「うわぁ……」

 そんな豊かな自然に満ちた世界に佇む詩織は、目を丸くしてその口から言葉にならない声を零していた

「ここが、冥界王様がおわす居城――『冥界王城』です」

「…………」

 いつものように、全員の水先案内人でもある瑞希の言葉を聞きながら、大貴と詩織はもちろんのこと神魔達も含めた全員から沈黙が返される

「……おそらく」

 全員から沈黙を返された瑞希は、自身の言葉に自信を失ってしまう


 だが、それも無理はない。


 冥界を訪れた一同の前に立ちはだかる王の居城は、大きく弧状に抉れた入江の先にある巨大な浮島のような場所にある。

 大地から伸びる巨大な橋と繋がったそこは、島そのものが城になっているとも、城そのものが島であるともいえる巨大なものだった

 だが、巨大なだけならば、これまでの世界でも見てきた。にもかかわらず詩織が言葉を失っているのは、その城の異様な形状によるものだった

 大地と城を結ぶ一キロメートル以上の幅を持つ巨大な橋の上から見える冥界王城の中で真っ先に目につくのは、巨大な円卓の建造物。そして塔のような高い建物、島に絡みつくように作られたうねる道がその視界に収められる


(遊園地だ)


 そう。誰もが言葉を失っている理由は、転移してきた先に鎮座していた冥界王城と思しき巨大な建造物は、さながら遊園地あるいはテーマパークだった


 ゆっくりと回転している観覧車に、天高く座席が飛び上がる絶叫マシン、そして、観客を乗せ、時折悲鳴と共に場内を駆け巡っているジェットコースターに、響き渡る軽快で明るいミュージック。

 これだけのものが遠目で確認できるこの場所が、世界の王の住まう城だとは到底思えないだろう


「一応確認したいんだけど、ここが冥界の城……でいいんだよな?」

「そのはずなのですが」

 疑っているわけではないが、うっかり転移の座標を間違えてしまったのではないかという可能性を考えた大貴の問いかけに、瑞希はそう尋ねたくなる気持ちを理解しながらも自信なさげに答える


 これまで訪ねた各世界の城はそれぞれ特徴的だったが、さすがにここまで異質ではなかった。城は城であり、厳格で厳かな雰囲気に包まれていたはずだ

 だが、この冥界王城らしき場所は、王の城とは思えない楽しげな音楽とアトラクションに満たされており、到底この世界の中枢とは思えなかった


「とにかく、中に入ってみれば分かるだろ」

 同じ闇の世界であっても、世界同士はほとんど交流を持たない。そのため、瑞希が分からないならば、他世界の城がどうなっているかなど、神魔や桜が知るはずもない

 あえて訊ねることはしなかったが、そう結論付けたクロスが言うと、周囲を見回していた大貴が怪訝そうに口を開く

「……それより、誰もいないんだな」

 これまでは、世界を訪れるたびに誰かの出迎えを受けてきた。にもかかわらず、この冥界についてゆうに数分は経っているというのに、一向に誰も現れないことに大貴は疑問を覚えていた

「動くな」

「――っ!!」

 しかし次の瞬間、大貴は自身の背に突き付けられる刃の感触に息を呑む

いつの間に(・・・・・)……っ!?)

 一瞬にして心臓を引き絞られるような感覚と、背後から聞こえた低く抑制された声に視線を向けた大貴は、そこにいる人物を左右非対称色の瞳に映した


 そこにいたのは、ジャケットに似た漆黒の霊衣を纏う青年。黒い霊衣の中からマフラーを巻いたように見える白い霊衣を覗かせて背後に立つその姿は、死の影とも救済の使徒とも思える

 何より目につくのは、黒い髪の間に見える額にある第三の目(・・・・)。額に対して縦に開いた相貌の瞳と同じ金色の瞳で大貴を見据えるその人物の手には、薙刀に似た片刃の槍が握られていた


「大貴く――」

 突如背後から刃を突きつけられている大貴を見て反射的に身体を動かそうとした神魔が、瞬時に顕現させた大槍刀で自身に迫っていた漆黒の刃を迎え撃つ

「――ッ!」

 時間と距離の介在を許さない神速で、逆袈裟に放たれた斬撃が背後に迫っていた刃を弾き、激しい力の奔流と衝撃波を巻き起こす

「おっと」

 純然たる殺意が込められた神能(ゴットクロア)の力が飛び散る中、刃を弾かれたその人物は驚きとも歓喜とも取れる表情を見せる


 金色の装飾が施され、大きく湾曲した黒刃を持つ剣を両の手に携えたその人物は、その額に三つ目の目を持つ金色の男だった。

 ローブを思わせる漆黒の衣の下に、スーツに似た霊衣を纏うその男は、自身の刃を迎撃した神魔を見て、その三つの目を愉快そうに細める


「さすが、分かってる(・・・・・)ね」

 薄ら笑いを浮かべた金髪の男は、両の手に持つ漆黒の刃を自身の神格を帯びた神速で振るう

 世界の理の全てを超越する速さと威力をもって放たれたその二つの斬撃を魔力を纏わせた大槍刀で再度弾いた神魔は、自身へと向けられる金髪の男を睨み付ける

「神魔様……っ!」

 それを見た桜が、突如神魔へと襲い掛かってきた男を共に迎撃すべくその手に自身の武器である薙刀を顕現させる

 だが、しかし神魔の許へと向かおうとした桜は、全く別の方向から襲い掛かってきた新たなる刺客の存在を捉えて、その身を翻す

「っ」

 舞うように身を翻すと当時、桜は急襲者へ向けて夜桜の魔力を放出する

 純然たる殺意を帯び、神格の及ぶ限り全てをこの世界から滅ぼしつくす力を持つ魔力の奔流は、渦風となってその強襲者を呑み込む

「――っ!」

 だがその瞬間、その魔力の波動は内側から神速の斬閃によって斬り裂かれて相殺され、魔力の残滓を空中に漂わせる

 無音のまま繰り広げられた刹那さえ存在しない攻防は、しかし、その内側に取り込んでいた急襲者の正体を眼前に曝け出させることには成功していた

「これは、一体どういうことですか……?」

 その清流のように澄んだ透明な声音に、わずかな憤りの色を滲ませた桜が抑制された声で問いかけると、その視線の先にいる人物――前髪を顔の前で髑髏に似た髪飾りで束ねて顔の上半分を隠し、ローブとも司祭服とも取れる霊衣を纏った少女が手にした大鎌を構える

「う、動かないで……くだしゃい」

 桜よりも頭一つ近く小さな小柄で、表情を窺わせない髪型をした少女は、その身の丈には不釣り合いなほど巨大な鎌の切っ先を桜へ向け、緊張に震える声で言う

「一体、何が起きてるんですか?」

 その様子を、瑞希が展開した結界の中から見ていた詩織は、現在の状況を把握できずに混乱した様子で視線を巡らせる

「……やってくれるわね」

 その時、詩織の耳に結界を維持する瑞希の背中越しに静かな声が届く

 二刀一対の細剣を手にした瑞希は、一つに束ねた長い黒髪が揺らしながら、この戦場で起きている戦いに知覚と意識を向けて、凛麗な表情を険しくする

「まったく、とんだ歓迎だわ」


 一瞬でこの事態に反応して迎撃と詩織の守護をやってのけた神魔、桜、瑞希を知覚の端で捉えたクロスは、そちらは任せて純白の光力を解き放つ

「大貴!」

 放たれた聖浄なる白光の波動は、刃を突きつけられている大貴の後方にいる黒髪の人物へと向かって奔っていく

「……!」

 光を超える速さで自身へと向かってくる白光を知覚で捉えた黒髪の青年は、まるで風に揺れる葉のように自然で滑らかな動きでその身を後方へと移動させる

 まるで、こうして迎撃されることを見越していたような動きで男が離れると、大貴は瞬時に自身の武器である太刀を顕現させて、光と闇を等しく持つ世界で唯一の神能(ゴットクロア)を解き放つ

「悪い、クロス。助かった」

 黒白の力を纏った大貴が、左右非対称色の瞳と感謝の言葉を告げると、身の丈にも及ぶ大剣を顕現させたクロスは、純白の翼を日羽ばたかせて空へと舞い上がる

「油断するな! まだいる(・・・・)ぞ!」

 突然の強襲を受けたクロスが、空から神魔達の戦闘を視界と知覚の端に捉えながら声をあげると、その周囲を取り囲むように漆黒の鎖が走った

『ヒャハハハハハハハハハハハァッ! ご明察だぜェ!』

「!?」

 純白の翼を広げたクロスの周囲に張り巡らされた黒鎖は、さながら天使を捕らえる檻のよう。周囲に縦横無尽に張り巡らされた黒鎖の檻の中、どこからともなく聞こえる声に、クロスは意識と知覚を研ぎ澄ませていく

『ヒャッハァ!!!』

 その瞬間、下から神速を以って飛来した何か(・・)が、クロスを両断しようと迫る

「――ッ!」

 かろうじてそれに反応したクロスは、反射的に構えた聖大剣の刃でそれを受け止める

 瞬間、刃がぶつかり合う衝撃波と金属音と共に、大剣の刃に遮られたものの正体がクロスの眼前に現れる

『やるじゃねぇか』

 歓喜に彩られた攻撃的な口調で言うのは、三日月型をした刃。クロスの聖大剣の刃と鎬を削るそれは、黒鎖と繋がった留め金の部分に空いた穴からまるで眼のように爛々と光る赤光を向けていた

(喋る武器!? ……特異型か!)

 その声の主――周囲を取り囲む黒鎖と繋がった刃を見止めたクロスは、それが通常の武器と異なる形状や能力を持つ特異型の武器であることを瞬時に解し、剣呑に目を細める

「一体、どういう――」

 どういうつもりだ、と問いただそうとしたクロスの言葉は、しかし最後まで発せられることなく途中で遮られる

 その理由は至極単純。喋る月状の刃を受け止めた自分の背後に、一つの影が迫っていたことにクロスが気付いたからだ

「騒がしいですよ、『凶月(まがつき)』」

 そこにいたのは、艶やかな黒髪を頭の後ろで一つに束ね、忍装束に似た黒衣の着物風の霊衣を纏った女性。

(しま――ッ)

 額にある縦長の目とその双眸から冷然した視線を向けてくるその女性は、黒鎖と繋がった鎌を手にしていながら、それではなく長い脚をしなやかにしならせた鞭のような蹴りをクロスに見舞う

「ぐあッ!」

 気が付かない内に懐まで肉薄されていたその女性の攻撃は、迎撃はおろか結界の展開さえ許さずにクロスを捉え、神速の蹴りに込められたその威力のまま純白の翼を持つ光の化身を容赦なく吹き飛ばす

「クロス……っ!」

 それを見て、クロスの許へ向かうために四枚の翼を広げたマリアだったが、その時にはすでに頭上から五つの刃が頭部に向かって伸びてきていた

「っ!」

「そこまデ」

 瞬時に間合いまで入り込んでいたその人物――長い黒髪を持ち、額に第三の目を持つ長身痩躯の男を見て取ったマリアは、その身を翻してその五本の刃を回避する

(……っ、迂闊でした)

 刃を回避し、一筋斬られた金色の髪がその存在を失い、光力となって溶けていくのを視界に捉えながら、自身の武器である杖を顕現したマリアは、内心で苦虫を噛み潰す

 回避と同時に放った光力の極光が、攻撃してきた長身痩躯の男に向かって神速で世界を射抜くが、それはその身を捉えることが叶わずに虚しく空を切る

「ざんねン」

 指に当たる部分が、まるで刀剣のように刃となった手甲を量の腕にはめた長身痩躯の男は、マリアの光力砲を軽々と回避してのけると、その三つの目を細めて嗤った




「なんなんだよ、お前ら――っ!?」

 自身に向かって放たれる槍の刃を捌き、一合ごとに砕けて舞う神能()の残滓を視界に収めながら、苛立たしげに言う大貴は、相対する三眼の男にその意図を問いかける

「中々いい反応だな」

 しかし、そんな大貴の言葉など意にも介さずに攻撃を続けていた槍を手にした男が言うと、次の瞬間、その刃が根元の装甲ごと移動し、武器の形状が大鎌へと変化する

「っ!」

 槍から鎌へ形状が変わった武器の刃をかろうじて至近距離で弾いた大貴は、わずかに掠った切っ先によって傷ついた頬から一筋の血炎を立ち昇らせる

《油断するな、大貴!》

(クロス……?)

 瞬間、脳裏に響いてきたクロスの声に眉をひそめた大貴だったが、間髪入れず相対する男が放ってきた蹴りを受けて後方へと吹き飛ばされる

《こいつらは、死神(しにがみ)。この冥界を総べる闇の全霊命(ファースト)だ》

 思念を介して脳裏に届けられるクロスの声に、大貴は目の前の鎌を持つ三眼の男――この冥界を総べる全霊命(ファースト)である「死神」の姿を見る

(っ、そんなことは、大体想像がついてる! けど、問題はそんなことじゃない(・・・・・・・・・)……ッ!)

 この世界に入ってきた途端に襲い掛かってきた人物。全霊命(自分達)と戦うことができていることから、彼らがこの世界の全霊命(ファースト)であることは、ある程度想像がついていたことだ

 確かに、なぜ突然攻撃を受けたのか、など気になることは多々あるが、何よりも大貴が困惑し、混乱しているのは、そんなことではなかった

(なんで、力を知覚できない(・・・・・・・・)んだ!?)

 男が放った鎌の一閃をかろうじて身体に届く前に遮った大貴は、刃同士がぶつかる衝撃波を間近で受けながら、苦々しげに歯噛みする


 ――そう。今、眼の前にいる相手からは本来感じられるべき神能(ゴットクロア)が感じられなかったのだ


 全霊命(ファースト)はその名の通り、その存在そのものが最も神の力に近い霊の力である神能(ゴットクロア)そのもの。そして、霊の力とは、この世に存在する全てのものが大なり小なり持っているものだ

 その霊の力を知覚することで、全霊命(ファースト)は相手の神格や強さを測り、光をも遥かに超える速さの戦いの中、その動きに反応することができる。現に光魔神の力に目覚めた時も、クロスや神魔達から相手の力を知覚して戦うことを教えられた


 だが、今刃を交えている眼前の相手――死神からは、どれほど知覚を研ぎ澄ませてもその神能(ゴットクロア)を全く知覚することができない。

 結果的に、相手の動きを捉えることが困難を極め、その攻撃に対する大貴の反応を普段から半瞬遅らせていた



《こいつらと戦うときは、知覚に頼るな! 死神の力は、知覚できない!》


「――っ!」

 クロスから届く思念通話に、内心で苦虫を噛み潰していたい大貴は、次の瞬間に届いた自身の疑念を払しょくする言葉に目を瞠る

《死神の神能(ゴットクロア)――『冥力(めいりょく)』は、知覚することができないんだ》


 どれほど大貴が知覚を研ぎ澄ませようとその力を知覚できなかったのは、ただただ単純に「死神」は、その存在を知覚することができないからだ。

 全霊命(ファースト)である以上、その身体は神格を持つ霊の力で構築されている。だが、死神の神能(ゴットクロア)である「冥力」には、知覚できないという特性がある

 そのため、どれほど知覚を研ぎ澄ませようと死神の存在を構築している冥力を捉えることは不可能なのだ


「そういう、ことか……っ!」

 知覚できないという特性を持つがゆえに、全霊命(ファースト)の第一感覚である知覚が及ばない斬閃が神速で奔り、それを黒白の力を纏わせた太刀で防いだ大貴は、その目に強く険しい視線で眼前の死神を睨み付ける


 全霊命(ファースト)にとっての知覚は、戦闘、生活において最も重要な能力と言える。それが働かなければ、神速で行われる全霊命(ファースト)の戦いに於いて不利になることは否めない

 九世界を総べる八種の全霊命(ファースト)の中で唯一、その神能(ゴットクロア)を知覚することができない存在――それが、この冥界を総べる死神なのだ




(ったく、自分のボケっぷりに腹が立つぜ……!)

 大貴と違い、死神が知覚の利かない全霊命(ファースト)であることは知っていたはず。にも関わらず、こうして攻撃されてようやく反応している自分を腹立たしげに思いながら、クロスは自身の光力の波長を波のように広げる


 知覚のできない死神であっても、それに対する対処法は存在する。

 それは、自身の光力の波長を全方位に波長として広げること。周囲に自身の力を張り巡らせ、一定の領域を知覚で捉えていれば、その中を移動してくる知覚できないもの(・・・・・・・・)を知覚することができる

 相手の力を知覚するのではなく、自身の力を使って作り出した空間を知覚することで、逆に知覚できないものを知覚し、死神に対してもこれまでのように対処して戦闘を行うことができるようになるのだ


「……!」

 神速で肉薄した自分を、今度は正しく知覚して反応したクロスに攻撃を受け止められ、忍装束を纏う黒髪の死神は、その三つの目を細める

「いつまでも、やられっぱなしってわけにはいかないだろ……!」

 攻撃を受け止められた女死神が後方へと飛び退くと同時に、背後から襲ってきた黒鎖の鎌を聖大剣で弾いたクロスは、純白の翼を広げて光力を解き放つ


 神魔や桜がこの突然の攻撃に反応できていたのは、同じように死神の力を把握して対処していたから。

 同じ闇の全霊命(ファースト)である悪魔とは違い、光の存在であるために神魔達よりも死神に対して縁遠いとはいえ、即座に対応できなかったことがクロスには腹立たしくてならなかった


「これまでの分、きっちり返させてもらうからな」

 自身に対する怒りを光力に乗せたクロスは、純然たる戦意と殺意に彩られた光を纏い、黒髪の女死神に鋭い眼光を向ける




「これは……っ!?」

 一方その頃、大貴と相対していた黒髪の青年死神は、自身の身体に絡みつく黒白の力――光と闇の力を等しく持つ世界でたった一つの神能(ゴットクロア)太極(オール)」に三つの目に剣呑な光を宿していた

「いくらお前達を知覚できなくても、あんた達には神能(ゴットクロア)があるのは間違いないんだろ? なら、俺の力で捕まえることはできるからな」

 その姿を見た大貴は、手にした太刀の切っ先を向けて言い放つ


 たとえ知覚ができなかろうと、死神には「冥力」というれっきとした神能(ゴットクロア)があり、他の全霊命(ファースト)と同じように作用する。

 そこにその力が存在しているのならば、全を一に取り込む力を持つ太極(オール)の特性によってその力と存在を捉えることが可能になる。

 それは、クロス達が行っている死神に対する戦法とは違い、光魔神たる大貴だからこそ可能な方法だった


「なるほど、これが光魔神の……」

 自身の力を取り込んで増大していく太極(オール)の黒白の力を三つの瞳に映し、合点がいったように呟いた黒髪の死神は、手にした大鎌に冥力を纏わせていく


「うーし、そこまでだ~」


 戦闘によって張りつめていた空気の中、突然響いた気の抜けた締まらない声に、一瞬にして場の空気が乱される

「……!?」

 その声に一瞥を向けた大貴達は、テーマパークを思わせる冥界王城の外壁の上に座りながら、その表情に不適な笑みを浮かべている一人の男の姿をその目に映す


 逆立った漆黒の髪に、無精髭の生えた精悍な顔立ち。白いファーのついた陣羽織風の黒コートを風になびかせたその男の額には、白目の部分が黒くなっている第三の目があり、死神の証である三つの目に抱かれた金色の瞳が大貴達に視線を注いでいた


(誰だ……?)

 突然姿を現したその人物を見て、大貴は訝しげに眉をひそめる

 一瞬とはいえ、それに意識を奪われてしまったことに気付いた大貴は慌てて視線を戻すが、先程何の前触れもなく刃を向けてきた黒髪の死神は、武器を下ろしたままその言葉に聞き入っていた

「……?」

「ご苦労だったな、お前ら」

 その反応に内心で首を傾げた大貴を横目に、城壁の上に座る男は冥力に乗せた声を響かせて労いの言葉を発する


 それを聞くなり、突然襲い掛かってきた死神たちは武器を収めて、相対していた相手に対して各々頭を下げる

「大変失礼いたしました。我々は反対したのですが、王がどうしてもと仰って聞かなくて……」

 深々と頭を下げる忍装束を纏う黒髪の死神の言葉を聞いたクロスは、先ほどまでの冷酷な殺気の消え失せた申し訳なさそうな表情を見て目を丸くする

「……王?」

 面喰ったようなクロスの言葉に沈黙を保ったまま頷いた黒髪の女死神は、その視線をその背後――冥界王城の城壁の上に座っている黒髪の男へ向ける


 同様にそれに似た説明を受けた全員の視線を注がれた城壁の上に座る男は、その口端を吊り上げて愉快そうに笑う

「よく来たな、光魔神と愉快なご一行」

「誰が愉快なご一行だ」

 自分達を一括りにしているその認識に、クロスは誰にも聞こえないように抑制した小さな声で苦々しげに言う


 確かに、共通の目的があるとはいえ、光の全霊命(ファースト)と闇の全霊命(ファースト)悪意の眷属(ゆりかごの人間)までが共だって行動をしているなど極めて珍妙な光景だ

 それを半ば自覚し、なまじ気にしているためにクロスは、その言葉に対して小さくない不満を抱かずにはいられなかった


 そんなクロスの心中など知る由もなく、全員の視線を注がれた男は自身の姿を冥力によって空間上に映し出しながら得意気に語る


「俺がこの冥界を預かる冥界王・『(くら)』だ」


 自身を親指で指し示しながら不敵な笑みを浮かべた男――冥界を総べる死神の王「(くら)」は、その三つの目で大貴達を見回すのだった





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