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魔界闘神伝  作者: 和和和和
妖精界編
150/305

神が去った後には






 天の中心に浮かぶ神臓(クオソメリス)が赤い光を放ち世界を紅に染め上げると、世界を照らす力を持つその光は徐々にその輝きを弱め、世界に夜をもたらす

 昼間世界全体を照らし出すほどに強く輝いていた光は導のように闇の中に灯る冷光へと変わり、夜天の中心で輝く新円の月と空一面を埋め尽くす星々が鏡のような大地によって天と地を一つの風景として溶け合わせていた


 そんな鏡面の大地に建つ白亜の城――「妖精界王城」の中、大きなソファに腰かけた大貴は、その背もたれに身体を預けて天井を仰いでいた



 あの後、反逆神の撤退によって事態は一気に収束をみた

 夢想神(レヴェリー)の幻想の力によって作られた仮初の世界から大貴達が解放されると、リリーナ、アスティナの呼びかけと本拠地から帰還したニルベスの指示によって双方が退く形で幕が引かれたのだ


 反逆神(アークエネミー)と深手を負った夢想神(レヴェリー)自然神(ユニバース)が姿を消すと、アリアもクロスとマリアに背を向けて自身の仇である蒐集神(コレクター)を探すためにこの世界を後にした

 ニルベスを筆頭とする十世界が姿を消すと、月天の精霊王(イデア)率いる月の精霊達も自分達の居城へと帰っていったのだ



「ふぅ……生きた心地がしなかったな」

 こうして終わりを告げた戦いの疲れをいやすように妖精界王城の宛がわれた客室で身体を休める大貴は、生の実感に満ちた声と共に安堵の息を吐き出す

 そんな大貴が左右非対称色の瞳を隠した瞼の裏に浮かべているのは、今日あった出来事と今日会った者達の姿だった


 英知の樹(ブレインツリー)に所属する神器使い「(あがた)

 神魔の師とも言える「ロード」と、その伴侶にして桜の実姉でもある「撫子」

 世界から忌み嫌われる異端の神「蒐集神・コレクター」

 クロス、マリアと知己の間柄にして円卓の神座№8「夢想神・レヴェリー」の神片(フラグメント)となったアリア

 そして、円卓の神座に属する異端神№8「夢想神・レヴェリー」、№3「自然神・ユニバース」――そして、№2「反逆神・アークエネミー」――。


 たった一日のこととは思えないほどに濃密な出会いを重ねたった大貴は、それを思い返しながら、自身の知覚と存在に忘れられない恐怖と畏怖と共に焼き付けられた反逆神をはじめとする異端の神々の神能()を思い返していた

(円卓の神座……か)

 彼らと同じく№1「光魔神・エンドレス」として円卓の神座に数えられる存在である自分へと知覚を傾けた大貴は、ただただ神格の差に圧倒された異端神との邂逅の中で覚えた懐古の念に閉じていた目をうっすらを開く


「あれが……神か」

 夢想神(レヴェリー)と繋がった意識を介して知覚した世界は、自分には想像もつかないほどに高い神格が跋扈する想像を絶した領域

 まるで空の果てを望むような遥か遠い世界を目の当たりにし、その場にいるだけでこの世から消し去れてしまいそうな神の重圧に恐怖しながら、それでも大貴の胸中には懐かしさにも似た優しく切ない色が残っている

「いつか俺も、あんな風になるのか?」

 自身の身体に宿る光魔神の神能()――「太極(オール)」が帰巣本能のように円卓の神座という場所へ帰りたがっているような感覚の中で小さく独白した大貴は、懐古の念とも不安とも取れるその感情に目を伏せる

 そうしていると、三度のノックの後に扉が開き、妖精界王「アスティナ」、天界の歌姫リリーナ、妖精界王の側近である日輪の精霊「メイベル」の三人が入ってくる

「失礼いたします。光魔神様、お疲れのところ申し訳ありません」

「あ、どうも……」

 突如いずれ劣らぬ三人の美女の来訪を受けた大貴が姿勢を正すと、その様子に優しく微笑みを浮かべたアスティナが静かな声で語りかける

「どうぞ硬くならずに。気楽に接してください」

「――はぁ」

(いや、そんなこと言われても無理だろ)

 自分を気遣ってくれていることは分かるが、かといってそう言われた通りにできない大貴は心中でそう独白しながら、できるだけ平静を装って居住まいを正す

 そんな様子に苦笑を浮かべながらも、これ以上を求めるのは酷だろうと判断したアスティナの視線を受けたメイベルは、その手にティーセットを顕現させて支度を始める

「失礼してもよろしいですか?」

 微笑を伴うその問いかけに大貴が頷いて応じると、アスティナとリリーナが軽く目礼をして向かい合う位置に優美に腰を下ろす

「反逆神が現れた時にはさすがに肝を冷やしましたが……ご無事で何よりです」

 対面する位置に座ったアスティナの慈愛に満ちた視線を向けられた大貴は、自身を気遣ってくれているその言葉に軽く頭を下げて感謝の意を示す

 夢想神(レヴェリー)が作り出した空間で円卓の神座の異端神の戦いを知覚していたアスティナがその時のことを思い返しながら言う


 神敵と呼ばれるこの世における絶対なる敵にして、遥か古に光魔神を殺した張本人である反逆神。それが新たに生まれた光魔神の許へと現れれば、最大級の警戒をしてしまうのも無理からぬこと

 加えて、光魔神(大貴)に世界を巡らせることで絆を結び、十世界と敵対関係を築かせることで自分達の陣営に引き込もうとしている九世界にとって、反逆神との邂逅が心身を凍てつかせるほどの不安要素であったことは容易に想像ができる


「どうぞ」

 そんなアスティナの言葉の傍ら、白亜のティーセットに紅茶を淹れたメイベルが、甘く優しい香りを立ち昇らせるそれを、三人の前にそっと差し出す

「あ、どうも」

 その神能(ゴットクロア)――精霊力を用いれば空を移動させることもできたであろうそれをわざわざ自分の手で差し出したのは、メイベルのこだわりによるものなのか、世界の礼儀なのかまでは大貴には分からない

 いずれにしても、メイベルが淹れてくれた紅茶の香りは、今日の戦闘を思い返して張りつめ、強張っていた心が解きほぐされるような感覚を大貴に与えていた

「いい匂いだ」

「よい香りでしょう? これはこの妖精界に咲く香草から作られるものなのですよ」

 白いカップに注がれた紅茶の香りを吸い込み、一口含んでその味を堪能したアスティナは花のように可憐に綻ばせた表情で語りかける

「へぇ……」

「いかがでしたか? 他の円卓の神座の神々の方と触れ合って。何か完全な覚醒への兆しはございましたか?」

 アスティナの説明に手にした紅茶の香りを嗅いだ大貴が小さく頷いていると、それを見て表情を和らげたたリリーナが穏やかな声音で問いかける


 「歌姫」と呼ばれるだけあり、リリーナの声は心地よい響きを持っているだけではなく、聞いていると心が安らぐように感じられる

 いつまでも聞いていたいと思わせるほどに魅力的なその声音に目を伏せた大貴は、優しい響きとは裏腹に心の中のわだかまりを見通しているような確信をつく言葉に一瞬声を詰まらせる


「生憎だがこれといってはないな……けど、あんた達にしろ夢想神(レヴェリー)にしろ、よっぽど俺を覚醒させたいんだな」

 カップを満たす紅茶に自身の姿を映し、自嘲とも取れる響きを持って発せられた大貴の言葉に、リリーナとアスティナはその柳眉を顰めて視線を交錯させる

「そういうわけではありませんが……あなたは、光魔神として完全に覚醒したくはないのですか?」

 一刻も早く、というほどではないにしろ、このままいけば大貴がいずれ光魔神としての完全な覚醒をみるであろうことを確信しているアスティナとリリーナは、まるでそれを拒絶するようなその言葉の真意を問う

「いや、そういう意味じゃなくて」

 しかし、そんな二人の言葉に、大貴は小さく揺れる紅茶の水面へと視線を落とし、そこに映る自分の姿と自分の中にある光魔神を重ねて目を細める

「今思えば、色んな奴が俺のことを覚醒させようとしてくれてたなって思ってな。九世界はもちろん、十世界の奴らまで」

 水面に映る自分と、その中に見える自分ではない自分――まるで一人であるはずなのに二人いるように思える自分の姿に大貴は自嘲するように言う


 思い返せば、ゆりかごの世界――「地球」にいた時から、自分は多くの者達に光魔神として一刻も早く覚醒するように導かれ、守られ、敵対されてきたように思う

 神魔達はもちろんの事、紅蓮をはじめとする十世界の者達、そして九世界の全霊命(ファースト)達。今から思えば、それが光魔神であるはずの自分が神敵である反逆神の世界から脱却し、自立することを求められてのことなのだと分かる


「なぁ、アスティナ、様、リリーナ……様。二人は、俺にどんな光魔神になってほしいんだ?」

 人を様付けで呼ぶことなどないため、少々ぎこちない口調で対面する二人の名を呼んだ大貴は、その左右非対称色の瞳で妖精界の王と天界の姫を見据える

「あなたは反逆神(アークエネミー)に対抗しうる唯一のお方です。無論我々九世界としては、そんなあなたと少しでも強い縁と絆を結んでおきたいというのが本音ではあります

 ですが、別に私達にとって都合のいい存在であってほしいとは思っていません。あなたはあなたらしくしていればいいのだと思います」

 光と闇の力を等しく持つ世界唯一の全霊命(ファースト)である光魔神の力を持つ大貴の言葉に、アスティナは嘘偽りのない本音を話す

 現在行っている九世界の訪問が、九世界と縁を深め、十世界と敵対させる思惑があるということを大貴が知っていることを知らないながら、アスティナはなんの建前もない本心を話していた


 神敵とまで呼ばれている反逆神(アークエネミー)を神に列なる存在である九世界の全霊命(ファースト)達が好意的に思っているはずはない

 はるか古からその悪意によって世界に災いをもたらす神を穢す神――現在十世界に所属している反逆神は口惜しいことに最強の異端神の一柱であり、それに対抗しうる力を持つのは神がいなくなったこの世界の中では同格の神格を持つ光魔神ただ一柱だけだ

 そんな反逆神を擁し、全ての神器を使う力を持つ奏姫・愛梨が総べる十世界と戦い滅ぼすために光魔神を自分達の仲間に引き込んでおきたいという打算的で至極当然な思考が九世界にあることを否定はできない


「そういうことです。今はこの世界を知り、あなたの目に映るものを焦らず一つ一つ確かめて行ってください」

 アスティナの言葉に続いたリリーナの慈愛に満ちた優しい声音と微笑を受けた大貴は、その言葉に既視感を覚えて肩を竦める

(なんか、前にも似たようなことを言われたな……結局、俺が自分で決めなきゃいけないってことか)

 アスティナとリリーナの言葉に、かつて人間界でも同じようなことを言われたことを思い出した大貴は小さく息をついて自分に求められている変わらないものを再確認する

「それと、一つお伝えすることがございます」

「?」

 おもむろに口を開いたアスティナの言葉に大貴が顔を上げると、その日輪のように眩く、穏やかな微笑をたたえた美しき妖精界の王が静やかな声音で言葉を続ける

「先ほど、瑞希さん、リリーナ様ともお話をさせていただきまして、二日後に次の世界――『冥界』へと向かっていただくことになりました」

「そうか、まだ何も大したことできてないのに……なんか悪いな」

 次の世界へと向かう旨を告げられた大貴は、ばつが悪そうに視線を逸らしてその眉間にわずかに皺を寄せた難しい顔で言う

「いや、結局余計なことしただけだったか」


 大貴の脳裏に浮かんでいるのは、妖精界に来て自分がしたこと――せいぜいが、月の精霊達に会いに行った程度の事に過ぎない

 以前の妖界で自分の心と力で行動を起こすことを決めたが、結局空回りするだけでそれをなんとかすることはできなかった

 今思えばそんなことを考えていた時点で傲慢で不純な動機だったのかもしれないが、思うこととそれを実行に移し、成果を出すことがどれほど難しいのかを思い知らされただけだった


(あいつも、こんな気持ちなのかな……)

 気持ちに現実と結果が追い付いてこない喪失感と、思うばかりで何もできない自身の無力感を覚えてる大貴の脳裏に、ふと人間界で会った十世界の盟主――「奏姫・愛梨」の姿がよぎる


 世界から争いをなくし、誰もが笑顔で手を取り合うことができる恒久的平和世界という果てない夢を実現させようとする愛梨だが、現実はそううまくはいっていない

 ただ戦うために十世界を利用しようとするもの、自分とは違う頑なな信念を持つもの、様々な心に道を阻まれる愛梨は自分以上に理想と現実の壁に苦しんでいるのではないか――それでもその夢を諦めない強い信念を持って行動する愛梨の姿を思い返す大貴は、その在り方に感服し敬意さえ抱いていた


「いえ、そのようなことはございませんよ」

 自身の無力を痛感し、ため息をつく大貴を見たアスティナは、小さく首を横に振って感謝の意に彩られた優しい笑みを返す

「あなたのおかげで一時とはいえ、懐かしい未来の夢を見ることが出来ました。私としては感謝に絶えません……ありがとうございます」

 その透明で澄んだ瞳に今日の事――はるか昔に生まれた亀裂によって疎遠になっていた月天の精霊達、そして同じ精霊王であるイデアと悠久の時を超えて、戦場を共にしたことを思い返しながら、アスティナは大貴に目礼を送る


 アスティナにとってそれは、「世界三大事変」の一つ――「ロシュカディアル戦役」以来ずっと抱いてきた願いだった

 光の全霊命(ファースト)でありながら闇の全霊命(ファースト)に助力し、同胞達に多大な被害をもたらしたその戦い以来、月天の精霊達は光の世界の中で微妙な立ち位置にあり続けてきた

 アスティナはそんな月天の精霊達と昔のように同じ空を翔け、共に戦うことを願い続けてきた。そして今日の光景はまさにアスティナが夢にまで見て待ち望んだ懐かしい未来の光景を感じさせるに十分なものだったのだ


「あれは俺の力じゃない。元々そういう関係になってたんだ。アスティナ、様、達の力で。そこにきっかっけができたってだけのことだ――見てて分かった」

 しかしアスティナから感謝の言葉を贈られた大貴は、その時のことを思い返して小さく首を振って視線を返す


 あの時、妖精界王城を守るために月天の精霊達がここにやってきたのは、自分のためではないことが大貴には分かっていた

 イデア達が妖精界王城へとやってきたのは、この世界を守るためだ。光の世界、同じ妖精界の精霊達からさえも疎まれているだけだったならば、月天の精霊達があの時助けに来てくれることはなかっただろう

 それでも、世界を守りたいと思ってやって来てくれたということは、月天の精霊達の心に長い間傾けてきたアスティナの心が届いていた証だといえるだろう


「きっと、力になりたいと思ってくれる何かがあったから、あの時来てくれたんだ。そんなこと、昨日今日来たばっかりの奴にできるわけがない」

「……だとしても、きっとあなたが来てくださったから彼女達も動いてくれたのだと思います」

 自分が何かしたわけではないと自分を卑下するように言う大貴の言葉に、目を伏せたアスティナはそれは謙遜だと微笑みかける

「この世界と何のゆかりもないあなたが、この世界に関わろうとしてくださったから――あなたの周りに天使や悪魔、ゆりかごの方々がいたからこそ、彼女たちはもう一度、昔のような未来のために少しだけ踏み出すことを決めてくださったのだと、私は思います」

 アスティナ自身そうは思っていない。だが、もしも仮に大貴が言うような理由であったとしても、あの時、イデア達がここへ来るための最後の一歩を踏み出す背を押したのは、間違いなく大貴の存在があったからだと考えている


 外の世界からやってきた客人が、この妖精界の――遥か古からずっとわだかまり、引きずられてきた過去に心を砕こうとしてくれたこと

 そして、その周囲に本来敵対する関係である光の全霊命(天使)闇の全霊命(悪魔)ゆりかごの人間(神敵の眷属)がいたことで、月天の精霊達は過去のしがらみの先にある未来に小さな希望を抱いたはずだ

 昔から敵対し、分かり合うことができずにいる者達が共にいるその姿に、過去の罪を背負った月天の精霊(自分達)が日輪、湖、森の精霊達と再び共にある未来を垣間見たからこそ、あの時アスティナ達が頼む前に、自分達から行動を起こしてくれたのだ


「きっと私は、あの時(・・・)にそれを求めていたのだと思うのです」

 大貴の言葉を否定し、この世界を少しだけ変えてくれた大貴への感謝の気持ちを胸に抱きながら、アスティナは自身の心の温もりを感じ取ろうとするようにその手を己の胸に当てる


 その脳裏に甦るのは、大貴が「月天の精霊に会いたい」と言ってくれた時の姿。今になって思えば、あの時自分がそれを許可したのは、光魔神を自分達の陣営に引き入れるためという政治的な理由ではなく、この人ならば自分達の架け橋になってくれるのかもしれないという期待を希望を抱いたからだったのだろう


「ですからあなたは、この世界に大切なものを与え、残してくださいました――〝未来への希望〟を」

 真っ直ぐに感謝の言葉を向けられ、照れくさそうにしている大貴をその目で見据えたアスティナは、この世界の王として、そして一人の精霊としての言葉を紡いでいく

「今はまだ、小さくて本当に弱々しい種でしかありませんが、私達がきっとその実を結ばせて見せます。もう一度あなたがこの世界に来てくださった時、あなたが感じてくださった思いが気のせいではないと伝えられるように」

 優しい瞳の中に、強く揺るぎない意思を宿したアスティナは、誓いを交わすように大貴に自身の想いを語りかける

「なんか、そこまで言われると照れくさいんだけど……」

「ふふ」

 強く優しい真っ直ぐなアスティナの言葉を聞いた大貴が誇張されている自分の評価に視線を逸らすと、それを見ていたリリーナが口元を手で隠して淑やかに微笑む

「きっと私たちは、私達自身が思っている以上に繋がっているのだと思います」


《お前は姫のようになるなよ》


「……!」

 そのリリーナの言葉を聞いた大貴の脳裏に、不意に反逆神(アークエネミー)が去り際に残した言葉が甦って来る


 姫、そして十世界が掲げる理念――「恒久的世界平和」は十世界盟主(愛梨)の言葉を借りれば、誰もが互いを想い合い、手に手を取り合うことで実現させる世界

 現在世界最強の存在である反逆神を擁しながら、実力行使に出ないことも、言葉と心で通じ合うことを掲げる愛梨の信念によるものだ

 だが、分かり合えないことを分かり合うことだと理解し、不干渉を寛容している今の世界の結びつきを強めるまでもなく、干渉していなくても干渉しあっているのかもしれない


「残り短い間ですが、少しでもこの世界で羽を休めていっていただければと思います。今日はゆっくりなさってください」

 そうして意識の中に生じた漠然とした考えに思案を巡らせていた大貴は、一通り話を終えたアスティナの言葉で我に返って応じる

「ああ、お言葉に甘えさせてもらいます」

 慣れていないことが分かるぎこちない敬語で言った大貴の言葉に、優しく目元を綻ばせたアスティナとリリーナは席を立って軽く一礼する

「こちら、よろしければ呑んでください。後ほど片付けに参りますので、カップはそのままにしておいていただければ結構です」

「どうも」

 アスティナとリリーナに付き従うメイベルは、紅茶を入れたポットをテーブルに置いたまま一言だけ事

付で部屋を出ていく

「ふぅ、中々慣れないな」

 アスティナ達が部屋を後にし、その神能(ゴットクロア)が遠ざかっていくのを知覚で見送った大貴は、大きくため息を零す


 穏やかな性格に加え、柔和な物腰と温和な性格が垣間見える上品な受け答えをするアスティナとリリーナだが、どういうわけか大貴は二人――というよりも、九世界の王やその側近と話す際に緊張を禁じ得ない

 二人の浮世離れした絶世の美貌に気圧されているのか、あるいは温和ながら九世界の王、九世界の姫が持つ高貴な存在感に委縮しているのかまでは分からないのだが


「そうだ。折角だから、ヒナに報告でもしておくか」

 以前、人間界で待っているじしんの婚約者候補――人間界王「ヒナ・アルテア」・ハーヴィン」こまめに連絡を取るように(詩織)に言われていたことを思いだした大貴は、次の世界に行くことが決まった報告だけでもしようと、目を伏せて意識を送る



《――ヒナ》


 意識を研ぎ澄まして呼びかければ、人間の神である光魔神(大貴)ならば、人間界王(ヒナ)が持つ至宝冠(アルテア)を介して、世界を隔てていても言葉を交わすことができる


『はい』


「今いいか?」

 大貴の呼びかけに答えたヒナの声色は、平静を装っていながらも待望の歓喜に彩られているのだが、それを見抜くことは今の大貴にはまだ難しいらしい


『もちろんです』

 まるで目の前で話しているような鮮明な声を意識の中に感じながら、大貴は心の中から次元を隔てた遠い世界にいるヒナに語りかけるのだった――。



                      ※



 妖精界王城のテラスに立ち、夜天の中心で輝く月を見上げるクロスは、その目に今日再会した懐かしい天使――「アリア」の姿を思い浮かべて、わずかにその目を細める

「アリアさん、行っちゃいましたね」

 その時、まるで自分の考えていたことを見透かすように背後から声をかけられたクロスは、肩越しに視線を向けてその声の主――マリアを見てその目にわずかな哀愁を浮かべる

「……そうだな」

 アリアは特異型の武器を有していたために蒐集神(コレクター)に囚われた姉「ウェンディ」を助け出すべく天界を離れた

 そして、だからこそクロスには夢想神(レヴェリー)神片(フラグメント)となってまでその目的を果たそうとするその決意を引き留めることなど今の自分にできないだろうことが分かりきっていた


 二人の記憶に甦るのは、反逆神から大貴達が解放された後、自身の標的である蒐集神(コレクター)を追って異空間へと姿を消した知己の仲である天使の少女「アリア」の後ろ姿

 あの戦いの後、引き留めようとしたクロスとマリアの言葉など耳に届いていないかのように、アリアはこの世界を去って行った


「あまり、気に病まないで」

 空を見上げるクロスの後ろ姿に視線を向けたマリアは、夜の風にその煌めく金色の髪を遊ばせながら言葉を選んでその心をいたわる

「わかってるよ……俺達にはどうすることもできないことだからな」

 自身の言葉にややぶっきらぼうに答えたクロスの言葉が、神片(フラグメント)幻想の住人(ファンタズマ)となったことで力の差が開いたという意味ではないことは、マリアには分かっていた

 大切なもののために自身の全てを賭している今のアリアの頑なな心を開かせ、動かして変えるには自分達の言葉や思いではあまりに軽すぎる

「そうは言っても、クロスは優しいから気にしているでしょ?」

 クロスの正確を熟知しているからこそ、この結果を頭では分かっていても心では割り切れないでいるであろうことが分かるマリアが言う

「そんなことねえよ」

 その言葉にわずかに不満気な声を返したクロスだが、一向に顔を見せようとしないその仕草が照れ隠しであることをマリアは知っていた

「照れないの」

 それを分かっているマリアは、くすくすと零れる笑みを織り交ぜながらその目を愛おしげに細める

「照れてねぇよ、ったく」

 天界にいた時から何度も当たり前のように繰り返してきた些細なやり取り。自分の言葉にいつものようにムキになって答えるクロスを見て、マリアはその笑みに一抹の影を落とす

「――……」


 自身が神器そのものであることを知っているマリアは、今自分がここにいる意味を誰よりも理解している

 母が自分を守るために必至に探し出して与えてくれたこの力は、自分が死ぬことによって意味を成す。今自分がここにいるのは、そのための準備であり、そして必要とあらばその力を使うためだ

 忘れていたわけではないが、蒐集神に一瞬とはいえその関心を傾けられたマリアは、改めてそれを自覚し、想いを寄せるクロスとのこの一時が自分にとっていかに大切なものなのかを痛感していた


「……なんだよ」

 そんな想いに突き動かされるように少しだけ前へと踏み出したマリアは、夜風に当たっているクロスの横に並んで優しく微笑む

「クロスと一緒に夜風に当たりたくて……いい?」

「……ああ」

 自分の言葉にクロスが照れながら視線を逸らすのを見たマリアは、そっと天を仰いで夜の空に瞬く星々をその瞳に映す

(今くらいはいいよね?)

 空を見上げながら、知覚をはじめとする感覚の全てを隣にいるクロスに傾けるマリアは、いつまで続けられるのか分からないこの時間を刻み付けるように星を映す瞳を抱く目を細める

 大切に想える人と過ごす一時を慈しみ、優しさと寂しさを同居させた表情を浮かべるマリアは、隣にいるクロスの存在に、叶うはずのない願いを胸に抱かずにはいられなかった


(この時がずっと続けばいいのに……)



                        ※



 夜が深くなり、天の中心に座す神臓(クオソメリス)の月光が差し込む室内で、神魔と桜はその身を寄り添わせて互いの温もりを感じていた

「神魔様、御身体の方はいかがですか?」

 月の光だけで仄暗く浮かび上がる明かりの消えた室内で神魔の胸に身体を預けるようにしなだれかけさせていた桜が、おもむろにその視線と共に声をかける


 桜が案じているのは、英知の樹(ブレインツリー)に所属する神器使い「(あがた)」との戦いで負った傷のこと

 自身の存在の位相をずらすその力の前に、魔力を共鳴させた自分達の力は全く通じず、逆に一太刀の下に切り捨てられてしまった


「うん、もうだいぶ良くなったよ……桜は?」

 自分も同じように傷を受けたにも関わらず、何よりも自分の身体を案じてくれている桜の言葉に、神魔は優しく微笑みかける

「わたくしも、もう大丈夫です」

 その言葉に淑やかに微笑んだ桜は、神魔の胸に身を委ねて幸福に目を細める

 艶やかで美しい桜色の髪を梳くように撫でられる桜は愛おしげにその目を細めて神魔に身を委ね、神魔はその身体を心ごと預けてくれる桜を優しく抱き寄せる

「にしても、いきなり明後日に出発なんて、瑞希さんも酷いよね。こんなにも焦って次から次へと世界を移動させるなんて……もっとゆっくり羽を伸ばしてたいのに」

「ふふ、一応一日は取ってくださっておりますよ」

 抱きしめた桜の温もりと、鼻腔をくすぐる甘く優しい香りに包まれる神魔が不満を露にすると、その腕の中からおしとやかな笑みが返される


 二日後というのは、自分達が負った傷が完全に癒えるまでの日数を余裕をもって確保したものであることを神魔と桜は知っている。

 実際、傷そのものは明日には完治するだろうが、次の世界である冥界で何があるか分からないため、万全を期して完全な回復を待つことになったが故の一日の休息だ


「一日って何? こっちは命がけなんだから、もっとゆっくりさせてくれてもいいと思わない? 妖界(前の世界)では想定以上の成果を出したんだからさ……まあ、僕達だけの力じゃないけど」

「そうですね」

 渋い表情をして言う神魔の言葉をその胸の中で聞いた桜は、口元を手で隠して淑やかに微笑む


 そもそも今回の九世界の訪問の最たる目的は、光魔神である大貴と九世界の絆を深めることが第一。妖界では偶然十世界との戦闘になったにすぎず、九世界としてもそれほど大きな武功や戦功を求めているわけではない

 しかし、以前に訪問した妖界では、十世界と戦いその戦力を大きく殺ぐことに成功している。いくつかの偶然が重なったことが最たる要因であり、自分達がそれほど大きく貢献できたとまでは思っていないが、それなりの結果は伴っているはず

 何より、神魔と桜にとってこの世界の訪問は、極刑の延長線上にあるもの。今日ともしれない命の中で行っているのだから、少しでも二人の時間を大切にしたいと思うのは当然だという言い分がある


「……また、お姉さんたちに会えるでしょうか?」

 そんな神魔の言葉の意図を理解している桜は、自身の実姉である「撫子」とその伴侶である「ロード」の姿を思い返し、少しだけ神妙な響きを帯びた声で言う


 神魔の言うように自分達は極刑を科せられ、円卓の神座に数えられる異端神を最低でも二柱擁している十世界との戦いを余儀なくされている

 生き残ることを諦めるつもりは毛頭ないが、実際勝ち目などほとんどないこの状況下で、いつ命を落とすかもしれない日々を送っていく中で、いつか再び撫子()と会える時を望まずにはいられない


「撫子さんはともかく、ロードさんとは別に会わなくてもいいんだけどね」

「もう、そんな風に仰ってはいけませんよ」

 どこかすねた様な声で答えた神魔の言葉に、桜はまるで兄弟のような、あるいは悪友のようなロードとのやり取りを思い返して諭すように窘める

 しかしその言葉は照れ隠しのようなものであり、神魔とロードがそんな軽口を言いあえるほどに親しい仲であることを今日のやり取りから学んだ桜は、それを咎めるようなことはしない


「それよりも、思ったよりも早く出てきたね」

 まるで自分の心を見透かしているような桜の言葉に、これ以上反論しても勝ち目がないと判断した神魔は、話題を逸らす意図も込めて呟く

「……はい」

 先程までの他愛もない話とは異なり、真剣さがにじみ出る硬質な響きを持つその言葉の意味するところを正しく理解し、桜はわずかにその絶世の美貌を翳らせる



 神魔が言っているのは、最強の異端神である円卓の神座の№2「反逆神・アークエネミー」はもちろんのこと、「夢想神・レヴェリー」や突如急襲してきた「蒐集神・コレクター」までをも含めた懸念

 十世界に所属していることが分かっていた以上、遅かれ早かれ反逆神か覇国神が出てくるのは想定内のこと。そして反逆神と共に異端神の頂点の一角である光魔神である大貴の下に他の異端神が現れることも可能性として考えていたことだ


 だが、どれほどに足掻こうと一介の全霊命(ファースト)に過ぎない神魔と桜には、「神」の名を持つ存在には現象、あるいは概念として勝つことができない

 自分達の生存率を上げるためにも、少しでも遅く――あるいは、大貴が光魔神として完全に覚醒してから出てきてくれることを願っていたのだが、それが想定以上に早かった



「とにかく、反逆神はもちろん、当分の間異端神が来ないことを祈るしかないね」

(神魔様……)

 神魔の声は平静を装っているように聞こえるが、普段から神魔を想い、その姿を見続けてきた桜にはその言葉の裏に隠された緊張が手に取るように分かる

 現に、自分の身体を抱きしめてくれている神魔の手には、無意識の内にだろうが、いつもよりも少し強い力が込められている


 だが神魔の胸の中からその表情を見た桜は、それが神という存在を前にした絶望から来るものでも、これからの戦いを悲観しているのではないことをも看破していた

 それは、神魔が自分と生きる未来を諦めずにいてくれることの証。二人で生き抜く強い決意と覚悟から来ているものであることをであることを感じ取った桜は、そんな神魔の思いに感謝し、自分の手を最愛の人の手に重ねる


「桜……」

 重ねられた桜の手は、「これからもずっと一緒にいます」という想いを代弁し、言葉以上に神魔の心を励ましてくれる

 当たり前のように傍に寄り添い、支えてくれる桜そのものの在り方を体現しているような手の温もりに心を落ち着けた神魔は、自分を案じてくれている最愛の伴侶に視線を向ける

「ありがとう」

 神魔の言葉に愛おしさと慈愛に満ちた微笑みをその美貌に浮かべた桜は、その胸の中に身体と心の全てを委ね、世界で最も愛する人との一時を噛みしめるように堪能する

「――……」

 そうしてどれほどの時間が経ったのかは分からない。互いの温もりを交換し、ただ寄り添うだけでも言葉にできないほどの幸せに身を任せていた桜は、神魔が軽く意識を傾けたことに気づいてその胸の中で閉じていた瞼をゆっくりと開く

「神魔様」

「うん」

 窓の外から月光が差し込む夜陰の余韻が深まる中、神魔は腕の中に抱きしめた桜の髪と頭を優しく撫で、その耳元に囁きかける

「桜、少し出てくるね」

「お気をつけて」

「うん」

 最愛の人の手に撫でられる幸せに目を細める桜が淑やかに微笑むと、その手を離した神魔は窓を開けて夜の妖精界へと出ていく


 神魔についていってもよかったのだが、神魔に求められていないことに加え、神魔がそうしなかった理由を分かっているからこそ、桜はそうすることをしなかった

「……仕方がありませんね」

 神魔の姿が見えなくなるまで見送った桜は、その美貌に浮かべていた柔和な笑みを消し去り、ため息混じりに表情を引き締める

「神魔様がおられれば、出ていくつもりはなかったのですが」

 小さく独白し、その身を翻した桜は、少し前から(・・・・・)ずっと部屋の外をうろついているその人物と話をするために扉を開ける


「どうなさったのですか、詩織さん?」


「っ!」

 扉が開けられ、普段と変わらない優しい声音で呼ばれた詩織は、目を丸くしてしばし狼狽した様子を見せるが、それもほんの少しの事


「……桜さん、少しいいですか?」


「どうぞ」

 意を決してまっすぐ向けられる詩織の視線に、その要件をおおよそ理解している桜は、静かに目を伏せて扉を少し大きめに開くのだった







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