神の神能(ゴットクロア)
「――ッ!」
夢想神・レヴェリーによって作り出された夢の世界の中に取り込まれた大貴は、神威級神器「界上解杖」を発動させ、神位第六位に等しい神格と力を得た九世界の一つ「妖精界」を総べる全霊命――「精霊」の王、「アスティナ」と、円卓の神座№8「夢想神・レヴェリー」の神片を宿し、その力に列なる存在となったアリアの結界に守られながら、天空で繰り広げられている戦いに息を呑む
その背に円扉の武器を従え、夢想の神能によって形どられた光翼を広げながら天を舞う夢想神の翼から、刃状の紋様羽が漆黒の衣の上に纏った血色の衣を翻らせる反逆神へと降り注ぐ
「――」
自身に向かってくる夢想神の夢紋羽を知覚で捉えた反逆神は、薄ら笑いを浮かべながら、自身の悪意の神能――「反逆」が具現化した漆黒の大槍刀を手に、それを迎撃する
夢想神の神格に比例した神速を以って縦横無尽に天を翔ける夢紋羽の刃は、まるで生きているのではないかと思えるような動きで、標的である反逆神に全方位から襲いかかる
変幻自在に軌道を変えながら向かってくる夢の紋羽を、その身を躍らせるように回避していく反逆神だが、その天を舞う夢想の羽は尽きることなくその後を追う
「逃げても無駄よ。知ってるでしょ? 私が望む限り、私の攻撃は絶対に外れない」
夢想神・レヴェリーはその名の通り夢想と幻想の神。その神能である「夢想」の力は、「理想を現実に、事実を夢想へと変える」こと。
夢想神が望む限り、その攻撃は決して外れることはない絶対命中。そしてその力そのものを幻想へと変えることができる夢想の力は、他の力の干渉を受けることなくその役割を全うするまで止めることは叶わない
「そして……」
自身が放った夢の紋羽を回避する反逆神を見た夢想神は、幼さの残るあどけないその表情に不敵な笑みを浮かべる
「――っ!」
絶対命中の理想を体現し、自分へと絶え間なく襲い掛かってくる夢想の紋羽をまるであしらうように回避していた反逆神は、不意に自身の背後に出現した神能を知覚して視線を巡らせる
「「消し飛べ!!!」」
反逆神の視線が向けられるのが早いか、その背後に顕現していた金色の鎧を纏うもの――「自然神・ユニバース」は、高らかに振り翳していた金色の腕を力任せに叩き付ける
その極彩色に煌めく神能を纏って放たれた拳の一撃は反逆神を捉え、天地を震わせる力の脈動と共にその身体を吹き飛ばし、さらに夢想神の夢紋羽が次々と炸裂して爆発を生みだす
「この程度じゃ、終わらないでしょ!?」
夢の紋羽が炸裂し、極大の爆発が生じたのにも構わず夢想神は高らかにその手を天に掲げ、そこから漆黒の夢想の力を解き放つ
その黒い夢想の力は天を衝いて吹き上がり、夢想神の手を振り下ろす動きに合わせて極大の波動となって天を穿つ
「オイオイ、俺を殺す気か?」
瞬間、夢の爆発を悪意の力が顕在化した漆黒の大槍刀で打ち払って姿を見せた反逆神が不敵な笑みと共にその刃を一閃して夢想神の一撃を消滅させる
「できるならそうしたいところね。そんなことよりも、あなたそのままでいいの?」
「そう思うなら、出させてみろ」
挑発するように向けられた夢想神の言葉に、反逆神は鼻を鳴らして挑発を返す
「そう。なら、遠慮なく」
嘲るように発せられた反逆神の声に、自身の存在が神敵の懐にあることを望んだ夢想神の理想が結実し、その間にあった距離が瞬時に世界から消失する
「!」
「夢に還りなさい」
夢を現実に変えることによって反逆神の懐へと移動した夢想神の抑揚のない声と共に漆黒の夢想が炸裂する
「――!」
夢によって生みだされた隔離空間の中に生じた黒い夢の奔流が荒れ狂い、その波動が果てしなく広がる幻想の世界を蹂躙する
「――っ、なんて力……!」
幻想の空間を塗り潰す破滅の夢の力が結界を叩き、その存在の根源を揺さぶられるアリアは、己に力を与えた神の力を知覚して顔を青褪めさせる
同じ「神」と呼ばれる存在であるとはいえ、神位第六位と神位第五位の神の間には、それこそ全霊命と半霊命のそれと同等以上の神格の差がある
同じ神であるが故に理解る――否、同じ神だからこそ理解らないほどに強大な神格は、世界の中から世界の全てを見渡すことができないように、もはや知覚の許容を超えて神の力という海原に溺れた様な感覚に呑み込まれていた
「これが、円卓の神座――最強の異端神の戦い……!」
戦う意思はもちろん、刃向い、立ち向かおうという考えさえ生まれてこないほどの隔絶した神格への畏怖に表情を引き攣らせたアリアの独白に、アスティナが一瞥を向ける
同じ「神」と呼ばれる存在であっても、「神位」が違えばそこには全霊命と半霊命のそれに等しい隔絶した神格の差がある
神威級神器を発動させたアスティナ、神片となったアリア――神位第六位に等しい力を得ている二人の知覚さえも追いつかないほどの神速と次元で三柱の異端神の戦いは繰り広げられていた
「まったく、こんな中で光魔神を守れだなんて、夢想神も無茶を言うわね」
わずかに表情を引き攣らせ、自身の武器である純白の三日月斧を握る手に力を込めたアリアの声にアスティナは意識を傾ける
確かに、自分達がどれほど光魔神を守ったところで、三柱の異端神の前ではその力などあって無いに等しいもの
自身が望むままに臨んだ事象を世界に顕現させる神能の特性上、直接攻撃対象にされない限りは自分達にその力が及ぶことはないだろうが、最高位の異端神三柱が放つ純然にして神域の殺意と神格の圧は、ただそれだけでアスティナとアリアから戦う意思を奪うに十分すぎるものだ
「そうですね。円卓の神座同士の戦いなど、いつ以来でしょうか?」
アリアの言葉に静かな声で答えたアスティナは、神に等しい力を得た今の自分でさえも、はるか理解の及ばない次元の力を持ち、三柱の異端神が天上で戦いを繰り広げている天を見る
悪意、夢想、万象――三つの神の力がぶつかり合うそこで、今どのような戦いが繰り広げられているのかは、アスティナ達には知覚することができない
ただ、その力の衝突によって目まぐるしく天の色が変わり、世界の創造と破滅が果てしなく繰り返されて余りある神の力に、その心はただただ畏怖を刻み付けられるだけだった
「さぁね……細かいのは知らないけど、大きいのは異神大戦以来じゃない?」
本来は声を出すことさえ億劫な力の状態の中、それでもアリアはアスティナの言葉に、わずかに強張った声音でわざとらしい軽口をたたく
そんなアリアの心情を、アスティナは十分に理解し、共感することができる。――なにしろ、今のこの空間には存在するだけで自分達の存在を消滅させるにあまりある神が三柱も存在しているのだ
他愛無い話をしてでも意識を繋ぎ止めていないと、円卓の異端神の神の意思に、自分の心が呑み込まれてしまうのではないかという不安と恐怖を拭うことができない
「大丈夫ですか、光魔神様?」
自分達に向けられているわけではないというのに、ただそれだけで自分達の存在を世界から消滅させてしまうのではないかと思わせる円卓の異端神の力の圧の中、アスティナは結界に守られている大貴を案じて視線を向ける
気を緩めれば意識ごと呑み込まれかねない状況の中で、一言も発していない大貴を案じて視線を向けたアスティナは、次の瞬間その目に剣呑な光を宿す
「――!これは……」
自分達の背後で天を見上げたまま動きを止めている大貴の目は焦点が合っておらず、まるで心が抜け落ちてしまったかのように、その左右非対称色の瞳に神の戦場と化した空をただ漠然と映しているだけだった
「どうしたの?」
「存在はここにあるのに、まるで意識だけが切り離されているような……」
その身体が存在し、その存在そのものである神能を知覚することができる以上、大貴が死んだということはない
しかし、空を見上げて佇む大貴は、そこに太極の神能を残しながらも、まるで心だけが乖離してしまったかのように、一切の反応をしていなかった
「……夢想神の仕業ね」
わずかに動揺をみせるアスティナとは違い、夢想神の神片となった今のアリアにはその原因が手に取るように分かる
「光魔神の意識だけを持って行ったんだわ」
「――!」
その言葉で大貴の身に何が起きたのかを理解したアスティナは、アリアと共に視線を戻して天上で行われている三柱の異端神の戦いに視線を向けた
※
「これは……?」
眼前を埋め尽くす漆黒――絶望の夢の力を、まるで自分が放ったかのように見ていた大貴は、自分が置かれている状況に息を呑む
先ほどまでアスティナとアリアの背を見ていたというのに、いつの間にか自分の意識が天空の戦場に誘われていることに驚きを禁じない
視線を巡らせれば、眼下に見えるのは結界を展開しているアスティナとアリア、そしてその背後に守られながら天を見上げて立ち尽くしている自分の姿だった
(一体どうなってるんだ……?)
まるで意識だけが身体から抜け出してしまったような未知の感覚と体験に大貴が戸惑っていると、不意にその耳にあどけない少女の声が届く
《見えているかしら、光魔神?》
「!」
(この声は……夢想神!?)
少し前に言葉を交わした相手の声に目を瞠った大貴に、そのあどけない声に戦闘中の緊張感を孕ませた夢想神が抑制された声で話しかける
《あなたの意識を私と同調させたの。これであなたは、円卓の神の戦いを見、知覚することができる》
「……どういう、つもりだ?」
声だけで語りかけてくる夢想神に、大貴はその姿を探すように視線を巡らせながら、警戒を露にした低い声で問いかける
《あなたに見せてあげるのよ》
そんな大貴の質問に、語調をわずかに綻ばせて応じた夢想神は、静かな声で自身の絶望の夢の力が切り裂かれるのを見る
《あなたの世界を。円卓の異端神の力を》
「――ッ!」
そこまで話した瞬間、まるでその時を伺っていたかのように絶望の黒夢を斬り裂き、槍を思わせる無数漆黒が、鞭のようにしなりながら大貴――夢想神に向かって奔る
(これは……ッ!?)
まるで生きているような動きで奔る無数の鞭槍を夢想神は舞うようにかいくぐっていくが、その速さと鋭さの前に完全に回避することは叶わず、その身体に一筋の傷をつけられる
「こ、の……ッ」
傷口から立ち昇る全霊命をはじめとした完全なる霊的存在の血――「血炎」を一瞥して苦々しげに夢想神が眉をひそめた瞬間、まるで大樹の枝のように広がった悪意の槍鞭の黒が開き、血の様に赤い眼が出現する
「っ!!」
それを見た夢想神と、その意識を直結させられている大貴が息を呑んだ瞬間、天に張り巡らされた黒槍の枝から、全方位に悪意の閃光が放たれる
悪意の槍の側面に生まれた目のような部分から、全方位に放たれた悪意の閃光が幻想の大地を舐めると、その軌道が一瞬にして消滅し、何も存在しない無の空間がその軌道に刻み付けられていた
「なんだ、これは……!?」
世界に刻み付けられた悪意の傷痕――幻想の空間世界に刻み付けられた無の領域に只ならぬ嫌悪感と恐怖を覚えた大貴が息を呑む
夢想神の幻想によって作りだされたこの世界に刻み付けられた悪意の傷痕は、底の見えない穴のようにどす暗く、見つめていると自分の魂さえも引きずり込まれてしまうのではないかという恐怖が芽生えてくる
何よりも恐ろしいのは、その爪跡には何もないことだった。空間を破壊されたのでも、時空を削られたのでもない――まるでそこだけが、世界から失われてしまっているような感覚。それは、まさに身の毛もよだつ光景であり、悍ましいというにふさわしいものだった
「神の神能は、全霊命のそれと決定的に異なる面があるの」
悪意の閃光によって刻み付けられた傷痕を見て息を呑む大貴の脳裏に、全方位に放射された閃光をかろうじてかいくぐった夢想神の声が届く
完全には躱せなかったらしく、その身体と霊衣に悪意の閃光が掠ったと思しき痕をつけた夢想神は、黒い槍枝を大槍刀へと戻した反逆神を睨みつける
「……異なる面?」
その背に従える円扉から絶望の夢の翼を広げ、その背後に自身の身の丈の何十倍もの大きさを誇る幻想の大刃を顕現させた夢想神は、その天に生じさせた無数円門から金色の鎖につながれた錨のような武器を反逆神に向かって解き放つ
「そうよ。異端であれ、光闇のそれであれ、〝神〟と呼ばれる存在は、世界にある神の概念そのもの。そして、その力である神能は、その名そのものでもある
だから、私達の神能には、その名そのものでもある力が、そのまま能力――と、いうよりは、特性として現れているわ」
「……?」
意識の中に届く声が告げる説明に、大貴はその意味を正確に掴みあぐね、夢想神と同行している意識の中で首を傾げる
「たとえば、夢想神の力は『夢想』。理想を現実に、そして事実を幻想へと変える力よ」
意識を直結させているためか、あるいはこれまでの観察による確信的な推察か――いずれにしても、大貴が自分の説明を十分に理解していないことを見透かしている夢想神は、自身の放った金鎖の錨矛を弾く反逆神を見ながら、静かに意識の中で語りかける
「想いさえすれば、こんな風に武器でも世界でも思うままに創造できるし、私の攻撃は決して外れず、絶対に敵を滅ぼすことができる理想の顕現。
それどころから敵の存在をこの世界から、まるでそれが夢だったかのように容易く消し去ることもできる。
そして、夢そのものである私には、いかなる攻撃も効かないし、何人にも捉えることは叶わない。つまり私は、この世の理の及ばぬ夢そのものなの」
「――……」
さも事も無げに、意識の中に響く夢想神の声が語る自身の力の性質に、大貴は薄ら寒いものを覚える
もしも今、意識だけの状態ではなかったら、その表情にはあまりに理不尽な神の力に対する渋面が浮かんでいたことだろう
(そんなの反則だろ……)
「つまり、私はその力と特性を標準状態で発現させているの」
「!」
あまりにも常軌を逸した神の力に、呆れた様に半ば投げやりな感情を抱いていた大貴を夢想神の声が引き戻す
夢とは、心が描き出す幻想であり、理想であり、そして現実が及ばない絶対の領域。それを体現し、世界にあらゆる夢を叶え、そして世界の全てを否定する「全てを無/夢にする」力。
それこそが最強の異端神、円卓の神座№8「夢想神・レヴェリー」の力であり、その存在、そして神能そのものの特性となる
それは、「自身の神格が及ぶ限り望むままに事象を顕現させる」という全霊命が神能によって行っている通常の力の発現とは少々意味が異なるもの
なぜならば、神の神能は、全霊命達が自分の力に望むものそのものである絶対概念なのだから
「観察していたから分かるけれど、あなた太極の力を常時発現させていないでしょ? 全を一に統一し、一を全に変えるあなたの力の特性は、本来力と共に自動で発現するものなのよ」
「……!」
夢想神の言葉に小さく目を瞠った大貴は、自身の存在そのものである黒白聖魔の力を同時に併せ持つ唯一の神能――太極へと意識を傾ける
神の力が概念そのものであるということは、光魔神としての力である太極の力には、最初から全ての力を取り込む特性が備わっているはず
にも関わらず、大貴の場合は意図しなければ、本来光魔神が持っているはずの太極の特性を使うことができていない。――それこそが、神である夢想神から見た大貴の最も不自然な点だった
「まあ、無理もないけどね。神の力は神にしか理解できない。あなたに神能を教えた全霊命達には分からないことでしょうから」
自分そのものである神能を完全に把握し切れていない大貴に、真の神の力について説明した夢想神は、静かに目を伏せて言葉を言い換える
同じ神能とはいえ、神のそれと全霊命のそれには決定的な違いがある。つまり、その二つの神能に対する理解は、それぞれ異なるものだということ。
大貴に神能について教えたのは、神魔とクロスをはじめとする全霊命達。だからこ大貴は、自身と彼らの神能の違いに気付くことができなかった
「……まぁ、普通は感覚的に分かるものなのだけれど、あなたの場合は元が悪意の世界の人間だったからなのか、未覚醒だからなのか……どっちにしてもそれに気付けなかったみたいね」
自身の放つ攻撃がことごとく反逆神に弾かれているのを見ながら、意識を直結させた大貴に語りかける夢想神は、この些細なやりとりでも光魔神としての真の覚醒への手助けになるのならばという一抹の期待を胸に抱き、その力を振るう
「あなたが真に覚醒するには、あなた自身が光魔神としての自分を正しく理解する必要があるのかもしれないわね」
「……!」
夢を実現させる夢想の力を以って、大貴を光魔神として完全に覚醒を実現させられればそれが最もいいのだが、同等以上の神格を持つ者に対してはその力が相殺されるという矛盾の原理は神に於いても変わりはない
夢そのものである夢想神に反逆神が傷をつけることができるのも、光魔神を覚醒させられないのも、共にその二柱の神格が同等以上のものだからだ
「俺が、俺を……」
夢想神の言葉を噛みしめるように、改めて光魔神としての自身の在り方を見つめ直す大貴の知覚に、天地を揺るがす強大な存在が捉えられる
「……自然神」
触れるもの全てを滅ぼす理想を体現する金鎖の錨矛を実現させた夢想神の攻撃を悪意の大槍刀で弾いていた反逆神は、背後に顕現した金色の巨鎧を見て目を細める
「「我がいることも忘れてもらっては困るな」」
重厚な響きを持つ低い男声と、優しく澄ん響きを持つ女声、そしてあどけない子供の様な無垢な声色が入り混じった多重一声と共に、極彩色の力を帯びた金色の拳が反逆神へと叩き付けられ、破壊の衝撃波を生みだす
「あいつ、いつの間に!?」
夢想神を介してその戦いを見ていた大貴は、反逆神に肉薄し自然神を捉えられなかったことに驚愕を露にする
今の大貴は夢想神と意識を直結させることで、その知覚領域を得ている。それにより、普段ならば知覚することなど到底かなわない神位第五位の世界を垣間見ている
現に夢想神が繰り出す攻撃はもちろん、それを捌く反逆神の動きもかろうじてだが知覚することができていた
しかし、先程反逆神へと肉薄して見せた自然神だけは、その姿が顕現するまで一切知覚することができなかったことに、驚きを禁じ得ないのは必然ともいえることだろう
「それが、自然神の力よ。自然はどこにでもある。だから極論すれば、自然神はこの世界のどこにでもいる神なのよ」
「!」
その衝撃だけで天地を揺るがす自然神の拳を覆う極彩色の光が弾けた瞬間、夢想神は背後に顕現させた極大の刃を一閃させる
神速で放たれた絶夢の一閃は、極彩色の光を纏った自身より一回り以上大きな金色の拳を片手で受け止めている反逆神へと振り下ろされる
最強の異端神。円卓の神座№3「自然神・ユニバース」はその名の通り自然を司り、万象を総べる神であり、「自然」とは世界という概念の器の中で巡るすべての循環の概念を指す。
大気に、大地に、大洋に、森に山に――すべてに息吹く自然の摂理そのものである自然神はこの世界のどこにでも存在し、世界のどこにでも望むままに顕現する
この世界こそが自然神そのもの。誰しも世界を内側から目で見ている。だが、世界の全てを見ることはできない。故に自然神は、局単位その存在を知覚することが困難なのだ
「おっと」
夢想神が振り下ろした刃が自分に届く前に反逆神は、その拳を受け止めていた腕を大きく振り上げ、金色の腕ごと自然神の巨体を吹き飛ばして宙へと舞い上がる
余裕に満ちた声で、わざとらしく夢想神の斬閃を回避して見せた反逆神は嘲るような笑みを浮かべる
「「天変!!!」」
瞬間、混声一体の声が響き、その身体を構築していた金色の鎧が光の粒子へと変化し、そして配列を変えた自然神の本体たる宝珠の許に再度金色の鎧として具現化する
頭の両側から天を衝いて伸びる二本の角。兜面の形も変化しており、先ほどの四つ目から二つの目を持つものになっている
その左手を巨大な弓へと変え、先程の姿よりも少しだけ細身になった上半身に騎馬を彷彿とさせる四足へと変化した下半身。その姿は、まさに人馬形態と呼ぶにふさわしい
「姿が、変わった!?」
「円卓の神にはよくあることよ。形態変化は異端神ならではのものよ。反逆神や、司法神もできるわ」
自然神の姿が変化したことに大貴が驚嘆の声を上げると、まるでその新鮮な反応を楽しんでいるかのように夢想神が柔らかさが感じられる声で答える
姿と共にその能力を変化させる「形態変化」は、神の中でも異端神のみが持つ能力。二本の足に二本の腕を持つ直立二足歩行――いわゆる「人型」を必ずとる光と闇の神々とは異なり、異端神は光も闇も等しく持ちながら、そのいずれにも所属しない神。
誰もが暮らす自然を司る自然神に、誰もが見る夢を司る夢想神、そして光と闇そのものである光魔神など異端神は光と闇のいずれにも属しながら、ある意味でそのどちらでもない「無」の神
その中には、極彩色に光る無数の宝珠が本体である自然神のように、人型を取らないものも少なくない。
そして、自然神の金色の鎧はあくまで「万象神」という自然神の武器。本体である無数の宝珠が配列を変え、そこに新たに鎧を纏うことでその姿、戦闘形態を変化させることができる
そんな大貴と夢想神の意識下でのやり取りなど知る由もなく、金色の弓を携えた人馬形態となった自然神は、その弓に手をつがえ極彩色に輝く光の鏃と矢羽を持つ金色の矢を顕現させる
その極彩色に光る矢を向けられた反逆神は、自身に注がれる純然たる殺意と戦意に歓喜し、その口端を吊り上げて嗤う
「……あいつも?」
そんな反逆神の姿を見た大貴が、先ほどの言葉を思い返しながら問い返すと、夢想神は神妙な声音で応じる
「そうよ。むしろあいつこそがその筆頭ね。なにしろ反逆神は、この世界で唯一の不定形の神。性別も容姿も、その魂の在り様が定まっていないのだから……あの姿は、好んでとる形態の一つに過ぎないわ」
「……!」
反逆神の正体を聞いて小さく目を瞠る大貴を横目に、自然神は極彩色の光矢を不敵な笑みを浮かべている神敵へと向けて解き放つ
「「滅えされ!!!」」
混声一体となった鋭い声と共に天を穿って放たれた極彩色の光の矢は、無数に分裂しその神格に比例した神速で全方位から反逆神へ向かって襲い掛かる
それを見て薄ら笑いを浮かべた反逆神は、その手に持っていた悪意の大槍刀の形状を変化させ、自分を取り囲む球状の結界へと変化させる
「また武器が変わった」
極彩色の光矢が反逆神を包み込む悪意の球盾に次々と命中し、炸裂する様を見る大貴の言葉に、剣呑な響きを帯びた夢想神の声が答える
「当然よ。『大逆神』は反逆神同様に不定形の武器。あいつが望むままにどんな形にも変化する無貌の武器だもの」
反逆神アークエネミーは、自身の決まった姿を持たない唯一の神。今の姿も好んで取る形態の一つにすぎず、男だけではなく女にも子供にも、どんな姿になることもできる
同様にその武器である「大逆神」もその悪意の力が持つ性質を有しており、反逆神が望むまま、あらゆる形に変化することができる
「っ、あれは……?」
自然神の力が凝縮された極彩色の光を見ていた大貴は、その光が照らし出す眼下の大地が一瞬にして塵となり、消失していく光景に息を呑む
「あれは、自然神の力の特性の本質ともいえる『循環』よ。誕生と成長、衰退と死を繰り返し輪廻する世界の理の力
自然神に向けられた力は、取り込まれてその力となり、攻撃されたものは、ことごとく衰えて滅ぼされてその力になる――つまり、どう転んでも全ての命と力はあいつに還ることになる」
「!」
円卓の神座№3「自然神・ユニバース」の力の本質は、自然が本来持つ営みである「循環」にある。それは泰然自若としていながら、生生流転し常に変化をし続けているこの世の姿そのものともいえるもの
一度攻撃に転じれば、その力はこの世に存在するものをことごと滅ぼして世界に還し、自身の力として取り込み循環させ、新たな力として生み出す。無限に繰り返される不変にして千変万化の世の理こそが、自然神の力だ
「ったく、神器なんて目じゃないヤバさだな……」
夢想神といい、自然神といい、以前相対した鼎が持つ神器などと遥かに及ばない余りにも理不尽にして絶対的な力に、大貴の口からはもはや呆れた様な声しか出なかった
神の力の欠片でしかない神器とは異なり、神そのものの力には対処も対抗も不可能。たった一つ、同等の神格を持つ力による矛盾の相殺でのみその力を退けることができる
それ以外の力は、その前で全て等しく無力であり、ことごとく存在しえない。――それを漠然と、だがしっかりと感じ取った大貴は、その投げやりとも思える声の下で、神という絶対的な存在とその力への恐怖と畏怖を否応なく思い知らされていた
「そうかしら? あなたも似たようなものよ。むしろ、神格で言えばあなたの方が私達よりも上なのだから私達なんてかわいいものだと思うけれど?」
そんな大貴の独白に事も無げに応じてみせた夢想神は、人馬形態となった自然神が放った極彩色の矢の爆発に剣呑な視線を向ける
「そして、それはあいつも同じ――いえ、あいつこそが、ある意味で円卓の異端神の中で最もえげつない力の持ち主よ」
その声を合図とするかのように、全てを滅ぼして世界に還す自然神の極彩色の力が、内側から暗黒の刃によって引き裂かれる
「……!」
その中から現れた人物――夢想神があいつと称して苦々しげに言い放った反逆神には傷一つついておらず、その血色の羽織を戦場の覇気にたなびかせながら不敵な笑みを浮かべたまま悠然と天空に佇んでいた
「私達では、あいつには勝てないわ」
「!」
不意に確信を持って告げられた夢想神の言葉には、それが事実だと理解させるだけの説得力を持つ響きが込められている
夢想神と意識を繋げることで、円卓の神座と呼ばれる神の力を直に感じ取ることができた大貴には、その言葉はにわかには信じ難いものだった
「円卓の神座の中でも、私達十柱の神は神位第五位相当の力しかないけれど、「№0」、「№1」、「№2」の三柱の神だけは神位第四位に迫るほどの力を持っているの。
神位は一つ階級が違えば、その間には絶対に覆すことができない力の差が生じるわ。そういう意味で言えば、反逆神の神位は四位と五位の中間ほど。力の差はあるけれど、決して覆せないほど絶望的な差があるわけじゃない」
意識の中に直接響く夢想神の硬質な声に、大貴は知識と事実をすり合わせて小さくなづいて見せる
円卓の中で三柱だけが、他の神よりも強いということは以前から知識としては得ていた。そして、夢想神と繋がっている今の大貴には、それを事実として知覚することもできる
反逆神の神位は、夢想神、自然神よりも強い。その力の差は確かに大きいが、数や策略を駆使すれば互角程度には渡り合えることができるようにも思える
「――本来なら、ね」
しかし、そんな大貴の考えを一刀の下に切り捨てた夢想神は、反逆神をその瞳に映しながら剣呑な声で続ける
「あいつは、神の敵。その力はこの世界にあるすべての事象を拒絶することよ。それは死や、私達の力でさえも例外ではないわ」
その声によって大貴の脳裏に甦るのは、反逆神が放った悪意の閃光が、夢想神によって作られたこの幻想の世界に刻み付けた傷痕。
そこから感じられた破壊や消滅などとは違う悍ましさは、今でもありありと思い出すことができるほどに強く大貴の記憶に焼き付いている
「つまり――」
反逆神の力を思い起こし、険しい表情を浮かべていた大貴の意識に響く夢想神の声は、たっぷりと一拍の間を置いて、その絶望的な事実を告げる
「あいつは、絶対に殺せないの」




