自然神
「アスティナ様!」
崩れ落ちた妖精界王城の瓦礫が全て鏡の大地に落下する前に、その粉塵を貫いて天へと舞い上がったそれに、空を舞う精霊達が天を裂くような声で自分達の王を呼ぶ
光闇の違いはあれど、全霊命は神に列なる存在。故に、神敵たる反逆神――「悪意」は全ての全霊命にとって共通の敵であり、その存在から忌み嫌うべきもの
その悪意の神が出現したことによって、妖精界王は城の地下にかの神を封じていた力の源――「神威級神器・界上解杖」を反射的に顕現させてしまった
その力によって外界と隔離されていた状態で眠っていた自然神が、動き出すのはある意味で想定の範囲内の事ではあった。だが、事ここに至ってアスティナは界上解杖を呼び出してしまった自身の失策にその柳眉をひそめる
なぜならば、円卓に数えられているからとはいえ異端の神々は決して仲間などではない。覇国神と護法神が対となる神であるようにまた、反逆神も円卓の中で神敵として忌み嫌われていることに変わりはないのだ
つまりそれは、最悪の場合、今この場所この世界において、異端なる神々の戦いが勃発してしまう可能性がある事を意味している
「あれが……?」
それが顕現した瞬間、まるでそれに呼応するように天地が鳴動するのを感じ取った精霊達が息を呑むように言うと、アスティナは静かに、そして厳かな声音でそれに答える
「ええ――円卓の神座№3『自然神・ユニバース』です」
「あれが、自然神……?」
精霊力によって届けられたアスティナの声を結界の中で聞いた詩織は、その姿を見て怪訝そうに眉をひそめる
「でも、あれって……」
崩れた城の中から現れたもの――円卓の神座№3「自然神・ユニバース」の姿を見た詩織は、困惑を隠せない声で、その姿を見た率直な感想を述べる
「ただの球じゃ……?」
そこに浮かんでいたのは、宝玉の様な無数の球。正確には分からないが、数は少なくとも十以上。一つ一つの大きさは、周囲にいる全霊命達と同等以上だが、一回りから二回り大きいものまで大小様々に存在している
水晶のように幻想的で透き通った宝玉の内側には、まるで虹を閉じ込めた様な極彩色の光がほのかに輝いており、玉全体を淡く発光させていた
そしてその無数の宝玉たちは、その中でも一際大きな宝玉の周りをさながら衛星のように常に一定の距離を保ったまま移動しており、その姿は生命というよりも現象や理といったものを抱かせる
(あれが、自然神?)
確かに神々しいといえなくはない。しかし人型ではないどころか、ただの無数の球でしかないという、この場にいる他の全霊命達とはあまりにもかけ離れた姿に、詩織はにわかには信じがたい感情を込めた視線を送っていた
「反逆神」
「反逆神」
「反逆神」
「!?」
しかしその瞬間、まるで己が意思を示すように天に浮かぶ大小さまざま色取り取りの宝玉から発せられ、世界に反響した声に詩織は目を見開く
(なに、この声?)
無数の宝玉から響いた声は、重厚な男性の声であり、澄んだ女性の高い声であり、幼い子供のような声だった
まるで、性別が違う何人もの人が重複して話しているような声は、無数の声質と音域を持つ声が一つに奏でられる讃美歌を彷彿とさせ、厳かで荘厳な響きとなって世界にその意志を示す
「「よくも、我が前に姿を見せることができたな。裏切りの叛神め」」
男声と女声と子声が折り重なった荘厳な声音で、無数の球体――自然神・ユニバースは大貴と相対している反逆神に激昂をぶつける
天に浮かぶ無数の球であるがゆえに、自然神には目などは見止められない。それでも、今その場にいる誰もが、自然神が反逆神を睨み付けていることを理解していた
「なんだ。まだ、お前を痛めつけたことを根に持っているのか? 自然の神の癖に狭量だな――光魔神に、俺と仲良くするように言われなかったか?」
はっきりと聞こえていながら、どこから聞こえているのかも判然としない響きを以って周囲を満たすその声を聞いた反逆神は、わざとらしく肩を竦めて嘲るような笑みを浮かべる
「「黙れ! 貴様が光魔神を語るな!!」」
激しい怒気を孕んだ自然神の声がまるで天災のごとく轟いた瞬間、極彩色に光る宝玉を金色の光が包み込んでいく
「「ここで会ったが、我らの運命。今日こそこの世から、貴様を排除してくれる」」
まるで繭のように宝玉の姿をした自然神が金色の光に包まれたかと思った次の瞬間、戦意に満ちた男女混声と共に金色の鎧が姿を現す
天に浮かぶ金色の上半身はまさに鎧を纏った人のそれ。しかしその下半身は大地を向いている花のようにも、金色の大樹の根のようにも見える形状をしている
その背には翼を思わせる金色の装飾と、左右のそれを繋ぐ金色の後光天輪を背負う姿は神々しく、まるで世界の金象たる司る森羅万象の理が具現化し、顕現したかのよう
最も大きな核石を胸に、その周囲を回っていた大小さまざまな宝玉は関節に、そして二番目に大きな宝珠は四つの目穴が開いた金色の仮面の下からその光を眼光の如く覗かせたその姿は、まさに宝珠たる自然神が戦うための力を鎧として纏った姿だった
「なっ!?」
金光を纏い、天地を震わせる存在感を以って突如その姿を顕現させた自然神の姿をその左右非対称色の瞳に映した大貴は、思わず息を呑んで目を瞠る
「あれは自然神の武器――『万象神』だ」
「……!」
今の大貴がかつての同胞たる異端神の情報を消失してしまっていることを知っている反逆神は、自然神に視線を向けながら静かに言う
すべての全霊命、そして神たる完全存在が、自身の神能を戦う形として顕現させるものこそが、それら世界最高位の存在にとっての武器。
大貴ならば太刀、神魔は大槍刀、クロスは剣の形を取り、そして自然神・ユニバースは特殊な形状を持つ特異型の武器たる金色の鎧――あるいは身体ともいえるそれを武器として顕現させるのだ
「――!」
その武器たる金色の身鎧――「万象神」を纏った自然神がその金色の掌を反逆神へと向けた瞬間、世界が歪められる
「なんだ、これは……ッ!?」
眼前にいたはずの反逆神が、一瞬にして歪曲した空間の中へと呑み込まれるのを見た大貴は、思わず言葉を詰まらせる
(世界に取り込んだ!?)
自然神の攻撃を見ていた大貴の知覚は、反逆神を呑み込んだそれが、単なる空間による圧殺ではないことを見抜いていた
自然神が行った攻撃は、空間を操って押し潰したというようなものではなかった。目の前で引き起こされたその事象は、そこにいた反逆神の上に世界が上塗りされたような感覚に似ていた
そこに存在していたはずの存在を、周囲――空間というよりは世界そのものが塗り潰すように取り込んだその様は、まるで世界が反逆神を喰らってしまったかのようだった
「循環だ」
「!」
しかし大貴が声を発したのと同時、空の内側から悪意色の触手の先端が姿を現し、そのまま力づくで閉じられた顎を開くように空間を押し広げる
そして、その中から姿を現した漆黒の霊衣の上に血紅色の衣を羽織った悪意の神――「反逆神・アークエネミー」は、事も無げに大貴の質問に答える
「自然神はその名の通り、自然の神。神としての性質でいえば、世界の森羅万象そのものである光魔神に限りなく近い神ともいえる」
「……!」
世界に取り込まれたことなど意にも介さず、平然とその姿を現した反逆神は、金色の鎧を纏う自然神を睥睨して口端を吊り上げる
「困った奴だな。ここには、精霊達やらがいるんだぞ? こんなところで神の戦を始める気か?」
「「黙れ!」」
その瞬間、天に手を掲げた自然神の手の平から天を衝かんばかりの金色の剣刃が顕現し、それが天地を絶断する力を纏って振り下ろされる
「――『大逆神』」
それを見た反逆神が冷ややかな声で言うと、その身体から伸びていた悪意色の触手がその腕の中で悪黒色の大槍刀へと形を変える
自身の身の丈にも及ぶ長さの柄の先に、扇形の巨大な刃を取り付けた黒一色の大槍刀を携えた反逆神は、自分よりもはるかに巨大な金色の刃をその漆黒の刃で軽々と受け止める
「――ッ!!」
神片ではなく、円卓の神座そのもの――神位第五位に等しい力を持つ異端の神が純然たる殺意を込めて刃をぶつけ合った神能の衝撃に、その場にいた全員の知覚が塗り潰された
「嘘だろ、今一瞬意識が飛びかけたぞ……!」
「これが、神の戦い……!」
ぶつかり合った自然神と反逆神の神能が生みだした力の奔流に呑み込まれた全霊命達は、そのあまりにも次元と規模が違う神格に戦慄する
二柱の神の一合によって生じた魂すらも消し飛ばさんばかりの力の奔流を知覚しただけで、ここにいる全員が正しくその意味を理解していた
全霊命は気絶しない。それはその存在そのものが神能であることと、その存在がそういうものとして作られているからだ
その全霊命にとって、意識が失われるということはそのまま「死」を意味する。つまり反逆神と自然神の一合によって意識が遠のいたということは、この場にいるほぼすべての全霊命達が臨死状態にされたということを意味している
「あいつら、こんなところで戦いを始めるなんて、世界を滅ぼす気……?」
この場に円卓の三柱が集っているという異常事態。加えてその誰もが臨戦態勢に入っているのを見て、神片となったアリアが苦虫を噛み潰したように言う
神能の特性に従い、完全に制御された破壊の力。しかし底に込められた神の意識が世界に物理的な現象を及ぼせば、それはその世界に生きる半霊命達にとってただ事では済まない事態を引き起こす
ただの全霊命のそれでさえ、大地が蒸発し、世界に大規模な破壊がもたらされるのだ。それを神がなんの制限もなく行えば、世界が滅びばかりの事態をひきおこすが必定。
現に、すでに先ほどの一合によって天変地異が引き起され、青く澄み渡っていた空は、天を引き裂かんばかりの嵐が荒れ狂う地獄と化し、大地は砕けすべての命を滅ぼす死の世界へと塗り替えられていく
「――そうね。これは困ったことになったわ」
その時、その様子を見て苛立ち混じりに忌々しげに言い放ったアリアは、自身の独白に答えた声に目を瞠り、平然としていつの間にか背後にいた黒髪の少女の姿を見て目を瞠る
「レヴェ……っ」
アリアが言葉を言い終えるよりも早く、その手を取った夢想神は有無を言わさず純白の夢に身を包んだ自身の神片を連れて移動する
「あなたにも、協力してもらうわよ」
自分よりも頭一つ以上背の高いアリアを半ば力ずくで引っ張りながら、まるで空間を跳躍しているような動きで夢想神が移動した先は神器を発動させ、神に等しい力を発現しているアスティナの正面
「――っ!!」
神位第六位の神程度の力ではまともに反応することさえ難しい速さで移動した夢想神は、一言アスティナに微笑みかけると、厳かな声で自身の力の顕現たるもう一つの名を呼ぶ
「――夢幻神」
夢想神が自身の力の戦う形の顕現たる武器の名を呼んだ瞬間、世界からその三人が反逆神、自然神、大貴と共に消失する
「アスティナ様!!」
突如夢想神に肉薄され、その護衛として近くにいたカリオスとメイベルが声をあげるが、その言葉はアスティナに届くことなく虚しく響く
「消えた……? いや、空間隔離か」
「私達まで呼んでやる義理はないという事でしょうね」
先ほどまで世界を滅ぼさんばかりに荒れ狂っていた神の意志が、神々と共々瞬時にして消失したことにその場にいたすべての全霊命達が呆然と佇む
「けれど、アスティナ様まで連れて行くなんて。一体何のために……?」
そして同時にその場にいる誰もが理解していた。――連れ去られたのではなく、これから先の戦いにおいて邪魔でしかない自分達がはじき出されたのだと。
「大貴君も連れていったのか……くそ」
以前、夢の世界の中で夢想神と接触し、その目的をおぼろげながら理解している神魔は忌々しげに歯噛みして拳を強く握りしめる
自分達を弾き出したのは神々が戦うための空間隔離。そうなれば、それを展開したのは、あの場にいた三柱の異端神の誰か。
そうなれば、神格として遥かに劣っている自分達からはその空間に干渉することはできない――つまり、この場にいる誰にも、もはや神々の戦場へと赴くことはおろか、そこで何が起きているのかさえ知る術がないということだ
「神魔様」
神魔と夢想神の因縁――かつて、夢の空間の中でなにがあったのかを知っている桜は、いたわるような声音で優しく語りかけると、いつもより少しだけ近く最愛の人の傍らにその身を寄り添わせる
触れるか触れないかの位置までその身を近づけた桜は、そっとその肩に触れると、己の無力を悔い強くありたいと望む神魔に優しく慈愛に満ちた視線を送りながら、その心をいたわるように微笑みかける
「桜……」
聞いているだけで心が和む穏やかで心地よい響きを持つ声音と、その身に纏う優しく甘い香りに意識を向けた神魔は、何も言わずに自分に淑やかな微笑みを向けてくれている桜を見てその手に自分の手を重ねる
「ありがとう。心配しなくても大丈夫だよ」
自分のことを見透かしているであろう桜を見た神魔は、自嘲にも見た笑みを浮かべ、息をつくと同時に肩の力を抜いて自身を慮ってくれる伴侶に頷いて見せる
自分のことを心配しなくても大丈夫という意味と、大貴のことを心配しなくても大丈夫という意図を込めて言う神魔の言葉を受けた桜は、その表情を見て淑やかに目を伏せる
「お優しすぎるのですよ。あなたは」
大丈夫と言いながらも、消えた大貴や夢想神のことを考えてその目に剣呑な光を宿す神魔を見た桜は、せめてその心が少しでも安らぐことを願って、小さく――隣にいる世界で最も愛しい人を想って呟く
「桜、何か言った?」
「いえ、なんでもありません。ですが、これはどういった気まぐれなのでしょう?」
神魔の言葉に小さく頭を振った桜は、眼下に広がっている光景をその薄紫色の瞳に映して、思案気に目を細める
「さぁね」
桜の言わんとしていることを察して頷いた神魔が見るのは、眼下に広がっている妖精界の景色。――先ほどまでの戦いで刻み付けられていたはずの破壊の爪跡が全て消え去ったその景色は、神魔達が最初に妖精界を訪れた時と寸分違わぬ風景が広がっていた
破壊された大地も、瓦礫とした妖精界王城も、まるで何事もなかったかのように平然と存在するその景観は、先程までの戦いと破壊がまるで夢だったかのように錯覚するようなものだった
※
「ここは……」
果てしなく続く荒野のような世界を前にした大貴は、先ほどまで鏡のような大地に映っていた美しい世界が突如変化したことに目を瞠る
突然のことに驚きを覚えながらも、大貴はこれが九世界を回るようになってからは使わなくなったが、地球や人間界で全霊命達が戦う際にその神能によって作り出す空間隔離に近いものであることを理解していた
空間隔離のようなものと感じたのは、これまで経験してきたそれらと微妙に感覚が違っていたからだ
「私が作った夢の世界よ。妖精界で私たちがやり合えば、世界が壊れてしまうからね。まぁ、世界の方は後で全部夢でしたってことにすれば元通りにできるけど
ちなみに、サービスで妖精界王城を含むあの辺り一帯の破壊は直しておいてあげたから」
そして、そんな疑問に答えたのはアリアの襟首を掴んで中空に佇む黒髪の少女――夢想神・レヴェリーだった
「それはありがたいですね……ということは、ここへ私が連れてこられたのは、その見返りということでしょうか?」
夢を現実に、理想を実現し空想を顕現する力を持つ夢想神には、破壊された世界を逆に夢へと変えることで、復元することなど容易なことだ
こともなげに言った夢の神の言葉に謝意を示したアスティナは、同時にその裏に込められた意図を読み取っていた
「さすが、話が早くて助かるわ」
自分がこの夢の世界に連れてこられた理由を理解しているアスティナの言葉に笑みを浮かべた夢想神は、襟首を掴んでいたアリアを放り投げて、その視線を大貴へと向ける
「あなた達は、そこで光魔神を守っていなさい」
あの場にいた中で円卓の異端神を除いて神に等しい力を持っているのは、夢想神の神片となったアリアと、神威級神器を発動させたアスティナだけ。
夢想神は自分達の戦いの中に大貴を晒すに当たり、万が一のことが起こらないようにアリアとアスティナを護衛としてここに連れてきたのだ
「悪いけれど、私に付き合ってもらうわよ光魔神」
アリアとアスティナから大貴へと視線を移した夢想神はその口端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべると、この世界で唯一光と闇の力を等しく持つ存在たる円卓の頂点の一角を見据える
「円卓の戦いの影響で、覚醒するかもしれないでしょう?」
「……お前」
(こいつの目的は俺を覚醒させることか……けど、何のために?)
その言葉で夢想神がわざわざアリアとアスティナを護衛につけるという手間を払ってまで自分をここに連れて来た理由を理解した大貴ではあったが、なぜそのようなことをするのかが分からずに怪訝な瞳を向ける
「私のことも覚えていないようね。私の目的はただ一つ、あなたを完全に覚醒させ、あなたが隠した神器の場所を教えてもらうことよ」
大貴から向けられる視線を受けた夢想神は、光魔神の記憶を持っていないことを確認してやや残念そうに目を伏せると、静かな声でその理由を教える
「……俺が、隠した?」
光魔神の力を持ちながら、その知識や記憶を一切憶えていない大貴は、夢想神の語った理由に眉を顰める
その大貴の反応を見た夢想神は、本当に何のことを言ってるのかを理解していないらしい様子に小さく息をつき、天空に佇む反逆神の視線を真正面から受け止めながら背中越しに声をかける
「ええ。私には――いえ、この世界にはそれが必要なの」
「……?」
抑制の利いた声音の中にその強い意志を感じさせる夢想神の言葉に、大貴ばかりではなくアスティナとアリアもその意味を掴みあぐねて訝しげな表情を浮かべる
「あなたが全てを思い出せば解るわ――急がないと、取り返しがつかないことになるかもしれないわよ」
「?」
そう言い残し、まるで消えたような速さで瞬時に反逆神と対峙する位置へ移動した夢想神の背に、その武器である円門状の特異型武器――「夢幻神」が顕現する
「意外ね。待っていてくれるとは思わなかったわ」
この世界に囚われた瞬間から、今まで自分達のやり取りをずっと見ていた反逆神と自然神を一瞥した夢想神が不敵に微笑む
そんな夢想神の言葉には、かつて光魔神を殺した反逆神に対し、「その復活を恐れているのではないか」というう敵意と挑発の念が込められている
「――なに。この夢の世界に入ったのも久しぶりだからな。感慨に浸っていただけだ」
しかしそんな夢想神の言葉に込められた皮肉と意図を読み取った反逆神は、それに余裕の笑みを崩すことなく答える
「そう。あなたでもそんな感傷を覚えるのね」
「意外か?」
やや皮肉気に返した言葉に悪意に満ちた笑みを浮かべる反逆神に、夢想神は剣呑な光をその瞳に宿して小さく鼻を鳴らす
「話したくもない相手に興味なんてわかないでしょう?」
「クク。随分と口が悪いな」
自分よりも頭一つは小さいあどけない少女の姿をした夢想神の言葉に反逆神はわざとらしく肩を竦めてみせる
敵意を剥き出しにした夢想神と、その敵意を好意的に受け止め、むしり歓迎しているかのような反逆神。
異端ではありながらも、神であることに変わりない神の一角と神の絶対な敵。二人の間に生じているのはそんな存在から来る敵対関係と、互いの信念の相違からくる敵対の意志だった
「「夢想神」」
そうして視線を交錯させる二柱の異端神に、全長五メートルには及ぼうかという巨大な金色の鎧――円卓の神座№3「自然神・ユニバース」が男、女、子供が一度に発しているような混声で語りかける
「何?」
「「あれは……光魔神か?」」
自身を呼び止めた自然神の確信を持てない疑問の声を受けた夢想神はその視線を、その意識が向けられている人物である大貴へと向ける
「そうよ。そこの馬鹿の所為で色々変わってしまったの」
長い間眠りにつき、先程目覚めたばかりの自然神が現在の状況を理解していなかったことに思い至った夢想神に「そこの馬鹿」呼ばわりされた反逆神はこみあげる笑いを噛み殺す
「オイオイ、俺のせいかよ」
「違うというの?」
光魔神を殺し、その存在を長きにわたって封印していた張本人である反逆神の無責任な言葉に、夢想神はわずかにその瞳に苛立ちの光を灯して応じる
「クク……」
「「なるほど。おおよそ理解した」」
そのやり取りを見て、現状を概ね理解した自然神は、金色の鎧の隙間から除く本体――鎧を纏ったことで翡翠色に染まった宝玉で反逆神を見据える
「「一つ確認しておく。貴様は、円卓を崩すつもりか?」」
男と女、中性的な高い子供の声――すべてが混然一体となり、一つの言語として発せられる自然神に問いかけられた夢想神は、宝玉であっても自身に視線が向けられていると分かる金鎧の巨兵を一瞥する
「終わらせるのよ。円卓の呪いを」
静かに、感情の読めない声でそれに応じた夢想神の言わんとしていることは、反逆神と自然神には理解できることだった
「今は記憶を失っているけれど、彼はいずれ知るでしょう――いえ、知らねばならない。なぜ自分が生かされているのかを」
それは大貴が――否、もしかしたらその周囲にいる全霊命達でさえ知らない、あるいは気づいていないかもしれない事実。
そもそも、先代の光魔神を殺した反逆神がなぜ、封印という手間をかけてまでその存在をこの世界に留めているのか。気に入らないなら殺してしまえばいい。それをしないのは――否、できないその最大の理由こそが「円卓の呪い」なのだ
「そういえば、反逆神は『祭壇』を、自然神も『鍵』を隠したわよね? よければ、その在処を教えてもらえるかしら」
その視線を反逆神と自然神にそれぞれ向け、確認の意図を持って投げかけられた夢想神の提案に、二柱の円卓神は即座にそれに答える
「断る」
「「同じく」」
互いに相容れない二柱の神から返された予想通りの答えに、息をついた夢想神はその背に従えた円門から暗黒色の夢を放出する
「そう……ま、いいわ。自分で探すから」
それは、夢と空想を司る神たる夢想神の力の形の一つ。願えど届かず、祈れど叶わず、力呼ばずそのすべてを拒絶する夢の形「絶望」。
「その力、久しぶりに見たな」
夢想神が戦闘時に行使する絶望の夢の力を見た反逆神は懐古の念に眼を細めて口端を吊り上げる
「ッ、なんて力だ……!」
臨戦態勢に入った夢想神の力を、アスティナとアリアの結界の中で知覚した大貴は、神位第五位に等しい神格から生じる神の力に息を止める
神位第六位であっても尚、その力によって通常の全霊命の存在を消しさることができるほどの力を持つ完全存在――「神」という存在ではあるが、神位が一つ違うだけでこれほどに次元が違うものなのかと思うほどにその力は絶対的なものだった
「神の戦いなんて、いつ以来でしょうね」
「これが、円卓の神の力……!」
神から生まれた最初の全霊命「原在」として、そして九世界の王の一人として、神位第五位、あるいはそれ以上の神格を持つ神と面識があるアスティナも、夢想神の神片となったアリアも、そのあまりに強大な力を前にただただ天に座す三柱の神を仰ぎ見ているばかりだった
(これが、円卓の神座の力なのか……!)
自身と同じ円卓神座に名を列ねる神の力を目の当たりにした大貴は、自身の内側にもそれに等しい力が眠っているとを改めて自覚し、胸に当てた手を強く霊衣と肌に食い込ませる
それは、円卓に等しい神の力を掌握しようとしているようにも、自身の中に眠っている力を恐れているようにも見える行為だった
「――で? 俺と戦って勝てるつもりか?」
夢想神のその小さな身体から生み出されているとは思えないほどの強大な力と、それによって軋む世界の波動に晒されながらも、反逆神はまるでそれを意に介した様子も見せずに応じる
円卓の神座において、№0、1、2の三柱の神は、他の神をはるかに凌ぐ強大な力を持っており、反逆神の神格は神位第五位でありながら、限りなく神位第四位に近い。
神位とは、一つ違うだけでその力の差は絶対のものになり、いかなる手段を用いても覆すことができないというのは、神の力を持つ者やその力をの知る者達にとっては常識だ
無論、限りなく神位第四位に近いとはいっても、第四位ではない以上、反逆神に神位第五位の神が勝てないというわけではないが、二柱の神の間に決定的な実力の差があることは変わらないのだ
「生憎と、こちらにもあなたを野放しにしておけない理由があるのよ。もっとも、あなたが、今後光魔神に手を出さないと誓えば、このまま終わりにできるのだけれど?」
同じ円卓と並び称され、かつて敵対し、共に戦ってきたからこそ夢想神には、反逆神の力と、自神との格の差がは嫌というほどに分かっている
それでも反逆神が光魔神に再び何かしらの危害や悪意を加える可能性がある以上、夢想神は己の目的のために、その主張を貫き通す信念と覚悟があった
「それは、無理な相談だな」
「交渉決裂ね」
そして、悪意に満ちた凶悪な笑みと共に即座に返された言葉に、夢想神はため息のようにも聞こえる声で呟く
元々提案をしてみたとはいえ、夢想神には反逆神がそれを断ることは半ば確信としてあった
なぜなら、神敵たる反逆神は、その名の通り「敵対と反逆の神」。つまり、その存在は神――あるいは、この世界に存在する全ての神に列なるものを害するためにある。
そんな「この世界の全てに敵対する俺が敵対するべき存在」である反逆神にとって、「世界の全てそのもの」である光魔神は、その対極に位置する最高の敵なのだから
「自然神。あなたはどうするの?」
反逆神との対話を終えた夢想神がその意思を確認するように、泰然自若として佇む自然神に視線を向ける
元々世界の理である自然神と世界の理に敵対する反逆神は神としての相性が悪く、自然神は自身の力に限りなく特性が近い光魔神に対して最も友好的に接していたことを夢想神は覚えている
当初こそ、反逆神への怒りを露にしていた自然神がそれを鎮めて場を観察しているのは、そういうことが関係している――そして、まるで忠誠を誓っているかのように光魔神に付き従っていた自然神の答えもまた、夢想神には分かりきっていた
「「愚問だな」」
抑制の利いた声で夢想神に応じた自然神は、その金色の鎧から除く翡翠色の宝玉に眼前の神敵を映す
「「貴様が何を企んでいるのかは未だ測り兼ねるが、その提案に乗ってやろう」」
「ええ。二人であのいけすかない神敵をぼこぼこにしてやりましょう」
自然神と夢想神が言葉を交わし、臨戦態勢に入ったのを見て取った反逆神は、悪意によって顕現する漆黒の大槍刀を携えて小さくため息をつく
「やれやれ、野心を抱く夢の神に光魔神の腰巾着の自然の神か――困ったものだ」
口ではそう言いながらも、神の絶対なる敵対者たる異端の神の表情には、はるか古には戦場を共にした同胞から向けられる最大級の殺意に対する歓迎と歓喜の色が強く浮かび、その口端が吊り上げられていた