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魔界闘神伝  作者: 和和和和
妖精界編
143/305

太極の片鱗






 世界を満たす白と黒――光と闇、創造と破滅。全てを内包した純然たる聖魔の力が吹き荒れる。果てしなく広い世界のどこにいても知覚できるであろうその強大な力は、神魔と桜がアリアの意識を引きつけている間に張り巡らせた起死回生の策によってもたらされたもの

 妖精界王をはじめとする、城に仕える上位の精霊達、十世界、仲間達に加えて神器とまでも共鳴して生み出されたまさに神にさえ届きうる神の一撃


 この世に存在するあらゆるものと共鳴し、すべてを内包し、同時にその全てを否定する太極の力の残滓が吹き荒れる中、それを放った大貴はこれまで感じたことのない倦怠感に肩で息をしていた

「ハァ、ハァ……」

(普段より、キツイな……やっぱり、神器と融合したからか?)

 これまでこの力を使ってもほとんど感じたことのなかった存在そのものにかかる負荷に消耗しながら、大貴は左右非対称色の瞳で自身の力を炸裂させた場所に祈るような視線を向ける

(けど、これなら……)

 これまで感じることのできなかった確かな手応えに、その口端がわずかに緩めた大貴は、自身の武器である太刀を握る手に力を込める


 神となったことで神以外から害されることのない絶対的な存在となった自身の力に油断したアリアの隙を衝いて放たれた最大最後の太極の一撃。

 神の身に届きうる力の波動が世界を満たす中、誰もがこれで決着がついていることを望んで、祈るようにその力の中心点を見つめていた


(これでダメなら、もはや――……)

 「これで終わってくれ」――そんな祈りにも似た戦場の全霊命(ファースト)達の心を感じながらも、その意識を研ぎ澄ませるアスティナは、心の中で静かに意志を固めていた


 この攻撃は、神に等しい存在であるアリアに現状確実にダメージを与えることができる数少ない手段の一つ。もしもこれでアリアを止められないようならば、もはや城の地下にある自身の神器を使わざるを得ないであろうことをアスティナは半ば覚悟していた


 それは時間にして一秒にも満たないほどの刹那。しかし、悠久にさえ感じられるそのわずかな時間の中で、その場にいた全員は心から祈り、奇跡の勝利を願っていた


「――……」


 やがて祈りに満ちた刹那の永遠が終わり、全員の知覚を埋め尽くしていた神格の太極が消失した瞬間――そこに傷一つないアリアの姿が現れる



『――っ!』



「無傷……」

 太極の中から現れた、傷一つないアリアの純白の夢身を見て誰かが発したその声に絶望の色はなく、むしろこの結果を予想していたようにさえ聞こえるものだった


 「不意を衝いたとはいえ、この一撃で確実に倒すことができるのか?」――勝利を祈りながらも誰もが抱かずにはいられずにいたその懸念は、図らずも的中してしまっていた

 しかし、倒すことはできずとも手傷くらいは負わせられるだろうと思っていた者達は、「無傷」というその事実を前に、あらためて「神」という存在との力の差を痛感せずにはいられなかった


「……ふぅ、危なかった。咄嗟に自分を夢に変えていなければ、ただじゃすまなかったでしょうね」

 王をはじめとした妖精界の精霊達、十世界の精霊達、そして自分の仲間達――この場にいる全員の力を束ねて放たれた大貴の一撃を無傷で凌いだアリアは、しかし思いもよらなかった攻撃によって冷えた肝を安堵の息によって温めていく


 元々アリアは殺すつもりがあって戦っていたわけではない。神の力を手に入れ、王にさえ害されることが無い存在となったことで、ここにいる誰も自分を傷つけることはできないと確信していた

 だがそれは、決して油断でもなければ傲慢でもない。「神は神以外に害されない」というこの世界の理そのものから来る事実であり、決して覆ることのない事象だ


「やるじゃない」

 油断していたことは否めない。未覚醒とはいえ、夢想神(レヴェリー)よりも格上の神である光魔神の力を用いたからこその結果でもある

 だがそれでも、今の自分に一瞬でも身の危険を感じさせたこの場の全員に、アリアは心からの賞賛の言葉を贈る

「くそ、駄目だったか。……もう、次は使えないな」

 そんなアリアの言葉を聞きながら、神器との同調による負荷にわずかに眉をひそめて苦悶の表情を浮かべる大貴は、もう同じ攻撃は通じないだろうことを半ば確信して苦々しげに独白する。


(さすがに手詰まりか……)


 神の力の前に、もはや万策尽きた大貴が、沈痛な面持ちを浮かべていると、その傍らにいたアイリスが無傷のアリアを見て声をあげる。


「ねぇ、光魔神様!」


 こちらの攻撃は一切通じない。相手の攻撃は防ぐことはおろか、回避することもままならない。戦いにさえならない絶対的な神の力の差がある。

 本来なら、絶望していても仕方がないその中で上がったアイリスの声は、この状況の中には似つかわしくないほどに歓喜に彩れていた。


「な、なんだ?」

 その声に目を丸くし、半ばその勢いに押されるように大貴が答えると、アイリスはやや興奮した様子でその昂揚の理由を語る。

「私達とじゃなくて、あいつのあの力と共鳴させればいいんだよ! あいつの力なら、あいつにダメージを与えられるでしょ!?」


 神の力に及ばないならば、それを逆に利用すればいい。

 光魔神の神能(ゴットクロア)である太極(オール)の力を用い、自分達ではなく神片(アリア)と共鳴すれば、先ほどの神器との共鳴のように神の力を行使することができる


 目には目を、歯には歯を。神の力には神の力を。――それならば、確実にアリアに攻撃を通すことができると考えたアイリスの言葉を聞いたシャロットは、小さくため息をついてそれに答える


「無理を言ってはダメよアイリス。そんなことができたらとっくにしているでしょう、から……」


 アリアと共鳴することで神の力を得ることができるならば、すでにそうしているに決まっている――自分でも思いつくようなことを光魔神が実行していないはずはないと、視線を大貴へと移したシャロットは、驚愕に目を見開いているその姿を見て、「まさか」という考えが脳裏に浮かべていた


「なるほど、その手があったか」


「――……」

 そして案の定発せられた大貴の言葉に、シャロットはその柳眉をひそめて頭痛を堪えるような表情を浮かべる

 そんなシャロットを横目に自身の武器である太刀を構えた大貴は、そのアドバイスをくれたアイリスに感謝の言葉を述べる

「ありがとな、アイリス」

「援護は任せて」

 そのまま左右非対称色の翼を広げて一直線にアリアに向かって飛翔していく大貴の姿を見送ったアイリスは、その白磁の弓を携えてシャロットに視線を向ける

「お願いシャロット」

「まったく……!」

 その視線に辟易したようにため息をつきながらも、微笑を浮かべたシャロットは左腕の手甲弓を構えるとそこから八角錐の針矢を放つ

「――!」

(なにかしかけてくる気ね)

 自身に向かって飛翔してくる大貴と、その背後から弧を描いて放たれたアイリスの精霊力の矢とシャロットの矢を見たアリアは、それをいとも容易く鎌の一閃で弾き飛ばす。

「オオオオッ!」

 アイリスとシャロットの攻撃を軽々と弾いて見せたアリアは、その隙を狙って突撃してきた大貴の一撃を純白の三日月大鎌の刃で受け止める。

 今のアリアからすれば躱すことなど造作もないばかりか、直撃を受けても傷一つかない攻撃を受け止めた瞬間、光魔神(大貴)の身体からその力の証である黒白の力が翼のように広がる。


「これは――」


(なるほど。私と共鳴しようとしてるのね)


 光魔神の力である光と闇――この世の全てをあまねく内包する全なる一の力が自身の身体にまとわりつき、神片(フラグメント)となったからだと共鳴しようとしているのを感じ取ったアリアは、大貴の思惑を察してその目を細めて心中で思案を巡らせる。


(逃げることも振り払うことも簡単だけど、これで光魔神が覚醒するなら、夢想神(レヴェリー)の依頼を果たしたことになる、か……)


 自身の身体を構築している夢想神(レヴェリー)神能(ゴットクロア)が光魔神の神能(ゴットクロア)である太極(オール)の力と共鳴を始めているのを見たアリアは、あえて自身を取り巻く聖魔黒白の力を振り払うことなく受け入れることにする

「なるほど。私の力と共鳴させるつもりね――でも、あなたにできるの?」

「――やって見せるさ」

 挑発するように言うアリアに口端を吊り上げて応えた大貴は、自身の存在そのものである太極(オール)の力に意識を集中させていく

「へぇ、ならやってみなさい」

「後悔するなよ」


 神格で勝る今の自分ならば、この力の影響を拒絶することも振り払うこともできるだろう。


 しかし、アリアに力を与えた夢想神(レヴェリー)の目的は「光魔神の完全覚醒」。

 ならば、これがそのきっかけにならないとも限らないと考えたアリアは、渾身の力を以って自身の力を取り込もうとしている大貴に不敵な笑みを返す。


(――ただ、さすがに気を抜けないわね)


 このまま仮に大貴の力が自分の力と共鳴することに成功すれば、最低でも神位第六位(自分と同じ)神格を得ることになるだろう。


 そうなればさすがにこれまでの様にはいかない。

 自身を殺めるに足る力へ至る可能性を考慮し、いかなる不測の事態にも対処できるように身構えながら、アリアは周囲に渦巻く黒白の力とその根源である大貴へ視線を向ける。



「あれは――」

「彼女の神の力と共鳴させるつもりですね」

 一方、その戦いを遠巻きに見ていたアスティナとイデアが大貴の思惑を瞬時に理解し、それを遠巻きに見守ると、それに倣って全ての者達が大貴とアリアのせめぎ合いに視線を向ける

「だが、そんなことできるのか? 神格が違いすぎるだろ」

 ライルが思わず漏らした声は、おそらくこの光景を見ている誰もが思っていること。


 神能(ゴットクロア)は事象と概念の力。その強さは神格に比例し、いかに強力な能力でも神格で勝る相手の前には無力と化してしまう

 今の光魔神(大貴)の力は通常の全霊命(ファースト)と同等。その力を以ってしても、神位第六位に等しいアリアの神片(フラグメント)幻想の住人(ファンタズマ)の力を取り込むことができるのかという疑念が拭えないのは事実だった


「大丈夫!」

 しかし、そんな場の重苦しい疑念を打ち払うように響いたのは大貴と行動を共にしてきた神魔やクロス達ではなく、アイリスの声だった



 アイリスにとって大貴は、つい最近知り合ったという程度のもの。縁はあっても絆は乏しく、無条件の信頼を寄せるほどではないのかもしれない

 しかしアイリスは、大貴をこの場の誰よりも信じていた。大貴が過去の出来事から溝を生じていた自分とシャロットの友情を信じてくれたように。自分達の心が離れていないことを信じてくれたように


 現に大貴が来て、少しだけ世界は変わった。元々そうなっていたものがほんの少し表面化した程度に過ぎず、問題は何も解決していなくとも、この場には遥か昔のように四種の精霊達が一つとなって舞っている

 それは、ほんの少し前までは誰も想像しえなかった光景。願う者がいても実現しない夢のような現実の姿でしかなかったはずだった

 しかし、今それが実現している奇跡を目の当たりにするアイリスは、神格や神能(ゴットクロア)とは違う、光魔神――大貴が持つ力を信じているのだ



「アイリス……」

 誰よりも強く大貴を信じるその姿にシャロットが小さくその名を呼ぶと、アイリスは黒白の力の渦の中心でアリアと刃を合わせているその人物を見て、祈るように言い放つ


「だって、彼は――光魔神様なんだから」





「――ッ!」

(くそ、っ……なんて重い力だ)

 アリアの存在の力に太極の力を絡ませる大貴は、これまで共鳴したことのない真の神格の力に歯を食いしばり、自身の力へと取り込もうとする

 太極(オール)の力を介して伝わってくる神格の差と、今までとは違う共鳴の感覚にまるで自分の方がアリアの力に呑み込まれそうになるような感覚を覚えながら、大貴は懸命に踏み留まる

(でも。ここで……ここで俺が諦めるわけにはいかないんだ――!)


 自分の願いのために様々なものを棄てたアリア、そして自分達の世界を守るために戦うアスティナ達妖精界の精霊達。

 自分の信念と正義と守りたいもののために相手のそれを駆逐しようとするその意思は、正しくはなくとも決して何一つ間違ってはいない


(まだ! まだ選べるはずなんだ!)

 以前訪ねた妖界で、たった一人の大切な人のために世界に敵対し、命を落とした者がいた。その心を知ったとき、大貴は自分で自分に誓ったのだ――「この世界と関わる」と。


 関わるというのは、肯定し否定すること。誰しもが自身の大切なもののために戦う以上、そこに本当の意味での善悪など存在しえない

 だからこそ、「関わる」ということに意義がある。どちらにも味方せず、どちらをも否定せず、客観的にその心を見て力を貸し、時にはその前に立ちはだかることができるものであることが


 その正しい想いによって、道を間違えないように。せめて、取り返しがつく場所で引き返すことができるように



《あなたはそのお心のままに、その境界線を見極めてください――光と闇の境界そのものであるあなたの御心で》


 脳裏に甦る言葉を思い返した大貴は、自身の武器である太刀を握る手に力を込めてわずかに唇の端を吊り上げて笑う

(あぁ。任せろヒナ――俺は、光と闇を総べる存在(光魔神)だ!)



「――ッ!?」



 瞬間、太極が脈打った



(なんだ……ッ!?)

 自身の存在の根底から生まれる黒白聖魔の力――太極(オール)の力の感覚が変わったことに訝しんだ瞬間、その力が塗り替えられる(・・・・・・・)


 黒白聖魔の力はそのままに、しかしその力はこれまでとは比較にならないほどに強い神格を帯び(・・・・・)て神々しさを増し、その力を増大させていく。

 光はより神々しく輝き、闇はさらに神々しく深まっていく。一点の穢れもない白と一点の曇りもない黒が一つとなってうねり、まるで鼓動のように脈を打つ。


「――っ!?」

 先程神器と共鳴したときは明らかに違う純粋な(・・・)神格を帯びた神光と神闇の力を知覚した大貴は、その大きすぎる力に半ば反射的にその力を閉ざす。


(――っ、止められない(・・・・・・)!?)


 しかし、力の発現を抑えようとした大貴の意思に反し、その内側から生まれ出る神極の奔流は留まることをしらない。

 そこから感じられるあまりにも強大な力に反射的に力の行使を止めようとするが、黒白の神力はそれを拒むかのように荒れ狂うばかりだった。


「ぐっ……ぐあああああああっ!」


 未だ未覚醒の大貴にとって、自身でさえも制御が利かないほど強大に膨れ上がった太極の力が放出されるということは、狭い管に無理矢理膨大な量の水を通すようなもの。


 通常の全霊命(ファースト)程度の神格によってしか構築されていないその身体を、(神格)(規模)共にあまりにもかけ離れた力が荒れ狂うことで、心身を内側から無理矢理引き裂かれような名状しがたい苦痛が呑み込んでいく。


「これは……っ!?」


 突如神格を帯びて膨れ上がった聖魔の神極の力を知覚して目を瞠ったアリアがその咄嗟に飛びのいた瞬間、その純白の三日月大鎌が黒白の力に舐めとられ、その形状を一瞬にして消失させる

「――ッ」


()の力を、取り込んだ――!?)


 神片(フラグメント)となったことで神に等しい神格を得た自身の力の結晶たる武器を瞬時に取り込まれたアリアは、口端から血炎を上げながら苦悶に眉をひそめる。


(違う。それだけじゃない。これは――っ)


 眼前に荒れ狂う太極の力を見たアリアは、それが先ほどまで大貴が使っていた太極(それ)とは全く質の異なるものであることを理解していた。



 ――この世の全てを、太極に取り込んでいる!?


 突如大貴を呑み込み、巨大な渦となった黒白聖魔の神の力にアリアばかりではなく、その場にいる全身が目を瞠り、決して混じり合うことのない光と闇が一体となっている神の力に戦慄する

 大貴が放出した太極は、その力の余波によってその場にいる全員の身体を構築する神能(ゴットクロア)までをもその内側に取り込みつつあった

(私達に影響が……つまりこれは、光魔神様がこの力の制御を失っているということですね)

 自身の身体を構築する神能(ゴットクロア)――光力が太極に引き寄せられ、わずかに輪郭がぼやけるのを見た天界の姫(リリーナ)は、同様に崩壊を始めている大地を一瞥して大貴に起きた異常を察知して黒白の嵐の中へと意識を向ける


 神格の及ぶ限り、この世に存在する望むままにあらゆる事象と現象を否定し、望むままにそれらを作りだす神能(ゴットクロア)は、いかに巨大な規模であっても、対象以外に効果を及ぼすことが無いように干渉させることができる

 にも関わらず、対象とされていないこの場の全員、果ては妖精界そのものにまでその力が干渉しつつあるということは、力の影響を与えるべき対象を大貴が定めきれていないことを意味している


「これは……大貴さんの力が暴走しているというのですか?」

「そんな」

 展開した結界から、それを構築する自身の光力が奪われるのを知覚したマリアが息を呑むと、それを聞いた詩織はその表情を青褪めさせて、黒白の渦を仰ぐ

(大貴……!)


「神魔様」

「多分、無理矢理神の力を取り込もうとしたから、それに共鳴した未覚醒の神の力が引きずられてるんだ」

 荒れ狂う黒白の力の嵐に、桜色の髪を煽られる桜が視線を向けると神魔は、その波動を遮るように顔の高さに掲げた腕越しにそれを見ながら声だけで応じる


 光魔神の神能(ゴットクロア)――「太極(オール)」は、全にして一、一にして全なる光と闇、この世の全てを内包する力。それであるが故に、すべての力を共鳴し、同時にその全てを内側に取り込むことができる

 だからこそその力を使ってアリアの神の力と共鳴しようとしたのだが、今回は相手が――否、相性が悪かった。未覚醒で通常の全霊命(ファースト)程度の神格しか持たない大貴が、本当の意味で神格を有しているアリアの力と共鳴してしまったがゆえに、今まで未覚醒のまま眠っていた光魔神としての本来の太極(オール)が神格を取り込んで呼び起されてしまったのだ



「――いえ、まだ完全に暴走しているわけではありません。ですが、力を定めるべき対象を見失ってしまっているのでしょう。力が帯びている特性がその力を使うべき相手を定めることができず、かといってそれを発動することもできずに中途半端に作用してしまっているのです」

 神極の嵐を結界で阻みながら、この場にいる全員の離脱を先導する妖精界王(アスティナ)は、それを見て推論を積み立てる


 そもそも、円卓の神座の頂点である光魔神の神格は、神位第五位を超える。もしその力が制御を失ってしまったのならば、一瞬にしてこの世界とそこに存在するすべてのものが太極に取り込まれて消滅してしまう

 それが起きていないのは、直前まで発動していた大貴の意志が作用する相手を限定していたこと。そして。完全に御しきれていないとはいえ、その力を抑え込もうとしている意志が作用しているであろうことは想像に難くない

 つまり、今荒れ狂っている太極(オール)の力は、意志によって定められるべき神能(ゴットクロア)としての能力を失っている状態にあるということだ


「……けど、ヤバいな」

 おおよその状況を把握したクロスは、その表情を強張らせながら大貴の姿が見えないほどに荒れ狂っている太極の力に歯噛みする

「このまま光魔神の力が制御されないままに解放されたりしたら、彼自身の命が危ない。いえ、それどころか、世界が暴走する太極(オール)の力に取り込まれて消滅しかねない」

「――っ、そんな」

 シャロットの言葉に息を呑むアイリスは、自身が提案したことでこの事態が引き起こされてしまったことに顔を青褪めさせる


 現在、世界に大きな影響を及ぼしていないのは力の顕現が不十分だからに過ぎない。もし何らかの理由で太極(オール)の力が大貴の意志を離れて暴走してしまえば、その力は瞬時にこの世界を太極に還してしまうだろう


「今は、落ち込んでいる場合じゃないでしょう」

「シャロット……うん」

 肩に置かれたシャロットの手に動揺していた意識を立て直したアイリスは、自身の注がれる親友の厳しくも優しい視線に頷いて荒れ狂う太極の渦を見る

「なんとかしなくちゃ」



「暴走? 全霊命の力(神能)が!? まったく、一体何なのよ……!」

 視界と知覚を埋め尽くす純黒純白が一体となった大貴の力を見るアリアは、苦々しげに眉をひそめて混乱する思考を舌打ち気味に独白する


 全霊命(ファースト)や神の力である神能(ゴットクロア)は、その存在そのものの力であり、その力はその意思によって制御されている

 そして、霊的な神格を持つ全霊命(ファースト)は個として完全に確立された存在――すなわち、洗脳や記憶喪失、自我の崩壊といったものが起こることはない。そのため、神能(ゴットクロア)が本人の意思を離れて暴走するなど在りえないというのが世界共通の認識だ


「無理矢理神の力を引き出したから? まったく、世話の焼ける……!」

 そう言い放ったアリアは、夢の神片(フラグメント)となった自身の力を以って自身の存在そのものを「夢」へと変える

 この世に存在しながらも存在しない夢となることによって、なにものにも干渉されないそれとなったアリアは、太極の渦の中へと向かっていく。

「――ッ!」

 しかしその瞬間、神の領域にまで高められているアリアの生存本能が自身の存在の危機を知覚し、全霊の警鐘を鳴らす。

 その本能に従い、咄嗟にその身を引いたアリアは、夢となっていたはずの自身の左腕が太極に呑まれて消失しているのを見て、その表情を強張らせた。


()の身体が、一瞬で太極に取り込まれた!?)


 真なる黒白に取り込まれ、抵抗させなく一瞬でその形を奪われ立左腕があった場所から吹き上がる血炎を見たアリアは、数瞬遅れてやってきた痛みに眉をひそめる。


(まさか、完全に力の制御を失い始めてる!?)


「……くッ」

 同時に夢の力を以って、その傷口を一撫でしたアリアは〝奪われた腕〟を夢に変え、瞬時に欠損した腕を復元すると、荒れ狂う太極の中心にいるであろう大貴に向かって声を荒げる


「早く力を抑えなさい! この世界ごと太極に還す気!?」


 もし、太極(オール)が完全に大貴の制御を離れてしまえば、この世界そのものを太極へ還すことなど造作もない。

 そして、それが完全に覚醒した光魔神の力ならば神片(フラグメント)となった今の自分はおろか、夢想神(レヴェリー)でさえ手に負えない。


「この――ッ、悪く思わないでよ」

 そう判断したアリアは、一向に鎮まる気配がない太極の渦を見て言うと、純白の三日月大鎌にこれまでとは比較にならない純然たる殺意を帯びた神夢の力を纏わせる。


「はあああああっ!」


 このままでは最悪の事態が引き起こされてしまう可能性があると判断したアリアは、神片(フラグメント)となった自身の力を一切の抑制なく解き放つ。


 三日月大鎌の軌道に従い、その純白の刃から放たれたアリアの全力の夢の力は、純粋にして無垢なる夢の斬閃となって太極の渦へと放たれる

 理想を実現し、幻想を顕現させる力を持つ夢想の力は、アリアが定めたものをこの世から消し去る滅夢の力となって奔り、太極の中心へと吸い込まれていく


 しかし、その夢想の斬撃は太極の力に触れた瞬間、その力を逆に取り込まれて完全に無力化されてしまう

「な――ッ!?」

(あの力は、事象さえも取り込むというの――!?)

 神能(ゴットクロア)だけではなく、それが帯びる神の理さえも無に還すその力にアリアが驚愕を禁じ得ない中、それをあざ笑うかのように一点の曇りもない白と黒、純然たる光と闇、全ての終焉にしてすべての始原たる神の太極の力は、ただただその力と威を世界に知らしめていた




「――ッ!」

 その太極の中心では、大貴が自身の内側から自分の意志に反して生じ、その力を顕現させている力を賢明に抑え込もうとしていた

(くそ、力が抑えられない! なんでだ!? このままじゃ、俺の力がみんなを……)


 自身の意志の力を総動員して、太極(オール)の力を制御しようとしても、一度神格を得てしまったその力は、ただの全霊命(ファースト)程度の力しかもたない今の大貴には御しきることができなかった


 しかし、このまま自身がこの力を制御し切れなれば、太極(オール)の力はここにいる全員どころか、妖精界はもちろん九世界そのものさえも始まりにして終焉たる全なる一の力へと還元してしまうだろう

 自身の力が、神魔やクロス、詩織()はもちろんのこと、関係な人達をこの世界から消し去ってしまうかもしれないという事実に恐怖し、懸命にそれを抑え込もうとする大貴だが、その意思は太極(自身の力)には届かない


(止まれ! 止まってくれ――!)

 太極の中に次々と大切な人達が呑み込まれ、消えていく様をまるで見てきたようにありありと想像できる大貴の脳裏に、地球の友人や家族、神魔、クロス達共に旅をする仲間、名も知らない人達の顔が次々を浮かんでは消えてく

 許容を超える力に、内側からな身体を張り裂かれるような痛みに耐える大貴は、この世界の全ての人を――そして、人間界で待ってくれているヒナを自身の太極へと呑み込ませないために、半ば祈るように自身の力へと語りかけた



「――やれやれ」



 その瞬間、まるで心の声に答えるように聞こえた男の声に固く引き結んでいた瞼を開いた大貴は、荒れ狂う太極をものともせず、自身の眼前に佇んでいる人影を見て目を瞠る

「!?」

 太極(この力)をものともせず、いつの間にか目の前に立っていたその人物が誰なのかを認識する前に、大貴の額にその人物の指が軽く叩き付けられる


「ぐあッ」


 いわゆるデコピンを受けた瞬間、大貴はその威力によって吹き飛ばされ、荒れ狂っていた太極(オール)を突き抜けて妖精界王城へと叩き付けられる



「なっ!?」


 荒れ狂っていた神の太極は、その衝撃によって形を失い、黒と白の力の残滓となって空中を漂ってから消失するのを見たこの場の全員は、その中から現れた人物を見て言葉を失った


「――っ!?」



界上解杖(ヘルカーティス)!」


 砕けた太極の力の中からその人物が姿を見せた瞬間、その場にいた全員がまるで蜘蛛の子を散らすようにそこから飛びずさり、青褪めた表情で臨戦態勢を取る。

 さらにアスティナは、これまで使うことを躊躇っていたはずの神器をほとんど反射的に呼び出し、その力を発動させてしまっていた。


「う、そ……っ」

 恐怖に引き攣った表情でその姿を見て、歯の根が合わない声を漏らすアリアのはるか上空で、夢となって事態を見ていた夢想神(レヴェリー)は、その場でよろけるようにして半歩後ずさる


(なんで、なんでこいつ(・・・)がここにいるの――!?)


「――……」

 しかし、そんな周囲の反応など意にも介さず、その人物は不敵な笑みを浮かべるとその身に纏った血紅の衣を翻させながら、ゆっくりと瓦礫にうずもれた大貴の許へと歩み寄っていく


「だらしないな、光魔神(エンドレス)


 何もない空をまるで階段のように踏みしめながら歩くその人物は、嘲っているようにも、何も感じていないようにも聞こえる声音で大貴に語りかける。


「――この、力……っ!」

 崩れ去った白亜の城壁の中から立ち上がり、声の主を見た大貴は、その存在が纏う力の波長を知覚して息を呑む。

あいつ(・・・)と同じ力……)

 知覚が伝えた来るその力は、かつて大貴も感じたことのあるそれと全く同じもの――無論、同じ神能(ゴットクロア)でも個人差があるように、その人物から感じられる力はかつて知覚した同じ力とは別の人物のものだ。


(でも、格が違い過ぎる。ってことは、まさか)


 その力を持った人物――かつて人間界で出会った「弱さを振り翳すもの(セウ・イーク)」を思い返した大貴は、その力の神格の高さからある推論に至って声を詰まらせる。


「……!」


 その表情を見た血紅の衣を纏う人物は、何かに気付いたような反応を見せると、空を歩いていた足を不意に留めて口端を吊り上げる。


「そういえば、今のお前とは(・・・・・・)初対面だったな。まぁ、その顔じゃ気付いていると思うが、一応挨拶をしておこうか――」


 そう言って、血紅色の衣を纏うその人物はフードの下から、黒いベルトによって右目と口元以外を隠されている顔をのぞかせて大貴を見る。

 ベルトに隠されていない右の目――白目である部分が漆黒に染まり、そこに幽幻の月を思わせる金色の瞳に大貴を映し、血紅のコートを纏う男は不敵な笑みを浮かべた。




(なに、あの人……みんなが凄くピリピリしてる)


 そうして大貴と血紅の衣を纏う男が視線を交わすのを、震えが止まらない自身の身体をかき抱きながら見ていた詩織は、周囲を見回してその異様な空気に息を呑む。

 大貴と対峙する血紅の衣を纏うその人物が現れた瞬間、妖精界王城の空は、先ほどまでの争乱が嘘だったと思えるような静寂に包まれ、そのたった一人の乱入者の動向にこの場にいる全ての者達が意識を集中させていた。

「マリアさん、あの人――っ!」

 その理由を訪ねようとした詩織は、自分を包んでくれている結界を展開しているマリアへ視線を向けると、腰まで届く艶やかな金色の髪に覆われた背中を見てその言葉を詰まらせる。


(マリア、さん……?)


 金色の髪に隠された背中から純白の四枚翼を生やしたマリアは、背後からでもわかるほどにその細い身体を震わせていた。

 自分と同じかそれ以上に震えているマリアを見て、声をかけることさえ憚られた詩織は、そこで言葉を呑み込むと結界の中から大貴と血紅の衣を纏う人物へと向ける。


(大貴……)


 周囲の反応に、胸を締め付けられるような不安に駆られた詩織が視線を向ける先で、今まさに大貴を睥睨した血紅の男が不敵な笑みと共に自身の名を口にする。





「『反逆神・アークエネミー』だ」






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