夢の懸け橋
蒐集神が本の中から呼び出した天使と悪魔の軍勢が、魔力と光力を纏って天空に白と黒の軌跡をさながら星空のように描き出す。
その意思を封じられていても、その存在の根幹である魂を蒐集神の本の中に囚われた彼らは、蒐集神の能力によって魂と分離されながらその身体を操られ、まさに生きた屍と称されるような状態でその力を振るう。
自身の意志はなくとも、その魂から生み出される力は寸分の互いもなく、全霊命としての力をいかんなく発揮して、蒐集神の思惑のままに戦う人形のような人型武器と化してしまっていた。
「やるしかないか……っ」
憐れな殺戮人形となって向かってくる意志のない相手と戦うのは不本意だが、だからと言って相手が自分達に害意を向けている以上、おとなしく殺されることはできない。
小さく吐き出した息と共に自身の中の躊躇いや迷いを静かに収めた大貴は、左右非対称色の瞳に迷いのない戦意を宿して、光と闇を等しく持つ自身の神能――「太極」を発動させる。
「あいつの話じゃ、死なないらしいから許してくれよ」
聞こえているとは思えないが、謝罪の言葉を事前に述べた大貴のその言葉を合図にするかのように、武器を顕現させた天使と悪魔の軍勢が牽制と先制の意味を込めた光力と魔力の波動を一斉に放つ。
黒と白、その身の内に魂を持たぬ天使と悪魔の生きた骸が、本に封じられた魂を解して純然たる破壊の意志を込めて放った閃光の束が、あるものは極光として、あるものはその軌道を変化させ、またあるものは無数の流星となって大貴に降り注ぐ。
神速で世界を奔る光の波動と闇の波動は、その力のままに大貴を捉えて炸裂し、混然となった神格を帯びる殺意と破壊の意志が大気を揺らし、地表を撫でて薙ぎ払っていく。
それ一つだけであっても世界を滅ぼしうる全霊命の破壊の力が天地を揺るがすが、しかしその力は一瞬だけその猛威を振るうとやがてその形を変えていく。
放射状に広がっていた光力と魔力の破壊の力の残滓がその形を崩し、渦を巻いて収束していくとその中から現れたのは、黒と白の刀身にその力を取り込んでいく大貴の姿だった。
「なるほど、蒐集神が嫌われてる理由がなんとなくわかった」
これまでも決して望んで戦ってきたわけではないが、それでも互いの信念をかけて刃を交えてきた者達の事を思い返す大貴は、それすら許されず、魂を奪われて人形と化している憐れな天使と悪魔達の姿に同情と憐憫の視線を以って独白する。
自身の神能――「太極」の力によって、降り注いだ数多の光力と魔力を自身の力として統一して取り込んだ大貴は、剣王と対峙している蒐集神を一瞥する。
全霊命にとっての武器とは、自身の存在が戦う形として顕現したもの。
取り込んだ者の武器を使えるということは、同様に神能そのものである全霊命としての身体、あるいはその力を行使できるのは考えてみれば当然ともいえる。
しかし、相手の意志を奪い、まるで操り人形のように扱う蒐集神のやり方は、いかにそういうものだと割り切って考えても嫌悪感を拭えないものであるのは否めない。
相手の魂を奪い、自身の力としてそれを使う力こそが、蒐集神が九世界の中で忌み嫌われている理由なのだと、大貴は今身を以って痛感していた。
「オオオオオッ!」
光と闇、この世界に存在するすべてである自身の力を解放した大貴は、絡めとった光力と魔力を一つに束ねると、本来は向けるべきではないのだろう眼前の生屍達に対する敵意を咆哮に乗せて解放する。
解き放たれた太極の本流は、光と闇の力を等しく有した白と黒の輪舞となって渦を巻き、その力を放った者達をその奔流の中に巻き込んでいった。
※
「はあッ!」
共鳴させた漆黒の魔力の斬撃で襲い掛かる生屍と化した天使達の攻撃を打ち払った神魔に続き、桜が魔力の奔流を解き放って滅し流す。
互いの命を交換し合った伴侶たる神魔と桜は、その魔力を共鳴させることができる。
それに加えて、二人が見せるまさに一心同体以心伝心と評するのが相応しいほどに息の合った戦闘は、互いを補佐し合うもの。
心と力を一つに重ねて戦う神魔と桜は、二人でありながらその心を一つに重ねた連携によって、無数の全霊命を相手に一歩も引けを取らない戦果を挙げていた。
「桜!」
「はい」
神魔の武器である大槍刀と桜の武器である薙刀が共鳴し高められた魔力を纏って荒れ狂い、斬撃の波動を以って生屍となった者達と薙ぎ払う。
左右両端に翼のように魔力の波動を放って敵の軍勢を薙ぎ払った神魔と桜は、一瞥もくれることなく互いの武器を交差させる。
その瞬間、交差した二人の刃が背後に迫っていた悪魔を両断し、二つの刃で両断されたその身体が、形を失い魔力へと還元されていく。
痛みも苦悶の声も、死を迎える絶望も何一つ感じられないその存在が形を失って世界に溶けていくのを見届ける暇もなく、魔力の残滓が残るその空間で神魔と桜の背が重ねられる。
(……やはり、先日までよりも各段に神格が上がっておられますね)
神魔と背を重ねた桜は、知覚でも感じていたが共鳴することで一層強く感じられるようになった伴侶の魔力の変化に目を細める。
以前訪れた世界――「妖界」において、夢想神と邂逅した神魔はその中で夢の力によって生み出された偽りの風花と相対し、その命を奪っている。
そしてその時を境にして、神魔の魔力の神格が以前よりもはるかに上昇していることは、これまで長い年月を共に生きてきた桜には手に取るように分かることだ。
(本当に、あっという間に先に行ってしまわれるのですから……ついていくのが大変です)
ありありと感じられる神魔の強さに愛おしげに眼を細めた桜は、心中でそう独白しながらその表情を裏腹に綻ばせる。
全霊命の伴侶だけができる神能共鳴は、契りによって交換した互いの命によってなされるもの。
しかし、互いの神格に差があり過ぎれば、必然その差が埋まるものではない。それは、互いに並び立ち刃を携える神魔と桜の戦闘スタイルにとっては致命的だ。
(わたくしも負けていられませんね)
自身の魂に誓うように心中で噛みしめた桜は、背を合わせた神魔を背後に感じながら、迷いや憂いなど微塵も感じさせない澄んだ瞳で眼前の敵を見据える。
このまま神魔が一方的に強くなっていけば、自分がその隣に並び立てなくなるかもしれない可能性を感じながら、桜はこの世で最も愛する人の背に愛おしさに満ちた心を向ける。
神魔が強くなることを心から喜び、神魔に置いて行かれることに一抹の不安を抱き、神魔と共に生きていくことを誓う桜は、自身の武器である薙刀を握る手に力を込めて、最愛の人と共鳴する魔力を纏う。
「――次!」
たとえ力が変わっても変わらぬ想いを捧げ続けることを誓い、確信する桜と背を重ねた神魔は、自身の武器である大槍刀の切っ先を周囲にいる生屍と化した者達に向けるのだった。
※
天を塗り潰し世界を染め上げる一点の曇りもない漆黒の力が荒れ狂い、天使と悪魔の軍勢を暗黒色の力が呑み込んで一瞬にしてその存在を世界から消失させていく。
天を衝かんばかりに吹き荒れる黒の力の渦の中心にいる人物――「ロード」の手には、槍のように長い柄に、大剣のように巨大な刃を備えた「大槍刀」と呼ばれる武器が握られていた。
自身の身の丈はあろうかという両刃の漆黒の刀身。漆黒の刀身の根本はロードのそれと同じ三つの角を模した白と黒の装甲に覆われており、その中央には金色の宝玉が輝いている。
身の丈に及ぶ長さを持つ柄の先――石突の部分からは、漆黒の線を中央に抱く純白の布がまるで風になびくマフラーのように閃いていた。
白と黒で作られたその大槍刀は、神々しいほどの存在感を纏っており、まるで魂を焦がすような圧倒的な力が伝わってくるように感じられる。
「あの二人、中々息があってるじゃないか。さすがはお前の妹だな」
神魔と同じ大槍刀という武器を手にしたロードは、それを肩に担ぐとまさに夫唱婦随と呼ぶにふさわしく、鴛鴦の契りと称するに値する戦いを見せている二人を見て微笑を浮かべる。
力だけではなく、その心の底から互いを想い、寄り添いあっている神魔と桜からは、――二人が互いに抱く愛情と信頼、そして繋がりと重なりをはっきりと見て取ることができた。
「夢霜月花!」
その時、撫子の淑凛とした声が響くと同時に、その存在そのものである魔力が自身の戦う形となって世界に顕現する。
身の丈にも及ぶ翼刃の薙刀を手にした撫子が清流のように澄んだ所作でその身を翻らせると同時に、その刃がロードの眼前に迫っていた蒐集神によって操られる生屍の悪魔がその身体を貫く。
「……はい」
ロードに迫る生屍の悪魔を翼刃の薙刀で貫いた撫子は、癖のない艶やかな漆黒の髪と白の着物の裾を翻らせ、まるで花のような凛美な姿で微笑を返す。
ロードは自身に肉迫している敵を知覚していなかったわけでも、油断していたわけでもない。撫子が迎撃することを確信していたからこそ微動だにしていなかっただけだ。
「だが、俺達ほどじゃないな」
その姿は、神魔と桜とは少し違う形でありながら、勝るとも劣らない絆を感じさせるもの。そしてそれはロードと撫子も確信しているものだった。
「ふふ、そうですね」
神魔と桜への対抗心を垣間見せるロードの言葉に苦笑を浮かべた撫子は、自身の武器である翼刃の薙刀を舞うような動作で振るう。
春風のように優しく、清流のように澄んだ所作でその身を翻らせる撫子が、振るう翼刃の薙刀は風に舞う花柳の如き主に使われていながら、時が凍てつくほどの怜悧な美しさを持つ刃の軌道を世界に描いていく。
流れるような動きは、まるで刃の硬度を感じさせず、どこまでも滑らかに敵を斬り捨てては散花の如き神能の残滓へと変えていく。
しかし、蒐集神によって操られている者達は身体を破壊されても命を落とすことはない。それであるがゆえに恐怖などもまた存在せず、微塵も怯むことなくロードと撫子に襲い掛かる。
「……憐れですね」
自身の存在の力で動いていながら、自身の意志ではなく戦わされているその姿に憐れみに満ちた視線を向けた撫子は、静かに翼刃の薙刀を振るってその者たちに死の慈愛を与えていく。
滑るように滑らかに、静かに敵を斬り捨てた撫子の薙刀は、その斬閃の最中不意にその柄を三つに分離させ、三節棍のようになった刃がさらに斬撃の軌道を変えて敵の軍勢を斬り捨てる。
「いかがなさいますか、ロード様?」
あくまでも奥ゆかしく、おしとやかに敵を斬り捨てた撫子が自身の武器を構えて声を向けると、それを受けたロードはその目をわずかに細めて思案の色を浮かべる。
「そうだな……」
戦場の中、ロードの目にはこの場を生き残ること、敵を屠る以外の事を思慮する意思が宿っていたのだが、それに気づいているのはその傍らに寄り添い、そしてその意思を共有する撫子一人だけだった。
※
「あの二人……強いな」
恐らくこの場で最も余裕を以って戦っているロードと撫子の姿を一瞥した鼎は、自身の身体を無数の刃に貫かれながらも、眼前の敵をその手に持つ長刃の刀剣で貫く。
しかし、鼎の身体を貫いている無数の刃はどれ一つとしてその身体を傷つけてはいない。
その額甲の神器――自身の存在の位相をずらす「神測証」によって全てが鼎の身体をすり抜けているのだ。
左腕を蒐集神にもぎ取られているとはいえ、神器の力によって次々に敵を屠っていく鼎は、余裕を見せながら軽々と敵を滅ぼしていくロードと撫子を知覚で捉えつつ心中で警戒を強める。
蒐集神が呼び出した天使と悪魔の軍勢は、操られているとはいえその実力そのものに変わりはない。
仮に自分が万全の状態であっても神測証が無ければ、苦戦を免れえないであろう相手を圧倒する二人を前に鼎は驚愕を禁じ得ないものだった。
「神の力が場を呑み込んでやがる……これじゃあ、時空転移できねぇな」
神器の力によって敵を屠りながらも、同時に周囲を満たす力を知覚する鼎は、周囲一帯を呑み込んでいる蒐集神と剣王の神能に舌打ちをする。
全霊命達が行う転移は、自身の神格と力が及ぶ限り、世界に臨んだままの事象と現象を引き起こす神能によって、異なる座標、異なる世界を繋ぐことによって実現されている。
当然それは矛盾の原理に則って、同等以上の神格を持つ力があれば阻むことができる。
この場を支配する蒐集神と剣王はこの場にいる者達の中で最も神格が高い。その意思によって神蝕された空間内では、通常の全霊命が転移することなどできるはずはなかった。
(逃がさないってわけか……くそが)
左腕を欠損していることもあり、一刻も早くこの場を離脱したいと考えている鼎がそれをできずにいるのには、そういった理由があった。
いかに神器を持っているとはいえ、神威級ではない以上、神が相手では勝ち目がない。
目的を果たせないまま撤退するのは、不本意だが自分の命には代えられないと鼎は考えていた。
(なら、こいつらを全員殺してさっさとずらかってやる)
この場での転移が不可能であるならば、手段はたった一つ。この場を取り囲んでいる敵を殲滅しながら包囲網を抜け、それが可能になる位置まで離脱するしかない。
「だが、なんだこの違和感は……?」
そうして神測証の力によって自身の存在の位相をずらした鼎は、すべての攻撃を無効化しながらその力を振るいながら、その知覚を周囲を満たす神の力から、ロードと撫子の戦いへと移して訝しげに眉をひそめる。
(あの男、知覚できる力と実力が噛みあっていないような……? 神器を使っているようにも見えないが)
疑問と共に鼎が一瞥を向けたのは、腰まで届く漆黒の髪を揺らす三本角の悪魔――「ロード」。
先程まで刃を交えていた撫子という絶世の美女と共に現れたその人物の戦いは、鼎の意識に些細な違和感を抱かせるものだった。
知覚で見る限り、ロードと撫子の強さ――魔力の大きさはほぼ同じ。あるいは、わずかにロードの方が大きいという程度。
全霊命としては確実に上位に入る領域ではあるが、それにしてもあまりにも簡単に敵を斃し過ぎているように見える。
蒐集神が呼び出した天使と悪魔の軍勢は、決して弱くはない。
個体によっては全霊命として上位の力を備えている。だが、ロードはその相手を複数相手にしながら容易く屠っているのだ。
知覚できる力の大きさと、事象として生み出されている戦果が違っているように思える鼎は、それに違和感を抱きながら、しかしその考えを意識の奥に追いやる。
(いや、そんなはずはないか)
全霊命にとって、神能の神格は、そのまま強さと同義。つまり知覚できる神能の強さと実力が違っていることなどありえない。
この世界の常識を認識しているがゆえに、自身が覚えた違和感を意識から斬り捨てた鼎は眼前の敵に刃を突き立て、そこから噴きだす血炎に目を細めた。
※
神速で放たれた斬閃を紙一重で回避した大貴は、その刃がかすってついた傷から全霊命の血――血炎が立ち上るのを一瞥して小さく歯噛みする。
「――ッ、キリがないな」
蒐集神の本の中から現れた数えきれない天使と悪魔の軍勢を前に苦々しげに言い放った大貴は、その魔力と光力の雨をかいくぐりながら、一番近い場所で戦っているクロスに声をかける。
「クロス!」
「――あぁ」
大貴の声を受けたクロスは、瞬時にその言わんとしていることを察して小さく頷くと、純白の光力を解放させる。
純白の翼を広げ、大剣を携えたクロスが生み出す光力の波動を、大貴の黒白の力が絡めとり、その神格と人格を共鳴させ、本来は伴侶となった全霊命との間でのみ行うことができる神能の共鳴を生み出す。
「はああああっ!」
光力と共鳴し、神聖な純白の輝きをたたえる力と化した太極が自身の力によって顕現している操り人形と化した天使と悪魔の軍勢を呑み込むのを横目で一瞥した蒐集神は笑みを浮かべる。
「――あの力、懐かしいな」
その瞬間、最上段から蒐集神を両断するべく振り下ろされた十字の大剣がその背から伸びる鋼の腕によって受け止められる。
蒐集神の背から伸びる鋼の腕と大剣の刃がぶつかり合い、硬質な金属音を響かせると同時に、その身体と武器を構築し、纏わされる神能に込められた純然たる殺意が大気を震わせて大地を下す。
「異神大戦を思い出すか?」
蒐集神の鋼の腕と刃がせめぎ合い、火花を散らすのを視界に収める剣王は瞳のない目でその姿を見て挑発するように言う。
「クク、少しな」
剣王の言葉に、不完全ながら太極の力を振るう大気の姿を見た蒐集神は、その姿にかつての光魔神の姿を重ねて口端を吊り上げる。
それと同時に蒐集神の影が無数の槍となって突き出して襲い掛かるが、それを一瞥した剣王は、身の丈の倍はあろうかという巨大な十字剣を目にもとまらぬ迅さで振るってその攻撃を全て空中で撃ち落とす。
無数の武器を使い分け、使いこなす蒐集神にたった一本の剣のみで対抗する剣王は、しかしその差など微塵も感じさせぬ風格を纏っていた。
「さすがは戦の眷属の神片。戦闘力はずば抜けているなァ。――それでこそ、俺のコレクションを見せるにふさわしい」
遠い忘却の彼方の頃より、自身の力を存分に振るう機会がなかった蒐集神はようやく訪れたこの一時に歓喜の声を上げて、その本の中に封じ込めた己の「宝」を自身の神能と共に解放する。
「だが、お前を手に入れるのは後回しだ。まずは、ここにあるお宝を全部手に入れる!」
本の中に閉じ込めた天使と悪魔の身体を操って大貴達を戦わせているのは、鼎をはじめとした数人の者達が持つ神器を自身の宝物として手に入れるため。
いつの頃かも思い出せないほど遠い過去以来、久しぶりにその本領を発揮することができる相手よりも己の存在意義を押し通そうとした蒐集神に、剣王はその刃の切っ先を向ける。
「そんなことをさせると思うか?」
※
煌めく光をさながら鱗粉のように纏う蝶翅をはためかせて、神速で飛翔し、縦横無尽に駆け巡る二人の精霊――アイリスとシャロットは、魂を持たずに操られる全霊命達に向けてその武器である弓を向ける。
白磁のような純白の弓が、精霊力によって構築された円天の紋を形作って矢を射れば、普段は左腕の装甲になっているシャロットの弓が精霊力を具現化した矢を放つ。
精霊力を紡がれた光閃の乱舞を放つアイリスと、槍の如き矢を放つシャロットは天空を縦横無尽に飛翔する。
九世界を総べる八種の全霊命の中で最も移動能力に長けた精霊に相応しく、蒐集神によって顕現し、使役される天使や悪魔させも撹乱するほどアイリスとシャロットはその矢が炸裂して標的を撃ち落すと視線を交錯させる。
「腕を上げたわね」
「うん」
背を合わせたシャロットから背中越しに向けられたその言葉に、アイリスはその目を懐古の念と現在の思いに綻ばせて頷く。
そんなアイリスの胸中に去来するのは裏切りの月天の精霊――光の世界、精霊界の間にある溝、そして自分とシャロットの間にあるはずの溝が今だけは消えてしまっているような感覚
(大丈夫、きっと私たちはまた昔みたいになれる……)
敵対したのではない。道を違えたのではない。今はほんの少しすれ違ってしまっているだけ。
確信にさえ似たその感情に目を細めたアイリスは、今度こそシャロットと本当の友達になるべく、この場を生き残るために緩めていた表情を引き締める。
「いくよ、シャロット!」
「ええ」
この一時、まるで過去と歴史の柵など存在しないかのように背を合わせるアイリスとシャロットは、友として戦場に並び立っていた。
「はっ!」
凛々とした気合の声と共にアイリスの白磁の弓から放たれた精霊力の矢は、まるで自分の意志を持っているかのように空を奔り、それがある場所に集まっていた生屍の天使と悪魔を迎撃する。
そうして標的に命中したアイリスの精霊力の矢は、瞬時に炸裂してそこにいた者達を時空を揺るがす破壊の衝撃によって吹き飛ばす。
「助かります」
その精霊力の爆発の中を純白の四枚翼で切り裂いて姿を見せた天使――マリアは、アイリスに一言感謝の言葉を述べるとその武器である杖から光力の砲撃を放ち、精霊力の矢を凌いだ軍勢を一掃する。
「いえ」
極光の波動によって敵の軍勢を打ち払ったマリアに笑みを返したアイリスの背後に肉薄していた悪魔を、シャロットが放った矢が貫く。
「ありがと」
「お礼は生き残ってからにした方がいいのではないかしら? 単体が強いうえに数が多すぎるわ」
心からの屈託のないアイリスの感謝の言葉に視線を逸らしたシャロットは、自分たちを取り囲んでいる敵の軍勢を見回して危機感を露にする。
「そうだね」
「それにこっちには――」
どこか素っ気なく答えたシャロットの言葉に苦笑を浮かべて応じたアイリスは、親友の月天の精霊が視線を向けた先に意識を向けて、静かに思案を深める。
シャロットが視線で危惧を示したのは、先程援護したマリアが背後に庇っているもの――瑞希と、その結界に守られているゆりかごの人間だった。
全霊命の結界は、維持し続けるためにその意識を常に傾けている必要がある。
そして全霊命の力である神能は意志の力によって、世界に事象としてそれを顕現させる力。
すなわち、詩織を守るために結界を展開している瑞希は、その力を十分に発揮して戦うことができないということ。
そしてそれは、その実力が近ければ近いほど実際の戦闘において致命的なものになる。
「……っ」
一人一人の実力が侮れない軍勢に囲まれている中にあって、瑞希という戦力を大きく殺いでしまっている詩織を見たアイリスは、お世辞にも心から気休めの答えを返すことができずに、その表情を翳らせる。
当人が聞いていないこともあるが、この状況下にあって自軍の戦力を一人割り振らねばならず、加えてそれを守るために一定の制限を設けられてしまっている今の状態が決して良いものではないことは否めない。
加えて、何よりも厄介なのは神の力を嗅ぎつける力を持っている蒐集神は、詩織の中にある神眼に気付いており、他の者達よりも多くの戦力を割いてきていることだった。
「はあああっ!」
マリア、アイリス、シャロットが守ってくれているとはいえ、ほぼ実力が拮抗した今の面々を相手に完全にそれを守りきることはできない。
その包囲網をかいくぐって肉薄してきた生屍と化した天使を見止めた瑞希は、その手に携えた双剣を凛然として声と共に振るい、それに纏わせた魔力を以って迎撃する。
「――っ」
しかし、詩織を守る結界の展開と維持に意識を傾けているためにその本領を発揮できず、動きまでも制限される瑞希は、ただでさえ強敵を前に十全の力を振るえないことに小さく唇を引き結ぶ。
「瑞希さん……」
(私の所為で……)
頭の後ろで束ね、腰まで伸ばされた漆黒の髪を揺らめかせている瑞希の後ろ姿を結界の中から見る詩織は、自身の無力を噛みしめて、やり場のない感情にその手を強く握りしめる。
結界の維持が全霊命にとってどれほどリスクがあるものなのかということは、ゆりかごの世界での戦いの中ですでに知識として得ていること。
それであるが故に詩織は、自分の存在が現状どれほどマリアや瑞希に負担をかけているのかということを否が応でも感じざるを得なかった。
そして、自分が迷惑しかかけていない瑞希やマリアが気を遣ってくれているのか、自分に対する憤りや不満を口にも表情にも出さないことに、詩織は内心で自身への無力と怒りを募らせる。
(私が、守られてばかりだから……私は、いつもみんなの足を引っ張ってる。あの時だって――)
自分を守るために神魔が腕を失った事をありありと思い出し、ただ守られているだけの自分を責め苛む詩織は、結界の外に見える戦火――魔力と光力、そしてアイリスとシャロットの精霊力に加え、異端神と神片という異端の存在が生み出す力を見て、強く唇を噛みしめる。
《私に協力してくれる気になったら、心の底で強く祈りなさい。あなたの心に印をつけたから、心から強く祈ってもらえれば、私はいつでもあなたの心に降り立つことができる》
その脳裏によぎるのは、夢の中で語りかけてきた少女の姿をした全霊命――夢想神・レヴェリーの言葉。
レヴェリーは自分のことを「円卓の神座」だと名乗っていた。ならば、この場を打開する力を持っているはず。
しかし、レヴェリーについてはもちろん九世界についての知識も曖昧な詩織は、その言葉を完全に信用することできない。
レヴェリーの言葉を鵜呑みにしていいのか、あるいは無知な自分は利用されているだけではないのかという不安がその心に葛藤を生み出していた。
(私、は……)
しかし視線をわずかに動かせば、そこに映るのは自分を守っているために動きが制限されている瑞希とマリア、そしてアイリスとシャロット。その外でも大貴やクロス、神魔と桜がこの敵と戦っている。
そんな中で自分だけが何もできずにいる。無力な自分に苛まれながらその拳を握りしめる詩織は、自分がどうするべきなのかを考え――そして、引き結んだ唇を震わせながら、その意思を示そうとする。
「でも大丈夫」
しかし、そんな詩織の耳に届いたのは、眩しいほどに優しく力強いアイリスの声。
その声を聞いた詩織が顔を上げると、その視線の先ではシャロットがアイリスの声に微笑を返すところだった。
「ええ。こちらももうすぐよ――噂をすれば」
「――!」
そう言って顔をわずかに上空へ向けたシャロットの視線を追うように顔を上げた詩織は、その先にあるものを見止める――否、性格には見上げ詩織の目に移ったのは、刹那の閃光だけだった。
「『グラウニィ』!」
次の瞬間に聞こえてきたのは、裂帛の気合と共に紡がれる声。
そして、閃光よりも早い閃きと共に斬り裂かれた生屍の天使と悪魔の姿だった。
「待たせたな」
両腕に身の丈にも及ぶ両刃の刀身と一体となった乳白色の円甲を持ったその男が、命を落としたことによって光力と魔力の残滓となって世界に溶けていく天使の悪魔の軍勢の中から視線を向けると、それを受けたシャロットはその場で軽く目礼する。
「いえ、このような危険な場所に来ていただいて恐縮です――ニルベス様」
シャロットの声を受けたニルベスは、その大剣と一体になった円甲の刃を払うと、その声に「気にするな」とばかりに不敵な笑みを返す。
「面倒なことに巻き込まれたな、シャロット」
さらにそれに追従するように、天空から布のような刃が光を反射して舞い、次々と蒐集神が召喚した天使と悪魔達を次々に斬り捨てていく。
「あれは、『テンペスティア』――!」
それが、光さえも透けるような布に似た刃であることを見て取ったシャロットは、それを武器として使う者にわずかに視線を険しいものに変える。
「――クーウェン」
鞭のように踊る布のような舞刃を持つ剣を携えた十世界に所属する鞘羽の精霊――「クーウェン」は、シャロットの視線に一瞥を返し、すぐにその目を逸らす。
お世辞にも、二人が仲がいいとは言えない関係にあることを知っているニルベスはその様子に小さくため息をつく。
「オオオオオオッ!」
その時、天を震わせるような咆哮と共に身の丈の倍はあろうかという巨大な戦斧が神速で振り回され、その斬閃と共に天使と悪魔の軍勢をそこに纏わされた精霊力が吹き飛ばしていく。
それを持っているのは、長身で逞しい体格をした精霊の大男。
褐色の肌に鮮やかな紋様が浮かぶ蝶翅は、月天の精霊であることの証だ。
「『ドルク』!」
その姿を見て、クーウェンの時とは対照的にその硬質な表情をわずかに綻ばせたシャロットに、巨大な戦斧を担ぐ月天の精霊――「ドルク」の低い声が届く。
「頭を下げろ!」
「――!」
その言葉に目を瞠ったシャロットとニルベスが頭を下げると、ドルクが全霊の精霊力を纏わせた戦斧を渾身の力で振りぬく。
その瞬間、戦斧の刃が柄から外れ、まるで巨大なブーメランのように弧を描いて空を奔り、その軌道上にいるすべての敵を薙ぎ払う。
「チッ」
しかし、その敵は操られているとはいえ全霊命。その攻撃も対処、あるいは回避され、目に見えるほどの戦力を削るに至らずドルクは忌々しげに舌打ちをする。
しかし、その攻撃はそこでは終わらない。ニルベスを筆頭とする者達によって切り拓かれた戦端に、日輪、森、湖、月天――すべての精霊達によって構築される軍勢が一斉に攻め込む。
「ウオオオオッ!」
いかに剣王が抑えているとはいえ、蒐集神が間近にいるというのにそれによる恐怖などを全く感じさせない高い士気を持つその軍勢を見て、マリアは小さく目を瞠る。
「――十世界!?」
十世界精霊総督を筆頭とする者達。そして、シャロットと知り合いであることからその軍勢の正体をおおよそ察することも、その目的が同胞であるシャロットの救出であることも想像に難くない。
しかし、これほどの戦力をシャロット一人を助けるために投入するとは思わなかったマリアが小さくない驚きを覚える中、ニルベスは精霊力に乗せた声を戦場にいる者達全員に届ける。
「皆。今は非常時。敵対しているときではない。今だけは光も闇も、過去のしがらみも九世界も十世界も関係なく、ただ未来のために協力し合おうではないか」
「まさか、十世界に助けられるなんてな」
その声に耳を傾けていたクロスがこの世の妙を感じさせる声で敵を斬り捨てるのを一瞥した大貴は、その姿にかつて人間界で対峙した十世界の長――「奏姫・愛梨」の姿を重ねて小さく目を細める。
「……いや、これが本来の十世界の姿なんだろうな」
その言葉を聞いたクロスは、蒐集神によって操られている天使と悪魔の攻撃を回避し、大剣でそれを防ぐと光力を収束した極光を放つ。
「どうだろうな? 同一の敵がいるから、今は一時的に利害が一致しているだけかもしれないぞ」
「――……」
九世界に所属しているからという理由だけではなく、単純に真実を見間違えないようにと念を押して釘を刺すクロスの言葉に、大貴はその知覚をこの場で一際大きな二つの神能の片方へと向ける。
確かにクロスの言う通り、蒐集神が自分達と十世界を一時的に団結させる要因の一つであることは否めない。
取り込んだ全霊命の存在そのものである武器を自分のものとして使えるばかりか、その肉体を自身の私兵として武器のように行使できるその能力には小さくない嫌悪がある。
しかし、十世界が光と闇の恒久的平和を謳っている以上、少なくとも今この光景には愛梨や、彼女と志を同じくする者達の理想が垣間見えているようにも思えた。
「簡単なようで難しいもんだな」
クロスの言葉にわずかにその目を細めた大貴は、少なくとも今はまだ、「蒐集神」というこの世界に住む全ての者にとって共通の忌むべき存在によってのみ成しえている一時的な共戦に、希望とも哀愁とも取れる感情を浮かべて一時だけその身を委ねる。
十世界の理想が真の意味で実現されるならば、この場に蒐集神がいなくても成立していなければならない。
しかし、互いの信念と理想を持っているがゆえにそれが困難であることを、今日までの日々で少なからず目の当たりにしてきた大貴には、その一線を越えることがどれほど困難で遠いものなのかが漠然と、しかしはっきりと理解できた。
「それに、来たのは十世界だけじゃない」
「心を一つにする」――口で言うほど簡単ではないその言葉を内心で噛みしめていた大貴の耳に、クロスの声が届き、同時にその知覚がその答えを捉える。
「――これは……!」
大貴がその力を知覚して目を瞠った瞬間、天を貫いて飛来した光が蒐集神によって操られる天使の身体を射抜く。
天を穿ち、時空を貫いた一閃がそのまま地面に突き刺さると、そこに込められた純然たる滅殺の意志に干渉された世界に物理的な破壊が生じ、大地が揺れる。
地面に突き刺さった光の矢が纏っていった光がほどけると、その中から二メートルほどの長さを持つ白銀の矛が姿を現す。
「この力……」
その様子を一瞥したシャロットが光を炸裂させた矛に目を向けると、それは瞬時に神能へと還元され、そして自分自身の腕の中に再度顕現する。
「ライル様!」
その矛を携える人物――シャロットの兄にして、月天の精霊王「イデア」の腹心の一人である月天の精霊「ライル」の姿に、アイリスが目を輝かせる。
その背後に、百にも上ろうかという月天の精霊を従えたライルは、自身の武器である銀矛を携え、ゆっくりと視線を巡らせる。
「久しぶりだな、ドルク」
「――ライル」
十世界に所属する月天の精霊――大戦斧を携えた大男を一瞥したライルの声に、その当事者であるドルクは低く抑制された声で応じる。
「今は再会を懐かしんでいる場合ではありませんよ」
その瞬間、静かに響いた声と共に閃光が奔り、蒐集神によって操られる生屍と化した天使と悪魔の二人が一刀の下に斬り捨てられる。
(あの人確か……)
本来ならば絶命する斬撃を受け、光力と魔力の残滓となって世界に溶けていくその力の中に佇んでいたのは、四枚の透翅を持つ精霊。
金色の柄から伸びる水晶のように透き通った刃を持つ細身の剣を携えたその人物に、詩織は見覚えがあった。
「グレイシア様!」
そして、そんな詩織に応えるようにアイリスがその人物の名を呼ぶ――妖精界王・アスティナの伴侶たる湖の精霊を。
「妖精界まで、か」
妖精界王の伴侶であるグレイシアを筆頭に、その背後には日輪、湖、森の精霊達の軍勢が続いており、この世界に所属する者にはそれが妖精界王に仕える者達であることは一目瞭然だった。
妖精界を筆頭とする九世界に十世界。さらにはかつて光を裏切って闇についた月天の精霊達――あらゆるしがらみを超えて集った面々を見たニルベスは、その口元を綻ばせる。
「たった一つ、蒐集神に感謝しなければならないことができたな」
それは、誰もがその力を恐れているからこそ成しえた奇跡。
光魔神を見殺しにできないという思惑があったのかもしれないが、いずれにしても蒐集神という存在が内側と外側にあった心の亀裂を一時的に覆い隠したのは事実。
そしてその姿は光と闇、この世界に住まう者達が手に手を取り合う恒久的平和を理想とする十世界の理念に近く、その願いが叶うのではないかという小さな希望を感じさせるには十分なものだった。
「『イノセントホワイト』!」
瞬間、戦場にいるすべての者の意識をさらうほどに美しい声が響き、天空から降り注いだ純白の光が、蒐集神が呼び出した全ての生屍達を光の結界に閉ざす。
最も死に近く、最も生を実感する生命の境界――戦場の張りつめた空気を雪ぎ、命を刃に乗せる者達の心を癒し、世界を華やがせる天上の美声を以って場を鎮めたのは、朝焼けを思わせる鮮やかな朱色の長髪を翻らせる十枚翼の美天使。
天界王「ノヴァ」と、最も神に近い最初の天使の一人「アフィリア」を両親に持つ天界の姫。光のものだけではなく、闇からさえも愛される美しき「歌姫」だった。
「リリーナ様!」
その力が戦うための形となった武器――翼を思わせる純白の杖を携えたリリーナの姿を見たマリアが声をあげると、光の結界によって蒐集神の軍勢を封じ込めた天界の歌姫は優しく微笑んで、この場にいる者達に凛々しくも慈愛に満ちた声で語りかける。
「さぁ、今のうちに退却を」
ただの言葉に過ぎないにも関わらず、歌声のようにさえ聞こえるその声に、その場にいる全ての者達が顔を見合わせて小さく頷く。
どれほどの戦力を集めても、神威級の神器など「神」と呼ばれる領域に到達した力を持つ者がいないのならば、数や戦略で勝敗を見出すことができないことをこの場にいる全霊命達全員が知っている。
つまり、この場に今どれほどの戦力があろうと、それは蒐集神の前では無力。未だここにいる誰にも被害ができていないのは、蒐集神と同等の力を持つ剣王が足止めしてくれているからに過ぎないのだから。
「――リリーナか。本当に運がいい。あの歌声は是非とも俺のものにしたいと思っていたところだ」
一方その頃、光力によって届けられたその声を聞いた蒐集神は、時空を超越する神速で振り下ろされた十字の大剣の刃を防いで凶悪な笑みを浮かべていた。
「欲しい、欲しい。神器もリリーナも。あっちにいる、別嬪二人も! 全部の俺のものだ!」
その身に神器を宿す詩織とマリア、鼎。そして天上の歌声を持つリリーナと、桜撫子の姉妹に視線を向けた蒐集神は、歓喜に身を震わせ、狂喜の笑みを深くすると、自身の神能を纏わせた武器の嵐の洗礼を対峙する剣王に見舞う。
「――もちろんお前もな」
蒐集神の蒐集対象は、神器や珍しい武器にとどまらない。見目麗しい者、力にしても心にしても、優れた何かを持つものなども含まれる。
欲しいと思ったものを欲して手に入れる。そしてそれを集めて永遠に愛で続ける。
蒐集の概念そのものである蒐集神は、その存在意義のままにその身と魂を震わせていた。
「させないと言った!」
瞬間、閃光の斬撃が奔り、武器の嵐を弾いた剣王が抑制された低い声で言い放つと、それを見た蒐集神はその口端を三日月型に吊り上げる。
異端の神と、異端の神の力に列なる神に等しいから力を持つ者の意志と力が互いの存在そのもの――神能を介して世界に顕現し、周囲一帯を呑み込んでいく。
天は軋り、地は震え、そこを支配する"法則"がその力によって上書きされていく様は、さながら天地開闢とも世界の破滅とも取れるものだった。
「随分とギャラリーが増えたな。俺も、相応のおもてなしをしないとな」
自分のコレクションを披露する相手――ギャラリーとなる者達が増えたのを見て取った蒐集神は、自身の武器である本型の武器「回収神」を手にして、深い笑みを刻む。
「この感覚……天使と悪魔以外の者を呼び出す気か」
今召喚しているのは、特異型の武器を持っていたり、何らかの理由で蒐集神が気に入って、本の中に封じ込めた天使と悪魔の身体。
しかし、当然のことながら蒐集神が封じたのは天使と悪魔ばかりではない。妖怪や精霊をはじめとする九世界の全霊命達、中には異端の存在まで含まれている。
「さぁ、久々の外だ。存分に――ッ」
蒐集神が掲げた本から、それら多様な種類の神能が複数あふれ出すのを知覚した剣王が十字の大剣を構えた瞬間、遥か高い天空に門が開いた。
「――っ!」
「ったく、次から次へと」
その場にいた全員が、果てしなく続く天空に生じた時空の門に気付いて意識を傾ける中、剣王が苦々しげに吐き捨てて眉をひそめる。
この場にいる者達を逃がすことを目的にしている剣王からすれば、当初大貴を含めて十人ほどだけだったというのに、撤退するどころか何十倍にも増えているという現状は歓迎すべきことではない。
加えて、そこに新たな乱入者が加われば、剣王の表情がわずかばかり険しくなるのも無理からぬことだった。
「コレクターァアアアアアアッ!」
瞬間、時空の門を通り抜けてきた人物が蒐集神の名を叫びながら、天使の証である純白の翼を広げて、突撃せんばかりに一直線に降下してくる。
「――!」
(この力……)
そして、遥か高い天空から飛来してくる天使の光力を知覚したクロスとマリアは、その人物の正体に気付くと同時に驚愕に目を瞠って天を仰いだ。
「アリア!?」
「アリアさん!?」