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魔界闘神伝  作者: 和和和和
妖精界編
132/305

動乱の足音








「……行きましたか」

「はい」

 天の彼方へと飛び去っていく突然の来訪者――シャロットの姿が視界から消え、その精霊力が遠ざかっていくのを城の最上階から見届けていた月天の精霊王イデアが静かな声で言うと、背の中ほどまである紫紺色の髪に、黄色の布を絡ませた月天の精霊の男が応じる


 イデアよりも頭一つ分は高い背丈に、細身ながら男らしい力強さを感じさせる端正で精悍な整った顔立ちに、月天の精霊の証である褐色の肌が鮮やかにさえ、色鮮やかな紋様を持つ蝶翅がまるで後光のように輝いて見える

 司祭服と着物を合わせた様な霊衣を纏い、白地の羽織の裾を翻らせたその男の名は「ルーファス」。月天の精霊王であるイデアの懐刀たる最強の護衛だ


「彼女は、よい友に巡り合えましたね」

 一連のやり取りをこの場所から見守っていたイデアが、知覚から遠ざかっていくシャロットから城の前にいるアイリスへ視線を移して微笑む

「はい」

 その声に端的に応じたルーファスは、その背後からでもイデアが月の精霊と妖精界の未来に想いを馳せ、慈母に似た面差しを浮かべているのを見て取り、まるで天を覆う雲から差し込む光の様に、妖精界にも確かに新たな光が差していることを感じ取るのだった





 世界の狭間に存在する十世界の拠点たる浮遊大陸の一角――その大陸に作られた巨大な城の中では、まるで謁見の間を思わせる空間に無数の影が集っていた


 間口よりも奥行きが広く作られた広間の様になっている広大な長方形の部屋の最奥部には、分厚い天幕のようで、意匠の施された重厚で煌びやかな布に覆われた一角が設けられている

 まるで特別な何かを備える祭壇のように床よりも高く作られたその一角を前に置かれた円卓に座っている七人のは全部で七人。


「今日は、我が呼びかけに答えてよく集まってくれた――『七戦帥(セブンス・ウォー)』の諸君」

 そして円卓を囲む七人の一人――十世界盟主奏姫愛梨の側近「戦王(ブレイカー)」は、戦の眷属の特徴である瞳のない目に同じ円卓を囲む六人の同胞達を映して口火を切る


 今ここにいる戦王(ブレイカー)を含めた七人――「七戦帥(セブンス・ウォー)」は、覇国神の力に列なる七人の神片(フラグメント)ユニット達。

 円卓の神座№9「覇国神・ウォー」の力に列なるユニット「戦兵(レギオン)」の中で神位第六位以上の力を持つ存在――「神片(フラグメント)」と呼ばれる七人は、まさに戦の化身たる存在達だ


「今日皆に集まってもらったのは、他でもない。十世界と姫の理念の実現のために、蒐集神の被害を食い止めるために皆のら力を借りたいからだ」

「蒐集神ですか……姫も心を痛めておいででしょうね」

 戦王(ブレイカー)の言葉を受けてその瞳の無い目を瞼の裏に隠したのは、声もその様子も中性的をした司祭服に身を包む戦の異端神の眷属――「賢聖(コマンダー)


 蒐集神が現在生かされている理由を知っている賢聖(コマンダー)は、巫女姫に懇願してまで存在の在り方を改めてれることを信じていた愛梨の信頼を踏みにじった蒐集神に対する失望感と憤りを滲ませている


「あいつは気に入らねェんだよ。俺と似通って(・・・・)やがるからな」

 賢聖(コマンダー)の発した憂いの言葉とは裏腹に、まるで不俱戴天の仇に向けるような不快な声で応じたのは、その目をバイザーに似た漆黒の鎧で隠した男

 肩まで伸びた白髪に、四本の角を持ち、その胸が露出された霊衣を纏うその男の胸には、まるで目の様に見える宝珠のような部位がのぞいており、室内を照らす明かりを受けて爛々と煌めいていた

「同族嫌悪というやつか。なら、貴様が蒐集神を屠ってきたらどうだ『略奪者(プランダー)』?」

 不貞腐れた様な声で苛立たしげに言った黒い装甲で目を隠した神片(フラグメント)戦兵(レギオン)――略奪者(プランダー)に、浅黒い褐色の肌に金色の紋様を刻んだ男が言う


 その黒い肌に鮮やかに映える逆立った白色の髪からは、左右三対計六本の黒角が天を衝くように伸びている。

 角の数、形状、身体に浮かぶ紋様――どれ一つとっても同じものを持つ者がいない戦の眷属(戦兵)の中で、金色の紋様が絡みつく黒い肌の上に羽織りのような霊衣を纏ったその男が特に異質なのは、まるで隈取の様に金色の紋様に目の周りを彩られた戦の眷属の証である瞳のない目が漆黒に染まっていることだろう


「悪くない提案だが、『殲滅者(アニヒレイター)』よ。それは姫の意志に反するぞ」

 極めて冷静で穏やかな口調で話してこそいるが、その言葉の端々からその内側に秘められた攻撃性や暴力性が垣間見せる黒肌の神片(フラグメント)戦兵(レギオン)――「殲滅者(アニヒレイター)」に、まるで天から送られているのではないかと錯覚するほどに威厳に満ちた声がかけられる


 その声をかけたのは、純白のファーと真紅のマントを翻らせる金色の髪の男。天を衝く角がまるで王冠のように広がり、その霊衣のところどころで輝く眩い金色の装甲を輝かせながらも、それを引き立て役にしてしまう圧倒的存在感をまとうその姿は、他の神片(フラグメント)戦兵(レギオン)とは一線を画していた


「……『帝王(エンペラー)』」

 不敵な笑みを浮かべる王冠の如き角を持つ眷属――帝王(エンペラー)の言葉に、その漆黒の目を細めた殲滅者(アニヒレイター)の間に、わずかな緊張が奔る

帝王(エンペラー)の言う通りだ。今回我々は、姫の御意志に従って、蒐集神が世界に危害を加える前に止める」

 二人の間に奔った緊張を、一言の下に切り捨てた戦王(ブレイカー)は、漆黒の霊衣に身を包み、その顔さえも隠している同胞へと向ける

「で、どうだ『襲撃者(レイダー)』?」

 戦王(ブレイカー)が視線を向けた黒衣の人物――「襲撃者(レイダー)」と呼ばれた男は、落ち着いた声音でそれに応じる

「ああ。今斥候(スカウト)達を総動員して蒐集神を探させている。間もなく見つけられるはずだ」


 覇国神の眷属である戦兵(レギオン)はいくつかの系統に分かれている。そして襲撃者(レイダー)は、その中の「斥候(スカウト」)」達の長とも言える存在だ

 その名の通り、全霊命(ファースト)の知覚さえもくぐりぬけ、情報の収集や奇襲、陰からの補佐、暗殺を行う斥候(スカウト)達は現在蒐集神の居所を探すために九世界に散っており、そしてその優れた探査能力はもう間もなく対象を見つけ出すであろうことをこの場にいる誰もが疑っていなかった


「そうか。なら俺がいこう」

「オイオイ、やる気じゃねぇか『剣王(ジェネラル)』!?」

 襲撃者(レイダー)の言葉に、最後まで沈黙を守っていた七人目の神片(フラグメント)戦兵(レギオン)の男が抑制の聞いた声で進言する


 そう言って名乗り出たのは、口元まで隠すマフラーのような霊衣の端をなびかせた男。逆立つ白髪に、額に兜のような装甲を身に着けたその男は、戦の眷属の証である瞳のない目に同胞達を映していた

 歴戦の戦士を彷彿とさせる泰然自若とした佇まいの中に、磨き上げられた刃の様に研ぎ澄まされた理性と戦意を滲ませた男の側頭部からは、白い骨質の殻が炎を思わせる形に絡みつく一対二本の漆黒の角が天を衝くように生えている


 その男――「剣王(ジェネラル)」と呼ばれた男は、どこか嘲笑うような口調で言った略奪者(プランダー)を一瞥して応じる

「お前らに任せては何をしでかすかわからないからな」

「ハハハッ、言ってくれるじゃねぇか――まァ、否定できないけどな」

 剣王(ジェネラル)の的を射た指摘に略奪者(プランダー)が声をあげて笑い、バイザーで隠された目で殲滅者(アニヒレイター)を一瞥する


 無論、略奪者(プランダー)自身、十世界に所属している以上姫の意志に背いて蒐集神を殺すようなことをするつもりはない

 しかし、個人的な感情として略奪者(プランダー)が蒐集神を快く思っていないのも事実。そして意図しない形――たとえば想定外の事態が起きれば、仮に蒐集神を殺したとしても言い訳が立つ。――つまり剣王(ジェネラル)は、仲間の中でも最も好戦的で殲討意欲の強い二人を赴かせないために進言したのだ


「いずれにせよ、最大級の警戒はするべきでしょうね――どうやら、英知の樹(ブレインツリー)も動いているようですから」

 その時、その場の空気を雪ぐ澄んだ声が響き、背後の祭壇の様な一角の幕がめくりあげられ、そこから足元まで届く長い白髪を持つ一人の女性が姿を見せる


 その身に着物とも祭祀服とも取れる清楚で神々しい衣を纏ったその女性は、全霊命(ファースト)特有の左右対称に整った浮世離れした美貌に微笑を湛えてゆっくりと七人の眷属の許へと歩み寄る

 戦の神の眷属の証である瞳のない目は澄んだ泉を思わせる透明感のある真紅。髪と同じ白い睫毛に縁どられている。足元まで届く白髪から伸びる角は、まるで前天冠(まえてんかん)挿頭(かざし)を思わせる形状になっている


「――『祭祀(ブレス)』」

 戦の眷属でありながら、清楚で穏やかな美しさを携えるその女性――「祭祀(ブレス)」は、自分に集まる七人の神片(フラグメント)達の視線を受けて、その目元を淑やかに綻ばせる


 祭祀(ブレス)は、戦兵(レギオン)の中でも特に異質な存在――その力こそ通常の全霊命(ファースト)と変わらないが、祭祀(ブレス)とそれに列なるごく少数の者たちは戦うための存在である戦兵(レギオン)達に癒しを与え、そしてその神でもある覇国神に仕える巫女ともいうべき存在

 特に治癒の力を強く持ち、いわば戦場へ赴く兵たちの回復などを司る者達の中で、祭祀(ブレス)はその筆頭に与えられる名でもある


 戦兵(レギオン)の神である戦の異端神――「覇国神・ウォー」の最も知覚に仕える祭祀(ブレス)は、その微笑みを崩さぬまま、自身達の神に最も近い最強の七人に臆することなく、厳かな声音で語りかける

「我らが神の御意志です。全ては姫の御意志の求めるままに――」

 そう言って背後を一瞥した祭祀(ブレス)の瞳のない紅泉の目には、玉座に座してその爛々と輝く瞳のない金色の目でこちらを見据えている逆立つ黒髪と顎髭を携えて天を衝く大角を有した大男――円卓の神座№9、「覇国神・ウォー」の姿が映っていた





「随分と、意地の悪いことだな」

 不意に聞こえた低い声に、漆黒の闇の中で瞼を閉じていた少女――円卓の神座№8「夢想神・レヴェリー」は、うっすらとその目を開くと神秘的な瞳でその声の主を見る

「あら、遅かったわね」

「ああ、会議が長引いてな」

 その視線の先にいた声の主――自身の宿主でもあり、英知の樹(ブレインツリー)においてフレイザード(リーダー)に次ぐ権威を持つ三人の長の一人でもある王路(おうろ)に、レヴェリーは思い当たる節がないような様子で言う

「それで、なんのこと?」

 しかし、実はレヴェリーには、王路が何について言及しようとしているのかはある程度察しがついている。ただ、王路が言う「意地の悪いこと」ということが何を意味しているのか測り兼ねて、単純にそれを問いただしているに過ぎない

「ゆりかごの人間をそそのかして」

 自身の疑問に答えた王路の言葉に、やはり自分の推測が間違っていなかったことを確認したレヴェリーは、しかし感心なさげに自身の宿主に背を向ける

 宿主である王路は、レヴェリーから意識の中でそれを伝えられ、今朝方レヴェリーが夢を介して光魔神の一向にいるゆりかごの人間と接触し、何を話したかを知っている

「嘘は言っていないでしょ?」

 自身の予想通りに詩織(ゆりかごの人間)とのやり取りに関して言及してきた王路に、レヴェリーはそのあどけない少女のような面差しからは想像もつかないほどに落ち付いた大人びた雰囲気を向けてそれえを答えとする


 夢と幻想の神である夢想神(レヴェリー)は、この世界に存在する者を宿主とすることで、初めてこの世界に顕現することができる

 レヴェリーの現在の宿主は王路だが、夢の神であるレヴェリーの方が神格は遥かに上。の特性上、宿主だからといって優位とあるわけではない。

 また、共生に近い関係にあるからといって互いの心が理解し合えっているわけでもない。そのため、意思疎通には口に出すか思念で会話するかをして意思疎通を図る必要がある


 そのため、どこか心ここにあらずといった様子のレヴェリーの様子を見た王路は、自身の言葉を意図を明確にするために言葉を以って自身の意志を伝える

「お前の神能(夢の力)は、全霊命(ファースト)の記憶を読み取ることができる――それが、たかがゆりかごの人間の"願い"を見通せないはずはないだろう?」

「ああ、そのこと(・・・・)

 王路の言葉で、何を言わんとしていたのか合点がいったように答えたレヴェリーは、小さく視線を虚空へと移す


 夢そのものである夢想神は、王路を宿主としていることでこの世界に顕現しているが、だからと言って異端とはいえ神であるレヴェリーが、一全霊命(ファースト)に過ぎない悪魔の下に甘んじることはなくその逆もまたしかり。

 つまり、王路とレヴェリーの関係は二人の心がつながっているというわけではなく、いわば共生に近い関係にあり、互いの思考や行動理念を必ずしも同一のものとしているわけではない

 しかし、だからと言って二人の意識が完全に乖離しているものであるということもない。あくまで選択権はレヴェリーにあるが、意識をつなげることで一連のやり取りを王路に伝えることは造作もないことだ


「私は夢と幻想の神――」

 独断で行った光魔神の同行者たるゆりかごの人間――詩織との交渉の中身について、それを意識の中で見ていた王路が、自分の嘘について言及していることを理解したレヴェリーはそのあどけない顔に微笑を浮かべて言葉を続けていく



 王路が指摘したように、夢想神・レヴェリーの神能(ゴットクロア)――「夢想(レヴェリー)」には記憶や願いといった心を投影する力がある

 その力があるからこそ、レヴェリーは初めて接触した神魔の記憶から風花の存在を写し取ることができた。

 だがそれは極めて異質なことでもある。なぜならば、個として最も独立した階級にある霊的な「存在」である全霊命(ファースト)は、「常に最盛にして最善の状態を保つ」という神能(ゴットクロア)の特性によって、通常洗脳や読心といった外的な干渉が効かないという性質を備えている

 にも関わらず、それを可能にしているのは、単純にレヴェリーが「神」という最高位の神格を持っているからばかりではなく、「心」そのものでもある「夢」を司る存在だからだ


 そして、全霊命(ファースト)の記憶さえも読み取れるレヴェリーにとって、世界で最も霊格の低い存在であるゆりかごの人間――つまり、詩織の記憶を読み取り、その意識と行動の根源にある許されない愛情を知ることなど、実は赤子の手をひねるよりも簡単なことだ

 だが、レヴェリーはあえてその事実を指摘しなかった。まるで、意思の齟齬が生じているかのように振る舞い、詩織にゆりかごの真実を暗喩した。――その記憶の中でその真実を知らないことを知った故に、この世で最も残酷な優しさによって絶望を与えるために



「でも叶う夢があるのと同じで、叶わない夢がある。私は夢を叶えるだけの優しい神じゃない――夢を見るがゆえに知ることになる、現実という絶望を知らしめることもまた夢の神()の存在意義」


 夢想神は、夢と幻想を司る神。しかし、夢は叶うばかりのものではない。どれほど願っても、努力しても叶わない夢もある

 記憶や心が無意識に作り出す現実とは乖離した「夢」。目指すべき頂として求める「理想(ゆめ)」。心の中で思い描かれた現実とは異なる「空想(ゆめ)」――心が生み出す様々なユメは、しかし現実に叶うものばかりではない

 また、現実に叶えられる目標(ゆめ)も、全ての者が手にできるわけではない。現実や才能あるいは運――あらゆる要素によってその夢は半ばで挫かれる。そして、叶う夢より叶わない夢の方が圧倒的に多い


「幻想に縋り、現実から目を背ける者に叶えられる夢なんてないわ」

 そして、自身が夢そのものであるがゆえにレヴェリーは、感情の読み取れないほどに冷ややかな声で詩織の願いを一刀の下に断じて斬り捨てる


 詩織は、自身が抱く許されない愛情の原因がゆりかごの人間であることを知り、それを負い目として感じて全霊命(ファースト)になることを願っていた

 「もしも」、「たられば」という考えをすること自体は、悪いことではない。しかし、その願いに囚われ、現実から目を背けたものには夢を叶える資格がない


「手厳しいことだな」

 まるで利用されても文句は言えないとばかりに言い捨てたレヴェリーに王路が肩を竦めると、あどけない少女の姿をした夢の神は、心外だと言わんばかりに非難めいた視線を向ける

「あなたが言ったんでしょう? 彼女は、保険(・・)にするって」

 そもそも、夢の中でレヴェリーが詩織に接触を図ったのは単なる保険などではない。それなり(・・・・)の理由――その言葉を借りるならば、保険をかけるためだ

「『神眼(ファブリア)』――この世にあまねくあらゆる情報を知ることができる神器。あれが使えさえすれば、光魔神の覚醒を待つまでもないのだがな。現状では、取り得る選択肢が多いに越したことはない」

 レヴェリーの拗ねた様な言葉に目を伏せた王路は、静かな声音でそう言ってその瞳に、数多存在する未来の選択肢を映し出す


 詩織の身体の中に人間界が保管していた神器「神眼(ファブリア)」が入り込んでいることは、すでい英知の樹(ブレインツリー)も知っている事実

 そして、神眼(ファブリア)の能力は、この世界にあるあらゆる事象を見通し、全てを知る力。つまり、大貴を完全な光魔神として覚醒させるまでもなく、二人の目的である「神器」を手に入れる可能性を持っている

 しかし、神器は誰にでも使える代物ではない。その能力を持つ奏姫ならばまだしも、今仮にそれを手に入れたとしても、その適合者を探すという厄介な事態が待ち受けている事実は変わらない――ならば、二人が取り得るのは、より可能性が高い方であることは明白だ


 あくまでも、光魔神の完全覚醒に失敗したときの保険(・・)という形で神眼(ファブリア)を手に入れる算段をつけたレヴェリーは、王路を待ちわびていたようにその目に策謀の光を灯して、あどけない顔に不敵な笑みを浮かべる

「そんなことよりも、釣れた(・・・)わよ」

 自分が英知の樹(ブレインツリー)の会議に出ている間に、頼んでおいたことをレヴェリーが成し遂げたことを聞いた王路は浮かない表情で応じる

「――そうか。だがこちらも少々まずいことになった」

「……」

 その様子から、英知の樹(ブレインツリー)の会議で何かがあったことを察したレヴェリーがその先を促すように目を細めると、王路は厳かな声音で静かにその事実を口にする

「フレイザードが、あちらに『(あがた)』を送り出した」

「……目的は神眼(ファブリア)ね」

 王路の言葉に、その意味するところを瞬時に理解したレヴェリーは、その目的を正しく洞察して確認の言葉を自身の宿主に向ける

「あぁ。だが、フレイザード()神眼(ファブリア)を渡すつもりはない。だが、私が動くことはできない――頼めるな?」

 レヴェリーの言葉を受けた王路は、静かな声でそう断じると、その手だてを任せるように自身に寄生している夢の神へと視線を向ける


 王路とレヴェリーの目的と行動は、英知の樹(ブレインツリー)の意志とは全く別のもの。二人は互いの利害の一致から手を組み、そしてそのためにこの組織を利用しているに過ぎない

 そして今、神眼(ファブリア)を奪われることは、二人からすれば決して好ましくない事態。とはいえ、名目上は英知の樹(ブレインツリー)の中でリーダーに次ぐ階級にある王路は表立って行動することができない

 ならば、そのための手段を自身の存在に住まい、そしてその存在を英知の樹(組織)に隠匿しているレヴェリーに頼むのは現状取り得る最善の手段だった


「ええ。なら、丁度いいわ――邪魔者もろとも、消え去ってもらいましょう」

 王路の言葉に答えたレヴェリーは、儚くも美しい幻想的なその面差しに退廃的な笑みを浮かべると、その姿を消失させる



                      ※



 その頃、妖精界の空を全てを超越する神速で飛翔していたシャロットは、その脳裏に別れ際のアイリスの言葉を思い返す


《もう一度――ううん、今度こそ、本当の友達になろう》


 差し伸べられたその手を思い出し、その言葉を打ち消すように目を伏せたシャロットの脳裏には同時に遥か昔――アイリスと初めて出会った時のことが甦ってくる


《あなた、月の精霊?》

 初めて会ったのは、自身の身に覚えのない罪を背負って生きていかなければならないことに、幼心に不満を抱いていたシャロットが、ライル()の目を盗んで妖精界王城へ来ていた時の事

 月天の精霊が精霊――ひいては、光の全霊命(ファースト)に対して何をしたのかは知っている。しかしそれが理由で直接の原因ではない自分たちも同じ目でみられること、ロシュカディアル戦役で家族を失ったとのは自分も同じだというのに、なぜこんな思いをしなければならないのか

 そういった思いに突き動かされて、日輪の精霊達はもちろん、他の精霊達の様子を遠巻きに伺って恨めしさと羨ましさを募らせていた

《ねえ、少しお話ししない?》

 そんな中出会ったアイリスは、最初こそ戸惑いがちに、しかしどこか目を離せなくなる存在感を以って接してきた

《私はアイリス。あなたは?》

 そしてそれは、シャロットの心にかかっていた分厚い雲の様なわだかまりを打ち消し、その心に光を差し込んでくれた――そう、シャロットにとってアイリスは何の比喩でもなく文字通りの太陽だったのだ


「――変わらないわね」

 昔と何ら変わらない、太陽のように眩いその笑顔とまっすぐな言葉を思い返して唇を綻ばせたシャロットは懐古の念に浸りながらその目を細める

「それよりも、さっきの話を報告するべきかしら……?」

 自分の記憶の中にある姿と寸分違わぬアイリスの姿に、懐かしさと共に安心感を覚えていたシャロットは、次いで別れ際の瑞希の言葉を思い起して思案を巡らせる


《リーネを殺したのは私よ》


 その「リーネ」と呼ばれる人物が自分たちのリーダーである「ニルベス」の最愛の人である事実。その事実を伝えたとして、ニルベスが怒りに任せて報復に出るとは思えないが、万が一という可能性も拭えない

(あの言い方からして、おそらく踏み絵(・・・)だったのでしょうね)

 先程話をしてきた十世界創始者である悪魔――「瑞希」の姿を思い返しながら、シャロットは、同情とも非難とも感じられ、それでいてどこか他人事の様な無関心さを覚える自身でも判然としない感情を胸に宿していた


 どこか挑発的で煽るような瑞希の口調から、その狙いが十世界による九世界進攻にあることは推測できる。光魔神の手前自分達から攻撃を仕掛けるようなことをせず、あくまでも自衛、ないしは正当防衛という建前を成立させるために十世界側からの攻撃を仕向ける意図があることは想像に難くない

 そして、そのために真偽のほどは定かではないが、十世界精霊総督(ニルベス)の最愛の人――「リーネ」を殺害した憎悪の対象として瑞希は、自身をその囮として設定した


 しかし、シャロットにはそれを心の底から非難する意志が生まれていなかった。瑞希が十世界の創立者――初期メンバーだったことは間違いない。そして当初は孤児たちを守るための組織だったとはいえ、すでに九世界適正組織となっていた十世界の中枢にあった人物が、労働奉仕とはいえ、魔界軍に籍を置けるとは思えない

 つまり、瑞希が言っていた「十世界を売った」という事実。そして、その後魔界の攻撃を受けた十世界のことを考えれば、おそらく魔界は本当に瑞希が十世界(組織)を裏切ったかを確かめるために、かつての同胞を手にかけさせ、その潔白を身を以って証明させたという仮説は容易に成り立つ


《――何も知らないのね》


 シャロットは瑞希が十世界を離叛したことを咎めるつもりはない。そして、情報と状況を合わせて考えれば、その言葉は九分九厘信用に値する

 そのことに憤りは覚えないが、同情するつもりもない。しかし、シャロットの懸念は微笑と共に紡がれた瑞希の言葉と、リーネのことをひた隠しにしていたニルベス自身の事だった

(あの場ではああ言ったけれど、不安は拭えない――)

 自身を囮に十世界に攻撃の理由を作った瑞希の思惑を見抜いていたシャロットは、その場では「ニルベスはそんなことをしない」と宣言したが、本心では小さくない不安を抱えていることを否定できない


 姫と志を同じくし、世界に争いのない平和な世界を求めながら、ニルベスはかつて守れず、失われてしまった大切な家族や仲間のことを思い続けている

 最愛の人(リーネ)を殺したのが、かつての仲間であった瑞希であるというその真実を知ったニルベスが、十世界の理念と自身の復讐のどちらにその心の天秤を傾けるのか、正直なところシャロットは判断出来かねていた


(いつまでも隠し通せるとも思えない。けれど……)

 考えを纏めるため、あえて空間を跳躍することをせずに十世界の拠点へと神速の速さで移動していたシャロットが思案を巡らせていたその瞬間、不意にその身体に鈍い衝撃が奔った


「――ッ!?」


 身体の隋に響く鈍い衝撃に目を瞠り、視線を巡らせたシャロットは、自身の腹部を貫いている刃の切っ先を見止めて目を瞠る

「な……っ!?」

 全霊命(ファースト)にとっての血――身体から出てしまったがゆえに、神能(ゴットクロア)へと還元され、炎の如く見える血炎が傷口から立ち昇っているのを見たシャロットは、次いでそこから生じた焼けるような痛みにその美貌を歪め、その刃の持ち主を視界に映す


 そこにいたのは、天を衝く橙色の髪を揺らす精悍な顔立ちの男。その額にまるで光を吸収しているのではないかという異質な存在感を持つ漆黒の兜をつけ、その下から怜悧な視線でシャロットを射抜いている

 そして、その手に携えられているものこそ、シャロットの身体を刺し貫いた長大な剣。その身の丈の二倍はあろうかという長い刀身を持つそれは、刀というには幅広く、大剣というには幅狭い刃を持ったまさに刀と剣の良質を兼ね備えた片刃の「刀剣」だった


 そして、その存在にシャロットを認識した瞬間、今まで機能していなかった知覚が回復し、その存在が放っている力――魔力を伝えてくる

(悪魔? でもそんな、馬鹿な。まったく知覚できなかったなんて……!?)

 目の前にいる人物が纏う神能(ゴットクロア)――魔力が、その人物が悪魔であることを如実に訴えてくるが、シャロットは今この瞬間まで(・・・・・・・)それを理解できなかったことに驚愕を隠せなかった


 全霊命(ファースト)の知覚は、すべての感覚の中で最も優れたものだ。個体や種族によって差はあるが、最低でも半径一光年を知覚し、そこにいる存在を明確にとらえ、判別することが可能になる


 そして、その知覚を逃れるには基本的に二通りの方法しかない。


 一つは戦兵(レギオン)斥候(スカウト)のように、知覚にかからない存在や、夢想神(レヴェリー)のように知覚を逃れる特性をもっていること

 そしてもう一つが神能(ゴットクロア)を隠すこと。通常全霊命(ファースト)は、ある一定上の存在を知覚しないように、霊的な格と規模に対して意図的なフィルターをかけている。目に見えない微細な存在や、歯牙にかける必要もない弱い存在を知覚しないためのものだが、この領域まで意識して神能(ゴットクロア)を抑えることで知覚を逃れることが可能になる


 しかし、今回はそのいずれにも該当しない。存在の力そのものである神能(ゴットクロア)は小さくすることはできても完全に消すことはできず、目の前の男が悪魔ならば斥候(スカウト)夢想神(レヴェリー)の様に知覚できない特性を持っているわけではない

 ならばその力を小さくしていたのかといえばそうでもない。本来それは強大な力を持つ全霊命(ファースト)をやり過ごすためのもの。神速で飛翔している全霊命(ファースト)に戦意の形である武器を以って攻撃できるほどの隠形性を有していない――つまり、シャロットの目の前にいる男は、この世の常識では考えられないことをしたということになる。それにシャロットが動揺し、戦慄を覚えるのは必然というものだった


 そんなこの世の常識ならざる手段によって腹部を刃で貫かれたシャロットが瞠目しているのを冷ややかに見据えた男は、感情のない静かな視線でその姿を睥睨する

「悪いな」

 淡泊につぶやいたその言葉と共にシャロットの身体から刃の切っ先を引き抜いた男は、その手に携えた身の丈の二倍を超える刀剣に魔力を纏わせ、時間と空間を超越する神の速さを持つ一閃を放つ

「――ッ!」

 その斬撃に自身に対する純然な殺意が込められているのを知覚したシャロットは、自身の左腕の手甲となっている常時顕現型の武器――「ラズベイル」を起動させる


 自身の意志に答えて左手甲がその形状を瞬時に弓のそれへと変えると同時に、右手甲の手首部分から、その先端が六角錐の杭状になっている矢が生み出される

 自身の精霊力から生み出されたその矢を手にしたシャロットは、すでに精霊力の弦を生じさせていた左の甲弓にそれを番えると同時に、それを解放する


 天を穿つ光の矢と、世界を断絶する闇の斬撃が交錯した次の瞬間、妖精界の天空に魔力の漆黒と、シャロットの銀光の精霊力の炸裂によって生じる


 それによって砕かれた二つの神能(ゴットクロア)に込められた破壊の意志が大地さえ焼き焦がす

 そしてその破壊をもたらした光と闇の力は、妖精界の青い空で大輪の花のように咲き広がっていた



                 ※



「――っ!」

 その瞬間、小さく目を瞠ったイデアは、鮮やかな紋様を持つ蝶翅を羽ばたかせると、時空の存在を無視するような速さを以って、城下に集まっている光魔神達、そしてアイリスの許へ刹那すら存在しない間に移動する

「イデア様?」

「落ち着いて聞いてください」

 瞬時に眼前に移動し、その儚げな美貌をわずかに青褪めさせ、切羽詰まったような焦燥感を滲ませるイデアの姿にその場にいた全員が怪訝そうな表情を浮かべる中、月天の精霊王はアイリスをまっすぐに見据えると、その透明な声で語りかける

「シャロットの精霊力が一瞬で小さくなりました。おそらく致命傷を負ったものと思われます」


「え!?」


「今はかろうじてその存在を知覚できますが、いつ潰えてもおかしくありません」

 イデアの口から紡がれた声が矢となってアイリスを貫き、その事実がまるで心を凍てつかせるように急速に冷やし、その意識を白く染め上げていく

(シャロット、が……?)


 全霊命(ファースト)の力である神能(ゴットクロア)は、その存在そのものでもある。それが弱ればその人物が弱っていることを表し、それが潰えれば命が消えたことを意味する

 力を小さくしたのでも、知覚の及ばない位置へ移動したのでもない、空間転移ならば、その旨を知覚することもできる――そのいずれでもないのならば、それが示す答えは一つしかない


「なにしてる! 行くぞ!!」

 シャロットに死が迫っている――その事実を聞いて思考が白く染め上げられたアイリスの意識を、肩に軽く手を添えた大貴の声が引き戻す

「う、うん!!」

 その言葉で白く塗りつぶされそうになっていた思考を引き戻したアイリスは、乳白色の蝶翅を広げると大貴と共に天空へ向かって飛翔する

(シャロット、死なないで……!)

 光と闇を等しく有する神能(ゴットクロア)――太極の力を纏った大貴と、陽光を思わせる橙色の精霊力を纏ったアイリスが神速の速さで遠ざかっていくのを見たクロスは、その純白の翼を広げて宙に舞い上がる

「追うぞ」

「はい」

 その声に応じたマリアが、二対四枚の純白翼を羽ばたかせてその後に続き、神魔、詩織を結界で包み込んだ桜と瑞希もそれに遅れまいと空中に舞い上がる

「相手は悪魔のようです。が、突然その存在を出現させました――世界を転移してきたのでもなく、文字通りに突然に(・・・)です。なにか(・・・)があるのかもしれません。お気を付けください」

 空中に舞い上がった瞬間、イデアが神妙な面持ちで警告の言葉を投げかけると、それを受けた瑞希はその怜悧な目をわずかに細めて目礼する

「ご忠告ありがとうございます」

 イデアの言葉に瑞希が簡潔に応じるのを横目に、神魔と桜は漆黒の魔力を高めると、刹那の存在すら許さず、距離という概念の存在さえ無視しているような速さでその後に続く

「急ぐわよ」

 一言言い添えた瑞希の声に頷き、先陣を切った大貴とアイリスの後を追う神魔は神速で飛翔しながら自分たちを見送っている月天の精霊王に視線だけを向ける

「――……」

(もう彼女が知覚にかからなくなってそうとう経つのに……これが、精霊王の知覚能力か)


 九世界を総べる八種族の全霊命(ファースト)中で、最も移動能力が高い精霊であるシャロットは、当然神速でこの月天の精霊王城を離れていた

 別れてさほど長い時間は経っていないとはいえ、すでに自分の知覚では捉えられないほどの離れてしまっているシャロットを正確に知覚しているイデアに、神魔は内心で驚嘆を覚えながら、しかしその瞳に一瞬思案する色を浮かべる


(それに――ライルさんは沈黙、か)

 その瞳に自分たちを見送る月天の精霊王と、シャロットの兄であるにもかかわらず応援に動こうとしないライル、そしてその他の月天の精霊達を映した神魔は、それもやむを得ないことかと自身の中で判断して目を静かに伏せると、先にシャロットの許へと向かった大貴とアイリスを追う

「……頼みましたよ」

 天空へ消えていくアイリスと異世界達の客人達を見送るイデアとライルは、小さく同じ言葉を重ねてその目を細める――その瞳に宿る感情が何を意味しているのかを知ることは、少なくともこの場にいない大貴達にはできないことだった




「――……」

 そしてその頃、シャロットの許へと急ぐアイリスと大貴を先頭とする一団を遠巻きに眺める二つの影があった

 いつからそこにいたのか分からない。しかし大貴はもちろん神魔やクロス、九世界を総べる八種の全霊命(ファースト)の中で最大の知覚領域を誇る精霊であるアイリスにさえ知覚されることなく佇むその二つの影は、視界を横切っていくその姿を瞳に収めようとしているかのように見つめている



 そしてその二つの影の片方――腰まで届く艶やかで癖のない漆黒の髪を妖精界の風に揺らし、白を基調とした着物に身を包む淑然とした佇まいの女性は、神速で宙を賭ける一行を視界に収めると、薄い紅で彩ったその花弁のような可憐な唇を綻ばせるのだった





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