転校生は天使
「ねぇ、マリアさんってクロスとどういう関係?」
界道家のリビング。純白の翼を折りたたんでソファに座っているクロスに神魔が声をかける。
レドとの戦いで失われていたその左腕はこの数日で完全に復元していた。
「はぁ!? た、ただの、お、幼馴染だよ。ガキの頃から知ってるってだけだ!」
神魔の言葉にあからさまに動揺し、顔を赤くしてクロスが答える。
「そう……」
クロスのその言葉に神魔は、思案気な声音でただ一言そう呟く。
「何が言いたいんだよ、お前!?」
クロスとマリアは会ったその時から面識があった。
その事はそこまで驚く事ではない。よくある事だ。しかし、神魔が気になっていることは、そんなことではなかった。
「分かってるでしょ? マリアさんがここに来た理由には納得いった……けど、僕が気になるのはむしろその事なんだけど?」
神魔の言葉に、その言わんとしていることを理解していたクロスは、視線を逸らしてやや吐き捨てるような口調で言う。
「……理由は俺も詳しくは知らねぇよ。でも俺にはそんな事関係ない」
「そう」
クロスの言葉に神魔は一言で答えるとクロスに背を向けてその場を離れていく。
(これってどういうことかな?)
※
その頃目の前に立っているマリアを見て詩織と大貴は目を見開いていた。
「『マリア・ヘヴンズワールドです』。よろしくお願いします」
二人の目に映るのは、転校生として転校してきた天使――「マリア」の姿と、屈託のない輝くような笑顔。
その身にこの学校の制服を纏っている姿に、大貴と詩織は信じ難いものを見る眼差しを送ることしかできなかった。
(マリアさん!? 何で!?)
どこから調達してきたのか不明だが、制服を纏うマリアの背に生えているはずの二対四枚の純白の翼がなくなっており、完全に人間となっていることが見て取れる。
何より、全霊命特有のこの世ならざる整った美貌、そして見る者を委縮させるほどの圧倒的な存在感が薄れていた。
それにより、本来ならばこの教室にいる全員が呼吸すら憚られるほどに萎縮するようなマリアが、人間離れした美少女になっている。
(ヘヴンズワールドって「天界」か。安易な偽名だな)
「じゃあ、空いている席に座ってください」
「はい」
人間の姿になって転校してきたマリアに唖然とする詩織と大貴を横目にマリアは二人の横を優美にすり抜けて空いている席に座る。
(ったく、どうなってるんだ?)
背後でマリアが座ったのを気配で感じ取った大貴は内心で首を傾げるが、その問いかけに答えてくれるものは当然いなかった。
「よし、じゃあ、HRをはじめるぞ」
その代わりに返ってきたのは、これまで何度も聞いてきた担任教諭の言葉だった。
休み時間になるとマリアの周囲には人だかりができていた。
「どこから来たの?」、「ハーフなの?」から始まり「恋人はいるの?」まで多種多様な質問がマリアに向けられる。
その質問に嫌な顔一つせず、マリアは時に真実のように飾った虚構を返し、時に誤魔化しながら答えていく。
およそ人間とは思えない美少女でありながら、人当たりの良い笑みと屈託のない優しさが感じられるその振る舞いに同級生達の好感度と崇敬、羨望の念は最高潮に高まっていた。
「なあ、なぁ、あの新入生の子、超可愛いよな」
年頃の青少年の恥じらいから声をかけられない男子生徒とは違う理由で大貴がその様子を遠巻きに眺めていると、女子の壁に阻まれていた刀護が声をかける。
「あれ? 刀護君の好みって昔ながらのおしとやかな大和撫子系じゃなかったの? 大和撫子愛好会もそれで名乗ってるんでしょ?」
「確かに、あの子は大和撫子って感じじゃないわね。でも、人並み外れた清楚な感じがするから、聖女とかって方がしっくりくるわね」
それを聞いた詩織が尋ねると、話をしていた芥子が刀護にからかうような笑みを向け、マリアを一瞥して感嘆めいた吐息を零す。
「何を言っているんだ、詩織ちゃん! 健全な男子たるもの、可愛い子が嫌いなわけ無いだろうが! あんな人間とは思えない可愛い子なら尚の事だ!」
同性から見ても嫉妬すら湧かないマリアの姿に感嘆の声を零す芥子の言葉に、刀護は力強く拳を握りしめて力説する。
(人間じゃないけどな、とは言えないか……)
(人間じゃないんだけど……)
それを聞いた大貴と詩織が心の中で同じ事を考えていると、刀護は居ても立っても居られないとばかりに身を起こす。
「俺! 今から彼女とお近づきになってくる~」
「……はぁ」
浮かれた声を上げ、刀護がマリアの席に移動しようとしたその瞬間、先に立ち上がったマリアが、詩織と大貴の元へ歩み寄ってくる。
「大貴さん、詩織さん」
「何々? あんた達この子と知り合い?」
親しげに声をかけてきたマリアに、芥子は目を丸くしながら詩織と大貴に問いかける。
「あ、えっと……」
「私、二人の家にホームステイさせてもらっているんです」
芥子の言葉にどう答えるべきか迷った詩織が言い澱んでいると、マリアが陽光のような優しい笑みを浮かべて答える。
「本当!?」
「な、ぬぅわぁにぃぃぃぃぃぃ!?!?」
マリアの口から告げられた言葉に、驚愕のあまり目を見開く芥子の傍らで、刀護が奇声を上げながら悶絶する。
「ですよね?」
「そ、そうなの! マリアちゃんは今、家に住んでるんだ。ね? 大貴」
「あ、あぁ」
芥子と刀護だけではなく、クラス中が騒然とする中、「話を合わせて」とウインクで合図を送ってくるマリアに二人は慌てて取り繕うように頷く。
「う、うらやましすぎるぞ、大貴ぃ! こんな可愛い子と一つ屋根の下だとぉぉ!」
「五月蝿い」
そんな小さなサインに気づくこともできず、叫ぶように言った刀護の頭を芥子が軽くはたく。
「これが叫ばずにいられるかぁ!? 大貴とマリアちゃんが一つ屋根の下、一つ屋根の下なんだぁああああああ」
「私もいるんだけど?」
高らかに絶叫する刀護に詩織が不満交じりに答えると、マリアはそのやりとりを見て困惑した様子を見せる。
「え、っと……」
「ああ、このバカはほっといて。日本の恥だから」
「そうですか……?」
刀護に冷ややかな視線を向けて溜息交じりに答えた芥子は、純真な反応をみせるマリアに微笑みかける。
「あ、私は愛崎芥子。詩織とは友達なんだ」
「俺は火之見櫓刀護。大貴君の唯一無二の親友です!」
「ちょっと待て。何でお前が唯一無二なんだ?」
自己紹介をした二人――特に刀護の言葉を大貴が否定する。
「仲がいいんですね」
その時、優しく微笑んだマリアの表情に一瞬影が差したが、その事に気付いた者は誰一人としていなかった。
※
ゆりかごの世界の外にある世界と世界を繋ぐ時空の狭間。空と大地が混然一体となったように広がっている景色の中で紅蓮は一人佇んでいた。
「どういう事だ? レドが死んだっていうのは?」
その時、疑問の言葉と共に、紅蓮の背後に黒で縁取りされた白色の着物のような服を纏い、逆立った漆黒の髪の上に白いヘッドバンドを巻きつけた青年が紅蓮の前に現れる。
「……紫怨」
紫怨と呼ばれた青年が漆黒の髪をなびかせながら、紫色の瞳を紅蓮に向けて鋭い視線と共に説明を促すと、紅蓮はその理由を説明する。
「……光魔神、か」
「あぁ」
一通り話を聞き終えた紫怨の呟きに、紅蓮は一つ頷いてみせるとその表情を窺う。
「で、そのことは報告したのか?」
「まさか。そんな事してこんな面白い戦いを邪魔されちゃたまらねぇからな」
紫怨の言葉に紅蓮は凶悪な笑みを浮かべる。
「で、俺にも手伝わせようっていう魂胆か?」
その笑みに、紅蓮の思惑を一瞬で看破した紫怨が表情を変える事無く紅蓮に視線を向ける。
「あぁ、レドと組んでたお前も困るだろ?」
「……仇を討とうと思うほど親しくなかったけどな」
紅蓮の言葉に、紫怨は冷え切った言葉を向ける。
「戦いは俺がやる。お前は邪魔が入らないように足止めしてくれればいい。誰にも俺の邪魔はさせねぇ!
俺がこの組織に入ったのは、単に強い奴と戦える機会があると思ったからなんだからな!」
「そうか」
「……っ!」
紅蓮の金色の眼に宿った獣のような気配に紫怨が溜息をついた瞬間、二人の背後に一つの影が出現する。
頭の後ろで一つに束ねた逆立った金髪が腰の辺りまで伸び、額からは天を衝く黒い一本の角が生えている。
一対二枚の漆黒の翼を羽ばたかせたその人物は、ゆっくりと二人の近くに降り立つと、鋭利な視線で紅蓮と紫怨へ見据える。
「……てめぇ、姐さんにでも頼まれたのか?」
「あぁ」
紅蓮の鋭い視線に答えた漆黒の翼の男は、紅蓮と紫怨の姿をその新緑の瞳に映す。
「戦闘狂は構わないが、そういう事は報告したほうがいいんじゃないか?」
「なら、『ラグナ』お前が行けよ」
「…………」
ラグナと呼ばれた漆黒の翼を持った青年は、紅蓮の言葉に無言のまま目を伏せると、そのまま空間の扉を開いてその場から消える。
「――相変わらず、いけすかねぇ野郎だ」
「あいつの言い分ももっともだろ?」
吐き捨てるように言った紅蓮に、紫怨が無表情に言う。
紅蓮がやっているのは明らかに組織の意志から逸脱した行為。場合によっては背信行為と取られかねない様な事だ。
後顧の憂いを断つためにも、ラグナの言うように報告をしておいた方がいいのは間違いない。
「ハッ! あいつも俺達と一緒さ、自分のやりたいことをやるためにここを利用してるだけだ……それが何かまでは分からないがな」
しかし、紅蓮は紫怨の言葉に小さく笑みを浮かべる。
これまで行動を共にしてきた紅蓮には、ラグナが自分と同類である事を感じ取っていた。――即ち、ラグナは単に組織に従っているのではなく、己の目的のために組織を利用している者だと。
「…………」
紅蓮のその言葉に答える事はせず、紫怨はラグナと呼ばれた漆黒の翼を持つ男の消えた方向に視線を向けた。
※
下校時刻、詩織と大貴に並んで学校の制服に身を包んだマリアが、金色の髪をなびかせて二人と共に歩いていた。
控え目に言ってもかなりの美少女であるマリアと連れ立っているため、三人はかなり人目を惹き、男女問わずすれ違う人の視線が向けられる。
その中で、特に男たちから向けられる恨みに満ちた嫉妬の視線に晒されていた大貴が、内心で辟易していた事は詩織とマリアには知る由もない。
「それにしても驚きました。マリアさんが転校してくるなんて、それに……」
詩織は翼もなく完全に人間の姿になっているマリアを見る。
人間の姿になったマリアは、普段の天使の姿から翼を消し、服を変えただけのように思える。
しかし、普段から接している詩織と大貴には、それだけでない事は一目瞭然だった。
「姿だけじゃなくて……こう、なんて言うか雰囲気が違いますね」
「分かりますか?」
「ええ、もしマリアさんが翼を消しただけだったら、クラスのみんなは、恐れ多くて近寄れなかったでしょうから」
天使としてのマリアが発していた、思わずひれ伏してしまいそうになるような神々しいまでの存在感が消え、ただ目を奪われるような美少女になっているマリアは、何か存在の根底から変わっているかのようにすら思われた。
「そんな事ありませんよ」
詩織の言葉に苦笑したマリアは、表情を引き締めて改めて二人に向き合う。
「これが、私が大貴さんの監視と護衛を仰せつかった理由です」
「人間に化けられるって事か?」
大貴の言葉にマリアは目を伏せて一瞬の沈黙の後、優しく微笑む。
「……そんなところです」
微笑んだマリアの声に感情がこもっていない事に詩織と大貴は気付かない。
「ところで質問があるんですけど」
「何ですか?」
「学校に入るのって普通戸籍とかいりますよね? マリアさんはそんなもの持ってないと思うんですけど、どうやって入学したんですか?」
詩織の言葉にマリアは優しく微笑む。
本来学校柄の入学には戸籍や住民票など厳正に管理された情報が必要不可欠になる。
しかし三日ほど前に天界から来たばかりのマリアがそんなものを持っているはずがない。
だが実際に転校してきているのだから何らかの手段を用いているのは明白だった。
「――詩織さん。私は天界の天使ですよ?」
「はい……?」
首を傾げる詩織にマリアは優しい笑みを浮かべてさらに話を続ける。
「取り立てて特別な力も持っていないこの世界の情報を操作したり、記憶を改竄するなんて造作も無いことです。具体的な手段もお教えしましょうか? フフフフフ……」
(ひぃぃ、黒い!? マリアさんの笑みが黒いよ! 天使なのに!)
マリアの笑みの奥底から滲み出る、知ってはならない「何か」を本能的に感じ取った詩織は恐怖に身を震わせる。
「け、結構です……」
「ふふ、残念です」
優しく慈愛に満ちたどす黒い笑みを浮かべたマリアはふと思い出したように微笑む。
「ちなみに私は界道家にホームステイしてきた一義さんの知人の娘という事になっています。今後聞かれたときはその様に返してください」
「はい……」
マリアの言葉に頷いた詩織は改めて九世界の恐ろしさを身に染みて思い知ったのだった。
「やっと見つけたぞ」
「っ!」
不意に天から響いた声に大貴とマリア、それに少し遅れて詩織が反応する。
「紅蓮……!」
そこに腕を組んで浮かんでいる悪魔「紅蓮」を見て大貴が目を鋭くさせると同時に大貴の姿が一瞬で光魔神のそれに変わる。
それと同時にマリアの姿も天使のそれに変わり、背中から二対四枚の純白の翼が広がる。
「……何だ。いつの間にか増えてやがったか」
マリアの姿を見てもそれは予想の範疇だったのかそれほど驚いた様子も見せずに紅蓮は小さく呟く。
(マリアさん、声をかけられるまで反応してなかった? 人間の姿に化けると知覚能力が落ちるって事?)
紅蓮を前に恐々としながらもマリアに視線を向けた詩織は、その様子を見て心中で首を傾げる。
紅蓮が声をかけるまでマリアはその存在に気付いた様子も見せなかった。全霊命にとって相手の神能を知覚して戦うのは基本。
まだ力に目覚めて日の浅い大貴はともかく、マリアにそれが出来ないはずは無い。
にも関わらず声をかけられるまで全く反応がなかったということは、人間の姿になると、知覚能力――下手をすれば、力が使えなくなっていると考えるのが妥当だろうという結論に至る。
「……懲りないね、君も」
「全くだ」
「……来たか」
紅蓮がその声に視線を向けるとそこには漆黒の衣をなびかせた神魔と純白の翼を広げるクロスが空中に佇んでいた。
「マリア!」
「任せて!」
クロスの言葉に応じたマリアの腕の中に翼を持ったマリアの身の丈とほぼ同じ長さを持った杖が召喚される。
「――『エーデルフロス』!」
自らの光力が武器として具現化したその杖に光力を注ぎ込み、マリアは地面に突き刺す。同時に周囲の空間を風景ごと切り取って隔離し、背後に庇った詩織を光力の結界で覆う。
「!」
「何だ。予定より増えてるな」
詩織を除く全員が反応した瞬間、空から聞こえたその言葉に詩織は上空を仰ぎ見る。
その視線の先には逆立たせた漆黒の長髪をなびかせ、黒い髪の上から白いヘッドバンドを巻いている紫色の瞳の人物が佇んでいた。
「あの人は……?」
「悪魔です。それもかなり強い……!」
詩織の言葉にマリアが応じる。
その存在が神能で構成されている全霊命にとって神能はその人物そのもの。強ければ強いほど強い。
つまり相手の神能を知覚すれば戦わずともその強さをおおよそ測る事が出来る。
「紫怨」
「……あぁ」
紅蓮に紫怨と呼ばれた悪魔が軽く手を上げるとその横に空間の扉が開き、そこから身の丈二メートルはあろうかという筋肉質の男が現れる。
無精ひげを生やした威風堂々たる精悍な顔つきをしたその悪魔は、軍服のような服に重戦士を思わせる鎧を纏い歴戦の勇士を思わせる存在感を放っていた。
「打ち合わせどおりに頼むぜ」
「……ああ」
紅蓮の言葉に頷いた紫怨は神魔に向かい合いその手に自身の魔力を武器として具現化させる。
「『天星』!」
それは紫怨よりも少し長いトライデントを思わせるシルエットを持つ武器。中央の刀身は剣、両側は斧を思わせるその武器は槍と剣と斧を足したような融合武器だった
そして、それに応じるように、神魔はその手に自身の武器である漆黒の刀身を持つ大刀を備えた槍――「大槍刀」を顕現させる
「――『滅神』」
「俺の相手はお前って事か……!」
目の前に立ちはだかった威風堂々たる大男を前にしたクロスは、その手に自分の身の丈ほどもある両刃の白銀の聖大剣を召喚する。
「『クロスハート』!」
それをも見た威風堂々たる男は自分の身の丈よりも長く先端が数倍の太さになっている棍棒を召喚する。
「『臥角』だ……そしてその武器『砕天』! 参る!」
「神魔、クロス!」
それぞれ敵と向かい合った神魔とクロスの元に駆け寄ろうとする大貴の前に紅蓮が立ちはだかる。
「てめぇの相手は俺だぜ!」
「……っ!」
戦意をむき出して凶悪な笑みを浮かべる紅蓮に大貴はその手に武器である刀「太極神」を召喚する。
「そういや、俺の武器の名前を教えてなかったな……『斬軌』。これが俺の戦意だ!」
自身の魔力を纏わせた漆黒の剥き身の刀で斬りかかる紅蓮の斬撃を大貴は光魔神の神能太極を纏わせた刀で受ける。
「ぐっ……!」
「前よりはマシになってるが……まだまだだ!」
黒の斬撃と黒と白の斬撃。二つの力がぶつかり合って拮抗し、力任せに振りぬいた紅蓮の刃が大貴の身体を吹き飛ばす。
「はあっ!」
紅蓮が魔力を込めた剣を振るうとその軌道にあわせて全てを破壊する意志の込められた魔力によって生み出された漆黒の刃が放たれる。
「……っ!」
その漆黒の刃を、純白に染められた大貴の刀が斬り裂いて消滅させる。
「ほう……」
それを見て紅蓮は口元に笑みを刻む。
「……何とか上手くいったか」
いう大貴の脳裏にクロスとの訓練が思い出される。
※
「――お前、自分の力の特性をちゃんと掴んでるか?」
訓練の中でクロスの言葉に、大貴は目を向ける。
「力の特性?」
「ったく、いくら力で全てをねじ伏せるのが全霊命の戦い方だとは言っても、ただ力任せに神能を振り回せばいいって訳じゃないんだ。
光力には光力の、魔力には魔力の向いている力がある。
それ以外に、同じ光力でも個人によって得手不得手なんかがある。
ましてお前の太極は神の力。俺達全霊命よりも明確に特性があるはずだ」
「太極の特性……」
大貴は自分の手から湧き出る黒と白の力を見て呟く。
「普通は、感覚で分かるもんなんだけどな」
「んな事言われてもな……」
「なら自分の力を見つめ直してみたら?」
クロスの言葉に首を傾げる大貴にマリアと共にそれを見ていた神魔が声をかける。
「自分の力……」
呟いて自分の身体から立ち昇る黒と白の力に目を落とす。
光魔神。それは人間を創造した神にして「光」と「闇」の力を同時に行使するこの世で唯一の存在
(光と闇を同時に行使する神。「光」と「闇」を……)
「そういえば……っ!」
クロスの忠告に従って自身の存在を確かめるように脳内で思案していたふと大貴の脳裏に、かつてマリアが説明してくれた「光」と「闇」の神能の話が甦ってくる。
《光に比べて闇の力はより強大な力を持ちます。その代わりに、光の力は闇の力に対して常に有利になる特性を持っています。
具体的には光一に対して闇十で互角くらいですね。だから神能の総力ではクロスより神魔さんのほうが十倍以上離れていますが、光の力の特性によって二人の実力はほぼ互角になっているという事です》
(光と闇の力を同時に使えるって事は……別々に使う事も出来るかもしれない……)
「それは……!?」
その身体から放出される白一色の力に驚きと共に嬉々とした感情を見せる紅蓮に、大貴はその力を迸らせる刀身の切っ先を向ける。
先ほどまで黒と白の力を同時に行使していた力は、今は純白一色に染まり、天使のような光の存在を彷彿とさせる清廉な光の力へと変わっていた。
「なるほど。光と闇の力を個別に行使することもできるのか……面白い」
目の前で光の力を放つ大貴に紅蓮は凶悪な笑みを浮かべ、その身体から魔力の波動を噴き上がらせる。
「一つ訊いてもいいか?」
「何だ?」
強大な漆黒の魔力を身体から噴き上げている紅蓮に向かい合いながら大貴はゆっくりと口を開く
「――お前たちは何のために戦ってるんだ?」。
「……ぁ?」
どこか覇気の感じられない声で問いかけられた紅蓮は、戦いの腰を折られたことに不満を滲ませながら、わずかにその眉をひそめるのだった。