表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔界闘神伝  作者: 和和和和
妖界編
119/305

この想いが届かぬように(前)





「――っ、これは……!」

 九世界と十世界の妖怪たちが戦いを繰り広げる戦域を神速ですり抜けながら妖界城へと向かっていた神魔は、知覚がその事実を捉えた瞬間に飛翔を止め、その場で立ち止まる

(クラムハイドの妖力が消えた……妖界王様が倒したのか)

 先ほどまで感じられていたクラムハイドの妖力が消えていくのを知覚で捉えた神魔は、その原因を理解して小さく唇を噛みしめる


 ここから妖怪城での戦いを見ることができないが、神能(ゴットクロア)によって世界を認識する知覚能力は、まさに目の前でその戦いを見ているのではないかというほど正確にその状況を神魔に教えてくれる

 先ほどまでクラムハイドがいた場所には、夢の中で出会った幻想の住人(ファンタズマ)の力と、妖界王らしき強大な妖力、そして(うてな)が存在していた。

 しかし、先ほど虚空の妖力が神の領域にまで上昇したかと思うと、幻想の住人(ファンタズマ)、次いでクラムハイドの力が相次いで消滅した。つまりそれは、虚空の――否、妖界の勝利を意味している


「そんな、クラムハイド様が」」

 現に神魔と同じようにその事実を知覚して理解した妖怪達が、リーダーを失った衝撃に次々に戦意を喪失させ、妖界に属する妖怪たちや増援に来ていた真祖たちによって次々と討たれていく

(戦線が崩れていく……リーダーを失ったことで戦意も失ったのか。この戦いはこれでもう――)

「?」

 もうこの戦いはこれで終わりだと判断し、やり場のない感情だけが残った神魔だったが、不意にその知覚が捕えた力に訝しげに眉を顰め、その方向へと視線を向ける

(なんだ!? 一つだけ全く戦意が衰えてないところがある)

 そうクラムハイドが討たれ、大半の妖怪達が戦意を喪失している中、全く動じていないかのように戦いを繰り広げている者たちがいることを知覚が伝えてくる

「この妖力、確か鋼牙とかって人だな。それに相手は大貴君か……」

 その戦いを繰り広げている人物に意識を向けた神魔は、それが大貴と妖牙の谷(ザナフバレー)で出会った妖怪――鋼牙であることを認識する

「……」

 しばし、その様子に知覚を傾けていた神魔は、しかしその戦いがどうやら収まる気配がないのを見ると、しばしの思案の後、そこへ向かって飛翔するのだった





 漆黒と純白、聖と魔――本来ならあり得ることのない光と闇の力を同時に合わせ持つ神能(ゴットクロア)――「大極(オール)」の力を纏わせた太刀を振るい、眼前に迫った大型のナイフの刃を弾いた大貴は、それを持つ相手に向けて声を上げる

「オイ、気付いてるだろ!?」

 大貴の声を受けたのは、両手に大型のナイフに似た武器を携える獰猛で野性的な印象を持つ人物。その顔に刻まれた紋様は、この世界を総べる全霊命(ファースト)――妖怪である証。

 その言葉が意味することを知覚で理解している男――鋼牙は、一転の曇りもない黒と、穢れなき白が混じり合う左右非対称色の翼を持つ大貴へと視線を向けて気怠そうに応じる

「アァ、クラムハイドが死んだな」

 十世界の妖怪たちを総べるクラムハイドの死を、まるで意に介していないような口調で切って捨てた鋼牙の態度に疑問を覚えながらも、大貴は事ここに至って未だに戦意を緩めない眼前の妖怪に声をあげる

「もう、この戦いは終わりだ。おとなしく戦いをやめて帰れ」

 クラムハイド(大将)が討たれた時点で十世界の敗北はほぼ決定している。それでも戦いを続けることはできるかもしれないが、この戦場にいる十世界の妖怪たちはクラムハイドの死によって戦意を失い、戦線を離脱し始めている

 すでに戦場の体をなさなくなっている今の状態は戦いとは呼べない。このまま戦い続けても意味がないと考える大貴は、勝手な判断ではあるが、鋼牙が撤退するならば、自分はそれを追わないという考えの下で戦闘の中止を訴えていた


「そういうわけにはいかねぇなぁ」


「?」

 しかしそんな大貴の言葉を肩を竦めた鋼牙は、興味なさげな声で言うと手にした大型ナイフの切っ先を光と魔の力を持つ世界唯一の存在である異端の神に向けて声をあげる

「確かにこの戦いは終わりだろう。だが、俺の(・・)戦いは終わってねぇんだよ!!」

 咆哮にも似た声と共に空を蹴った鋼牙は、その妖力を纏わせた二つの大型ナイフを振りかざして神速で大貴に肉薄する

「くっ!」

 微塵の躊躇いもなく振りぬかれた鋼牙の刃を受け止めた大貴は、自身の力を通しても尚、魂の隋にまで響くように伝わってくる妖力の衝撃に歯を食いしばる


 全霊命(ファースト)の力である神能(ゴットクロア)は、その意思の力によって世界に干渉する強度が変わるという特性を持っている

 すべてを調和し、統一させる大貴の太極(オール)の力でさえ取り込み切れないほどの力は、鋼牙がそれだけの覚悟を以ってこの戦いに望んでいることを否が応でも伝えてくる


(こいつ、一体なんで……?)

 鋼牙の刃を自身の武器である太刀の刀身で受け止めた大貴は、相殺し合う二つの神能(ゴットクロア)が火花を散らしているのを見て、その左右非対称の瞳に剣呑な光を宿す

 自軍が敗走を始めているというのに、まるで命を捨てようとしているかの如く戦いに臨む鋼牙の姿に大貴が困惑の色を隠せずにいると、互いの心の在り様を表すかのように妖力を帯びた刃が、聖魔の力を帯びた太刀をわずかに押し込む

「っ!」

「だから、邪魔するんじゃねぇ!!」

 咆哮と共に解放された鋼牙の妖力が黒白の力を打ち払って炸裂し、天空を震わせる。そこから吹き飛ばされた大貴は、左右非対称色の翼を広げて対空すると、肩口から上がっている血炎を見て小さく舌打ちをする

「っ、この……」

(こいつ、なんでこんなに戦えるんだ……!?)

 希望が見いだせない戦況の中、生き残るため以外の目的でその力を振るい、太極(オール)の統一の力すら凌駕するほどの力を解放している鋼牙に、大貴は苦々しげに歯噛みする

 何が鋼牙をそこまで駆り立てるのかは分からない。しかし、これまでに戦ってきた相手とは何かが違うと感じる大貴の視線の先で、鋼牙はこれ以上の追撃をせずにその身を翻す

「なっ?」

「もう、てめぇの相手なんざしてやるつもりはねぇよ!!」

 背中越しに吐き捨て、その視界に妖界城を映した鋼牙を見た大貴は、自分を振り切って空を奔るその後ろ姿を見て苦々しげに内心で舌打ちをする

(妖界城!? 狙いは妖界王か?)

 鋼牙の目的が妖界城に在るというのなら、その目的はその主にしてこの世界の王――妖界王・虚空である可能性が高い。直接の面識はないが、城の中に感じられる一際大きな妖力がそうであろうと当たりを衝けている大貴は、それをさせまいとその後を追う

「させるか!」

 左右非対称色の翼を広げた大貴は、そこに収束した太極(オール)の力を極大の砲撃として解放して鋼牙を狙い撃つ

「ハッ、そんなもん当たるかよ!」

 背後から神速で向かってくる黒白の力で構成された砲撃を知覚で捉え、振り返ることもせずに回避した鋼牙が舞うように宙空を奔る。しかし次の瞬間鋼牙はその表情に浮かべていた余裕混じりの笑みを消して自分に肉薄していた存在に目を瞠る

「――っ!」

 目を見開いた鋼牙は、自分に向かって漆黒の力を纏った大槍刀を振りかざしていた人物を見て反射的に武器を構える

「ガッ――!」

 次の瞬間その人物――神魔が放った漆黒の斬撃が鋼牙を捉え、純然たる破壊の意志が込められた魔力がその意思のままに、その身体を吹き飛ばして地面に叩き付ける

 神魔の斬撃を受けて弾き飛ばされた鋼牙が、その威力のまま地面に叩き付けられると、魔力に込められ知多破壊の意思が世界に事象として顕現し、地盤を打ち砕いて天まで届く砂塵の噴水を作り出す

「大丈夫、大貴君?」

「神魔……」

 その隙に追いついてきた大貴は、状況も分からないまま、出会い頭に確実に殺す意思を込めた一撃を加えた神魔に辟易した表情を浮かべつつ非難混じりに言う

「普通いきなりあんなことするか?」

 知覚で敵味方の分別はつけていただろうし、ここは戦場で相手は敵。しかし、だからと言って問答無用で殺意に満ちた攻撃を当てることにやや抵抗感を示す大貴の言葉に、神魔は小さく笑みを浮かべて応じる

「戦場で戦意を失っていない敵を攻撃するのに、何か問題がある? それに、丁度溜まってるものを発散する相手も欲しかったしね」

(絶対それが本音だろ)

 どこか晴れやかな表情で言う神魔の横顔を見た大貴は、先ほどの言葉の前半は確実に建前で、後半が本音であることを洞察してため息をつく


 しかし、わずかに非難するような口調を向けた大貴だが、それを咎めるようなことはしない。それは、神魔のやり方が大貴の趣味趣向に反しているからであって、神魔の行動そのものを否定するものではないからだ

 戦場においての立ち振る舞いは自身の魂の在り様。敵を逃さず滅却する主義も、自分の都合のみで戦うのも自由だ。無論それがあまりにも目に余るようならば大貴もそれに敵対するが、神魔のやり方は若干の私情が混じっていても否定するほどには至らない

 ならば、多少気に入らない面があってもそれを黙殺するのは難しいことではない。――しかし、そう考えている大貴は、今までならばそんな風に割り切れなかったはずのことを、当たり前のように判断していた自身の変化に気づくことはできなかった


「そんなことよりも、油断しないで」

 自分に向けられている大貴の視線に気づきながらも、それを意に介さずにいる神魔は、大槍刀を手に鋼牙が激突した地盤へと視線を向ける

 いかに不意を衝いたとはいえ、鋼牙は神魔の攻撃を確実に防いでいた。何よりも、その身が健在であることは粉塵の中から感じられる鋼牙の妖力が微塵も衰えていないことから容易に推測することができる

「――来るよ」

 静かに独白した神魔の言葉に応じるように、地面を覆っていた粉塵が妖力によって吹き飛ばされ、その中から怒気に染まった神能(ゴットクロア)に身を焦がす鋼牙が姿を現す

「ようやく、邪魔なクラムハイドが消えてくれたってのに、次から次へと邪魔しに来やがって!」

 自らの前に立ち塞がる大貴と神魔を睨み付け、怒号と共に妖力を解放した鋼牙は、砕けんばかりに歯を食いしばって両の手に持つナイフの柄を握る手に力を込める

「――!」

(クラムハイドが消えてくれたのに?)

 その感情を表しているかの如く、激しく荒れ狂う妖力の渦の中で吐き捨てるように言い放った鋼牙の言葉を聞いた神魔と大貴は、剣呑に目を細めてその姿を凝視する


 荒れ狂う鋼牙の表情からは、単純な激昂だけではなく、刹那を争うような焦燥が見て取れる。それを見る神魔と大貴は、その怒りと焦燥が鋼牙がその口からその本心を不用意に漏らす結果を招いているのだと察していた


 まるでクラムハイドを利用していたような物言いをする鋼牙の言葉に、目を細めた大貴の眼前で、荒れ狂う怒気を孕んだ妖力を纏う

「ざけんじゃねぇ!!!」

 瞬間、激情が臨界を超えたかのように咆哮した鋼牙が、両の手に携えた刃を交差させるように振り下ろすと、そこから生じた妖力の斬閃が十字型の波動となって神魔と大貴に放たれる

「――っ!」

 鋼牙から放たれた十字の妖力斬を見止めた神魔と大貴は、刃というよりは世界の裂け目と見紛うばかりの力を以って放たれたそれに怯むことなく魔力と太極(オール)の力を斬撃として放ちそれを相殺する


 すべてを滅ぼす純然たる意思を込められた魔力の黒斬と、敵意をも含めたすべてを統一する黒白の斬撃が十字の波動とぶつかり合って相殺されると、三つの神能(ゴットクロア)の力の残滓が混じり合い、天空に巨大な花を咲かせる

 殺意と破壊の意思によって形作られていながら、一点の曇りもない純然たる意志によって形作られるがゆえに、極限まで無駄の殺ぎ落とされたその力の残滓はあまりのにも恐ろしく、しかし魂を掴んで離さないほどの美しさを有していた


 そんな力の残滓によって生じた破壊花を見下ろしていた神魔と大貴の視線の先で、それが一瞬にしてかき消され、そこから妖力を纏わせた巨大な双刃を持つ鋼牙が姿を現す

「オオオオオオッ!」

 咆哮と共に殺意と憎悪で爛々と輝いている瞳で神魔と大貴を射抜いた鋼牙は、力任せに全ての事象を破棄し、その激情のままに己が前に立ち塞がるすべてを排除する刃を振り下ろす


 神能(ゴットクロア)によって、全ての理を破棄し、己の思う理のみを顕現させた鋼牙の刃は、自身の目的を阻む神魔と大貴をこの世から抹消する意思によってのみ構築されており、ただ滅びをもたらすための力が二人に向けて容赦なく振り下ろされる


 敗戦が確定している中にあって、微塵も衰えることを知らない鋼牙の殺意は、同じ全霊命(ファースト)であっても怯んでしまうであろうほどに苛烈なもの

 しかし、鋼牙を突き動かす妄執にも似た感情を、断ち切るかのように、神魔と大貴はその力を纏わせた武器を一閃させる

「――っ!?」

 神速で放たれた二つの斬撃は、全霊命(ファースト)大貴の太刀と神魔の大槍刀が神速で放たれ、激情を露に肉薄してきていた鋼牙を迎撃する

 しかし、二つの刃が自身に向かっていることを認識していながら、鋼牙はそれを防ぐでも躱すでもなく、力に任せて突撃する

「なっ!?」

(防がない!?)

 その身を刃で斬り裂かれても全く怯まず、刃がさらに深く己の身に食い込むことさえも厭わずに力任せに距離を詰めてくる鋼牙の狂気ともいえる姿に、さしもの神魔と大貴も驚きを禁じえず、その接近を許してしまう

 その妖力特性――「硬化」によって、強化されているその肉体で神魔と大貴の斬撃を潜り抜けた鋼牙は、命に関わるものでなくとも、決して浅くない傷を受けてその身からおびただしい量の血炎を立ち昇らせていた

(コイツ、なんでこんな――っ!)

「悪ぃな、俺は今、てめぇらごときにかかずらってる暇はねぇんだよ!!」


 鋼牙の妖力特性である「硬化」は、自身の霊的強度を上げる力。神能(ゴットクロア)の力を決定づける意思を強化することで、威力や防御力などを単純に高めることができる

 玉章(たまずさ)恋依(こより)のように特異な力はないが、その力を底上げすることによって自身の力を単純に高めることができる


 しかし、いかにその妖力特性が優れたものであり、妖怪が九世界の全霊命(ファースト)の中で最も強い不死性を持っているとはいえ、神魔と大貴の攻撃を防がないなど無謀にもほどがある。

 一歩間違えれば、その命を落としていたであろう暴挙に等しい行動を躊躇いもなく実行に移した鋼牙は、咆哮と共に獰猛な笑みを浮かべる


「――っ!」

(しまっ……)

 その瞬間、鋼牙の腕が大貴と神魔の霊衣を掴んで捉え、それに気付いた二人が反応するよりも早く、その腕から妖力の波動が破壊の衝撃となって解放される

「オオオオオッ!」

 神魔と大貴がその腕を振りほどこうと行動に移る前に、鋼牙の咆哮によって生じた妖力の波動の衝撃が炸裂し、三人を巻き込んで天を震わせる爆発を生じさせる

 自身の身体そのものから破壊の力を放出した鋼牙は、零距離で放った攻撃の残響と、己の身体から立ち昇る血炎に包まれながら口端を上げ、そしてそのままその力を解放する

「まだまだァ!!!」

 神魔と大貴を掴んでいた手を離した鋼牙は、その両手の平に渾身の妖力を収束し、そのままほぼ零距離から極大の波動を放つ


 両手から放たれた極大の妖力砲は、神魔と大貴をそれぞれ呑み込み、そこに込められた破壊と破滅の意志のままに世界を貫き、天を穿たんばかりの閃光となってその力を振るう

 そこに込められた純然たる殺意を表すかのように、曇りのない妖力の極大砲、が妖界の空に二条の流星を生み出し、そのままこの世界の中枢――妖界城へと向かって迸る


「こ、の……ッ!」

 鋼牙が放った妖力の極砲の中で、その力に身を焼かれる神魔は、自分たちが妖界城へと向かっていることに気付いて漆黒の魔力を吹きあげる

 瞬間、漆黒の斬撃が妖力の波動を内側から滅ぼし、敵味方、光闇この世にあまねく全てを統一する黒白の力が妖力を取り込んで無力化する

「……俺たちごと、妖界城まで来やがった」

 背後に見える妖界城を一瞥した大貴は、苦々しい口調でそう言うと、口端でくすぶっている血炎をかき消すように無造作に腕で拭う

「よっぽど、ここに用があるらしいね」

 妖力砲によって受けた傷から血炎を立ち昇らせる神魔は、大貴の言葉に応じると同時に、魔力を纏わせた大槍刀を逆袈裟に振るう

 その瞬間、妖力砲に遅れて神速で近づいていた鋼牙を大槍刀の黒刃が捉え、拮抗する魔力と妖力が闇色の火花を生み出して世界を震わせる

「――捨て身の攻撃とはね……油断したよ」

 刃を合わせ、相殺し合う魔力と妖力の力の残滓を視界に収めながら言った神魔の言葉に、鋼牙は殺意に満ちた笑みを浮かべて、血炎にまみれた身体も厭わずに力任せにその力を解放する

「邪魔するんじゃねぇって言っただろうが!? こんなところで死にたくはねぇだろ」

「まるで、僕たちに勝てるみたいな言い方だね」

 鋼牙の言葉に、神魔が抑制の利いた声で静かに言い放った瞬間、その横から肉薄した大貴が、光と闇の力を同時に有する黒白の波動を纏わせた太刀を薙ぐように振り抜く

「っ!」

 神速で放たれた黒と白の斬撃を紙一重で交わした鋼牙に、間髪入れずに神魔の大槍刀が奔り、暗黒色の魔力を纏った刃が天空に巨大な斬軌を描き出す

(――の、野郎……ッ!)

 自身の知覚を揺らし、その身を構築する神能(ゴットクロア)を存在の根底から震わせるような神魔の魔力に、鋼牙は忌々しげな表情を浮かべる

(神魔の魔力が強くなってる……?)

 少し見ない間に、神魔の魔力が以前よりも目に見えて強くなっていることを知覚で解した大貴は、それに驚きを覚えつつ、鋼牙へと意識を向けて太刀の柄を握る手に力を込める

 今のまま二人で戦えば鋼牙に勝てるかもしれない。しかし大貴は単なる生き死にや勝ち負けでこの戦いを終わらせるつもりはなかった

「だが……!」

 黒白の翼を羽ばたかせた大貴は、自身の出せる最高の速さで鋼牙に肉薄すると、太極(オール)の力を纏わせた太刀を一閃させる

 当然その斬撃は鋼牙のナイフによって防がれるが、それこそが大貴の狙い。刃同士が鎬を削る中、限りなく近い間合いにまで鋼牙に接近した大貴は、強い口調で言い放つ

「お前は、そうまでして何がしたいんだ!?」

「あ゛!? そんなこと聞いてどうするんだよ!?」

 まるで自分の命さえも顧みていないかのような戦いをする鋼牙に、自身の素直な疑問を向けた大貴だが、それは苛立ち混じりの声によって造作もなく否定される

「事と次第によっては、俺たちだって協力してやれるだろ!」

 その身を翻し、手にした獣の双牙のような大型ナイフの刃を振るう鋼牙の刃をその太刀で捌いた大貴は、刃と刃がぶつかり合って生じる甲高い金属音を聞きながら声をあげる


 この提案は、大貴にとっては一定の成果を得られる目算があるものだった。なぜなら、自身の身体が傷つくことさえも厭わずに戦いをする鋼牙には、一刻の猶予もないことを想像することができたからだ

 一瞬、あるいは刹那の時間さえも惜しんでいるように思える鋼牙ならば、力を貸すという言葉に必ず反応する――はずだった


「……てめぇらには関係のないことだ」

「!」

 大貴の考えとは裏腹に、その言葉を怒気すら滲んでいる低い声で一刀の元に切り伏せた鋼牙は、全くその戦意と殺意を緩めることなく、その凶刃を振るう

「待て、話を――」

 嵐のように振るわれる鋼牙の嵐撃を懸命に捌く大貴は、対話を求めるが、その刃による神速の攻撃の嵐は、一向に緩められることなくその命を狙って荒れ狂う

「なら、邪魔するんじゃねぇ!!」

 妖力を解放し、その身を燃やし尽くすかのように立ち昇る血炎さえも意に介さず攻撃を繰り出す鋼牙に、全てを滅断する漆黒の刃が肉迫する

「――ッ!」

 漆黒の斬撃を紙一重で回避し、体勢を立て直した鋼牙は、手にしたナイフの軌道に合わせて、極大の妖力の斬撃を生み出す

 斬閃によって生み出された二つの月刃の前に立ちはだかった大貴は、その力を太極(オール)の力によって自身の力へと統一し、言葉に耳を傾ける様子も見せない鋼牙に向かって声を荒げる

「――この、石頭が……!」

「さっさとどけよ! 俺には時間がねぇんだよ!!!」

 その身から立ち上る血炎を纏った鋼牙の姿は、まるでその執念に身を焦がしている今の姿を如実に表しているように見える

「そうはいくか。今のお前に、何かを成し遂げさせてやるつもりはない!」

 言葉にも耳を傾けず、自分の身すら犠牲にしてでも何かをなそうとする鋼牙の姿に、揺るぎない決意と共に見過ごせないほどの破滅の意思を感じ取った大貴は、激しい怒気を向けられながらそれを統一するべく黒白の力を解放する


 話し合いの余地を見せない鋼牙の強情な意思に屈するつもりはない。自分の言葉が届かないこと、そして互いの信念が相容れないことを悟った大貴は、戦いとしての本質――相手の信念を理解して否定し、相手が成そうとしていることを果たさせないことをなすために己の力を振るうことを決意する


「力ずくででも、お前を止めてやる」

「――チッ!」

 大貴の言葉に、眼中にないと言わんばかりに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた鋼牙は、その身体から強大な妖力を解放する

「大貴君」

 その時、横から声をかけた神魔は、その手に携えた大槍刀を水平に構えて、自身の身体に魔力を充実させていく

「……あぁ」

 その言葉に静かに応じた大貴は、太極(オール)の力を解放し、光と闇を同時に持つ世界で唯一の神能(ゴットクロア)の力を顕現させる

「なんだ……!?」

 それに応じるように太刀を構えた大貴が大槍刀に刃を重ねると、そこに生じた太極(オール)の力が神魔の魔力と繋がる

 その光景に目を瞠り驚愕を露にする鋼牙の視線の先で、神魔の魔力と混ざり合った大貴の太極(オール)の力は、それと同調し、同化して相対的に力を高めていく

「――っ、なん、だと!?」

 眼前で起きている信じがたい光景に、鋼牙は先ほどまでの激情をどこかに置き忘れてきたような表情で目を見開く

神能(ゴットクロア)の共鳴だと!?)


 それは、信じがたい光景だった。万象の根源である霊の力は、他の力と交わることが無い。存在の力そのものである霊が、他の霊に影響されることはなく、そしてそれであるがゆえに確固たる個を確立することができる

 故にその存在の全てを最も神格の高い霊の力――神能(ゴットクロア)もまた、他者の神能(ゴットクロア)と同調することはない。その唯一の例外は、互いの命を交換し合った深い愛情で結ばれた番の全霊命(ファースト)だけだ


(馬鹿な、伴侶でもない奴と……いや、そうか! 光魔神の力があれば……!)

 神魔の魔力と同調した太極(オール)の力は、共鳴し、一つの力へと紡がれながら、互いの力を強化し、まさに一つの力となって天を衝かんばかりに荒れ狂う

 目の前で起きているありえない光景に、内心で恐慌状態に近い状態に陥っていた鋼牙は、この事実を実現する可能性に行き着いて息を呑む


 大貴――円卓の神座№1「光魔神・エンドレス」は、光と闇の神格を同時に合わせもつ世界で唯一の存在。その力は、光と闇の境界であり、生々流転のごとく陰と陽が循環する世界を形作る永遠の理そのもの。

 生まれたから死ぬことができるように、闇の中で光が輝くように、世界の全てを体現する太極(オール)の力は、この世に存在する全を一に、一を全として束ねる力を持つ

 敵の力を中和して自身の力に取り込むように、仲間の力と同調して神能(ゴットクロア)の共鳴と同じ状態を作り出す――それは、この世の全てを力とする光魔神にだけに許された権能だ


「一撃で決めるよ」

「ああ」

 今の大貴の力では、全霊命(ファースト)の番による共鳴とは異なり、常時その状態を維持できない。これまで相手の攻撃を中和してきたように、その一度のみに効果を発揮するものだ

 それがわかっている二人は、互いに視線を交わすと同時その刃を振りかざし、渾身の力を以って一撃を放つ

「ハアアアアアッ!」

 漆黒の魔力を噴き出す大槍刀の刃と、その力と同調し、共鳴する太極(オール)の力が二人の斬閃と共に巨大な翼となり、一つの斬撃となって世界を貫く

「――っ!」

 折り重なった二つの力が一つの刃となって迫りくる光景に目を瞠った鋼牙は、渾身の力を込めた妖力の斬撃によって迎撃を試みるが、それはその力の前に一瞬にしてかき消される

「グオオオオオオッ!」

 自身の力が通じないことを見て取った鋼牙は、自身の妖力とその特性を解放してそれを阻む結界を構築するが、黒の滅翼となった神魔と大貴の融合技はそれさえも破壊して黒の波動の中にその存在を呑み込む


 瞬間、漆黒が炸裂して天を貫き、世界を一点の曇りもない黒が塗り潰す。


 無明よりもなお暗く、さながら世界の終焉を思わせる漆黒よりも黒き黒き闇を見下ろす大貴と神魔は、刃を構えたままでその中に呑み込まれた鋼牙の存在に意識を傾ける

「神魔」

「……うん、生きてるね」

 知覚を巡らせていた大貴は、漆黒の波動の中に鋼牙の妖力があるのを感じ取って、その目に剣呑な光を灯す

 それに答えた神魔の声に答えるように、世界を漆黒へと塗り替えていた力が消え、その中に呑み込まれていた鋼牙がその姿を現す

「でも、もう彼は戦えない」

 静かに独白した神魔の声に答えるように、地面に横たわり、全身を血炎に焼かれている鋼牙は、その口腔から血の炎を吐き出す

「――ガハッ」

 かろうじて先ほどの攻撃を凌ぎきったものの、立ち上がることもままならないほどのダメージを受けた鋼牙の傍らに神魔と共に降り立った大貴は、勝者の憐れみにも似た色を宿す声音で告げる

「もう終わりだ。おとなしくしてろ」

 先ほどの攻撃で手加減はしていない。鋼牙が助かったのは、その妖力と特性を全開にしてそれを防ぎきった結果だ。

 あえてトドメを刺そうとも考えていない大貴が、戦闘の終了を訴えかけるが、それを聞いた鋼牙は、それを鼻で笑うと、血炎にまみれたその身体に鞭を打って懸命に立ち上がろうとする

「ま、まだ、だ……」

(こいつ、まだ立つのか?)

 いかに妖怪が全霊命(ファースト)屈指の生命力を有していても、鋼牙はすでに限界を超えていることは明白。もはや、これ以上戦えない状態になっているはずのその身体で、なお立ち上がろうとするその姿に、大貴は戦慄を禁じ得なかった

「もうやめろ! このままじゃ死ぬぞ!」

 このまま動き続ければ確実に死ぬ。――それが分かっていないはずはない鋼牙に、大貴は鋭い声で言い放つ

「……構うかよ」

「なに?」

 大貴の言葉を受けた鋼牙は、血炎にまみれた満身創痍の身体で立ち上がり、限界を超えた苦痛に歯を食いしばりながら、それでも自嘲じみた笑みを浮かべる

「俺は、そのために(・・・・・)ここに来てるんだ」

 死の一歩手前まで傷ついた身体で、吐き捨てるように言い放った鋼牙に鬼気迫る意志を感じ取った神魔は、その言葉に眉をひそめる

「つまり、死ぬつもりで戦ってるってこと?」

「いや、殺されてやる(・・・・・・)つもりだ」

 もはや生きていることが精一杯だと理解しているのであろう鋼牙は、観念したようにこれまでの怒気や覇気が嘘のような穏やかな声で応じる



「――(うてな)にな」





 その頃、神魔が去った戦場では、玉章(たまずさ)達に囲まれる中で仰向けに横たわっている墜天の装雷――恋依(こより)が、戦いの中で交わした約束の通り、自分が戦う理由を話していた

 その周囲にいるのは、桜、詩織、瑞希、玉章(たまずさ)棕櫚(しゅろ)の女性陣。そしてその様子を籠目と凍女(こごめ)が見守っている

「――私が、十世界に協力したのは、彼の願いを叶えてあげたくなったからです」

 天を仰ぎながら、まるでその決意をした時に意識を向けているように、ゆっくりと言葉を紡ぐ恋依(こより)の言葉に耳を傾けていた玉章(たまずさ)がその柳眉をわずかにひそめる

「彼って……クラムハイドのこと?」

 玉章(たまずさ)の艶やかな声音で尋ねられた恋依(こより)は、その首を小さく横に振って否定の意を示すと、どこか寂しげな色が混じった笑みで静かに言葉を紡ぐ


「いえ――鋼牙くんですよ」


「……!」

 その言葉を聞いた女性たちがわずかに驚きの表情を浮かべるのを見た恋依(こより)は、その様子に小さく笑みを零して、天を仰ぐその瞳にその姿を幻視する




「私は、彼の最期に花を添えるために、十世界に力を貸したんです」



 

 寂しげな笑みを浮かべる恋依(こより)が静かに紡いだその言葉は、抜けるように青い空の中、風にさらわれるように残響と共に溶けていった





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ