花の戦場
妖界城の外部。妖界と十世界の者たちが争う戦場の中に、一際美しい花が舞い踊る。淑やかな桜の花と氷の華が、灼熱と白氷の花と閃き、天空にその力の残滓によって百花繚乱の花園を作り出す
「はあっ!」
夜桜の魔力を薙刀に纏わせた桜色の髪の悪魔――桜と、水晶のように透き通った氷麗なる魔力を纏った双剣を操る瑞希の刃に、身の丈にも及ぶ巨大な斧を携えた籠目と、矛を手にその身を白煙に包む凍女が応じる
純然たる殺意を纏う二つの魔力の刃が、灼熱の溶炎と白煙となって吹き荒れる双子の妖怪の攻撃とぶつかり合い、無数の力の花を開かせていく
四人の乙女たちは、舞うように己が武器を振るい、その刃によって描かれる軌道と翻る美しい髪が相まってまるでそこだけが戦場とはかけ離れた楽園の如き華やかな色を放っている
しかし、戦場に咲き誇る華やかな花々は、その美しさとは裏腹に一瞬の油断もならない純然たる殺意に晒され、同時に一点の迷いもない殺意を纏って舞い踊る
純然たる意志と、純粋な生と死の概念のみで構築された戦場は、それであるが故に浮世離れした幻想的な美しさと華やかさを以って見る者を魅了する花の戦場を作り出していた
「こ、の……ッ!」
身の丈にも及ぶ巨大な斧を軽々と神速で振り回す籠目の刃が横薙ぎに閃き、空間すらねじ切ってしまわんばかりの力の脈動が、触れるものを焼き尽くす妖力特性を纏って放たれる
しかしその強大な力を舞うような動きで回避して見せた瑞希は、両手に携えた細身の双剣の魔力を纏わせて朱色の髪の妖怪に鋭い斬閃を見舞う
「はあッ!」
研ぎ澄まされた水晶のような斬撃が時間と理の全てを超越して閃くのを見た籠目は、法則の全てを無視した動きで身体を仰け反らせ、その斬撃の軌道から己の身を逸らして回避する
「――っ!」
自身の体を逸らした籠目は、そのまま瑞希に視線を向けるとその口腔内に自身の妖力を収束させ、あらゆるものを溶解せしめる灼熱の妖力を極大の閃光として開放する
「ガアッ!!」
籠目が妖力の波動を口から放出した瞬間、瑞希は自身の魔力で結界を張りながら後方へ飛び退き、灼熱の妖力が己の力を溶解させてしまう前に、その軌道から逃れる
「チッ!」
瑞希が自分の一撃を無傷で凌いだのを見た籠目が忌々しげに舌打ちをすると、後頭部で一つに結い上げた長い黒髪の悪魔はその手に携えた双剣の刃の如く怜悧な視線を朱色の髪の妖怪に向ける
「女性が口からそんなものを出すものではないわよ、はしたない」
「ほざいてな」
その氷麗な表情に微笑を浮かべた瑞希の言葉を一蹴した籠目は、自身の武器である身の丈にも及ぶ大斧に妖力を纏わせて最上段から振り下ろす
触れたものを溶解し、焼き尽くす灼熱の妖力を纏った大斧を舞うような動きで回避して見せた瑞希は、
同時にその両手に持つ細身の双剣を振るう
「口も悪いのね」
「てめぇは私のおふくろか!!!」
時空を切り裂き、万象を超えて放たれた瑞希の斬撃を大斧の柄を離して回避した籠目は、その武器を再び自身の腕の中に再召喚して妖力の斬撃を放つ
さながら火山の噴火を思わせる妖力の迸りを、魔力を纏わせた双剣の斬閃によって斬り裂いて相殺した瑞希は、忌々しげに舌打ちをした籠目を一瞥し、その表情に憐れみとわずかな嘲りの色を宿した笑みを浮かべる
「感心しないわね。自身の品格の無さを親の所為にするなんて、あなたが下品なのは、あなたが生来のものだからでしょう?」
それを瑞希が本心から思っているのかはともかく、この程度は戦場における言葉の駆け引き――敵の冷静さを奪い、自分が戦いの主導を握るための話術程度のものだ
無論、籠目自身もその程度のことはわかっているはずだが、その表情には明確な怒りが浮かんでおり、瑞希の言葉によって煽られていることを容易にうかがい知ることができる
「ぶっ殺す!」
しかし、激情に任せて瑞希に向かって声をあげた籠目は、怒れる感情とは裏腹に極めて冷静に戦況を分析している
いかに籠目が直情的な性格であっても、それが短絡的であるということにはならない。戦場の中で感情に流されても冷静に対応できることは、戦いが人生の大半を占める全霊命にとって必須の能力でもあるのだ
「凍女ェ!」
「……仕方がありませんね」
自身の妖力特性のように、煮えたぎる溶岩のような激情を纏った籠目の声に、桜と対峙していた凍女は、静かな口調で独白し、その体から純白の霧煙を放出する
空間の座標を共有する特性を持つ凍女の妖力特性を帯びた白霧の妖力は、瞬時にその形を所有者自身の姿に変え、戦場に無数の自分自身の実像として顕在化させる
「――!」
「これは……!」
戦場に出現したおびただしい数の凍女を見止め、桜と瑞希はそれぞれの美貌に警戒の色を浮かべ、各々の武器を構える
凍女自身の妖力であるがゆえに、すべてにその存在を知覚できる無数の白装束の女妖怪がその武器である矛を携えて佇み、桜と瑞希に視線を向ける
「理解してるか!? 凍女の妖力は、何も恋依様とだけ相性がいいってわけじゃないんだよ!」
そう言って声を張り上げた籠目が自身の灼熱の妖力の弾丸を、空中に佇む凍女に向けて解放すると、その身体に吸い込まれた破壊の力が空間の座標を捻じ曲げて放出される
すべての分身が空間の座標を共有する凍女の妖力特性によって、吸収された籠目の妖力はその軌道を変え、本来ありえない位置からの攻撃を可能とする
墜天の装雷――恋依の圧倒的破壊力を誇る攻撃を自在に入れ替える凍女の妖力特性は、その相手を籠目に変えても、その力をいかんなく発揮していた
「無論、私自身も忘れてもらっては困ります」
感情を剥き出しにして声をあげる籠目とは裏腹に、静かで抑制の効いた声で呟いた凍女は、桜と瑞希を自身の妖力によって作り出した幻影で取り囲みながら、同時にその全ての妖力体から攻撃を仕掛ける
ある者は妖力の波動を、ある者はその手に携えた矛を手に桜と瑞希に全方位から神速を以って攻撃を仕掛ける
籠目と凍女、双子の姉妹の妖怪の攻撃は、無数の分身を作り出す凍女の妖力体と本体が攻撃を仕掛け、その分身に籠目を含むすべての味方が攻撃を仕掛けることで空間座標を共有した攻撃を繰り出すことでその真価を発揮する
凍女の攻撃を受け止めた瞬間、別の場所にいる分身体に放たれた籠目の大斧や、凍女自身の矛が分身体から突如出現し、思いもしない形で攻撃を仕掛けてくる
知覚による判別も許さない完璧な分身体である凍女を最大限に利用した攻撃が、容赦なく桜と瑞希に向かって放たれた
しかし次の瞬間、夜桜の魔力を帯びて閃いた桜の薙刀が、凍女の放った矛を弾き、相殺された魔力と妖力の欠片を中空に舞い踊らせる
「っ!」
「――それが、どうかしましたか?」
自身の攻撃を見切られて目を瞠った凍女に淑やかな口調で語り掛けた桜はその身を翻し、自身の手に携えた薙刀から、夜桜を思わせるどこまでも美しく儚い魔力の波動を解放する
淑やかな所作で、舞うようにその身を翻した桜の動きに合わせてその身に纏った着物の霊衣が踊り、その動きに合わせて広がった艶やかな桜色の髪と合わせて、そこに一輪の花を咲かせる
桜の薙刀の刃から放出された夜桜の魔力は、桜吹雪のごとき魔力の渦となって吹き荒れ、空中に浮かんでいたすべての凍女の分身体をその中に呑み込んでいく
これまでも凍女の攻撃に完全に反応し、対処していた桜は籠目との共闘の中であってもその力と動きを完全に把握し、その攻撃を封殺する
「凍女!」
桜が生み出した夜桜の魔力の渦に巻き込まれた籠目は、声をあげた瞬間、自身に肉薄している魔力を知覚して目を瞠る
「――っ!」
「余所見をしている暇があるのかしら?」
桜の攻撃に紛れて籠目へと肉薄していた瑞希は、その両手に持つ細身の双剣を一閃し、漆黒の三日月を空間に出現させる
瑞希の斬撃に合わせて放たれた魔力の双月から瞬間的に身を引いた籠目だったが、その攻撃を完全に回避しきることはできず、その体に小さな傷を負い、そこから血炎を上げる
「く……ッ、こ、の……!」
身体につけられた傷から伝わってくる痛みに、一瞬だけ眉をひそめた籠目は、忌々しげに歯噛みすると双剣を手に更なる追撃を試みようとしている瑞希を己の大斧の刃で返り討ちにしようと、柄を握る手に力を込める
「――っ!」
しかしその瞬間、瑞希は斬撃を振りぬいた状態のまま、自身の手に収束させた魔力を解放し、その手に持っていた双剣の片方を、あらぬ方向へと射出する
「なっ!?」
瑞希の手から魔力の力によって射出された剣は、漆黒の流星となり、桜と矛を交えている凍女に向かって空を貫く
「凍女!」
「――っ!?」
自身に向かって飛来してきた瑞希の剣を知覚し、目を瞠った凍女は、自身の白霧の妖力を解放し、己の座標を一瞬にして別の分身体へと移動させる
瑞希が魔力を以って射出した細剣は、神速の速さを以って桜の傍らを掠め、座標を入れ替えたことで妖力の幻となった凍女の体をすり抜けて天空へと吸い込まれていく――はずだった
しかし自身の傍らをそれが通り過ぎる瞬間、その手に携えた薙刀の刃を瑞希の剣の柄に添えた桜は、まるでその剣に導くように、刃の切っ先でその軌道を撫でるように変化させる
「――っ!?」
円を描くように舞った桜の動きに合わせ、軌道を変えられた瑞希の細剣は百八十度その方向を変え、今まさに飛来した方向へと投げ返される
桜に導かれた瑞希の細剣は、全くその威力を殺すことなく打ち返され、そのまま籠目に向かって放たれる
「しまっ……」
(最初から、狙いはあたしか!!)
自身に向かって飛来する細剣を見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた籠目は、自身に向かって残った一本の剣で切りかかってくる瑞希の一撃を捌き、力任せに大斧を振るう
「舐めるなァ!!」
怒号と共に灼熱の妖力を纏って振るわれた大斧の刃が、瑞希と飛来する細剣を弾き、衝突し、相殺した魔力と妖力の残滓が花弁のように宙空に舞う
「籠目、駄目っ!!!」
瑞希と桜による攻撃を凌いだ籠目が、口元に微笑をうかべた瞬間、無数に顕在化している凍女の鋭い声が響く
「――っ!?」
その言葉に籠目が気付いた瞬間、弾き飛ばされた瑞希の細剣の背後から、桜の武器である薙刀がその姿を現し、完全に無防備になっていた籠目の肩口に深々とその刃を突き立てる
(なっ……)
自身の肩口に突き刺さり、血炎を吹きあげさせる桜の薙刀の刃を驚愕を以って一瞥した籠目が次の行動を起こそうとした瞬間、手元に顕現させることで再度双剣を携えた瑞希がその刃を、籠目に向かって振るう
魔力を帯びた二つの斬撃の軌道が天空に三日月を描き出し、それによって斬り裂かれた凍女の体から、真紅の血炎が吹き上がる
「……っ!」
「凍女!」
自身の身体が斬り裂かれ、血炎を上げるのを見て目を瞠る凍女を見て声を上げた籠目の眼前で、直前で攻撃の軌道を変えた瑞希が氷麗な美貌でその様子を見据える
「やはり、そう来たわね」
口腔から血炎を吐く凍女に視線を向けた瑞希は、苦悶に表情を歪ませるその姿を見て抑制の効いた静かな声で語り掛ける
「あなたの空間座標移動は、単純ながら中々に面倒な能力よ。けれど、あなたがどこに移動してくるのかわかっていれば、そこに狙いを定めるのは難しいことではないわ」
凍女の妖力特性である、空間座標を共有する能力は相対する側からすれば極めて厄介な能力だ。攻撃を仕掛けても空間跳躍で回避される上、移動先として指定されている分身は、同じ妖力であるが故に知覚での判別が難しく、桜のように知覚に突出した能力がなければ対応することも難しい
しかし、その移動先を絞り込むことができれば、必然的にその脅威は半減する。瑞希が桜と協力して籠目を狙った最大の理由は、凍女の妖力特性を封殺するためだった。
案の定、籠目が大きな傷を受けたことで、凍女はその援護のために、二人にもっとも近い位置に配置していた分身体へと跳躍した――それが、瑞希の策略であることにも思い至らぬままに。
そして、二人の攻撃はまだ終わっていない。凍女が瑞希の太刀を受けたことに意識を奪われた籠目の隙をつき、その肩口を貫いたままになっている自身の武器――薙刀に手をかけた桜は、静謐にして淑然とした面持ちでその刃に魔力を注ぎ込む
「――っ!」
絶世の美貌に静かな殺意を宿した桜を見て、魂が凍てつくような感覚を覚えた籠目が身を引いた瞬間、その肩に突き立てられていた刃が奔り、横薙ぎの斬閃が世界を斬り裂く
魔力によって、力任せに振りぬかれた刃は、籠目の首を刎ねるための軌道を描き、反射的に後退したことでその首筋に横一文字の傷をつけるにとどまる
「……仕留め損ねましたか」
桜の斬撃を無理矢理回避し、最低限の傷で己の命を刈り取る刃を逃れた籠目は、そのまま距離をとって自身の傍らに移動してきた凍女と共に、肩を並べて佇む桜色と漆黒の髪を持つ二人の美女を見梳ける
「やって、くれるじゃないか」
互いを案じる視線を交わした籠目の凍女の視線を受け、武器を携えて佇む見目麗しい二人の女悪魔は、小さく口元に微笑を浮かべる
「私達、意外と相性がいいのかもしれないわね」
「かもしれませんね」
凛々しい笑みを浮かべる瑞希の言葉に、桜は淑やかな笑みを浮かべて応じる
「このまま一気に行くわよ」
「はい」
肩を並べ、背を預けるようにして立ち、その手に携えた武器の切っ先を、深手を負った籠目と凍女に向ける桜と瑞希が、この戦いに決着をつけるべく攻撃を仕掛けようとした瞬間、その背後から極大の妖力砲が放たれる
「なっ……!?」
籠目と凍女の背後から放たれた真紅の妖力砲を見て目を瞠った桜と瑞希がそれを回避すると、極大の破壊砲は二人が立っていた場所を貫いてはるか地平のは彼方までその軌道を描く
そこに込められた純然たる殺意と、それに伴う圧倒的な破壊力はそれを証明するように大地を抉り取っており、その攻撃の痕跡を一瞥した桜はその美貌に険しい色を浮かべる
「この妖力は……」
全霊命の力である神能は、その持ち主の意識によって「その力の及ぶ限り、あらゆる法則を無視して望んだ事象を現象として顕現させる」という権能があるため、攻撃対象を検定することで世界すら滅ぼしてしまいかねないその威力を無力化することができる
桜と瑞希が回避したことで、その権能の法則によって破壊力が失われ、霧散して消滅した妖力を知覚し、その持ち主を理解した桜の声に同調するように、瑞希もまたその氷麗な表情に険しい色を宿す
桜と瑞希、籠目と凍女が視線を向ける中、先ほどの破壊砲が放たれた方向から紫銀の髪を揺らめかせた女性がその姿を見せる
「あらあら、可愛い身内にこんな傷をつけられては、いかに私といえど、黙っていられませんよ?」
その身に真紅の装甲と盾と一体化した大銃を二丁携えたその人物は、微笑をたたえた美貌と優しく穏やかな声音の中に、桜と瑞希が戦慄するほどの殺意を宿していた
「墜天の装雷」
「恋依様!」
戦場に姿を現した紫銀の髪の女妖怪――恋依は、血炎を上げている籠目と凍女に視線を向けると、桜と瑞希を見据えて満面の笑みを浮かべる
「私も混ぜていただいてよろしいですかぁ?」
「っ!!」
その瞬間、恋依の手に携えられた銃が火を噴き、巨大な妖力砲が桜と瑞希を狙って放出される
九世界の伝説にその名を刻む大妖怪である恋依の妖力特性を帯びた真紅の砲撃は、純然たる殺意によって完全なる破壊を体現し、時空さえも射抜くのではないかというほどの威力を以って神速で天を貫く
純然たる殺意によって、全てを滅ぼす破壊の波動となった真紅の力を知覚した桜と瑞希は、その軌道を予知することでその攻撃を回避し、それと同時に自身の魔力を帯びた波動を放つ
「はあっ!」
夜桜の嵐と漆黒の月が真紅の波動をかいくぐり、自身に向かってくるのを見た恋依は、盾と一体化している銃のそれで、二人の攻撃を真正面から受け止める
瞬間、二人の魔力はその盾によって軌道を変えられ、恋依が立っていた場所を起点に真っ二つに引き裂かれて九世界と十世界の妖怪たちが争う戦場へと吸い込まれていく
「――っ、これは……」
(私たちの魔力が、受け流された!?)
魔力の波動を阻んだ盾を下ろし、およそ戦場で浮かべるものとはかけ離れているように思える穏やかな笑みを浮かべる恋依を見て、瑞希はその表情に驚愕を張り付ける
全霊命の攻撃は、攻撃であって攻撃はない。この世において最も神に近い霊格を持つ神能によって放たれる全霊命の攻撃は、破壊や滅殺といった概念そのもの。
それであるがゆえに、通常全霊命が全霊命の攻撃を阻む際には、同格以上の霊格を持つ力による攻撃か防御を用いてその攻撃を概念的に相殺するしかない
つまり、全霊命の戦いにおいて、「攻撃をいなす」、「受け流す」という戦術は事象的に成立しない。にもかかわらず、恋依はそれをやって見せたのだから、瑞希が驚くのも無理はない
「……なるほど、神能に込められた概念そのものを受け流しているのですね」
恋依が見せた力に目を瞠り、驚きを露にした桜だったが、その優れた知覚能力によってその原因を見抜き、即座に平静を取り戻す
「概念を? けれど、確かにそれならあり得るわね」
桜の言葉に半信半疑といった様子で恋依を見た瑞希は、しかししばらく思案してから、合点がいったようにその推測を肯定する
恋依の妖力特性の最大の特徴は、単純な破壊力だけではなく、彼女自身の性格のように
その緩やかで頑なな意志にある。
一切の混じり気がない純然たる意志を持つ全霊命は、その力によって自身そのものでもある神能の力を総べており、その力はこの世で最も高位の意思そのものであるともいえる
だが、恋依は、そのどこか掴みどころのない性格のように、純然たる意志を持ったまま、相手の力に宿る意思に同調し、受け流すことができる
「そんなにすぐ種明かしをするものではありませんよ。つまらないじゃないですか」
桜と瑞希の言葉に微笑を浮かべた恋依は、その両手に携えた真紅の大銃を二人に向け、真紅の弾丸を放つ
銃口から放たれた真紅の妖力の波動は、先ほどまでの極大の波動とは違い、無数に枝分かれし、まるで自我があるかのようにその獲物――桜と瑞希に向かって神速で空を奔る
「――っ!」
それを見て険しい表情を浮かべた桜と瑞希は、まるで顎を開いて遅いくる龍を彷彿とさせる真紅の閃光を魔力の斬撃と結界で阻みながら回避を行う
妖牙の谷で恋依の力を身に染みて知っている桜と瑞希は、その特性によって相殺が限りなく困難な妖力が凝縮された砲撃を回避していく
細分化されていても、一つ一つが強大無比な破壊力を秘めた恋依の妖力砲が襲いくる中、それを神楽を舞うような華麗な動きで回避する桜は、その知覚能力を最大まで広げる
(相手の神能に込められた意思を、受け入れて受け流す――)
意識を深く沈め、その知覚能力によって奔る神速の紅閃を構成する恋依の妖力を捉える桜は、さらに深く鋭く知覚を研ぎ澄まし、その妖力に込められた意志へと干渉していく
(もっと、もっと強く、そして深く――)
神速で襲いくる破壊の紅閃が乱舞する中を、桜色の髪と漆黒の髪を翻らせ、戦場に咲く花のごとき美しさで舞う桜と瑞希を見て微笑を浮かべた恋依は、その銃口を向けて引き金に指をかける
「そちらばかり気にかけていてはいけませんよ」
静かな言葉と共に引き金が引かれ、恋依の両手に携えられた大銃から、極大の砲紅が放たれる
「――っ!」
二丁の大銃から放たれた極大の砲撃が自分たちに向かって放たれたのを知覚し、唇を引き結んだ瑞希はその手にした双剣に魔力を纏わせる
(本当に、厄介な人ね)
なまじ恋依の妖力特性を把握しているが故に、真正面からの迎撃を非効率と判断した自分たちが回避に徹することまで見越して放たれた無数の紅閃によってその場に縫い止められる形になってしまったことに思い至った見梳きは、内心で忌々しげに舌打ちをして全霊の魔力を以ってその極大の砲撃を相殺せんと、刃を構える
仮に迎撃を行っても、「墜天の装雷」と称され、三十六真祖の一人でもある恋依が相手では、この不利な状況がさほど違わなかったであろうことも、瑞希の静かな苛立ちに拍車をかけていた
(――っ!)
両手に携えた双剣に全霊の魔力を宿した瑞希がその刃を振るおうとしたその瞬間、その視界に桜の花弁が舞い、甘く優しい芳香が微香をくすぐる
「な……っ」
(桜さん!?)
己の傍らを流れるように通り過ぎて行ったその姿を見て目を瞠る瑞希の眼前で、花弁と美香を纏って真紅の極砲の前に立ったその人物――桜は、その手に携えた薙刀に魔力を宿す
(神能の力そのものではなく、それを形作る意志に同調し、自身の意思の力を殺さずに真正面から受け流す……!)
恋依の妖力特性を見て、把握した事象、概念そのものである神能の攻撃を捌く技能を反芻しながら、桜は自身の魔力を帯びた薙刀の刃を真紅の極撃に添える
神能の力は、それを形作る純然たる意志の力。意志を受け入れつつ拒絶し、その意志に己の意思を合わせ、さながら論点をずらすようにその意識を逸らす。
そうすることで、放たれた強固で強靭な意志は、成立しない会話のようにその標的をずらし、事象として確立された神能はその向けるべき矛先を見失い、現象の照射点を意図的に変化させることができる
自身の魔力を以って恋依の妖力に干渉した桜は、その真紅の極砲の軌道をずらし、はるか天空へと撃ち上げる
「――っ!」
真紅の妖力砲が天空へと呑み込まれていくのを見て、驚愕の色を露にする瑞希と恋依の視線を受ける桜は、初めてで完全に捌き切ることができず白煙を上げている薙刀と腕へと視線を向けて静かに言葉を紡ぐ
「……なるほど、こうですか」
完全に防ぎきれず、しかし自身のわずかなダメージだけにその被害を留めてみせた桜の姿に、即座に平静を取り戻した恋依は、驚き以上に、感嘆と賞賛を心の底から惜しみなく向ける
「驚きました。まさか、私の妖力特性をそんな風に真似できる人がいるなんて」
自身の妖力特性を技術的に模倣し、墜天の装雷とまで呼ばれる自分の攻撃をいなして見せた桜に微笑みかけた恋依は、その向日葵のような満面の笑みに身も凍るような冷たい感情を宿す
「ただ、それで勝率が上がるわけではないですけどね」
同時に恋依の手に携えられた真紅の二丁大銃が火を噴き、凝縮された妖力が極大の砲撃となって天を射抜くような威力を以って桜と瑞希に向かって迸る
神速で奔った真紅の極光は、知覚能力による予知のごとき予見と、恋依自身の能力による寸分の狂いのない照準によって、桜と瑞希に容赦なく襲い掛かる
恋依の言う通り、いかにその妖力特性を真似て攻撃をいなすことができても、それで攻撃を無力化できるわけではない
あくまでもかみ合わない会話のように、神能が顕現させる事象と現象の標準をずらす恋依の妖力特性は、あくまでもその力をいなす程度のものでしかない。
先の攻撃を恋依が無傷で阻むことができたのは、単純にその霊格の差――三十六真祖に名を列ねるその力の差によるものに過ぎない
「くっ……!」
乱発される真紅の極砲によって徐々に、しかし確実に追い詰められていく桜と瑞希は、その美貌に苦悶の色を浮かべる
全霊命の力である神能は、最も神に近い神格を持つ霊の力。その最大の特徴は質が量を上回ることにあり、その力に対抗するには同等以上の霊格を持つ力を以って矛盾の原理による相殺を引き起こすしかない
桜と瑞希はほぼ同等の力だが、二人の力ではこの世界で最強の力を持つ大妖怪の一人である恋依の力では、完全に無力化されることはなくとも後れを取っていることは否めない
単純に力で劣っている桜と瑞希は、たった一人で天使の軍勢を攻め落としたことから「墜天の装雷」という異名で、世界中に名を轟かせる生ける伝説――恋依によって確実に死に向かって追い詰められていく
桜による恋依の妖力特性の模倣も完全には攻撃を防げない以上、それを行うたびに徐々に負荷が蓄積され、すでにその腕と袖は黒く焼けて傷ついていた
「桜さん!」
「……大丈夫です」
回避しきれない強力な攻撃を身を挺して捌いている桜を案じて声を発した瑞希は、その氷麗な表情に焦燥を浮かべて相対する強敵――恋依を見据える
このままでは遅かれ早かれ、自分たちが恋依の攻撃によって命を落としてしまうであろうことがわかっていても、回避と相殺以外を行うことのできない己の無力さと、確実に迫っている死の足音に瑞希は唇を引き結ぶ
「そろそろ限界なのではないですか?」
微笑を浮かべた恋依の銃から放たれた極大の妖力砲を自身の魔力を纏わせた薙刀で受け流し、その苦痛に耐える桜は、その腕を焼く痛みと死の恐怖の中で、その胸の中で愛しい人を想わずにはいられなかった
(神魔様――)
神魔がいてくれさえすれば、魔力共鳴によってこの不利な戦況をわずかだが改善することができる可能性がある。しかしそれ以上にとって、神魔がいるということは桜にとって何よりも強い心の支えとなる
契りを交わし、命を共有している桜にはこの場にはいなくとも神魔が生きてることがわかる。ならば伴侶として夫が帰ってくるのを待つのが自分の務め――しかしそれが分かっていても、心からそう思っていても、この危機的な状況の中では、神魔の存在感と温もりをいつも以上に恋しく思えてしまう
真紅の極砲の軌道を逸らし、天空の彼方へと弾き飛ばした桜の視界に、小さく肩を竦めた恋依が、今まさに再度大銃の引き金を引く姿が映る
「――っ!」
それを見て桜が目を瞠った瞬間、天空から妖力の嵐が降り注ぎ、今まさに引き金を引こうとしていた恋依を呑み込んで吹き荒れる
「なっ!?」
突然の援護に桜と瑞希が小さく目を瞠る中、その嵐が銃身の一薙ぎで打ち消され、その中から無傷で姿を現した恋依は、その攻撃が飛来した方向へと向き直る
「あらあら」
天を仰ぎ、普段と同じどこか掴みどころのない笑みを浮かべた恋依の視線の先にいたのは、山伏を思わせる霊衣を身に纏い、扇のような剣を携えた一人の妖怪――三十六真祖の一人に名を列ねる大妖怪の一人「ゼーレ」だった
その身体から血炎が立ち昇らせ、その身を真紅に彩ったゼーレは、決して小さくない傷を負っていることが容易に見て取れる身体をものともせず、その手に持つ扇状の剣の切っ先を恋依に向ける
「まだ、決着はついてないだろうが!?」
「昔のよしみで、命だけは取らずにおいてあげたというのに、困った方ですね」
世界を担う役割を持つ同じ真祖でありながら世界を裏切った恋依への義憤と、単純に負けたままではいられないという単純な意地が同居する声音で言い放ったゼーレは、嵐のような妖力を纏って天を飛翔する
「そんなことは頼んでねぇよ!」
「こう見えても、私は気が利く女なんですよ。そのくらいのことは、言われずともいたします」
刹那すら存在しえない神速を以って宙を飛翔するゼーレを見た恋依がわずかに目を細めると、その身に纏った鎧の装甲が分離し、まるで意志があるように天を翔ける
恋依の鎧から分離した真紅の装甲は、ゼーレを取り囲むようにして移動すると、その先端から妖力の波動を放出する
鎧から分離した装甲は、それ自体が独立して動く武器としての能力を備えている。銃としての能力を持つその装甲は、ゼーレを取り囲むと同時に回避を許さないほど精密な集中砲火を浴びせる
「ぐあああっ!」
本体から独立する装甲銃の攻撃を扇剣と妖力嵐の結界によって阻むゼーレだが、降り注ぐ閃光はその身を包み込んでいる結界に炸裂し、真紅の花を乱れ咲かせている
天空に紅い破壊の花束が出現した様子を見た恋依は、その破壊の閃光を結界で耐えているゼーレに向けてゆっくりとその手に携えた大銃の銃口を向ける――ことなく、その砲身で背後から迫ってきていた薙刀と双剣の刃を阻む
「――っ!」
「残念でした」
虚を衝いて背後に肉薄していた桜の薙刀と瑞希の双剣を大銃の砲身で阻んだ恋依は、そのまま武器を弾くと同時に二人に向けて大銃の引き金を引く
至近距離で妖力の波動が放たれた妖力砲は、桜と瑞希各々の傍らを掠め、その白い肌をわずかに焼いて地平の彼方へと吸い込まれるようにして消えていく
「くっ……!」
妖力砲を回避する動きに合わせて、桜と瑞希は薙刀と双剣の刃から魔力の斬撃破を放つが、恋依はその手に持つ真紅の大銃によってそれを迎撃する
銃口から放たれた妖力弾が夜桜と漆黒の双月を容易く打ち砕くと、そこに込められていた純然たる破壊の意志が世界に解き放たれ、行き場をなくした世界で最も霊格の高い意志の力が大地が砕き、空を震わせる
「ふふ、まだですよ」
魔力の攻撃によって距離を取った桜を瑞希を見て目を細めた恋依の言葉に応じるように、ゼーレにその銃身を向けていた装甲が離脱し、その銃口を二人の女悪魔へと向ける
桜と瑞希に照準を定めた装甲が、まるで己の意思を持っているかのように、この世のあらゆる法則を超越する速さで飛翔しながら、神速の妖力砲を多角的に放つ
「――っ!」
分離した装甲から放たれる妖力の破壊紅は、中空に軌跡を描きながら桜と瑞希を狙って容赦なく降り注ぐ
二人の回避や迎撃を先読みしているかのような装甲銃の攻撃は、まさに一糸乱れる軍勢による一斉射撃と同じ。
たった一人の妖怪とその武器によって繰り出される一瞬の隙もない破壊の閃光雨は、その根源的な実力差も相まって、確実に桜と瑞希を追い詰めていく
降り注ぐ妖力を回避し、迎撃する中、炸裂して真紅の花を咲かせた妖力砲から生じる爆風をその身に浴びる桜と瑞希の表情には微塵の余裕もない
限定した対象だけに破壊をもたらす神格を帯びた妖力砲の爆光にその身を焼かれる桜と瑞希の体には小さくないダメージが積み重ねられており、追い詰められる危機感と確実に忍び寄っている死の恐怖が二人の美女の表情を険しいものに変えている
しかし、だからと言って戦場で相手が攻撃の手を緩めてくれることはない。回避も迎撃もままならない閃光の雨の中で、それでもあきらめずに傷ついたその体で舞うように刃を振るう桜と瑞希を見据えた恋依は、その手に携えた真紅の大銃の銃口を二人に向ける
「――っ!」
桜と瑞希がそれを知覚した瞬間、真紅の大銃から放たれた極光が二人に向けて一直線に時空を貫いて迸る
純然たる殺意を宿した妖力の極大砲は、宙を舞う装甲銃の助けもあって二人を確実に捉えており、これまでのような回避やいなしを許さない軌道で襲い掛かる
「く……っ!」
回避不能の速さを以って迫りくる真紅の極砲を見て唇を噛みしめた桜と瑞希が、渾身の力を以ってそれを迎撃しようとした瞬間、二人の前方の地面が砕け、その中から純白の森が噴きあがる
「なっ……!?」
地面を貫いて噴き上がった白い森を見た桜と瑞希、そして恋依までもが驚愕に目を見開く中、突如出現した白い壁は真紅の妖力砲を受け止め、大きくその本体をしならせる
しかし、結局絶大な破壊力を持つ恋依の妖力砲を以ってさえ破壊することができず、真紅の蛍となって飛散した妖力の残滓が空中を漂う
「久しいわね、恋依」
その時、恋依の妖力砲を防いだ純白の山が蕾を開く花のようにほどけ、その中から漆黒の髪をなびかせる絶世の美女が亜麻色の髪の妖怪――彼女自身の娘である「棕櫚」と共に姿を現す
「あらあら、珍しい人が来ましたね」
突如戦場に乱入し、桜と瑞希を守った白い壁の中から姿を現した黒髪の美女――玉章は、身の丈にも及ぶ筆槍を携えてかつての盟友である恋依に微笑みかける
「玉章さん……!」
妖牙の谷にいるはずの玉章が現れたことに驚きを禁じ得ない様子の桜と瑞希は、同時に玉章と共に現れた二人の人物へと視線を向ける
(それに――)
玉章と共に現れた棕櫚、そしてその結界の中には、戦乱の渦となっている妖界城を中心とした戦場を不安に満ちた表情で見回す詩織の姿があった