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魔界闘神伝  作者: 和和和和
ゆりかごの世界編
11/305

神能(ゴットクロア)





 光に満ちた世界。その上空に浮かびながら煌めく風に長い金色の髪を遊ばせる一人の少女がいた。

 その背には純白の翼。それがその少女が「天使」であることを証明している。

「待ってて。今行くから……」

 そう呟いた天使の少女は、純白の四枚の翼をはばたかせて上空へ舞い上がる。

「クロス」

 言った少女は、目の前に開いた水鏡のような空間の門へと、迷うことなく飛び込んだ。





「お待たせ」


 光魔神の姿になって静かに佇んでいる大貴の背後から、神魔が声をかける。


「……なんだ、クロスはともかく姉貴も一緒なのか」

 神魔と一緒にクロスと詩織がいるのを見て、大貴は軽く目を細める。


「何よ、文句あるの?」

「別に」

 唇を尖らせる詩織を軽く流して、説明を求めるように神魔を見る。


「ほら、僕の腕はこの状態だから大貴君の特訓はクロスにしてもらおうと思って……例にもよって僕は結界係だよ」

 軽く上げられた神魔の左腕は、昨日の戦いで失われている。

「ああ……」

 内心で納得していると神魔が魔力で空間を切り取り、詩織と自分を包み込む結界を展開する。


 それは最初に紅蓮と会った時に使われていた、風景だけはそのままにそれ以外がすべて排除された空間。

 まるでこの世界とは異なったもう一つの世界のような空間を見回して、大貴は神魔達に視線を戻す。


「じゃあ、クロスお願いね」


「ああ」

 神魔に命令されるのが不満なのか、ややつっけんどんに答えたクロスが光魔神となった大貴に向き合う。

 そんなクロスの様子など全く意に介した様子もなく、神魔は普段通りの口調で話を続けていく。


「じゃあまずは基本からね。僕達全霊命ファーストが使う力――天使なら『光力』悪魔なら『魔力』っていうこの力を総称して『神能ゴットクロア』といいます」


神能ゴットクロア……」


光魔神たいきくんの場合は『太極オール』って言うんだけど、神能ゴットクロアには通常四つの姿(・・・・)があるんだ」


「四つの姿?」


 神魔の言葉に怪訝な面持ちを浮かべた大貴に、クロスが続けてその理由を述べる。


「一つは『神能ゴットクロア』――つまり俺達が使っている力。存在、魂そのものから発せられる力で、天使では『光力』悪魔では『魔力』と呼ばれる力だ。

 一つは『全霊命ファースト』。その力によって構成される俺達の魂と身体そのもの。

 そして残りの二つが『武器』と『霊衣れいい』だ」


 指を折りながら簡潔に神能(ゴットクロア)の四つの状態について説明したクロスは、白銀の刀身を持つ両刃の大剣を召喚する。


「俺達全霊命ファーストの使う武器。それと俺達が着ている『霊衣れいい』と呼ばれる服や鎧は、神能ゴットクロアが各々の特性に合わせて変化した『攻撃のための自分』と『防御のための自分』の姿だ」


「なるほど、通りで……」

 大貴は自分の身体を見回し、手に黒と白の刀『太極神』を召喚して軽く振る。


 変身に合わせて姿や服が変わり、望むままに武器を顕現させる事が出来るのは、それが自分自身の力神能ゴットクロアそのものが変化したものだから、という事だ。


「その性能は自分の神能ゴットクロアに比例する。自分の力がそのまま攻撃力と防御力に変化された武器と霊衣は、仮に破壊されても生きている限り再生する」


 クロスの言葉に詩織と大貴は、今までどんな傷を負っても服の替えもないはずのに翌日には全く同じ服を着ていた事を思い出す。


 自身の神能ゴットクロアの強さに応じて能力が決まる武器と霊衣は、同時にこの世界において最強の武器、防具でもある。

 その強さは使用者の神能(ゴットクロア)に依存し、破損しても生きている限り修復され続ける最強の武器と鎧だ。


「便利ですね」


「そうでもないよ」

「え?」

 詩織の感嘆の溜息を漏らすのを背後で聞きながら、神魔はクロスと大貴に視線を向ける。


「その通りだ。霊衣はともかく、武器の方は俺達の『戦意』そのものだ。力が互角でも、心が弱いと簡単に折られる上、武器の破損は魂にダメージを与える」


「魂に……?」

 聞きなれない言葉に詩織は首をかしげ、大貴も口にこそ出さないが怪訝そうな表情を浮かべている。


全霊命ファーストの武器は、自身の戦意が、霊衣は自身の防衛本能が具現化したものだ。その性能は自身の意思に強く左右されるという特性を持っている。

 自身の命を本能的に守る『自衛』と『防衛』を司る『霊衣』と違って、攻撃を司る『武器』は使用者の『戦意』や『殺意』に強い影響を受ける。戦意が弱ければ武器の性能はその分落ち、強度が下がる。それが全霊命ファーストの武器の唯一にして最大の欠点だ」


「えっと……?」


「まあ、中途半端な気持ちで戦うと、痛い目を見るって事だよ」

 話の意味を掴みあぐねている大貴と詩織に、神魔が優しく微笑みかける。


「気をつけろよ? 昨日みたいに戦う事や殺すことを躊躇って戦うと、お前のその武器は簡単に折られるぞ」


「……!」

 クロスの言葉に大貴は息を呑む。

 それがクロスの警告であると瞬時に理解した大貴は、無意識に身体に力を入れてわずかに強張らせ、それを見たクロスは小さく笑みを浮かべて武器を下ろす。


「とりあえず取り返しがつかない事になる前に基本だけは教えておく」


 そう言ってクロスはその手に純白の光を出現させる。


全霊命(俺達)の使う神能(この力)は、この世界に存在するものの中で最も優れた力だ。

 そして神能ゴットクロアには二つの大きな特性があるんだが、その最大の特性は『自分の望む結果を現象として顕現させる』事にある」


「どういう意味だ……?」

 首を傾げる大貴にクロスは話を続ける。


神能ゴットクロアを使って戦う俺達全霊命ファーストの戦闘力は、一撃で世界を滅ぼし、移動速度は光の速さを遥かに凌ぐ。さらに物理法則をはじめとするあらゆる事象や現象を完全に無視する事が出来る。

 つまり今ここにいる俺達以外――例えば神能ゴットクロアの練習をしようと思って、その辺にある岩か何かに攻撃を加えようものなら、最低でもこのゆりかごの世界を含めた、無数の世界が消えてなくなるって事だ」


「……っ!」


「嘘……」


 「世界を滅ぼす」、「光の速さを超える」、「物理法則を無視する」――全霊命ファーストという超越の存在の力の凄まじさを改めて実感して大貴は絶句し、詩織は思わず声を引きつらせる。


「だが、俺達がそうしてもそうはならない。それが、この世の法則や理論を全て無視して『自分が望んだ結果を現象や事象として発現させる事が出来る』神能ゴットクロア最大の特性だからだ」


 そう言ったクロスは、大貴に向けた手から、光力を収束させた砲撃を大貴に向けて放つ。


「なっ!?」

 クロスが突然攻撃してきたことに反撃できなかった大貴は、クロスが放った純白の光力を砲撃を真正面から受け、光の中にその姿を消す。


「大貴っ!」

 クロスの放った光力の砲撃に大貴が呑み込まれたのを見て、詩織は思わず声を上げる。

「ぐっ……?」

 不意の攻撃に反応できなかった大貴だが、直撃したはずの光力の砲撃の威力が感じられない事に疑問を覚える。

「……大貴?」

 光力の砲撃が過ぎ去ったあと、茫然と佇んでいる大貴の様子を見て、詩織は何が起こったのか理解できずに声を漏らす。

「何ともない……?」

「え、あれ? ……でも確かに大貴に命中してたのに……」

 困惑している様子の大貴と詩織に、不敵な笑みを浮かべたクロスが説明を始める。


神能ゴットクロアは俺達の意志によってその力を示す。今のは『お前だけに対して破壊力を発揮しない』ように『攻撃対象を限定』したんだ。だからお前は無傷でその場に立っている」


「……!」

 どことなく得意気な様子で語ったクロスの言葉に大貴は静かに息を呑む。


「『相手を殺す』と思って攻撃すれば世界を容易く滅ぼすほどの力で攻撃を加え、『被害を出さない』と限定すれば、その効果を与える対象を限定できる。

 この神能ゴットクロアの力そのものの存在である俺達全霊命ファーストは、この世の法則や理論の影響を一切受けない。

 当然毒や洗脳も効かない。だから俺たちを傷つけ、殺す事が出来るのは同等以上の力を持った全霊命ファースト神能ゴットクロアによる攻撃に限られている」

「一言で言えば神能ゴットクロア以外の全てに対して僕たちは絶対無敵の存在って事だよ」


「…………」

 クロスと神魔の言葉に、改めて全霊命ファーストという存在の非常識さを思い知らされた二人は、声を出す事も出来ずにただ立ち尽くす。


「俺達の一撃は容易く世界を滅ぼし、俺達の動きは速度を超越し、俺達の存在は全ての法則の束縛を受けない。

 そして、自分の望むままにこの世界に自分の望んだ現象を顕在化させる。――これが神能ゴットクロア全てに共通する基本的な概念だ」


 神能ゴットクロアの破壊対象は、物理兵器と違って放射状には広がらない。


 効果を限定した一定空間、個人に対してのみその効果を発動する事が出来る。だから攻撃を外しても世界を破壊する事は無く、必要以上の破壊を行う必要が無い。

 しかし、その制御を行わずに無尽蔵にその力を解放してしまえば、それだけで世界そのものを跡形もなく滅ぼしてしまう。


「昨日覚醒した時は無意識で制御したんだろうが、もしそれをしていなかったら、今頃この世界は周囲の世界をいくつか巻き込んでまるごと消滅してたぞ」


「っ」

 その言葉に詩織と大貴は、心臓を握りつぶされたような感覚に襲われる。


 覚醒したばかりで、全く力の制御を行わずに大貴が力を解放していたら、それだけで家族や友人がいるこの世界をまるごと消し去ってしまっていたのかもしれないのだ。

 運が良かったと胸を撫で下ろしつつも、最悪の想像に恐怖を覚えるのも仕方が無い


神能このちからにはそれだけの力がある。その力を使う意味と責任を忘れるなよ」


「……分かった」

 クロスの言葉に、大貴は自身が手に入れた力の強大さとそれに伴う責任を認識させられる。


「でも、それ変じゃないですか? 私、今までの戦いちゃんと見えてましたよ!? 光より速く動いているなら私なんかの眼に見えるはず無いじゃないですか?」


 大貴の言葉の後に、詩織が異議を唱える。


 もし全霊命ファーストが光の速さを越え、時間の介在できないほどの速度で動いているなら、光の反射で物を見ている人間の眼には、その姿を捉えることもできないはずだ。

 しかし詩織の眼には、これまでの戦いで神魔達が見せた動きはある程度見えていたし、会話も聞き取れていた。


「それは僕の結界の中にいたからだよ」


「?」

 詩織の言葉に神魔が静かに答える。


「僕達全霊命ファーストの結界には、中にいる人に『自分の知覚を与える』効果があるんだよ。

 だから僕が今までの戦いの時そういった情報を詩織さんに与えていただけ。もちろん僕の知覚がそのまま還元されているわけじゃないから、多少の誤差はあるけどね」


「え、そうなんですか……?」

「そういうことだ。光魔神になったお前なら、光を遥かに凌ぐ速度で動く俺達の動きはもちろん、会話も認識できるはずだ。俺達の声も普通の音じゃないからな」


 体つきなどが酷似していても、全霊命ファーストの存在は人間のそれとは大きく異なる。


 光より速く動いても、当然のように色つきで物を見る事ができ、光速を越えた中でも、当たり前のように会話が出来る。

 それらも全て物質ではない存在と、現象を結果として表す神能ゴットクロアの効果なのだ。


「まぁ、基本はこんなところだ」


「わかった……って、言うにはちょっと現実離れしすぎてるけど、大体は理解した」


「それならいい」

 理解の範疇を超えた力を持つ全霊命ファースト神能ゴットクロアの知識に、若干混乱しながらも、それらをかみ砕いて理解した大貴は、困惑しながら頷いて見せる。


「さて、後は実戦でお前が自分の力の使い方を認識するだけだ」

 そう言ったクロスは、立ち尽くしている大貴に向けて戦意を帯びた光力を向ける。


「っ、いきなり実戦かよ……!」

 強大な光の力の暴風にさらされた大貴は、わずかに歯を食いしばると、光の力の暴風を放っているクロスに視線を睨みつける。


全霊命おれたちの戦いはそのまま意志の戦いだ。感覚そのもので戦っているといってもいい。

 だから各々戦い方が違う。お前はこれから俺との実戦で自分に合った戦い方を見つけるんだ」

 突然戦闘を強要され、わずかな動揺を浮かべる大貴にクロスが言う。


 本来全霊命ファーストは、誰に教えられるわけでもなくその手段を知っている。それは人間が立ち、鳥が飛ぶのと同じ――いわば、「本能」でも言うべきもの。

 しかし昨日まで半霊命ネクストであったからなのか、大貴には、本来あるはずの自身の神能(ちから)を理解し、操る感覚が現在ほとんどない。

 その本能を揺り起こすには、実戦を行う以外には無い。それによって、知識としてだけではなく、感覚としても神能(ゴットクロア)を使えるようになる。


「お前の神能()の向き不向きは、俺には分からない。お前が実戦を通して感覚で理解するしかないんだ」


「……分かった」

「可能な限り手は抜いてやるが容赦はしない。いいな」

「ああ」

 クロスの言葉に頷いた大貴は、クロスの光力に対抗して、戦意を宿した「太極オール」の力を解放した。


「行くぞ」

「……ああ」

 大貴の言葉と同時にクロスは地を蹴り、光を遥かに凌ぐ速度で飛翔し、距離と時間を超越する。


「っ!」

 刹那の時間すら存在できない速度で肉薄してきたのクロスの姿を見止め、大貴は咄嗟に手にしていた刀でその攻撃を防ぐ。


 光力を帯びた大剣の一撃と、白と黒の力をまとった刀の刀身が真正面から激突し、世界をも滅ぼす力を持った二人の神能ゴットクロアがせめぎ合い、神魔によって隔離された空間を軋らせる。


「まず、基本は一つだ。攻撃は必ず殺す気で出せ!」


「っ!?」

 クロスの大剣を受け止める大貴は、その言葉に軽く目を瞠る。


「言っただろう!? 神能ゴットクロアは、俺たちの意思で制御される。だから、攻撃をする時には、神能()に意思を加えて効果を発現させる必要がある。

 殺す気のない攻撃と、殺す気のある攻撃……その力の差は歴然だ。心のどこかに少しでも『殺したくない』なんて意思があれば、それが神能()に顕著に効果が顕れて攻撃力が失われる」


 そういった瞬間、クロスの大剣が大貴の刀を押し返してくる。


「……っ!」

(威力が……上がった?)


「こんな風に、なっ!」


 知覚から送られてくる情報に困惑する大貴に、容赦することなく、クロスは大剣を振り切る。


「ぐっ……!」

 その圧倒的な力に、攻撃を受け止めていた刀ごと大貴の身体が吹き飛ばされる。


「圧倒的な力の差があればさほど問題はない。だが、力が拮抗すればするほど、その心の差が力の差となって顕れる。戦うなら『殺す』――これが基本だ。分かったな」


「……っ」

 クロスの言葉に、大貴は了解の言葉を発することができずに唇を噛みしめる。


 この比較的平和な国で、限りなく平凡に生きてきた大貴にとって「殺意」という感情は縁遠いものだ。

 今までの人生でも冗談で言ったり、ニュースやドラマの中で使われるのを見た程度。本物の「殺意」に触れたのは、ごく最近の事だ。そんな感情を強く持つというのは容易なこととは思えなかった。


「ただ、くれぐれも『仕方ないから殺す』なんて思うなよ?」


「?」

 クロスの言葉に、大貴はわずかに目を見開く。


「自分の命が大切だから、殺しに来た奴を仕方なく殺す。……それは、相手の命に対して失礼だ。『生きたいから殺す』。『守りたいから殺す』。

 武器を取って戦う以上、自分が殺す相手の命と心には最大の礼を払って、その命と心を真正面から受け止める事を忘れるな」


「っ、けど……」

「仕方なく殺すくらいなら、おとなしく殺されておけ。相手を殺してでも、貫きたい自分の意志で敵を殺せ」

 突き放すようなクロスの冷たい言葉に、大貴の戦意が薄れる。


 大貴にとっての戦いとは、守る事だった。身を守り、守りたい人を守る戦い。

 だからこそ、守るために戦う・・・・・・・事はできても、守るために殺す・・・・・・・事が出来る自信がないのだ。


「すぐにやれとは言わない。ただ、俺との特訓の中でそれを自然に覚えろ」

「特訓中にお前を殺すって思えって事か!? そんな事できるわけが……」


「できないなら、気をつけろ……死ぬぞ」


「っ!」

 大貴の言葉を一刀両断したクロスが純白の翼を広げたかと思うと、大貴との距離が一瞬にしてゼロになる。


「オオオッ!」

「……っ!」

 時間すら置き去りにするような速さで繰り出されたクロスの斬撃を、大貴は咄嗟に出した刀で受け止める。

「まだだ! 油断するな!」

「……ぐっ」

(っ、押し負ける……!)

 クロスの斬撃は、それを受け止めた大貴の刀を力任せに押し返す。

「オオオオオオオオッ!」

 裂帛の声と共に放たれたクロスの斬撃が、そのまま斬撃の威力で大貴を吹き飛ばす。


(っ、これが殺意・・か……!)


 クロスの光力に宿った敵対するものを殺す純然たる「殺意」が、知覚を介して大貴に伝わってくる。


 明確な殺意を宿したクロスの攻撃に、大貴は気後れしながらもなんとかその攻撃を捌くが、クロスの攻撃は休む事を知らない。

 一撃で終わらず、防がれれば即座に次の一撃が大貴の命を刈り取ろうと放たれる。まさに実戦そのものの攻撃が大貴に襲いかかってくる。


(くっ……なんだ、これ……っ!)

 クロスの攻撃を捌きながら、大貴はその攻撃がはらむ違和感に内心で歯噛みする。


(型も動きも滅茶苦茶……なのに、重い!)


 大貴にも多少の武術の心得くらいはある。

 とは言っても、学校の授業で習った程度だが、持ち前の運動神経と勘の良さで、校内でもかなりできる・・・方だった。


 しかし、目の前のクロスの攻撃は違う。

 ただ力任せに大剣を振り回し、ただ一直線に向かってきているだけ。傍から見れば隙だらけの素人だ。

 だが、その動きを先読みし、攻撃をかわしているにもかかわらず、クロスはどんな不利な体勢からでも常に全く同じ威力の攻撃を放ってくる。

 変幻自在に、自由自在に大剣の軌道を変化させて大貴を狙ってくるのだ。


(なんで、こんなデタラメな戦い方で……っ!)

 クロスの攻撃を捌きながら、大貴はクロスの圧倒的な強さにただ攻撃を捌く事しかできない。





「う~ん……大貴君、随分お行儀のいい戦い方するなぁ」


「え? どういうことですか?」

 クロスと大貴の戦いを見て、苦笑交じりに呟いた神魔の言葉に、神魔の結界の中にいる詩織が首を傾げる。


 神魔の結界の効果によって知覚能力が上がっている詩織は、光を遥かに置き去りにした速さで繰り広げられているクロスと大貴の戦いを視認できている。

 しかし、元々の能力の差なのか、二人の動きは残像を引いたおぼろげなものとしてしか認識できていなかった。


「えっと……なんて言うのかな? 姿勢をしっかり保って、身体の動きを滑らかにしているって言えばいいかな?」

「それ、駄目なんですか? むしろいいことなんじゃ……?」

 そんな詩織に、神魔が優しく説明する。


「それは、半霊命ネクストなら。の話だよ。全霊命ぼくたちは、あんな戦い方しないんだ」

「どういう事ですか……?」 


「最初に説明したと思うけど、僕達全霊命ファーストの力、神能ゴットクロアの特性は、この世界の法則を無視して、自分の意のままに望んだ現象を顕現させる事なんだ」


 困惑して声を発する詩織に、神魔は大貴とクロスの戦いをその双眸に映しながら、再度神能(ゴットクロア)の特性を確認する言葉を紡いでいく。


「そういえば、そんな事言ってましたね」


 簡潔に先ほどの説明をおさらいする神魔の言葉に、詩織はその内容を思い返して頷く。


「そもそも、戦闘で体勢を整えるのは、効果的に身体の力を使うためでしょ? でも、そもそもその『法則』そのものを無視できる神能ゴットクロアにはそんな事関係ないと思わない?」」


「え? ……あっ!」

 神魔の言葉の意味するところを理解した詩織は、思わず声を上げる。


「全てを意のままにできる神能ゴットクロアにとって、理屈や法則なんて関係ないよ。自分が望む限り、常に『十全の力を使って戦っている』っていう事象を顕現させられるんだから」

 そう言った神魔は、クロスと大貴から背後の詩織に視線を向ける。


神能ちからの及ぶ限り、全ての敵を殺し。全ての攻撃を無効化し。何よりも速く。常に百パーセントの力を振るう事ができる。――それが、全霊命ファーストの戦いだよ」


「……っ」


(理由も、理屈も関係ない。ただ純粋な「強さ」に任せた戦い……!)

 神魔の言葉に背を伝った冷たい感覚を押し殺すように、詩織は思わず息を呑む。


(やっぱり全霊命ファーストって規格外っていうか……反則だなぁ)

 もはや呆れるしかない全霊命ファーストの規格外の力に、詩織は上空で戦うクロスと大貴に視線を移した。





 甲高い金属音と共に、白と黒の力を帯びた刀がクロスの大剣を弾く。


「……へぇ」

 大貴の刃に攻撃を弾かれたクロスは、感嘆の笑みを浮かべる。

「っ、なるほど……」

 全身に切り傷を負い、深紅の血炎を上げる大貴は、何かを感じ取ったのかクロスの大剣をはじいた自身の刀を一瞥する。

(これが神能ゴットクロアか……)


「気付いたらしいな」


「ああ。これが、お前が言ってた事か」

「……そうだ」

 頷いた大貴の言葉に、クロスは笑みを浮かべて応じる。


「早速神能ゴットクロアの感覚を掴んだか。……センスはいいな。なら、ここからが本番だ」


「……っ!」

 衰える事のない光力と殺意を宿したクロスの言葉に、大貴は緊張を解く事無く刀を構える。


神能ゴットクロアの扱いは、教えられるものじゃない。感覚で掴むもんだ。そのためには、実戦で覚えるのが一番効率がいい。

 理論も大事だが、神能ゴットクロアは使用者の意志で制御してる分、ちょっと気後れしただけで力の精度とかに顕著に現れるからな」

「分かった」

「気を抜くなよ」

「っ!」

 クロスの身体から噴き上がった殺意を宿す光力に、大貴は息をのむ。

「意志が弱まれば力が弱まる。力が弱まるって事は――死ぬってことだ!」

 言い放ったクロスは、光となって大貴と激突した。





 それからしばらくの後、身体中から血炎を上げる大貴が呼吸を乱しながら横たわっていた

「ゼェ、ゼェ……」

 その様子を見つめていた詩織は、神魔の合図を待って大貴のもとへ歩み寄る。

「お疲れ」


「……ああ」


 ゆりかごの人間など殺してしまえるほどの力を持つ全霊命ファーストの気配も、それが抑えられ、害がない状態になれば問題はない。

 実戦そのものの訓練を終え、クロスと大貴が戦意を解けば、ただのゆりかごの人間である詩織でも、結界なしで問題なく行動できる。


「初日から随分ハードね……」」

 身体の至る場所から上がっている血炎も、全霊命ファーストの超常的な回復力によって今この瞬間に塞がっていく。


「随分余裕だな、姉貴」


「クロスさんが相手だからね。死なないように加減してくれてるでしょう?」

「……まぁそうだろうけど」


 ほとんど殺し合いのような特訓を見ても、さほど案じるような様子も見せない姉に皮肉交じりに言った大貴の言葉を、苦笑交じりに聞き流した詩織は、大の字になって横たわっている大貴を見る。


全霊命ファーストって、息は乱しても汗はかかないんだ……)


 呼吸を乱していても、大貴は汗を一滴もかいていない。

 それは少し離れたところにいるクロスも同じである事から、そういうものなのだろうと判断する。


「それに、大貴にとっては必要な事でしょう? これからの戦いで死なないためには」


「それは……っ!?」


「この感覚……」

 詩織の言葉に応じた大貴は、わずかに目を見開いて飛び起きると神魔の魔力によって閉ざされたこの空間の空に向ける。


「……どうしたの?」

 空を仰ぎ見た大貴と神魔の様子に首をかしげる詩織の言葉に、大貴が空に向けた視線をそらす事無く応じる。


「この感じ……これ、光力だよな?」


「そうだね。それもクロスと同程度の」


 大貴の言葉に答えた神魔に、クロスが声をかける。


「神魔、俺の客だ。入れてやってくれ」


「……分かった」

 クロスの言葉に簡潔に答えた神魔の言葉に応じるように、隔離されていたこの空間の上空に穴が開く。


 それと同時に、空間の空に開いた穴から一人の天使が舞い降り、その姿を見止めた詩織は、思わず目を奪われる。


「……っ!」


(綺麗……)

 空間の結界から現れたのは、美しい天使だった


 雪のように白く透き通るような肌。細くしなやかな体型は、その人物が女性であると見る人に一目で認識させる。

 腰まで届く癖のない金糸の髪を揺らすドレスのような衣装を身に纏った天使の女性は、左右二対四枚の白い翼を羽ばたかせてゆっくりと降下してくる。


(うわぁ……しかもすっごく可愛い)


 ゆっくりと地面に下り立った金色の天使を見た詩織は、目を見開く。


 目の前にいる天使の少女は、まさに美少女と形容するに相応しいとても可愛らしい少女だった。見た目は神魔やクロス、自分たちと同じ二十歳前後。

 ぱっちりとした目に整った顔立ち。綺麗というよりは可愛いと表現した方が適当に思われるその少女は、そこにいる全員を見まわすと軽く一礼する。


「やっぱり、お前が来たか……『マリア』」


「うん、久しぶりだね、クロス」

 マリアと呼ばれた美少女は、クロスの言葉に陽だまりのような満面の笑みを浮かべて微笑むと、神魔、詩織、大貴に順に視線を送って胸に手の平を当てる。


「はじめまして。私はマリアといいます」


「あ、私は――」

「知っていますよ。界道詩織さんですよね?」


「は、はい。でもどうして私の事……」

 マリアが自分のことを知っている事に、詩織は少し驚いた表情を見せる。


「クロスから大体の報告は受けていますから。そっちの悪魔が神魔さん、そしてあなたが……」

 詩織にそれだけ応えてマリアは、光魔神の姿で立っている大貴の近くに移動する。


「あなたが界道大貴さん――『光魔神』ですよね……なるほど。本当に光と闇、両質の神能ゴットクロアを持っているんですね」

 感心したように呟いたマリアは、大貴と視線を交錯させる。


「……っ」

 手を伸ばせば簡単に触れられる位置に立つマリアから漂う甘い香りが大貴の鼻腔をくすぐると、女性に免疫の無い大貴は、気恥ずかしさに頬をわずかに赤くして身体を強張らせる。


「じっとしていてください。傷を癒すだけです」

 そう言って大貴にかざしたマリアの手の平から柔らかな光力の光が注ぎこまれると、血炎を上げている大貴の傷が見る見るうちに癒され、瞬く間に傷跡一つ残さずに完治する。


「なっ!?」

「……もしかして治癒を見るのは初めてですか?」

「あ、あぁ……」

 一瞬にして傷が治癒した事に、少し驚いたような表情を見せる大貴と言葉を交わしたマリアは、その場で体を捻ると、クロスに困ったような視線を送る。


神能ゴットクロアの使い方とか戦い方を訓練してあげるのはいいことだと思うけど、ちゃんと傷くらい癒してあげなきゃ」

「お前は大袈裟なんだよ。あの程度の傷、俺達全霊命ファーストならすぐにでも塞がるだろ?」

「そういう問題じゃないの。まったく」

 クロスのふて腐れたような言い方に、マリアは腰に手を当てて困ったようにクロスに視線を送る。


「あ、あの」

「何ですか?」

「さっきの光で、神魔さんの傷も治せませんか?」

 マリアに声をかけた詩織は、今まで詩織を守る結界を張っていた神魔に視線を向ける。


 神魔の左腕は昨日の戦いで欠損し、未だ袖だけの状態になっている。

 全霊命ファーストはいかなる傷も癒す事ができ、数日で再び生えると言われても、詩織としては案じずにはいられなかった。


「それは無理ですよ。だって彼は悪魔ですから」


「っ、そんな事……」

 不満を滲ませ、非難するような視線を向けた詩織を見て、マリアはふと気付いたような表情を見せる。


「……もしかして光と闇の力の関係性について何も聞いていないんですか?」


「え?」

「クロス……」

 呆れたように視線を送ってくるマリアに、クロスは口うるさい姉に不満を述べる弟のような表情を見せる。


「そんな一度に教えても身につかないだろ!? それに光魔神はどっちも使えるんだからいいじゃねぇか」

 クロスの言葉にマリアは、小さく溜息をつく。


「詩織さん。光の力には闇の力を制する能力があるので、光の力で悪魔に癒しを施しても、逆効果になってしまうんですよ。

 大貴さんを私の光で治癒できるのは、光魔神が光と闇の両質を持っているからに過ぎません」


 その言葉に半分口を開けて聞いている詩織に、クロスが話を引き継ぐ。


「そういうことだ。俺たちの力神能ゴットクロアは、光と闇の力で効力が全く同じってわけじゃない。光には出来て闇にはできない事、その逆の事も当然ある」


「光の力は闇の力を持つ者以外を癒し、闇を制する力を持っていますが、闇の力は同じ闇の存在でも癒す事はできません。闇は光に対して劣勢である代わりに、光よりも強大な力を持っています」


 クロスから話を引き継いだマリアの言葉に、詩織と大貴は耳を傾ける。


「光に比べて闇の力はより強大な力を持ちます。その代わりに、光の力は闇の力に対して常に有利になる特性を持っています。

 具体的には光一に対して闇十で互角くらいですね。だから神能ゴットクロアの総力では、クロスより神魔さんのほうが十倍以上離れていますが、光の力の特性によって、二人の実力はほぼ互角になっているという事です」


「俺が弱いみたいに言うなよ。力の特性の問題だろ」

 マリアの説明に、クロスは不満を隠さない口調で言う。


「つまり、闇の全霊命ファーストの神魔さんには、癒しの光が効かないって事ですよね?」

「ええ。闇の力は強大ですが、基本的に攻撃に特化しているため光のように癒しの力などは使えません。光の力を持つ癒しを闇の存在に施せば、逆に癒しの光で身体を焼かれてしまいます」


「そうなんですか……」

 肩を落とす詩織に、神魔は優しく微笑む。


「そんなに気を使ってくれなくても大丈夫だよ、詩織さん。癒しの力が無い代わりに、僕達闇の全霊命ファーストは、光の全霊命ファーストに比べて生命力が強いから」


「……はい」

「心配してくれてありがとう」

 肩を落として落ち込む詩織に、神魔は優しい笑みを浮かべて微笑む。


「……っ!」

 神魔に微笑みかけられた詩織は、その笑顔に不意に顔を赤らめる。


「…………」

 しかし、そんな神魔と詩織の様子を見るマリアの瑠璃色の瞳には、冷たく剣呑な輝きが宿っていた。





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