第32話 修正の始まり
——上位が来ます。
その言葉が、残っている。
消えない。
空気に、ではない。
——中に。
私は、前を見たまま動かない。
男が横で息を吐く。
「……何だよ、それ」
低い声。
苛立ちが混ざる。
当然だ。
分からないものが増えすぎている。
だが。
それでも。
止まる理由にはならない。
「……来ます」
私は言う。
短く。
それだけ。
男が顔を上げる。
「もう来るのか」
「はい」
即答。
その瞬間。
——音が消えた。
風の音も。
人の声も。
すべて。
消える。
「……っ」
男が息を呑む。
私は、動かない。
来た。
これが。
——修正。
空間が、歪む。
今までのような荒れ方ではない。
静かに。
均一に。
すべてが。
同じ方向に。
揃えられていく。
人も。
建物も。
空気も。
例外なく。
「……止めろ」
男が言う。
私を見る。
だが。
私は、動かない。
止めるものではない。
これは。
——戻すものだ。
世界が。
元の形に。
戻されていく。
その過程。
「……違う」
私は、小さく呟く。
男が振り向く。
「何がだ」
「これは」
言葉を選ぶ。
「“正しい形”ではありません」
その瞬間。
空気が、わずかに揺れた。
反応。
私は、空を見る。
何もない。
だが。
そこに。
——ある。
意思。
「……やめてください」
私は言う。
静かに。
返事はない。
だが。
圧は強まる。
修正が、進む。
人の動きが止まる。
表情が消える。
感情が、均されていく。
「……おい」
男が言う。
声が震えている。
「何だよ、これ……」
私は、前に出る。
一歩。
そして。
——掴む。
空間そのものを。
止める。
その瞬間。
重さが増す。
押し返される。
だが。
離さない。
「……違います」
私は言う。
強く。
はっきりと。
「これは」
「残りません」
その言葉。
空気が、歪む。
反応。
今までで一番、明確な。
「……なら」
声が、落ちる。
初めて。
観測者でも。
女でもない。
もっと、遠い。
もっと、重い。
「残る形にする」
その瞬間。
修正が、変わる。
単なる均しではない。
——固定。
世界が、固まる。
選択が、消える。
未来が。
一つになる。
「……っ」
男が膝をつく。
動けない。
当然だ。
これは。
人間の範囲ではない。
私は、動く。
さらに前へ。
圧の中心へ。
そして。
——見る。
未来を。
わずかに。
その瞬間。
理解する。
このままでは。
すべてが。
固定される。
完全に。
「……なら」
私は言う。
小さく。
だが。
確実に。
そして。
——掴む。
まだ決まっていない部分を。
未来の端を。
強引に。
引き剥がす。
空気が、裂ける。
音が戻る。
人の声が、戻る。
修正が、乱れる。
「……何を」
その声。
今度は、はっきりと。
怒りがある。
初めての。
私は、答える。
「残るために」
短く。
それだけ。
圧が、さらに強まる。
押し潰そうとする。
だが。
止まらない。
私は、押す。
戻す。
固定される前に。
未来を、揺らす。
その瞬間。
——弾けた。
静寂。
そして。
音が戻る。
完全に。
風が吹く。
人が動く。
世界が。
——戻る。
私は、立っている。
そのまま。
何も変わらず。
だが。
確実に。
変わった。
空を見る。
何もない。
だが。
分かる。
今のは。
拒絶ではない。
——確認。
そして。
評価。
「……止めたのか」
男が言う。
かすれた声で。
私は、頷く。
「はい」
それだけ。
だが。
意味は、大きい。
男は、何も言わない。
ただ。
前を見る。
理解している。
もう。
戻れない。
この先は。
普通ではない。
私は、息を吐く。
そして。
小さく言う。
「……来ます」
男が、ゆっくりと頷く。
そして。
その瞬間。
空が、裂けた。
今までとは違う。
完全に。
形を持って。
——降りてくる。
私は、目を細めた。
ついに。
来た。
——上位が。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ついに「修正」との直接衝突が起きました。
そして主人公は、それすらも止めてしまう。
ここからは“世界そのもの”との戦いになります。
そして最後に現れたのは——上位存在。
ここから一気にスケールが跳ね上がります。
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