能勢町の蕎麦屋さん 大晦日
――午前十時半。
冬枯れの山肌を渡る風が、冷たい鈴の音のように鳴っていた。
大阪の街を抜け、北へ。
真紅のバイクが、冬の陽光を切り裂くように走る。
ハンドルを握るのは白鳳女学院の令嬢、
六地蔵 秋香。
背中には、小柄な同級生、
烏丸 小鈴。
「……冬にツーリングだなんて、思い切りましたわね」
「ふふっ。大晦日の自由研究ですわ。“走行風と体温維持の相関”」
「はいはい、また理屈をつけて楽しんでおりますのね」
冗談まじりの会話が、白い吐息となって宙に溶ける。
能勢の空は冬晴れで澄み渡り、山々は薄く雪化粧していた。
やがて古民家の暖簾が風に揺れる――
真紅のバイクが静かに停まると、
ふたりの影が冬陽のなかでぴたりと重なった。
店内へ入ると、薪ストーブのぬくもりが頬を撫でる。
古いピアノの黒光りと、木の香り。
大きな一枚板のテーブル。
窓際には、冬枯れの庭を望む席が五つ。
障子越しの光が床の木目に、淡い金色を落としていた。
「……冬の静寂が整っていますわね。
まるで、音も湯気も“そば”のために調律されているよう」
「まさに“食の音楽室”ですわ」
外では竹林がさらさらと鳴り、
離れた小川の流れが低音の伴奏をつけていた。
予約していた冬の里山料理が並ぶ。
一皿目――白和え、海老芋の田楽、
赤大根と柚子の酢の物。
「……色合いが温かい音色をしていますわ」
「冬の楽譜みたいですわね」
(こんなん宝石やん……!
食べんの勿体な~!
けど食べる~)
二皿目――根菜の天ぷら。
蓮根、牛蒡、里芋、そして万願寺の辛みがほのかに。
噛むごとに土の旨味がひらき、
ストーブの熱で指先まで温まっていく。
(衣サックサクやし
根菜ジュワ~やし
これガチで好きなやつ!!
やば、今日来て正解☆)
そして主役――
秋香は「おろしそば」。
小鈴は「田舎そば」。
秋香の前に置かれた白く細いそばには、
真っ白な辛味おろしと削り節。
冬の透明な空気をそのまま束ねたよう。
「――いただきますわ」
すすった瞬間、
澄んだ冷気が喉を流れ、心まで透き通る。
「……まぁ……雪みたいな涼音ですわ……!」
(なにこれ冷たウマ~~!
そばってこんな清楚系女子みたいな味するん!?
惚れるやつやん!!)
小鈴が味わう田舎そばは、
太く力強い香りが、噛むほどに濃くなる。
「……これはまるで、樹々が蓄えた冬の鼓動ですわ」
「頼もしい“粋”ですわね」
ふたりは少し交換して味わい、
笑みを交わす。
「こちらは繊細で、清らかな味わいですわ」
「小鈴さんのは凛としていて、心を支えてくれる味ですわ」
小鈴は、新しい味に出会うたび、
小さな口でちょん、とすする。
噛むたびにほっぺがふくらみ、
またちょん――ちょん――とそばをつまむ。
まるで、木の実を大切に食べる冬のリスのように。
そして飲み込むと、
「おいし……ですわ」
と、胸いっぱいの幸せを込めて小さく呟く。
(ちょ、かわいすぎやろ……!?
そば食べるだけでこんな破壊力ある!?
小動物系最強すぎて息止まるんやけど!!)
違いがそのまま、ふたりらしさとして響き合う。
そば湯。
白い湯気が、ふたりの間に柔らかく漂う。
「……この温もり、
まるで一年を締めくくる和音ですわね」
「穏やかで、優しい響き……」
(あ~沁みる~~♡
この時間ずっと終わらんといてぇ……)
最後に、柚子の皮があしらわれた
黒豆のシャーベット。
淡い甘みが広がり、
新年の光を先取りするような味になった。
(デザートまでも神。
完璧か、ここ……!?)
外では雪がちらちらと舞い始め、
風鈴の音が静かに重なり合う。
秋香はそっと目を閉じ、
小鈴の横顔に冬陽が落ちるのを見つめた。
――能勢の冬風が、
ふたりの記憶をそっと暖めていく。
「小鈴さん」
「なんですの?」
秋香は、少し照れながら言った。
「……良いお年を」
(来年も、ずっと一緒におりたいなぁ……)
小鈴も、ふんわり微笑んで。
「ええ――良いお年を」




