梅田ガード下の大衆メシ屋さん 鴨鍋うどん
秋の陽射しが、街のガラス壁に反射してきらめいていた。
午後の梅田の街は、風が心地よく、
人の波の向こうで、銀杏の葉がゆるやかに舞っている。
そんな中、白鳳女学院の制服ではない秋香の姿があった。
白のリボンブラウスに、淡いグレーのセンタープレスパンツ。
肩に流れる布のラインは柔らかく、
ブラウスの大きなフリル袖が動くたびに光を受けて揺れる。
黒のベルトがウエストをすっきりと締め、
足元のポインテッドトゥパンプスが床をコツリと鳴らすたび、
その姿はまるで“凛とした午後の風”のようだった。
その隣を歩くのは、小柄な少女――烏丸 小鈴。
小鈴は、柔らかな藤色のミディ丈ワンピースを身にまとっていた。
光の加減で淡くラベンダーにも見えるその布地は、上品な艶を帯び、
ウエストで結ばれた大きなリボンが、彼女の小柄な体をふんわりと包み込んでいる。
そして、彼女のトレードマーク――黒髪のロングヘアは、
今日はゆるく三つ編みにまとめられている。
その編み込みが肩の上で軽く弧を描き、
彼女の微笑みをより一層穏やかに見せていた。
「……今日は、なんだか都会的な秋香さんですわね」
「ふふっ。たまには“凛モード”ですの。
でも……こうして小鈴さんと歩いておりますと、
つい表情がやわらかくなってしまいますわ」
「……も、もう。そういうことをさらっと言うの、ずるいですのよ」
二人は笑い合いながら、ショーウィンドウを眺めて歩く。
秋色のスカートやバッグが並ぶガラス越しの光景に、
小鈴は思わず頬をほころばせた。
午後一時を過ぎた頃。
ふと、通りに漂う香りに、秋香が足を止めた。
「……まぁ、なんて上品な出汁の香り……。
小鈴さん、こちらへ参りましょう」
入ったのは、木のぬくもりが漂う和食処。
店内に満ちるのは、澄んだ出汁と鴨の香り。
その瞬間、小鈴の瞳がきらりと輝いた。
――まるでスイッチが入ったように。
「……あれっ、秋香さん。うどん……ありますわ! 鴨鍋うどんですって!」
声のトーンがわずかに上がる。
普段は穏やかで控えめな小鈴が、
食べ物のことになると急に表情を弾ませる――秋香にはもうお馴染みの光景だった。
(……ふふっ、やっぱ小鈴さん、“麺”て聞いた瞬間、目ぇキラッキラやん。かわいすぎて反則ですわ……)
「では、その鴨鍋うどん定食を二つ、お願いいたしますわ」
運ばれてきたのは、一人前ずつの小鍋。
出汁の香りが立ちのぼり、黄金色の湯気がほのかに漂う。
鴨肉、青ネギ、豆腐、そしてつやつやのうどん。
「……っ、これは……」
小鈴の声が思わず漏れる。
その瞳は完全に“麺モード”に入っていた。
「麺が……美しいですわ……! まるで白磁の糸……!」
両手を合わせて、「いただきます」と微笑むと、
小鈴はうどんを箸で丁寧に持ち上げ、
そのまま一口、つるりとすする。
「……っ、はぅ……。な、なんて……優しいお味……。
出汁が、麺に染み渡って……もう、しあわせですわ……!」
その表情に、秋香はそっと口元を緩めた。
「……小鈴さんは、本当にうどんを召し上がるときがいちばん可愛らしいですわね」
(うどん食べてる時マジで天使すぎん? 可愛すぎて出汁こぼしそうですわ……!)
「そ、そんなこと……ないですの! でも……ちょっと否定できませんわ……」
秋香も箸を取り、一口。
昆布とカツオの旨味がふんわりと広がり、鴨肉のコクが重なる。
「……っ、なんて穏やかな調和……。
鴨と出汁と麺、三位一体の美味しさですわね」
(ほんま、小鈴さんの“麺愛”に負けへんぐらい、これは美味しい……)
ふたりは無言のまま、時折目を合わせながら箸を進めた。
やがて小鈴が小さな声で呟く。
「……この出汁、飲み干したくなりますわ」
「飲み干してよろしいですわよ。
心を満たす味は、残さずいただくべきですわ」
小鈴は笑って、そっと器を持ち上げた。
湯気が彼女の頬を包み、その姿がどこか幼く見える。
食べ終わる頃には、外の陽射しが少し傾いていた。
ふたりは店を出て、並んで歩く。
ビルの谷間を抜ける風が、うどんの香りをかすかに運んでいく。
小鈴はふと立ち止まり、顔を上げた。
頬を染めながら、少し照れたように微笑む。
――その表情は、普段のむっつりとした彼女からは想像もできないほど柔らかく、
まるで夕陽に照らされた“うどんの女神”のようだった。
「……秋香さん、うどんってすごいですわね。
一口で、幸せが広がるんですの」
その笑顔を見た瞬間、秋香は息をのんだ。
小鈴の笑顔は、光の粒みたいに儚くて、
けれど、確かにこの世界の温度を上げていた。
「ええ。けれど――わたくしにとっての幸せは、
そのうどんを幸せそうに召し上がる“小鈴さん”ですのよ」
(……笑顔、尊すぎて無理。女神か。いやもう結婚したい……)
「っ……あ、秋香さん、それ……ずるいですわ……っ!」
風が吹き抜け、金色の葉がひとひら、ふたりの間を舞う。
夕暮れの街を照らす光が、ふたりの笑顔をやわらかく包み、
世界が一瞬、あたたかな出汁の香りに包まれたように感じられた。




