大正のホルモン屋さん
日曜の午後三時。
青空に照らされた商店街のアーケードを、
秋香は白いママチャリでのんびりと走っていた。
アクアブルーとクリームイエローの幾何学模様が浮かぶワンピース。
胸元には大きなリボンが結ばれ、風を受けるたびに軽やかに揺れる。
ウエストのシャーリングが彼女の細身のシルエットを柔らかく包み、
プリーツスカートは自転車のペダルの動きに合わせて波のように揺らめいていた。
「……まあ、この街並み、どこか懐かしゅうございますわね。
倉庫や工場、川沿いの風……まるで時間がゆっくり流れているみたいですの」
人通りの少ない商店街。
シャッターが半分降りた店先を横目に、秋香はきょろきょろと周囲を見渡した。
――そのとき、左手の屋根の下で小さな煙が上がっているのを見つける。
「……あら? なにかしら、あの香り……」
引き返してみると、そこには小さな屋台。
鉄板の上で、おばちゃんがホルモンを焼いていた。
煙と香ばしいタレの香りが、風に乗って鼻をくすぐる。
「こ、これは……! 食欲を煽る攻撃ですわっ……!」
看板メニューはホルモンとキモの二種類。
一本90円という庶民的な価格に、秋香の目がきらりと輝く。
「……お安い……っ。でも、きっとお味は“黄金比”に違いありませんわね」
注文を済ませ、焼き上がりを待つ間、
常連客らしい主婦たちが次々とやってきては「いつものちょうだい」
と手慣れた声を上げる。
その光景を、秋香は微笑ましそうに見つめていた。
「こうして暮らしの匂いがある場所……素敵ですわね」
(あ~、こういう日常のぬくもり、ほんま落ち着く……。
高級レストランもええけど、やっぱこういうとこが“生きてる味”なんよな)
ほどなくして、おばちゃんが包みを渡してくれる。
「熱いで~、気ぃつけや!」
「ありがとうございます。……ふふっ、この香り、もう勝負ありですわ」
問題は――どこで食べるか、だった。
ベンチもテーブルも見当たらない。
少し走れば公園があると思ったが、どうも見つからない。
諦めて、近くの団地のベンチに腰を下ろした。
焼き立ての包みを開けると、甘辛いタレの香りがふわりと立ちのぼる。
タレの照りが夕陽を反射し、まるで琥珀の宝石のようだ。
「……では、いただきますわね」
一口。
弾ける脂、濃いめのニンニク風味、そしてタレの甘み。
すべてが完璧なバランスで口の中に広がった。
「……まあ……。これは……っ! 白いご飯が、恋しくなってしまいますわね……!」
(うっま!! なにこれ反則やろ!?
カリッとしたとこからじゅわって旨味出てくるやん!
このタレ、ごはん泥棒どころかごはん略奪やで!?)
思わず声を漏らし、周囲を見て少し頬を染める。
けれど、そんな自分に小さく笑って、また串を口に運ぶ。
「――この街には、“暮らしのうま味”が詰まっていますのね。
派手じゃないけれど……心が満たされますわ」
(あ~……しあわせ。
こういう瞬間のために生きてるんやろな、うち……)
夕暮れの風がワンピースの裾を揺らし、
その香ばしい煙がまだ微かに漂っていた。




