オタロードのケバブ屋さん
――午後一時。
オタロードアートフェスの会場に、やわらかな陽光が降り注ぐ。
スプレー缶を片付けた秋香は、手についた赤と青のペンキを指先でそっと拭った。
アイボリーのブラウスの袖口が、かすかに風に揺れる。
胸元のターコイズブルーのリボンタイが、まるで海の色を映すようにきらめいていた。
「……まぁ、なんて刺激的な香り。
空腹の芸術心を呼び覚ますにおいですわね」
風に乗って漂ってきたのは、スパイスと炙り肉の香ばしいにおい。
視線の先には、赤と緑の旗がはためくトルコ屋台。
秋香はエプロンを軽く整え、ペイントの染みがついたスカートの裾をつまむ。
ブーツの音を小気味よく鳴らしながら、屋台へ歩み寄った。
「えっと……ミックスをお願いできますかしら?」
カウンターの奥では、屈強なトルコ人の店主が笑顔で返す。
黒い髭の間から、白い歯が覗いた。
「OK! ソースは辛い? 辛くない? 中辛?」
「おすすめでお願いいたしますわ」
「おすすめ? じゃあ――一番辛いのがいいよ!」
「ま、まぁ……わ、わたくし、辛いものにも耐性は……多少……」
鉄板の上で肉がジュウゥッと音を立てる。
香ばしい煙が立ち上り、秋香のライトブラウンの髪をなでた。
ハーフアップにまとめた髪が、陽の光を受けて金色に透ける。
ヨーグルトソースが白い絹糸のように垂れ、
その上を真紅のチリソースが炎のように走る。
「……なんて美しい色彩。
赤と白のコントラストが、まるでトルコの国旗のようですわね」
渡されたケバブサンドは両手いっぱいのボリュームだ。
ピタパンの間から、野菜と肉が溢れんばかりに詰まっている。
ふわりと漂う香りに、彼女の瞳がわずかに潤んだ。
秋香は角度を測るようにして、慎重に一口――
――ジュワッ。
肉の旨味とスパイスの刺激が一気に広がる。
その後を追うように、ヨーグルトのまろやかさが包み込む。
「……っ! こ、これは……!」
清楚な笑みを崩さず、瞳がぱっと輝いた。
「見た目は情熱的でありながら、味わいは上品。
辛さの中に、まるで絹のような優しさがございますわ」
(うわっ、舌の上でチリとヨーグルトがガチバトルしてるやん!
でもな、これが絶妙にバランスとれてて……ヤバ、天才かこの店!)
「……異国の香りと、大阪の風。
スパイスとアート、どちらもわたくしを奮い立たせますわね」
(アカン……ケバブで魂までスパイス漬けにされたわ。)
もう一本描ける、うち今めっちゃノッてる!
屋台の赤いテントが、風にふわりと揺れる。
彼女のスカートの裾もそれに呼応するようにひるがえった。
その背後では、壁に描かれた秋香の作品――
「希望の鳥」が、昼の光を浴びて輝いていた。
その羽ばたきが、まるで今、トルコの空へ飛び立っていくようだった。




