第一話 俺はいらない?
焚き火の炎が、夜風にゆらめいた。
その揺らめきの向こうで、勇者アレンが冷たい眼差しをこちらに向けている。
「リオン、お前さ……いつまで“バフかからないマン”やってんの?」
その言葉に、空気が止まった。
聖女セレナが目をそらし、魔導士ルーファスが鼻で笑う。剣士ミリアが、ため息をひとつ。
この空気、もう何度目だろう。
「俺だって、わざとじゃない。バフが乗らないのは……たぶん、体質というか――」
「体質?」
アレンが焚き火の光の中で立ち上がった。
金の髪が揺れ、その顔に浮かんだのは“軽蔑”そのものだった。
「お前、勇者パーティだぞ? 神の加護を受けられないやつなんて、ただの欠陥品だろ」
その言葉に、胸の奥がギュッと締めつけられた。
俺は何も言い返せない。ただ拳を握りしめる。
「昨日の戦い、覚えてるか?」
ルーファスが口を開く。
「デーモンロードの手下が放った呪詛、俺らには弾かれたけど……お前だけノーダメージだったよな?」
「それが何か?」
「異常だよ。お前だけ“敵のデバフも効かない”とか、逆に気持ち悪いんだよ。」
セレナがかぶせるように言葉を吐いた。
「神の祝福を拒む存在は、魔の呪いすら拒む。そんな存在、世界にとっての異物よ。」
ミリアが剣を壁に立てかけ、呆れたように言う。
「アレン、もういいんじゃない? 正直リオンがいても戦力にならないし。」
「……っ!」
喉の奥が熱くなった。
確かに俺は、攻撃魔法も回復も使えない。
味方の強化魔法も、支援スキルも、何もかからない。
ただ、戦場で誰よりも冷静に敵の動きを見て、指示を出してきたつもりだった。
だけど、それすらも無駄だと笑われるのか。
「お前がいない方が、みんなもっと強くなれる。
デバフが効かないお前がいるせいで、戦闘のバランスが狂うんだよ。」
アレンの言葉が、刃のように突き刺さる。
それでも俺は、少しだけ笑った。
「……そうか。バフもデバフも効かないって、そういう意味か。」
「何が言いたいんだ?」
「いや。ずっとおかしいと思ってた。俺だけ、世界の“流れ”を感じない。
風の向きも、魔力の濃さも、誰かの加護も……全部、俺を通り抜けていく。」
アレンは眉をひそめた。
「つまり、お前は“世界に拒絶されてる”ってことだな。」
「……そうかもしれない。」
俺は静かに立ち上がる。
焚き火の光が背中を照らす。
「じゃあ、行くよ。」
「おい、待てリオン。どこへ――」
「“異物”なんだろ? なら、いない方が世界もお前らも幸せだ。」
そう言って、俺はマントを翻した。
誰も止めなかった。
セレナが小さく舌打ちしたのが、聞こえた気がした。
森を抜け、月明かりの下を歩く。
不思議と、胸の奥が軽い。
「……あれ?」
手のひらに、白い光が滲んだ。
それは静かに脈動して、空気が震える。
周囲の草が波打ち、風が止まり――世界の色が、ひとつ変わった。
その瞬間、理解した。
俺にデバフが効かないんじゃない。
俺が、世界のデバフを無効化していたんだ。
つまり――
「今、初めて世界が“本気”を出したってわけか。」
夜空を見上げて笑う。
その声は、確かに自由の音だった。
「バフもデバフも効かない俺は、誰の支配も受けない。
だったら――この歪んだ世界、俺が書き換えてやるよ。」




