第8話:クラス分け能力試験 戦闘試験その②
ーサムエル・アルベインー
「いたっ」
「誰が獅子ギャルよ」
獅子ギャルから拳骨をくらった。
なかなかのダメージだ。
「そうだよサムエル。せっかくダチになったんだからちゃんと名前で呼ぼうぜ」
「ああ、うん。ええと…」
「ンズリ!」
「え、はい。ンズリさん」
「なんで『さん』付けなのよ」
「ンズリ?」
「うん」
ンズリは腕を組んで頷いた。
「それでンズリはどこから来たの?」
「うちはマイラ大陸」
「じゃ、サンドくんと一緒?」
「サンドくんと一緒って、あのハッシュなんとかサンドランド?」
「ハッシャシン・サンドランドだよ、ンズリ」
「よく覚えてるねウィリ!」
「ははは、いやいや、彼はね、ちょっと怪しいから。三戦とも絶対に本気じゃなかったでしょう?」
気づいているんだね。
本人の戦闘力は皆無だけど、見る目はあんだな。
「確かに変な動きしてた、つか、それは戦ったあんたが一番よくわかってるんじゃないの?」
「ははは、どうだろう」
「まぁ、どうでもいいや、あんなやつ。んで、うちはマイラ大陸出身だけど多分あいつとは違うところよ。服装からしてあいつは二大王国のどっちかから来てんじゃない?うちは二大王国と関係ないサバンナの方出身だし」
マイラ大陸のサバンナか。
人口が激減したと言われる獅子科の獣人が集まって生活しているとお父さんが持ってた報告書で読んだことがある。
獅子科の獣人は子孫ができにくい。
それは何十年も生まれないのが普通という身体的な特徴を持つエルフ族とは違い、パートナー探しに苦労する。
気高い彼らは自身が認めた相手としか子孫を残さないのだ。
でも気高いからこそなかなか相手を認めず、人口が激減する要因にもなったのだ。
つまり、ンズリがさっき自分で言ってた男に求める普通はおそらく普通の人にとってはかなりのハイスペック物件に当たるが、彼女(獅子科の獣人)にとっては本当にそれが最低ラインなのだろう。
だからこそ、その心を揺らせるウィリアムもすげぇけどな。
「ウィリアムはどこ出身なの?そのポンチョからして旧アレグリア帝国領か?」
「おお、よく知ってるなサムエル。まさにその通り、れっきとした『アレグリアノ』だ」
旧アレグリア帝国領、名の通り今は滅びた、いや、滅ぼされたアレグリア帝国の領土のことだ。
コロンベラ帝国に滅ぼされてから、その植民地となった。
そこにはウルクナ山脈ってのがあり、世界で最も魔力濃度が高いと言われる場所だ。
そのウルクナ山脈付近で育った人はかなり強い魔力耐性を身につけると資料で読んだ。
ウィリアムもそうなのだろうか?
「アレグリアノなんだ!じゃ、ヒルダ大陸出身じゃない者同士、おそろいだね!イェーイ!」
「イェーイ」
二人のハイタッチ。
「…」
「サムエルは?」
「ははは、ええと…」
「どこよ?早く言いなさいよ!」
「ほ、ホワイトシティ…、ははは」
「ホワイトシティって地元じゃん!?ホームじゃん!つか庭じゃん!」
「そ、そうだね」
「だったら別大陸同盟に入れらんないな。ね〜、ウィリ」
「うん、ダメだな。貴様には素質がなかったってことよ、ふははは」
あれ?ここで仲間外れになるのか。
む、難しいな。
俺も別大陸出身だったらよかったのかな。
楽しくなってきてたところだったけどしょうがないね。
「ははは、うん。…じゃ、俺はもう行くよ」
「おい!冗談だって!」
「キャハハハ、それで帰ろうとするとかマジウケるんですけどサムッチ」
「ははは、冗談か。ってサムッチ!?」
「うん、ウィリにサムッチ。ダチはあだ名で呼ぶのが普通っしょ」
「だ、だち?」
「おう。俺らはもうダチだろう?」
そ、そうなんだ。
友達ってこんな簡単に作れるもんなんだ。
って多分違う。
多分この二人が変なだけだ。
ンズリはなんというかギャルに予想されるコミュ力だけど。
ウィリアムはなんか普通。
というかいろんな人に嫌な目で見られてるし。
ウィリアムを好きになる人とそうじゃない人の差が激しいな。
それとも知り合いでウィリアムが彼らになにかしたのか?
「ウィリアム、そいつらとは知り合いか?」
「ぜんぜん。今日初めて見たよ」
「そっか。さっきからすげぇイヤな目で見られてるからさ」
「ははは、それはいつものことだから大丈夫。獣人、魔獣とは比較的仲良くできるんだけど、それ以外にはなんか嫌われちゃうんだよね」
「そ、そうなんだ」
「そうなの!?つかウィリなんもしてないのに嫌ってくるとかマジうざいんですけど」
「その口調からだともうそれに完全に慣れちゃってる感じだよね、ウィリアム」
「そうだね。こうなってだいぶ経つから」
「あのさ、俺も最初はウィリアムがなんかの魔術とか能力を使ってると思ってたよ」
「あ、うん、俺になんかの魔術をかけて確かめようとしてたもんね」
気づいてたんだ…
「おい、サムッチ!さすがにそれはねぇだろう!いきなり魔術かけるとかさすがにいけねぇことだってわかんだろう!?」
「ご、ごめんって。で、でも俺が言いたいのはウィリアムが自分でそうなりたくてなってわけじゃないってこと」
「んなもんわかってるし、何が言いたいのよサムッチ?」
「呪いなんじゃないかと思って?」
「呪い?」
「うん、特定の人には効くが、そうじゃない人には効かない感じの。あくまでも推測だけど可能性はあると思うよ」
「おお!そうなのか!」
「じゃ、その呪いを解けばウィリは嫌われないってこと?」
「もしくは俺らのような人に好かれなくなる可能性もあるが…」
「だからうちとウィリが仲良くなったのは能力も呪いも関係ないの!オマエ、話ちゃんと聞いてた!?」
「だ、だからあくまでも可能性だよ」
「そっか。考えてくれてありがとう、サムエル。だけど俺は俺だ。これが呪いであるかわかんねぇけど、全員と仲良くなれねぇわけじゃないんだ。仲良くなれる人と仲良くなるよ」
「う、うん。わかった」
「むしろ俺のことを嫌いにならない人がいたら教えてくれ。そういう人は珍しいから、ぜひ友達になりたい」
「うん。わかった。ってそういえばオラベラはウィリアムのこと気に入ってたぞ」
「オラベラ?」
「ええと、学生証がエラー起こした女の子。髪が」
「桃色で、瞳が紫のすげぇボンキュッボンの子!」
「そう。それ!」
「あの子俺のこと嫌いじゃないの?ラッキー」
獅子ギャ、じゃなかった。
ンズリが嫌そうな顔でウィリアムを見ている。
ウィリアムの魔獣も同じ反応だ。
「今度紹介してよ」
「うん、いいよ」
そう言うと、ンズリとウィリアムの魔獣に睨まれた。
「そ、そんなやつと仲良くなんなくていいじゃん。もううちらと仲いいからそれでいいじゃん〜」
ンズリはいきなりウィリアムの腕を掴み、心配そうにウィリアムを見ながら言った。
まるで自分の大事な人が誰かに取られることを怯えている顔だ。
ウィリアムもそれに気づき、ンズリの頭を撫でるために腕を伸ばす。
「大丈夫だって。俺はンズリのことが」
「ビーストマスターウィリアム・ロンカル、発明家トーマス・テスラ、前へ」
ウィリアムの手がンズリの頭を撫でる直前で、言うことを言い終わる前にアル先輩の呼びかけでウィリアムは戦闘エリア中央に向かう。
ンズリはなに、なに!?最後まで言ってよ!と、先ほどの心配が合わさった複雑な顔をした。
「う〜ん。まぁ、あんま心配しなくてもいいと思うよ」
「何が!?」
「だから、オラベラとウィリアムのこと」
「べ、別に心配してねぇし」
「あ、そう」
とても心配してそうだ。
「確かにオラベラは絶世の美女だし、男はだいたい彼女に惚れるけど大丈夫大丈夫」
「う、うちだって美しいって言われたし」
「うん、ンズリもかなりの美人だと思うよ」
「サムッチに褒められても嬉しくない」
「別に褒めてないけどね。ただの事実。でもオラベラ見たよね?素直にあれに美貌で勝てると言える?」
「ぬっ」
ははは、いじめすぎかな。
「だから心配する必要ないってオラベラは男に振り向いたりしないから」
「そうなの?」
「うん。この国の姫だから今まで何度も婚約の誘いを受けてるけど全部断ってるよ」
「なんで?」
「そういう意味で男に興味ないんだって。結婚は王族の勤めとしてしなきゃとは思ってるけど、できればしたくないらしい。唯一、一人の人を除いてね」
「誰?」
「テッド兄さん。って言ってもわかんないか。ええと、テドニウス・ハニガンというセントラムの貴族」
「セバス先生が言ってたオールSのやつ?」
「うん。つまりあんくらいじゃないと見向きもされないってこと。ウィリアムはいいやつだけどオールSなんて到底無理だってわかるだろう?」
「そ、そうだね…。今すぐには無理だね」
ん?今すぐには?
将来的にはそうなると思ってるのンズリ?
「オラベラはそのテッドっていう人が好きなの?」
「さぁ〜」
「さぁ〜って。わかんないの?」
「オラベラもわかってないと思うよ」
「だったらなんでその人と結婚したいのよ」
「オラベラはセントラム王国の王位継承順位第一位なの」
「えっ?うん。それがこれとどういう関係があんの?」
「つまりオラベラと結婚した人は将来のセントラム王国の王様になる。そしてオラベラはこの国の王様に最も相応しい人物をテドニウス・ハニガンだと思ってるってことだよ」
「なにそれ?好きでもないけど、その人が王様に相応しいと思ってるから結婚するってこと?ありえなくない?」
「王族、貴族なんてもっと打算的で下心いっぱいの理由で結婚するよ。ほとんど選ばせてももらえないし。まだ、オラベラの意思を尊重している国王がましだよ」
「…。あんたも王族なの?」
「ただの貴族だ」
「そうは見えないわ」
「ん?今けなされたのかな?」
「逆よ。ぜんぜん貴族だと思えないくらい普通ってことよ。じゃなきゃこんなに話したりしない」
ンズリはどうやら貴族や王族はあんまりよくは思ってないらしい。
でも、なぜそうなのか、というとこには特に興味は出ないのでどうでもいいや。
でも、まぁ、友達になったみたいだからフォロだけはするよ。
「だからオラベラとウィリアムが仲良くなることがあっても、恋愛関係とかになることはないと思うよ」
「そ、そっか」
ンズリはほっとしたように表情が和らいだ。
「あとはウィリアムが強くなればいいだけだね」
「うん…」
「…」
「ってちげぇし!なに言わせんだし!興味ねぇって言ってんだろうサムッチ!」
「わかったわかった。ウィリアムの試合始まるよ」
「ビーストマスター、発明家などの自身以外を用いて戦闘する者の戦闘力は別に測ることとなっている。成績はあくまでも自分自身の戦闘力が反映されるが、相棒や発明品を用いた戦闘力評価が高ければ冒険者ギルドの危険度が高いクエストを受けられるなどのメリットがある。一人二試合までとする。このグループの中で対戦したいものはいるか、いなければこちらで選出する」
ウィリアムとテスラくんの二人に話しかけているはずだが、アル先輩はウィリアムしか見ていないように感じる。
つか、さっきから思ってたけど、戦闘試験中にも機会があれば目でウィリアムを追ってたよな。
まさか、アル先輩もウィルアムを気に入っちゃう側?
だったら御愁傷様だよンズリ。
オラベラなんて目じゃないよ。
まさにラスボスが相手になっちゃうかもしんないよ。
「エリック・ダルビッシュとルーシーでお願いします」
「わかった、私が話をつけてこよう。トーマス・テスラは?」
「あの犬で」
テスラくんは指でザラサを指した。
いかれたか?
つかウィリアムもウィリアムだ。
もう少しレベル低いの選べよ。
赤髪少年とアマゾネスはおそらくこのグループのNo2とNo3だぜ。
(本気の俺と実力未知数のサンドくんを除く)
それとも、それだけその魔獣に自信あんのか?
なんて魔獣かわかんないけど、大きさはせいぜい大きなリス〜小さな猫って感じ。
四足で歩き、尻尾がふわふわで体と同じくらい大きい、キュートな二本の角、黒白の毛並み、すごくかわいい。
強さは全く感じられん。
見かけによらずというけど、あれが強いとはとても考えられんな。
「ウィリ大丈夫かな?けっこう強い人を選んじゃったよね?」
「普通に考えれば瞬殺されるだろうね。オマエもあの二人には勝てないだろう?」
「うん…」
心配そうなンズリ。
「だから、なんで僕が一勝もしてないような人と戦わなきゃいけないんですか?実力を測るために誰かと戦わなきゃいけないなら彼のレベルにふさわしい相手とやらせてください」
「そうですか。かしこまりました。そのようにお伝えします」
赤髪少年とアル先輩が話しているところにウィリアムが近づいた。
「なんだ、びびってんのかチビ?」
「なんですと?」
赤髪少年は立ち上がり、ウィリアムと面と向かって睨みつけた。
身長差は軽く15センチ以上あるな。
そこだけはウィリアムの圧勝だ。
「背が低いとよく聞こえなかったりするのか。ごめんよ。知らなかったんだ。もう一度言うね。びびってんのかチビって言ったんだよ」
「挑発をするなら、それなりに言葉に重みを待たなければなりません。蟻にバカにされて怒りますか?あなたがやっているのはそれと同じですよ」
赤髪少年はウィリアムに背を向け、その場を離れようとした。
「一理はあるな。じゃ、重みを持たせようぜ。この勝負、俺が負けたら退学してやるよ」
「ウィリ!?」
マジかよ!?なに言ってんだあいつ?初日に退学するつもりか?
「ははは、おもしろいことを言いますね。あなたのようなこの場所にふさわしくない方が減るのは確かに悪くない話ですね」
赤髪少年はまたもウィリアムと睨み合った。
「負けた後に泣き言は勘弁してくさいよ」
「んなことはしねぇよ。負けたらそのまま正門から出ていくさ」
「いいでしょう。その勝負」
「だが、てめぇが負けたらさっきやったことをきちんと、頭を下げて、サムエルに謝れ」
「あなた本気で言ってるのか」
「どうした?どうせ勝つんだろう?別に負けたときのことなんて考えなくていいじゃねぇか」
赤髪少年は一瞬悩んだが、
「受けましょう」
「では、お二方、準備を」
ンズリがどうしようどうしようとパニくってる。
ウィリアムは一度俺らの方へと戻る。
「なにしてんだよウィリ!?やばいって!まずいって!」
「ははは、やっぱり?やばいよね〜」
「いや、本当だよウィリアム。まさかオマエ、俺のためにやったんじゃねぇよな?」
「ん?まぁ、サムエルのためではあるけど、みんなのためかな?」
「みんなって?」
「俺らだよ。俺とンズリとサムエル。俺は俺の大事な人を守る。だからあんな舐めた真似したやつはこのままにしとけねぇ」
すげぇカッコいいこと言ってるのはわかってるけど、さすがに無理だよ。
相手はおそらく上級魔術師以上だぞ。
魔獣の助けがあったとしても勝てるわけない。
「ウィリ大丈夫?ウィリが退学とかいやだよ」
「うん、俺もそれは困るな」
「だったら、今から別の相手にしようよ。うちでもいいから。普通に負けてあげるし。だから、あのチビとの勝負取り消してきてよ」
それを言ったンズリをウィリアムが睨んだ。
「そんなカッコ悪いことできっかよ。そんなことをした男をンズリはカッコいいと思うか?そんなやつとオマエはこれからずっと一緒にいるのか?」
ンズリはウィリアムに怒られて意気消沈した。
「ご、ごめん。うちはただウィリに退学してほしくないだけ。それで、あんまり考えずに、あんなこと言っちゃった…」
「心配するくらいならさっきみたいに応援してよ。それか、勝ったときのご褒美を約束するとかさ〜、モチベ上げてよ」
ウィリアムに微笑みかけられると、ンズリはすぐに元気を取り戻した。
「う、うん!わかった!ウィリが勝ったらうち、なんでもする!」
「なんでも!?」「なんでも!?」
ウィリアムとハモってしまった。
そして考えてることはわかる。
俺はあんまりそういうことに興味ないけど、こういうシチュエーションで俺ら年代の男が考えることなんて一つ。
エロいことだ。
案の定、それを言われたウィリアムはスケベな顔をしていた。
さっきのカッコいいセリフを言ってたときのかっこよさはどこ行ったんだか。
「じゃ、そこに1分顔をうずめたい!」
ウィリアムはンズリの大きな胸を指しながら言った。
「ちょ、ちょっと、そういうことは…」
「なんだ〜、なんでもってのは嘘だったんだ。まぁ、いいよ。じょうだんだ」
「30秒!」
「えっ?」「えっ?」
「1分は無理!つか30も無理!20、やっぱ10…」
「10で!」
これ以上下がりそうだったのでウィリアムが10で止める。
ンズリも顔を真っ赤にしながら頷く。
話しているとアル先輩が来た。
「準備はできましたか、ウィリアム・ロンカル」
「はい。できました」
「では、行く前に。彼はディスタントヒル魔術学校の『特級魔術師』課程をわずか十五歳で修了した魔術の天才です。専攻は破壊魔術。あなたが彼に対抗するのには」
「先輩、待ってください。今もしかして俺を助けてます?」
「…」
アル先輩は答えに困った。
「ありがとうございます。でも先輩の助けを借りて勝ってしまうとフェアじゃないです」
「大変失礼しました。あなたの退学がかかったていたので思わず。神聖な勝負をあと少しで汚すところでした」
「いいえ、気持ち自体はとても嬉しいです。その代わりにと言ってはなんですが、なにがあっても戦いを最後まで見守ってもらえますか?どうしても止めてほしいときは必ず合図を出すので」
「わかりました。約束しましょう」
ウィリアムとアル先輩は見つめ合った。
なんかいい空気だ。
やっぱりアル先輩はウィリアムを気に入る側だったか。
ンズリ危うし。
「さ、30秒!ご褒美30秒にする!」
ンズリがそういうとウィリアムは嬉しそうにそれに反応し、アル先輩とのいい空気は途切れた。
その後、自分の肩に乗っている魔獣にウィリアムは何やら話しかけ、試合場に向かった。
「ウィリ頑張れ!」
「ウィリアム頑張れ!」
「ボールウィッグ頑張れ!」
「ボールなんて!?」
「ボールウィッグだよ」
「だからそれなに?」
「ウィリの魔獣だよ」
「そうなんだ」
「そうなの!」
「ウィリ頑張れ!」「ウィリアム頑張れ!」
「ボールウィッグ頑張れ!」「ボールウィッグ頑張れ!」
ウィリアムと赤髪少年は、試合場の所定の位置にそれぞれ立った。
「両者構え!」
「学園での最後の数秒をお楽しみください」
「ああ、楽しもうぜ」
「始め!」
試合開始は圧倒的に戦士に有利な距離。
赤髪少年がいかに魔術の発動が早くとも本当に強い人の一撃をあの距離では防げない。
だが、それはあくまで強者が相手のときに限る。
そこそこの強さ、まぁまぁできる、基本ができている程度のレベルでは俺と戦ったときのようにウォル・オブ・プロテクションが間に合ってしまうだろう。
そして、それを突破する方法がなければ後は一方的に痛みづけられるだけ。
なのに、ウィリアムは動かなかった。
彼にわずかにある勝機はそれをされる前に強力な一撃を加えることくらい。
まぁ、それをする身体能力はあっても技術が圧倒的に足りてないから無理なんだけど。
それでもなんにもせずに立つというのは理解できない。
しかも姿勢がさっきとまるっきり違う。
立ち方もなんかふてぶてしいし。
ポケットに手を突っ込んでるし。
これじゃ、あの不良くんみたいじゃないか。
「試合開始があなたの唯一のチャンスでしたよ。『ウォル・オブ・プロテクション』」
そして、特殊なダメージを除き、ほぼすべてのダメージを通さない魔術が展開された。
「ファイア・ボール」
「キュン!」
ボールウィッグが鳴くと空中で作成されていた火の玉は崩れた。
「なに!?もう一度だ。ファイア・ボール」
「キュン!」
全く同じことが起きた。
「ファイア・ボール!」
「キュン!」
「そんなバカな。その魔獣、マジック・カウンターが使えるのか?」
ウィリアムは答えない。
ポケットに手を突っ込んだまま立っている。
そしておそらく赤髪少年が言っていることは合っている。
あれはマジック・カウンター。
そもそも魔術を扱える魔獣はめずらしいが、いないわけではない。
ただし、彼らが覚えるのは初級〜レベル二魔術が主。
それより上のレベル魔術を覚える魔獣は本当に希少である。
ましてやマジック・カウンターは魔術師でも相当な実力が要る魔術。
俺が知っている限り、それを扱える魔獣はアラベラのアンジーちゃんくらいだ。
「ふん。そうですか。では焼き炭プランは変更しましょう。コントロール・ヒューマノイド」
えぐいな。
決まれば相手を自由自在に操れる魔術だ。
つまりレジストできなかった時点で負けだ。
これは絶対にマジック・カウンターだ。
だけどボールウィッグはカウンターをしなかった。
そして魔術はウィリアムに直撃。
ただし、魔術がウィリアムに触れたとき、蒸発するかのように魔力が分散された。
「どういうことだ?」
何が起こってるかわからない赤髪少年は幻術魔術と魅了魔術を放つが、まるでウィリアムに効果がないかのようだった。
そして、こういう魔術をボールウィッグはカウンターしなかった。
まるで自分の主人には絶対効かないと知っているかのように。
やはりアレグリアノ特有の魔力に対する強い抵抗力を持っているのか?
「ちっ、もういい。小細工はやめだ。力で押しつぶす。ファイア」
「キュン!」
魔術を唱えられる前に、赤髪少年を守っていたウォル・オブ・プロテクションは分解され始めた。
「えっ?」
特殊なダメージを除いてウォル・オブ・プロテクションを破壊できるのはレベル5破壊魔術『ディスインテグレイト』。
あんなのも使えるってことか、ボールウィッグ。
自分を守ってた魔力の壁が消え、赤髪少年の顔から余裕が消えた。
そして、少し考えてから魔術を発動した。
「ライトニング・オブ・デストラクション」
「キュン!」
「それを待っていたんですよ。『マジック・カウンター』」
ボールウィッグのマジック・カウンターをマジック・カウンター。
そうすることで最初に自身が発動した魔術を無理やり通す。
上級魔術師でも難しい技だが、赤髪少年はいとも簡単にやってみせた。
そして破壊の雷撃がウィリアムの方に飛ぶが、
「キュン!」
という叫びとともにボールウィッグも同じような雷撃を放ち、空中で雷撃同士がぶつかり、相殺された。
それはボールウィッグと赤髪少年の実力が拮抗しているように思わせるのに十分だった。
信じられないことだが、あの小さな魔獣は特級魔術師を相手に互角に戦っているのだ。
これから魔獣対特級魔術師の名勝負が繰り広げられると思われた中、その戦いの均衡はすぐに崩れた。
「キュン!、キュン!、キューン!」
雷撃が立て続けに赤髪少年を襲う。
あまりの速さにカウンターすらできずに赤髪少年はエレメンタル・シールドでダメージを抑えることしかできなかった。
「くっ」
「キュン!」
三つ目の雷撃をなんとかしのぎ、反撃を試みたときに戦いを見ていた全員が異常に気づく。
「キュン」
赤髪少年は気をつけをした。
「キュン」
赤髪少年は猿のポーズをした。
「キュン」
赤髪少年は猿のように踊り出した。
「キュッキュッキュッ」
ボールウィッグは楽しそうに笑っていた。
そのとき、ウィリアムはボールウィッグに何かを言った。
「キュン!」
エリックは杖を構えた。
「ファイア・ボール」
「キュン、キュン」
「ファイア・ボール、ファイア・ボール」
「キュン、キュン、キュン」
「ファイア・ボール、ファイア・ボール、ファイア・ボール」
俺にやったみたいに赤髪少年はファイア・ボールを連続で撃ち出した。
そして、爆風が魔術を放っている本人のところにちょうど当たるようにファイア・ボールは落ちていく。
赤髪少年の服は焦げて、本人も軽いやけどを負った。
つまり、赤髪少年は今、ボールウィッグに操られているのだ。
おそらくウィリアムの命令でボールウィッグは赤髪少年が俺にしたことを自分自身にするように操っているのだ。
そしてそれは解ける気配はしなかった。
生物を操る魔術はダメージを負うごとにレジストするチャンスはある。
なのにあれだけの回数ダメージをくらっても術が解けるようには見えなかった。
そしてウィリアムは再度ボールウィッグに指示を出した。
「キューーーン!」
そうするとボールウィッグは赤髪少年にを気をつけの姿勢を取らせたあと、尻尾に魔力を集中した。
それは一点に集中させた大量の魔力。
黒い一つの塊となってそれは顕現する。
俺はこれをよく知っている。
なぜって?
さっきくらいそうになったからだ。レベル10破壊魔術『フレア』。
しかもそれは赤髪少年が作った以上の大きさで、見るからに威力が何段階も上のものだった。
放たれれば赤髪少年は死ぬだろう。
このフィールドでどれくらい魔術の威力が弱められているかはわかんないけど、おそらく関係ない。
あの黒き一点に集中されたエネルギーは例え威力が半減されようとも、数人を殺す程度は容易い。
大きな魔力を感じ取った生徒たちは、本能的にこの試合場の方を向く。
このグループのみならず、他のグループの注目が集まりだす。
みんながざわめき始める。
止めなくてもいいのか、と。
だが、アル先輩は動く気配はない。
赤髪少年は動けない。
ただ、これから起きることを何もせず、いや、できずに待つしかない。
そして、魔術師だからこそ、あれが何かも、それが自分の作れるものを大きく凌駕しているのも、彼自身が一番わかっていた。
もちろん、それが放たれればどうなるのかも。
赤髪少年の目は戦闘開始時の威勢がなく、単純に死にたくないという本能的な恐怖に支配されていた。
そういう目を何度も見たことがあるからよくわかる。
そして、
「なんてね」
ウィリアムはそう言うとボールウィッグは魔術を打ち消した。
ウィリアムはそのまま目でアル先輩に合図を送り、試合は終了した。
「勝者、ウィリアム・ロンカル!」
その後、赤髪少年を操っていた魔術もすぐに解いたと思われるが、赤髪少年はしばらくその場を動けなかった。
悠々とウィリアムは俺らのところに戻ってきた。
ンズリはそれを大喜びで迎えるのだと思ったら、ウィリアムに見惚れていて身動きができずにいた。
しかも目がハートになってやがる。
さっきからだいぶ怪しかったけど、おそらく今の勝負でンズリは完全に堕ちただろう。
まぁ、正直スカッとするような戦いで、見ている側としては爽快だった。
ウィリアムのあの余裕の態度もあって五割増しにカッコよく映ったのだろう。
でも冷静に考えてほしい。
強かったのはウィリアムではなく魔獣のボールウィッグなのだ。
ウィリアムはなんにもしていないのだ。
とンズリに言ったところでもうその「魔法」は解けないだろうな。
元々そこには興味ないからどうでもいいけどね。
問題はあの魔獣だ。
強すぎる。
魔術を扱える魔獣は基本的にその持ち主のサポートという役割だ。
魔術を使って主人を支える。
だけど、ボールウィッグは違う。
あれは一匹で戦った。
一匹で成立している。
一匹で特級魔術師を圧倒したのだ。
魔獣にそんなのいるのか?
本当に魔獣なのか?
まさか、幻獣?
「よっしゃ!退学ならずにラッキー」
「おかえり、ウィリアム」
ウィリアムと俺はハイタッチをし、ウィリアムはンズリともハイタッチをするために腕をンズリの方に伸ばした。
「♡♡♡」
ンズリは目がハートになったまま固まってやがる。
「ンズリ!ウィリアムがハイタッチしたいって!」
慌てて我に戻るンズリ。
「た、タッチ!?そ、そこまでいいと言ってない!まぁ、ウィリがど、どうしてもと言うなら、か、考えてあげなくもないけど…」
「ん?」
ウィリアムが首を傾げる。
あ、だめだこれ。
解説してあげないと。
つかタッチも許すんだ。
「違う違う、勝利したからハイタッチしたいの」
「えっ!?ああ、うんうん、は、ハイタッチね。イェーイ」
「イェーイ」
もう今日のうちにウィリアム、ンズリやれんじゃね?
獅子科の獣人がパートナー探しに苦労するって誰が言ったんだよ。
速攻堕とされてんじゃんか。
「それにしてもボールウィッグ?強いね。つか強すぎるね」
「ありがとう。うん、自慢の相棒なんだ。何度も命救われている」
ウィリアムがそう言うと、ボールウィッグは胸を張り、とても嬉しそうにしていた。
そして三人で少しだけ談笑した。
ウィリアムはンズリからのご褒美のことも、赤髪少年の謝罪についても触れなかった。
俺はそもそも謝罪は元々不要だったので、別に構わない。
ていうか、さっきの戦いを見ただけで、モヤっとした気持ちは吹っ飛んだ。
「では、両者の準備ができ次第、次の試合を開始します。トーマス・テスラ、ザラサ準備を」
ザラサは相変わらず嬉しそうに試合場に立った。
そしてテスラくんは自分の学生証をなにやらいじっていた。
ピッ、ボッ、ピッ
という音が聞こえる。
フォォォォォォ
という大きな音とともに巨大な金属の箱がテスラくんの前まで飛んできた。
どうやって飛ばしたんだ?魔術?いや、箱の底から炎が出ていたし何かの機械?
その巨大な箱は蒸気を発しながら開かれ、中には巨大な鎧が入っていた。
大きすぎる、とてもヒューマノイドが着られるものじゃない。
絶滅した巨人の鎧?なんでそんなもんを持ってきてんだテスラくん?
百歩譲って、あの巨大な鎧を自分サイズにできる術があるとして、オマエが鎧を着たところでなんにも変わらないだろう?
おそらくそう考えていたのは俺だけじゃなかったはず。
故に全員がテスラくんの次の行動に驚いた。
巨大な鎧の中に入ったのである。
言い間違いではない。
鎧を着たのではなく、その中に入ったのだ。
鎧の背中に開いていた部分は自動で閉じられ、鎧が光る。
輝く線が鎧の中で動いている。
あの鎧の中で魔力が動いているのはわかる。だが、仕組みは全くわからない。
そして鎧の兜の目が光った!
ま、まさか鎧ではなくて機械なのか?
動く機械なのか?
なぜだかわからんが心が躍った。
わくわくした。
それは俺だけじゃなかった。
俺とウィリアムを始めとする多くの男子が大いに盛り上がったのだ。(女子はそうでもない)
そしてそれはうご、…かなかった。
鎧を通して増幅されたテスラくんの声が闘技場に響き渡った。
「起動まで数分かかる。しばし待たれよ」
期待していた俺を含む男どもは揃ってズッコケた。
ということで先にウィリアムの二試合目を行うことになった。
相手はあのアマゾネス。
ボールウィッグが特級魔術師並み、もしくはそれ以上の強さを持つのはわかった。
でもそれは魔術戦だ。
お互いに距離をとって戦う場合だ。
いくら強い魔術を使えても、あのレベルの接近戦ができる相手では無意味だ。
魔術師は確かに広範囲に攻撃ができたり、幻影魔術や魅了魔術などのトリッキーな戦いができるが、この世界で強いと言われる人は全員戦士系なのだ。
答えは単純、魔術を放たれる前に勝負を決めればいい。
たったそれだけのこと。
世界最強のミレニアムナイトだってそうだ。
魔術を扱うナイトもいるけれど、彼らは全員前衛で戦える騎士なのだ。
だから一対一で誰が最強という話になると魔術師の名前なんて出てきやしない。
そして、ここで行われる試合は魔術師には優しくない。
素早い二歩、凄腕の戦士にとっては大きな一歩で間合いに入り込めてしまう距離で戦いがスタートする。
圧倒的に魔術師に不利だ。
「ウィリアム・ロンカル、ルーシー前へ」
「よし!行ってくるわ」
「うん!頑張ってウィリ!頑張ってボールウィッグ!」
ボールウィッグがあきらかに嫌そうな顔をした。
本当にウィリアムと仲良くするほかの女性?メス?が嫌なのが伝わる。
ちなみに俺に対しては別にどうでもいいって態度。
嫌われてない分、ンズリよりはマシと言えるだろう。
とはいえ次ウィリアムにとっては不利な相手だ。
なんか言うべきだろうか。
「ウィリアム、最初の一撃だけは何がなんでもかわせ。そうすればあとはボールウィッグがやってくれる。だからその一撃だけをかわすことに集中しろ」
「アドバイスありがとうなサムエル。だけど、まだあの赤髪のお仕置きは終わってねぇんだ。だから避けねぇ」
「えっ?」
「ウィリアム・ロンカル前へ」
ウィリアムは試合場に向かった。
ウィリアムの最初の三試合、そして一つ前の試合と違い、グループの全員が対決に注目していた。
特に、何もできずに敗れた赤髪少年に至っては怒りの形相で試合場を見つめていた。
アマゾネスにも異変があった。
最初の三試合はショートソードを使って戦ってたのに、武器を槍に変えてきた。
案の定、考えることは一緒。
魔術なんて放たれる前に一撃で決める。
あのアマゾネスの身体能力があれば、あの距離は一歩で詰めれるからショートソードでもいいと思うが…
そっか、あのアマゾネスも警戒してるんだ。
ボールウィッグを。
ほぼほぼ勝てるとわかりながらも、さっきの戦いは不安を植え付けるのに十分過ぎるものだった。
だから念には念のリーチの長い槍。
あの距離で、自身の身体能力と戦闘技術、そして槍のリーチ。
負ける要素はない。
ウィリアムにも悪いけど、俺もウィリアムが何かできるとは思えない。
だけどなぜだ、なぜだかわからんけどウィリアムが負ける気がしない。
最初の三試合とは別人のように人が変わってる。
彼の勝ち筋が見えないのに俺は彼の勝利を信じている。
ああ、やっぱりなんかもってるなあいつ。
ウィリアムとアマゾネスは向かい合う。
アマゾネスは腰を下げ、槍を構える。
試合開始の合図とともに動き出す準備はばっちりだ。
「ウィリアム・ロンカル対ルーシー、始め!」
「め」の音が聞こえると同時にアマゾネスは槍で突きを繰り出した。
半歩前に進んだ状態のため、この後ウィリアムがどちらに避けようとも届く範囲だ。
だが、ウィリアムは動かなかった。
さきほどのようにポケットに手を突っ込んだまま、ふてぶてしく立っている。
そして槍の先がウィリアムに届く。
「キュン」
ボールウィッグは鳴いた。
「う、嘘だろう?」
青ざめた顔でそう言ったのは赤髪少年だった。
「そ、そんなバカな、間に合うはずないじゃないか!」
うん。驚くのはわかる。
俺も驚いている。
間に合ったのだ。
間に合うはずのない魔術が間に合ったのだ。
ほぼすべてのダメージを通さない『ウォール・オブ・プロテクション』がウィリアムを包むように展開されたのだ。
特級魔術師でもマジック・ボーンでもあんなの見たことがねぇ。
あの魔獣、自分が知る中で最も魔術の発動が速い生物だ。
それが展開されれば、戦士系はほぼ何もできない。
だが、ここはミレニアム学園。
今日がここでの初日だが、そう言いたくなるような出来事だった。
アマゾネスはミレニアムナイトが使う力を解放したのだ。
その力はもちろんミレニアムナイトに比べれば小さいが、確かにその力を纏ったのだ。
そしてアマゾネスはウォール・オブ・プロテクションを攻撃し始めた。
ウォール・オブ・プロテクションにダメージを与えることのできる力の一つがミレニアムナイトが使う力だ。
魔力の壁に次々にヒビが入っていく。
それでもウィリアムは余裕のある態度を崩さなかった。
そして壁は破壊された。
そのままアマゾネスの槍がウィリアムの方に向かうが、
「キュン」
当たる直前で止まった。
アマゾネスは動かない。
ウィリアムはボールウィッグに指示を出した。
「キュン」
アマゾネスは気をつけをし、手を挙げた。
「私、誇り高きアマゾネスの戦士ルーシーは『男』であるウィリアム・ロンカルに負けた。降参する」
「勝者ウィリアム・ロンカル」
そしてウィリアムはポケットに手を突っ込んだまま、まるで自分がここで最強であるかのような態度で悠々と俺らのところに戻ってきた。
だが、その最中に
「貴様あぁぁ!!」
怒りの形相でアマゾネスはウィリアムに襲いかかった。
だけどウィリアムはまたもや動じなかった。
まるで次に何が起こるのかがわかってたみたいに。
「なりません」
アル先輩は武器を取り出し、ウィリアムとアマゾネスの間に割って入った。
一撃で槍を真っ二つに割り、見事な回し蹴りでアマゾネスを地面に落とした。
そして、そのまま剣をアマゾネスの喉元に突きつけた。
「勝負は終わりました。そしてその勝負には人を死に至らしめる以外の武術、魔術、その他能力が認められています。つまりあれは正当な勝負です。あなたの気持ちを察することはできません。ただ、悔しいと思うのであれば強くなり彼を見返してください。ここで彼を襲ってもあなたの名誉が損なわれるだけです」
「くっ」
アル先輩はアマゾネスが少し冷静になったのを見て、剣を下げた。
アマゾネスは立ち上がり、ウィリアムを睨みつけたが、何もせずに下がっていった。
「ご無事でしたか、ウィリアム・ロンカル」
「はい、アルドニス先輩のおかげで。今日はなんか先輩に助けられっぱなしですね」
「いいえ。私は務めを果たしたまでです」
「ははは、そっか。一瞬、先輩に特別扱いされてると思った自分が恥ずかしいですね」
アル先輩は顔を伏せ、またも答えに困った顔をした。
あ、うん、特別扱いしてるけど、それを言えませんって感じだ。
まぁ、あくまで憶測だけど。
「今日のウィリアム・ロンカルはとても良かった。相棒の魔獣と戦っていたときだけではない。あなた一人で戦っていたときもその才能を感じられました。これからの勉学や修行に励んでください。それと何かあればいつでも私を頼ってもらって構いません」
「頑張りま、って、えっ!?」
「おっつーウィリ!やったね!約束のご褒美ちゃんとあげるからね♡」
ンズリは慌ててウィリアムのもとへ駆け寄り、その腕にしっかりと絡んだ。
胸を彼の体に押しつけるようにして、まるで「彼は私のものです」とアル先輩にアピールするかのような仕草だった。
「では、また何かあれば」
「はい、また」
アル先輩はテスラくんのところへと向かった。
ンズリはウィリアムの腕に絡んだままだ。
「ね」
「なに?」
「もしかして嫉妬してる?」
「はぁ!?してねぇし!いきなり何言うんだし!マジ意味わかんねぇし」
テンパるンズリ。
「そっかぁ、そうだったら嬉しいなと思って」
「そ、そうなんだ…、嬉しいんだ…」
「でも、ご褒美はちゃんともらうからね30秒を二戦分だから合計1分ね」
「はぁ?そんなの聞いてねぇし!そういうルールだったの教えないのずるくねぇ?」
「ずるくないです〜」
さっきのお返しだな。
二人は見つめ合って笑った。
「あ、あとで二人っきりのときにだぞ」
「うん、わかった」
「顔をうずめるだけだからね!そんだけだからね!」
「はいはい、わかったよ」
「あの…、そろそろ話いれてもらっていいですか?」
「サムエルいたんだ」
「サムッチ陰薄いな」
二人ともひどいのである。
そして、ウィリアムの試合が終わった頃にはそれは動いたのである。
鎧のような大きな機械。
鎧の隙間から見える数多の綱。
あそこから魔力が流れているのを感じる。
直立すると3メートル以上の大きさで、重さに関してわからないが限りなく重いと思う。
それが起動が終わると俊敏に動き出したのである。
「では、両者前へ」
機械に乗ったテスラとこのグループ唯一無敗のザラサ。
「トーマス・テスラ対ザラサ、始め!」
ザラサはすぐには攻めずに、スタート位置から機械の匂いを嗅いだ。
「オマエはなんなのです?中から弱いやつの匂いなのに、外はなんも匂いしないのです」
匂いで強さを判別できるのかザラサ?興味深いな。
「犬に教えることはない。せいぜい動き回り、戦闘データの収集の役に立て。光栄に思うがいいぞ。貴様の敗北が人類の未来をよりよくする糧となる」
「ん?何言ってるのです?」
「すまなかった。獣と話すだけ無駄だったようだな」
そして機械は動いた。
背中と足元から爆ぜる炎の力で、その巨大な機械は高速移動した。
その巨体には似合わない速度の動きだった。
そしてそのままザラサに向かってパンチを繰り出し、それは直撃した。
今日初めてまともにザラサに一発が入った。
彼女はぶっ飛び、倒れた。
ザラサは動かない。
「ふっ、そんなものか。これじゃ戦闘データが取れないではないか」
あの機械にどれだけの重さがあるかわからないけど数百キロは余裕である。
それがあの速度で動き、パンチを繰り出す。
それだけで大ダメージだ。
一般人ならそれだけで死ぬ。
だけどやはりあの犬、じゃなくてザラサは普通じゃない。
ひょいっと飛んで立ち上がり、状況がよく理解できないような顔をして、何かを悩んでいた。
起き上がったことを確認したテスラくんは再度ザラサに攻撃した。
だが次はくらわず、ザラサは避けた。
そして二人の攻防戦が始まる。
基本的にザラサはテスラの攻撃のすべて避けているが、ときどき一発が入る。
ザラサの攻撃は最初こそ全部入ってたが、だんだん当たらなくなってきている。
まるでテスラ君がザラサの動きを見切り始めているようだ。
だけどお世辞にも彼にそういう才能があるとは思えない。
となればあの機械?あの機械になんかそういう性能がある?なおさら興味深い。
それとザラサがとてもやりにくそうにしている。
ある意味ウィリアムとやりあったとき以上に。
攻撃に重みがない。
「どうした、犬。それだけか? 更なる戦闘データが取れると思っていたのだが、これでは少し期待外れだ」
俺ら三人は試合の様子を見ていた。
ンズリはさっきからウィリアムの腕に絡みついている状態を崩さない。
「このままじゃまずいかもな。誰か教えてあげないと」
「ウィリアム?なんのことだ?」
「ああ、ええと。今、あの子、手加減してるんだ」
「ザラサが?」
「そうそう。今っていうか、すべての試合でね」
どういうことだ?ザラサが手加減したのなんてウィリアムと戦ったときだけだ。
少なくとも俺にはそう思えた。
「どういうことウィリ?」
「たぶんなあいつは自分が強いとわかってる。やりすぎてしまうと人を殺しかねない。だから構えや匂いなので相手の強さを判別してから戦ってる。しかもそれは考えてやっているわけじゃない。本能のようなものだと思う」
「ええと、つまりどういう意味?」
「めちゃくちゃいい子ってことだよ」
「ああ、うん」
「だからやっぱり教えてあげよう」
ウィリアムはンズリの頭をなでなでし、腕を離してもらう。
そして試合場付近まで歩き、審判をしているアル先輩に何かを言った。
そして、テスラくんとザラサが一瞬離れたときにウィリアムはテスラくんに話しかけた。
「トーマス・テスラ。更なる戦闘データは欲しいのならいい方法があるぞ」
「順番を待て、ウィリアム・ロンカル、次はオマエとその魔獣を相手にすることは決まっている」
「それはいいんだけど、次の試合じゃなくてこの試合で更なる戦闘データが取れる方法があるって言ってんの。せっかくだし、こういう機会を無駄にしたくないだろう?」
「そんな方法があるとは思えんが、本当ならば貴様の言う通り、その機会を無駄にはしない。その方法とやらを語るが良い」
「オッケー。先輩、許可は取りましたので、いいですよね?」
「どうぞ」
「おい、ザラサ!」
「ん?なんなのです?」
「あの大きいやつは匂いをごまかしてる。そういう自分の力を隠す、頭のいいモンスターに会ったことくらいはあるだろう?ああいうタイプだ。だから本当は強い。大丈夫」
「本当です?どのくらい強いのです?」
「ザラサが本気で殴っても、動いても、死なないくらい強いよ」
「おお〜、わかったのです!」
たったそれだけの会話。
でも、ザラサが纏う空気が変わった。
「先輩、戦いを止める準備、…いいえ、ザラサを止める準備をしてください」
「わかりました」
戦いは再開された。
「騙したな!ザラサはもうオマエを許さないのです!」
そこからは圧倒的だった。
ザラサは笑いながら視界を切り裂く速度で縦横無尽に駆け回った。いいや、暴れ回った。
テスラくんの機械の後ろに周り、前に周り、横に周り、そのたびに攻撃を入れていった。
パンチやキックであの機械を壊し始めたのだ。
そうして闘技場にテスラくんの機械から女性の声が聞こえた。
「警告します。危険です。バトルアーマーの損傷が50%を超えました。緊急脱出をお勧めします」
その間にもザラサは動くのをやめず、攻撃を緩めなかった。
「警告します。危険です。バトルアーマーの損傷が60%を超えました、70%、80%を超えました。緊急脱出を、緊急脱出を、キンキュウダ…ヲ……しまスゥゥゥゥ」
その声が止んだところで機械は倒れ、ザラサはその上に乗った。
機械の胸の部分を爪で引き剥がし始めた。
テスラくんの姿が見えるようになる。
「降参だ!降参する!」
それをザラサが聞こえたのか聞こえなかったのかはわからない。
だが、のってしまったザラサは止まらない。
そのまま爪で鎧を引き剥がす。
そして機械の胸部分は完全に破壊され、テスラくんがあらわになる。
「や、やめろ!やめてくれ!あああ!」
アル先輩は電光石火のように動き、ザラサの目の前まで移動し、掌打でザラサを後方に吹っ飛ばす。
ザラサはすぐさまに立ち上がり、アル先輩に連打を浴びせる。
だけど、アル先輩はそのすべてを武器を抜かずに防ぎ、掌打で再度ザラサを下がらせる。
「終わったよ」
ウィリアムが大きな声でザラサに話しかける。
「ん?」
ザラサはウィリアムの声を聞いてやっと少し落ち着く。
「終わったよ。見て見て。大きいの倒れたよ。ザラサの勝ち」
「ザラサ勝ったのです?」
「うんうん、ザラサ勝ったのです」
「ザラサは強いのです!」
「うんうん、ザラサは強いね」
そして狂気の姿からニコニコ笑っている美少女の顔に戻り、ザラサはそのまま試合場を離れた。
テスラくんは他の生徒に助けられながらもバトルアーマーの外に出ることができたが、バトルアーマーの損傷が大きすぎてもう起動はできないとのことだった。
これでこのグループの全ての試合は終了した。
ミレニアム学園に来るのをめんどくさがっていた俺だが、この戦闘試験でその考えがだいぶ変わった。
アマゾネスにハッシャシン・サンドランドという実力がまだ完全に見えない強者。
バトルアーマーとかいうなんか、男のロマンの塊の機械。
おそらく今の俺じゃ勝てないだろう犬科の獣人ザラサ。
そのザラサを軽く止めてしまう生徒会長のアル先輩。
そして何よりも、誰よりも、良くも悪くも、このグループで一番の注目となった者。
ウィリアム・ロンカル。
本人は弱くとも、彼は強者だ。
その立ち居振る舞い、言動、行動、そのどれもが強者のそれだった。
この俺がダニロの兄ちゃん以外をカッコいいと思うのは久々だ。
でも今日のあいつはカッコよかった。
さっそくライオンの彼女?ができるくらいにはカッコよかった。
そしていいやつだ。
ダチと呼んでくれた。
俺は初めてミレニアム学園に俺を入学させた父に心で感謝した。
これから面白くなりそうだ。




