第25話:三つの仮面と連続殺人鬼の謎
・4月26日(金曜日)
ホワイトシティ・ミレニアム区
クラブ・ルミナーレにて、
ーオラベラ・セントロー
「緊急警報です」
聞こえていた。
たぶん彼も聞こえていたのだろう。
それでも、その先に進みたくて、
聞かなかったことにした。
「緊急警報です」
二度目の緊急警報も無視して、
そのまま顔を近づける。
彼の吐息のぬくもりが感じられるほどの距離まで。
「こちらはホワイトシティ衛兵隊です。先ほどミレニアム区にて殺人事件が発生しました」
ミレニアム区という今いる場所と、
殺人事件という言葉で
私とウィリアムくんは強制的に現実へと戻される。
「犯人は怪物を模した仮面を着用しており、現在も逃亡中。安全が確認されるまで、外出を控え、建物内で待機してください。目撃情報がある方は直ちに衛兵隊へ通報を願います」
私たちの顔が離れた瞬間、
私が見たのはルミナーレの出口であり、
彼が見たのはザラサちゃんとブヤブくんだった。
私はこの国の王女として状況の確認と自分にできることを、
彼は自分の家族を守ることを。
それ以外の説明が不要だったかのように、
私たちは違う方向へ歩き出した。
だが、互いに一歩だけ進み、
同じタイミングで足を止め、
一度だけ見つめ合った。
『終わってほしくなかった』
という残念な気持ちを抱えたまま、
お互いに使命があることを理解して、
私たちは向かうべき場所へと進んだ。
怪物を模した仮面……
まさか、王城から盗まれたレッド・デーモンの仮面?
ー俯瞰ー
我鷲丸はこの警報を聞くと同時に、記憶が蘇った。
この殺人で事件は終わらない。
別の事件へと連鎖して、まだまだ続く。
細かいところまではわからない。
我鷲丸にそんな難しいことは考えられない。
だが、記憶が合っているのなら、
それらをここで止めるチャンスがある。
そうと瞬時に判断した我鷲丸はクラブの外へ飛び出した。
その判断の速さこそが英雄王たるゆえんだと示すかのように。
我鷲丸が出ていくのを見たオメガのメンバーは彼につられるように外に出る。
そして、自分の街と国を愛するセントラム王国の姫、
オラベラ・セントロもほんの一瞬前まで、
甘い時間を過ごしていた女の子の顔から、
セントラム第一王女の顔に変わる。
ウィリアムを再度、一瞬見つめるも、彼女もルミナーレの外へ出た。
それを見た親友のアラベラとエリザは迷わず彼女についていく。
殺人事件を知らせる警報に複数の人が動いたため、ルミナーレの中は、
「どうしよう?」
「帰ったほうがいいの?」
「なんかまずくない?」
という空気に支配されていく。
ルミナーレが別の意味でざわつき始める中、
このパーティーの主催者、クレイがステージに立った。
「ヤロウども、よく聞け!警報はなんつってた?外出を控え、建物内で待機。だったらオレらはここで飲んで、騒いで、朝まで踊り続ければいいだけだ!」
ルミナーレにいた生徒の多くはクレイの言葉で落ち着きを取り戻す。
だが、殺人事件が今いる同じ区で起きたと聞いて、
また騒ぎ出せる気分かと言われたら、それは違う。
ルミナーレに似合わない静かな時間が流れる中、
「クレイの言葉を聞かなかったのか、てめぇら!?朝まで騒ごうぜ!ヒューーー」
アルフィは大きな声で叫んで、直後にVIP席からダンスフロアへと飛び込んだ。
「DJ、カモン!」
その掛け声に、音楽が再度流れ出し、
みんなが踊り始め、飲み始め、騒ぎ始める。
もう一人のクレイの取り巻き、
ダーク・エルフのノクティシアもダンスフロアに立ち、
妖艶に踊り始める。
クレイの言葉に、
アルフィのノリの良さに、
ノクティシアの妖艶さに、
みんなは殺人事件を一瞬忘れた。
一瞬でよかったのだ。
全員が若い、後先考えない「楽しみたい若者」がほとんど。
その熱の波に一度飲まれてしまえば、もう逆らえない。
誰かがグラスを掲げ、誰かがテーブルに上がって笑い、重低音が床を震わせた。
パーティーは前以上に熱狂に包まれて再開された。
クレイは『悪のカリスマ』たる所以を見せつけ、
見事にルミナーレの中の騒動を鎮めたのだった。
ルミナーレの外にて、
ルミナーレの外に出た我鷲丸は周囲を見渡した。
道には誰もいなく、
ルミナーレの入り口に立つドアマンのオークの二人だけ。
聞こえるのは警報に、衛兵が移動する音。
そして、上を見上げたとき、
目の前の建物の屋上を疾走する影が見えた。
我鷲丸は考えるよりも先に体が動き、その影を追った。
我鷲丸が建物の屋上に登りきろうとした瞬間に、
ルミナーレからオラベラ、アラベラ、エリザ、サムエル、
ウェイチェン、フェリックス、シドディ、アンバーが出てきた。
我鷲丸が建物の屋上を走っていくのを全員が見た。
「我鷲丸くんの後を追います」
「うちらも行く!」
オラベラが言うと、シドディもそれに続く。
「行こう!」「行くにゃ!」
ウェイチェン、フェリックスが返事をし、
追跡が始まるのが確実だと思われたとき、
「止まれ、バカども!」
大きな声でウィリアムが言った。
彼はアンジェリカ・アルベインと一緒にクラブの外に出てきた。
「状況を考えろ、今ここにいるメンバーは動ける速さが違う。全員で行っても途中でバラバラになる。そこを狙われたら戦闘力の低い者は確実に落ちるぞ。それに『お姫様』!そんなドレスで追いかけたところじゃ、邪魔にしかならん」
「私はドレスでもそれなりに動けるし、戦える!」
「我鷲丸のスピードに追いつけるとでも?」
「むむっ……」
「それに、オマエが戦うのにはリハビリが必要だ!今はまともに戦える状態じゃない!冷静になって考えろ!」
ウィリアムの言葉でオラベラは今週の自分を思い出した。
月曜のあの事件以降、剣をまともに振れていない。
ウィリアムの言うことは正しかった。
今向かえば、邪魔になるどころか死ぬ可能性だってある。
それでもなんとかしなくてはという思いは消えない。
そのためウィリアムに当たるように言う。
「私はなにかしなきゃいけないの!ここは私の街、私の王国なの!黙って見てることなんてできない!」
「だったら『オラベラ・セントロ』にしかできないことをやれ。この事件の真相を暴け!事件現場へ行け!警報があったってことは起きたばかりだ。そこでできるだけの手がかりを探せ!それを役立てろ!」
「むむむっ」
「ウィリアムの言う通りだ、オラベラ。オラベラが行くと言っても私が止めるわ。戦えない妹を行かせることはできない」
アンジェリカ言う。
「姉さんまで……」
「そうだよ、オラベラ。こんな格好で行っても邪魔になるだけだよ」
「ウィリアムくんの言うとおりだよ。今の私たちには武器もない。戦闘では役に立たない」
アラベラとエリザも続ける。
アンジェリカ、アラベラ、エリザの言葉を聞き、
オラベラはやっと我鷲丸を追う考えを改めた。
「わかった!そうするわよ!だけどウィリアムくんにそう言われたからそうするわけじゃないんだからね!ふん!」
ウィリアムに怒りながら言う、オラベラ。
そして、オラベラ、アラベラ、エリザは殺人事件の現場へと向かった。
「ありがとう、ウィリアム」
アンジェリカはウィリアムに感謝し、
「サムエルもすぐ中に入るんだよ。あとで迎えに来るから」
そうサムエルに言い残し、
オラベラ、アラベラ、エリザについて行った。
「ウィル、うちらはどうする?」
シドディがウィルに聞いた。
「中に入ってろ。今はさらなる被害を出さないことが大事だ。衛兵も出ている。それに我鷲丸は強い。信じろ」
「……うん、わかった」
その言葉にオメガのみんなはクラブに入ろうとするが、
「オプティマスはどこだ?」
オプティマスの不在に気づいたウェイチェンが聞いた。
「一時間ほど前までは一緒にいたのですが、そのあと姿を見かけていません」
アンバーが答える。
「それはまずいにゃ、もしこのタイミングで外に出ていたら危ないのにゃ」
フェリックスが言う。
「やはり探しに行ったほうがいいか」
「ウェイチェン、フェリックス」
「どうした?」「なんにゃ?」
「アンバーとシドディを守ってやれ。あのクソイケメンは自分の身は自分で守れる」
ウィリアムが二人に言う。
「わかったにゃ。確かにオプティマス、最近すごく強くなってるにゃ。俺らはここで待機するのにゃ」
フェリックスはすぐに返事した。
「……わかった。ウィリアムはどうするんだ?」
ウェイチェンも少し考えたあとに答えた。
「オレは家族、女と来ている。彼女らを守る」
「そうか、そうだな」
みんながルミナーレに入り直したときにシドディが気づく。
「ね、サムエルはどこ?」
「えっ?さっきまでここに」「いないにゃ」
いつの間にかサムエルが消えていたのだった。
我鷲丸は建物から建物へと飛んだ。
走って、走って、飛ぶ。
その繰り返し。
追いかけている相手は全くスピードを緩めないし、
疲れたそぶりも一切ない。
我鷲丸は逃げる者を追跡途中、
後ろに衛兵隊の姿が見えていたが、
それも数分前。
逃げる者と我鷲丸のスピードに衛兵はついてこれていなかった。
それもそのはず、
この二人、常人には到底無理な速度で移動し、
なおかつ、常人ならとっくに息が切れている距離を疾走しているのだ。
(ふふふ、でも俺は違う。英雄王は速い!なんたって英雄王だからな)
と我鷲丸は考えていたが、
差が縮まらないのも事実だった。
我鷲丸は風のエレメンタル・ボーンであり、
風を使って自身の動きを少し早めることができる。
それでも追いつけない。
差は開かないけど、詰めることができない。
この超高速な追跡で我鷲丸はだいぶ走った。
気づけば、ミレニアム区を出て、富裕区にたどり着いていた。
衛兵がこちらに向かってくる音も聞こえなくなっていた。
埒が明かないことと、
犯人と思われる人物を追っているのが自分一人となり、
自分が取り逃がせば失敗を意味するため、
我鷲丸は勝負をかけることにした。
エレメンタル・エネルギーをほぼ使い果たしてしまうため、
一日に一度しか使えない、
数分間、自身を半エレメンタルに変身させる、
エレメンタル化を使った。
体中が風に包まれ、意識した体の部分は完全に風となる。
そして、この状態の我鷲丸は空を飛ぶことができる。
飛行する速度もエレメンタル・エネルギーでさらブーストし、
まっすぐと犯人に迫った。
「なにっ!?」
仮面の人物は驚いたように振り向いた。
我鷲丸は突進し、そのまま一撃をぶち込む!
が、仮面の人物はこれを避ける。
我鷲丸は最初の一撃は入れられる自信があった、
先ほどまで相手は前を向いて走っており、
うしろで我鷲丸が半エレメンタル化したことはわかるはずがなかった。
そういう状況で一気に相手に向かった。
我鷲丸は狙ったわけじゃないが、それはある奇襲だった。
だが、それが失敗した。
大柄な体を素早く動かし、我鷲丸の拳を避けたのだ。
だが、動きは止まった。
ミレニアム区から富裕区、
いや、あと少しで中央区にたどり着くところで、
我鷲丸はその人物を捉えたのである。
我鷲丸と仮面の人物は向かい合い、
仮面の人物は武器を抜刀した。
建物の屋上に、血のようなネオンが灯っている。その光を浴びて浮かび上がるのは、
人とも悪魔ともつかぬ影――
赤く焼けただれたような面貌に、ねじ曲がった二本の角。
金属の顎がきしみ、むき出しの歯列が笑っているのか、
威嚇しているのかさえ分からない。
黒い軍衣のような装束は煤けた夜風にはためき、
右手に握られた刀身だけが、熔けた鉄のような朱に光っていた。
「俺の名は我鷲丸。英雄を導く者。英雄王だ。オマエは誰だ!?」
我鷲丸は大きな声で言った。
我鷲丸の問いに悪魔の仮面をした男は一呼吸おいてからこう答えた。
「我こそ、レッド・サークル最強の男。レッド・サークル大将軍『赤鬼』だ」
最東の島国『レッド・サークル』の者であると名乗った。
「……うん、知らん!とにかくオマエを捕まえる」
「教えてやろう、『赤鬼』の恐ろしさを」
赤鬼はその細身の剣を両手で持ち、
大きく一歩を踏み出して振る。
なんの変哲もない普通の一撃。
ただ、その速度、威力、
そして何よりもその見たことのない細身の刃の武器が恐ろしすぎて、
我鷲丸は攻撃を避けることを優先して動いた。
今の我鷲丸は半エレメンタル化していることで、
意識を集中させた体の部分は物理攻撃は効かない。
それでもあの武器の一撃は食らってはならないと彼の本能が告げていた。
二歩、三歩と赤鬼が踏み出す度に、
その武器が振られ、風圧が起こる。
我鷲丸はそれを後ろへ後ろへと避ける。
三撃目をかわしたときには、我鷲丸は壁に追い詰められていた。
四撃が来るのと同時に前へ飛び、なんとかかわした。
ただ、我鷲丸は起き上がったときに恐ろしいものを目の当たりにする。
壁がきれいに切られていた。
石の太い壁が破壊されずにその武器が通ったところだけ切られていた。
そして我鷲丸は気づいた、自分が震えていたことに。
石の壁であっても大きな魔術、例えば『ディスインテグレイト』
もしく魔力を込めた一撃、例えば『スマイト』
で簡単に『破壊』することはできる。
でも壁そのものをそのままにし、
『切る』というのはほぼ不可能だった。
我鷲丸は考えた。
(そうか…、体はあの威力を理解して避けることに徹していたわけだ。
これも訓練の成果だな。うん、さすがは俺、英雄王。
だけど、どうしたものか、
一撃一撃が早すぎて、攻撃できる隙がほぼない。
遠距離で風をぶつけようとしても、
エレメンタル・エネルギーをほぼ使い切ったから、
多くは撃てない。
素手で戦えば、あの武器に斬られる可能性がある。
切られたら終わり。
体の一部を失うか、死ぬ!
あれ以外の武器ならば怖くない。
少し当てられようが致命傷を防ぐ自信がある。
そうだ、あの武器だ。
あの武器の恐ろしさを理解したときから動きが鈍ったし、
今もどうしていいかわからない。
くそ、英雄王たるもの前身あるのみなのに!
せめてオレも何か武器を持って、
一撃でも受け止められれば。
つか、その武器ずるいぞ!
大きくなくて、細いのになんでそんなに強いんだよ)
「おい、オマエ!その武器ずるいぞ!なんて言う武器だ。俺もほしい!」
「これは我が魂、」
「『刀』だよ。英雄王」
仮面の人物が答え終える前に、
もう一つの声が答えた。
艶のある、若くていい声だった。
それは突如闇の中から現れた。
いや、闇の底、そのさらに下から。灯りの届かない屋上の一角から、
黒い影が滲み出るように姿を現した。
フードを深くかぶったせいで顔は見えない。
ただ、仮面の隙間から漏れる紫の光だけが、
かろうじて彼が「生きているもの」だと教えてくれる。
胸元には金属の留め具や鎖がいくつも絡みつき、
黒いコートの上から静かな音を立てた。
歩くたび、腰に差した短剣と筒状の何かが微かに触れ合うが音はない。
纏う闇は煙のように揺らめき、彼の輪郭そのものを曖昧にしていく。
「わああ!ってオマエ、誰だよ!?」
突然現れたもう一人の仮面の人物に驚いて聞く我鷲丸。
「星が瞬きをやめるとき、我は降り立つ。
光は我が前で跪き、闇は我が命に従う。
闇を司るものにして、その支配者。
我が名は、トレーヴァス」
「……うん、知らん!」
「いや、今初対面だかんな!つか、オマエが『誰』って聞いたんじゃん!」
いきなりトレーヴァスの口調が変わった。
「あ!そうだった。すまん!」
「ふふふ、かまわぬ。英雄王よ、この闇の支配者、トレーヴァスが手を貸してやろう」
そして、いきなりまた口調を元に戻す。
「おお、オマエも英雄か!よし!力貸せ!」
「よかろう、それで、我が闇が屠る敵は誰ぞ?」
トレーヴァスは赤鬼に聞いた。
「我こそ、レッド・サークル最強の、」
「なんか、『赤ワニ』って言うんだって」
赤鬼の名乗った人物が再度名乗る前に答える我鷲丸。
「『赤ワニ』?ちょっと待って。多分それ違うぞ、レッド・サークルがどうのこうのって言ってたよね?」
(ははは、ときどき口調変わっておもしろい)
と我鷲丸は思い笑った。
「『赤ワニ』ではない。レッド・サークル最強の男。レッド・サークル大将軍『赤鬼』だ」
再度、仮面の男は名乗る。
「まあ、刀持ってるくらいだし、そりゃレッド・サークルだよね。あと、『鬼』って何?……まぁ、よい、『赤鬼』とやらよ。今宵に街の平和を脅かしたのは貴様の運の尽きだ。我が闇に堕ちるがいい!」
(ははは、ときどき思い出したように話し方が元に戻る。トレーヴァス、おもしろい)
と我鷲丸は内心思っていた。
そして、『我鷲丸&トレーヴァス』対『赤鬼』の戦いが始まった。
「いでよ!我が暗黒剣!」
トレーヴァスがそう言うと、彼の手に闇が集まり、
それは一つの塊となって剣の形を作った。
「行くぞ!赤鬼!」
トレーヴァスは剣の達人だった。
ものすごい速さで赤鬼に迫りかかり、攻め立てた。
たしかに一撃一撃は早かったが、それよりも巧かった。
『剛』ではなく『技』の剣だった。
それに今は夜で、闇で作られた剣はほぼ見えない。
トレーヴァスの暗黒剣は二度、三度、赤鬼を切る。
我鷲丸もうまく立ち回り、
トレーヴァスが攻めているときに赤鬼の死角へとまわり、
渾身の拳を繰り出す。
しばらくそれが続いた。
うまく立ち回り、赤鬼は大きなダメージを避けているが、
倒すのは時間の問題と思われた。
だが、そうはならなかった。
見えない暗黒剣に、二人を相手しなければならない。
という不利な状況に赤鬼は徐々に適応していった。
「まじ!?」
死角にまわって放たれる我鷲丸の渾身の拳がかわされ始める。
「ふん、このトレーヴァスが出向いただけのことはあるか」
暗黒剣の攻撃を刀で防がれる。
トレーヴァスは『まずい』と思い始めていた。
(決め手に欠ける中の戦いは非常にまずかった。
何より赤鬼は今、こちらの攻撃に対応するため、
ほぼ攻撃をしてきていない。
だが、対応が完了したときに反撃に出るだろう)
そんな心配がトレーヴァスの頭をよぎったところ、
我鷲丸のエレメンタル化の効果が切れた。
我鷲丸にどーっと疲れが来る。
でも、我鷲丸もわかっていた。
休むわけにはいかない。
攻めなければ、こっちが攻撃しなければ、
赤鬼の攻撃が来る。
シュン
風を切るような音で刀が走った。
トレーヴァスがなんとかそれを暗黒剣で防いだが、
防ぐのと同時に暗黒剣が消滅した。
「我が闇に抗うか。面白い」
そう言うと、トレーヴァスは二本の暗黒剣を作り、
二刀流のスタイルで赤鬼に迫った。
先ほどまでは我鷲丸とトレーヴァスは5:5の分担で攻め立てていたが、
我鷲丸の疲労を感じとったのか、
トレーヴァスがより多く攻撃するようになった。
我鷲丸は疲れながらも、
一撃を入られるようにを狙うも、
どうしても入らない。
二人とも赤鬼に感じていたことは
・無敵とか、最強とかではない。
・でも、ギリギリのところでかわすのがうまい。
・そして、すごい戦い慣れをしている。
徐々に赤鬼が刀を振る回数が多くなる。
必ずトレーヴァスが我鷲丸を守るように暗黒剣で止めるが、
その度に剣が消失し、再度作成。
そして、作成するごとにトレーヴァスはエネルギーを消費した。
「はあ、はあ、我が闇にひれ伏さぬとはな。さすがだ、赤鬼。レッド・サークル最強というのも頷ける」
我鷲丸に続き、トレーヴァスにも疲れの色が見え始めた。
「そうだ、我こそはレッド・サークル最強の男。レッド・サークル大将軍『赤鬼』だ」
「ああ、うん、聞いたぞ。貴様、それしか言わぬのだな」
「我こそレッド・サークル最強の男。レッド・サークル大将軍『赤鬼』だ!」
「その強さで、その語彙力はなんとももったいない。強さでは我が宿敵の座は狙えても、美しさではそれに値せん。余興はしまいだ。我が闇の真髄を見せてやろう。英雄王を少しばかりの時間稼ぎを求む」
トレーヴァスは我鷲丸に言い、
「うむ、任せろ」
我鷲丸は即答する。
「我こそは闇の支配者、闇よ、我が命を聞け!そして我が命により集いし今宵の闇よ、」
トレーヴァスは詠唱を始めた。
闇が彼から溢れ出し、
建物の屋上から見渡せる辺り全てを包んでいく。
ここで我鷲丸は先ほどから薄々感じていたことが確信に変わる。
トレーヴァスが自分と同じエレメンタル・ボーンなのだと。
「これは、エレメンタル・エネルギー?トレーヴァス!闇のエレメンタル・ボーンなのか!すごいぞ、トレーヴァス!」
我鷲丸が嬉しそうに言う。
エレメンタル・ボーンはとても希少な生まれであるが、
闇の属性を操れる者はその中でもさらに超希少な存在であった。
それに感心していた我鷲丸だったが、
すぐに我に戻り、トレーヴァスに与えられた任務を全うする。
(トレーヴァスの詠唱が終わるまでは赤鬼をトレーヴァスに近づけさせん!)
我鷲丸はそう思い、赤鬼を攻撃した。
だが我鷲丸は攻撃を当てるつもりはなかった。
(かわされても、トレーヴァスの元に行かせなければ、それでいい)
そう考えていたからだ。
でも、その考えは甘かった。
赤鬼は攻撃を受ける覚悟で我鷲丸の前に来た。
赤鬼は相打ち覚悟で我鷲丸に全力の一撃を叩き込もうとした。
刀と拳では分が悪い。
我鷲丸はとっさに身を引いた。
だが、それさえも赤鬼の狙いだった。
我鷲丸が下がった途端に赤鬼は刀を素早く引いて、
トレーヴァスに迫った。
「なにっ!?」
トレーヴァスは慌てて防御し、なんとか間に合うも、
トレーヴァスが収束させていた闇は分解した。
術の発動に失敗したのだった。
「我こそレッド・サークル最強の男。レッド・サークル大将軍『赤鬼』だ!」
「ああ、そのようだな」
どーっと疲れたかのように、
膝をついて言う、トレーヴァス。
我鷲丸も動きにキレをなくしていた。
二人にもう余力はなかった。
「幕だ」
赤鬼が言った。
ーオラベラ・セントロー
私、アンジェリカ姉さん、エリザ、アラベラは事件現場に向かった。
たどり着くのはとても簡単だった。
近くでざわついている場所、
衛兵の声が聞こえる場所に進んだだけだった。
そして何よりもその事件現場は
先ほどいたルミナーレから十分も離れていない場所だったのだ。
既に衛兵隊が場所を取り囲んでおり、
一般の人が立ち入りできないように道路を封鎖していた。
「そこの者、止まれ。これより先は封鎖されている。引き返せ」
おそらく私たちのことを知らない、もしくはわからない衛兵だったのだろう。
「セントラム王国第一王女オラベラ・セントロです。ここを通していただけますか?」
「王女!?何をふざけたことを、って、あ!お、お、王女殿下様!た、大変失礼しました。王女殿下様だとは気づかずにとんだ無礼を」
やっぱりちゃんと見えてなかったんだね。
「大丈夫です。通ってもいいですか?」
「あ、あの、少々、少しだけ、本当に少しだけお待ちください。隊長に確認してきます」
そう言って衛兵は駆け足で殺人事件の現場と思われる店の中に入っていった。
私たちは待った。
「こんなところで事件って初めてじゃない?」
アラベラが言う。
「うん、殺人どころか窃盗すらない場所だからね、ミレニアム区は。警備がしっかりされてるし、どこにでも衛兵は立ってるし、何よりもすぐ近くにミレニアム騎士団の本部がある」
エリザが続く。
「初めてじゃないわ」
アンジェリカ姉さんが言う。
「どういうことですか、姉さん?」
私が聞く。
「ミレニアム区だからって事件が一つもないってのは嘘。ただ事件が起きても王国がそれをもみ消すのよ。ミレニアム区は絶対に安全だってイメージを崩されたくないの」
「えっ!?そうなの?」
「そうなんですか!?」
アラベラとエリザは驚く。
私は驚かない。
私は知っている。
そういうことが何度かあったのを。
王城に住んでいるとそういう話を聞くことはあった。
お父様に聞いても「それが王国のため」としか言われなかった。
私はお父様を愛しているけど、
そういうことを隠すのがどうやって王国のためになるのか全く理解できない。
話の途中で先ほどの衛兵と衛兵隊長と思われる人が来た。
確かに何度か見たことのある人だ。
「オラベラ王女殿下様、お待たせしました。衛兵隊長のカーライルと申します。大変恐縮ではございますが、ここにはいかなる御用で?」
「殺人が行われたと警報で聞ききました。それを調べにきました」
「……」
衛兵隊長は困った顔をしたあとに
「王女殿下の民を案ずる気持ちは立派です。ですが、ここは我らの管轄、私たちにお任せいただけないでしょうか?」
その答えはごもっともである。
王女殿下だからと言って殺人事件にほいほい関わるのは問題がある。
でも、だからって引くわけにはいかない。
これで殺人事件は今月で四つ目。
そのうちの一人はタリッサさんだった。
もう放っておけるような問題じゃないの。
「ちょっと、ただの衛兵隊長の身分で王女に意見する気?」
私が何かを言える前にアンジェリカ姉さんが言った。
「……大変恐れ入ります、セントラム五大貴族のご令嬢、アンジェリカ・アルベイン様。あなたも、オラベラ王女殿下も、現在ミレニアム学園生のご身分と存じます。つまりはこの事件に関わる権限は一切ないと思われます。もしそれが間違ってるのならば、この無能な私に教えてください」
「ちっ」
姉さんも正論で返されたため、黙ってしまう。
ここには王女の私に、
姉さんだけじゃなく、
アラベラもエリザも含むセントラム五大貴族の令嬢が揃っている。
隊長は私たちのことを全員知っているようだ。
それでも通してくれない。
彼の言っていることは間違っていない。
ミレニアム学園生である今、
王女としての権限は本来ないはず。
あきらめて、帰ったほうがいいのか……
(鎖を切れ!)
彼の言葉が脳をよぎる。
……いいえ、私はあきらめない!
「わかりました、カーライル衛兵隊長。お勤めご苦労様です。私たちはこれにて帰ります」
「オラベラ王女殿下、ご理解のほど感謝します」
私は後ろを向いて歩き出そうとする。
「え!?オラベラ帰っちゃうの?」
驚いてアラベラが聞く。
「うん、だって衛兵さんに迷惑をかけるわけにいかないでしょ?その代わり明日にでもこのことをパパと話すことにする。私が遊んでいた場所のすぐ近くで殺人が起きて、すごく怖かったって。王国の王女が近くにいたのに殺人を許してしまう衛兵は何してたんだろうってね」
「!?」
衛兵隊長はビクッとした。
そして私の話を理解したアラベラは私の作戦に乗ってきた。
「それいいね。王様に話したら、すぐに解決してくれそうだしね。とりあえず、オラベラを守れなかったここの衛兵さんたちは首では済まないだろうな。すごい罰を受けちゃうよね?かわいそうだけど、仕方ないよね。うちらここのすぐ近くにいたのに、こんな簡単に殺人が起きちゃうんだから」
意味がわかったエリザと姉さんも続き、
同じようなことを言った。
歩き出したときにはカーライル衛兵隊長はびくびく震えていた。
「お、オラベラ王女殿下、どうかお待ちを」
「はい、どうしました、カーライル衛兵隊長?」
「中に通しますので、どうか、オラベラ王女殿下が事件現場の近くにいたことを王に報告なさるのをおやめいただけませんでしょうか?」
「……うーん、どうしよう。パパには隠しごとしたくないんだけどな」
「……そうです!もし事件にご興味をお持ちでしたら、私なら事件について調べられたことをオラベラ王女殿下と共有できます!ですが、私が担当から外れてしまうとそうもいかなくなるかもしれません。ど、どうでしょうか?」
「……うーん。そうだね。わかった。じゃ、知っていることを全部教えて。そしたら今夜私たちがこの近くにいたことはパパには言わないでおく」
「ははっ、かしこまりました。ありがとうございます」
そして衛兵たちは私たち四人全員を通してくれた。
「ヒヒヒ」
アラベラが笑った。
「どうしたの、アラベラ?」
私は聞いた。
「ううん、『やんちゃ姫』復活かなって思って」
「え!?違うよ、ただこれしか方法ないかなって」
「うん、『これしか方法ないかなって』は幼いころのオラベラの口癖だったよ」
エリザが言う。
「え?そうなの?そ、そんなんじゃないんだけどな。お母様に怒られちゃうな」
「今は女王陛下のことはいい。やることに集中だ、オラベラ」
アンジェリカ姉さんが私の背中に手を置いて、びしっと言った。
そして私たちは殺人が行われた店に入った。
ー俯瞰ー
「幕だ」
赤鬼が言った。
(ここまでか)
そうトレーヴァスが思う中、
不思議なことが起きた。
赤鬼は先ほど刀で切った壁にぶっ飛んだ。
ーーいや、ぶっ飛ばされた。
壁に全身でぶつかり、
壁は崩れ、赤鬼はその衝撃で立ち上がれずにいる。
((誰の仕業?))
と我鷲丸とトレーヴァスは思い、
赤鬼が立っていたところを見た。
そこには何者かが立っていた。
薄闇のフードに、目の周りだけが開いた黒い仮面。
黒と赤が合わさった革製と思われる軽装を纏い、
背には刀を二振り。
トレーヴァスのような綺麗な装飾品など一切なく、
背の二本の刀を除けば、
その装備はあまりにもシンプルで素朴だった。
そしてその姿を見ただけで強者とわかる赤鬼と違い、
その者の強さは全く読めなかった。
我鷲丸とトレーヴァスにとっては、それが逆に恐ろしかった。
全く強さの匂いがしない者に自分たちが大苦戦していた赤鬼がぶっ飛ばされたのだから。
「お、オマエは誰だ!?」
我鷲丸が聞いた。
「……名か、なんて名乗ろうか……」
第三の仮面の男はそう聞かれると、
どう答えようかと悩み、腕を組み、片手を顎に置いた。
「我こそレッド・サークル最強の男。レッド・サークル大将軍『赤鬼』だ!」
第三の仮面の男が答える前に赤鬼は立ち上がり、大きな声で言った。
「ははは、そうかそうか。でも、オマエが『赤鬼』なら、オレは誰なんだろうね?」
第三の仮面の男は言う。
「我が『赤鬼』だ!我だ!貴様ではない!我が唯一の絶対最強、『赤鬼』だ!!」
赤鬼はそう言って、神秘の一つである『霊力』を解放する。
そして、我鷲丸とトレーヴァスに目もくれず、
第三の仮面の男に向かって行った。
第三の仮面の男は一切慌てることなく、
背中の二本の刀を一本も抜くことなく、
軽々と赤鬼の攻撃を避ける。
体をひょいっと動かし、
スンっとかわす。
その動きは少しコミカルで、
遊んでいるかのようだった。
いや、『のよう』ではない。
第三の仮面の男は遊んでいたのだ。
先ほど、我鷲丸とトレーヴァスが二人がかりで大苦戦した赤鬼を相手に、
赤子と遊ぶかのように遊んでいた。
それは、誰が見てもわかるくらいの力量の差だった。
「おう、おう、力任せに振っても当たんねぇぜ」
「黙れ!我が最強!『赤鬼』だ!」
「壊れたオルゴールみたいに同じことしか言わんのな」
パチン
と音がした。
ビンタだった。
第三の仮面の男が赤鬼にビンタした。
「ああっ!!」
雄叫びを上げる赤鬼、
軽く避けられてパチン。
その繰り返しで、またもパチン。
「はあ、はあ、違う、オマエではない!我が、我が!」
「はいはい、『赤鬼』なんだろう。勝手にそう名乗ってろよ。だからさっさとその刀を返せ。後は好きにしろ」
「刀は武士の魂だあーーー!」
赤鬼は縦に刀を振り下ろそうとするが、
振り下ろされている最中に第三の仮面の男が赤鬼の手首を持ち、
振り下ろされる勢いを利用し、赤鬼を回転させて地面に叩き落とした。
「いや、てめぇは武士でもなければ、それはオマエの刀でもねぇから。殺したくはねぇが、それ以上その『刀』を汚すなら殺るぜ」
地面に叩きつけられた赤鬼を見下ろしながら第三の仮面の男が言った。
「くっ」
地面に叩きつけられた痛みで動けない赤鬼。
そのまま簡単に止めを刺せるのに第三の仮面の男はそうしなかった。
第三の仮面の男はただ、やれやれと赤鬼にあきれているようだった。
第三の仮面の男は我鷲丸のこともトレーヴァスのことも見もしない。
人が蟻を気にしないかのように、彼は二人のことを気にしていなかった。
「オマエは誰だ!?」
我鷲丸が再度聞く。
「おっと、そうだった、そうだった。まだ名乗ってなかった。うーん、そうだな、こいつが『赤鬼』ってんなら、オレは前に使ってた名を使うとするか。『レッド』と呼んでくれていいぜ」
「レッド」「レッド」
我鷲丸とトレーヴァスが同時に言う。
「そっちは名乗らなくていい。雑魚に興味ねぇからな」
「なに!?俺は英雄王だぞ!雑魚とはなんだ!?雑魚とは!?」
「ふはははは、ぬかせ『レッド』とやらよ。我を雑魚だと言うのならば、我が闇、貴様にも見せねばならぬようだな」
レッドの言葉に怒り出す我鷲丸とトレーヴァス。
「ははははは。いやいや、雑魚とは言ったが、バカでもあったとはね。だったら、試してみるか?」
二人の返事が心底おもしろくて笑うレッド。
「なんだオマエ、やるってんならやるぞ!あと、刀二本持ってんなら一本くれ!」
「そこまで言うのなら見せてしんぜよう、我が闇を!」
本気でまた戦い始めようとする二人。
そんな会話の中、レッドの視線が完全に赤鬼から外れた。
その一瞬を突いて赤鬼は素早く立ち上がり、
今日一番の一撃を振り抜いた。
赤鬼の出せるなかで最も速く、最も強い、
彼の完璧な一撃だった。
「我が赤鬼だあーーー!!」
ガシッ
と短く鈍い音がした。
「ワオオー」
「マジか!?」
我鷲丸とトレーヴァスは起きたことに驚きを隠せずにいられなかった。
「ば、馬鹿な。ありえぬ。我が、我が最強でなければならないのだ!」
赤鬼も同じであった。
レッドは、赤鬼の渾身の一撃を、
人差し指と中指の二本だけで挟み止めていた。
「ささっと返せ」
先ほどと違い、真剣にレッドが言った。
「ああああああああ!!!!!」
赤鬼は何かの糸が切れたように叫び出した。
赤鬼にはもはや勝つ術なんてなかった。
それほどまでに、レッドは圧倒的だった。
しかもレッドは何一つ、術や魔術を使っていない。
彼からは魔力すら感じられなかった。
戦いが終わると思われたそのとき、
「そこのものたち動くな!ホワイトシティ衛兵隊である!」
「犯人と思われし、仮面を着けた者が三名、隊長どうされますか?」
戦いが行われていた建物の屋上は、
周りの建物の屋上に衛兵が陣取る形で取り囲まれており、
『普通』なら逃げ場がないかのように思われた。だが、
「また相見えるその日まで、我が闇が貴様を見張るだろう。さらばだ、レッド」
トレーヴァスは闇に消え、完全に姿を消した。
「ほおー」
と、その見事な隠密にレッドは感心した。
「かまわぬ、放てい!」
衛兵隊長がそう言うと、
衛兵たちは槍を投げ、矢を次々と放ってきた。
レッドは、降り注ぐ矢の最初の数本をかわし、
降ってきた一本の槍を素早く掴むと、
その槍で残りの矢を叩き落とした。
それが当たり前かのように、
レッドは衛兵隊の攻撃を全くものともしなかった。
我鷲丸は槍と弓にあたらないように素早く隠れる。
彼は狙われていなかったため、比較的簡単に安全地帯に移動ができた。
そしてその隙を突き、赤鬼は再び逃走した。
「おい!貴様!刀を、」
レッドは逃げる赤鬼に言うと同時に
衛兵が何人も屋上に乗り込む。
「武器を捨てて投降しろ!」
衛兵がレッドに言う。
「はぁー、皆殺しにするしかないか」
レッドは持っていた槍を地面に落とし、
落胆するように告げた瞬間、
大業物のレイピアが彼に襲いかかった。
それまで一度も刀を抜いていなかったレッドは、
その者のレイピアを受け止めるために初めて刀を抜く。
抜かれた刀の刃に攻撃してきた者の顔が写る。
ホワイトシティ最強冒険者パーティー『フォックス・ティル』のリーダー、
ランク8冒険者、
『ダニロ・ブリッツ』だった。
ーオラベラ・セントロー
『マダーム・サリーネの魔道具店』
それが、店の名前だった。
中の商品を見せるように作られていたショーウィンドウが壊されていた。
大きなショーウィンドウは『内側から』砕け散り、破片は通りへ飛び散っていた。
だが、扉のほうは無傷。
窓が壊れたせいで落ちた商品を除いては、
商品棚にきちんと置かれていて、
何か盗み出されたような形跡はない。
店の名前の通り、魔具・魔道具を取り扱う店だ。
様々な武器や鎧、そして様々な魔術が込められた魔晶石が並べられている。
立派な品ぞろいだ。
こんなにいい店なら知っていておかしくない。
なのに知らなかったなんて。
「殺害されたのは、この店の店長にしてオーナーのサリーネ・ヴァロア。ヒューマンとダーク・エルフの間に生まれたハーフ・エルフ、八十四歳。特級魔術師、専攻は破壊魔術。今月初旬に店をオープンしたばかりでした」
カーライル衛兵隊長は説明する。
なるほど。
全て新しく見えたのも、
私が店を知らなかったのもそういうことだったのか。
オープンしたばっかり。
しかも、ミレニアム区に。
ミレニアム区では簡単に店は開けない。
かなりの資金と何よりもコネが必要となる。
世界で最も栄えている街の、最も富が集まる区画だ。
そこで店を開くことができ、
これからというところだったのだろうに…
かわいそうだ。
「奥のほうに死体があります。ただし、こう言ってはなんですが、現場慣れしている我々にでさえむごい状態でして……」
カーライル衛兵隊長は恐る恐る言う。
「大丈夫です。ご忠告ありがとうございます」
カウンターの裏、店員側のところから回って奥の保管庫へ行くと、
さきほどからしていた血の匂いがさらに強烈になった。
そして、
最も高価な商品が保管されていると思われる
人が数人は入れるくらいの大きさの金庫に足を踏み入れた。
そこに店主のサリーネ・ヴァロアが左右真っ二つになって倒れていた。
「ウェー」
アラベラは死体を見るのと同時に吐きそうになり、後ろへと下がる。
「オラベラはやることをやって、私がアラベラの面倒を見る」
「うん、ありがとう」
エリザはアラベラの面倒を見るために下がる。
私とアンジェリカ姉さん、二人で保管庫の中に入る。
アラベラが気持ち悪くなるのもわかる。
これは……むごい。
自分も役目をこなそうという意思がなければ、
今すぐにも逃げ出したい。
そのくらい怖い光景だった。
人の中ってこうなってるんだってわかるくらい、
きれいに真っ二つに分かれている。
縦の見事な一撃。
魔力を込めた武器でも同じようなことはできる。
でもこんなきれいな切れ口にはならない。
魔力の暴発で切り口周りがクチャグチャになり、
死体のほうまでもが元の形を保てないことが多い。
魔力を込めずに武器の性能だけでこれができるのは…『刀』
もちろん切りづけた者の腕も関係しているのだろうが。
私と姉さんは辺りを調べた。
そして、地面が焦げている箇所を見つけた。
「カーライル衛兵隊長、この焦げ跡は?」
「ええと、確認します」
カーライル衛兵隊長は部下に聞いたが、
焦げた箇所は自分たちも見つけたものの、
なんでそうなったのかは、
まだわからないとのことだった。
「魔力感知にはひっかかるので、魔術を放った跡であると思われますが、なぜ地面にというところはまだわかりません。……魔術を放って外した?……といっても被害者は特級魔術師だったということですし、そこまで大きく外すとは思えませんが……。すみません、これ以上は情報はありません。何せ、我らも調べ始めたばかりなので」
私はカーライル衛兵隊長に感謝し、調査を続けた。
亡くなったサリーネ・ヴァロアさんが倒れている位置からすると、
この保管庫が目的地だったように思える。
ここに逃げてきた?
保管庫に逃げて、扉を閉めて、脅威が去るのを待つ。
うん、あり得る。
でも、犯人がショーウィンドウを破って入り、
サリーネさんを追いかけるとなると、
相手が異常な速さじゃない限り、
それに気づいたサリーネさんのほうが早く着くと思うんだけどな。
魔術で妨害もできただろうし……
それほど早い相手なのか。
ん?
「カーライル衛兵隊長、お店の大きなショーウィンドウはどうやって壊されたのですか?」
「はい、魔術が直撃した影響だと思われます。破壊魔術の痕跡が残っていました。魔力感知で確認済みです」
やっぱり。
私は次の質問をした。
「ショーウィンドウが破壊されたのは外からじゃなくて中からですよね?」
「ええと、そこまでは。少々お待ちください」
しばらく衛兵さんたちは調べた。
私も壊されたショーウィンドウの近くに移動をした。
「お待たせしました。はい、ガラス破片の位置から中からの衝撃で壊れたと見るのが正しいようです」
「ありがとうございます」
つまり、犯人はショーウィンドウを破って入ったんじゃない。
扉も壊されてなかった。
「カーライルさん、このお店に他に出入りできる扉、場所はありますか」
「今のところ我々は調べた限りでは、店の扉とあの壊れたショーウィンドウの部分の二つのみとなります」
ということは犯人は普通に入った。
たまたま鍵がかかっていなかったか……
サリーネさん自身が犯人を中に入れた可能性がある。
なぜ?
こんな真夜中の時間に見ず知らずの人を中に通す?
そんなわけない。
ならば……、
……知っていた?
サリーネさんは犯人を知っていた。
だから普通に中へ通した。
タリッサさんの殺人事件でも、
タリッサさんは殺される直前まで争った形跡はなかった。
そして二人で食事していた形跡もあった。
犯人は被害者たちを知っている?
だから怪しまれることなく近くまで近づくことができる?
それにタリッサさんも上下に切られていた。
犯行に使われた武器は『刀』と見て間違いなさそう。
やはりタリッサさんの殺害犯人と、
今回のサリーネさんの殺害犯人は同一人物と考えるのが妥当。
ショーウィンドウが割れたのも、
サリーネさんが犯人の意図がわかったときに反撃したからだろう。
もしかするとサリーネさん自身がショーウィンドウを狙ったかもしれない。
魔術を放って、ショーウィンドウを壊すことで大きな音を立て、
助けが来ることを期待したのかもしれない。
そして出入り口が一つしかなければ、
自分は生き残るために保管庫に逃れようとしたのだろう。
それが間に合わずに、うしろからバサリといかれた。
……うん、過程は合う。
ロジックも合ってる。
テッド兄さんのお教え通りのはずだ。
次にわからないのは保管庫の床の焦げている部分。
「オラベラ、わかったわ!」
保管庫にいた姉さんが大きな声で言った。
私はすぐに保管庫に向かった。
「わかったんですか、姉さん?」
「うん、上を見てごらん」
「上ですか?」
でも何もなかった。
「何も見えません」
「うん、じゃ今度は魔力感知をかけてごらん」
姉さんに言われる通りにやる。
「あ!魔術の残留がある」
「そう、しかも結構強力なやつよ。多分チェイン・ライトニング(連鎖雷)よ」
レベル8魔術・チェイン・ライトニング(連鎖雷)。
雷属性の大ダメージを与える魔術だ。
「しかも、保管庫の壁をバウンドしながら同じ相手に当たるように設計されている」
保管庫の壁などに魔力感知をかけて姉さんの推測を確かめる。
その通りだった。
でも、それならば……、おかしい。
私の顔がこわばったのが自分にもわかった。
「ええ、そうよ。オラベラの思っている通りよ」
アンジェリカ姉さんが言う。
「それだけの魔術をくらって生きていることはありえないのよ」
姉さんの言う通りだった。
チェイン・ライトニング(連鎖雷)は単体でもすごい強力な魔術だ。
だが、チェイン・ライトニング(連鎖雷)は枝分かれし、
複数のターゲットに直撃していく。
だが、この防衛魔術陣の設計では同じ人に何度も当たるように作られている。
チェイン・ライトニング(連鎖雷)をそんなに連続でくらって無事なはずがない。
普通は死ぬ。運良く生き延びられたとしても身動きなんてできやしない。
だけど犯人は、そこから刀を振り抜いてサリーネさんを殺しただけじゃなく、
犯行現場を脱走した。
普通じゃない。
ありえない。
それじゃ、魔術が効かないのと同じ……
違う!違う!違う!
彼なわけない!
そういうことをする人じゃない!
絶対に違う!
なわけない!
「オラベラ大丈夫?キツイなら一回外出ようか?」
「……いいえ、大丈夫です。ふー、はあー」
大きく息を吸って、吐く。
冷静になるのよ、オラベラ。
ちゃんと考えて、殺害の警報がなったときに彼と私はダンスフロアで、
ダンスフロアで……きっ!?
「オラベラ!やっぱり一度外に出よう!顔が赤い!あきらかによくないよ」
姉さんが言う。
「だ、大丈夫です。これは別のやつです。本当に大丈夫です」
ふー、はー。
OK、整理整理。
細かいところまでは思い出さなくていいわ。
思い出すと、頭が回らなくなる。
でも、大事なのはあのとき間違いなく一緒にいたこと。
その前もフォーヤオと話していたし、
その前も私はカサンドラと話しながらもずっと彼のことを見ていた。
だから彼が犯人である可能性はゼロ。
…………
念の為にもう一度整理する私。
うん、ゼロ!
よし!へへ。よかった。
…………って喜んでる場合じゃない!
ええと、ええと、なんだっけ。
そうだ、チェイン・ライトニング(連鎖雷)を何度もくらっても生きてられる、
そして動けるような人が犯人。
それってすごいな。
可能性、可能性……
ウィリアムくんのような魔術が効かない体質。
いや、でも回復、魅了、聖光魔術が効かないということは実証されてるけど、
ほかの系統はどうなんだろう?
と、とりあえず今度聞いてみよう。
教えてくれるかな?
次に、ウィリアムくんにもちょっと関係するところかもしれないけど、
アレグリアノ。
旧アレグリア帝国領出身の一部の人が持つと言われる、
魔術への高い抵抗力。
これがあれば耐えられるのかな?
ウィリアムくんもアレグリアノだから情報を持っているかもしれない。
うん、これもウィリアムくんに聞いてみよう。
そして最後に私が考えられるのは、
この店の商品、魔道具もしくは魔法具だ。
雷のダメージに強力耐性、
もしくは無効などというものがあれば、
十分にチェイン・ライトニング(連鎖雷)をくらっても、
サリーネさんを殺害し、逃亡することができるかもしれない。
魔道具、魔法具に詳しい人……
知らないな……、
あ、カサンドラ!
魔道具を専門的に詳しいわけじゃないのだろうけど、
カサンドラならなんか、
なんでも知っている気がする。
彼女に聞いてみよう。
よし、こんなところかな。
素人の私が見てわかるのはこのくらいだと思う。
私は自分が調べられた内容、
そして自分の憶測を全てカーライル衛兵隊長に話した。
「あ、ありがとうございます、オラベラ王女殿下」
カーライルさんは演技がうまい。
本当に驚いたように見せて、言ってくれた。
「王女殿下、もしかしてこういう事件を解決した経験があるのでしょうか?」
「ん?いいえ、ありませんよ、殺人現場に入ったのも初めてです。どうしてですか?」
「いいえ、なんと言いますか、見事な腕と言いますか、我ら衛兵の立つ顔がないといいますか」
「え?うそはつかなくていいですよ。こんなの衛兵たちでも調べられましたよね?」
「は、ははは、そ、そうですね。ですが情報共有ありがとうございます。そして、この事件の報告と解決した際の手柄はオラベラ王女殿下のものということでよろしいのでしょうか?」
「え?さっきから何を言っているんですか?そもそも私は今日この場にいなかったことになってますよ。それと手柄なんていりません。この情報で犯人を捕まえられた場合すべてそなたらの手柄にしてください」
「ほ、本当ですか?なんだ、そういうことなら、わざわざここに入って来るのを止めるまでもなかったですね」
「はい?」
「いいえ、なんでもありません。貴重な情報、犯人を捕まえるため役立てます!ありがとうございました」
そう言ったあと、カーライル衛兵隊長は引き下がった。
私は別に手柄がほしいわけじゃない。
事件を解決して、犯人を捕まえられるのなら、
誰の手柄でも構わない。
私と姉さんは外に出た。
そこにはやっと落ちつき始めたばかりのアラベラと、
彼女を看病するエリザがいた。
うん、いつも喧嘩しても本当は仲いいのだ。
この二人、片方になんかあったら世界を敵に回してでも、
もう片方を救いにいくと思う。
それはもちろん私も同じなんだけどね。
「ごめん、オラベラ。うち、そういうの苦手で…、何しにきたんだよって感じだよね?」
「ううん、そんなことない。アラベラが近くにいてくれるだけで、私、勇気出るから」
アラベラは驚いた顔をした。
「ヒヒ、そう?聞いたエリザ、オラベラ、うちがいると勇気が出るんだって!」
「あっそう、よかったわね、オラベラに褒めてもらえて」
ちょっとむくっとした感じでエリザが言う。
だからちゃんと言ってあげる。
「エリザもだよ」
「えっ?」
「エリザも近くにいると私は頑張れる。アンジェリカ姉さんも背中を押してくれるから進める。私にはみんなが必要。忘れないで」
「うん」「うん」「うん」
アラベラ、エリザ、アンジェリカ姉さんは頬を赤らめて言う。
みんなかわいい。
よし、そろそろ帰るとしますか。
「オラベラ王女殿下!オラベラ王女殿下!お待ちを!」
カーライル衛兵隊長が私たちを呼び止めた。
「どうされました?」
「いきなり呼び止めてしまってすみません。被害者の情報がたった今入りまして、お知らせしようかと思ったんです」
「ええ、はい、ありがとうございます。情報とはなんでしょう?」
「はい、被害者、サリーネ・ヴァロア氏は店を開く前まではランク8の冒険者として活躍していたそうで、レッドサークルとの戦争の発端となった事件で『レッド・デーモンの捕虜』となっていた一人だったようです」
それを聞いた瞬間、
私の中で点と点が繋がった。
タリッサさんもサリーネさんもレッド・デーモンの捕虜だった。
ということは他の二人も?
三人目の情報はないけど、
一人目はパラディンでランク8の冒険者だった。
もし、全員が高ランクの冒険者だったのならば?
レッド・サークルでの極秘任務、
クリムゾン・アウル部隊、
繋がる、繋がる。
今は憶測にしかならないけど、十分に可能性はある。
レッド・デーモンの捕虜となっていたのが、全員が高ランク冒険者なら、
レッド・デーモンの捕虜となっていた人たちこそが『クリムゾン・アウル部隊』だ。
そして、レッド・サークルの政府と交渉するというのは嘘で、
レッド・サークル本島に入った?
それで、レッド・デーモンに捕まって……
だったら戦争発端の理由は…、
責任は……ミレニアム協定国家連合にある……
……大問題だ。
殺人事件なんて枠で収まらない国家問題を通り越しての、
世界を巻き込む大問題だ。
ふー、はあー。
落ち着こう。
今は、憶測にしか過ぎない。
調べよう。
ことの真実を。
私たちはカーライル衛兵隊長に感謝し、
ルミナーレに戻った。
ー俯瞰ー
ダニロは普段抜くことのないレイピアを最初から抜き、
レッドに襲いかかった。
ホワイトシティに住む者なら誰だって知っていた。
ダニロ・ブリッツがレイピアを抜くときは、本気を出すとき。
つまり、相手が強敵だということを示す基準のようなものだった。
「こっちは俺がやる。もう一人を追え!」
ランク8冒険者のダニロ・ブリッツ、
通称『ブラック・フォックス』がそう言うと衛兵は従った。
「任せたぞ、ブラック・フォックス!我々はもう一人の仮面の男を追うぞ!」
そして、ダニロ対レッドの戦いが始まる。
ダニロは電光石火のように攻め立てた。
その一撃一撃に『技』も『速』もあった。
それが相手に反撃などさせぬ形の連撃で繰り出される。
これだけダニロ・ブリッツが達人の域にいることを証明するのには十分だった。
連続の突きを中心に組み立てられたダニロの攻撃には隙がなく、
その見事なフットワークでレッドに反撃をさせない。
徐々に追い詰めてるように見えたが、
ダニロの攻撃は全てギリギリのタイミングでレッドによっていなされていた。
そして、反撃を許さぬはずのダニロの猛攻にレッドが反撃に出た。
そこからの攻防は常人には目にとらえられないほどの斬撃の応酬。
赤鬼を追う衛兵たちは横目でそれを見て、
「すげぇ…」
と感服する。
一般の常識を逸した戦いをダニロとレッドが繰り広げる中、
闇に完全に溶け込みながら、その戦いを見守る少年はこう思った。
(やべぇ、マジでお兄ちゃんと渡り合ってるよ、レッド。本当にすげえやつだったんだな)
戦いは続く。
だが、お互いに決定打が出ない。
数回打ち合ったあとに、レッドは別の建物の屋上へ飛んだ。
「逃すか!」
ダニロがそう叫ぶと、レッドを追いかけた。
ダニロとレッドとの戦いは、
一つの建物の屋上から別の建物の屋上へと移動しながら続いた。
そして、気づけば、周りに誰もいない静かな場所にたどり着いていた。
互いに目を合わせ、周りを確認したダニロとレッドは武器を納めた。
「レッドさん、大変失礼しました。あの場ではあれ以外思いつきませんでした」
ダニロが言う。
レッドはしばらく何も言わずにダニロを見つめる。
ダニロはレッドに睨みつけられ、
レッドのオーラがダニロに向けられる。
いや、辺り全体を覆い始める。
ダニロは呼吸が苦しくなり、異常な圧を感じた。
ダニロがレッドのことを知っていなければ、
足がすくんでしまうところである。
しばらくするとレッドは向けていた圧を下げ、
ダニロは通常に呼吸できるようになる。
「怒らせてしまったようなら、大変申し訳ございません。レッドさんの意図がわからなかったので、一度あの場を離れてから話を伺おうと思いました。軽率な判断だったのならば謝罪を。そして償いに協力できることがあればなんなりと仰せください」
レッドは再びダニロを睨んだ。
「話は、あの場にいる全員を皆殺しにしてからもできたはずだ。そっちのほうが騒がしくなくて済むしな」
「……皆殺しはできるだけ控えていただけると助かります。衛兵たちは自分たちの勤めを果たしただけ。学生のほうはおそらく巻き込まれただけと思われます」
「学生は別によい。ただ、衛兵はオレを攻撃した。その時点で皆殺し案件だ。わかるだろ、ダニロ?」
「そ、それは……」
ダニロはレッドと深い付き合いがあるわけではない。
会ったのも一度きりだ。
だけど、その一度で思い知らされたことがある。
自分を含め、あの場にいる人間を皆殺しにしようと思えば、
それがレッドには、あまりにもたやすいということだ。
「冗談だ、ダニロ。そう固くなるな」
「えっ!?あ、ええ。はい」
(あれは冗談だったのか)
とダニロは思った。
レッドにとってどこまでが冗談で、
どこまでが本気なのかがよくわからない。
ゆえにダニロも反応に困ってしまう。
でも今は、ダニロは聞かなければならない。
なぜ彼がここにいるのかを。
「それでは改めまして。お久しぶりでございます、レッドさん。神々の祭典『ワイルドハント』以来ですね」
「あれらを神々と呼んでいいのかには大いに不満があるが。そうだな、オマエとはワイルドハント以来だな、ダニロ」
「サンからは何度かレッドさんに会ったと伺っております。ですが、ホワイトシティに来てたとは伺っておりませんでした」
「そうだな。サンにも知らせてないからな」
「そう…だったのですね。我々は、力ではレッドさんの足元にも及びません。ですが、この町、国には詳しいです。言ってくだされば何かしらお手伝いはできるかと思います」
ダニロはレッドに恩義があった。
なので、彼の手伝いをする、したいというのは嘘ではなかった。
ただし、ダニロはこの王国の、この街の住民でもある。
それゆえに、天災級に危険なこの男が、
なぜここにいるのかを突き止める必要もあった。
ダニロは、なんとかその情報を引き出そうとしていた。
だが、踏み込み方を誤って彼を怒らせれば、
自分の首など容易く飛ぶことも、ダニロは十分にわかっていた。
自分よりも強い者たちが、彼によって次々と殺されていく光景を、
ダニロはレッドと会ったただ一度の機会に何度も見ていたのだ。
「ふっ、そんな顔をするなダニロ。とりあえず肩の力を抜け。オレに剣を向けて、オマエは生きている。それがどういうことか、わかれ」
ダニロはそれを「オマエを殺す気はない」と受け取った。
少しだけ、ダニロは力を抜いた。
「オマエたちを頼りたくないとかそういうことではない。ただし、オレもこっちに来たばっかりだ。少し落ち着いてからオマエとサンには連絡を取るつもりではいた。というかそもそもこんなに早く表に出るつもりもなかった。だけどことがことだったからな。少しむかついちまった」
「そうでしたか。やはり、『レッド・デーモン』を偽る殺人鬼のことは放っておけないと」
「別に。それはどうでもいい、むしろオレが動きやすくなって助かるくらいだ」
「そ、そうでしたか。それではなぜ?」
「『刀』だ。これまでの殺人事件は刀で行われている」
「『刀』…ですか…」
ダニロは一生懸命にレッドが何を言いたいのかを考えたがよくわからなかった。
「この大陸で育ったオマエがそれ理解するのは無理な話だ。ただま、簡単に説明すると刀というのは武士の魂だ。レッド・サークルでは武士となった証として一振りの刀が打たれ、その武士に与えられる。特別な事情がない限り、武士は他の人の刀を使うことはない。そして武士は自分の刀が他の誰かに使われることを何よりも嫌う」
「そうだったのですね。では、レッドさんはレッド・サークルの決まり、伝統を破っている殺人者が許せないということですね」
「別に。オレにとってそんな決まりはどうでもいい」
「えっ?」
話が違うじゃん!
とツッコミたくなるダニロだったが、
相手は自分を瞬殺できるレッドのため、
ぐっと堪えた。
「いやいや、そこはツッコメよ。『話ちげぇじゃん』とかさ。ははははは」
「えっ?あ、はい。ははは」
改めてこの人は読めないなと思いながら苦笑するダニロだった。
「オレにとってその伝統はどうでもいい。でも、その刀の持ち主は違う。こんなしょうもない殺しに自分の刀が使われていることを、きっと心の底から嫌がっているはずだ。だから刀は回収させてもらう。どちらにせよ『レッズ』じゃないオマエらが持っていていい代物じゃない」
『レッズ』、それはレッド・サークルの住民のこちらの大陸の呼び方。
「その刀の持ち主は今捕まっている『レッド・デーモン』の物だったと調べがついています。捕まったあとに王の城の保管庫で収納してたのが盗まれたそうです」
「そうか。教えてくれてありがとう。でもそこらへんの事情はどうでもいいかな。とりあえず今は、刀の行方のみが知りたい。刀を回収したらしばらくは表に出ないようにするよ」
「わかりました。刀の行方について何か情報が手に入りましたらすぐにお知らせします。どのように連絡を?」
「サンにオレと連絡がとれるアイテムを渡してある。それ経由で」
「かしこまりました」
「それじゃ、またな、ダニロ」
「レッドさん。一つだけいいですか?」
「ん?なんだ?」
「今捕まっている『レッド・デーモン』はやはりレッドさんのお知り合いなんですか?」
「ああ、そうだな。今日、あの刀を見て確信したよ」
「刀を見て?ということは自分の代わりに捕まるように仕向けたということではないのですね?」
その質問に、レッドからオーラが溢れた。
大きく、強力で禍々しいオーラ。
ミレニアムナイトが纏うものとは全く違う、赤きオーラ。
ワイルドハントで見たことがあったけど、改めて感じると体が震える。
内臓がおしつぶされる感覚と、
心臓が握りしめられているような威圧が全身を支配する。
冷や汗が出て、めまいがする。
このまま続けば立っていられなくなる。
「オレが戦友にそんなことをさせるようなヤツだと思うのか、ダニロ?」
「いいえいいえ。決して。ですが、報告にあった話では、あの男は自ら、トミー・ボイルズを殺害した『レッド・デーモン』と名乗り、刀も持ち、圧倒的な強さだったと聞きました。それにあなたがワイルドハントで身にづけていたのと全く同じ仮面を身にづけていた。あり得ないとわかりながらも、レッドさんが捕まったのではと思い、自分もサンも心配したんです。ですが、あなたじゃなかった。それでも何かしら関係があるのではと思ったんです。失礼な質問をしてしまい、すみませんでした」
赤きオーラが引いていく。
しばらくすると、完全に収まる。
「はあ、はあ、はあ」
ダニロは徐々に息を取り戻しながら改めて思った。
この人とは絶対にやり合いたくないと。
その日が来ないことを強く願った。
「オレは彼に何かしろとは命じていない。そもそも何年間も話すらしていなかった。なぜ『レッド・デーモン』を偽ったのかもわかりやしない。だが、結果的に『レッド・デーモン』は捕まっていることになってるからオレが動きやすくなったのは事実だ」
「そう…だったのですね。失礼なことをお聞きしました。お許しを」
「もう気にすんな。とりあえずダニロ、オマエの街にしばらく邪魔させてもらうわ」
「ええ、かしこまりました」
「刀を回収次第、オレが本来ここに来た目的をオマエとサンに共有する。そのときは時間をもらうぞ」
「我ら二人だけでよろしいのでしょうか?ワイルドハントの他の優勝メンバーも数人は集められます。『ナイトホーク』さんだけは行方が掴めていませんが……」
「全員を巻き込む必要はない。そもそもオマエ達も巻き込むつもりはない。頼むのだとしたら情報共有くらいだ。何よりもオマエたちが何に気をつけなければならないのかの話になる。オレの話を聞いたあとにオマエらが他のメンバーに伝えるかどうかを決めろ」
「かしこまりました」
「じゃあな」
そして一瞬にしてレッドは姿を消した。
ダニロも念の為にあたりを確認したあと、その場を去った。
だが、レッドもダニロも気がづかなかった。
その場の近くに闇と同化し、
完璧に気配を絶っていた者のことを。
その者はレッドのオーラにあてられ、冷や汗をかき、
身動きすらとることができない状態だった。
数週間前に世界最強と言われるジアンシュのオーラを浴びたときでさえ、
こうはならなかった。
その者は、いつものように気ままに、だらしなくなんてできなかった。
心の中では、どうしていいのかわからないほどのショック状態に陥っていた。
(お兄ちゃん?レッド?レッド・デーモン?はぁ!?どうなってんの!!??)
二人をつけていた少年が、まさにそう思っていたのだった。
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次回――第26話「ワンズデスティニーとゆらめく恋心」
ルミナーレの夜明け前。
守るべきものと、寄り添いたい人。
“群れ”に迎え入れられる嬉しさと、胸のきしみ。
ふと胸をよぎる、獣人の言い伝え“ワンズデスティニー”。
音のないダンスが終わる頃、ゆらめく恋心は静かに形を取りはじめる——。
面白かったら☆・ブクマ・感想、めちゃくちゃ励みになります!
第26話は【12/25(木)】公開予定




