表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミレニアム学園 ―赤き終焉への抵抗―  作者: 赤のアンドレ
【1年生編 ー赤い脅威ー】 第2章:クラスリーダーと連続殺人事件
25/27

第24話:ルミナーレの夜

・4月22日(月曜日)


ーオラベラ・セントロー


待って!待って!

心の準備ができてないって!

もうちょっとだけ…待って…


「ああ、わかった。オマエがその心をオレに明け渡すまで、オレはいくらでも待とう」


「い、いいの?」


「当然だ。オレはオマエの男で、オマエはオレの女になる。そう運命によって決められている。もう少しそれが遅れようとも変わらぬ。このままオマエに触れられない距離も楽しもう」


「あ、あの、触れるのは大丈夫だから、そ、その、き、キスはもう少しだけ、本当にもう少しだけ…待って…」


ウィリアムくんは両手で私の両手を持った。


「わかった。ただ、これだけは覚悟しておけ、オラベラ。その唇をオレに預けたときが最後。オレはもう止まらぬぞ」


「と、止まらないって?」


「ふふ、それはそのときになったらその身に徹底的に教えてやる」


「そんなこと言われたら、き、気になるじゃん!」


「ふふ、ではどうすればいいのか、オマエは既に知っている」


「う、うん。わ、わかった。……いいよ」


「言ったな」


「…うん」


ウィリアムくんの顔が近づいてくる。

やっぱり、

待って!待って!

もうちょっとだけ待って!


「オラベラ!」


「…待って、もうちょっとだけ…、待って…モニョモニョ…」


「オラベラ!」


「もうちょっとだけ…」


えっ?なんでエリザの声がするの?

ウィリアムくんは?


「オラベラ!起きないと氷条くんとの特訓に間に合わないわよ!」


「……?……はい!オラベラ起きてます!」


やっと意味がわかった私は慌てて半身を起こした。


「早く準備してね。昨日のクエストで疲れてるのはわかるけど。氷条くんはもう闘技場向かったよ」


「う、うん、ごめん。すぐに準備するね」


うそ!夢!?

私、なんて夢を見てたの!?

あ、ありえない!

うそよ、うそよ!

そんなわけない!

昨日ウィリアムくんが顔を近づけて、近づけて、

それで、私に……したせいだ。

そうだ!ウィリアムくんが悪い!

私はそういう夢を見ないもん!違うもん!


私は急いで支度を始めた。

その最中にアラベラがニコニコしながら近づいてくる。

いや、ニコニコじゃない、その笑顔……怖い。

そして顔を近づけ、私の耳で囁く、


「で、夢ではどこまでやったの?手繋いだ?キス?それともその先も?」


「な、なんのことでしょう…」


「ふ〜ん、とぼけるんだ。まぁ、いいや。でも、これでオラベラに初めて好きな人ができたってことでいいのかな?」


「違う!私はウィリアムくんのこと好きじゃない!そ、そういう意味では…、人として、と、友達としては、好き…だけど…」


「ヒヒヒ、やっぱり!」


「えっ?なに?」


「うち、ウィリアムくんなんて一言も言ってないもん。夢の相手はやっぱりウィリアムくんだったんだね」


「う、うぅ…」


やられた……

また勘違いされる。

勘違い…?勘違いよね?

私、ウィリアムくん好きじゃないよね?

私、好きな人はいらない…よね?


「で、なにをされそうになってたの?」


「えっ?なにって?」


「だって寝ながら『待って、待って、もうちょっとだけ待って』って何度も言ってたからさ」


「そ、それは…」


頬が熱い!耳が熱い!ていうか体が熱い!

思い出すだけで。


「なんかの勘違いよきっと」


「そう?ってそうだよね。うちもそう思ったんだ」


「……なんで?」


「だって『待って』って何度も言うのに、うちには『来て』と言ってるようにしか聞こえなかったんだもん」


「!?」


恥ずかしい……

顔が真っ赤すぎて、目を合わせられない。


「バカベラ、オラベラをいじめるな!さらに遅れちゃうでしょう」


「は〜い」


エリザがもう少しで無理になりそうなところでアラベラを止めてくれた。


「早く着替えなさい、オラベラ」


「…うん。…ね、エリザ。私、本当にそういうこと言ってた?」


「言ってたわよ」


「うぅ…」


「今はそんなことはいいから、早く行くよ」


「……うん」


遅れていたけど、

ブアちゃんが手伝ってくれたおかげですごく早く支度を終わらせることができた。

ちなみにブアちゃん特訓には来ないけど、

私たち三人よりも早く起きて、支度を手伝ってくれる。それも毎日。

メイドじゃなく、友達になりたいのは今も変わらないけど、

誰かの世話をするのが本当に好きみたい。

私たちのお世話をしているときが本当に嬉しそうなのだ。

だから私たちのお世話をすることに関してはもう何も言わない。

だけど、いずれは平等に接してくれるようにこれからも頑張っていきたい。

ブアに感謝して、三人で闘技場に向かった。


少し遅れて闘技場に到着した。

氷条くんは既に準備完了の状態で私たちを待っていたが、

全く怒らずにいつも通り接してくれた。優しい!

さあてと、今日も特訓だ。


あれ?なんでだろう?

剣がよく触れる。

剣がどこまで届いて、どこに重心があるのかがはっきりとわかる。

まるで剣が自分の一部になったかのように。

なにこれ!?楽しい!


「さすがです、オラベラ殿。こんなに早く剣と一体となるとは」


「い、いいえ、氷条くんの教えが上手だからです」


氷条くんにも褒められた。


そして型が終わり、模擬戦を行った。

そこで不思議なことが起きた。


「えっ?」「マジ!?」


エリザもアラベラも驚いている。

というより私が一番驚いている。


「お見事です、オラベラ殿」


「あ、ありがとうございます」


氷条くんから初めて一本を取ったのだ。


「オラベラ、すごいぞ!」


「うん、すごすぎ!なんか今日絶好調じゃない?」


「ははは、そ、そうかな」


でも、そんな気がした。

なんか何をやってもうまく行くような気がした。

気持ちは晴れており、世界が自分を後押ししている感覚があった。

すごい嬉しくて、すごい幸せって感じ。

……どうして?

すごくいいことなんだけど、どうしてこうなったの?

……ウィリアムくん?

違う!違うの!たまたま今日調子がいいだけ!たまたまよ!


私は否定しながらも今まで感じたことのない大きな幸せを感じていた。


特訓が終わり、授業に向かった。

歩いている途中から…、

ううん、起きたときから私はこう思っている。

『会いたい』と。

だからいつも以上に歩きが早かったのだと思う。

アラベラに「早いって、そんなに慌てなくとも間に合うって」

と言われてしまうほど。


だけど、快晴だった私の心は目の前の光景を見て崩れた。

大雨を通り越して、雪と雪崩と嵐が同時に来た。


「メスライオン、ボスから離れるのです!」


「ここはうちの定位置なの!あんたこそ離れなさいよ犬!」


「むかっ!ボスの隣はザラサの定位置なのです!メスライオンが黙るのです!」


「あんたこそ黙りなさいよバカ犬!」


ウィリアムくんの左右でンズリとザラサちゃんが

ウィリアムくんの左右の腕に絡まりながら喧嘩している。

ウィリアムくんは困った顔をしている。


「おはよう、オラベラ」


「…うん、おはよう」


彼のあいさつに消えそうな声で返事する。


「ベラ、おはよう」


「ベラベラおはようなのです!」


「おはよう、ンズリ、ザラサちゃん。……ンズリ、ウィリアムくんと仲直りしたんだね」


「うん、ベラのおかげ!マジサンキューな!」


「…う、うん…」


私のおかげ?なんで?

というかいつ?

昨日の夜遅くまでウィリアムくんは私と一緒にいたのに……

あの後?

会いに行ったってこと?

私にあんなことをしといて、

別の女に会いに行ったってこと?

…………。

自分の心が黒くにごっていくのがはっきりとわかった。


「授業が始まりますよ、早く中に入りなさい」


いつのまにかそこに立っていたセバスチャン先生が言う。


私たちは教室に入った。

ウィリアムくんの左隣にザラサ、ブヤブくんが座り、

右にンズリが座った。


「オラベラ、大丈夫?」


アラベラが聞く。


「…うん」


「本当に?顔色悪いよ」


エリザも聞く。


「…平気」


平気なんかじゃない。

心臓が抉られたかのような痛みが走る。

心臓を剣で貫かれたらこんな感じなのだろうか?

いや、こんなに痛くはないと思う。

痛い、苦しい、誰か……助けて。



ーサムエル・アルベインー


今日は朝からたくさんの人の動きが活発だ。

まず昨日の件でやっと仲直りできた、ウィリアムとンズリ。

ンズリが彼の右、ザラサが彼の左腕に絡まるようにずっと移動するようになった。

それもあってか、ブヤブがウィリアムの隣じゃなく、

ザラサの左隣に座ることに。

だけど、本人はそれを気にした様子はなく、

むしろ、心配そうにウィリアムのことを見ていた。

それもそう、あの二人『犬猫』のように仲が悪いのである。

ライオンは大きな猫のようなもんだから、ある意味『犬猫』であってんのか。

ともかく、授業中以外の時間はずっと喧嘩している。

ウィリアムは基本的に黙っているが、

我慢が効かなくなると「オマエら黙れ」って超冷酷に言う。

そうすると二人が、

「ごめんね、ウィリ。怒らないで♡」「ボス、ごめんなさいなのです」

と一時的におさまるが、またすぐに始めてしまう。

ウィリアムは頭を抱えている。

昨日仲直りしたばっかなのに、今日のほうがつらそうだ。


俺はもちろん、ウィリアムのところにはいかない。

あんなめんどくさいことに巻き込まれたくないからね。

クレアが何度か目を合わせてくれたけど、申し訳ない、

ンズリとウィリアムが仲直りしたからって俺は戻る気はないのよ。

ウィリアムのこともンズリのことも嫌いじゃないけどね。

遠くから応援させてもらうよ。


次にオラベラだ。

まるで、お通夜かのような顔だ。

王族の誰かが死んだか?ってそんなわけねぇよな。

そんなことが起きれば学園でもその話で持ちきりなはずだ。

でも、あんな顔をしたオラベラは見たことがない。

落ち込むことはあっても、あそこまで暗いのは初めてだ。

いったい何があったんだ。

エリザとアラベラはなんとか慰めようとしているようだが、

効果は見られない。

午前の授業は全部死んだも同然の状態だった。


そしてもう一つ、おかしい動きをしていたのは、

不良くん、クレイが率いる一味だ。


特にアルフィとノクティシアがいろんな人に声をかけている。

ノクティシアは主に男子に、

アルフィは女子に話しかけている。

ノクティシアはそれでアルファのエドワード王子に気に入られたようで、

長い時間話していた。

アルフィはガンマのレジーナ王女をはじめ、

ベータのカサンドラ、

アルファのオラベラなどにも話しかけていた。

と言ってもオラベラは死んでいるので話にすらならなかったようだが。


もう一人のクレイの取り巻きである牛科の獣人のラトナには動きはなく、座っているだけ。

ボスのクレイは数人には声をかけていたが、

大きくは動いていない。

……と思っていたら、オメガ側に歩いてきた。

向かう先は……、

ウィリアムのところ!?


「おい、色男。てめぇがアレグリアノってのは本当か?」


右にンズリ、左にザラサのウィリアムの真正面に立って、

上から見下すように言うクレイ。

あー、これ下手したら、おっぱじめるぞ。

クレイはいうまでもなく、

ウィリアムもどこでも喧嘩上等なスタンスだ。


ザラサとブヤブはもちろん、ウェイチェン、我鷲丸、フェリックス、

それにシドディまでが立ち上がった。

あれ?もしここで一戦始まったらウィリアムの味方する気まんまんだよ。

みんな優しいな。友達である俺だけが「巻き込まれたくねぇ」と思ってんのか。

薄情なやつだな俺って。


「ああ、そうだけど。オマエはその白銀の髪と赤い目からするとノルディックスか」


睨みつけながらクレイに返事をするウィリアム。


「そうだ。まぁ、ノルディックスは青目も結構いるんだけどな。女々しいから俺は『赤』でよかったと思ってるぜ」


「ああ、そうだな。『赤』はいい。オレも好きな色だ」


「ははは、この大陸では赤は呪われた色とか言われてるけどな。まぁ、昔に存在したあの妲己って女が赤毛に赤目だったことも大きいのだろうがな。でもそんなの関係ねぇ。他人が、いや、世界がどう思うが関係ねぇ。好きなものは好きだ。オレ様も『赤』が好きだ」


「違いねぇ。世界がどう思うかなんて『クソくらえだ』」


「ははは、気が合うな、色男。『色』の好みも、『女』の好みもな」


「ふふ、そのようだな」


ここでウィリアムは立ち上がり、クレイと睨み合った。

ザラサは「ガルルル」と威嚇し、

ンズリもいつでも動けるようにスタンスを取る。

てか、自分のクラスのリーダーなのにンズリは迷わずウィリアムの味方するんだな。

そして、それを見たクレアもンズリの味方をするため、立ち上がる。

尚更オレが薄情ものになるな。

でも今さら立ち上がるのもな、なんかタイミング逃したし、

今立つとさ、「えっ?オマエ遅くねぇ?」みたいなるじゃん。

これなら何もないことを願って、何もせずに座って、実際に何もなかったら、

「俺はウィリアムはこんなところで喧嘩しないと信じていたのさ」

みたいなことを言ったほうがいいと思うんだ。うん。


「踊りは好きか、色男?アレグリアノは踊りが大好きだと聞く」


「ああ、好きだぜ。というより、血には逆らえねぇって言ったほうがいいかもな。いい音楽が流れてたら、体が勝手に動く」


「ははは、いいね。最高じゃねぇかよ。だったら喜べ。いい音楽と最高の場を用意した」


「あっ?」


「今週の金曜日の夜、ホワイトシティのミレニアム区のクラブ、『ルミナーレ』を貸し切った。最高のDJと最高の女を呼んである。そのはべらせてる二人より上かって言われるとさすがに弱るが、別味を楽しむ分にはいろいろと用意してるぜ。ぜひ、来てくれよな」


「……ああ、楽しそうな話だな。ほかに何も用が入らなければ行かせてもらうよ」


「そうこなくちゃ。学生書を見せればただで入れるようになっている。酒も飯もこちら持ちだ。遠慮せず、朝まで飲んで、食べて、やりまくれ」


「おう、ありがとうな」


おお、喧嘩するかと思いきや、すごいまとも?な会話だった。


「もちろん、てめぇらも来ていいぜ。学園中を誘うつもりだ。てめぇらも先輩や学園の知り合いに声をかけてけ」


オメガの全員に向かってクレイは言った。

そのあと、普通に自分の席に戻った。


金曜の夜にクラブ・ルミナーレでパーティーね。

って、クラブ・ルミナーレはこの街No.1の高級クラブじゃねぇか!

それを貸し切った!?

俺ら五大貴族の誕生日でも親が渋るくらいにありえないくらいの額だぞ。

どうしてただの学生がそんな金持ってんだよ!?


ともかく、いろいろと騒がしい月曜になったぜ。



ーオラベラ・セントロー


専攻授業の時間になった。


「はい、じゃいつも通りね。ザラサこっちに来なさい」


「はいなのです。おねいさんと行くのです」


アンジェリカ姉さんとザラサちゃんは少し離れた位置で特訓を始める。

その場に残されたのは私とウィリアムくん。


「よろしくな、お姫様」


……誰がお姫様か教えてやるわよ。


模擬戦の形を取って一対一の勝負をした。

私はいつもは三割くらいに抑えている力を五割くらいだした。

ウィリアムくんに攻撃させずに一方的に私が攻め立てた。


「おいおい、お姫様、ちょっと今日荒くない?」


「別に、もう専攻授業始まって一週間でしょ?こんくらいが普通よ」


「……そうかよ」


私は攻め立てた、彼が反応できない、受け止められないはずの速度、強さで。

だけど、彼は全部を受け止めた。

苦しみながらも全部防いだ。

一撃すら入れさせてもらえなかった。

なんでよ、なんでよ、なんでよ!

むかつく、むかつく!

女が二人いるだけじゃなくて、なに剣術もうまくなってるの!?

いいわよ、いいわよ。

五割で当たらないなら、もっと力を出してやる!六割!


……当たらない、全く当たらない。

彼は反撃はできないけど、全部防がれる。

なんで?なんでなの?

もっと!もっとよ!

七割の力を出した。


なんで当たらないの!ね!なんで!?

一発くらい当てさせてよ。

この鬱憤を晴らさせてよ!

じゃなきゃ、私はどうすればいいの?

ね!私はどうすればいいのよ!?


「はぁ、はぁ、ちょっとタンマ、プリンセス。休ませてくれ」


プ・リ・ン・セ・ス?

誰がプリンセスか教えてやる!

もう怒ったわ!七割で当たらないなら、本気でやっても大丈夫よね?


「ダメよ。もう一回」


ウィリアムくんは膝をつきながら私を見つめた。

一度、大きく息を吸い、立ち上がって構えた。

そして試合を始める前に一度お辞儀をされた。

なんとなくだが、

そのお辞儀は私には「よろしくお願いします」ではなく、

「ごめんなさい」に見えた。

でも、ダメよ。許さない。許さないんだから!


そして私は本気で打ち込んだ。

どうせ当たらないのでしょ!?

わかってるのよ、戦闘力Fなんかじゃないってことは。

ていうか本当に苦しんでさえいないんでしょ?

そういうふうに演じているだけだよね?

本気を出せば私なんて余裕で倒せるんでしょ?

この前の首切断はたまたまじゃなくて普通にできるんでしょ?

やってみなさいよ!やりなさいよ!私を打ち倒しなさいよ!


「くはっ」


う…そ…

なんで?なんで?違う、違う。

私は本気を出しても当たらないはずなの…

彼は私よりも強いの、私、わかってるの…

ち、違うの…


私の本気の一撃がウィリアムくんに当たった。

しかも頭に。

訓練用の武器でなければ確実に殺していた。

大丈夫…よね?


だけどウィリアムくんは血を出して倒れて、動かなかった。


「ボス!」


全速力でザラサちゃんがこっちに来る。


「ボス、ボス。ね、ボス。大丈夫なのです?」


ウィリアムくんの体を揺らしながら、

今にも泣き崩れそうになりがら言うザラサちゃん。

ウィリアムくんは動かない。


「ボス、お願い…、ザラサを一人にしないで…」


ザラサちゃんの尻尾が地面にひれ伏し、

耳も垂れて、表情が暗くなる。

自分の世界が終わったかのような顔をした。


違うの、こんなはずないの。

彼は、彼は…


「オラベラ!何してるのよ!ウィリアム相手にそんな速度で打ち込んで」


アンジェリカ姉さんに怒られる。

どうでもいい、もうどうでもいい。

ンズリのものにでも、ザラサちゃんのものにでもなっていい!

誰のものにでもなっていいから起きてよ。

私の側からいなくならないでよ!


「ごめんなさい…、ごめんなさい…、私…」


涙が溢れて、止まらない。

でも、それもどうでもいい、なんとかしなくちゃ!

ボールウィッグは?ボールウィッグはどこ?


「おい、何があった?」


ガレス先輩も来た。


「ごめんなさい、わ、私が、」


「いてぇ…」


「ボス!」


ウィリアムくんはすごく痛そうにしながら、半身を起こした。

ウィリアムくんは頭から血を出している。

でも、よかった。よかった。


「ボス、よかった。よかったのです。ボスが大丈夫でよかったのです」


ザラサちゃんは泣きながらウィリアムくんに抱きついて離れない。


「少しどけ、ザラサ。回復魔術を使う。『グレーター・ヒーリング』」


ガレス先輩が言うと魔術は発動されるが、

魔術の効かないウィリアムくんにはもちろん効果がない。


「あれ?確かに発動したんだけどな、もう一度だ」


「おそらく何度やっても意味ないよ、ガレス」


その声にその場にいた全員が静まり返った。

いつのまにか、彼は平然とそこにいたのだ。

世界最強、『剣聖』ロン・ジアンシュ。

彼のその雰囲気にみんなが飲まれる。

ガレス先輩でさえ、少し震えている。


「僕がやろう」


そう言って、ジアンシュ先生はウィリアムくんに近づき、

近くまで来るとしゃがんだ。

そしてウィリアムくんの怪我している部分に手をかざそうとしたところ、


パチン


という音がした。

ウィリアムくんがジアンシュ先生に手を弾いたのである。


「あれ?君を回復させたいだけなんだけどな」


「オレに触るな」


ウィリアムくんは立ち上がり、ジアンシュ先生を睨みつけた。

いや、見下したのである。

世界最強を見下したのである。

これにはザラサちゃん以外全員があっけにとられた。

ジアンシュ先生も立ち上がった。

目を布で巻いているから、

ウィリアムくんの目線に気づいたのかはわからないが、

ウィリアムくんは目線のみでなく、敵にむけるような圧を先生に向けている。


「そう、怒るなよ、ウィリアム。僕は君の担任として、君の面倒を見る義務がある。その傷を癒させてくれればすぐにでも帰るよ」


「てめぇは担任じゃねぇ、クイーンさんが担任だ。面倒を見る義務があるなら、その義務を放ったらかしにするな」


「ははは、これは耳が痛い。ごもっともと言わざるをえないな。ただ、その傷は浅くない。僕に直してほしくないのなら、ミレニアムナイトの先生の誰かに癒してもらわないと。だってオマエ、『魔術では』治らんのだろう?」


「誰が、貴様らの手を借りるかよ」


そう言って、ウィリアムくんはジアンシュ先生に背を向けた。


「ガレス先輩、治療のために授業を抜けます。よろしいでしょうか?」


「えっ?あ、ああ、そ、そうだな。気をつけていけよ。ザラサ、ちゃんとウィリアムについて行ってやれよ。何かがあったら吠えてみんなに知らせろ。いいな?」


「わかったのです。ボス、行こうなのです」


「ああ、行こう…」


こうして私の史上最悪の月曜日は終わった。

でも、いい。ウィリアムくんが無事ならいい。

あとのことはどうだっていい。



・4月23日(火曜日)


我鷲丸(がじゅまる)


うん、今日も俺は英雄道をゆく!

やっぱり、初めて来るはずのところなのに

「俺ここ知ってるわ」ってなるとこが多い。

これが英雄王の「ナンデモ・シッテイル」の能力ゆえか。


と、まぁ俺は今日も英雄を導く王でなければならぬ。

そのためには何が必要かと考えた。

そして俺は究極の答えに辿り着いた。


『武器』だ!


アルトリア王国の王、アーサー王は『騎士王』と呼ばれているらしい。

なかなかにかっこいい二つ名だ。

まぁ、『英雄王』にはかなわぬがな。ふははははは。


でも、そのアーサーには伝説の武器『聖剣・エクスカリバー』を持つという。

騎士王に聖剣・エクスカリバー。

なんともかっこいい響きではないか。


だからこそ俺も伝説の武器を手に入れなくてはならないと考えた。

この天才的発想こそ英雄王である。


それに、夢では武器がなかったからな、拳で戦っていた。

それで何もできずに後ろからぐさっといかれたかもしれない。


ともかく、俺は武器を手に入れることにした。

武器と言ったら、我が配下『シドディ』を頼るのは必然だ。

彼女も、

『英雄王、武器が欲しかったら言ってね、すんごいの作ってあげるからね!』

と言っていたのだ。


ゆえに、俺はここに来た、ミレニアム学園の工房に。


ふむふむ、一年のドワーフの彼に、

強そうな赤毛の大きい女。

ふふ、どちらとも英雄だ。

でもシドディがいないな。

どこにいるんだろう…


そう思っていると、工房の中にある一つの部屋が爆発した。


ドカン!って音と共に小さい物体が爆発した部屋から空中に飛ばされる。

それが、ヒューって飛んでいって、床にポンと落ちて、

コロコロ、コロコロと回って俺の足元まで転がってきた。


「キャハハハ、失敗失敗。あっ、かっちゃんじゃん!こんなとこで何してんの?」


それは黒焦げになりながらも、満面の笑顔で笑うシドディだった。

あの爆発でも無事だとは、さすが英雄王の配下である。

とりあえず俺が来た目的をシドディに伝えた。


「おお!武器を作ってほしいのね!イェーイ!」


「イェーイ」


配下とのハイタッチを断らないのも英雄王である。


「うんうん、任しといて!最高で最強のやつを作ってあげるよん!で、どんなのが欲しいの?」


「かっこよくて、強くて、スーパーでウルトラなやつだな!」


「おお、スーパー&ウルトラなやつね、了解」


シドディはメモを取った。


「接近系?遠距離系?」


「どっちもやな」


「だよね〜。かっちゃん、わかってるー」


「ふははは、英雄王だからな」


「で、形は?剣?斧?槍?なにがいいの?」


「うーーーんと。団扇だな!」


「団扇!?」


「うん、できるか?」


「やるー!うち、今まで団扇の武器を作ったことないの!超楽しみ!スーパーウルトラに仕上げるから楽しみにしててね」


「うむ、期待しているぞ」


「うん!あっ、でも、ちょっと時間はかかるかも、今ね、アンバーに頼まれて、オプティマスの武器を作る準備に入っているの。特別な素材で作りたいようだからまだ、作り始めてはいないんだけど、設計図とか付与効果とかはもうデザインしてるの。だからかっちゃんの武器はその後になるけどいいかな?」


「うむ、もちろんだとも。英雄王であっても順番は守らねばならぬからな。じゃなきゃ示しがつかん」


「キャハハハハ。そうだねそうだね。じゃ、楽しみにしててね」


「うむ、では、また寮で」


「まーたねん〜」



・4月24日(水曜日)


ーオラベラ・セントロー


専攻授業にて、


「おい、どうしたお姫様。オレはもう大丈夫だって言っただろう。前みたいに教えてくれって」


「……ごめんなさい。私はもう『あなた』相手に剣を振れない」


「『オラベラ』、月曜のは事故だ!引きずるな。オレのときだけじゃなく、オマエの戦いそのものに影響するぞ。いいから打ってこい」


そう言われて剣を振ったが、当てるのが怖くて、

子供でも避けられそうな速度しか出ない。

なんの特訓にもならない。

もう私は彼に教えないほうがいいんだ。

変わってもらおう。

本来は私は教えていい立場ではない。

あんなことしたあとに、教えていいはずがないんだ。


「ウィリアム、ごめん。やっぱり代わろう。私がウィリアムに教えるわ。オラベラはザラサに教えて」


アンジェリカ姉さんが言う。

うん、それがいい。


「ダメです」


「はぁ?」


「このままではオラベラによくない。恐怖に支配されて戦えなくなりますよ」


「わかってるけど、その最大の恐怖対象である『ウィリアムを傷つけてしまう』可能性がいちばん高いのが、ウィリアムに教えているときなんだから、こうなっちゃうでしょ?」


「だからこそ、そこから逃げずに克服するんです。今逃げたら、回復が長くなりますよ。何年もかかるかもしれません」


「でも…」


「私はもう嫌!ウィリアムくんに教えたくない。ウィリアムくん相手に剣を振りたくない。もうウィリアムくんを傷つけたくない!」


私たちの話を聞いてガレス先輩が話に入った。


「話は聞かせてもらった。では、オラベラはこれから僕が受け持つグループで教えよう。ウィリアムには別の講師をつけるので心配なく」


「……はい、お願いします」


私は返事した。

彼を傷つけるのはもう二度と…


キーン


って音がした。

ウィリアムくんが剣を床に投げ捨てたのである。


「オマエがオレに教えないなら、オレはもうこの授業に来ない」


それだけ言ってウィリアムくんは去って行った。

もちろんザラサちゃんも彼について行った。


「困った人だな。残念だが、授業放棄としてポイント減点させてもらうよ」


ガレス先輩がそう言った。


ごめんなさい、ウィリアムくん。

ウィリアムくんを失うわけにはいかないの。

できないの……



夜、アルファ寮女子部屋にて、


「もう、オラベラ!いい加減に機嫌直してよ。オラベラがお通夜だとみんなお通夜になっちゃうでしょ?」


アラベラが言う。


「だから、平気だってば」


「嘘つけ!エドワードにはめられたとき以上にまいってんじゃん!」


「…違うって」


「ねー、もういいじゃん!ウィリアムくんも大丈夫で、本人も怒ってないんでしょ?また前みたいに仲良くしなって。オラベラ月曜の朝まで今までにないくらい絶好調だったじゃん。なんで絶不調になってるのよ」


「なってないって」


「なってるわよ」


エリザが言う。


「……」


「昨日、今日の氷条くんとの特訓だってダメダメだったじゃないの、型でも模擬戦でも」


「たまたま調子が悪かっただけ」


「たまたま調子が悪いだけで、オラベラがアラベラに負けるわけないでしょ?」


「ちょっと!ってまぁそうなんだけど…、そういう言い方はないでしょ!赤毛魔女!」


「本当のことでしょうがバカベラ!」


そして二人の喧嘩が始まった。

いつもなら止めるけど、今回は助かる。

私に、もう答えたくない質問が来ないから。

もう聞きたくない、

ウィリアムくんのことなんて聞きたくない!

忘れたい!会わなければよかった!

こんなに苦しいならこんな学園に来るんじゃなかった。

……なのに、頭から離れない。

ずっと同じ瞬間が頭に流れる、

私が彼の頭に剣を直撃させた瞬間が…

あれが、本物の剣だったら…

あと、少しでも魔力が乗っていれば、

ウィリアムくんは、ウィリアムくんは……

お願いだから、もう出てこないで、ウィリアムくん。


「おお、ウィリアムくんってそうなんだ」


全く予想していなかった人からウィリアムくんの名前が聞こえる。

ミレニアムガゼットを読んでいる、スラビちゃんだ。

何かに取り憑かれたかのように私は立ち上がり、

スラビちゃんのベッドで彼女の横に座った。


「おお、オラベラ。どうしたの?」


スラビちゃんが驚いて聞いてくる。

いきなり自分のベッドに他人が座ったのに、

嫌がるどころか喜んでいる。

なんていい子なのだろう。

だけど、ごめん。

ウィリアムくんがなんだって?


「今なにしてるの、スラビちゃん?」


「あのね、僕、ガゼット読んでたら面白い記事見つけたんだ」


「おお、そうなんだ。どれどれ?」


「これこれ、ミレニアム学園、初のアレグリア出身の生徒と初のゴブリンの生徒のこの記事。なんかね、ウィリアムくんて旧アレグリア帝国領生まれの初のミレニアム学園生らしいよ。今までいなかったんだって。んでね、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ハーフリング、ノーム、獣人の生徒は学園に所属したことあるらしいんだけど、ゴブリンは初めてなんだって。だからブヤブくんが初めてのゴブリンの生徒なの。その二人がどっちもオメガってなんか奇遇だよね。あとね、ゴブリンの生徒が入学したことで、亜人だと入学したことない種族の生徒はあとはオークだけなんだって」


「へー、そうなんだ」


ごめんね、今はブヤブくんのことはいいの。

ブヤブくんはウィリアムくんの家族だからもう大丈夫なの。

心配ないの。


「ね、私もその記事読みたいな、ガゼットちょっと貸してくれるかな?」


「うん、いいよ」


スラビちゃんがガゼットを私に渡した瞬間にウィリアムくんに関する記事を読んだ。


ウィリアム・ロンカル。


ロンカル・ファームという巨大牧場のオーナー、フアン・ロンカルの孫。

フアン・ロンカルは世界でも有数の大富豪であり、

自分の家族、特に幼いころから『天才』と呼ばれた、

ウィリアム・ロンカルに英才教育を授けた。

世界のあらゆるところから彼のために教師を雇い、

孫の才能を伸ばした。

それが今は亡くなった、

『トミー・ボイルズ』がアレグリアに任務で訪れたとき、

彼の目にとまり、ミレニアム学園へ推薦される。

トミー・ボイルズに推薦された最初で最後の生徒にして、

初の旧アレグリア帝国領出身のミレニアム学園の生徒となる。

ちなみにトミー・ボイルズと同じく『奇跡の世代』のミレニアムナイト、

セバスチャン・アウグスティンが初めて推薦した生徒、『オプティマス』も

今年一年生として入学しており、

『奇跡の世代』の二人が推薦した生徒が奇しくも同じクラスに所属している。


ウィリアムくん、ぶっきらぼうのくせに、

礼儀正しくなきゃいけないところは礼儀正しいし、

いろんなことを知っているのも、

あんなにお金を持っていることも

こういう理由だったんだ。

大富豪の孫、英才教育、天才。

なんか理屈が通ってるけど……、ウィリアムくんらしくない感じがする。

ウィリアムくんの能力の説明はされているけど、

ピンとこない。

でも記事が嘘を書くとは思わないし……

なんでピンとこないのだろう?


「オラベラ、大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ。ガゼットありがとうね」


「もういいの?」


「うん、読みたかったところ読めたから」


「そっか、わかった」


……ウィリアムくんのこと考えたくないと言ったのに、

名前を聞いた瞬間にすぐそこに食いついてしまった。

どうにかしないと。彼のことを頭から追い出さないと。


……金曜日の専攻授業。

本当に来ないのかな……



・4月25日(木曜日)


ーンズリー


今週からまたウィリとずっと一緒にいるようになった。

専攻授業や、課外活動、寝るときなどの一緒にいられないときを除いて、

うち、ウィリ、クレア、ブヤッチ、それにザラサがいる。

そして何かあるたびに、ザラサはうちに引っかかってくる。

それで、一日に何度も喧嘩することになる。

正直疲れる。

前、ウィリといたときはこんなんじゃなかった。

うちとウィリがラブラブして、

クレアとサムエルがラブラブして

四人で喧嘩なんか一つせずにめっちゃ楽しかった。

ブヤッチはいい!めっちゃいいやつ。

あんま話さないし、不思議ちゃんだけど、

場の空気を乱さない。

うちがウィリとくっついても文句も言わないし、嫌な顔をしない。

クレアとも仲良さそうだし、彼には文句一つない!

つか、ちっちゃくてかわいいから好き!


でもあのバカ犬はマジで耐えられない!

今まではウィリの腕に絡まったりなんかしなかったのに、

うちがウィリの腕に絡みだしたら、対抗するかのように逆の腕に絡む。

それでウィリめっちゃ歩きにくそうにしてんのわかんないかな?

ソファとかで座ってても平気でウィリの太ももに頭を置いて寝っ転がるし、

マジなんなの!?

しかも、毎晩ウィリのベッドの真横の床で寝てるらしいし、

本当嫌だ!


……でも、ウィリに大切にされてるのは痛いほどわかる。

もう『どういうところで?』ってレベルの話じゃない。

ウィリはザラサの生活面での面倒を全て見てる。

あのバカ犬はウィリなしじゃ生きられないんじゃないかって思っちゃう。

そのくらい自分のことがなんもできない。


だけど、ザラサの面倒を見ているウィリはいつもうれしそう。

むかつくけど、ウィリといるのなら、

ザラサともいることになるのははっきりとわかった。

ウィリはおそらく生涯、あのバカ犬の面倒を見るのだろう。


どうしよう。

家庭を持ったらペット欲しいなとは思ってたけど、

あんなでかいバカ犬はいらないよ。


ともかく、今日は放課後にウィリとデート!

デートと言っても全員いるんだけど…

まぁ、どうでもいいし、デートはデートだし。

でも、ウィリの「脱ぎやすい服で来い」

ってのはマジで意味わかんねぇ。

いや、うちだけだったらわかるよ。

つか超脱ぎやすい服で行くよ、秒で取れるやつで行くよ。

でも、クレアもって……

クレアはウィリのことは好きだけど、

体を許すような好きじゃないと思うよ…たぶん…

サムエルのことが好きそうだし…

でも、まぁウィリが三人でしたいというなら…

クレアなら……大丈夫…かな?

って、ザラサもブヤッチもいるから絶対違うよね。

でも、だったらなんで「脱ぎやすい服なんだろ?」


放課後になって、みんなで馬車に乗り込んだ。

課外活動目的で街に行くわけじゃないから、ポータルは使えない。

クレアは嫌そうにしながら、ちゃんと脱ぎやすい服で来た。

そして、ウィリをケダモノを見るような目で睨んでいる。

だけど、ウィリがクレアと目を合わせると、すぐに顔を逸らし頬を赤らめる。

出かける前クレアに、


「ンズリ、私、ウィリアムとしないからね。お願いされてもしないからね。私にどんな変態プレイを期待しているかわかんないけど、そもそも経験ないの!初体験が複数人とか私にはハードルが高すぎる」


とか言ってた。

多分、彼女の考えすぎだと思うけど…

考えすぎだよね?

でも、嫌なら、なんで脱ぎやすい服で来たんだろう?

ていうかちょっとセクシー寄りのトップスにスカートだよね?

普段はそんな服着ないのに……もしかしてやる気?


馬車の中でもザラサはウィリの膝に頭を置き、寝た。

そのせいでウィリの隣に座れなかった。

バカ犬嫌い!


中層区を通り過ぎて富裕区を通り過ぎ、ミレニアム区に着いた。

豪華で綺麗な建物が並ぶ、ホワイトシティの中で最も栄え、最も美しい区画である。

世界の商品が売られている様々な店、宝石店、魔具店、武器店、

お金さえあればほぼなんでも揃う。

お金があればね。

ここの店で安い店など一つもない。

どれもが、一般の人には買えない価格のものばかり。

それに高級ホテルに、高級レストランもさらりと並ぶ。

一度は泊まってみたい、そこで食べてみたいと思っても金額的に無理。

だからうちはここで遊びたくとも、遊べない。

ミレニアム区にミレニアム本部があるから、

課外活動のときにポータルで来ることはあるけど、

いつも通るだけだ。


今日の目的地ってここなの?

ウィリは馬車の窓から外を見つめる。


「どれにしようか?」


ウィリがそうつぶやくと、

うちとクレアは馬車の窓から外を見る。

そこには高級ホテルがさらりと並んであった。

クレアが震え出す。


「ンズリ、やっぱり、私は無理よ。一瞬『ちょっとあり』と思ったけど、やっぱり無理。初体験が五人って無理!せめて三人にして!私とンズリとウィリアムだけにして!お願い!ザラサとブヤブは今度ね!マジでお願い!じゃなきゃできない!私帰る!」


「ちょ、まち!落ち着いて。多分違うから」


てか絶対ちげぇよ。

うちにいつでも手出せるのに出してこないんだから、

いきなり五人プレイとかしねぇって!


「なにが、違うのよ!今、ホテルを見ながら『どれにしようか?』って言ってたじゃん!わかった、わかった。やるから、目隠しして!そうすれば、あとはウィリアムに任せればいいよね?」


「だから!」


「ここにしよう!よし、オマエら降りるぞ」


ウィリがそう言うと馬車は止まり、ウィリが馬車のドアを開けた。

ザラサは空中で一回転して飛び降り、

ウィリアムが小さいブヤッチの両脇を持って降りるのを手伝った。


クレアはパニクってうちから離れない。


「ごめん、ンズリ。私、やっぱダメ。一回、一回ウィリアムと二人にさせて、あとで入ってきていいから。最初は二人にさせて。ね、いいでしょ?」


「だから落ち着けって!」


「おい、早くしろ」


ウィリの言葉にクレアはビクッとなって落ち着いた。

いや、固まった。がちがちだ。


私たちは馬車を降りた。

もちろんウィリが手を差し伸べてくれて降りるのを手伝ってくれる。

クレアがウィリの手を取ったとき、

顔が真っ赤になり、頭から湯気が出た。


「よし、ついて来い」


ウィリがそう言うとすごい豪華な建物に入った。

クレアは顔を下に向けたままウィリのすぐ真後ろについていく。

つか、ダメダメ言いながら結局はウィリの言いなりじゃん!


あれ?ここって?


「いらっしゃいませ、お客様。ナイト&プリンセス・ブティックへようこそ。本日はどうなさいますか?」


「明日、ルミナーレで特別なパーティーに参加する。オレと彼にはスーツを、そこの二人の美女にはドレス、この子には動きやすいセミフォーマルなものを頼む。値段に制限はない。オレらに合う最もいいものをくれ」


「かしこまりました。全てお任せください」


そして、うちらはいくつものドレスを試着し、

もっとも気に入った二つをウィリに買ってもらった。

ウィリ大好き!超男前!


だけどクレアは最後まで


「どうせ脱ぐのになんでその前の服を買ってるの?」


と最後まで大きな勘違いをしていた。

とりあえず、ウィリのサプライズで超高級ドレスをゲットした。

ひっそりと店員に値段を聞いたが、

数字が大きすぎて、理解できなかった。



・4月26日(金曜日)


ーオラベラ・セントロー


今週の最後の授業。専攻授業。

ウィリアムくんは来なかった。ザラサちゃんも。

今日はちゃんと授業に来ていた。

今週毎日したように、ンズリと一緒に来ていた。

一つ前の授業までいた。

だけど、この授業に来なかった。


「二人とも欠席か。また減点だな。しょうがない、ほかのみんな、始めるぞ」


ガレス先輩が言う。


今日、私はガレス先輩が指導する小グループに加わった。

全員が貴族や富豪の子息や令嬢だったので、私は彼らのことを知っていた。

彼らに改めて挨拶し、彼らは私を温かく迎え入れてくれた。

おそらく『王女』が学ぶのに最適な場所なのだろうけど、

それでも、私は『私の場所はここじゃない』と思わずにはいられなかった。

ガレス先輩はほぼマンツーマンで私に指導をした。

ときどき体を触って指導しようとしていたが、

私が嫌がるところをみてすぐに止めてくれた。

紳士な方で本当助かる。

触れられたほうがわかることもあるかもしれないけど、

今は男の人には触られたくない。

なんでなんだろう?

少し前まで私はそういう抵抗はなかったのに。

もちろん、いやらしい感じでというのはいつでも抵抗あるけど、

そうじゃなくて、今のような必要?な接触も嫌になった。

でも、あの人は平気だった。

あの人はいつも平気だった。

初めて会った、入学の日から平気だった。

私が氷条くんに負けて、何もできなくなっていたときに、

私の背中と私のお腹を私の手の上から触って、

私を落ち着かせてくれたんだ。

……ウィリアムくん。


「オラベラ、オラベラ聞いているか?」


「あ!すみません、先輩。聞いていませんでした」


「……僕らと初めての訓練で慣れないところもあるのだろう。今日はもう休んでいいぞ。無理はしないようにな」


「……はい、わかりました」


そして授業の最後まで私は休んだ。

ウィリアムくんは最後まで現れなかった。



アルファ寮一年女子部屋にて、


「ね、本当に行かないの?ルミナーレだよ。学園中が行くんだよ?」


「行かない」


「なんでよ!?行こうよ!オラベラ来ないと楽しくないじゃん!ねー!」


ベッドで寝っ転がっている私の体を揺らしながら言う、アラベラ。

行きたくないもん。そんな気分じゃない。

踊って騒ぐ気分にはどうしてもなれない。


「無理させてはダメよ、バカベラ。オラベラが行かないって言うんだからしょうがない。私たちだけいこう」


「ちぇ、……うん、わかったよ」


エリザの説得にアラベラが下がる。

助かる、無理して行きたくないパーティーになんて行きたくない。

それがわかってくれるエリザは好き。

本当に大好きな私の親友。

アラベラももちろん好きだけど、

ちょっと人の気持ちがわからないところがあるんだよね。

それに比べたらエリザは大人で私のことをわかってくれて、


「ね、ブアさっきの話もう一度聞かせてよ」


エリザがいきなりブアちゃんに話を振った。


「かしこまりました、エリザ様。本日のグラディエーターの専攻授業で、ンズリ様がウィリアム・ロンカル様にミレニアム区の超高級ブティック、ナイト&プリンセスで本日のためのドレスをプレゼントされたことが大変嬉しかったと何度も何度もおっしゃっていました」


「聞いた、アラベラ?ナイト&プリンセスでドレス買ってあげるとか、すごいね。私たちでさえ気軽にあそこのものは買わないのにね」


「うん、やばいね。でもあそこのドレスってめっちゃ綺麗でうちも超好きなんだよね。誕生日になるといつもパパに無理言って買ってもらうの。そこのドレスを着たンズリちゃんはすごく綺麗なんだろうな」


……前言撤回。

やっぱり、嫌いよ。

二人とも大嫌い!

二人とも絶対に私がどうするかをわかってて、そう言ってるんだから。


私は立ち上がった。


「おお、オラベラどうしたの?」「行かないならそのまま寝てていいんだよ」


むむむ……


「……行く」


「えっ?ごめん。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」


「『行く』って言ったの!」


本当むかつく!いらいらする!これが親友とか本当ありえない!


「ふふふ、じゃ、早く着替えないとね。ブア、オラベラの着替えを手伝ってあげて」


「はい、かしこりました」


エリザがブアちゃんにそう言うと満面の笑みで私を手伝い出す。

アラベラが私のクローゼットを開けて、私に聞く、


「んで、どれを着て行くの?」


「……ナイト&プリンセスのドレスで」


二人とも大嫌い!



ーンズリー


時間になったら、ウィリは私とクレアをデルタ寮に迎えに来る予定となっている。

昨日はドレスだけじゃなくて、

ヒール、アクセサリーと必要なものは全部、二人とも買ってもらった。


昨日の夜にわかったことだけど、

クレアが何もお金のことを言わずにウィリに黙って奢られていたのは、

そのあとに、ウィリアムに大事なものを捧げると思っていたからだそうだ。


昨日ドレスを試着してる時点で


「わ、私、お、お金で買える女じゃないわよ!……くれるなら、もらうけど……」


とか…


「ンズリもする前にこういうのをウィリアムに着させられるの?これって普通なの?ウィリアムの趣味?」


とか…


「だ、大丈夫、私?こんな感じでウィリアムに、き、気に入ってもらえる?」


のような勘違い発言を連発していた。


買い物が終わって、全員で高級ホテルのレストランで食事をした。

食事が終わると。


「いよいよなのね…、ここまでしてくれたんだもん。わ、わかったわ。私、頑張る!」


と最後まで言っていたが、直後にウィリアムが、


「よし、帰るぞ」


と言ったら、


「えっ?帰るの?ここの部屋に行くんじゃないの?」


「ん?なんだクレア、ここに泊まりたかったのか?じゃ、今度ンズリとガールズナイトな感じで来なよ。もちろんオレの奢りで」


「えっ?あ、う、うん…」


って会話があって。

そこで初めてウィリに何もされないんだってわかったらしい。

それからも帰りの馬車で、


「なんでももっと早く言ってくんないのよ!?」


「ていうかンズリはいいけど、なんであの人、私のドレスとかまで買ってるわけ?」


「おかしいでしょ!?ね、おかしいでしょ!?そこまでして何もしないのって逆におかしいでしょ!?」


と、事実がわかったあともずっとテンパっていた。

寮に帰ると、手を出されないなら、

ドレスは返すべきなんじゃないかと私に相談してきたけど、

それをしたら、逆にウィリは怒るよって説明したら渋々受け入れた。


「私、どんな顔してウィリアムくんに会えばいいかわかんないよ!」


「普通でいいんだよ!って『くん』つけに戻ってるし」


「戻るわよ!もう一生『くん』つけだよ!というか『様』って呼びたくなってるよ!」


「あー、これがウィリにとっての普通なの!クレアも普通にしろって」


「うぅ…、わかった…、けど『くん』つけはする。もう普通に呼べない…」


「わかったから、もう準備終わった?」


「うん…、ど、どうかな?ウィリアムくん気に入ってくれるかな?」


「それだと昨日のやりに行く感じと一緒になってんじゃん!ってクレア、……あんたウィリが好きになったとかじゃないよね?」


「ち、違うわよ!で、でも、だって、あんなことされたらなんかいろいろ勘違いしちゃうじゃん!」


「……ふーん。そうならそうって言ってよね。ウィリは独占したいけど、クレアなら『ギリ』大丈夫だから。もしそうなったら言うんだよ。わかった!?」


「う、うん、わかったよ…」


「つか、サムッチは?好きなんじゃないの!?」


「そんなこと一度も言ってないでしょ!」


「えっ?じゃ、サムッチはもういいの?」


「違う!いや、違くないけど…、もうわかんない!」


「わかった、わかったって。もう落ち着いて」


サムッチに気持ちが揺れていたときに、

ウィリの昨日のやつでいろいろ、混乱したのだろう。

つか初めての体験過ぎてうちも驚きっぱなしだし。


それにしても、クレアは好きかどうかはわかんないのに、

あれを許すくらいにはウィリを信頼してるってことだよね。


あー、ウィリってこういうとこあるから疲れる!

魅了されてメロメロにする女はうち一人でいいじゃん!

ほかの女の人もメロメロにしないでよ!


そんなことを思っていると、デルタ寮の玄関がノックされた。

二人でドアを開けに行くと、

スーツに身を包んだ、ウィリが立っていた。

大人の男って感じで、危険な香りがした。

超かっこよかった。

クレアも目がキラキラ輝いている。

うん、ごめん。これは誰でもメロメロになるわ。

うちだけをメロメロというのはあきらめよう。


「お嬢様たち、お迎えにあがりました」


そうウィリが言うと私たちはミレニアム学園の正門へと向かった。

ウィリを先頭にうち、クレア、ブヤブ、ザラサが歩く。

全員、昨日ウィリに買ってもらった服とアクセサリーのフル装備だ。

本日のパーティのため、多くの生徒も同じくその場所へと向かっていた。

比べるのはおかしいかもしれないけど、

他の生徒が着ているものと比べ明らかに私のものが高級で質のいいものだとわかる。

うちはそういうことに関しては素人だけど、

素人目から見てもその差は圧倒的だった。


正門に着くと、

普通の馬車の中にあきらかに大きく、豪華な馬車が一つあった。

確か、王族用馬車と呼ばれるもっとも高価な馬車だ。

ウィリは当たり前のようにその馬車に向かった。

到着すると、御者が二人出てきて、

私たちが馬車に乗るのを手伝った。

つか御者二人!?

正門前の広場で私たちがこの豪華な馬車に乗るのを、

大勢の生徒たちがうらやましそうに見ていた。

いけないことかもしんないけど、めっちゃいい気分になった。


馬車の中も豪華で、たくさんの飲み物、食べ物が置かれていて、

魔晶石を使った光のアートなども施されていた。

それにとても広く、十人は余裕で入るスペースがあった。

普通にこの中で小さなパーティーができそう。


そして、食べものがあることで、

めずらしくザラサがウィリの太ももで寝ず、

ウィリの隣が空いていた。


私は彼の右に座った。

ここまでは普通。

だけど、そうしたらクレアがウィリの左にそっと座ったのである。

クレア?


「ち、違うから。ここに座りたかっただけだから」


何も言ってないのにそう言うクレア。

隣に座ったのに、クレアはウィリと目も合わせられない。


ザラサは馬車に置かれていた食べ物を食べて、

前の席でブヤブくんは楽しそうに私たちを見ている。

クレアは、ほんの少しだけウィリに体を預けてるようにも見える。

はぁー、ウィリと一緒にいるのって本当に大変だな。


そして、私たちはクラブ・ルミナーレへと向かった。



ーオラベラ・セントロー


ブアちゃんに着替えを手伝ってもらい、私は支度を終えた。


成人お祝いとしてお父様に頂いたドレス、

私の髪色と同じ『桃』色のドレス、

ナイト&プリンセスのドレスに。


少し大胆で、私はあまり好まなかったけど、

今日はこれしかないってくらいに、

これを着ることにした。


うん、大丈夫。

私だって、綺麗なんだから!

綺麗だよね?エリザやアラベラには負けるけど、綺麗だよね?

……自身ない。ンズリよりは……綺麗なわけないよね……


「やっば!綺麗つかエッロ!」

「うん、さすがていうか、本当にオラベラはすごいな」

「めっちゃ綺麗!女神みたい!」

「はい、まさにセントラムの花と呼ばれるのに値する美しさです」


アラベラ、エリザ、スラビちゃん、ブアちゃんの感想に自身が少しだけつく私。

うん!負けない!


「じゃ、みんないい?いくよ」


「「「おお!」」」


アラベラの掛け声に私以外反応する。

私は「おお」と言わない。

だって……、二人に怒っているんだもん。


ロビーに出ると、

そこには白いスーツに身を包んだエドワードとロポルくん、

彼らと話している青のスーツのガレス先輩がいた。


「こ、これは…」


三人は私のことを見ると立ち上がり、

驚いたような顔をしながら、口を開けて固まっている。

ん?私、なにかおかしいのかな?


「なにそこで突っ立ってんのよ、男子。ってワオオ!」


セレナ先輩がガレス先輩たちに怒鳴ったかと思いきや、

私のことを見て、同じく固まってしまったのである。


「……セレナ先輩、大丈夫ですか?」


「……えっ?ああ、って大丈夫なわけないでしょ!なんだよそれ、オラベラ!?」


「えっ?何がでしょうか?私、何かおかしいとこありました?」


「おかしいというか、綺麗過ぎんだろうそれ!こんなエロいのに気品を失わないってどういうことだよ!?私たちが霞んじゃうじゃん!せっかくおしゃれしたのに!」


セレナ先輩は何かに怒っているのはわかった。

だけど何に怒っているのかはよくわからなかった。


「エリザ、アラベラ!こいつ行かないんじゃなかったの?」


「ヒヒヒ」

「どうやら気が変わったようです」


「はあー、しょうがないわね。今日はオラベラのあまりものを拾うことになりそう。みんないくわよ。そこの男子は早く口を閉じなさい」


「あらあら、さっきまでセレナちゃんもあんな顔だったよ」


「うるさい、ミラリス。あんたは黙ってなさい」


「は〜い」


セレナ先輩とミラリス先輩もすごく綺麗なドレスを着ている。


「本当に綺麗だなオラベラ。少しみなとは次元が違う美しさだ」


アエル先輩がそう言ってくれるが、

そのアエル先輩こそ、青と白のドレスを着ており、

アエル先輩の背中の翼の色とマッチングしていてとても綺麗だ。

彼女のほうが次元が違う美しさだと言いたい。


「あ、ありがとうございます、先輩」


「うむ、それじゃ行くぞ」


「はい」


セレナ先輩、アエル先輩、ミラリス先輩、アンジェリカ姉さん、

私、エリザ、アラベラ、スラビちゃん、ブアちゃんの九人で正門へと向かった。

正門広場には王族用馬車が停まっていた。


「あれ?王族用馬車じゃん!オラベラ、なに、これ頼んでくれたの?」


アラベラが聞く。


「ううん、私じゃないよ」


「マジか、誰だし、パーティーに行くためにこんな高い馬車借りるのって」


アラベラはそう言っているがみんな驚いている。

だって、これ借りるのって相当高いのである。


私たちは普通の馬車に乗った。

人数が多いので馬車は二つ使うことにした。

私たち、一年生五人の馬車と先輩たち四人の馬車に別れた。

そして、ルミナーレへと向かった。


そこだけ星空よりも明るく、

紫と青とピンクの光が路地を染め上げている。

その中心にそびえ立つのが――クラブ・ルミナーレだ。

古い石造りの建物の正面に、夜空を切り裂くようなネオンの看板。

《CLUB LUMINARIÉ》の文字が脈打つたび、

アーチ型の窓や壁面に埋め込まれた魔晶石が同じリズムで瞬き、

建物全体がひとつの巨大な心臓のように鼓動している。

入口の両脇には、

黒いスーツに身を包んだ屈強なオークのドアマンが二人、

腕を組んで無言のまま立ち尽くしている。

その肩越しには、内側から漏れ出る光と音が、

かすかな震えとなって夜気を揺らしていた。


私たち一年組は先にクラブ・ルミナーレについた。

道中、先輩たちの乗ってた馬車の車輪が壊れてしまうというアクシデントに遭った。

先輩たちの馬車のすぐ後ろに走っていた私たちの馬車はすぐに状況に気づき、

みんな一度馬車を降りて、先輩たちの安全を確かめた。

幸いにも先輩たちは無事だったが、

別の馬車を用意する必要があるとのことで、

その場で馬車が来るのを待つ必要があった。

私たちが待って、先輩たちを先に行かせようとしたが、

セレナ先輩に断られて、一年組は先にクラブに向かった。

けど、セレナ先輩に、


「クラブには全員で一緒に入ろうね」


と言われたため、私たちアルファの女子五人は

クラブの入り口付近で先輩たちを待っている。

セレナ先輩はみんなでクラブに入って派手な登場がしたいらしい。


入り口付近で待っていると何人もの知り合いに会った。


「入らないの?」


と軽い会話をする。

女子は「すごいね」「綺麗だね」と褒めてくれる人が多く、

男子は固まって何も言えなくなる人が多かった。

なんでだろう?この格好、男子受けはあんまりよくないのかな?


しばらく待っていると、

正門広場にあった王族用馬車がクラブ・ルミナーレの前に停まった。

誰が乗っているんだろう?

そう思っていると、

彼は降りてきた、

黒いスーツに黒いシャツに身を包み、

少し髪をカールするような感じで整えていた。

大人の男って感じで、

その香りまでが私の全身を痺れさせた。

『危険』、そう本能が告げている。

それでも、彼から目を逸らすことはできない。

それまでに彼から受けるインパクトは強力で、

私の世界はその一瞬、彼を中心に回った。

少しだけ、さっきの男たちがなんで固まってたのかがわかった。

今、自分がそうなることによって。


彼と一瞬だけ目が合ったが、彼はすぐに馬車の方に向き直り、

降りる人に手を差し出し、降りるのを手伝った。

まずはブヤブくんを脇から持って下におろし、

次にザラサちゃんに手を差し出す。


「今日は飛んじゃダメだぞ。手を持ちなさい」


「はいなのです。わかったなのです」


そう言ってザラサちゃんはウィリアムくんの手を取り、

馬車の段差をゆっくりと降りた。

「いいな〜」とどうしても思ってしまう。

私にはザラサちゃんが羨ましい。

彼女に嫉妬することはないけど、常に羨ましく思う。

だって、どんなときでも彼といれるんだから。


次はンズリだと思っていると、私がというより全員が驚いた、

アンジェリカ姉さんが馬車から降りたのである。

ウィリアムくんの手を持ちゆっくりと。


「ありがとう、ウィリアム」


アンジェリカ姉さんが言う。

なんで?


そして、次に、


「あらあら、何から何まですごい紳士なんですね。あなたに愛された女の子はさぞや幸せになるのでしょうね」


ミラリス先輩がウィリアムくんの手を持って降りた。

む、


「おい、ウィリアム!うちのミラリスにへんな目使ってんじゃないわよ!アンジェリカとオラベラで十分でしょ?その二人で満足しなさい!その二人で!」


と怒りながらもちゃんとウィリアムの手を持って降りるセレナ先輩。

というかアンジェリカ姉さんと私で満足するってなに!?

むむ…、


「助かったぞ、ウィリアムとやら。恩に着る」


アエル先輩まで…

というかアエル先輩は鳥科獣人だから飛べるじゃん!

わざわざ手持たなくていいじゃん!

むむむ…、


ええと、ンズリの友達のクレアさん。

すごい綺麗な純白のドレス。

まさかそれもナイト&プリンセス?

彼女もウィリアムくんの手を持って降りる。

待って、ちょっと待って。何その目!?

なんでそんな目でウィリアムくんを見てるの?

むむむっか!!!

やっぱりむかつく!

すごいむかつく!ウィリアムくんはすごいむかつく!


そして最後にウィリアムくんの手を持って、

ンズリが降りてきた。

彼女は黒のドレスに身を包んでいた。

その艶ある曲線がはっきりとわかるようにドレスは彼女にフィットしており、

その大きな胸が目立つように、だが気品さは失われないように、

お尻のラインもすごく綺麗で、

その可愛いらしい尻尾が腰と背中の間から出ていた。

ダイヤのネックレスを着けていて、

彼女の肌色とドレスの色と完璧にマッチングしていた。

ウィリアムくんのスーツが黒だったこともあり、

服装そのものが『私はウィリアムの女』と主張しているようだった。


……負けた。

誰にも結果を言ってもらう必要はない。

私にははっきりとそれがわかった。


「ウィリアム、助かったわ。馬車が壊れたときはどうなるかと思ったけど、あなたが私たちを拾ってくれたことで無事たどり着けた。せっかくみんないるし、どう、ウィリアム、私たちと一緒に入る?」


「ええ、オレは構いませんよ」


「『構いませんよ』じゃないよ、ケダモノ。これから馬車に乗せてくれたお礼にすごいことさせてあげるんだから」


セレナ先輩はそう言うとウィリアムくんを真ん中に置き、

私たちをウィリアムくんを先頭にして三角のように並べた。


「オラベラ、あんたはこっちよ」


セレナ先輩にそう言われて、ウィリアムくんの左に置かれた。

もちろん右にはンズリ。

一度ンズリと目が合うも、何も言わずに少しだけ互いに睨み合った。


そしてそのまま全員でルミナーレに入った。


扉をくぐった瞬間、世界の色が一段階、濃くなる。頭上には、幾重にも連なる水晶のシャンデリア。

そこへ魔術光が流れ込み、紅、藍、金の光が滝のように降り注ぐ。

磨き抜かれた黒曜石のフロアは、

その光と人々の影を映してきらめき、

足を一歩踏み出すたびに、

自分まで舞台の一部になったような錯覚を覚える。

重低音のビートが胸の奥まで響き、弦と笛の旋律がその上を滑る。

ステージでは、煌びやかな衣装を纏った舞踏団が宙を舞い、

その周囲では魔導DJの紡ぐ魔術陣がリズムに合わせて形を変えていく。

フロアのVIP席には、宝石を散りばめたドレスのノクティシアにラトナ、

仕立ての良いタキシードに身を包んだアルフィとクレイが腰掛け、

クリスタルグラスを指先で転がしながら、

微笑と視線だけで静かな駆け引きを交わしている。

笑い声と囁き声、香水とワインの甘い香り、

――ここは、音楽と舞踏に酔いしれながら、

密やかな取引と社交が同じテーブルで行われる場所。

ミレニアム区にそびえる、まさに『富と華やぎ』の象徴、

それがクラブ・ルミナーレだ。


私たちが入ると、ルミナーレにいた全員が動きを止めて私たちを見た。

音楽も止まり、クラブの中にいた全員見つめられながら、入っていく。

立ち位置と入った順番から、

まるでウィリアムくんが私たち12人を連れてきたように、

クラブの中にいる人には写り、会場の中がざわついた。


私たちを出迎えるようにクレイくんがウィリアムくんの前まで来た。

ウィリアムくんを、そして私たちみんなを二回くらい見渡し、


「ふははは、なんだてめぇ、王様のつもりか?いや、王様でもここまでいい女は連れてこれねぇぞ。心底ムカつくヤロウだぜ」


「オレはオマエが嫌いじゃないぜ、クレイ」


「ふん、今日はたっぷり楽しんでいけ、『クソ王様やろう』が」


こうして、私たちは確実に学園中の噂の的になる大胆な形で会場入りをした。



ーサムエル・アルベインー


俺は我鷲丸(がじゅまる)とウェイチェンと一緒にルミナーレに来た。

俺はパーティー用の衣装を持っていないという我鷲丸にスーツを一つあげることにした。

サイズもほぼ同じで、意外とぴったりと着こなし、様になっていた。

やはり、話してなければ普通にかっこいいのである。

美男ランキングで俺より一つ順位上だしな。

我鷲丸は「パーティーが終わったら返すな」と言われたけど、

これからもそういうイベントはあるのだろうし、

一着は持ってたほうがいいので「英雄王への貢物です」

と言ってあげたら、「うむ、くるしゅうないぞ」

といつも通りの王様ムーブ。扱いやすい男である。


パーティーに関してだが、はっきり言ってあっぱれとしか言おうがない。

ルミナーレを貸し切ったとクレイが言ったとき半ば半信半疑だったが、

本当だった。ホワイトシティ、いや、

世界No.1とも噂されるクラブ『ルミナーレ』は今、

ミレニアム学園の生徒で埋め尽くされている。

しかも飲み放題の食べ放題という最高のおまけつきで。

だが、それだけじゃない、フロアのダンサーたちは、

世界的に有名なパフォーマーたちで、

DJに関して知らない者はいないと言われる『ザック・ゲッター』だ。

どれくらいの金を積めばこれが可能なのか。

だいたいそれが計算できる身としては恐ろしいぜ。

そして無関係なのか、意図的なのかわからないが、

明らかに娼婦が何人もこの中にいる。

というより、娼婦がスタッフをやっている感じだ。

気のせいだと思ったら、先ほど


「なんなりとお申し付けください、本日は主様たちのいかなるご要望をもお叶えします」


と言われた。

我鷲丸がどピュアに


「うむ、さすがは我が配下。英雄王のもてなしかたがわかっているな」


と言ったところ、


「ふふふ、王様プレイですね。はい、リクエストの多いご要望ですので、経験は豊富です。ここで致しますか?それともプライベートルームをお使いになりますか?」


と言われ、


「俺はどこでも構わぬぞ。英雄王は常に英雄王であるからな」


「かしこまりました。では、この場で」


と服を脱ぎ始めようとしたので、

俺とウェイチェンで誤解を解き、追い返した。


DJとパフォーマーはわかる。

娼婦の必要はあるか?

それにしかも男性用だけの、

女性のそういった楽しみは用意していない。

いや、用意してたところで、

ミレニアム学園の清き女子生徒たちがそれを使うとは思わんが、

男を楽しませる用意はしているけど、

女性を楽しませる用意はしてないって感じだ。

俺はそこに違和感を持った。

それは今まで客観的にクレイの一味を観察した結果によるものだ。

クレイの取り巻きの半分は女性だ。

クレイ自身が喜びそうなことを用意するのと同じくらいに女性陣が喜ぶことも準備する。

そういう男だ。

こう言ってはなんだが、『取り巻きの』女性は大事にしている。

そういうところはウィリアムに似ていると言ってもいい。

ウィリアムがザラサの面倒を見るようにラトナとノクティシアの面倒をクレイが見てる。

もちろんラトナとノクティシアはザラサほど手がかかるとは思えないがな。

だけど彼女らに何かあれば彼が対処に動く。

ラトナの大きな体格をいじるようなやつら、

ノクシティアを無理やり口説こうとしたやつらをぼこぼこにしている。

ウィリアムがブヤブを助けたときのように秘密裏にやったわけじゃない。

ほぼ学園中がそれを知っている。

でも、誰もクレイの一味に手を出さない。

彼らは多くの人から恐怖の対象となっている。


ともかく言いたいのは、彼は取り巻き内では不平等をしないのである。

このパーティーはクレイとアルフィなど男が、

楽しめるアクティビティが多く用意されているが、

女性用のはない。

そこがこのパーティーに感じる違和感だ。

まぁ、俺がクレイとその一味をちゃんと読み切れてなかっただけかもしれないがな。


といっても男性、女性問わず、

最高のクラブに最高の音楽だけで十分楽しめる。

男も娼婦がいるからってほいほい利用するわけではない。

学園の女子がいる目の前じゃなおさらだ。

クレイもそれくらいわかると思うんだけどな……


と、まぁいろいろ考察したわけだが、

一つだけクレイを全面的に褒めることがある。

このパーティーを『未成年入場禁止』にしたことだ。

ゆえに、俺のモブライバル、ハッシャシンくんを含む、

一年にいる未成年三人はいない。

ほかの学年にも未成年がいるかどうかはわからないけど、

いたとしても入れないのである。

うん、ここは未成年がいていい場じゃない。

俺でさえ、ここにいていいのかわからぬくらいモラルがだいぶ怪しい感じだ。


でもまぁ、食べ物はおいしいし、飲み物はうまい。

それにいろいろあっても、ルミナーレはルミナーレだ。

光輝く気持ちのいいところだ。楽しむだけ楽しむか。


あと、完全に話変わるが、

さっきウィリアムが超ド派手な登場をかましやがった。

自分を先頭にして、左右にオラベラとンズリ、

後に続いて、一年のアラベラ、ブア、スラビ、クレア、ザラサ

三年の三女神セレナ先輩、アエル先輩、ミラリス先輩、

そして、俺の姉さんとエリザまで連れていやがった。

姉さんとエリザは普通にむかついた。

今度寝てる時にでも仕返しのいたずらをするとしよう。

ともかく、既に会場入りしていた全員にその登場を見られ、

さきほどまではその話題で持ちきりだった。

ウィリアムを気に入る側は「さすが」と褒め、

ウィリアムを嫌う側は「……」ちょっと言葉にするのもためらわれるほど、

いろいろなことを言っていた。

それにしても上級生になればなるほど、ウィリアムを嫌う人は多いな。

特に四、五年生に多い気がする。

それに比べると、一年生では少ない割合になっているのがよくわかる。


次にオプティマスだが、絶世の美男子ということもあり、

学年問わずに人気があるようだ。

最近エンマ先輩にすごく好かれているようだし、

四年生の超有名人エリヴィナ先輩にもだいぶ気に入られているようで、

先ほども笑いながら話していた。

でも、彼の一番の支援者はやっぱり、アンバーだろう。

我がオメガクラスの社交における女神はオプティマスを気に入っている。

選挙活動で自分の党の代表を投票者に紹介するように、

推すように自分の知り合いにオプティマスを紹介する。

これが最高であって、大きな問題でもある。

オプティマスがそれを望んでいるのなら、最高だろう。

なにせ、アンバーの知り合いは、

入学四週目にして、学園のほぼ九割を占めるんだから。

何をどうすれば、そんなに人と仲良くできるのかがわからん。

こっちは有名人の名前を覚えるだけでもいっぱいいっぱいなのに。

まぁ、興味がないからなんだけど。

で、なんで大きな問題かというと、

オプティマスがそれをわかっているか怪しいところだ。

つまり、アンバーは「オプティマスに一票をお願いします」

とみんなに紹介しているのに、

オプティマスは選挙戦に出ることすら知らない状態だと思われる。

ただし、オプティマスはかっこよく、アンバーも美しいことで、

二人が並んで人と話していると様になる。

周りの人から「あの二人に話しかけられたい」って空気がじゃんじゃん感じる。

と、まぁ、アンバーの暗躍で俺のリーダーは本当に五月末で終わると思われる。

(俺は大歓迎)


そんなことを考えていると、

このパーティーの主催、不良くんのクレイが俺たち三人のところに来た。


「おい、てめぇら、楽しんでるか?」


「うむ、よくぞここまでの宴を用意してくれた。英雄王として褒めてつかわす」


「ははは、ありがとうよ」


上から言われたのに怒らないんだ。我鷲丸のキャラのせいか?


「我がイェン帝国の社交場とはだいぶ違うが、こういうのも活気があっていいと思う。お招き頂き感謝する」


一度、ウェイチェンを見つめて、なにかを考えたあとにクレイは言った。


「……イェン帝国式のパーティーにも興味がある。もし機会があればどんななのか教えてくれ、合同で開催するのもいいかもな」


「ああ、そうだな。そういう機会があれば、力を貸そう」


そして最後に、


「で、てめぇはどうだ?といってもてめぇはここ出身だから対して珍しくもねぇか」


「いやいや、ルミナーレに来るのはいつだって特別なことさ。しかも本当に貸切とはね。DJ、パフォーマー、娼婦を合わせると、普通の人が一生豪華に暮らしてお釣りが出るレベルくらいの額だと思うけど、大丈夫なの?」


俺はなぜか睨まれた。

なぜ!?


「オマエが思ってるほどかかっていないさ。ほとんどはコネや貸しを返してもらったまでだ。実際にお金を出したのは酒と飯くらいなもんだ」


「ははは、ルミナーレをコネや貸しを返すで貸し切ることができる人と知り合いってことなんだね。すごいな」


「すごかねぇさ。これでも『カダテック』では様々なビジネスをやってたからな。顔が知られているだけよ。興味あんなら、オマエにも紹介しようか?てめぇの『親父』さんを紹介してくれたら考えなくもねぇぜ」


「はは、やめとく」


絶対にお断りだ。

こいつウィリアムの比じゃねぇ。

かかわったら一生めんどくさくなるタイプだ。


「そりゃ、残念だ。ふはははは」


そのあともクレイは俺らの席に残り、

酒を飲みながらどうでもいい話をした。

好みの女のタイプとか、

胸派か尻派か、

スレンダー派かナイスボディ派か

ヒューマン派か、亜人派か、獣人派か、

ともかく下ネタパラダイスだった。

けど、男はバカな者で(自分も含む)

その会話はだんだんと楽しくなっていった。


そこでクレイはおそらく俺らの席に来た本題と思われる話題を出した。


「オレよ、好きな子がいてよ。けどな、なかなか誘う勇気がなくてさ。どっすりゃいいかな?」


タバコを吸いながら、顔を天井に向き、煙りを吐くクレイ。


我鷲丸がこれに即座に反応する。


「おお、恋バナか!俺、恋バナ好きだぞ!」


英雄王、恋バナ好きなんかい!?


「おお、相談に乗ってくれるか。それは嬉しいぜ」


「で、どうすりゃいいと思うよ?」


「誘えばいい!俺とデートしようって。ここにいるなら『俺と踊ろう』って言えばいいんだ」


なんも役に立たないアドバイスをする英雄王。


「そうか…、それができれば苦労しないんだけどな」


クレイは真剣に悩んでいそうだ。

……ん?クレイが女関係で悩む?

ンズリとクレアから聞いた話では、

彼とアルフィは入学一週間でデルタの上級生ほぼほぼ食ったって言ってたぞ。

女に話しかけられずに困るタイプでは到底ない。


「失礼を承知で聞くが。クレイは女慣れしているように見える。女性に話しかけられずに困っているというのはにわかに信じがたい話だ」


さすがだよ、ウェイチェン『王子』!

そう!その通り!


「ふー、そうなんだよ。そこらへんの女なら痛くもかゆくもねぇ。眉一つ動かさずにベッドまで持って行く自信あるぜ。ただな、本当に好きな人ってのはちげぇんだよ…」


あっ、なんかそれわかる。

いや、わからなくはないけどわかるっていうか。

ともかく、オラベラやアラベラがなんか頼んできたら


「いやだね!」


と言えるのに、エリザが頼むと、


「えー、俺がやらないとダメなの?って、わかった、わかった。やるから、そういう悲しい顔すんなって」


ってなるのと一緒なのだと思われる。


「うん、確かにクレイの言う通り。実は俺も今そんな感じだ」


えっ?そうだったのウェイチェン?

ってそうか、三女神をいつも見つめてたもんな。

でも美しいってじゃなく好きだったのか。

まじか!?


「わかってるくれるかウェイチェン。同じ悩みを持つ者同士つらいな」


「ああ、わかる。心に決めたその一人の女性は格別だ。別の人と比べるまでもない。その人の前だと自分のいかなる肩書きなど通用せぬ、ただあるのはその女性に向ける思いと、それを向こうが受け入れるかもしれないという小さな希望。ただ、同時にその希望が消えゆくのが怖い。ゆえに簡単にお誘いできぬのだ」


「……ああ、その通りだ」


あれ?イェンの王子と不良くん意気投合しちゃってるよ。

てか希望が消えるってなに?

うん、やっぱ俺よくわかってなかったかもしれん。

でも、俺よりもわかってないのは我鷲丸だ。

さっきからポカーンって顔をしている。

だけど、


「そんなのかんけぇねぇ!誘えばいいんだよ!」


と我鷲丸は大きな声で言った。

ハートつえー、あの流れで普通今のは言えねぇよ。

まぁ、我鷲丸はいつだって普通の人が言わないことをばっか言うわけだが。


「てめぇにそれを言うのは簡単。というより言うだけなら誰にだってできる。そこまで言うならてめぇがいいと思ってるやつを踊りに誘ってみろ」


「今、俺に好きな人はいない!」


「だったら話にならねぇな」


「でも、誘えば必ず道は開かれる!信じろ!」


我鷲丸がそう言ったときだった。

ルミナーレに誰かが入ってきた。


クラブ・ルミナーレの扉が開いた瞬間、

音が一拍だけ遅れた気がした。

逆光のアーチの中に、すっと細いシルエットが立つ。

白い光を背負って現れたその横顔を見た瞬間、

全員が小さく息を呑んだのがわかった。

深い夜空みたいな色のドレスは、

布というより光をまとっているみたいに身体に沿い、

ありえない角度まで肩と背中をさらけ出しているのに、

下品さは一つもない。

しなやかに伸びた首筋、胸元から腰へ落ちる曲線、

その先で果てしなく続くような長い脚が、

ヒールの一歩ごとにゆっくりと輝きをずらしていく。

彼女がフロアへ足を踏み入れた瞬間、

さっきまで派手に飛び跳ねていた光も、人も、全部背景になった。


「……女神が、来た。」


誰かがそう呟いた。比喩じゃない。

本当にそこに女神がいたのだ。高い天井から降る魔術の光も、

シャンデリアのきらめきも、

今はただ、彼女を一人を照らすためだけに用意された舞台装置にしか見えない。

彼女が視線をわずかに横に向けるだけで、その方向の時間が止まる。

笑ったわけでも、何か言ったわけでもない。

ただ歩いてきただけなのに——クラブ・ルミナーレの夜は、

その一瞬から彼女のものになった。


それがミレニアム学園生徒会長、アルドニスだった。


細かく言えばアル先輩と生徒会役員が一緒に入ってきたのだが、

彼らなんて霞んで見えるというのもおこがましいほど全く見えない。

そのくらいアル先輩、いや、そんな敬称で呼べないほどに

今日のアルドニス先輩は美しかった。


タイプというのはある。

俺にとってそれはお姉さんだ。

一緒にいることによって、その人が一番美しいと思うようになる。

俺にとってはそれはエリザだ。

だからタイプ補正、お気に入り補正を入れると一番美しいというのは、

変わったりするものだ。

もちろん、これは俺の例であって、他の人にもそういったこともあるだろう。

だから人によって何が、誰が一番美しいかっていうのは違う。


ただ、そういう自分の中の補正を全部取り除き、

フラットで考えたとき、

この世で一番美しいものは誰か?

と聞かれたら、

それは今このクラブに入り、歩いているその人、

『アルドニス』と答えるしかなかった。


普段から美しいと思っていたが、

身を整えると次元が違いすぎる。

申し訳ないが、オラベラも、サン姉も、クイーンさんでも勝てないよ。

好きでもないのに、心がどきっとなってしまった。


「よし、我鷲丸とやらよ。好きな人がいないんなら。こうしよう。今入ってきた『蒼月の麗姫』アルドニスを見事にダンスに誘えたら、オレ様はてめぇはただ単に口だけの半端もんじゃねぇってことを認めてやるよ。どうだ?」


「うむ、任せろ!」


そして我鷲丸はまっすぐとアルドニス先輩の元へ向かっていった。

バカってのは本当に恐れるもの知らずだね。

まぁ、せいぜい玉砕して来い!


我鷲丸はまだ座り位置すら決まっていないアルドニス先輩に近づき、


「俺は我鷲丸、英雄王となる男だ!一曲踊ってください!」


ストレート過ぎる!

しかもまだみんながアルドニス先輩に注目している最中だったから余計目立ってる!

やばい、ここで断られたら一生イジられる運命だぞ!


「……」


アルドニス先輩はじっと我鷲丸を見つめる。


「喜んで」


OKした!?マジで!?

我鷲丸やるー!ガチ英雄王じゃん!

俺の中であいつの評価はかなり上がった!


クレイも我鷲丸に向かって拍手を送っている。


「今のよかったな、チェン」


さらっと大帝国の王子を呼び捨てにする不良くん。


「ああ、そうだな、クレイ。俺も覚悟決めたよ」


ウェイチェンは持っていた酒を一気に飲み干し、

まっすぐと、アルファの女子が固まっている場所、

三年生の三女神のところへと向かった。

まじか!?オマエも行くのかチェン!?

つか、どれが好きな人かやっとわかる!


「オメガのイェン・ウェイチェンと申します。よろしければ一緒に踊っては頂けないでしょうか?」


鳥の綺麗な先輩だ!ええと、名前は確か……アエル!

なるほど!鳥趣味!うん、悪くない!

で、で!?


「ええ、喜んで」


成功だ!

ウェイチェンやる!

まじか!みんなすげえな!


クレイがまたもや拍手を送る。

ウェイチェンも親指を立ててクレイに合図をする。


「ふふ、あの二人やるな。なんかオレ様も勇気が出てきたぜ。オマエはどうだ、アルベインよ?」


…………。

俺はクレイの質問には答えなかった。

だが、腹の中から勇気が湧いて、

それが胸に上り心臓で炎となった。

そのままアルファの女子が固まっているところへと向かう。

そして幼なじみのエリザの前に立つ。


「サムエル!!」


「今は待ってくれ、姉さん」


俺に飛びつこうとする姉さんを止める。


オラベラもアラベラも、

そしてなにより姉さんが驚いている。

それはそうだろう。

こういうふうに姉さんを止めたのは人生で初めてなのだから。

でも今は、そんなことはどうだっていい。

俺はエリザを見つめた。


「ど、どうしたの、サムエル?」


少し怯えながら、照れながら、震えながらエリザが言う。


「エリザ」


「うん」


「俺と踊ってくれ」


「えっ!?ええと、えっ!?今、なんて?」


緊張で少し声が小さくなった。


「俺と踊ってくれ」


今度こそはっきりと聞こえるように俺は力強く言った。


「……うん、喜んで」


俺は差し出されたエリザの手を取り、ダンスフロアに向かった。

後ろで姉さんとアラベラがいろいろ言っていたのが聞こえた、

クレイが俺に向かって拍手しているのも見えてた。

だが、どうでもよかった。

今はただ、


エリザとのこの時間を楽しもう。



ーオラベラ・セントロー


ウィリアムくんと一緒にいたのはルミナーレに入るまでだった。

その後、アルファ女子とウィリアムくんのグループと別れ、

離れた別席に座った。


「よろしければ一緒に踊っては頂けないでしょうか?」

「一曲、踊っては頂けないでしょうか?」

「一緒に踊りませんか?」

「踊ろうぜ!」

「キミかわぅいねー、踊ろうぜ」


ってな感じで、さっきから踊りに誘われている。

気分じゃないので、全て断っている。


やっぱり来るべきじゃなかったのかな。

何しに来たんだろうって感じだ。


「龍くん、もう一曲踊ろう!」


音楽が鳴り響く中でもアラベラの声はよく聞こえる。

さっきから何度も何度も氷条くんを踊りに誘っている。

氷条くんはおそらくこういうパーティー、音楽に不慣れだろう。

動きがぎこちなく、硬い。

剣を教えるときの彼とは全然違う。

でもたったの一度もアラベラの誘いを断らなかった。

今日だけ教える側と学ぶ側が変わったかのように、

アラベラが氷条くんに踊りを教えてあげている。

二人はとても楽しそうである。


エリザも先ほどサムエルに直接踊りに誘われてすごく喜んでいた。

その後、サムエルはアンジェリカ姉さんに自分を先に誘わなかったことを怒られ、

姉さんの機嫌を取るために何度も姉さんと踊っている。


ブアちゃんもスラビちゃんも踊っていたし、

ミラリス先輩もセレナ先輩の目を掻い潜って男の子と踊っていた。


アエル先輩はウェイチェン王子と踊り、

さっきから一緒に別の席に座って話をしている。


自分が楽しくなくとも、みんなが楽しいならいっか。

そう思ったときだった。


「やっぱ、オラベラと来るの失敗だったわ」


セレナ先輩が言った。


「どうしてですか?」


「男たち全員、オラベラ狙いだもん。オラベラに断られてからこっちを誘うし、嫌になっちゃう」


「すみません…」


「……バカね。冗談よ。それにしても、一曲も踊らないの?あんま食べてもないし、飲んでもないし、何しに来たのよ?」


「……」


「そんな、気になるなら行けばいいじゃん。踊ってくれるよ。なんかめっちゃダンスうまいからオラベラが彼についていけるかは別問題だけど」


「先輩!ひどいです!私だって少しくらいは踊れるんですから!」


「あっ、やっと死んだ魚のような顔じゃなくなった」


……そんな顔してたんだ。

先輩、もしかして励ましてくれてる?


「行きなさいよ。いいじゃん別に、女性のほうが男性を誘っちゃいけないルールはないんだよ」


「違います、私は彼とは…」


「聞いて、オラベラ。ウィリアムはケダモノよ。2回しか話したことないけど、それははっきりとわかった。でもね、あんなに正直なケダモノは初めて。大丈夫。たくさんの男を審査にかけた私が言う。ウィリアムは当たり」


「……彼とはそういうのではありません。前にも言いましたが、私は恋愛はしたくありません。恋人はいりません」


「ふふ、誰も恋愛や恋人の話なんてしてないじゃない。『踊って来い』って言ってんの!」


「……」


「……本当に強情ね。まぁ、いいわ。後悔だけはしないでね、オラベラ」


それだけ言って先輩はアラベラとエリザと話し始めた。


ウィリアムくんのグループ五人はずっとまとまっている。

ウィリアムくんとブヤブくんが

ンズリ、クレアさん、ザラサちゃんと交互に踊っている。

ウィリアムくんもブヤブくんもすごくダンスが上手い。

ブヤブくんは全身で踊り、床とかで回転をしたり、

逆立ちしたりとかなりトリッキーでおもしろい。

ウィリアムくんは踊り慣れてる感じですごいかっこいい、

なんか雰囲気があるっていうかセンスがあるというか、

一つ一つの動きが妙に色っぽくて、見てるだけで目が離せなくなる。

アルファのみんなも、


「ウィリアム、踊りうまっ!」「うん、すごいね」

「かっこいい!」「はい、マルクス様並みのうまさです」


と彼を褒めていた。

普段ウィリアムくんに興味ない女の子でさえ、

見惚れているレベルでうまい。

というか何人かの女の子がウィリアムくんと踊りたそうにしてたけど、

近づこうとするとザラサちゃんが「ガルルル」と威嚇するから、

誰も彼に近づけていないのである。

(ザラサちゃんナイス!)


でも五人で、親友っていうか家族のような空間を作っててすごく楽しそう。

ザラサちゃんとンズリが喧嘩してるのですら、なんか家族っぽいなって思う。

私が入れる隙なんて…


「こんばんは、オラベラ」

「オラベラ王女殿下、こんばんは」


「カサンドラ、リルヴィアさん!こんばんは」


「顔色が優れないようですが、何かありましたでしょうか?」


カサンドラが私に聞く。


「うーんと。いろいろあったというか、なんというか」


「ふふ、なんか大変そうですね」


「ううん……、いや、そうだね。大変かも。もうどうすればいいかわかんない感じ」


「そうですか。何か相談に乗れることがありましたら、お聞きしますよ。リルヴィア、少し二人にして頂けますか」


「うん、わかった。何かあったらすぐ呼んでね」


「わかりました」

「ごめんね、リルヴィアさん」


リルヴィアさんは嫌な顔ひとつせずに少し、距離を取った。


「それで、どうしたのでしょうか?」


「あのさ、カサンドラ。自分がその人を傷つけるかもしれないのに、その人と一緒にいていいと思う?」


「……その質問にそのまま答えることはできません」


「だよね、そんなの答えられないよね」


「はい、大きな前提が欠けています。それなしでは答えられません」


「前提?なに?」


「オラベラがその方と『どのくらい』一緒にいたいか、です」


「どのくらい?」


「はい、たとえ、私はこのパーティーに参加するのも、街に出るのも、学園での移動でも結構命がけなんです。階段から落ちたり、何かに強くぶつかったり、発作が出たときに治療ができる者が近くにいなければ私は死にます」


なんで、こんな話をするのだろうと、正直思った。


「ですが、だからって私はそれらのことをやめるつもりはないです!部屋の中で閉じこもって安全に生きるより、少しでも普通の生活をするために死のリスクを背負うほうが私にとって、何倍もいいです。つまり『そのくらい』私にとって大切なのです」


「そのくらい大切……」


「はい、それと同じく、あなたも知らなければなりません。『どのくらい』その方と一緒にいたいかを。諦められる程度だったら、一緒にいないほうがいい。でも、頭を、心を、魂を蝕むほどにその方といたいと思うのならば、一緒にいるべきです。じゃなければ…」


「じゃなければ?」


「あなたが死にます」


「死ぬ!?」


「はい、もちろん物理的な死ではありません。ただ、あなたの中に今宿るその気持ちは死んでいきます。でも自分は生きているので、いつも見ることになるんです。死んだ、ううん。自分が殺した、その気持ちの死体を、思い出を」


今の自分の気持ち……


「ゆえに、今の気持ちを死なせてもいいかというところも大事になってきますね」


「今の気もちがどういう気持ちかわからない場合は?」


「わからないからと言って、それが大事な気持ちでないとは限りません。生かしとけば、そのうち、その気持ちがなんだったのかがわかるかもしれません。その気持ちが死んでしまえば永遠にわからないままです。ふふ、なんでも知りたがる私にはそれは耐えられませんね。オラベラはどうですか?『どれくらい』その方と一緒にいたいですか?今のその気持ちはどれほど大切ですか?」


「わ、私は…」


「じゃまするぞ、オラベラ」


「フォーヤオ!」


ミンの伝統衣装に身を包んでいるフォーヤオ王女は、

こちらの大陸の美人には絶対出せない別ベクトルの美しさだった。


「これはこれはフォーヤオ、お久しぶりですね」


カサンドラが言う。


「黙れ、カサンドラ。貴様と話をしに来たのではない」


「ふふ、かしこまりました。リャン・イーコウの調査、うまくいくといいですね」


ニコッとそれだけを言って、カサンドラは黙った。

フォーヤオは一瞬、カサンドラを睨んだが、すぐに私に目を戻した。


「オラベラ、あのウィリアム・ロンカルという男について聞きたい」


「ウィリアムくんのこと?」


「そうだ。この前、話をする機会があってな。なかなかに面白い男だった」


「あ、う、うん」


「彼のことをもっと知りたい。噂だとオラベラと親しいと聞く。彼について知っていることを教えろ」


もっと知りたい?なんで?

なんでフォーヤオが?


「どうした、さっさと教えぬか、オラベラ」


「な、なにが知りたいの?」


「そうだな、喜びそうなものとか、好みの女とかだ」


「……なんで?」


「決まっておろう、我が者とするためだ」


はあい!?フォーヤオがウィリアムくんを?


「勘違いするなよ、オラベラ。私自身が変わるわけではない。ただ、好みの物や好みの女がいればそれを買って与えればいいと考えているまで。そうすれば喜んでもらえると思ってな。それに終始くっつかれても困る。私は多忙だからな、私の相手をしていないときに私が買い与えたもので遊んでいればよい。さあ、何をあげれば喜ぶ?言え」


「……好きじゃないってこと?」


「好き?そんな子供じみた感情、私は持ち合わせておらぬ。ただ単に欲しくなったまで。特にあのダンスにはそそられたからな。もう私の話はよい。さっさと知っていることを話せ」


「……いやです」


「なんだと?」


「嫌だ!と言ったの」


「おいおい、どうした、オラベラ。大国の王女同士、いい男の情報くらい共有していこうじゃないか。ミンの男に興味があれば紹介するぞ」


「フォーヤオ『王女』に教えることはありません」


「……なるほど。仲がいいとは、『そういう』仲がいいだったとはな。失礼をした、オラベラ『王女』」


そして、フォーヤオは振り返り、

まっすぐとウィリアムくんのところへと向かった。

ザラサちゃんの威嚇をものともせず、

ンズリとクレアさんの睨みも全く気にもせず、

ウィリアムくんと話始めた。


「よろしいのですか?」


カサンドラが聞く。


「……よくない」


「だったら、なぜ動かぬのですか?私は一人では動けないという言いわけがありますが、あなたのいいわけは?」


「……傷つけたくない」


「人は傷つきます。特定の誰かと深く関係を持とうとすればするほど、傷つく可能性も高くなります。ですが、それは相手だけじゃなく、自分もです。それでも一緒にいる、『どんなことがあっても一緒にいる』からその関係は大事で大切なものになっていくんです。今回あなたが彼を傷つけたように、将来、彼があなたを傷つけるかもしれません」


「……」


「それでいいじゃないですか」


「えっ?」


「傷つけたのならば、お互いの傷を互いに癒せるようになればいいのです。そうして、お互いを守っていけばいい。あなたたちの関係を守っていけばいい」


「……」


「もう一度聞きます、オラベラ。あなたは『どれくらい』その方と一緒にいたいのですか?今のその気持ちは大切ですか?」


「……ありがとう、カサンドラ。答えがわかったよ」


「ふふ、それはよかったです」


私は話が終わったことをリルヴィアさんに告げ、

カサンドラを迎えに来るように合図をした。

そして、ウィリアムくんのところに向かった。


この気持ちがなんなのかはわからない。

今はそれでいい。

それでも大切な気持ちであることはわかる。

だから、この気持ちを守る。

いずれわかる、そのときが来たときのために。


だから今は、今は、


「ベラベラ!」


「ベラ何してんの?ってベラ!?」


ザラサちゃんと、ンズリを無視して、

フォーヤオとウィリアムくんが話している間に入った。

彼の手を持ち、


「ウィリアムくん、踊ろう」


と言った。


質問などではなかった。

命令でもなかった。

今から起こることを言っただけ。


「はあい!?」


嫌な顔をして、ンズリが言った。

フォーヤオも私を睨んだ。

でも、どうでもいい。

私はウィリアムくんと踊る!


「喜んで」


彼がそう言うとリードが切り替わったかのように、

彼が私をダンスフロアに連れていってくれた。

私たちがダンスフロアの中央に着いたのと同時に、

ゆったりしたテンポのバラードが流れた。

「ラバーズ」最近流行りの恋人の曲だ。


彼は私の腰に手を置き、

私は彼の首の裏に両手をかけた。

そしてゆっくりと左右にリズムに乗りながら動きはじめた。

しばらくは話さなかった。

ただ、彼の体温を手で感じた。


「専攻授業、本当にもう来ないの?」


私は聞いた。


「オラベラが教えてくれなければな」


「個人ポイント、たくさん減っちゃうよ」


「そうだね、オラベラが教えてくれないんだからしかたない」


「この前せっかくみんなでいっぱいポイント貯めたのに」


「だったら、また貯めに行こう」


「……みんなで?」


「オレとオラベラで」


「……ザラサちゃんが怒っちゃうよ」


「ははは、だね。じゃ、ザラサは連れてっていい?」


「…うん、いいよ」


「……オラベラ」


「……なに?」


「また、専攻授業で教えてくれ。頼む」


「しょ、しょがないな。ウィリアムくんが授業に来ないとザラサちゃんのポイントが減っちゃうからね」


「ははは、なんだよ、オレのためじゃなく、ザラサのためってか?」


「そうよ、当たり前でしょう?私、ザラサちゃん大好きなんだから」


「…うん、ザラサもオラベラのことが大好きだよ」


「そ、そうなんだ……」


また、しばらく無言が続いた。


「ごめんね」


「ん?何が?」


「月曜日のこと。そんなつもりじゃなかったの。私が本気を出しても、ウィリアムくんは全部受け止めれると思ってたの、私が本気を出してもウィリアムくんが傷つくはずないって。それで……ごめんなさい」


「もういいって言ったろう。少しもオマエを責めてないよ。なんでそうなったのかもだいたいわかってるし。文句言えねえよ」


「……うん、ありがとう」


「でも、これだけは知っておいてくれ、オラベラ」


「なに?」


「オマエがその気になれば、この前と比べられないほどオレを傷つけることができるぜ」


なぜか彼が身体的にではなく、別の意味で言ったのがわかった。


「う、うん、気を付ける」


「……」


「……」


「綺麗だね」


私の目を見て彼は言った。


「眼?」


「全てがだ」


「ふふ、初恋の人を思い出すから?」


「ん?……ああ、ごめん。今、オラベラのことしか考えてなかったわ」


「えっ?」


彼は私を見つめた。

まっすぐと、私の目を。

そして私も彼を見つめた。

その綺麗なオッドアイ、青と黒の目を。

引力に引き寄せられたかのように、

互いの顔が近づいていく。

鼓動が早まり、心臓が胸の中で強く跳ねる。

それでも頭の動きを止めることができずに

それぞれ斜めに顔を傾けて、

徐々に近づく、

私は目を閉じ、次の瞬間を待つ。


そして、


「緊急警報です、緊急警報です。こちらはホワイトシティ衛兵隊です。先ほどミレニアム区にて殺人事件が発生しました。犯人は怪物の仮面を着用しており、現在も逃亡中。安全が確認されるまで、外出を控え、建物内で待機してください。目撃情報がある方は直ちに衛兵隊へ通報を願います」


緊急警報が鳴るのと同時に我鷲丸くんは外に飛び出し、

私とウィリアムくんは現実に戻される。

四人目の殺害の知らせで、私のルミナーレでの一夜は終わった。




読了ありがとうございます!

次回――第25話「三つの仮面と連続殺人鬼の謎」


ルミナーレの熱狂が醒めぬ夜、街に鳴り響く“緊急警報”。

逃げる影、交わる足跡、そして――三つの仮面。

刃が描く軌跡は、偶然か、必然か。

戦いが繰り広げられる中、王女は「真実」を掴みに行く。

繋がる点と点が一つの“名”に収束するとき、物語は加速する――。


面白かったら☆・ブクマ・感想、めちゃくちゃ励みになります!

第25話は【12/11(木)】公開予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
パーティーはすごく楽しそうなのが伝わったけどクレイは何者だろう?怪しい。(笑) オラベラどんどん自分の気持ちに気づいてきたね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ