第22話:初ダンジョンと初恋
・4月19日(金曜日)
ーオラベラ・セントロー
遅れを取り戻すためにどうするかの話し合いになった。
寝ずに馬車を走らせるとウィリアムくんが提案したけど、
姉さんがダンジョンのクエストに支障が出るから一度はこれを拒否。
だけど、ウィリアムくんは数日寝なくても自分は大丈夫ということと、
ザラサの嗅覚とボールウィッグの特殊な能力で危険があればすぐにわかるのだと説明。
姉さんは迷いながらもウィリアムくんを信じることにする。
ということで最初の数時間はお姉さんと私が御者席に座り、ウィリアムくんたちは休んだ。
途中で一度馬車を止めて、馬を休ませ、みんなで夜食を取った。
ウィリアムくんが手慣れた感じで食事を作ってくれる。
鍋を使って、シチューのようなものを作ってくれた。
食べてみるとすごくおいしかった。
食べる量に限りがなければおかわりしたかったな。
「おかわりあるよ」
ウィリアムくんはそう言うと私の皿を取り上げ、
いっぱいいっぱいまで注いでくれた。
「私だけこんなに食べるわけにいかないよ」
「なに言ってんだよ。うちのがもっと食べてるだろうが」
隣のザラサちゃんは三杯目である。
「ボスの料理はおいしいのです!」
うん、確かにおいしい。
そっか、ザラサちゃんはいつでもこれが食べれるのか。
いいな〜。
「大丈夫。食料が足りなくなったら、また前にみたいに現地調達するから。心配せずに食べて」
「う、うん、ありがとう」
「どういたしまして『お姫様』」
もうー!なんで素直に感謝しているときに限って、
そうやって茶化すかな。本当むかつく。
あと、すごいおいしいのがむかつく!
むかついたので、私も三杯目をおかわりした。
ふん!
デザートはお姉さんが食べたそうにしてた果物「マンゴ」だ。
これもウィリアムくんが切ってくれる。
あれ?私ていうか女性陣何もやってない。
全部ウィリアムくんとブヤブくんでやってくれている。
なんか自然とそうなった。
次はこっちも手伝わないとね。
ともかく、本来ならここで野営して寝るはずだった。
だけど、食事を取ったあと、少しだけ休み、再度移動を開始した。
御者席にウィリアムくんとザラサちゃん。
ほかは全員、荷台。
姉さんがこのあとの道順をウィリアムくんに教え、
わからなくなったら起こすように言う。
そんな難しい道じゃないけどウィリアムくんにとってセントラムは初めてだからね。
「揺れるかもしれないけど、できるだけ寝ようとして。明日に向けてできるだけ体を休ませて」
お姉さんの言葉に私とブヤブくんは体勢を整えて寝ようとした。
整備された道を走ったからなのか、
ウィリアムくんの御者がうまかったからなのか、
ほとんど揺れを感じなかった。
気づいたら寝ていた。
・4月20日(土曜日)
目覚めると、まだ荷台の中だったけど、馬車は止まっていた。
姉さんもブヤブくんもいない。
私は慌てて自分の剣を持ち、戦う覚悟をして馬車の外に飛び出した。
「あ…れ?」
剣を構えて立っている私をたくさんの人が見つめる。
「オマエらの仲間か?」
「そうです、寝起きだとあんな感じです。気にしないでください」
いつの間にか朝になっており、目的の村に着いていた。
本当に寝ずに馬車を走らせたんだ。
信じてなかったわけじゃないけど、すごいね。
「お、おお。ともかく運搬ありがとう。予想以上に早く届けてくれたから配布の時間に余裕ができてかなり楽になるぜ」
「感謝を言うのなら彼に。寝ずにここまで馬車を走らせたんだから」
「…そうか。感謝する、あんちゃん」
感謝すると言いながら、嫌な目でウィリアムくんを見る村の代表の人。
他の人たちも同じで、ウィリアムくんのことを悪く言ってるように思う。
それとブヤブくんのことも同じく嫌な感じで見ている。
ザラサちゃんがときどき「ワンワン」と威嚇するように吠えている。
だけどウィリアムくんは「大丈夫だよ」とザラサちゃんを宥める。
「じゃ、私たち別の用があるから、戻るまでここに馬車置かせてもらうよ。いいよね?」
「ええ、もちろん。馬の方もこちらで面倒見ます。いつお戻りに?」
「明日の昼までには戻るわ」
「わかりました。戻ってこられた際にすぐ出発できるように整えておきます」
「助かるわ。じゃ」
「ありがとうございました」
代表の人が荷物を受け取ったと書類に署名し、姉さんたちは私のところに来た。
「おはよう、ねぼすけさん」
「爆睡のお姫様だ」
「ベラベラずっと寝てた」
「おはよう、オラベラ」
みんないじってくる……、ショボン。
ブヤブくんだけ優しい。
起こしてくれればいいじゃん!
でも、確かになんかぐっすり眠れた。
襲われる心配がなかったっていうか、
襲われても大丈夫?って感じでちゃんと寝ることができた。
「それじゃ、まずは休みます」
「えっ?姉さん?また?」
「またって、あんなにぐっすり寝れたのはあんただけよ」
「ん?アンジェリカさんもちょっと前まで寝てたよ」
「ブヤブ!余計なことを言わない!」
「あ、ごめんなさい」
「ともかく、ウィリアムくんだけ寝てないの!」
「ウィリアムくんだけ?ザラサちゃんは?」
「私が起きて御者席を見に行ったらウィリアムの膝の上で爆睡してたのよ」
「へへん、ボスの膝は気持ちいいのです!」
「気持ちいいのです!じゃないわよ!あんたも一緒に起きてなくちゃいけなかったの!」
「そうなのです?ボスが寝てもいいと言ったのです」
「ウ・ィ・リ・ア・ム。どういうこと?」
「まぁまぁ、無事に着いたからいいじゃないですか。怒らないでくださいよ、姉さん」
「はぁー、怒っているんじゃなくて、あきれているのよ。ともかくウィリアムには少しは寝てもらいますからね」
「はい、わかりました」
「本来の到着時刻より、5時間くらい早く着いた。だから今から5時間寝なさい。いいわね?」
「はい、姉さんが添い寝を?」
「そうね、私がーーって違う!なんで私になるのよ!?オラベラかザラサに頼みなさい!」
「えっ?私?」
それを聞いた私の心臓が一回跳ねた。
当然みたいに言わないでよ、姉さん。
こっちの心の準備とか聞いてよ。
でもまぁ、添い寝くらいなら……
「ザラサがボスと添い寝するのです!そうなのです!」
ほかに何か言える前にザラサちゃんがウィリアムくんに飛びついた。
ふふ、うん、ザラサちゃんなら平気。
そして、私たちは宿を短時間借りて、ベッドで休んだ。
私はまったく眠くなかったが、ダンジョン攻略に備えて精神を落ち着かせた。
5時間が経ったが、
ウィリアムくんがザラサちゃんの尻尾をモフモフしながらぐっすり寝てたので、
姉さんが出発時間を1時間遅らせた。
それでもウィリアムくんが真夜中、
ぶっ通しで馬車を走らせたことで、
フェリス先輩の件で遅れていた予定がほぼ予定通りに戻ったと言っていた。
そしてウィリアムくんを1時間後に起こし、
みんなで危険度5のダンジョンに向かった。
歩いて3時間ほどのところで、ダンジョンに着いた。
来る途中にもアンデッドが少しいたことも考慮すると、
このダンジョンから溢れ出ていることが考えられる。
魔力密度が高い洞窟や、遺跡などの場所はダンジョンと化す。
魔力密度が高い場所なので、
生物、または死体などが長い時間その魔力に当てられると変化することがある。
魔物/モンスターは魔獣が変化したと考える学者もいるのだとか、
それと、亡くなった死体が長い間、魔力に当てられるとアンデッド化する。
アンデッドの場合は他にもネクロマンサーの死霊魔術で作る方法もあるが、
一般的にはアンデッドを作るのは違法とされている。
人の生活に害が出ないため、定期的にダンジョン内を駆除する必要がある。
ダンジョンそのものを破壊すればいいという考えもあるが、
大きな問題が三つ。
一つ、その場所を破壊したからといって、
もう魔物やアンデッドが生成されないとは限らない。
破壊したところで魔力密度が高い場所であることは変わらないため。
むしろその魔力が外に溢れる出ることで、
予想していない場所で魔物が生成される可能性だってある。
二つ、ダンジョンはすべてが悪いわけではない。
魔物から剥ぎ取れる素材は貴重な物が多く、
ダンジョンで亡くなった者の武器や装備は長い期間、
魔力を浴びることで、『魔具』になることもある。
通常の方法では付与できないような効果を持つこともあり、
ときには『魔法具』すれすれのものも見つかることもあるのだとか。
三つ、冒険者の質が下がる。
まず、ダンジョンがなければ冒険者の仕事が減ってしまう。
ランクの低い冒険者は『何でも屋』感覚でなんでもやるが、
高ランク冒険者が引き受ける任務はこういったダンジョン攻略や魔物討伐だ。
彼らはそういう任務を受けることで日々自分たちを鍛え、強くなっている。
ダンジョンがなければ魔物と遭遇する機会は激減し、
それが冒険者の弱体につながり、しまいに国の戦力の弱体につながる。
私はダンジョンを残しつつ、定期的に駆除するのが一番利益が出ると教わった。
ダンジョンに入る前に、パーティーリーダーである姉さんが状況の確認をする。
「よし、前衛はオラベラとザラサ、真ん中に私とブヤブ、後ろにウィリアムで行くわ。ブヤブの職業はトリックスターだよね?」
トリックスター!?
ウォリアー・メイジと並ぶ上級職だ。
スカウトの能力とイリュージョニストの魔術を組み合わせたようなスタイル。
慣れる人が少なすぎて、かなり貴重である。
「うん、そう言われた。オレよくわかんない。ブヤブできることやってるだけ」
「そっか、でも、スカウトのようにエリアの確認とかはできる?」
「うん、できる」
「よし、じゃ、中の状況が読めないときはお願いするかもしれない」
「わかった」
「このパーティーにはヒーラーがいない。ただし、私とオラベラが回復魔術をある程度使えるわ。それとボールウィッグも回復できる術を使えるそうだが、かなりエネルギーを消費するため、万が一のときにしか使わない。基本は私とオラベラで回復させる。動けなくなってからは遅いのよ。まだ余力が残ってるうちに回復を願い出て。ポーションも一人2個ずつ持ったわね?」
「「「「はい」」」」」
全員が返事する。
「よし、じゃ、行くわよ」
隊列を組み、ダンジョンに突入した。
洞窟の岩の壁は、光を飲み込むように暗い。
灯りは近くをわずかに照らすだけで、遠くは闇の壁が続く。
鈍い滴水音、土と鉱石の匂い、
底から吹き上がる冷たい風――そのすべてが、
ここが外界と切り離された空間だと告げていた。
「ライト・スフィア」
お姉さんが唱えるとレベル1魔術『ライト・スフィア』が発動された。
光の玉が魔力によって作られ、私たちの上の宙で浮く。
発動時魔力の込め方によって、大きさや、持続時間を決められる。
どこに設置するかも、自分についていくようになども指定できる。
私たちの周りをちょうど照らすような大きさに姉さんは抑えた。
スフィアはお姉さんの頭上でお姉さんについていく。
姉さんなら、辺り一面を照らすほどの大きなものも作れるが、
それだと敵に「ここにいますよ」と知らせることになる。
「なんで明るくするのです?明るいとバレるのです!」
不思議そうに言う、ザラサちゃん。
そっか、彼女は犬科の獣人!ある程度の暗闇でも見えるんだ。
って、ゴブリンのブヤブくんもそうだよね。
「私たちヒューマンは暗いとこだと見えないのよ。確かにバレやすくなるけど、見えないと戦えないでしょ?わかって」
そう言いながらザラサちゃんの頭を撫でる姉さん。
「そっか、わかったのです。『ボス以外』のヒューマンは目が悪いのです」
ボス以外?ウィリアムくんは見えてるの?
アレグリアノにダークヴィジョンなんてないよね?
というか、ヘンテ、ノルディックス、アンサー、ミン、アレグリアノの
ヒューマン全種どれも持ってないはず。
ダークヴィジョンは亜人と獣人にのみあるはずだが。
どうやって?
「ウィリアム、暗闇でも見えるの?」
姉さんの質問に答える前にザラサに近づき、
彼女を睨みながら、手で彼女の頭を握る。
「うぅ…、ごめんなさいなのです。許してくださいなのです」
「ふー」
ウィリアムくんはため息を吐くとザラサちゃんの頭を撫でた。
「はい、片目だけですが、見えてます」
片目だけ?
確かにあの綺麗な碧い目がいつも以上に輝いているように見える。
…本当に綺麗なんだよね。
「……わかった。今はいいわ。先に進みましょう」
奥に進むとアンデッドの群れに出くわした。
クエスト情報通り、ここはアンデッドがメインのダンジョンのようだ。
アンデッドの中でも下位のスケルトンがメインで数は多かったが、
戦闘評価S四人の相手ではなく、ブヤブくんもかなり強かった。
ウィリアムくんがこの前言った「オマエ、あいつらより強いだろう?」
というのがよくわかった。
魔術で幻影を作り、敵を撹乱。
私たちを戦いやすくするだけでなく、
本人もそれで敵の背後に周り、後ろからぐさっと行く。
まさにスカウトの技術とイリュージョニストの魔術の融合のような爽快な戦い方だった。
あのいじめっ子たちに挑んでいれば余裕で勝てたことだろう。
一階層は難なく突破ができた。
クエスト情報によるとこのダンジョンは三階層まであるらしい。
上にじゃなく、下にね。
お姉さんがみんなの状態を確認し、そのまま二階層に向かうと判断するが、
行く前にお姉さんに止められた。
「オラベラ、隊列が乱れてるわよ。それでさっき一度崩れそうになった。ブヤブくんの機転で問題なかったけど、しっかりして」
「はい、姉さん。すみません、気をつけます」
「……」
ほかにも何か言いたそうにする姉さんだったが、
それ以上何も言わずに隊列へと戻った。
姉さんが言いたかったことはわかる。
「後ろを気にしすぎている」だろう。
でも、ウィリアムくんには回復魔術は効かない。
ボールウィッグの回復回数も限られている。
というか回復魔術が効かないのってお姉さんには言ったの?
この前、セレナ先輩には言わなかったし、
言う人、言わない人を決めているみたいだったけど。
いつものように強がって言ってない可能性もある。
私にはすぐに言ってくれたけど…
やっぱり彼に怪我をさせるわけにはいかない。
私がウィリアムくんを守らなくては。
先ほどの戦いでバランスはわかった。
ブヤブくんは思った以上に動けるし、ザラサちゃんはめっちゃ強い!
一人でも前衛が務まる程に!
ウィリアムくんはボールウィッグに指示を出して、
これぞってところで魔術を撃ち込んでくれる。
それに姉さんが隊列の真ん中でバランサーとして私たちの穴を全部埋めてくれている。
少しくらい後ろを気にしたって大丈夫なはずだ。
そういうことを考えながら二階層に下った。
二階層にはグールがメインで辺りをうろちょろしていた。
だけど念のために姉さんがブヤブくんにエリアを調べてもらうことにする。
「ブヤブ、無理はするなよ。危ないと思ったらすぐに戻れ。クエストなんかよりオマエの命だ。わかったな?」
真剣な声で言うウィリアムくん。
「うん、わかった。無理しない」
そう言うと、ブヤブくんは『インヴィサビリティ』の魔術を唱え、
不可視状態となった。発動時間もかなり早い。
やっぱり、ブヤブくんは相当やる。
一階層と二階層を繋ぐ階段を降りたすぐのエリアの岩でブヤブくんの帰りを待つ。
ウィリアムくんはどこか落ち着きがないように見える。
ブヤブくんのことが心配なのだろう。
「大丈夫。ブヤブくんは必ず戻ってくる」
気づけば私は彼の手を握ってそう言っていた。
すぐにそれに気づき耳が熱くなる。
けど、差し出した手を彼が握り返してきたので、
引っ込めることはできない。
ど、どうしよう……
「ただいま」
ブヤブくんナイスタイミング!
「お帰り。どうだった?」
姉さんが聞くと、ブヤブくんは説明してくれた。
グールがメインだけど、ガースもいて、さらに数体だけどワイトも見たと。
グールとガースは下級アンデッドの中では強い部類。
ワイトは中級アンデッドで、生きていたときの戦闘力を多少残す厄介な敵だ。
複数いるとかなりまずい。
それにグールもガースも獲物を見つけると怒り狂って攻撃してくる。
結構な難易度だ。
レベル5のダンジョンだもんね。
普通の人からすればかなり高レベルだ。
「よし、目的はダンジョンの駆除だから、敵を全滅させなければならない。隊列を崩さずにできるだけ私たちに有利なところで戦う。そして危なくなったらこの場所に戻る。一階層にはもう敵がいない。何かがあればそこで一回休んでからまた挑むのもいい。わかった?」
「「「「はい」」」」
私たちがそう返事すると、二階層の奥へと向かった。
私たちに気がつくとアンデッドは一斉に群がった。
それでも善戦していた。
群がってくるアンデッドに対して一歩も引かずに返り打ちにしていた。
だけど、ハプニングが起きた。
ザラサちゃんの攻撃の反動で後ろにいたブヤブがぶっ飛んでしまい、
アンジェリカ姉さんは彼を陣形の中に戻すために移動。
その二人の穴を埋めるためにウィリアムくんが前へと出る。
あと少しで姉さんとブヤブくんが体勢を整えられるってときに、
ウィリアムくんにワイトが迫った。
私は慌てて彼を守るために下がるが、
私が到着する前にボールウィッグはワイトを焼き尽くしていた。
だけど、私が下がったことで隊列に穴が空き、
……一気に崩れた。
一度崩れた隊列は簡単に元には戻らない。
押し寄せるアンデッドの軍団をかろうじて一人一人が対処しているだけ。
敵を殲滅する戦いではなく、自分が死なないための戦いになった。
唯一助かったことは、このパーティーのメンバーの一人一人が強かったこと。
危険度5のクエストなので戦闘評価Bがあれば受けられるが、
ここにいるのはブヤブくんを除いてS以上。
ブヤブくんも自分を守るだけなら心配なさそうだ。
「ウィリアム、あそこに岩に囲まれた箇所がある。そこで隊列を立て直そう」
一階層の安全地帯へつながる道が大量のアンデッドに埋め尽くされ、
そこへの移動が困難だと判断した姉さんはそう言うと、
ウィリアムくんはボールウィッグに合図を出し、ボールウィッグは炎の壁を作った。
おそらくはレベル6魔術『ファイア・ウォール』。
炎の壁が作られ、左側のアンデッドと私たちの間に距離ができる。
アンデッドの動きを止めた隙にお姉さんが指した場所へと向かう。
全員無事到着、再び陣形を組んだ。
だけど、またもや予想外が起きる。
ミシ、と足元でいやな音がした。
次の瞬間、床に細かいひびが一気に広がっていく
私たちが立っていた床が崩れた。
いきなりのことで反応することはできなかった。
全員落ちた。
「ザラサ、姉さんだ!」
ウィリアムくんがそう言うとザラサちゃんはお姉さんを自分の体と尻尾でくるっと包んだ。
そしてウィリアムくんは私を抱き抱え、私を上にして、自分は背中から落ちていく。
「ダメ、ウィリアムくん!」
「黙ってろ、オラベラ!」
ゴンという音と共に私たちは三階層に落ちた。
私はすぐに立ち上がり、ウィリアムくんの無事を確認する。
「ウィリアムくん!大丈夫!?ね、大丈夫?」
「いってぇ…、こっちは大丈夫だ。みんなは?」
ウィリアムくんは痛そうにしながらも動けている。
ザラサちゃんに守られた姉さんも問題なさそう。
ザラサちゃんは何事もなかったかのようにピンピンしている。
そして宙からゆっくりとボールウィッグとブヤブくんが落ちてきた。
おそらく魔術か何かでボールウィッグは自身と軽いブヤブくんだけを浮かせたのだろう。
よかった。でも、安心はできない、
なんの準備もなしで最下層に来てしまった状態だ。
「みんなすぐに集まって」
姉さんの呼びかけにみんなが集まる。
あたりは暗くて、ライトスフィアで照らされている私たちの周りしか見えない。
でも、聞こえる。彼らの呻き声が、近づいてくる。
「ガルルルル」
ザラサちゃんは威嚇するかのように牙を見せる。
「ブヤブ、敵は見えた?どんなやつがいた?」
「うん、ワイトがいっぱい。それとワイトの強いやつ……ジェネラル、もしかしたらロードかも」
「そう…、まずいわね」
ワイトジェネラルにワイトロードか。
どちらも上級アンデッドだ。
生前の能力をほぼ残しており、自分より下位のアンデッドを使役する。
お姉さんは悩む、一対一ならジェネラルでもロードでも私たちなら勝てる。
だけど、彼らが率いるアンデッドの数が問題。
押しつぶされて、何もできずに終わる可能性すらある。
お姉さんはフライの魔術で逃げれるだろう。
ボールウィッグは先ほどやったようにブヤブくんを浮かして同じことができると思う。
だけどウィリアムくんは?
ボールウィッグはウィリアムくんも浮かせられるの?
……私が翼さえ出せれば……
考えているとウィリアムくんが動いた。
「姉さん、ここは任せてください」
「えっ、ちょ、ウィリアム!」
姉さんを無視して、ウィリアムくんは少しだけ離れた。
そのあと、ボールウィッグを優しく撫でて、
ボールウィッグの頬にキスをした。
ボールウィッグがキスされたあと、ゆらゆらと揺れる。
嬉しくてたまらない顔をしている。
ゆらゆらしすぎてウィリアムくんの肩から落ちそうだ。
だけど直後にボールウィッグは頭を左右にぶんぶんと揺らし、現実に戻る。
やる気が上がったのは明らかだった。
「お願い」
そうウィリアムくんが言うと、
ボールウィッグの尻尾がピンと立ち、いくつにも別れた気がした。
そうしてそこに集約される魔力。
あんな小さい生き物のどこにそんな魔力があるのかわからない。
いや、たとえ巨大な生物であってもこれほどの魔力は持たない。
それくらい異常な魔力量だった。
その魔力が高圧縮された小さな塊が三つできあがった。
一つ一つの大きさはどんぐりのように小さかったが、
私たち全員が感じた。あそこに集められた魔力を。
塊は一度炎のように燃えてから黒い霧に包まれた。
そして、それらはそれぞれ別方向へ同時に放たれた。
そのあとは一瞬だった。
飛んで行った塊は奥まで進むと起爆した。
爆風を起こしながら、辺りを全て焼き尽くした。
炎の光によって見えた光景は、
無数のアンデッドが何もすることができずに焼き尽くされていくものだった。
炎の光で見えた範囲にはなるが、確かにワイトジェネラルが複数いた。
ロードは見えなかったが、もしかしたらいたのかもしれない。
戦っていたら苦しいどころか、負ける可能性も十分にあった。
ううん、こんな敵に囲まれたど真ん中での戦闘ならそっちのほうの可能性が高かった。
三つの塊から生まれた炎の渦はちょうど私たちがいる場を除いて、全てを焼き尽くした。
「『フレア』を同時に三つだなんて。信じられないわ」
姉さんが言う。
やっぱりそうだよね。私も思った。
あれはレベル10破壊魔術『フレア』。
レベル10魔術、世界最高の魔術師たちがたどり着ける究極の域。
彼らが生涯をかけて、使えるようになる研究と鍛錬の成果。
それをこの小さな生物が同時に三つ放った。
つまり、トリプルキャスト。
まず、ダブルキャストは通常の人にはできない。
アンジェリカ姉さんのようなマジック・ボーンのみが行える芸当だ。
トリプルなんておとぎ話レベルの世界だ。
しかもレベル10をトリプル。
すごいとかいうレベルじゃない。次元が違う。
「ありがとう、ウィリアム。本当に助かった」
姉さんがウィリアムに感謝する。
「オレにじゃなく、ボールウィッグに感謝してください。オレはなにもやってないんですから」
「うん、そうね。ありがとう、ボールウィッグ」
姉さんが感謝すると私たちもみんなボールウィッグに感謝した。
「ありがとう、ボールウィッグ」「ありがとう」「ありがとうなのです」
「キュン、キュン、キューン、ベッ!」
鳴き声だからもちろん正確にはわからないが、
はっきりと「あんたたちのためにやったわけじゃないんだから、ベー!」
と言ったのはよく伝わった。
「よし、一回ここで全員の状態を確認。その後、このフロアに残党がいるかを確認し、完全に制圧後に二階層へと戻るわよ」
「「「「はい」」」」
全員返事する。
「オラベラ、私と位置交換よ」
「姉さん、さっきはすみません、でも、」
「うるさい!これは命令。さっさと中列に下がりなさい」
「…はい」
そして、私たち五人は再度隊列を組み、
あっけないほど簡単に残りの敵を全滅させた。
こうやって私たちは危険度5のダンジョンを制した。
だが、お姉さんが怒っている。
そしてウィリアムくんも…
私たちはダンジョンの攻略が終わって、外に出た。
そして、それを待っていたかのように姉さんが私に向かってきた。
怒られる…。
だが、その前に、
「おい、お姫様。てめえ、どういうつもりだよ!?」
「ど、どういうつもりって…」
「とぼけんじゃねえ!なんで後ろのことばっか気にして自分のところに集中してなかったと聞いてんだ!」
「そ、それは…」
「パーティーはお互いがお互いを信頼し合って、ある役割を任せられるから機能するんだ。オマエがそれを中途半端にしたせいで、陣形が崩れた。言っとくけどな、オレらじゃなければ間違いなく死人が出てたんだぞ」
「ご、ごめんなさい」
「オマエの謝罪なんて聞きたけねぇんだよ。オマエのせいでオレの家族に何かあったらどうするつもりだったんだオマエ?あっ!?」
「……」
「てめぇがどうなろうと知ったことじゃねぇけど、オレはこの二人の命を預かってんだ。お遊び気分でここに来てるわけじゃねぇんだよ」
「……ごめんなさい」
頭を下げて、謝ることしかできない。
彼は正しい。
正しいけど、私はあなたの心配をしてただけなの。
あなたに何かがあって欲しくなかっただけなの。
「そこまでよ、ウィリアム。もう十分だわ」
姉さんはウィリアムの腕に手を置いて言う。
お姉さんを睨むウィリアムくん。
本当に怒ってる。
私のせいで…
「ここは下がって。命令よ」
だけど姉さんはその睨みに動じない。
ウィリアムくんはそう言われると下がり、
ブヤブくんとザラサちゃんのところへと戻った。
「よし、みんなお疲れ様。とりあえずよくやったわ。反省会と行きたいところだけどそれはあと、今日はこのままレベル6のダンジョン近くまで移動して、その近くで夜営する」
えっ?行くの?
このパーティーの状態で?
確かに、大きな怪我は何もないけど、
私のせいでパーティーの空気が…
「これはパーティーリーダーの命令よ。それともそれに文句あるやつはいる?」
文句ではなく、みんなのことを考えて行かないほうが…
私は邪魔になるだけ…
「ありません」
ウィリアムくんが言う。
「ボスがいいのならザラサもいいのです」
「うん、オレもそれでいい」
「よし、じゃ行くわよ。道中に魔物がいるかもしれないから気をつけて進むわよ」
「姉さん、私は、」
「あんたは黙ってなさい、オラベラ」
言葉を止められた私はみんなについていった。
日が完全に暮れたときにレベル6ダンジョンの付近に着いた。
ブヤブくんがその近くで小さな洞窟を見つけ、そこで休むことにした。
ウィリアムくんがまた飯を作ろうとしたけど、
姉さんに止められて、私と姉さんで飯を作った。
ポテトスープと干し肉、デザートはりんご。
食事中も会話はなく、昨日と比べると違いは明らかだった。
「ボスの料理のほうがおいしいのです!」
そうだよね。私もそう思う…
「姉さんとオラベラが一生懸命に作ってくれた料理だよ。感謝して食べないと。それにおいしいよ」
「うん、わかったのです。感謝するのです。それとおいしいのです。ボスの料理のほうがもっとおいしいだけなのです」
ザラサの頭を撫でるウィリアムくん。
そうだよね。
昨日のシチューのような料理が食べられるなら毎日食べたい。
でも、もう食べられないよね…
もう一緒にこうやってクエストに行くこともないよね?
完全に嫌われてしまった…
胸が痛い…
なんで、こんなに痛いの?
食べ終わったあと、お姉さんの指示で入り口を見張る順番を決めた。
二人が見張って三人が休む。
見張りを二人にするのは一人が寝ちゃった場合に対処できるようにだ。
最初の見張りはお姉さんと私。
三人は丸めて持ってきた寝具を広げて、寝る準備をする。
「行くわよ、オラベラ」
「はい」
私とお姉さんは武器と毛布を持って、外に出る。
しばらくは無言が続いた。
「で、なんでああいうことをしたのよ?」
「えっ?」
「なんであんなふうに陣形を崩したのかって聞いてるの。あんなバカな真似、オラベラらしくない。そういうことをするときは決まって理由がある」
「……」
「いいから言ってみて。もう怒らないから。約束する」
お姉さんに真剣に、でも優しく見つめられた。
「……ウィリアムくんのことが心配だったんです」
「なんで彼を特別心配してたの?ボールウィッグがいれば特級魔術師以上の実力があることくらいオラベラもわかってるわよね?」
「……彼には特別な事情があって、それで、なんというか……」
「魔術が効かないこと?」
し、知ってるんだ…
「は、はい…。知っていたん…ですね」
「当たり前でしょ?出発前に彼からはちゃんと自分とブヤブとザラサの情報も聞いている。私が聞くまでもなくちゃんと自分から報告しにきたの。パーティーリーダーの私にね」
ウィリアムくんから姉さんに…
「それと魔術が効かないことはあまり言いふらしてほしくないことと、オラベラは既に知っていることもね」
私とのことも言ったんだ。
なんて言ったのだろう?
「最初は信じがたいと思ったけど、あのセレナ先輩があれだけ魔術を放ったのに効果がなかったんだ。ちゃんと考えれば十分にありえる話」
「……」
「誰にでも教えることじゃないと思うよ。私に教えたのもパーティーリーダーとして魔力量や回復の管理をしなきゃいけなかったから。だからこそ私はダンジョンに入る前に言ったでしょ?ボールウィッグの回復はいざのときのためにとっておくって。そしてウィリアムくんも一番安全な後列に配置した。まぁ、ボールウィッグの能力だと後列が合っているのもあるけど、火力を考えて真ん中に置くやり方だってあった。それでも一番後ろにしたのは彼を守るため」
お姉さんはちゃんとウィリアムくんの安全を考えていた。
ううん、違う。ウィリアムくんだけじゃない。
みんなの安全を考えて行動をしていたんだ。
それを私のせいで…
「オラベラ、また聞くよ。なんであんなことをしたの?」
「……彼に何かがあったら怖かったんです。怪我したら治せないんじゃないかって。ボールウィッグが彼を治療できる回数が尽きたらどうしようって頭から離れなくて。彼が怪我しているところを想像するだけで胸が痛んで……、お姉さんが魔術のことを知っているのかもわからなくて、みんなが強くて、少しくらいは彼のことをいつも以上に気を遣っても大丈夫とどっかで思ってしまって…、それで、みんなを危険に巻き込んで…、……ごめんなさい」
「そうだったのね…。けどやっぱりあなたが悪いわオラベラ。それをパーティーリーダーと話さなかったこと、そしてそれをウィリアムと話さなかったことがね」
「……はい。う…っ…うぇ…っ」
「もう泣かないの。失敗は誰にでもあるものよ。学ぶことが大事。学んだでしょ?」
「…は…い。ひゅ…で、でも…っ…嫌われた!お姉ちゃん、ウィリアムくんに嫌われちゃったよ。うぇー」
「はいはい。バカな妹」
私がしばらく泣いたのをお姉さんは宥めてくれた。
「っ…っ…」
「落ち着いた?」
「…うん」
「まず、嫌われてないから。オラベラが学ぶために強くそう言っただけ」
「えっ?」
「あのとき私が同じようなことをオラベラに言おうと思ってた。それに気づいたウィリアムは私が何かを言える前にあなたに怒ったのよ」
「ど、どうして?」
「オラベラと私の仲を守ろうとしたのだと思うよ。自分は悪人を買って出てね」
……うん、ウィリアムくんならする。
自分が悪人になってでも他者を守ろうとする。
でも、彼を怒らせたの本当…
「その顔だと、理由に納得がいくようね」
「……はい」
「うん、だからね、オラベラのことを嫌ってるわけじゃないよ」
「うぅ…、本当でしょうか?」
「多分ね」
「た、多分!?ど、どうしましょう姉さん」
「確かめればいいじゃない。それに彼の誤解も解けばいいじゃない」
「誤解?」
「セレナ先輩と話してたとき彼言ってたじゃない『お姫様に嫌われてる』って。あんたウィリアムのこと嫌いなの?」
「違います!」
「そうよね?だって好きだもんね?」
「はい、好きです」
「……オラベラ?」
「なんでしょうか?」
「今、なに言ったかわかってる?」
「ええと、『はい、す』!!??ち、違います!あの、そういうことじゃなくてですね、あ、あのパーティーメンバーというか、が、学友として、そうだ!学友としてって意味です、お姉さんの考えているような感じでは決してなく、」
「慌てすぎだよ。はあー、まあ、私が思ってる感じではないが、好きは好きなんだね?」
「あの…、ええと…、……はい」
手を頭に置いて、「困ったわ」って表情をするお姉さん。
私が困らせてるのかな?
でもどうして私は考えもせずに『好き』って言っちゃったんだろう?
違うのに…、違う…よね?
私は好きな人はいらない、必要ない。
だから違う、違うの。
「はい、もういいわ。今日はもう疲れた。ちょっと早いけど私は見張りを交代してもらうわ。オラベラはまだもう少し続けてね」
「は、はい。わかりました」
そうしてお姉さんは洞窟の中に入っていった。
ウィリアムくん…
あれだけ心配しといて結局助けられたのは私だった。
彼は『強い』。個人的な武力ではない。
的確な指示、判断の速さ、そして全体を見渡す力。
なんというか戦い慣れている。
……経験か。
やっぱりアレグリアの独立軍に所属していたから…ってこと?
じゃなきゃ、どこでそんな経験を?ってことになる。
独立軍=犯罪者……
知らない!私には関係ないもん。
学園ではただのウィリアムくん。
彼が犯罪者であることは考えたくなかった。
嫌だった…
知らない知らない知らない!
それは考えないと決めたの。
私は少しの間考えていたら言葉が漏れた。
「仲直りしたいな……、ウィリアムくん」
「オレがなんだって、お姫様?」
「えっ?ウィリアムくん?」
ブヤブくんじゃないの!?
「あ、ええと、ぶ、ブヤブくんは?」
「寝てる。かなり疲れてたみたいだ」
「そうなんだ。ウィリアムくんは疲れてないの?」
「オレはなんもやってないからな。全部ボールウィッグがやってくれている」
ううん。違う。そうじゃない。
たくさんしてもらってる。
彼がいなければこんなにスムーズに行っていない。
「ボールウィッグ、とても頼りにしてるんだね」
「……そうだな」
ん?なんか嫌そうな顔をした。
ボールウィッグに頼るのが嫌なのかな?
ボールウィッグはウィリアムくん大好きって感じだけど。
ってボールウィッグも今はいないか。
洞窟で寝てるのかな?
ええと、今はそれよりも謝罪しないと。
「さっきは悪かった。言いすぎた」
えっ?ウィリアムくんが謝った?
謝らなきゃいけないのはこっちなのに。
「ううん、謝らなきゃいけないのは私だよ。ウィリアムくんの言うとおり、私の勝手な行動がみんなを危険に晒した。……ごめんなさい」
「……オレを守ろうとしてくれたんだろう?」
わかってたんだ。って、わかるよね。
戦闘状況を一番わかってるんだから。
「うん…、アンジェリカ姉さんに魔術のことを言っているか知らなくて、ボールウィッグがウィリアムくんを癒せるのに回数制限があるみたいな話を聞いて……、ウィリアムくんに怪我させてはならないって、いろいろ見えなくなってた」
「……気持ちは嬉しいよ。でも、余計なお世話だ。今日でわかってもらえたと思うけど、自分の面倒は自分で見れる。オマエに『そこの部分』で助けてもらう必要はない」
「……うん、そうだよね…、ごめんなさい」
あれ?『そこの部分』でって、ほかの部分では助けてほしいってこと?
「魔術のことを姉さんに言ってたのをオラベラに伝えなかったオレも悪い。だけど、オマエがオレのことをそんなに心配するとは思わないだろう?とんだお人好しだよ」
「心配するに決まってんでしょ!」
「だからなんでだよ!?なんで嫌いなやつのことをそこまで心配するんだよオマエは!?」
「えっ?」
「だから、嫌いなんだろ?オレのこと?なんで心配するんだよ?パーティーメンバーだからか?同じ学校の生徒だからか?それとも誰にでもオマエはそうするのか?」
なんで嫌いって……
あの危険区域で一緒にいた日に誤解は解けたと思ってたんだけどな。
でもそっか…、あれからも私、彼のことを睨み付けたり、怒鳴ってばかりだもんね。
むかつくとかも平気で言ってるし。
いつも迷惑かけてるし……
でも、嫌いじゃないんだよ…
「……嫌いじゃない」
「えっ?」
「嫌いじゃないの!信じてはもらえないかもしれないけど本当に嫌いじゃないの。ただ…、なんかウィリアムくんといると私、不安定になるみたいで。言いたくないこと言ったり、本当は言いたいことが言えなかったり…。だから…嫌いじゃないの…」
むしろ……
「はは、そっか。そうだったんだ。よかった」
すごい安堵した顔。
「オラベラには嫌われたくなかったんだ」
私に、嫌われたくなかった?
どういうこと?
「……私も、ウィリアムくんが私のこと嫌いかと思ってた。というかそうじゃなくとも今日のことで完全に嫌われたかと思った…」
「オラベラのことは嫌いになれないよ。でも、家族を危険にさらしたのは許せない。オレは家族を守る義務がある」
嫌いになれないんだ。う、嬉しいな。
「うん、ごめんなさい。もうしない。信じて」
彼に見つめられる。
本当に綺麗な瞳をしている。
「ああ、オラベラを信じよう」
「あ、ありがとう」
「じゃ、もうこの話はおしまい。明日はオラベラが自分の役割をこなすと信じて、オレはオレの役割をこなす。それでも何かあったときは『お互い』をカバーしよう」
『お互い』をカバー…
「うん!」
よかった、仲直りできてよかった。
嬉しい!めっちゃ嬉しい!心臓が飛び出そう!
今すぐジャンプしたい気分。
……あれ?ウィリアムくん寒そうにしている。
「大丈夫?」
「大丈夫。ただ、寒いの苦手なんだ」
最近暖かくなったとはいえ、夜はまだ冷え込む。
確かに今日はいつもより冷えている。
私は平気だけど…
そっか!アレグリア出身!
あそこは基本的にいつでも暖かいんだ!
ど、どうしよう…
本当に寒そうにしている。
ザラサちゃんを……ううん、
「ウィリアムくん、ちょっと失礼するね」
そう言って彼の隣に座った。
木の下で一緒に食べたとき以上に、
肩と肩が触れ合う距離で。
しょ、しょうがないでしょ?寒そうにしてるんだから。
「ど、どう?体と体が触れ合えば暖かくなるし、これで毛布は二枚だし」
「うん、あったかくなってきた。ありがとう、オラベラ」
いやー!ここで名前はずるいって。
でも、いいよ。今だけは心臓止まってとは言わない。
私も知りたい。なんでこんなになるのかを。
「……」
「……」
しばらく無言は続いた。
「あのさ」
「なあに、オラベラ?」
だから名前ずるいって!
「さっきさ、私に嫌われなくてよかったとか、私のこと嫌いになれないとか言ってたけど……、それって本当?」
「うん、本当だよ」
「どうして?」
「ははは、どうしてだろうな?」
「えっ!?適当に言っただけ?むむっ!」
「そう、むくれないの。わかったわかった。言うから」
「オラベラの瞳が好きなんだ」
「私の瞳?」
「うん」
「そうなんだ。う、嬉しいな」
だけどウィリアムくんは申し訳なさそうな顔をした。
「どうしたの?言ってよ」
「オラベラにとって失礼な話だと……思う」
私がそれをどう受け止めるかを心配しているように、彼は言った。
「……いいよ、話して」
たとえ、それが私を傷つけることになっても、
この人のことをもっと知りたいと思った。
「……わかった」
何かを覚悟するようにウィリアムくんは大きく息を吸い、吐き出した。
「初恋の人に瞳がそっくりなんだ。大きくて、綺麗な紫。そして笑ったときの笑顔も少し似ている感じがする。他は似ても似つかないけど、その目を見ていると彼女を思い出すんだ。だからその人に似た瞳を持つ君には嫌われたくなかったし、その瞳を持つ君をオレは嫌いになることはできない」
そう言われたとき、胸がちくっとした。
うん、痛い。
さっき瞳が綺麗と言われた分、余計に痛かった。
でも、聞こうと決めた。
「そうなんだ。どんな人だったの?」
「人?ああ、ええと、そうだね。いつも本を読んでて、難しい顔してた。けどオレが話しかけた途端に人が変わったかのように眩しい笑顔を向けてくれた。いつも花と蝶に包まれてて、彼女の周りは幻想のような景色だった。そんな景色の中でも彼女が一番美しかった。間違いなくオレが見てきた女性の中で最も美しい人。そしてその美しさは見た目だけじゃなく、心にまで行き渡っていた。オレはいつも彼女を笑わせるのに必死だった。彼女が笑うのが好きだった」
話し方だけで、どれくらいその人のことが好きだったのかが伝わる。
「その人とどうなったの?なんで別れちゃったの?」
「別れた?ああ、ううん。付き合ってないんだ。オレが子供のときの話さ。付き合うとかそういうのもまだ考えない年齢さ。だから、彼女で初めて誰かを好きになるということを知った」
「おお、それで初恋なのか。む、向こうは?」
「それがすごいことにね、向こうもオレのことが好きになったんだ。最初は信じられなかったよ。だって一般のどこにでもいるガキを幻想の世界から出てきたような彼女が好きになるなんて。でも真実だった。付き合おうって言葉を言わなかったけどいずれはそうなるとお互いに思ってたと思う」
「そっか。じゃ、遊んでたけど、特には何もなかったんだ」
「い…や?別に何もなかったってことは…」
「えっ?どういうこと?ちゃんと言ってよ」
「なんかね、好きになると手を繋ぎたいとか、キスしたいとか思うじゃん」
「そ、そうらしいね。私はよくわかんないけど」
「わかんないんだ」
「うん、私、そういうのよくわかんなくて。って今は私じゃなくて、その人の話!」
「ああ、彼女がね、心を読めるみたいな能力を持っていて、オレがそういうことしたいと思ってると、向こうにわかっちゃうんだ」
「心読む力!?すごい!それで、それで?」
「それでね、オレが手を繋ぎたいと思ったら自然と手を差し出してくれて、キスしたいと思ったときにすごい照れながらも顔をすっと近づけてくれたんだ」
「おお、ってことは彼女が、」
「うん。オレの初恋にして初キスの相手」
「そ、そっか。そんなに大切な人なら忘れることなんてできないね」
「うん、忘れることなんてできやしない。これからも無理だと思う」
「そう…なんだ」
それを聞いた瞬間に私の心はさらに落ち込んだ。
「それで彼女とはどうなったの?」
そう私が聞いたとき、ウィリアムくんはすごく悲しそうな顔をした。
「ごめんね、いやなことなら話さなくてもいいんだよ」
「……ううん。いやなことだけど、乗り越えないとね。彼女のお母さんがね。オレのことが嫌いだったんだ。オレがというより、オレらの種族が嫌いだったみたいで、彼女とオレが会ってるのがバレたときに大激怒したんだ。彼女のお母さんはとても偉くて、強い人で彼女とオレが再び会えばオレの身に災いが起こるように力を使ったのさ。そして、オレの身を案じた彼女はオレたちが二度と会えなくなるようにした。その日から彼女に会えなくなった。その日以降、彼女を見てない。ときには全部自分の妄想だったのではないかと思ってしまうこともあった。だけど、自分の心の奥を探すと彼女はそこにいる。彼女と過ごした日々が、確かにそこにある。だから忘れることはできない。忘れたくない。それでも思い出すとほんの少しの幸福と、大きな悲しみが込み上がるんだ」
話を聞き始めたとき、ほかの女の話をしている彼にむかついた。
だけど、聞けば聞くほど、彼女に対する思いが伝わり、
彼が彼女に会えないつらさと悲しみが伝わってきた。
かわいそう…
彼女もウィリアムくんもかわいそう…
本当は二人で幸せになれたはずなのに…
っ…うぅ…
「えっ?なんでお姫様が泣いてんだよ?」
「だ、だって、ウィリアムくんとその人があまりにもかわいそうで」
「ああ、もう泣くな!泣かせるために話したんじゃない!もうー」
そう言いながら、私の涙を拭くウィリアムくん。
「もう会えないの?その人にもう会えないの?」
「ああ、何度も会おうとした、けどダメだった」
「うぅ…っ…。二人ともかわいそうだよ、いやだよ」
「ああ、うん、嫌だね。ね、お姫様って誰の話でもこう泣いちゃったりするの?大変だよ」
ううん、誰の話でもこうはならないかな。
かわいそうとは思うけど。
でも、ウィリアムくんには幸せになってほしい。
だからなんか泣けてくる。
「ウィリアムくんはどうするの?もうその人に会えないんだよね?」
「幸せになるよ。その人に最後に言われたんだ『幸せになるのよ』ってね。だから、その人ともういれないのなら、最後の彼女の願い通りに幸せにならないとなって思った。そして彼女にも幸せでいてほしい」
「うぅ…っ…、う、うん。ウィリアムくんは幸せにならないとダメだよ…うぅ…」
「はは、うん、なろうとしてるんだけどね、なかなかうまくいかなくて」
「そ、そっかぁ。なんか私にできることがあったら言って。私、手伝うから」
「ははは、手伝ってくれんのか」
「う、うん」
「本当に優しいな、お姫様は」
私はもう少しだけ泣いた。
だって悲しい話だったんだもん。
でも、ウィリアムくんが幸せになるの、私手伝う。
ウィリアムくんには幸せになってほしいもん。
いい人だもん。
弱い人を守って、家族を大事にして、強くて、聡明で、
それにかっこよくて、愛する人をいつまでも思い続けて…
いいな……、
私もそのような人に、
そのように愛されたい。
ウィリアムくんのような人に…
ウィリアムくんに…
…あ…れ…?瞼が…
・4月21日(日曜日)
アンジェリカは起きるとすぐに周りを確認した。
ブヤブは既に起きており、
洞窟の外から光が入ってきているのを見ると朝になったと悟る。
だけど、最後の見張りは自分のはずだった。
なのに起こされなかった。
ブヤブは平気な顔をしているってことはみんな大丈夫なんだろうけど……
「あ、おはよう、アンジェリカさん。朝ごはん、これから作る」
「おはようブヤブ。もう朝だけどなんで最後の見張りに私を起こさなかったの?」
「ウィル言った。『どうせオレは動けないから最後まで見張るよ』って」
「動けない?」
「うん、外出ればわかる」
「……わかったわ。行ってくる」
アンジェリカは外に出ると、ウィリアムがなぜ動けないのかすぐにわかった。
ボールウィッグは彼の肩で寝ており、ザラサは彼の膝に頭を置いて寝ており、
妹のオラベラは彼に抱きつきながら、彼の胸に頭を置いて寝ていたのだ。
「はあー、しょうがないわね。あなたにあげるわよ、バカ妹」
(その代わり絶対に自分のものにするのよ)
「あ、おはよう姉さん」
「おはようじゃないのよウィリアム!見張りの順番を決めた意味がないじゃない!」
アンジェリカはウィリアムに怒りながらどこか嬉しそうだった。
ああ、やっちまった。
見張り中に寝てしまった。
しかもウィリアムくんに抱きつきながら…
起きたら、目の前で「おはようお姫様」とか言われたし。
ああ!!もう恥ずかしい!
さっきから耳が熱いのがおさまらない。
……それとフェリス先輩が言ってたことがわかった。
確かにあれは史上一気持ちいいかも。
あんなぐっすり眠れたことがないくらいよく寝れた。
……なんかめっちゃ安心して寝れた。
でも寝ちゃいけなかったの!
あー、ダメだ私。
「はい、朝飯ですよ『お姫様』」
「うぅ…、ありがとう」
向こうはなんか普通にしてるし。
どうってことないってこと?
抱きつかれて寝るの慣れてるってこと?
うーん、むかつく。
まったく照れないのむかつく!
「しっかり食べて。食べたあと三十分ほどの休憩を取ったら、ダンジョンに向かうわよ。隊列は昨日の最初の形に戻すわ。オラベラとザラサが前衛、私とブヤブは真ん中、ウィリアムは後ろ」
「はい」
私は力強く返事した。
そして、私たちは昨日よりもレベルの高い、レベル6のダンジョンに挑んだ。
だが、結果はあっけないものだった。
昨日の経験があって、私たちはお互いの戦い方というのを学んでいた。
ブヤブくんはザラサちゃんから距離を取った2.5列目に構えて、
再度ザラサちゃんとぶつからないようにし、
前にあまり出ずに幻術で撹乱をするほうに徹した。
押されたときだけ一瞬前に出て、すぐに下がった。
それだけで私とザラサちゃんの前衛は大丈夫とわかってくれたのだろう。
そしてそのザラサちゃんと私は相性抜群。
昨日はウィリアムくんのことを気にしすぎて感じられなかったけど、
本当に動きが合う。打ち合わせてもいないのにコンビ技がじゃんじゃん決まった。
「ベラベラとの戦いは楽しいのです!」
と、まで言われてしまった。嬉しい!
お姉さんはバランサーに徹して、穴を作らせなかった。
そして私とウィリアムくんはお互いに信頼しながら、前と後で戦った。
彼のことは見えていなかったが、そこに彼がいることは感じられた。
それが私に力を与えてくれた。もう敵なしだった。
昨日のダンジョンよりも難しいはずだったのに、
あっというまに駆除が終わってしまった。
「よし!最高のできよ、みんな!お疲れ様!学園に帰ろう!」
「はい」「おお」「やった!」「やったなのです!」
私たちは歩いて最初の村に戻り、そこから馬車に乗ってホワイトシティに向かった。
予定としては夜までには着けるようだ。
改めてお姉さんの作戦立案能力に驚かされた、
最初は少し無謀と思いながらもしっかり全てのクエストをこなせた。
姉さんは帰りの馬車ではウィリアムくんを御者席に座らせなかった。
行きのことと昨日の見張りのことがあるからって。
そのほかのみんなで御者席を交代で回した。
馬は止めなかった。止まっていると間に合わないからだ。
街に着く前の最後の御者交代で、
私とザラサちゃんが荷台に戻り、
姉さんとブヤブくんが御者席に座った。
ザラサちゃんは頭をウィリアムくんの太ももに乗せて、頭を撫でてもらっている。
そうやって自然にできるのをいいなってどうしても思ってしまう。
私も撫でられたいということだろうか…
私は想像してみた。
お父様、うん、撫でられたい。
お母様、うん、同じ。
アンジェリカ姉さん、うん、撫でられたい。
アラベラとエリザ、撫でられたいわけじゃないけど、いやじゃないかな。
サムエル…、なんか嫌。
テッド兄さん…、あ、これもなんか嫌だ。なんでだろう?
う、ウィリアムくん……
「お姫様、なんでまた顔と耳が赤くなってるの?」
「あ、えっ!?ちょ、ちょっと考え事してて」
「ははは、どんな考え事ですればそんなに赤くなんだよ」
「はは、ちょっとね……」
ダメだ、これを考えるの禁止。
顔がトマトになってしまう。
息を大きく吸い、少し落ち着く私。
「昨日の添い寝気持ちよかったね」
そしてこの男の一言で私は真っ赤を通り越して、頭から湯気が出た。
「……」
「あ、れ?もしかして嫌だった?気持ちよさそうだったからそのままにしたんだけどな。なんか嫌な気分にさせちゃったならごめん、」
「……いや…じゃない。……恥ずかしいだけ」
「そっか、よかった」
「……私重くなかった?ずっと寄りかかってたんでしょ?」
「重かったよ」
「!?」
「健康的ないい重さだった。オレはそんくらいの体重の女が好き。それに温かった。寝ないのが大変だった。本当はあのまま目を閉じてオレも寝たかった」
「そ、そっかぁ…」
私くらいの体重が好きなんだ。
でも重いとも言ってた。
あれ?私どうしたほうがいいの?
体重下げるべき?維持?
ど、どうしよう……
って、ウィリアムくんも寝たかったのか、私だけ悪いな。
「ごめんね、私だけ寝ちゃって」
「ううん、大丈夫。でもそうだな、今度の見張りではオレがオラベラに抱きついて寝るね」
「えっ!?ええと、ええと、……う、うん、わかった」
「ぷっ、はははははは。顔真っ赤、超うける!」
「もう!冗談だったのね!うぅ…、ひどい…」
「誰も冗談と言ってないだろう。でもそうだな、どうせなら見張りじゃなくて普通に添い寝したいかな」
「……また、そんなこと言って、私を照れさせようとしてるだけなんでしょう?わかってるわよ」
「どうしてそうなるかな?嫌われる覚悟で勇気だして言ったのに」
違う、絶対ふざけようとしてる。
私が「うん」って言った瞬間にいつもみたいに私のことをいじるんだ。
そう…だよね?私と添い寝したいと思わないもんね……。
でもフェリス先輩とは添い寝したことあるんだよね?
ザラサちゃんともしてたし、誰とでもするのかな?
「あのさ、誰とでも添い寝するの?」
「ん?」
「いや、ザラサちゃんともしてたし、フェリス先輩ともしたことがあるみたいだし。誰とでもするのかなって」
「ああ、そういうことね。誰とでもはしないかな。相手の許可があるのはもちろん、自分の命を預けられるやつじゃないとな」
「命?」
「うん、寝てるときにぐさっといかれたら強い弱い関係ないからね。ちゃんと寝るときはそういうの心配したくねえんだ。ザラサはオレの家族だし、フェリス先輩にいたってはオレが学園の庭で昼寝していたらいきなりオレの横で寝っ転がってきたんだ。起きたとき、絶世の美女がとなりに寝ててマジあせったよ。だから、誰とでもではないよ」
「そう…なんだ」
「うん」
「……また、フェリス先輩と添い寝するの?」
「うん、向こうがしたくて、オレが大丈夫な日なら」
「大丈夫な日って?」
「オレも男だからね、ああいうことをしたい日に来られたら、さすがに我慢する自信ねえよ。だからそういう日でなければするし、危ないと思ったら断る」
「……フェリス先輩とそういうことをしたくないってこと?」
「したくないわけじゃないよ。でも、そういうことは愛する人とするべきだと思っている。かわいい、綺麗ってなだけでするべきではないと思う」
「そっか…、うん、そうだよね」
ちょっと嫌と思うとこはあった。
でも、ウィリアムくんが言ったことは本当なんだとわかった。
きれいに言葉を並べただけの空虚な嘘より、何倍も誠実だった。
「永遠に愛します」、「あなたしか見てません」、「あなたの全てが好きです」
そういう言葉は投げかけられたことはある、けど一度だって響いたことがない。
だけど、ちょっと嫌と思うこの誠実さのほうが私には響いた。
彼は嫌なことであっても自分の愛する人には嘘をつかないのだろう。
ずっと愛してくれるのだろう。
他の女の人が気になったら正直に言ってくれるのだろう。
それは嫌なことなのだろうけど、
嘘をつかれたり、浮気されることはないんだろうなってわかった。
……なんでこういうことを考えてるの私?
昨日、彼の胸で寝ちゃったから多分少し変になってるんだ。
うん、きっとそう。
好きじゃない。うん、好きじゃない。
私には好きな人はいらない。
話変えよう、もうこの話は無理。
「ね、獣人とか魔獣にすごく好かれるよね。なんで?」
「なんでだろうね?昔からそう。普通の人に嫌われる分、彼らに好かれるのかな?」
「普通の人にはなんで嫌われるの?」
「うーん、それもあいまい。そっちのほうが思い当たる理由はあるけど、特に気にしない。オレのことを好いてくれる人と仲良くして、そうじゃない人とは最低限の関わりしか持たなければいい」
「……今度は誰が「嘘つきさん」よ」
「え?」
「気づいていないと思ったの?ウィリアムくん、強がってるだけでしょう?ザラサちゃんがいなければ相当つらいんじゃないの?」
「……この旅はつらくなかったさ。ザラサだけじゃなくブヤブ、姉さん。そしてお姫様もいたからな。楽しかった」
「ふふ」
「なんで笑うのさ」
「話をはぐらかしてるからだよ。言いたくないんならいいけどさ」
「……つらい。でも平気なふりをしていないともっとつらい。本当はずっと誰かに側にいてほしいと思ってる。……そうじゃないと潰れそうになる……」
本当ずるいな。
こういうときに素直にならないでよ…
私は立ち上がり、彼の隣に座った。
「ザラサちゃんだけじゃないよ。私もいるよ。つらかったら私のとこに来ていいんだよ。それか呼んでくれれば私から行く」
「……そっか」
「……うん」
彼の肩に頭を乗っける。
「……」
何してんだろう私…
違うこと、違うこと、
ええと、他になにかある?
「モードレッド卿とすごく仲良くなってたけど、あれはどうして?彼、獣人じゃないよ。それとは別?」
「全員に嫌われるわけじゃないよ。特に学園ではその数は少ない。けどモードレッドはまた別かな。彼はなんでオレのことを気に入ったのかはわかんないけど、オレが彼を気に入った理由は簡単さ」
「なに?」
「彼から懐かしい香りがしたから」
「懐かしい香り?」
「うん、……素敵な思い出の香り」
「どんな思い出、」
「街についたわよ、ギリギリだから急ぐわよ」
質問ができる前に姉さんの言葉でみんなが動く準備をする。
荷台の外を見るとすでにかなり暗くなっていた。
すぐにギルドへ向かい、馬車の中で姉さんが仕上げた報告書を提出。
少しだけやり方を教えてもらった。
そのあとすぐに馬車を返却して、ミレニアム区へと急いだ。
ポータルに乗って、ミレニアム学園に戻った。
「よし!みんな、お疲れ様!こんなにいいパーティーなかなかないわ!最高の冒険だった!また、クエストを受けようね」
姉さんが言うとみんなも返事をする。
「はい、また行きましょう、姉さん」
「ボスが行くならザラサも行くのです。ベラベラとまた組みたいのです」
「うん、楽しかった。また行きたい」
「はい、ぜひ行きましょう」
(このメンバーでまた)
そして、それぞれの寮へと向かうために私たちは別れ…なかった。
「なんでこっちについてきてるのよ!?」
「いや、送るに決まってるじゃないですか」
「もう門限ギリギリなのよ!わかってんの?」
「いいんですって、ちゃんとこの冒険を終えるためなら門限なんて破ります。いいよな、みんな?」
「ザラサはボスについていくのです」
「ウィルに任せる」
「あんたら…、はあー、もういいわ」
そう言いながら彼らは私と姉さんをアルファ寮に送ってくれた。
アルファ寮の近くまで来ると、
「ザラサとブヤブはここまで。ありがとうね。また」
お姉さんはアルファ寮の玄関から少し離れた場所でザラサちゃんとブヤブくんを待機させ、
そこで私たちとお別れをした。
「姉さん、ベラベラ、バイバイ」
「アンジェリカさん、ベラベラ、バイバイ」
いつのまにブヤブくんにもベラベラと呼ばれている。
まぁ、いいっか。
「ウィリアムは玄関までついてきて。ボールウィッグはここに置いていきなさい」
ウィリアムくんがボールウィッグをザラサちゃんの頭に乗せると、
置いていかれてすごく不機嫌になるボールウィッグ。
姉さん、私、ウィリアムくんの三人で玄関に着くと、扉がいきなり開いた。
「遅いじゃないのよ!やっぱりこのケダモノが何か悪さしたんだね!」
と、開けて早々に言うセレナ先輩だった。
待ってくれてたんだ。
「はいはい、どっちも無事帰りましたよ。ウィリアムはちゃんと私たちを守ってくれました。後は私が説明するので中に入りましょうね、先輩」
「ちょ、ちょっと、アンジェリカ」
そう言いながらセレナ先輩を寮の中に押す姉さん。
ウィンクをされて扉が閉まる。
玄関先の小さな光に照らされながら、私とウィリアムくんは見つめ合った。
「あ、あの、こ、今回はありがとうございました」
「こちらこそ」
「ま、また明日からよろしく、ウィリ…アムくん」
ああ、『ウィリ』と呼ぼうとしてできなかった。
ショボン…
ウィリアムくんは私に近づき、顔を私の顔に近づけた!
えっ?えっ?近い!
待って!待って!
心の準備ができてないって!
もうちょっと、もうちょっとだけ待って!
本当にもうちょっとだけ……
そうやって人生一テンパりながらも、
私は目を閉じ、
その瞬間を待った。
そして……、
彼は私の頬にそっとキスをした。
唇にされると思っていたから何が起きたのかよくわからず、
私は何もできずに立ち尽くした。
ただ、頬の体温を中心に世界が周り始めたような気がした。
「また明日ね、オラベラ」
「う、うん…」
あ…れ?
今、私、ええと、
どうすればいいんだっけ?
ええと、今どこにいるんだっけ?
なにしてたんだっけ?
「いつまでそこに突っ立ってるのよ、オラベラ!?」
セレナ先輩の声がしたと思ったら、体を引っ張られた。
最後まで彼を見つめていたが、扉が閉まり、視界が遮られた。
こうして、週末の小さな冒険は終わった。
明日に詳細を聞くことになるが、
そのあとも私は何もすることができずにしばらく固まったままだったらしい。
ウィリアムはボールウィッグを肩に再度置き、
ザラサとブヤブとともにオメガ寮へ向かった。
道中、ボールウィッグは不機嫌そうにしていた。
ブヤブは疲れていてあくびを何度もしていた。
その中でザラサは尋ねた。
「ボス、ベラベラはボスの女になるのです?」
「ん?なんでそう思うんだ?」
「ボスとベラベラが一緒にいると二人から甘い、いい匂いがするからなのです」
話を聞いていたボールウィッグはさらに不機嫌になった。
「ははは、そうなのか。そうなったらザラサはどう思うんだ?」
「うーーーん、ベラベラならいいのです!ザラサはベラベラが好きなのです!」
ボールウィッグはザラサを睨んだ。
「うぅ…」
「ふふ、そっか。ブヤブはどう思うんだ?」
「オレ?ベラベラいいやつ。オレも好き。ウィルは?」
「オレは…」
オメガ寮に着くと、玄関前の段差に座っていた人がいた。
薄い毛布を背中にかけており、震えている。
毛布の端は爪跡でほつれ、尻尾は力なく石段に流れていた。
その表情はどっと疲れていて、持ち前の元気さが消えていた。
「お、おかえり、ウィリ」
ンズリがそう言ったのだった。
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次回――第23話「それぞれの思惑と二度目のチャンス」
アルドニス、ガレス、エンマ、オプティマス――
授業の裏側で、それぞれの“願い”と“計算”が静かに動き出す。
週末のホワイトシティとオメガ寮で訪れるのは、
過去に向き合う者と、「もう一度だけ」と願う者の“二度目のチャンス”。
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第23話は【11/27(木)】公開予定




