第20話:専攻授業と不服のランキング
月曜日
ーサムエル・アルベインー
ミレニアム学園での三週目がスタートした。
徐々にここでの生活に慣れてきたことで、簡単に学んだことをまとめてみよう。
・まず、オメガクラスとオメガ寮について。
オメガクラスは今年卒業したばかりの『最強の世代』や
一つ上のガウラ先輩の代のような特別な代を除けば、
基本的にクラス対抗では最下位にいるのが通常で、
年に三回行われるクラス対抗試験では常に最下位を取る。
そのため徐々に退学者が出て、高学年になればなるほど人数が少ない。
そのせいで、オメガには四年生と五年生が誰一人いないのである。
まぁ、これはその先輩方にとっては嫌なことなのであろうが、
俺らにとっては都合がいい。
なぜなら本来は五十人近くで暮らさなければならないほかの寮と違い、
二十人程度で過ごすことができるのだ。
広々なのである。
といっても、一年生は共同部屋という決まりがあるので、
個別部屋が空いてるからって使ってはいけないらしい。
だが、ポン・ホウ先輩が言うには『アレ』のために
一時的に利用するくらいならギリギリセーフとのこと。
俺は近々『アレ』をする予定はないので、全くの無駄な情報だが…
そうだな、『アレ』を近々にする可能性のあるウィリアムには伝えとくか。
でも、一年生に限らず、個人ポイントで使用権を購入できる特別部屋が各寮に存在する。
普通の部屋より豪華で、いろいろと設備があるらしい。
そして全ての寮には最上級部屋が一つある。
最高の設備に特大サイズのベッドがあり、
その部屋でパーティーができちゃうくらいにすごいとの噂。
他の寮ではその特別部屋や最上級部屋の使用権利を購入する生徒もいるようだが、
オメガに至っては現在、そういう部屋は使われていない。
過去に最強の世代のクイーンさんが特別部屋を使っていたようだが、
オメガ寮の最上級部屋は一度も使われたことがないらしい。
オメガクラスが二百年前に作られてからたったの一度もである。
ちなみに今さらっと言ったけど、オメガクラスだけほかのクラスと歴史が違う。
元々、ミレニアム学園は各学年四つのクラスで構成されていた。
だが、ミレニアム協定国家連合の度重なる、
「もっと学園に入れる人数を増やせ」という要望で二百年前にオメガクラスが作られた。
ちなみに、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタと順番でいくのに、
いきなりその後オメガに飛ぶのは、
ミレニアム騎士団が新しいクラスを作る代わりに、
今後は一切増やさないと条件を出し、
クラス名に最後の文字オメガをつけることでそれをはっきりさせたためである。
そして、オメガクラスは作られて以降、クラス対抗戦を一度も優勝したことがない。
トミー・ボイルズの『奇跡の世代』、
テッド兄さんの『最強の世代』は優勝ギリギリのところまで迫ったそうだが、
今のところ唯一優勝経験がないクラスである。
アルファが圧倒的に優勝回数が多く、
デルタが優勝経験があるクラスの中では一番優勝回数が少ない。
ちなみに俺の親父『ロイド・アルベイン』はかつてアルファクラスの生徒だった。
そして、エリザのお父さん『アシュト・ダルビッシュ』さんはお父さんと同期。
そのアシュトさんはデルタクラスを数少ない優勝に導いた人物である。
つまり、我が父は負けたのである。
家であんな偉そうなのに学園では負けているのである。
と、無理やりミレニアム学園に入れられたことの鬱憤を晴らすために親父の失敗を持ち出す、
情けない俺である。
この優勝回数の話や親父とアシュトさんの話は親父から聞いたのではない。
学園には今まで在籍した生徒の名簿と何年にどのクラスが優勝したのか全て記載されている、
誰でも閲覧が可能な学園の記録があるのだ。
この前、一人で暇だったから、見てしまった。
ウィリアム、ンズリ、クレアといないと俺って基本的に暇なのよ。
我ながら寂しいぜ……
まぁ、元々はそれがよかったんだけどな。
先週はそれができたというのに、全然いい感じがしなかった。
なぜだ?一週間、四人で行動しただけだぞ、
それで根本的に自分が変わるはずないじゃないか。
話がそれた。戻そう。
オメガ寮の最上級部屋は一度も使われたことがない理由は次に学んだことに直結している。
・クラス移籍
オメガは四年生、五年生が一人もいないって言ったが、全員が退学したわけではない。
その中にはポイントを貯めて、クラス移籍をした生徒もいるのだ。
1000個人ポイント。
それがクラス移籍に必要なポイント数。
そして、他の条件もある。
・1クラスの人数が11人を超えてはならない。
クラス対抗試験において有利になりすぎるため。
・移籍先のクラスリーダーがその移籍を許可しなければならない。
つまり、ポイントを持っていたとしても断られればアウトなのである。
・移籍した際に元の寮で購入していた特別部屋の使用権利や特注家具を
元の寮に置いていかなければならない。
まぁ、これはしょうがないよね。
で、オメガ寮の最上級部屋は一度も使われたことがないのは、
オメガクラスの生徒は1000ポイントを貯めると別のクラスに移籍してしまうためである。
ちなみに1000ポイントというのはまったく才能がない凡人であっても
三年くらい頑張れば貯められる額らしい。
そして今、オメガの三年生は四人いて、毎日必死に課外活動を行い、
1000ポイントを貯めて、別クラスに移籍をしようとしている。
そのため、会うことはほとんどなく、会っても話しかけることも、話しかけられることもない。
まぁ、移籍を前提に考えてるからオメガの後輩と仲良くなったところで無意味なのだろう。
ちなみに四人でクラス対抗試験に挑んでも負けは確定しているようなので、
今年最初のクラス対抗試験までにどうにか1000ポイントを貯めようと必死だ。
だからオメガ寮は実質、一年生と二年生だけがいるような感じだ。
それと、オメガクラスの人数がゼロになると四クラスだけでクラス対抗試験を行うらしい。
・退学阻止
何かしらの理由で退学になった場合、ポイントを支払えば退学を免れることができる。
これには二つのやり方がある。
・一人が1000個人ポイントを支払う。(クラスポイントに影響はしない)
・クラスの全員で合計2000個人ポイントを支払い、
さらにクラスポイントを学年と同じ数だけ減点すれば退学を免れることができる。
一年生なら1ポイント、二年生なら2ポイント、五年生なら5ポイント。
ちなみにクラスポイントは入手機会がとても少ないため、すごく貴重で、
高学年になればなるほどクラス対抗戦の総合優勝に響く。
つまり、一人が個人で1000ポイントを所持していれば退学になることはない。
そのため、三年生以降はほとんど退学者が出ない。
それまでにその額のポイントを集められるように全生徒が頑張るからだ。
と同時にそれまでにクラスの中の絆が築かれるため、
三年生以降にクラス移籍するのも珍しいようだ。
二つ目の退学阻止方法は一年の中盤から二年生で使われることもあるが、
自分のことを優先する生徒が大半なため、使われることは少ないらしい。
倍のポイントが求められるのも、クラスポイントも減るのもネックだろう。
・引き抜き
最後の引き抜きは言葉のまま、あるクラスが別のクラスの生徒を勧誘すること。
・引き抜かれる生徒の了承が必要。生徒の所属するクラスの了承は不要。
・引き抜くクラスの全員で合計3000個人ポイントを支払う。
・引き抜くクラスのクラスポイントを引き抜きを行う学年と同じ数だけ減点する。
一年生なら1ポイント、二年生なら2ポイント、五年生なら5ポイント。
こちらは二つ目の退学阻止の条件に似ているが、個人ポイントはさらに高く、
クラスポイントの減少も伴う。
だが、これは結構行われるらしい。
それだけの代償を払っても手に入れたい人材がいる場合は特にそうなのだと。
エリオット先輩が言うにはテッド兄さんは全クラスから引き抜き申請があったが、
すべて断ったとのこと。
ちなみに他の情報もすべてエリオット先輩から入手した。
彼は本気でオメガの優勝を目指して、いろいろと調べ、考察している。
青春真っ只中でやる気に満ち溢れている。
その情報を寝ないように聞くのが精一杯の俺とは大違いだ。
とりあえず、整理するとこんな感じだな。
情報量が多くなると脳内で一回整理しないとな。
次は俺らオメガクラス一年の現状について、
出席番号順に行こう。
まずはアンバーから。
彼女はこの二週間でも学園の人気者になり、クラス問わず多くの人と仲良くなっている。
彼女が一人でいるところを見かけたことがない。
だが、あいかわらず俺は彼女がなんか気に食わないところがある。
ウィリアムがオプティマスに抱いているそれとは違うのだろうが、
俺もアンバーは信用ができない、してはならない気がする。
まぁ、俺がというより俺が『授かった加護』がそう言っている。
でも、無視はできない。
このクラス社交的な能力を持っているのは彼女だけと言っても過言ではない。
影響力S+だしな。オラベラより高いってどういうことだよマジで。
次にブヤブ。
俺は彼のことを心配している。
学園での一週間目からときどきあざや怪我を作って寮に帰ることがあったが、
闘技場での戦闘訓練などでできたものだと思っていた。
だが、どうやらそうではないみたいだ。
最初からこの場所が好きなわけではないようだったが、
なんとか頑張ろうとしていたと思う。
だが今では日々元気がなくなっていき、授業もときどきサボるようになった。
ザラサとは違い、
考えて休んでいるみたいで来なきゃいけない大事な授業にはちゃんと出席している。
それでも、あざと怪我はよくない。
誰かにいじめられている?
姉ちゃんが言っていた。いじめはあると。
そのいじめの対象に元々ヒューマンから差別を受ける
『ゴブリン』が標的になってしまうのは必然か。
だったら、どうすればいい?
誰かに相談したいが……
自分から離れておいて、問題が出てきたらウィリアムを頼るのもなんか違うよな。
とにかく、今、俺が一番心配しているのは彼だ。
次にシドディ。
彼女はいつも元気。会えるときはね。
ほとんど工房にこもりきりで寮にも門限ギリギリに帰ってくることが多い。
でも本人は楽しそうだからいっか。
次はフェリックス。
彼もいろいろやり手で他のクラスともほかの学年ともコネクションを作っている。
だが、クラスのためではなく、自分のビジネスのためにやっているようだ。
ちなみに金さえ払えれば、どんな情報でも手に入れてくれるらしい。
次は我鷲丸ことかっちゃん。
バカだけど、普通にいいやつ。おもしろいし。
先週、ウィリアムから距離を取った俺は一番多くいたのはかっちゃんだ。
そして、会った初日にもしかしてと思ったことが確信に変わった。
かっちゃんは俺と同じく『加護を授かっている』者だ。
次にオプティマス。
毎日、闘技場なり、図書館なりに行って、自分を鍛えているらしい。
だが、それでいて、寮に帰ると一人一人に「今日はどうだった」、
「元気か」などと聞き、みんなの状態も確認している、
ちょっと完璧すぎて、怖いぜ。
つか、本来こいつがリーダーになるべきだったんよ。俺じゃなくてね。
ウィリアム、オマエのせいでクラスが迷惑してんぞ。
って、ウィリアムはオプティマスがリーダーになれば今以上に協力しなさそうだよな。
つか、そうなればクラス移籍すんじゃねぇ?って勢いだよな?
なんでオプティマスをそんなに嫌うんだろう?
それを聞ける前に話すのやめたし。
今さら聞くのもな。
次はウェイチェン王子。
ガンマクラスのフォーヤオ王女の弟で、仲があまり良くないらしい。
先週、ガンマと合同で神殿に挨拶と登録をしに行った際に二人が話して、
ちょっとした喧嘩をしていた。
だが、それ以外については全体的に頑張っていて、一年オメガの真面目&まとも枠である。
最後にこのクラスの問題児二人。
ウィリアムとザラサ。
数日経っただけなのにもう犬と主人が板についてきやがる。
ザラサは文字通り、どこへでもウィリアムについていき、
ウィリアムが「待て」と言わなければ、
トイレやシャワーにまでついていきそうな勢い。
そしてあいかわらずウィリアムのベッドの横の床で寝ている。
ウィリアムは女子部屋のザラサのベッドから掛け布団を持ってきて、
床に寝床を作ってやった。
それだけじゃなく、ザラサの面倒を全面的に見ている。
ザラサを起こしたり、授業へ連れていったり、
食事を共に取ったり、食べにくいものを食べさせたりもしている。
ザラサは野菜を嫌って食べないんだが、
ウィリアムに「食べろ」と言われて少しずつ食べるようになっている。
散歩にも連れ出していて、
ザラサは少しウィリアムに怯えながらも、基本的に幸せそうに見える。
特にウィリアムに褒められるのが大好きみたいで、
ウィリアムが褒めると尻尾を高速で振る。
と、まぁ、犬と飼い主のできあがりである。
こうなるとは誰が想像したか。
でも、ザラサのことはウィリアムに任せれば大丈夫となった。
そして、ウィリアム。
先週は話した回数は数えられるほど。
彼もまだンズリと仲直りをしておらず、
ザラサがいる今、それがもっと難しくなったように思える。
それと自分についてだが、彼と距離を置いたことで確実に二つのことが言える。
一つ、トラブルや想定外のことが極端に減った。
自分が望む平凡な学園生活に近づけた。
二つ、……極端に学園生活がつまらなくなった。
彼もそうだが、ンズリとクレアの俺たち四人は本当に相性がよかったのだと思う。
すごく楽しかった……
これで脳内整理は終わりだ。
今週も普通に過ごして、平凡な学園生活ができる環境を築いていこう。
リーダーも五月末までだ。
大教室にて
「今日から午後の授業に専攻授業が加わる。各自、自分の授業が行われる場所を確認し、授業開始に間に合うように向かえ。また、先に説明したとおり、専攻授業は月・水・金の最終時限だ。臨時ホームルームがあるときを除いては、その場で解散となる。質問のある者はいるか?……。では、以上だ」
セバス先生が言うと、ほぼすべての生徒は昼飯を食べに食堂へと向かう。
「サムエル、今日も行くか?」
我鷲丸が聞いてくる。
「うんうん、そうだね」
「チェンも来るか?」
「ああ、俺も行こう」
そして、俺、我鷲丸、ウェイチェンの三人で食事をとる。
我鷲丸はいつも王様モードを崩さず、本物の王子であるウェイチェンよりも目立つ。
ウェイチェンは冷静だがノリがよく、我鷲丸のテンションにも普通に合わせる。
彼が冷静さを崩すのは姉のフォーヤオ関連のことか、
アルファの上級生集団『三女神』とか呼ばれている三人がいるときのみ。
姉のことは俺も苦労しているから、よくわかる。
三女神のほうは……、明らかにその誰かが好き or 気になっているのどちらかだが、
三人いつも一緒にいるからそのどれかはわからん。
でも、まるで本当の女神がそこにいるかのように彼女らのほうを見つめる。
どうしてこの学園はそんなほいほいと恋をするのか。
俺にはわからん話だな。
専攻授業にて、
俺が悩みに悩んだ挙句選択した専攻はウォリアー・メイジ。
特別な生まれを要求しないジョブの中で最もなるのが難しいと言われている職業だ。
専攻授業は全学年で行われる。
つまり、一年生から五年生が揃う、珍しい授業となっているのだ。
有名人で言えば、
学園一の美しさを誇る、アル先輩ことアルドニス先輩がいる。五年生。
そして、アルトリア王国出身、円卓末席モードレッド卿。二年生。
他の先輩は知らないな。
同学年で知っている人は、
同じクラスのオプティマス、
ウェイチェンの姉、ガンマのフォーヤオ
そして俺の幼なじみ、エリザ。
「サムエル、ウォリアーメイジを選んだんだ。リーダーのことといい学園に入って本気出してきたってこと?」
エリザが聞いてくる。
「違うよ、エリザ。リーダーははめられてなったし、五月末まででやめるんだ。ウォリアー・メイジはなんというか気まぐれ?みたいなもんだよ」
そう答えるとエリザは悲しそうな顔をした。
「そっかぁ…」
「どうしたの、エリザ?」
「ううん、私はサムエルが誰よりもすごいの、わかってるから、やっとその才能が覚醒するところを見られるんだと思って少し嬉しくなってたの」
うぅ…、俺はエリザにこういう顔をされると弱いのである。
幼なじみの中でエリザだけになぜか弱いのだ。
オラベラやアラベラにこんな顔をされても「うんうん、そうだね」って流せるんだ。
なのに、なのに…
「エリザは本気になった俺が見たいのか?」
「うん、見たいよ。それが子供の頃からの私の念願なんだから!」
「念願って。それは言い過ぎじゃないかな?」
「言い過ぎではありません。事実です」
「うぅ…、わ、わかったよ。少し考えてみる」
そう言うとエリザは太陽のような笑顔になった。
俺はこの笑顔にも弱い。
つか、根本的にエリザに弱いのである。
理由はわからんが、エリザは俺への特攻を生まれつき持っているらしい。
はぁー、マジかよ。
本気、出す?それは平凡な学園生活の終わりを意味する。だが、エリザは喜ぶ。
本気を出さない、平凡な学園生活は送れるが、エリザが悲しむ。
うーん、難しい。
エリザには喜んでいて欲しいからな、悲しませるなんてもってのほかだ。
俺へのダメージが計り知れん。
そう!エリザを悲しませないのは俺自身のためだ。うん、そうだ。
「でも、無理しないでね。どんな選択をしたとしても私はサムエルの味方だから」
「うん、ありがとう」
エリザと少し話したあと、専攻授業は始まった。
基本的にミレニアムナイトが授業を行うが、
専攻授業においては上級生もしくは実力の高い者が中心となって教える。
その専攻を教えられるミレニアムナイトが空いている日は
専攻授業にも来てくれるらしいが基本は生徒同士でお互いに教え合うこととなる。
そのため、専攻授業には一人、専攻リーダーがいる。
本当にリーダーが好きな学校である。
そのリーダーを中心に授業が行われる。
ウォリアーメイジの専攻リーダーはもちろんこの方、
「ウォリアー・メイジを専攻に選んだ皆様、こんにちは。私がこの授業の専攻リーダーのアルドニスです」
その言葉に大きな拍手が起こる。
その後、アルドニス先輩から授業の流れについての説明があり、
随時、生徒からの授業に対する意見も募っていることと、
いいアイデアがあればそれを授業に取り入れていくつもりであるとも言った。
俺はこの説明で、アル先輩は綺麗なだけではない人格者であるとわかった。
授業は戦士の能力と魔術師の能力をどう融合させるかという基本的な講座から、
技と魔術の訓練、実践形式の模擬試合、
そして授業の終わりに二人一組になって行う復習の時間となる。
俺は自然にエリザと組んだ。
エリザはやはり才能がある、
ウォリアー・メイジの特訓なんて受けたことがないだろうに飲み込みがかなり早い。
案外早く自分のものにするのかもな。
俺はこれといって新しい収穫はなかった。
一時期テッド兄さんの真似がしたくてウォリアー・メイジの基礎は覚えたからね、
こんくらいの授業は楽勝よ。
もちろん苦しんでいるようには見せたけどね。
「エリザはなんでウォリアー・メイジにしたの?音楽家にすると思ってたからさ」
「サムエルがそれを言う?私だってサムエルがミュージシャンを選択すると思ってたわよ。……私はね、強くならないといけないの。オラベラを支えるために、オラベラが自由に生きられるために」
「ふーん。今はいいけどさ、ずっとそうするわけにもいかないでしょ?エリザにもエリザの人生があるんだからさ。それにオラベラはそんな弱くないよ。きっと自分で道を切り開くさ」
「サムエルって意外とオラベラがわかってないのね。あの子は強いところはすごく強いけど弱いところはとことん弱いの。誰かが支えないといけない」
「いや、わかるけど、それはエリザの役目じゃないと言っているんだ。学園での五年間はそれができても、卒業したあとは?いつもオラベラの傍にいてあげることはできないよ。だからオラベラは自分一人でもやっていける方法を学ぶか、支えてくれる良き伴侶を得るべきなのさ。それにエリザはオラベラの親友であってもエリザにはエリザの人生がある。俺だってエリザに自由に生きてほしいよ」
エリザは顔を赤らめた。
「サムエルってたまにそういうことを平気で言うから調子狂うんだよね。でも、確かにサムエルの言う通りだよ。オラベラは成長しないといけない、だけどそれは私たちも一緒よ。卒業後はずっと一緒にいられなくとも、セントラム王国の貴族として王家を支える義務はあるからね」
「貴族の義務ね。めんどいめんどい。でも卒業後は心配いらないんじゃない?オラベラが成長しようが、しなかろうが、テッド兄さんと結婚すればあとは彼がうまくやってくれるよ。俺はそれが一番楽できそうだからそれを希望してるんだけどな」
「それがそうもいかないかもよ、サムエル」
「えっ?」
エリザに「どういうこと?」と聞いても教えてはくれなかった。
専攻授業の復習時間でオプティマスとアル先輩がペアを組み、
絶世の美女と絶世の美男子が近くで語り合い、
技の確認をする光景は様になり過ぎていて、
俺らを含む生徒の目を奪った。
「あの二人、お似合いだね」
エリザが言ったように、多くの者はそう思ったことだろう。
こうして、初の専攻授業は終わった。
ーオラベラ・セントロー
今日から専攻授業だ。
私が選んだ専攻は『聖騎士/パラディン』だ。
理由は三つ、
・ミレニアムナイトの戦いに一番近い戦い方をすると言われているから。
・私は学生証で適性がわかんないから、『かっこいい』って思ったのがパラディンだった。
・そして何よりも最も大切な理由は
パラディンには味方を守る多くの技、スキル、魔術があるからだ。私がみんなを守る!
そして、ここにいるってことは彼もパラディンを選んだってことね、エドワード王子。
ちょっとやる気をなくす私。
ベータクラスのエルダスくんもいる。
彼も戦闘力Sの猛者だ。戦い方も私にすごく似ている。
他学年のすごい人だとエリヴィナ・ヴァン・シュタイナーさん。
四年生の学年総合評価1位で、四年ベータをクラス対抗戦の首位へと導いている立役者。
機会があればぜひ話してみたい。
同じ寮に住むガレス先輩もいる。
二週間一緒に住んでいると呼び方も自然とガレス卿からガレス先輩になった。
本人も「それでいい、私も学園の中では『王女殿下』はつけずに呼ぶことにするよ」
と言ってくれた。
アンジェリカ姉さんはガレス先輩のことをすごく悪く言うけど、
私は彼がとてもいい人に見える。
そして、そのアンジェリカ姉さんもパラディン専攻なのだ。
お姉さんと一緒で嬉しい!ちょっとやる気を出す私。
他にも知っている人が何人かいる。
全五学年合同の授業とかわくわくする。
わくわくしているその声が聞こえた。
この声を聞くと私の心臓はいつもうるさくなってしまって困る。
「今はダメなの。我慢して」
「うぅ…、わかったのです」
「終わったらまた肉買ってあげるから」
「本当です?ボス、いっぱい肉買ってくれるのです?」
「うんうん、いっぱい買ってあげる」
「わかったのです!我慢するのです!」
ふふ、やっぱりパパだ。
って待って。嘘…、彼がここにいるってことは……
かなりやる気が……ってちがう!心臓うるさい!もう!
「おお!プリンセスに姉さん」
「誰がプリンセスよ!?」「誰が姉さんよ!?」
「あれ?オラベラ、ウィリアム知ってるの?」
「ええ、同級生ですし、何かと目立つんです、ウィリアムくんは」
「なんだよ、お姫様。それじゃ、俺が悪目立ちしているみたいな感じじゃん」
「みたいなじゃなくて事実でしょう!」
「そうかな〜。まあ、いいや。二人にも紹介しますね。オレの『家族』のザラサです」
「家族?」「家族?」「家族?」
私とお姉さんはともかくザラサちゃんまでもが首を傾げた。
「ザラサはボスの家族なのです?」
「当たり前じゃん。俺の『もの』って言ったでしょ?俺のものは俺の家族。永遠にね」
もの?家族?永遠?
なんかすごい言葉を使ってたけどウィリアムくんが発した言葉には愛情がこもっており、
全然嫌な感じがしなかった。
ザラサちゃんもそう言われて全力で喜んでいる。
満面の笑顔で、尻尾がぶんぶん振られている。
速すぎてちょっとした風が起きている。
「ザラサ、ボスと家族、へへ」
「はい。じゃ、ザラサも二人を覚えて、こちらは『嘘つきプリンセスさん』」
「ちょっと!私の名前を変なふうに覚えさせないで!ていうか知ってる!協議試験で同じテーブルだったから」
「そうなんだ、じゃ『オラベラ』のことは知っているんだ、ザラサ?」
また心臓が跳ねる。
「オラ?ベラ?……知らないのです!」
覚えられてなかった……、ショック。
「ええと、私はオラベラ。改めてよろしくねザラサちゃん」
「オラ、ベラ。ベラ、ベラ。ベラベラ!」
「えっ?」
「はははは、いいじゃん、いいじゃん。ベラベラ。俺もこれからそう呼ぶわ」
「あんたはやめなさい!」
「あんたら仲良いのね?」
アンジェリカ姉さんに言われる。
「ち、ちがいますよ。全然違います。彼はいつも私のこといじってくるんです。お姉さんもなんか言ってやってください」
「いや、こんな楽しそうにしているオラベラ久しぶりに見たわ」
「だから違いますって」
「はいはい、ベラベラは黙ってて」
むかっ!!
「ザラサ、こちらは一年上の先輩、アンジェリカ姉さんだ」
「だから、誰が姉さんよ!?」
「えっ?この前『姉さんでいいわよ』って言ってくれたじゃないですか?あれから俺嫌われるようなことしました?」
「えっ?そうだっけ?ああ、確かそんなことあったね。ならしょうがないわね。姉さんでいいわ。でも特別よ。男子ではそう呼ぶことはサムエル以外には本来許さないんだから」
「オレは特別なんですね。嬉しいです」
いい笑顔をする。この笑顔は私も好きなんだよね。
アンジェリカ姉さんも頬を赤らめる。
「そ、そうよ。感謝しなさい」
「はい、ありがとうございます。ザラサ、お姉さんはすごい人だから尊敬しないとダメだぞ」
「『お姉さん!』わかったのです」
「あんたもかい!」
そう言いながらもザラサちゃんの頭を撫でる姉さん。
ザラサちゃんも嬉しそうだ。
私も撫でたいな。
「パラディンを専攻に選んだみんな、集まれ。そろそろ始めるぞ」
ガレス先輩の声でみんなが集合する。
「僕がパラディンの専攻リーダーのガレスだ。二年生以上の者はもうドリルを知っているな?では開始しろ。一年生と他学年で専攻を変更してきた者は僕の元へ集まれ、簡単な能力テストをする」
ガレス先輩、二年生なのに専攻リーダーなんだ。
四年生のエリヴィナ先輩を差し置いているのがすごい。
「別にガレスはすごくないわ」
考えを読まれたようにアンジェリカ姉さんが言う。
「専攻リーダーは前リーダーの指名制なの。パラディンの前リーダーはアンソニー先輩。あのくそエドワード王子の兄よ」
「はい、アンソニー王子のことは私もよく知っています」
「だったらわかるよね?アンソニー先輩はエドワードと全然違う。本当の紳士で、すごい人だった。テッド兄さんと張り合える数少ない人だったのよ」
「そんなにですか?」
「まぁ、テッド兄さんにはかなわないみたいだったけど。でね、アンソニー先輩はアルファだった。だからベータのエリヴィナ先輩にリーダーを譲るより、同じアルファのガレスに譲ることにしたのさ」
「そうだったんですね」
「それに、エリヴィナ先輩はすごく忙しい人だったから、選ばれても断ってた可能性もある。だからガレスが一番すごいからって選ばれたわけじゃない」
アンジェリカ姉さんはそう説明してくれた。
ガレス先輩のことになると頑なに否定をする。
なんで、そんなに嫌いなのだろう?
そして、パラディンの技をどれくらい知っているのかの簡単な実技テストを行った。
まずはエドワードから。
興味がないのでスキップ。
まぁ、悪くないとは思う。
ガレス先輩も「まあまあだな」と言っていた。
次、私!私は基礎はわかっているから問題ない。
「オラベラ、戦闘ランクがSと聞いていたけど戦い方も完全にパラディン向きだな。基礎が完璧にできている。期待しているぞ」
「はい、ありがとうございます」
次にエルダスくんの番、
「君もやるねエルダス、魔術の発動はなめらか、太刀筋もきれいだ。エンハンサーでも、ウォリアーメイジでも十分にやれるだろうな。だが、君はパラディンを選んだ、そのスタイルをこれから叩き込むよ」
「はい、よろしくお願いします」
エルダスくん、男らしくて、透き通った声だ。
あと、ダークエルフでなんかミステリアスな感じだ。
次にウィリアムくん、そのあとにザラサちゃんと続いた。
「二人ははっきり言って適性が高いとは言えないね。なんでパラディンを選んだんだ?」
「大事な人を守るためです」
即答。それに有無を言わせない強い口調でウィリアムくんは言い切った。
「そうか。覚悟はできているようだな。そちらはなぜこの専攻を選んだ?」
「ボスと一緒にいるためなのです」
一瞬首を傾げたガレス先輩だが、
ザラサちゃんが目を輝かせながらウィリアムくんを見つめるので、
「そうか」
とそれ以上は聞かなかった。
「二人には基礎を教えてやる指導者が必要だな。このままでは他のみんなと一緒に訓練させるわけにはいかない。誰か個別に指導してくれる人がいるか、僕が探してみるよ」
「その必要はないわ」
「アンジェリカ?」
「私が面倒を見る」
「……そうですか。わかりました。ではお任せしましょう。でもどちらにせよあと一人指導者が必要です」
「必要ない。もう一人はオラベラがやるわ」
そうアンジェリカ姉さんが言うとガレス先輩の肩がぴくっと震えた。
内心では気が進まないようだ。
「えっ、私?」
「何を言っているんだアンジェリカ。オラベラは学ぶ側であって、教えるのは、」
「なんでダメなのよ?あんた今言ったばっかじゃないの『基礎が完璧にできている』って。素人に教えるのに不足はないはずよ。それに教えることで多く学べるわ」
「だが、」
「なによ!?はっきり言ってみなさいよ。それともオラベラが彼らに教えると何か不都合でもあるのかしら?あなた、まさか自分のいいところをオラベラに見せたいから、オラベラが指導者になると困るとか思っているんじゃないでしょうね?」
「戯言を言うのもいい加減にしなさい、アンジェリカ」
だが、いつも冷静なガレス先輩が少し慌てていた気がした。
「戯言?妹をどういう目で見ているか、私が気づいてないとでも?」
アンジェリカ姉さんはガレス先輩を睨む。
「……」
「あ、あの。私は教えてみたいです」
「ほら、本人もそう言っている。まだ文句あるわけ?」
「ふー。あなたと言い争っては授業の妨げにしかなりませんね。ではオラベラ、二人のどちらかの指導をお願いします。もし交代してほしかったらすぐに言ってくれたまえ」
そして、ガレス先輩はほかの生徒のところへと去った。
「オラベラ!」
「はい、姉さん」
「あんな調子に乗っているどチビに引っかかってはダメよ」
「なんのことでしょう?」
心配しすぎだよ姉さん。ガレス先輩は私をそういう目で見ていないって。
「どうせ誰かに引っかかるのなら……そうだね、ウィリアムとかにしときなさい!」
「お姉さん!何を言っているんですか!私とウィリアムくんはそんなんじゃありません」
「え?そうなの?」
「そうです!」
「おい!ウィリアム、私の妹に何か文句でもあるわけ?」
「文句はいっぱいありますけど、見た目という意味でなら一切ないですね。むしろ大好物です」
大好物!?
もう!今は本当にダメ!心臓ストップ!
「ほら、彼もそう言ってるじゃない」
「違います!彼にはもう…、他の人が…」
「いいじゃん、二人目でも」
「はぁい!?」
「こっちじゃ、伴侶が複数ってそこまで珍しいことじゃないじゃん。富や地位があればなおさら。要は、ちゃんと大事にしてくれるかでしょ?」
「そう…、かもしれませんけど…」
「そういう意味なら、絶対大事にしてくれると思うわ。ああいう子の面倒を見ているくらいなんだもの」
ザラサを指しながらアンジェリカ姉さんが言う。
「で、ですが……」
「何よ!?二人目じゃいやなわけ!?」
「い、いいえ、ふ、二人目でも…、」
「オラベラ」
「はい」
「何を真剣に迷ってるの?冗談よ。さっきから」
迷ってる!?ち、違う!……違うよね?
あれ?今、私なんて言おうとしてた?
「そ、そうだったんですね。冗談だったんですね。す、すみません」
「いいのよ。それを冗談だと思わなかったオラベラが見られたから私は大満足」
「姉さん!」
「はいはい、始めるわよ。ザラサ、あんたには私が教える。オラベラ、ウィリアムに教えなさい」
「えっ?私がウィリアムくんにですか?ぎ、逆でもいいですか?」
「ダメよ!教えたあとにあの大きい尻尾をモフモフさせてもらうんだから。いいよね、ウィリアム?」
「ザラサ、姉さんがあとで尻尾モフモフさせてほしいって」
「ボスはそれでいいのです?」
「うん、オレはいいよ。ザラサは?」
「じゃ、ザラサもいいのです」
「やった!じゃ、さっそく開始しましょう」
「よろしくね、オラベラ」
ここで名前とか…、ずるい…
「よろしくお願いします」
ウィリアムくんは飲み込みが早かった。
けど、才能がなかった。
理解はしているけどできないことが多かった。
それでも一生懸命に頑張っていたし、私の教えを真剣に聞いてくれた。
いつものふざけている感じと全然違った。
真剣な彼はとてもかっこよかった。
「はい。そろそろ時間です。区切りのいいところで切り上げてください」
ガレス先輩がそう言うと次々に訓練が終わっていった。
「お疲れ様、ウィリアムくん。すごく頑張ったね」
「ううん、オラベラの教え方が上手だった。いろいろわかった気がするけど。できないことが多すぎる。なんかごめんな。絶対ザラサを教えたほうが楽しいよね?」
「そんなことない!」
「え?」
「そんなことない!信じて。ウィリアムくんに教えるの楽しかった。自分のためにもなった」
「そっか。じゃ、これからもよろしくオラベラ」
「うん…」
「はい、そこのラブラブな二人はもう終わった?」
ザラサの尻尾を全身で抱きつきながら言うアンジェリカ姉さん。
「ラブラブじゃありません!」
「はいはい、なんとでも言いなさいよ。あと、ウィリアム、この子天才よ」
「はい、知ってます」
「なんだ。もっと喜ぶのかと思ったよ」
「ザラサを褒めてくれるのは嬉しいですよ。でも天才なのはオレが一番よく知っています」
ウィリアムくんはザラサの頭を撫でていっぱい褒めた。
私はそれを見ながら、ちょっとだけ「私も撫でてもらいたい」と思ってしまった。
「オラベラも撫でられたいとか?」
「違います!さっきから変なことを言うのやめてください、姉さん」
姉さん、考えを読まないで!
「ははは、ウィリアムといるときのオラベラ最高におもしろい」
「もう、ウィリアムくんも何か姉さんに言ってよ!勘違いされちゃってるじゃん」
「なんで?別にいいじゃん」
「別にいいって、あんた、ンズリは?まだ仲直りしてないの?」
「ンズリって、この前ウィリアムと一緒にいた獅子科の女の子?」
「はい、彼の、彼の…」
「友達だ」
「そうだったんだ。てっきり付き合っているかと思ったよ」
「お姉さん、付き合っていると思っていたのならああいう冗談はやめてください」
「でも、付き合ってないんだよね?」
「そうですね、今のところは」
「ほらチャンスだよ、オラベラ。正妻の座を奪っちゃいな」
「だからやめてくださいってば」
私がアンジェリカ姉さんに文句を言っているとウィリアムくんとザラサは私たちの前に立った。
「今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」
「お願いしますなのです」
ウィリアムくんとザラサはそう言うと頭を下げて、おじぎをした。
「また次の専攻授業で」
「お姉さんバイバイ、ベラベラバイバイ」
「またね二人とも」
「うん、バイバイ」
「ボス、このあと肉買うのです?」
「うん、課外活動をする前に街でいっぱい買おう」
「おお、わかったのです!嬉しいのです!」
そして去っていった。
「あんまりもたもたしないほうがいいわよ」
「だから彼と私は」
「あれは、いつまでもフリーでいないよ。それにオラベラがいらないなら私がもらおうかしら」
「姉さん!?」
「嘘よ。私、サムエル以外に興味ないもん。でも弟とは結婚できないからね。もし結婚するならああいうのがいいわ」
前にウィリアムとアンジェリカ姉さんが会っていたのは知っていた。
でも、ここまで彼のことを高く買っているとは知らなかった。
男性で、テッド兄さん以外をここまでお姉さんが評価するのは初めてだった。
こうして最初の専攻授業は終わった。
火曜日
ーオプティマスー
日曜日のあれがなんだったのかはわからない。
だが、昨日はああいう声が聞こえなかった。
気休め程度にしかならないが、私はそれに安心した。
あんな声、毎日聞いてたら私はいかれてしまう。
もう二度と聞きたくない。
……ただ、私が何者かを知るのには手がかりにはなるというのが悩ましいところ。
頭の中で声が聞こえる。そういう事象の記録があるか、調べてみる価値はある。
今日は特訓を早めに切り上げて図書館へと向かうとするか。
「おい、そこの。よかったら一戦やっていかぬか?」
黒鋼の重鎧に全身を包み、焼けたように淡く光を帯びる大剣を片手に立つ。
磨き込まれた黒の板金は火花をはじき、肩の段重ねは獣の棘のように鋭い。
長い金髪は後頭部で編み留められ、残りは滝のように背へ。
涼やかな眼差しはまっすぐに敵意を射抜き、白い頬には微かなそばかすが残る。
鎧の下で引き締まったラインは無駄がなく、
動くたびに金属の継ぎ目がわずかに呼吸する、
「鉄血の乙女」の名にふさわしい、静かな威圧感を纏った戦場の象徴。
声を掛けてきたのは、四年生のエリヴィナ・ヴァン・シュタイナー先輩。
話したことはないが有名な先輩であるため私は彼女のことを知っていた。
特にこの二週間毎日のように闘技場に来ていた私は彼女を見かけることは多かった。
「私ごときにエリヴィナ先輩の相手が務まるとは思いませんが、それでも手合わせをしていただけるのでしたら、是非ともお願いしたい」
「そうかしこまるな。お前、一年だろう?もっとなまいきにしてていい」
「いいえ、先輩の前でそんなみっともないことはできません」
「そうか。では、さっそくやるか」
「よろしくお願いします」
エリヴィナ先輩の戦闘スタイルはパワフルそのものだった。
魔力で肉体を強化し、あのでかい剣を振り回してくる。
一見、むちゃくちゃに振り回しているように思えるが、
彼女独自の剣技があり、
力任せに振っているだけだと思っていると、
いきなり技の鋭い一撃が飛んでくる。
そちらのほうが私にはおそろしく感じた。
だが、全力で来てくれるのはありがたい、学べることは多い。
今の技も覚えられたと思う。
一戦という話だったが、先輩は私と戦うのが楽しいのか、既に五戦目だ。
もちろん全て私の負けだ。
「お前やるな。一戦をやるごとに強くなっていくようだ」
「先輩に褒められるとは光栄です」
「よし、次ので最後にするか」
「かしこまりました」
今まで学ぶための戦いをしてきた。
この最後の一回くらいは勝つための戦いをしてみよう。
「おお、雰囲気が変わったな。それがお前の本気か?」
「私はずっと本気です。先輩を相手に手を抜くようなことはできませんよ」
「ふん。そうかよ。……では、いくぞ」
先輩は大きく縦に剣を振り抜く。
私はそれを剣で受け止めずに横に回避。
そこから反撃に出る。
先輩はすぐに剣を戻し、こちらの攻撃に対応する。
先輩の間合いで放たれる一撃をまともに食らえば防御など意味をなさない。
そのままぶっ飛ばされるだろう。
だが、その一撃の間合いを与えなければ、来るのは私でも止められる剣撃。
私の間合いなのだから、私が有利と思われるかもしれないが、
エリヴィナ先輩は自分の間合いじゃなくとも十分に戦える。
必殺の一撃を封じているだけだ。
そして間合いを取られればまた飛んでくる。
だけど、それが私の狙いだ。
間合いを取るために下がった瞬間に先ほど学んだあの突きを放つ。
……今だ!
「貴様!」
先輩も驚いている。
行ける!
「自分の技に対応する術を身につけていないと思うたか!」
そう言われると先輩はグレートソードを体に密着させ、盾のように使った。
私の突きを受け止めたあとに体をひねり、攻撃が完全にいなされる。
私は上半身が前屈みになり、手が地面に着きそうなほどに体勢が崩れる。
その一瞬に先輩は自分の間合いを作り、必殺の一撃を打ち込もうとする。
剣を戻しては間に合わない。
私は剣を放した。
そして、そのまま両手を地面に置き、逆立ち。
そこからの、蹴り!
「なぬっ?」
私は逆立ちのまま三発蹴りを放つ。
そのまま空中で回転して、私は体勢を立った状態に戻し、
蹴りによって後ろに下がった先輩を追う。
剣を拾っていては先輩に反撃する時間を与えてしまう。
私は拳で先輩に迫った。
そして、渾身の一撃を叩き込んだ。
「くはっ」
まともに入った感覚はあった。
だが、それと同時にまずい予感がした。
「惜しかったな、スマイト!」
気づいたときには私は数メートル後ろに吹き飛んでいた。
今、何が?
立ちあがろうとすると全身に痛みが走った。
「悪いな、最後の力んじまって思った以上に魔力を込めすぎた。今治療してやるから待ってろ。『グレーター・ヒーリング』」
私は先輩のこの魔術の詠唱と動作構成を確認し、覚えることに成功する。
ヒーリング・ハンズなんて比べ物にならない回復量。
何レベルの魔術だろう?
ともかく痛みも傷も全て消えた。
「うん、大丈夫そうだな。それと、すごいな。一年に戦闘評価がSランク5人がいるという噂を聞いていたが、お前がそのうちの一人とはな」
「いいえ、違います」
「え?まさか、学園史上初めて初日の戦闘試験でS++の評価をもらったレッズじゃないよな?レッズはミンに似た特徴を持つと聞いたが」
「いいえ、それも違います」
「はあ?じゃ、なんだ。お前の戦闘評価はいくつだ?」
「Fです」
「おい。お前を少しは認めたとこだぞ。くだらない嘘をついて私の機嫌を損ねるな」
「いいえ、嘘ではありません」
私は学生証を起動させてエリヴィナ先輩に見せた。
「どういうことだ?オールFで学年ワースト1位だと?能力試験で手を抜いたのか?」
「違います。……詳しくお聞きしたいのならお話するので時間を頂けますか」
「……よかろう」
先輩は少し疑うような目で私を見て、そう言う。
「では、お話をする前に『グレーター・ヒーリング』」
「なっ!?」
私は先ほど覚えた魔術で先輩を治療する。
私に比べればダメージはなかったが、
それでも一撃はかなりいいやつが入った。
それに新しい魔術も試したかったしな。
この魔力量の減りからするとだいたいレベル5魔術か。
「グレーター・ヒーリングも使えるのか。ますますさっきのスコアがわからんな」
「まず、自己紹介させてください。私は一年オメガクラスのオプティマス。ですが、この名前も数週間前にセバスチャン・アウグスティン先生からもらったものです。私は本来の名前を含む過去の記憶を全てなくしています」
「なん…だと?」
私はエリヴィナ先輩に全てを説明した。
記憶がないこと。
セバスチャン先生に助けられ、学園に推薦されたこと。
戦闘試験時は何も知らずに惨敗したこと。
筆記試験時は文字の読み書きができずに何も答えられなかったこと。
協議試験時は他国の王子のテーブルになって、発言させてもらえなかったこと。
その結果がオールFであると。
だけど、自分には物事を早く学ぶ能力があり、
読み書きを教えられてすぐに、
戦闘スタイルや魔術は見るだけで覚えることができること。
そして、自分が誰だったのかを知るのが私に目標であること。
もちろん頭の中のあの声は伏せた。
あんなの誰にも言えない。
「そうだったのか。先ほどはすまなかったな。そうとも知らずに勝手なことを言った」
「いいえ、こんな話、言われなければわかりませんし、言っても信じてもらえるかも怪しいところです」
「ああ、私が訓練でほぼ使わないあの突きと、レベル5魔術『グレーター・ヒーリング』を使われなければ信じがたいことだ。だが、信じるしかなかろう。特に突きのほうは私オリジナルの技だ。完璧に真似られて少しムカっとしたぞ」
「申し訳ありません」
「……冗談だ。お前が、いや、オプティマスが謝ることはない。強者の技を見て盗む。自身を強くするのに最も大事な技術の一つだ。これからもガンガン盗むといい」
「そう言ってもらえると助かります」
「食らえばなんでも覚えられるのか?それとも見ればか?」
「戦闘術と魔術はその発動までの一部始終を見れば今のところは覚えられています。ですが、エレメンタル・ボーンなどの使う元素を操る技は見ても全く覚えられません」
「なるほど。特別な生まれを要するエレメンタル・ボーンの技は使えぬか。そうなるとマジック・ボーン特有の技も覚えられないかもしれないな」
「エレメンタル・ボーンの方は能力がわかりやすいのですが、マジック・ボーンは私にはまだ見分けがつきませんので、なんと言えません」
「まぁ、能力をコントロールできるやつらは本気で魔力を発動しない限り、そうだとわからんからな。見分けは難しい」
「そうなんですね。教えていただきありがとうございます。あと、ちゃんと見えないと覚えられません。例えば、先輩が最後に使った技は何度か見ているのですが、きちんと真正面から見られたことがないので、いまだに覚えられてません」
「スマイトだな」
「はい、そうです。先輩がそう声に出したのは聞こえましたが、全く見えていませんでした」
「ふん。それが狙いだったからな。当たり前だろう」
「さすがエリヴィナ先輩です」
「……来い。今日、付き合ってくれた礼だ。教えてやる」
「教えるとは?」
「スマイトだ。早く来い」
そしてエリヴィナ先輩は剣撃や打撃に魔力を乗せて、
直撃と共にその魔力を爆破させる技「スマイト」を教えてくれた。
「うん。さすがだな。こんな短時間に習得はまず無理だ。オプティマスの話が本当であることが立証された」
「ありがとうございます」
「でもよろしかったのでしょうか?先輩の技を私になんて」
「よい。私はオプティマスが気に入った。もし、私の技で勝負に勝つことがあるのなら破ったそいつに言ってやれ、これがエリヴィナ・ヴァン・シュタイナーの技だとな」
「……はい、必ず」
「ふはははは。冗談で言ったんだけどな。いやいや気にしないでおくれ。それにしても真面目だな。そして才能は計り知れない。オプティマス、お前はミレニアム学園史上最高の生徒になれる可能性を持つ。期待しているぞ」
「史上最高?そんな、滅相もありません。私なんかが」
「なんかが?お前は自分を卑下しすぎだ」
「卑下ですか?」
「そうだ。言っておくが、お前はすでに戦闘評価はFではない。少なくともAは堅い。S以上も十分にあり得る。しかもたった二週間でだ。ここで五年間学んでみろ。お前は誰をも越えるぞ」
私が?本当にそんなことがあり得るのか?
世界で最も卓越した才能を持つ人が集まるこの学園で?
「まあ、あとはお前の『霊力』次第だな」
「『霊力』ですか?」
「あ、すまんな。一年生はその授業がまだだったか。心配するな、すぐに知ることになる。そういえば、専攻は何にしたんだ?パラディンを選択してくれていたら、私が鍛えてやれたんだがな」
「その気持ちはとても嬉しいです。私はウォリアーメイジを選びました」
「そうか。魔術を見ただけで覚えるお前には確かに適していると言える。なるのが最も難しいと言われているが、そうしたものを習得する能力があればどうにでもなるだろう。それにあそこにはアルドニス先輩がいる。彼女は現学園最強の生徒だ。彼女にたくさん学ぶと良い」
「ご指導とアドバイス、本当にありがとうございます」
「うむ。今日は私にとってもとてもためになった。私こそ感謝するぞ、オプティマス」
「いいえ、私にはもったいなきお言葉です。エリヴィナ先輩どうもありがとうございました」
ほぼ毎日闘技場に来たかいがあった。
あんなすごい人とお知り合いになれるとは。
引き続き自分を鍛えるとしよう。
(……せ……)
水曜日
ーオラベラ・セントロー
今日も早朝から氷条くんの特訓だ。
彼は口調が冷静だから厳しいと思いきや、結構甘いのである。
訓練は厳しいけど、こちらが疲れたとか言うとすぐに厳しさを緩める。
なので、私とエリザはできるだけ言わないことにしてる。
だが、アラベラは……
「あのバカ、今日も飛ばし過ぎやない?」
「はは、嘘疲れだと氷条くんがお姫様抱っこしてくれないからだって。この前『アラベラ殿はもっと頑張れます』と言われたらしい。だから、早くお姫様抱っこされるために早く疲れるんだって」
「それで、短時間でかなり真剣に打ち込んで早く自分をへばらせてるんでしょう?」
「うん、そうだね」
「あのバカ、それじゃ毎日限界まで自分を追い込んでることになるじゃん。ただのめっちゃいい特訓じゃないの」
「ははは、うんうん。本人は全くそれを狙ってないんだけどね。お姫様抱っこのためにって言ってた」
「はあー、やっとあのバカにも好きな人ができたってこと?」
「うんうん、そうかもね」
「これで三人とも好きな人ができたね」
「うんうん、そうだね」
「………」
「……ん?違う!違う違う!私はできてないよ!全然できてないよ!全くできてない」
「ふふ、そうですか」
「そうだよ!」
「はいはい、続けるよ」
「う、うん」
あれ?なんで今そう答えたの私?
アラベラを見てなんか気がぼーっとしてたから?
うん、それだね。それしかないね。
だからオッドアイのムカつく人は出てこないで!
アンジェリカ姉さんが悪いのよ…、変なことを言うから。
氷条くんの特訓は筋トレから始まって、剣を振るときの型の練習に移る。
筋トレは初めてやる内容が多く、先週はすごく筋肉痛だった。
どこの筋肉が痛いのかもよくわからなかった。
次に型。剣を何回も何回も振るだけなんだけど、これが難しい。
まず、振り方がこちらで教わったものと違う。
違うっていうか、
私が今まで教わったのは剣を振るときの体の使い方。
特にどうすれば早く強く振れるかだ。
だけど、氷条くんが教えるのは違う。
剣を自分の一部として、振る。
例え、目を閉じていようとも、
自分の剣が今どこにあって、どこまで届くか、
剣は道具ではなく自分の一部とすること。
「遅くてもいい、弱くてもいい、剣と一つになれ」
それが、氷条くんの言葉だった。
遅くてもいい、弱くてもいいって完全に私が学んだことと逆行している。
だけど、このトレーニングはきつい。
精神がもっていかれる。
一撃一撃に自分の魂を預けているようだ。
型の特訓が終わったときにはもうへとへとだ。
アラベラはこの特訓の途中で倒れ、お姫様抱っこされる。
元々、アラベラだけは接近戦の特訓を受けていない。
彼女にとっては何倍もつらいはずだ。
でも、私とエリザと違って『前にこう習った』という邪魔をする考えがなく、
初めて学ぶ接近戦は氷条くんの教えとなる。
ある意味羨ましい。
型が終わると、最後に模擬戦を行う。
勝敗を競うのではなく、実際に型を使う練習だ。
勝敗を競ったところで氷条くんには勝てないからね。
そこで氷条くんはどこが悪いのか、
どうすれば改善するのか的確なアドバイスをしてくれる。
そしていつの間にか、終わりの時間が来てしまう。
「今日もよく頑張りました。ここまでにしましょう」
「はい、ありがとうございました」
「はい、ありがとうございました」
「……OK、うち、もう無理。ありがとう龍くん」
そこで私は例のことを氷条くんに話す決意をした。
「氷条くん、少し話があるんだけどいいかな?」
「ええ、構いませんよ」
「あのね、私、アルファのリーダーになりたいの。だから氷条くんさえよかったら五月末の本リーダー決めのとき、私に投票してほしい」
「かしこまりました」
「あれ?そんなあっさり?ええと、この前エリザに入れてたよね?私でいいの?」
「私はもともとオラベラ殿がリーダーによいと考えておりました。だが、そのオラベラ殿はエリザ殿を推薦した。私はあなたが信頼する者に手を挙げたまでです」
「えっ!?そうだったの!?……ってやっぱり全部私のせいじゃん!」
ダメダメ。もうそういう考え方をしないと決めたはず。
ていうか氷条くんも私がリーダーがいいと思ってくれてたんだ。
それは嬉しいな。
「ありがとう、氷条くん。私、頑張るね!」
「応援しております。では」
そして氷条くんは去って行った。
話を聞いてたエリザが「言ったでしょう?」って感じに見てくる。
わかった。わかったよ。もうそこまでいじらないでよ。
ふふ。でも、嬉しいな。みんなが私がリーダーがいいと言ってもらえるのは。
専攻授業にて
今日も私がウィリアムくんを、
アンジェリカ姉さんがザラサちゃんに教える。
ザラサちゃんは体の動き方はすぐに覚えてすごいのだが、
武器は持ち慣れないのか、窮屈そうにしていた。
「ザラサは爪の方が強いのです!」
と怒り出す始末。
それをウィリアムくんがなだめると思いきや、
「武器の扱い方がわかっていれば、それに対処する方法もわかってくるの!それでもっとウィリアムを守れるんだぞ!」
「おお!そしたらボス褒めてくれるのです?」
「うんうん、褒めてくれる褒めてくれる」
「肉もいっぱい買ってくれるのです?」
「うんうん、買ってくれる買ってくれる」
「じゃ、がんばるのです!」
とアンジェリカ姉さんだけで解決してしまった。
ウィリアムくんもそれを見て嬉しそうに笑っていた。
そのとき、それが起きた。
というか私が起こしたから起きたというのもおかしいんだけど、
いつも私をむかつかせるウィリアムくんへのいたずらのつもりだった。
やり終わったあとに「よそ見、しちゃいけませんよ」というつもりだった。
私は完全に彼の死角から、剣を薙ぎ払った。
驚かせるために全力で、
でも当たる直前で寸止めするつもりの一撃。
ところがウィリアムくんは、
手首をひねっただけで私の渾身の一撃を受け流し、
半歩だけ移動して私の体勢を崩した。
体勢を崩し、前かがみになっていたその一瞬に私の首裏に彼の剣がポンと当たった。
「えっ?」
と私が言うと、彼は慌てて剣を手放し、
「いてぇ!何すんだよお姫様。殺す気か?」
と痛がりながら言った。
殺す気って、今のが実戦だったら……私、確実に死んでたよね?
でも、手首を持って痛そうにしているので、
「ご、ごめん、ちょっとからかいたくなって…」
と言うしかなかった。
たまたま?
ううん、あんな綺麗な受け流しから首切断がたまたまであってたまるもんですか!
別の意味でなんなのウィリアムくん!?
つか、むかっ!!!!
仕返ししたかったのに!!!
そして今日の専攻授業は終わった。
「よしよし、よく頑張ったなザラサ。今日も街で肉を買ってあげよう」
「やった!ボス大好きなのです」
ウィリアムくんの言葉に目を輝かせ、
それが当たり前かのようにウィリアムくんを好きと言うザラサちゃん。
でも、なんでだろう?
ンズリが言ったときは胸が苦しくなったのにザラサちゃんが言うと全然大丈夫だ。
うん、よかった!やっぱり気のせいだったんだ!
これでンズリとウィリアムくんを応援できそう。
あ…れ?なんでまた…?
「あんたら今日も課外活動?よく頑張ってるね」
「違うんですよ姉さん。ザラサ最初の一週間授業全然来なくてすごいポイント減っちゃったんです。なので稼がないとまずいんです」
「あら、そうだったの。どこで課外活動するの?」
「冒険者ギルドですね。ザラサはそこでしか活躍できませんから」
「平日だとあんま稼げないでしょう?」
「そうですね、ものを運ぶような力仕事とかで1〜2ポイントがいいとこですかね」
「だったら私が手伝ってあげるわ。今週末、私たち四人でランクの高い討伐クエスト受けに行きましょう。四人もいれば大抵のクエストの推奨人数を満たせるわ」
「え?私もですか?」
「なに?なんかほかの用あんの?」
タリッサさんについて調べたかったんだが…
これ以上情報がないのも事実。
「いいえ、私は大丈夫です」
「そう。ウィリアムくんたちは大丈夫?」
「はい、大丈夫です。むしろご助力感謝します、姉さん」
「ボスが行くならザラサも行くのです」
「よし、決まりだね。じゃ、ウィリアム、寮長に課外活動で寮に泊まらないことをきちんと伝えておいてよ。どうせなら遠出をしてたっぷり稼ごう!金曜の放課後からの二泊三日よ!」
「アンジェリカ姉さん、そんなに!?」
「かしこまりました」
「よし、じゃ、帰るわよオラベラ」
「今日もありがとうございました」
「ベラベラとお姉さんバイバイ」
ウィリアムくんと二泊三日…
アルファ寮一年女子部屋、
水曜、夜。私たち一年五人に加え、
アンジェリカ姉さん、セレナ先輩、アエル先輩、ミラリス先輩と揃っていた。
どうやら今日は全員でミレニアムガゼットを見るらしい。
この時間までに絶対にガゼットを見るなとも昨日の時点で言われていた。
「よし、みんな準備はいいか!?」
「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」
なんかよくわかんないけどセレナ先輩がそう言うとノリでみんなが言う。
「まず、自分の名前がなくとも気にすることはない。ここにいるみんなは美しい!」
ん?なんのこと?
先輩たちはわかっていそうだけど、
自分たちが興味があるというより、
セレナ先輩に付き合ってやってる感じだ。
アンジェリカ姉さんはちょっとあきれている。
一年は状況がわかってない。もちろん私も。
「昨年まではほぼ『最強の世代』に埋め尽くされたランキングをとうとう自分たちのものにするときが来たのだ!チャンスは大いにある。クイーン先輩、リリエ先輩、ロビン先輩、トレイシー先輩、マウディア先輩、ダシャ先輩にチア先輩!実に七人のランカーが卒業した今、時代は私たちのものよ!」
「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」
と再度続けるが、いまだに意味がわからない。
ランカー?今、すごい人たちの名前をさらっと言ったような……
「よし!では、いよいよ四月の美女ランキングを発表する!」
美女ランキング?
セレナ先輩がそう言った後に、全員でガゼットを見る。
人が多くてちゃんと見えない。
ミレニアム紀三百年四月・美女ランキング
・1位:5年ガンマ、アルドニス
・2位:3年アルファ、ミラリス・セレフィア
・3位:3年アルファ、セレナ・ヴァレン
・4位:3年アルファ、アエル・フェザリス
・5位:2年ベータ、アルフェリス
・6位:1年アルファ、オラベラ・セントロ
・7位:1年ガンマ、イェン・フォーヤオ
・8位:1年オメガ、アンバー・スチュアート
・9位:4年ベータ、エリヴィナ・ヴァン・シュタイナー
・10位:2年アルファ、アンジェリカ・アルベイン
・10位:2年オメガ、ガウラ
そこには1位から10位までの名前が書かれていた。
10位は同率で二人いるため合計11人だ。
「よし!1位は初めからわかっていたからどうでもいいわ。でも私たちで2位から4位に入れたわよ。オラベラ一年で6位はすごい。やっぱり体が反則だからかしら。アンジェリカも初ランクインだね!」
ガッツポーズをしながら嬉しそうに話すセレナ先輩。
……何これ?
「あの、これってなんですか?」
スラビちゃんが聞いてくれた。ありがとう!
「これはね、」
セレナ先輩は説明してくれた。
ガゼットの編集部には美女美男調査隊というのがあって、厳正な調査のもと、
今この学園で誰が最も美しいのかをランク付けしているとのこと。
このランキングに名前が乗ると学園中からちやほやされるとか。
それに、異性から声をかけられることが激増し、
あらゆる行事でパートナーになりたいと迫ってきて、
そして、舞踏会の相手に絶対に困らない…らしい。
……最悪だ!いいことが一つもないランキングじゃん!
「ということで私たちの時代が来たのよ!これで毎回、舞踏会での相手に困ることはないわ!」
他の人がセレナ先輩の話に夢中になってるところ、
私はアエル先輩になぜあんなに喜んでいるのかを聞いてみた。
すると、
「三女神とか、美しい、綺麗と言われながらも、学園での舞踏会があると、ほとんど私たち三人を誘う男子がいないのよ」
「そうなんですか!?先輩たちと踊れるなら行列ができそうな感じがしますが」
「最初はそうだったわ。だけど、セレナがミラリスを過保護するようになってから誘ってくる人全員に『スピーク・フリーリー』をかけて『あなたの本当の目的は?』、『体目当てですか?』、『舞踏会の後はどう過ごしたいですか』とか聞くのよ」
「ん?まあ、別にそれはいいのではないですか?」
「あんた、本当にあっち方面に関しては抜けてるね。本当に私たちのことが気になっている、好きであった者だとしても、完全に体を欲していないわけじゃない。というより、気になっていて好きだからこそ体にも興味を持つのよ。だけど、セレナはそのチェックにひっかかった時点で『ケダモノ』と罵り、追い出すの。これが二年続くと、綺麗に思われているけど、誰にも誘われない状況のできあがりよ」
「好きだから体にも興味を持つ?ええと、それは……」
「ふふ、今はわからなくてもいいわ。でもそういうことがあったから。私たちは舞踏会でほとんど誰にも誘われないし、食堂に行っても周りの席がガラ空きなのよ。セレナはランキングに入ればそれが改善すると思っているようだけど、私は何も変わらないと思うわ。だってランキングに入っていなかった時期も綺麗とは思われてたんだ。そこは問題じゃないと思う」
「ええと、セレナ先輩って恋がしたいんですよね?なんか自分で自分の状況を難しくしていませんか?」
「ははは、あんたがそれを言う?」
「ええと、私は恋をそもそもしたくないので」
「あははははは」
アエル先輩にすごく笑われた。
私、なんかおもしろいこと言った?
「やめてよ、腹筋が痛い」
「私、なんかおかしなことを言いました?」
「言った言った。あんた自覚ないの?先週から機会があるたびに誰かさんの話ばっかりしてることを」
「えっ?そんなのしてました?」
「ははは、もういいわ。セレナね。うん、自分で自分の状況を難しくしてるよ。彼女なりの恋愛のステップがあるらしいわ。最初は心と心で結ばれたいんですって。それができてからめちゃくちゃにされてもいいらしいと言ってたわ」
「めちゃくちゃに!?」
「うん、そうよ。あれで、ああいうことに興味がないわけじゃないの。早く経験したいとかも普通に言っているし」
「ははは、そうなんですね。セレナ先輩なんか難しいですね。でも私は好きです」
「ええ、私もよ。私たちを守ってくれる最高のお姉さんって感じ」
「アエル先輩のほうが大人っぽいですけどね。というかアエル先輩はそれでいいんですか?なんというかセレナ先輩のせい?で出会いがないみたいな感じですもんね?」
「私は大丈夫よ。誰かを見つけるのには急いでいない。それにセレナの考えにも納得している。付き合えば、いずれ体を預けることになるのはわかっている。でも、私もまず心の繋がりが欲しい」
「そうでしたか。ならよかったです」
「それにミラリスはこんくらいしないと今頃学園の全男子に抱かれている可能性すらあるわ」
「そんなにですか!?」
「そうよ。好きと言われた相手なら、すぐにでもやってもいい。ううん、やってあげるべきと思ってるような子だから。それにみんなはみんなで愛し合うものとも考えてるから、相手がパートナーを何人も持っても、自分が何人パートナーを持ってもいいと思っているの」
「すごいお考えなんですね。富や地位のある方が複数の伴侶を持つのは珍しくありませんが、それすら『たいしたことではない』と思えてきます」
「そうなのよ。だからセレナは卒業までは絶対に守るって。卒業後にまだそういう考えならもう止めないって。でもそれまでに一度はちゃんとした恋愛をしてほしいらしい」
「セレナ先輩はアエル先輩のこともミラリス先輩のことも大切に思っているんですね」
「今はね。入学当初はミラリスのことが大嫌いだったのよ!どんくさいのに男に人気あるからってね」
「そうだったんですか!?今では考えられませんね」
「でしょう?でも一回当時五年生の先輩がミラリスを自分の部屋に連れ込もうとしたのをセレナは体を張って阻止したのよ。寮の中で魔術まで放ってね。でもその先輩はミラリスから許可を得ていると言って、寮で大問題になったの。それをね、納めてくれたのが今年卒業したアンソニー先輩なの」
エドワードのお兄さん、アンソニー・ベラフレウ王子。
「その後もねアンソニー先輩は何度も私たちを助けたの。だからセレナはアンソニー先輩のことが大好きだった。セレナを寮長に任命したのもアンソニー先輩よ。ミラリスを守りやすいようにってね。だから、君たちが思っている以上にセレナにとってショックだったんだよ。アンソニー先輩の弟があんなやつだったってことにね。君たちは知らないけどあの夜セレナは部屋で大号泣したのよ」
「そんなことがあったなんて。私たちのせいで、すみません」
「オラベラたちのせいじゃない。あれはあの男が悪い。これからも気をつけなよ」
「はい、気をつけます。ありがとうございます」
そして、私はアエル先輩と話したことで、
先輩たちのこの寮での歴史を少し知ることができた。
いい先輩たちに恵まれたなと思っていると部屋の中から大きな声がした。
「サムエルがランクインしてる!やったー!!!」
大喜びのアンジェリカ姉さん。
自分のランクインは喜ばなかったのに…
セレナ先輩がガゼットを取り上げると、
「何これ!?何で一年がこんなにいるのよ!?」
「一年生は普通は入らないのですか?」
また、スラビちゃんが聞いてくれる。すごく助かる。
どうやら、ガゼットの編集部は先輩贔屓するところがあり、
美男美女ランキングには低学年があまり入らないとのこと。
それこそ圧倒的な美でない限りは先輩優先なのだとか。
なので、一年生の女子が三人もランキングにいることも驚きだったらしい。
でも私は不満だ。
フォーヤオとアンバーさんはわかる!めっちゃ綺麗だもん!
でも、私が入っているのはおかしい。
というか私が入っているのにアラベラとエリザが入っていないのがおかしい。
「だから、こんなに入ってるのはおかしいのよ!つかオメガばっかじゃん!」
セレナ先輩がそう言ったあとの私たちも美男ランキングを見る。
美男ランキング
・1位:2年デルタ、ヒース
・2位:2年ベータ、モードレッド
・3位:1年オメガ、オプティマス
・4位:1年ベータ、エルダス
・5位:1年アルファ、氷条龍次郎
・6位:2年アルファ、ガレス
・7位:1年アルファ、エドワード・ベラフレウ
・8位:1年オメガ、イェン・ウェイチェン
・9位:1年オメガ、我鷲丸
・10位:1年オメガ、サムエル・アルベイン
の10人が美男ランキング1位から10位だった。
氷条くんが5位!すごい!確かにかっこいいもんね。
でも、これ見た目だけだよね?
性格を知っていればもっと上にいくよ。
エルダスくんもウェイチェン王子も確かに男らしくてかっこいい。
二人からはなんか雰囲気までもがいい。
サムエルも幼なじみだから忘れがちになるけど、普通にかっこいいからね。
今まで女子が近づかなかったのはアンジェリカ姉さんの影響だし。
でも、私がわからないのは、オプティマスくん、我鷲丸くん、エドワード。
三人とも金髪、青目の女性のようなやわらかい特徴のある顔。
この国というか、この大陸で好まれる顔だよね。
でも、私はこの顔をかっこいいと思ったことは一度もない。
だからみんながこれを「カッコいい」と思ってるのはわかるけど、
全くもって同意できない。
それに一番納得できないのは『ウィリアムくん』がこのランキングにいないこと。
好きとかじゃない!全然そんなんじゃない!
でもカッコいい者はカッコいいし、そうじゃない者はそうじゃない。
単純にそれだけのこと。
それだけで言えばウィリアムくんがこのリストに入っていないのはおかしい。
オッドアイじゃなくともトップ5くらいにはいるべき、
オッドアイを入れるとトップにいてもおかしくない。
私があの程度のむかつきで済んでいるのも彼がかっこいいからだと言える。
あれでエドワードのような顔だったら話しすらしていないと思う。
だからこの順位には納得できない!
「オラベラ、何をそんなに怒ってんの?」
「顔怖いよ、オラベラ」
エリザとアラベラが言う。
「えっ?怒ってないよ。今、私怒ってた?」
「うん」「うん」
怒ってたのか…、怒るまでではないけどやっぱり納得できない。
「大丈夫よ」
アンジェリカ姉さんが言う。
「何がですか?」
「ウィリアムのかっこよさは顔じゃないから」
「ち、違いますって!」
「ははは、そうかっかしないの。そんな顔をしていれば何を考えてるかなんてすぐにわかるわ」
アンジェリカ姉さんはそのままエリザとサムエルについて話し始め、
言い返させてはくれなかったが、それでよかったとあとになって気づく。
だって、私は声に出して言おうとしてたんだから、
「ウィリアムくんが一番かっこいいです」と。
次回――「新しい家族と未来の家族」。
差し出された手は、ただの救いじゃない。守ると誓う『家族』の印。
そして、出発前の寄り道が、新しい『家族』の輪を描き出す。
憧れと嫉妬、その間で揺れる胸にやがて降り立つ答えは――
第21話は【11/14(金)】公開予定。




