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ミレニアム学園 ―赤き終焉への抵抗―  作者: 赤のアンドレ
【1年生編 ー赤い脅威ー】 第2章:クラスリーダーと連続殺人事件
20/21

第19話:調査開始と内なる声

金曜日、冒険者ギルドにて。


ーオラベラ・セントロー


今日は冒険者ギルドへの挨拶と登録の日。

アラベラはサンさんに会えるとあってすごいわくわくしていた。

私にとっても冒険者ギルドはわくわくするところだ。

テッド兄さんをはじめ、最強の世代がここで多くのクエストを受けて、街で有名になった。

そこには悪の組織から子供の救出、麻薬密売拠点の破壊、強力なモンスターの討伐、

そして歴史にさえ刻まれる、

レッド・フォックス狩りやレッド・デーモン討伐なども含まれる。

レッド・デーモンの討伐はいいよ。悪人だから。

でも、サンさんを悪い人と勘違いして、

彼女を捕まえようとする任務はいまだに理解できない。

でも、さすがサンさん。

衛兵、冒険者、最強の世代が束になって追いかけても、

街を脱出してみせたんだよな。凄すぎる。

私、アラベラ、エリザもそのときちょっと手伝ったし。

今でもあれは私の自慢の冒険。

まぁ、その後に誤解は解けて、サンさんは無実どころか、

本当の犯人を捕まえてホワイトシティに帰ってきた。やっぱりすごい。


今週、ほかに変わったことといえば、氷条くんの特訓。

きつすぎる。毎日体が悲鳴をあげる。

アラベラに関しては本当に途中で倒れちゃう。

でも氷条くんは怒らず、

毎度そうなるとアラベラをお姫様抱っこでベンチに運んで休ませる。

今日とかアラベラのほうから両腕を広げて「もう無理!」って言って、

自分からお姫様抱っこをリクエストしていた。

ふふ、なんかあの二人いい感じなのかも。


それと、ウィリアムくんとンズリ。

今週一緒にいるとこを全然見ない。

先週は二人でいないほうがおかしいくらいだったのに。

やっぱり私のせい?

別にウィリアムくんとはなんにもなかったんだけどな……

アラベラとエリザに問い詰められて全部話したわけだけど、

アラベラが目を輝かせて色々と私に言いたそうなところをエリザが彼女の口を押さえて止めた。


「うん、わかった。教えてくれてありがとう。オラベラはなにも悪くないよ。ただし、この前喧嘩してていきなり仲良くなったからびっくりしただけ」


アラベラが、


「dふぁh;あdjshfあs」


と話したそうだったが、エリザが、


「今はダメよ!いろいろ言っても逆効果!オラベラのペースで進めるのが大事」


「ふぁjdgンズリlsfjdgsklg」


「そうなったらなったでしょうがない!逆にこれでオラベラが後ずさりするのが一番ダメなんだから。だから、今はダメ!いい?」


「……はい、でも!」


「でもなし!……ここは信じてみよう!」


「うぅ…、わかったよ……」


「オラベラはいつも通りで大丈夫よ。ウィリアムくんと仲良くなれてよかったね」


「う、うん…」


という、私には全くわからない会話をしていた。

よくあることなので私はもう気にしない。


ウィリアムくんとンズリが一緒にいないことについても相談したのだが、


「ンズリさんに何か聞かれたら、何があったのかを説明すればいいんじゃないかな?」

「うんうん、そうよそうよ。オラベラのことでそうなってるのかもわかんないんだし」


と二人に言われ、ンズリともウィリアムくんともあれ以来話していない。

やっぱり話したほうがいいと思う……

どっちも友達だし……

あれ?ウィリアムくんって友達?友達だよね?

私はそう思ってるけど、ウィリアムくんは?

あれ?でも私はウィリアムくんのことって友達って思ってる?

そのような、でもなんか違うような、別の何かのような……

なんなんだろう?

ともかく!あの二人が一緒にいないのが私のせいだったら嫌だから一回ちゃんと話してみようかな。


って実は昨日からウィリアムくんとは話そうとしてるんだけど、

ウィリアムくんに新しい友達?ができて、

彼女がずっとウィリアムくんの周りにいるから少し話しかけづらい。

ザラサちゃんである。

ンズリとは違って、ラブラブ!じゃないんだけど、

主人を守る番犬のようにとにかく終始一緒にいる。

いつそんなに仲良くなったんだろう?

でも、よかったと思う。

この一週間、サムエルもなぜかウィリアムくんと一緒にいなかったせいでウィリアムくんはずっと寂しそうにしてた。

何度も隣の席に座ろうかなと思ったけど、

いつもクラスごとに座るから隣に座っていいのかわからず結局できなかった。

昼飯も私たちはセレナ先輩たちと食べるから男の人をその輪に簡単に呼ぶことはできなかった。


でも、そこに現れたのがザラサちゃん!

二人はとても仲良さそうである。

なぜかザラサちゃんは怯えているときはあるけど、

ウィリアムくんが頭を撫でるとすごく喜び、あの大きな尻尾をふりふりする。

昼飯も一緒に食べていて、食べ方が豪快なザラサちゃんの顔を優しく拭いてあげたりしていた。

ザラサちゃんが食べにくそうにしてたデザートの容器とか食べやすいように取ってあげて、あ〜んってまでしてた。

さっきもザラサちゃんが食べたそうにしてた屋台の肉を買ってあげてた。

ふふふ、まるでパパみたいだった。

ウィリアムくんはもしかしたらいいパパになれるかもしれない。

…………あれ?私って今週そんなにウィリアムくん見てたんだ。

でも、そうだよね?じゃなきゃ今のことわかんないよね。

あれ、なんで?


「ついた!」


アラベラの大きな声で冒険者ギルドについたのに気づいた。

よし、切り替えないと。


石畳の角を曲がると、三階建ての冒険者ギルドが現れる。石と木の骨太な造り。

古びた梁は日焼けで黒く、切石は粉をふくが、基礎はどっしり動じない。

楯形の看板に「ADVENTURERS GUILD」。

風に乗って油・革・薬草・酒、それに鉄の匂いが混ざってくる。

鉄帯の入った厚い扉を押すと、蝶番がぎい、と鳴り、空気が変わる。

中は吹き抜けで、高窓から差す光が埃をきらめかせる。

掲示板には依頼札がびっしり、金具が陽をはね返す。

床板は人の重みでほんの少し沈み、地下の酒場からは麦酒と焼き肉の香り。

笑い声、怒鳴り声、地図を広げる音、硬貨が卓で鳴る乾いた音が重なる。

冒険者も実にさまざま。

短剣を指で回すクールな軽業師、

仲間の背中を豪快に叩く大盾の女戦士、

フードの奥で目だけ光るミステリアスな魔術師、

無口に弓弦を張り直す射手。

濡れたマントの滴と、磨かれた胸当ての匂いが行き交いに混ざっては消える。

カウンターには受付が二人。

栗色の髪で小柄なリーリャは、明るい声で依頼票を手際よく仕分ける。

隣のマイナは長身の金髪、落ち着いた微笑みで羽ペンを走らせる。

黒い制服に金のライン、喉元の翡翠のブローチが小さく光る。

目が合うと、リーリャはぱっと花が咲くように笑い、マイナは澄んだ声で一礼する。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。」


中に入ると、邪魔にならないように端のほうに私たちは並び、

その向かいにオメガクラスが並ぶ。


セバスチャン先生がまず受付に挨拶をし、そのすぐ後ろにクイーンさんが控える。


リーリャさんとマイナさんはホワイトシティでも有名な二人組だ。

私が記憶あるときから冒険者ギルドに勤めており、何度かお会いしたことがある。

ちゃんと話したことはないけど、

この二人に会うために冒険者ギルドに来る人もいるのだとか。

でも、わかるな。なんか二人の笑顔から元気がもらえた気がした。


二人ともセバスチャン先生を憧れの目で見ている。

憧れの目だよね?あれ?なんか違う?


「セバセン、モテモテだね!」


隣のアラベラが言ってくる。

あ、あれはそういう目なのか。


セバスチャン先生の挨拶が終わるとクイーンさんが前に出る。


「クイーンちゃん久しぶり!」

「クイーンまた綺麗になったんじゃない?羨ましいわ」


「お久しぶりです。と言ってもそんなに経ってないですよ。三か月くらいじゃないでしょうか?」


「あらま、敬語なんて使って、どうしちゃったの?」

「きっとあれだわ、いつも話していた男とやっと結ばれたからできる女を演じてるのよ」


「失敬な!いつでも使おうと思えば使えてたんです。ただ、今の私はマグワイアー様の秘書でございます。マグワイアー様に恥をかかせるわけにはいきませんので」


なんか三人とも仲良しそうである。

それもそっか、クイーンさんって卒業したばかりだから、

ちょっと前までは生徒としてここに来てたのか。

テッド兄さんはクイーンさんについてはあまり語ってくれなかったな。

他のクラスメイトについてはたくさん教えてくれたのだけど。

クイーンさん、どんな生徒でどんな能力だったのだろう?


「お姉ちゃん!」


アラベラの大きな声で私は振り向いた。

振り向く先から、こちらに赤い風が歩いてきた、名前はサン。

艶やかな赤毛の狐耳と、赤の瞳。

黒革の軽装に紅の外套、腰には投げ刃と短剣。

しなやかな七本の尻尾が一度だけゆるく揺れ、

踵から爪先へ吸い込まれるような静かな足取りは、

それだけで周囲の人混みを割らせる。

唇にだけ薄く笑み、香草めいた甘い匂いが遅れて届く。

ギルドで『レッド・フォックス』の二つ名を持つランク8の冒険者。

美しく、妖艶で、近づけば切れ味を隠した微笑がここにある……、そんな歩き方だった。


アラベラはサンさんが近づくのを待たずに自分から走ってその胸に飛び込んだ。

二週間しか会ってないはずだけど、

すごい久しぶりに会ったかのようにアラベラは力強くサンさんを抱きしめた。


「もう、どうしたのよ。最後に会ってから二週間しか経ってないじゃない」


「だって、会いたかったんだもん」


顔をサンさんの体にうずめながら言うアラベラ。

無理もない。アラベラはサンさんのことをお母さんのように思ってる。

私たちと一緒に学園に来たかったのは本当だけど、

それと同じくらい毎日サンさんといたいと思っている。

ある意味、私たち三人の中で家を一番離れたくなかったのはアラベラだ。


しばらく抱き合ったあと二人は私とエリザのところに来た。


「オラベラ王女殿下、エリザ様。また、お会いできて光栄です」


サンさんの声は女性にしては低く、包み込まれるような音色がある。


「サンさん、私もお会いできて嬉しいです。先日は護衛してくださり、ありがとうございました」


「サン姉、会えて嬉しいです。コンサートの日は迷惑をかけました。すみません」


「いいのよ。オラベラ王女殿下の護衛を引き受けたときから何事もなく仕事が終わると思っていなかったのだから」


「す、すみません」


入学前にセントラム王国一の歓楽街『カダテック』でブルーノ・マンスのコンサートが行われ、

お父様に無理言って行かせてもらったのだ。

私、アラベラ、エリザ、サムエル、アンジェリカ姐さんの全員で行きたかった。

だが、王国の王女である私と五大貴族の御子息と令嬢が勢揃いのため、

全員を護衛できる者を用意しようとすると、

それこそマルクス大将軍を送らなければならなくなるところを、

ホワイトシティ最強の冒険者パーティー『フォックス・テイル』が

引き受けてくれたおかげでなんとか大ごとにせずに行くことができたのだ。

だが、コンサートの日は、

コンサート会場で暗殺者集団が出現、実際に観客の一人が殺され、

街でさまざまなギャングによる大規模な抗争を暴発し、

終いには『レッド・デーモン』が捕まった。

今では『赤い衝撃の夜』と呼ばれるすごい夜になったのだ。

そこで私は何かできないかといろいろ動いたため、

サンさんとダニロさんにたくさん迷惑をかけた。

でもフォックス・テイルは私たちを守る仕事を完璧にこなしたのだ。


「これからはよく来るようになるのでしょう?私が手伝いできるときは力を貸すわ」


「ありがとうお姉ちゃん」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


「いいのよ。あなたたちのためだけにってわけじゃない。私がホワイトシティに来たばかりのとき、当時はミレニアム学園生だった『トレイシー』にいっぱい助けてもらったの。だから彼女への恩返しのためでもある」


トレイシーさん、テッド兄さんと同じオメガクラスの最強の世代。

城で演奏したこともあるすごい音楽家で、太陽のような人だ。

また、会いたいな。


そういう話をしていると、彼は現れた。


癖のある銀灰の髪を無造作に撫でつけ、片頬に薄い古傷を走らせた色男。

胸元には真鍮ボタンが縦に並ぶ革のベスト、肩からは年季の入った二本のベルト。

腰には双剣、指先には戦場の名残りの切り傷。

なのに笑うと、すべてを「たいしたことない」と言いくるめる悪戯な目をしている。

軽口は風のように軽く、肩はいつもどこか脱力していて、

歩き方は酒場の扉を押し開ける一歩手前のリズム。

仕事?「あとでやるさ」が口癖。

だが、場が本当にきな臭くなった瞬間、

鞘鳴りとともに空気の温度を一段下げる『本物』の間を持つ。

名はブラッド・ケイジ。元・最高ランク10の冒険者にして、ホワイトシティのギルドを仕切る男。

任務明けに冒険者と杯を交わすのが儀式のように染みつき、

問題も女難も自分から拾ってくるが、不思議と誰も本気で嫌えない。

噂ではミレニアムナイトと互角、学生時代のマウディア・グリフィンとも引き分けたという。

軽口は羽根、腕は鋼。ギルドの吊り灯りを背に、彼は笑って言う。

外套の留め具を指で弾きながら、彼はまず近くのクイーンの手を取り、

当然のように手の甲へ口づける。


「クイーン。我が心の女王にして、その美貌に魅了される者すべての女王よ。再び会えたこと、この老骨の至上の喜びだ。さて、本日はどのような御用向きで?望みとあらば、この私自らすべて叶えてみせよう」


クイーンさんの手を持ったまま言う、ブラッド・ケイジ・ギルド長。

ちなみに隣にいるセバスチャン先生はガン無視である。

あと、老骨と言ったがそんなふうに全然見えない、せいぜい四十代前半。


「ふふ、ギルド長もお変わりなく安心しました。ですが、私の望みすべてを叶えられる男は一人だけ。その人の者になる前に、味見しておくべきでしたね」


クイーンは一歩だけ距離を詰め、握られた手をするりと抜いて彼の頬へ添える。

指先で輪郭を撫で、最後の言葉と同時に唇から喉元までを軽くなぞった。

可憐さと妖艶さが同居する、プロの仕草。


す、すごい。口説かれてたのに、逆に攻めることでそれを止めた。

ギルド長が何も言えなくなっている。

そっか、そんな口説きの断り方があるんだ。

……ってダメだ!

あれはクイーンさんだからできること。

私にはあんな真似絶対にできない。


「ははは、美しいだけでなく、男の扱いを完璧に知り尽くしているな。さすがはクイーン。そのへんがこのセントラムを代表するほかの美の化身との違いか」


そうギルド長が言った瞬間に私と目が合った。


「なんと!」


そう言ってギルド長はさらっと、クイーンさんの手を再度掴み、

手をつなぎながら私たちの前に来た。


「おお、これはなんという奇跡!美しさの女王『クイーン』、緋の狐姫『サン』、そしてセントラムの花『オラベラ・セントロ王女殿下』が一度に集うとは。今このギルドは、そなたらのおかげでこの世で最も美が集う場所となりましたぞ。ここに蒼月の麗姫『アルドニス』がいれば、セントラム四大美女が揃っていたというのに……ああ、なんとももったいない。四人揃って酒を酌み交わせたなら、私はもう死んでも構わぬ!」


「ど、どうも」


ははは、なに言ってんだろう。

四大美女って何?ほかの三人はわかるけど私は絶対にそこに入ってるのおかしい。

もしかして、ギルド長、エリザかアラベラと勘違いしてんじゃないのかな?


「それにアラベラ・トゥドルにエリザ・ダルビッシュ。そなたらも母親たちに似てとても美しくなられました。エリザ、そなたからはブランカの逞しさと凛々しさを感じる。そしてアラベラ、そなたはまるで若き日のアンナ様を見ているようだ。だが、それだけじゃない、その姿勢、目線の使い方はサンにそっくりだ」


「あ、ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


アラベラとエリザは綺麗って言われてあんまり喜ぶタイプじゃないけど、

ギルド長の褒め方がよかったのか顔を赤らめた。


ギルド長がまだ何かを話すところだったが、

突如、冒険者ギルドに息を切らしながら慌てて誰かが入った。

そして出せる最大の声で告げた。


「おい!タリッサだ!タリッサ・グレイウィンドが……遺体で発見!」


え?タリッサさん……、うそ!

そんなはずない。あの人はすごく強い冒険者だった。


私たちは事実を確かめようとしたところ、

セバスチャン先生から登録をすぐに済ませた後に全員帰還するようにとの指示があった。

今日の課外活動は禁止。街にも残ってはならない。

破れば大きな減点があると言われ、私たちは学園に帰るしかなかった。



土曜日


私は早朝に起き、ホワイトシティへと向かった。

理由は昨日のタリッサさんの件について調べるため。

タリッサ・グレイウィンド、

元凄腕の冒険者にしてハンター/狩人を専門職とする、

とても綺麗なハーフ・エルフの人だった。

なぜ私がこの人を知っているのかというと、

入学する前に会っているからだ。


『赤い衝撃の夜』、

レッド・デーモンがテッド兄さんと同じオメガクラスの四人組によって捕まった。

マーシャル・ゲラーさん、リリエさん、バルニーさん、そしてロビンさん。

彼ら四人は世界指名手配犯1位のレッド・デーモンを捕縛したことで、

昨年に起きたレッド・サークルとの戦争に至った大事件に終止符を打った。

彼らは連日、新聞で大々的に報じられ、世界にとっての英雄となった。

だけど、彼らにはおそらくそんなことなんてどうでもよかったのだろう。

彼ら四人にとってはレッド・デーモンに殺された自分たちの担任の先生、

『トミー・ボイルズ』の仇を取れたことがすべてだった。

記事にあった彼らのインタビューでも四人全員が「先生のため」と言っていた。


ここまでが世間で知られている内容だ。

だけど、その数日後にも事件は起きていたのだ。

この事件は公にされていない。

ほとんどの人が知らない。


それは、レッド・デーモンの仮面と刀の盗難事件である。

王城の宝物庫に収められていた仮面と刀が、何者かに奪われた。


レッド・デーモンが捕まるとその装備品の全てが回収された。

その中でもレッド・デーモンを象徴する仮面と、

最も貴重な『刀』は王の城で保管することになった。


レッド・サークルは他国と貿易はしているものの『刀』は取り扱われていない。

どれだけ大金を積んでも売ってはくれないと聞いている。

レッズにとっては『刀』はただの武器や商品ではなく、特別な意味を持つのだとか。

だから、レッズ以外で『本当の刀』を持つ者は世界中探してもいないと言われている。

ちなみにレッズはレッド・サークル出身の人々の総称。

だけど、それはこの大陸で知られている呼び方で、

彼らの国にも人にも正式な呼び方がある。

暁国と暁人だ。ただ、この大陸でそちらを使ってもわかる人のほうが少ない。

なので、レッド・サークルに住むレッズという呼び方が主流。


そんな貴重な刀が手に入ったことでこの国の王、私のお父様は大いに喜んでいた。

お父様は、私と城に勤めるお偉いさんたち何人かと仮面と刀を見に行ったのだ。


刀は確かに見事な出来だった。

触れずとも禍々しいオーラを放っており、

振らずとも大業物以上の武器であるのが伝わった。

刀の作りはシンプルだったけど、とても美しかった。

だけど、こんなにシンプルに見える武器はこちらの技術では作れないらしい。

実際に刀が欲しいと各国の王族、貴族、富豪が駄々をこねた時期があって、

こちらの大陸でも刀は作られたのだ。形だけの刀が。

そう。形を真似ることはできる、ある程度の切れ味にすることも可能。

でも、本物のできには遠く及ばないとのこと。

比べる本物がないのにどうしてそんなことがわかるのだろうと聞いたこともある。

そしたら、刀にはいろいろと逸話があって、

それらを再現可能でなければ刀として認められないようだ。

だけど、そのときに作られた模造刀は今でも闇市で『本物』に見せかけて売られているらしい。

私は刀を見たとき、

どうすればこんな武器が作れるのだろうと思いながら、

ふとあることが頭に浮かんだ。

『私はこの武器を見たことがある』

どこで、いつなのかは思い出せない。

でも、私は確かに『刀』と呼ばれる武器を以前に見たことがあるのだ。

それが不思議なことの一つ目だった。


そして二つ目はレッド・デーモンの仮面。


赤漆に染めた戦面。

額から前方へ突き出す二本の角状の突起、

怒りを刻む深い皺の眉庇、目は細い切れ目で視界を絞っている。

鼻梁は鋭く隆起し、口元は裂けたような咆哮の造形。

上下の歯列は夥しい牙と突牙で誇張され、

下顎は別パーツのように可動しそうな継ぎ目が見える。

頬には段差のある装甲板と鋲留め、縁には黒い縁取り。

額やこめかみに装飾的な彫金・象嵌が施され、

漆の艶と擦れ傷が戦場の使用感を伝える。

全体は威嚇の表情を固定する造形で、実用の呼気口も巧みに組み込まれている。


お父様もほかのお偉い方々も、

「恐ろしい・醜い・悪の象徴」とさまざまな悪いことを言っていたが、

私にはそれが『かっこいい』と思った。

レッド・デーモンはとても悪い人だったのだろうけど、

見た目はカッコよかったのかもしれないとそのときはふと考えてしまった。


……とにかく!

レッド・デーモンの仮面と刀は王城の宝物庫に実際にあったのだ。

それがわずか三日のうちに盗まれた。

お父様がお気に入りの新しい宝・刀を再度見ようと宝物庫に私と共に訪れた際にないことが発覚した。

お父様は珍しく怒り、城に勤める者全員を呼びつけ、

他の業務を停止させてまで刀を探した。

だが、それは見つからなかった。

そこで、その日のうちに城に呼ばれたのが追跡のエキスパートである、

元冒険者ランク7・ハンター『タリッサ・グレイウィンド』さんだった。


タリッサさんは宝物庫を中心に城を回った。

お父様の許可が出て、普段は一般の人が立ち入らない場所までも入室した。

私はタリッサさんの仕事に興味を持ち、彼女の後をついてまわった。


そして、タリッサさんが徹底的に調べた結果、出た答えが「わからない」だった。


まず、


・使用人や城で働く一般の人の仕業ではないこと。


もし、そうであれば必ず痕跡は残り、

それを頼りにタリッサさんは追跡が可能なため。


・城への潜入経路がわからないこと。


プロのシーフ/盗賊を何人も捕まえてきたタリッサさんにとっては、

彼らが使う経路や潜入方法がわかるらしいのだが、

今回のセントロ城において、警備が本当に固く、

自分の知る盗賊には到底無理だと言っていた。


・痕跡を一切残さなかった神業の域の所業であること。


どんなに優れた盗賊であっても必ずなにかしらの痕跡を残す。

それを追跡して捕まえるのがハンターの仕事。

逆に言えば、それがなければハンターもどうすることもできない。

追跡できるトレースがなければ自分は役立たずだと言った。

一切痕跡を残さない盗みは人生で初めてとのこと。


そして最後にタリッサさんはこう言った。


「犯人が誰かはわからないが、どんなやつかはわかった」と。


そう言ったタリッサさんは私たちに何かを見せた。

最初は何かがわからなかった。

なぜならそれは透明な板、まるでガラスの欠片にしか見えなかったからだ。

タリッサさんはそれに魔力を流すと内側で黒霧が立ちのぼり、

猫影の紋章と短い一文が浮かび上がった。


『刀と仮面は頂いた。また来る』


魔力を離すと黒霧はすぐに引き、魔晶片は再び透明に戻る。


お父様は再度、この挑戦とも思えるようなメッセージに怒り、

この「板」について調べ上げた。

まずガラスではなく、加工された魔晶石であること。

それは、刀が置かれていた台のよく探さないと見つからない場所に隠されていた。

標的は王ではなく、自分を追う者への置き手紙という意図らしい。


調査の結果、セントラム王国内のいくつかの街で、

数えるほどではあるが同じ魔晶片が残され、

いずれも極めて貴重な品が盗まれていたことがわかった。

その一連の事件を調べた者たちは、犯人を『シャドウ・キャット』と呼んでいる。

他の盗難事件でも今回のように一切痕跡を残さずに、

「狙った物だけ」を盗んでいくらしい。

王城でも盗まれたのは刀と仮面の二点のみで、ほかは手つかずだった。


シャドウ・キャットは超一流の盗人で一切痕跡を残さない。

「捕まえられるなら捕まえてみろよ」という圧倒的な自信を持ち、

定めた獲物のみを盗んでいく美学がある人物。


それがタリッサさんの見解だった。

タリッサさんはハンターの能力でできることは少ないが、

シャドウ・キャットがコレクターでなければ必ず闇市で刀と仮面は売られるとのことで、

そっち方面から手がかりがないかを探してみると言った。


それが私が聞いたタリッサさんの最後の言葉だった。

その数日後に私は学園に入学し、

お父様の命で刀と仮面の盗難は極秘にされることになった。

なぜ極秘にするんだろう?そんなの後でばれたほうが問題になるじゃん!

と私は思ったが王の命令である。私もこのことを秘密にした。


タリッサさんがこの盗難事件に関わった影響で殺されたかはわからない。

正直それはどうでもいい。

でも、彼女はいい人だった。

少し会っただけだったが、私にはそう思えた。

だから彼女に何かがあったのかを知りたい。

そして、もしそれが城で起きた事件に関わってしまったせいなのならば、

せめてその犯人を捕まえてやりたい。


私は街に着くとまず、新聞を買った。


タリッサさんに関する記事はこうだった、


【元ランク七冒険者・名ハンターのタリッサ氏、山小屋で死亡】

被害者はタリッサ・グレイウィンド氏(112)。

元ランク7の冒険者、

国内でも有数の実力を誇るハンターであり、長弓の名手。

また、レッド・サークルとの戦争の発端となった事件で、

『レッド・デーモン』の捕虜となっていた一人であった。

小屋には外部からの侵入形跡はなく、

事件の直前まで被害者は何者かと食事をしていたとみられる。


レッド・サークルとの戦争が発端となった事件の捕虜!?

それは初耳だ。


レッド・サークルとの繋がりをもっと深めたいミレニアム協定国家連合はトミー・ボイルズを初めとする三人のミレニアムナイトと数人の派遣団を交渉のためにレッド・サークルの貿易島に送った。


レッド・サークルは、

レッド・サークル出身ではない者を決して本島に入れない厳しい法がある。

入れば、国籍、身分を問わずに死刑となる。

なので貿易も交渉も本島に近い貿易島で行われるのだ。


そこで事件が起きた。

戦争を企むレッド・デーモンはその派遣団を拉致して、

無理やりレッド・サークルの本島に入れたのだ。

そして、勝手に本島に入った罪を着せ、

見せしめとしてトミー・ボイルズを殺害した。


この事件にはいろいろと不可解なところはある。

まず、何よりも、どうやって世界の守護者と呼ばれる最強のミレニアムナイト、

しかも三人もいる派遣団を全員拉致して島に入れたのかが不思議でならない。

レッド・デーモンはすごい強いと聞いたけど、

ミレニアムナイト三人でもダメだったの?

あと、なぜレッド・デーモンは全員をさらったの?

戦争を開始するのには数人でよかったはず、

というより戦争の発端となったのはトミー・ボイルズの殺害だった。

他の派遣団の皆は無事に返されたという。

だからミレニアムナイト一人で戦争は起きたんだ。

なのに全員さらった。なぜだろう?


このことについては以前も考えたけど、確かな答えは出ない。

何か隠されてる真実がある気がする。

でも、それを解き明かすための情報がない。

お父様もこの件については厳しく詮索はするなと止められた。


ともかく、タリッサさんはその派遣団の一員だったということね。

まぁ、わかる。知らない地ではハンターのサバイバル能力は重宝される。

ミレニアムナイト三人で戦闘面は完璧だとして、

知らない地でのサバイバルのためにタリッサさん。

ということは派遣団の残りは交渉や政治ごとを取り扱う文官だったのだろう。

タリッサさんが殺されたのは、刀が盗まれたこととは関係なく、

こっちのほうの事件関係?

……ううん、今の情報だけではまだ何もわからない。

もっと情報を集めよう。


次に向かったのは街の衛兵場。

ミレニアム学園生になったとはいえ、私はこの国の姫。

情報を教えてくださいと頼んだら、おおよその内容を教えてくれた。


・タリッサさんが見つかった街外れの森にある山小屋は彼女のものだったらしい。

 つまり自宅で殺されたことになる。


・街からの備品を彼女に毎週届ける商人が遺体の発見者。


・二人で食事していた痕跡があったが死体はタリッサさんのもののみ。


・争った痕跡はほぼなく、

 殺人者は近距離までタリッサさんに気づかれずに近づくことができた。


・そして……、

 タリッサさんの遺体は胴を断たれ、上下が真っ二つの状態で発見された。


気づかれずに近距離まで……

暗殺者?だけど、ハンターであるタリッサさんがそういう奇襲にひっかかるのがおかしい。

そこまで凄腕の?もしかして、赤い衝撃の夜に現れた暗殺者の仕業?

そっち方面も調べたほうがいいのか?


……、でも自宅で殺されていて、二人で食事をしていた……。

知り合いに殺された?本来、自分に危害を加えるはずのない人に。

そっちでも近距離まで近づけたことと、争った痕跡がほぼないことが説明できる。


そして、胴体が上下に切断されていたことについて聞いてみた。


「こういうふうに申し上げるのは心苦しいのですが、見事な一撃でした。数々の事件を担当してきましたが、人の体があんなにきれいに切られているのを初めて見ました。相当な手練で、しかも業物の武器による犯行でしょう。切り口から判断するに、それほど大きな武器ではないはずです。せいぜいロングソード程度の長さの武器と考えられます」


と衛兵長の一人が教えてくれた。

私は彼に感謝し、衛兵場をあとにした。

帰る前に、王室直々にこの件に当たるのかと質問されたが、

私の知り合いで個人的に調べているだけと答えた。

少し残念そうな顔をされたが、お父様やその近衛兵を巻き込むわけにはいかない。

ただ、普段は王室が絡むのを嫌がる衛兵が逆に動いてほしいと思っている?

衛兵長も何かを怖がっている様子だった。

もう少し詳しく話を伺うべきだったかな……


うーん。難しいな。とりあえずは今日の最後の目的地に行こう。

二週間ぶりに帰る、我が家だ。

家って言ったけど大きい城である。


城兵は私がミレニアム学園生になったのを知っているため少し驚かれたが、

私なので普通に通してくれた。

城には変装などのアイテム、魔術を妨害する守りが施されていて、

私のふりをして城に入っても無駄なのである。

城兵に「到着されたことをアナウンスしますか」と聞かれたが、

二つ返事で「結構です」と答えた。

お忍びで来ているのだ。

できれば誰にも会わずにすっと入って、すっと帰りたいのだ。


お父様も、お母様もこの時間帯は多忙なはず、

うまくいけば誰にも会わずに済む。

私が向かうのは王城文庫の閲覧室。

私は王族なので、機密書庫にも入室できる。

本当はお父様の許可なく機密書庫に入ることを禁じられているが、

司書と書庫番はそれを知らない。


司書に挨拶をして、機密書庫への入室を求める。

しばらくすると書庫番が来て機密書庫へ通される。

王族の権限で閲覧できる記録文書が収められた棚を開く専用鍵を渡される。


「ご用が済みましたらお呼びください、王女殿下」


そう言って、書庫番は下がった。

よし、探すのはタリッサさんに関係する記録文書だ。

王城で直接仕事もしたし、彼女に関する記録文書はあるはず。


ええと、どれどれ。

た、た、た……タリッサ・グレイウィンド!あった!


タリッサ・グレイウィンド。ハーフエルフ。年齢112歳。職業ハンター。

身長172センチ、体重52キロ。華奢ながらもアスレチックな体型を持つ。

ウッドエルフとヒューマンのハーフ。肌は白く、髪の色は茶色。

長弓の腕前は一流だが、それよりも彼女のサバイバル能力、追跡能力が重宝される。

元ランク7冒険者。レッド・サークルへと派遣された『クリムゾン・アウル』部隊の一人。

レッド・サークルから帰還後に冒険者をやめる。

国の監視対象者であるため、セントラム王国を出ないように命令。

住居のあるホワイトシティを出る場合にも報告が必要あり。

レッド・サークルで行われた極秘任務について世間または他組織に開示する可能性は極めて低い。

監視は継続し、自由に行動させるのがいいと思われる。

ハンターとしての能力が非常に高いため、何かがあった際に十分に使える人材である。


えっ?ちょっと待って。どういうこと?

国の監視対象?

レッド・サークルで行われた極秘任務?

『クリムゾン・アウル』部隊?

全部、はじめて聞くんだけど。


情報はあるかと思ってたけど、これは話が違う。

内容が大きすぎる。

なんかまずい気がする。

とりあえずもっと情報を探そう。

ほかには……「仮面と刀に関する報告レポート」


タリッサさんが書いた文章だ。ええと、

闇市と繋がりのあるブローカー経由で調べたところ、

仮面と刀は闇市のオークションで競売に出され、

大富豪のハロルド・コーデン氏によって落札された。

だが、その翌日、コーデン氏は死体となって森で見つかった。

彼の護衛を務めていた傭兵に話を聞いたところ、

森で道を塞がれたあとに狂戦士一人がコーデン氏の馬車に向かって突撃し、

護衛の兵を殺しながら馬車まで辿り着き、

コーデン氏を殺害、刀と仮面を奪って逃走した。

傭兵は雇い主が殺されたため、そのまま逃亡したとのこと。


ということは、あの刀は今、その狂戦士が持っているってこと?


ほかに、ほかに何か情報は?


「オラベラ?」


「えっ?」


「こんなところで何をしているんだ?」


うそ……、なんでここにいるの?

……テッド兄さん!


石畳を踏む靴音が近づき、扉口の影がすっと伸びた。

入ってきた男は、刈り上げた黒髪に一本の古傷を頬へ斜めに抱え、

苔色のマントを肩に流している。

革鎧は使い込まれて沈んだ艶を帯び、

上腕のスケイル状のガードが光を細く弾いた。

腰には実用一点張りの短剣、飾り気はないが、柄は掌に馴染み、

鞘の出し入れに無駄がないことを物語る。

目つきは鋭い。けれど刺すような冷たさではなく、

状況を一手先まで読む癖のある者の視線だ。

歩き方は静かで、体重移動がほとんど音を立てない。

鍛えた者に特有の重心の低さがある。


「テッド兄さん、こんにちは。いや、お久しぶりです。お元気でしたか?私?私は元気ですよ。私はですね、ええとですね、そう!学園の課題で調べたいことがあったので……、そうです!それです。ミレニアム学園の課題で来ているのです。ははは、へへへ……」


「なるほど、学園の課題のために前日殺害されたタリッサ・グレイウィンドの記録文書が必要なのか」


「あ、ええとですね。それは…、それは……」


「オラベラ」


「はぁい!」


「オラベラが、俺に見られないように、見事に文書をすぐに背中に隠したんだから、俺はそれが何の文書かを知るよしもない。そこは『そんなことがあったんですか?』や『タリッサ・グレイウィンドって誰ですか?』と自然に答えられればまだ、挽回チャンスはあった」


「あ!そっか!でも、見えてないのにテッド兄さんはどうやって私がタリッサさんの記録文書を見てたとわかったんですか?」


「それは俺が王城文庫の全記録文書のありかを記憶しているということと、オラベラをよく知っているからだ」


「そ、そっかぁ……」


今、全記録文書のありかを記憶しているって言った?

でも、テッド兄さんなら普通にありえる……


「国王陛下、女王陛下はこのことについてはご存じ?」


私は首を横に振る。


「わかった。調べたいことは調べられた?」


「う、うん。できたと思う」


「じゃ、すぐにここを出たほうがいい。このあと、数人がこの部屋に来る予定となっている」


「うん、ありがとう。テッド兄さん」


「……学園で何かあったかオラベラ?」


「いろいろありました」


「そういうことじゃない。オラベラを変えてしまうようなことはあったかと聞いている」


「ええと、……どうでしょう?そんなことはないと思いますが……」


「そうか。変わった顔してたから気になった」


「変わった顔?どんな顔ですか?」


「悪いことをしたあとになんとか逃れようとする、ずる賢い顔だ」


「え?そんな顔してた?」


「ああ、久しぶりにオラベラのその顔を見た」


「そ、そっかぁ」


「肩の重みが取れたというか、何か吹っ切れた感じがするぞ」


吹っ切れた?

……その言葉で私は彼の言葉を思い出す。


(鎖を切れ!)


少しは鎖を切り始めたのかな…、私。


「嬉しそうだな、オラベラ」


「え?嬉しそうだった?」


「はは、自分で気づいていないのか。まあよい、記録文書を閉まって、早く行きな」


「ありがとうテッド兄さん。あの、お父様とお母様には」


「みなまで言うな。わかっている」


「へへ、うん。またね」


「また、お会いするときまで、オラベラ王女殿下」


テッド兄さんは私をからかうように貴族伝統のお辞儀をした。

ふふ、テッド兄さんに会っちゃった。嬉しい!

二人でいるときは私を王女扱いしないから超好き!

でも見つかったのがテッド兄さんでよかった。

ほかの人だったら絶対にお父様とお母様に話がいっていたはずだ。


よし!今日は帰ろう。

情報を集めにきたけど、

予想をはるかに超える情報がありすぎて頭がパンクしそう。

一回学園に戻って整理しよう。


といっても、

人をきれいに真っ二つにできるロングソードサイズの武器って……

『刀』と考えるのが妥当だよね。


日曜日


ーオプティマスー


私は昼過ぎに学園の正門から馬車に乗り、ホワイトシティへと向かった。

目的は『ミランダ』に会うため。

日曜日を選んだのは、基本的に日曜日は休みの日と聞いていたからだ。

お休みの日にお邪魔をするのは申し訳ないけど、

仕事帰りで疲れた後の時間帯に邪魔されるほうがよっぽど嫌なのだろうと考え、

この曜日のこの時間にした。


ミランダに会いに行くのは私の過去の手がかりを探すため。

しかし、私はミランダという人のことを覚えているわけではない。

彼女について知っていることは全部聞かされた話だ。


その話によると、

ミランダはホワイトシティのスラム区で四人の悪党に襲われていたらしい。

スラム区はホワイトシティの中でも治安が最悪のところで人が殺されても、

それが有名人などでなければ問題にさえならないらしい。

それはそれで大いに問題があると思うのだが、今は置いておこう。

で、どうやらその悪党四人はその少女に乱暴をしようとしていた。

そこで私が登場するようだ。

私は武器も持たずに自分よりも体格の大きい四人組に立ち向かったというのだ。

私の助けで少女は何もされずに逃げることができた。

そして、私はその四人と戦い、全員の撃退に成功した。

その後、駆けつけた衛兵がその四人が気絶していたところを捕らえたと聞いている。

どうやら記憶を失う前の私は中々の使い手だったらしい。

だが、その戦いでその四人の誰かに脇腹を刺されたようで、

私は血を流しながらスラム区の裏路地でのたれ死ぬ運命だった。


だが、運命は私にまだ役目があると考えたのか、私は死ななかった。

助けた少女、ミランダが助けが来るはずのないスラム区で助けを求めて叫んだというのだ。

あとで聞いたのだが、少女が一人スラム区で大きな声を上げること自体が、

「私に乱暴してください」と同義のようだ。

だから、私が助けた少女は、命懸けで私を救おうとしたのだ。

そして奇跡が起きた。

『セバスチャン・アウグスティン』という名の奇跡が。

ミレニアム騎士団の所用でたまたま近くにいたセバスチャン先生は彼女の声を聞き、彼女を保護。

彼女が先生を私が戦っていた場所に案内し、先生が私を見つけた。

先生に治療され、私は命を取り留めることができた。


この話のメイン人物は私であるが、なにせ記憶がないため、

何度聞かされても、何度自分の頭で反芻してもピンと来ない。

そんなことが私にできたのかと、そんな勇気が私にあったのかと、

そんな英雄のような行いを私はやったのだと聞いて驚くばかりだ。


そもそも自分はなぜ、あの場所に、あのときにいたのかさえわからない。

それに関する情報が少しでも得られればと思い、

私が助けた少女、ミランダに会いに行くのだ。


貧困区にあるミランダの住宅を訪れる前に、商店街で食料を買っていった。

セバスチャン先生からミランダがとても貧しい家庭だと聞いている。

セバスチャン先生にもらったお金で買うのはなんか申し訳ないけど、

少しでも彼女の助けになれればと思い購入した。

受け取ってくれるだろうか?逆に失礼と思われはしないだろうか?

心配だ。

身だしなみはちゃんと整えた。

セバスチャン先生の服だから着ているものだけは見栄えがいいはずだ。

それで中身の悪さを少しでも誤魔化そう。

そんなことを考えながら私はミランダの家と思われる場所に着いた。

中から子供たちの声が聞こえる。

恐る恐るドアをノックする。

それはすぐに開かれた。

私を出迎えたのはとても小さい生き物だった。


「わー!!誰?王子様?」


小さい男の子は目を輝かせながら私を見つめる。


「オプティマスと申します。ミランダ様はご在宅でしょうか?」


男の子は返事をせずに扉が開いたまま中に入っていった。


「お姉ちゃん、オプマスっていう王子が会いに来たよ」


「えっ?なんのこと?」


そして彼女が扉のほうに歩いてきた。


ほこりを含んだ風に髪がほどけ、

日に焼けた肌には洗い落とせない薄い汚れが残る。

すり切れた布の服は肩で波打ち、

肋の呼吸がわずかに見える。

それでも、目だけは不思議とやわらかい。

寒さと空腹に慣れた瞳の底に、

まだ人を疑いきれない火が灯っている。


「……本当に来てくださったんですね。すみません、こんな格好で。ああ、恥ずかしい。来ることを知っていればもっと家をきれいにしたのに、すみません、すみません」


少女は慌てながらいろいろ口ずさんでいた。


「ミランダ様でございますでしょうか?」


私が話すと彼女はおどおどしていたのがぴたっと固まり、


「……はい、私です」


「よかった。ミランダ様にはかねがねお会いしたいと心の底から願っておりました。失礼を承知で申し上げますが、少しお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ど、どうぞ」


なぜだろう、私を見たときは慌てふためき、

私が話したらすごくおとなしくなった。


ミランダは私を家の中に通してくれた。


「すみません、あなた様のような方には窮屈で汚らしい家だと思いますが、どうぞお掛けになってください」


申し訳なさそうにミランダが私に言う。

家の中には私が来たことで隠れてしまった三人の子供がいた。

隠れたといっても私が珍しいのか、全員私が見える位置にいる。


「そんなにかしこまらないでください。それに立派な家です。お招きいただきありがとうございます」


私の一言一句を目を輝かせながら聞くミランダ。


「そして、申し遅れました。私はオプティマス。ミレニアム学園のしがない生徒にございます」


私はセバスチャン先生に教わった淑女への挨拶の作法に則り、

ミランダの手を持ち、その甲にキスをした。


ミランダの顔が急に赤くなり、彼女の体の力が抜けていくのがわかった。

まずい!


彼女が倒れそうになったので私は彼女を支えた。


「ミランダ様、大丈夫ですか?」


受け止めたままそう聞くとミランダの顔がさらに赤くなり、

鼓動も早くなっていくのが感じられた。


「は、はい。すみません。少し心臓が飛び出しちゃいそうで」


「心臓ですか?医者をお呼びしましょう」


「いいえ、大丈夫です。本当に大丈夫です。オプティマス様が離してさえいただけたら治ると思います」


「これは大変失礼しました。お許しを」


「全然全然、いや…というわけじゃなく、いきなりだったので驚いてしまって。って何言ってるんだ私」


ミランダが落ち着くのを待っていると子供たちが出てきた。


「お兄ちゃん、誰?」

「お兄ちゃん、王子様なの?」

「お兄ちゃん、お姉ちゃんと結婚するの?」


「ちょっとあんたたち!バカなことを言わないの!」


三人の言葉にすぐに力を取り戻すミランダ。


「すみません、礼儀を知らない子たちで」


「いいえ、そんなことはありません。そちらの強そうな彼は私の名前を聞き、ミランダ様に私が来たことを立派に伝えてくれました。もう二人は私たちの話の邪魔をしないように静かに待っておられました。とても礼儀正しい子たちですよ」


私の言葉に少年と二人の少女は胸を張り、

「どうだ?偉いだろう?」って顔をした。


「そう言ってくださって本当にありがとうございます」


「そうだ、ミランダ様。失礼と思わないでほしいのですが、少しばかりの品を持ってきました。よろしければ受け取ってはいただけないでしょうか?」


「そんな、申し訳ないです。受け取れません」


「ミランダ様、私はこれからあなたに私の勝手なる要求をします。ですが、要求だけをしてあなたに何も与えないというのは私の心が許しません。どうか、私の心を想って、受け取ってはいただけぬだろうか?」


また、少し固まってから返事をくれた。


「……はい。そこまで仰るのであれば」


「ありがとうございます」


私は買った全ての食料をミランダに渡した。


「あの、私たちこれから食事なんです。よかったら一緒に食べていきませんか?」


「そんな、私が家族の大切な時間を邪魔するわけには」


「えー、食べていってよ」

「そっちのが楽しいじゃん!」

「王子様と一緒に食べたい」


「この子たちもそう言っていますしどうでしょうか?」


「かしこまりました。あなたたちと共に食事をいただけるのはとても光栄です」


そのあと、五人で食事を取りながら、楽しく話をした。

話したというより、おもに子供三人の話を聞いていただけだが、

私にとってはとても楽しい時間だった。

男の子の名前はマーク、

彼と同じ歳の女の子はマルタ、

一番小さい女の子はミラナ。

三人ともとても元気で、珍しくお客さんが来たのを喜んでいた。

少し心苦しかったのは、

元々量が少ないだろうと思われる食事は私が来たことでさらに少なくなり、

一人一人の皿に乗った量はとても少ないものだった。

それでも私の皿に一番の量の食事が乗せられていた。

私は正直、食べなくともよかったが、

彼らに恥をかかせないため、何も言わずに食した。

その料理は具材が少なく、味が薄く、とてもシンプルなものだったが、

私が食べたどんな料理よりもおいしく感じた。

味ではない。この食事には何かがあった。

味なんてどうでもよくなってしまう暖かさがあった。

お腹だけではなく、心までいっぱいになるなにか。


「質素な料理で申し訳ありません。毎日なんとか食いつないでいるような状況でして。具材もほぼ入ってないのですが、その代わり愛情をたくさん注ぎ込んでおります。ですが、お口に合わないのでしたら無理に食べていただく必要がありませんよ」


愛情か…

そうか、だからほとんど味がしなくともこんなにおいしく感じるのか。

愛情をこめた料理すべてがこれほどおいしいのなら、

私は毎日愛情のこもった料理が食べたい。

私は皿にあった料理を全部食べきってからミランダに返事をした。


「私が今まで食べた料理の中で間違いなく一番のおいしさでした。これは詭弁ではなく私の本当の思いです。これを毎日食べられる弟たちが羨ましくなったほどです」


ミランダは頬を赤らめる。


「そうだろう、そうだろう!お姉ちゃんは料理うまいんだぜ!お買い得だよ王子のお兄ちゃん!」


マークが自慢げに言う。


「マーク!へんなことを言わないの!」


私は記憶がある限りで最も楽しく、幸せな時間を過ごした。

少しの間ここに来た目的を忘れるほどにここが居心地よかった。

記憶はないけれど、記憶があったときを含め、

自分がこんなに嬉しい気持ちになるのがすごく久しぶりだとなぜかわかった。


だけど、幸せな時間にも終わりが来る。

食べ終わると、みんなで後片付けをした。

そのあと、ミランダは弟たちに私と二人っきりで話さなきゃいけないことがあるからこの部屋にいるようにと、

どんな音が聞こえても絶対に寝室に入ってこないでと強く言いつけた。

私は彼女のその注意を不思議に思いながら彼女についていった。


寝室には古びたベッドが一つ。

小さな枕が三つあるから普段は弟たちがそこで寝てるのだろう。

ミランダは部屋の端にある寝袋のようなもので寝ているのだろうか?

彼らの父と母は?

いないのだろうか……


私が部屋に入るとミランダはドアを閉めた。

そしてベッドの近くまで行き、何かを覚悟したような顔で私に言った。


「オプティマス様、あなたは私の命の恩人です。その御恩に報いるため、私はいかなる覚悟もできています。私の身も心もお好きにお使いください」


……えっ!?

もしかして、命を助けたお礼に私が彼女の体を求めていると勘違いされている?

ならば大きな誤解だ。

そんなことをすれば彼女を襲うとした下郎と変わらないではないか。

誤解は解かねば、でも彼女にも彼女なりのプライドと覚悟があるのだろう。

それを傷つけずにどうにか断らなければならない。

……どうしたものか。


「ミランダ様」


「……はい」


「正直に申し上げますと、とてもそそられる話ではございます。そなたのような美しき方と一夜を過ごすのは男の身であればそれを望まぬ者はいないでしょう。ですが、そなたは『恩に報いるため』と仰いました。私は一個人として当たり前の行動をしたに過ぎません。そもそも報いてもらう恩はありません。それに紳士としてそなたをそういった理由で抱くわけにはいけません。そなたのような淑女が体を預けるべき相手は、そなたが心に決めた相手のみでございます」


……ミランダはしばらく何も言わずに立ち尽くしていた。

そして泣き始めた。

私が泣かせた!?

丁寧に言葉を選んだはずなのに。


慰めるためにそっと近づく。

落ち着かせるためにベッドに二人で座る。

そして言われる。


「こ、こんなにいい方だったなんて。私は…、私は…、てっきり…。それでもあなた様ならいいと思ってたのに…、なのに、なのに、こんなにいい人が存在するのならもっと早くに出会いたかった!うぇぇー」


そして彼女はさらに大きく泣いた。

私は彼女を抱きしめ、慰めた。

しばらくすると泣き止み。

二人でベッドに深く座り、壁に背中を預けながらいろいろと話した。


ミランダは語ってくれた。

お母さんが病気で亡くなったこと。

お父さんは飲んだくれで、ほぼ家に帰らず、

帰ったとしても何もしない人であること。

なのでミランダが可能なかぎり仕事を掛け持ちして弟たちの生活費を稼いでいること。

私が彼女を助けた日も危ないとわかりながらも生活費がギリギリであったためスラム区での仕事を引き受けたこと。

その後、ミレニアム騎士団から少しばかりの援助があったことと、

もうそれが近々止まってしまうことも。


そして私が聞きたかった内容についても話してくれた。

私が記憶喪失だということと記憶を取り戻すためにどんな些細なことでも教えてほしい、

それが私の彼女への勝手な要求であると伝えたら、


「そうならそうと言ってください。すごいかしこまった言いかたするから勘違いしちゃったじゃないですか!」


と少し笑われながら、呆れられながら言われた。


だけど、新しい情報はなかった。

ミランダも四人の男に捕まった状態で周りが全く見えてなかったとのこと。

だから私がどこから出てきたのかはわからない。

わかるのは彼女に一番最初に乱暴をしようとしていた男に私が膝蹴りを頭に食らわし、

一撃でノックアウトさせたことだった。

そのあと、私に「逃げろ」と言われたため、

ほぼ何も考えられない状態でそれに従って全速力で逃げた。

大通りに出ると脳が回転するようになり、

私のことを思い出し、助けを求め叫び出した。

叫んだ場所がスラム区だということも、

そこで叫べばさらに危険になる可能性は考えられていなかったらしい。

でも、それがよかったとも言った。

あそこで物事をちゃんと考えられていたら声を出さなかったかもしれないからだと。

そうしたら私は死んでいた。

そのときもそうだったけど、こんないい人だとわかった今、

絶対に死なせるべき人でないと言ってくれた。

そして改めて私に感謝をした。

私も彼女に感謝した。

それと彼女が助けを呼んでくれたおかげで私の命が助かっただけじゃなく、

自分が尊敬するセバスチャン先生と出会ったことと、

彼に推薦されてミレニアム学園の生徒になれたと説明した。


「今の私があるのはミランダ様のおかげです。感謝してもしきれません」


私がそう言うと、彼女はすっと息を吐き、頭を私の肩に乗せた。


「あの日、お互いに出会えてよかったです。もし神様たちによる運命の巡り合わせなら、私は彼らに感謝してもしきれません。オプティマス様と会えて本当によかったです。その日から私の毎日は希望に溢れています。そして今日、こんなにも幸せだったのは久しぶり……。いいえ、初めてです」


彼女は私に寄りかかりながら言った。

私は彼女をそのままにした。

私も幸せだった。

このままこの時間が終わってほしくなかった。


……それが聞こえたのはそのときだった。


(せ…)

(せ…)

(せ…)


私は慌てて声のした方向を確認しようとする。


(せ…)

(せ…)

(せ…)


だが、いくら探しても声のする方向がわからない。


(せ…)

(せ…)

(ろ…せ…)


私は目を閉じ、全神経を研ぎ澄ませる。

そうして、声の出どころを見つける。

頭の中……、自分の頭の中だった!


(せ…)

(ろ…せ…)

(殺せ!)


目を開けると目を閉じたミランダの顔がすぐ近くにあり、

私の右手は彼女の喉元に当てられていた。


「はっ!」


私は慌ててベッドから立ち上がった。


「……オプティマス様?」


私はもう帰らなければならないとミランダに告げ、慌ててその場を出て行った。


私は周りに気を留めずに歩き続けた。

なんだ?あれはなんだ?今の声はなんだ?

……私は誰なんだ!?


ーオラベラ・セントロー


ミレニアム学園にて


今日、日曜日は朝から、

アラベラ、エリザ、アンジェリカ姐さん、

セレナ先輩、アエル先輩、ミランダ先輩とお出かけした。

ブアちゃんとスラビちゃんも誘ったけど、どちらも課外活動を行うとのことだった。

うん、二人とも頑張ってて偉い!

街でいろいろと店を見て回り、おいしいレストランで食事を取った。

王女の私の姿を見て驚く人も一定数いたけど、

みんなが気を利かせてミレニアム学園の話をすると、

「ああ、ミレニアム学園の生徒さんになったんだ」と納得する。

と言っても、子供時代は街で遊びまくってたから、

そもそも街の人たちには私はそこまで珍しい存在……ではないはずだ。

うん、そう思いたい。


夕方になって学園に帰ってきた。

ちなみに行きの馬車で元気マックスだったアラベラとミランダ先輩は帰りの馬車で爆睡してた。

二人とも美人なのに、アラベラは私の、

ミランダ先輩はセレナ先輩の膝の上に頭を置き、

ヨダレを垂らしながら寝たのである。

セレナ先輩はあいかわらずそれに文句を言いながらもミランダ先輩の頭を決してどけることはなく、

優しく撫でたりしていた。

ちなみにアラベラは寝相が悪くエリザに寝ながら蹴りを入れると、

エリザがアラベラの体を両手で押し、馬車の床に落とした。

アラベラは「ん?もう着いた?」と寝ぼけていた。

と、午前・午後はとても楽しい一日だった。


十分に気晴らしができた。

このあとは昨日のまとめをしたい。

だから、私は一人で散歩がしたいと言ってみんなと別れた。

セレナ先輩に、


「街をあんなに歩いた後にまた散歩とか、オラベラの体力はどうなってんのよ?」


と少し呆れられたが、


「気をつけていってらっしゃい。男には気をつけるのよ。……悪い男によ!いい男だったら連れてきなさい。私がスピーク・フリーリーで確かめてあげるわ」


と冗談を言っていた。

冗談だよね?

なんか目が真剣だ……


そして私は特に行き先も決めずに歩き始めた。


タリッサさんについて一回まとめてみよう。


・自宅で殺された。

・場所はホワイトシティ郊外、街を出て数時間でたどり着ける場所。

・殺される直前まで争った形跡はなし。

・殺害直前まで二人で食事していた痕跡はあった。

・胴体切断


これによって、


・街からでも日帰りできる距離。

・犯人は隠密能力のとても優れた者か、もしくは知り合いだった。

・一緒に食事していた相手が犯人か、犯人の襲来時にその相手は逃げた可能性。


そして、犯行に使われた武器が、おそらく王城から盗まれた「刀」。


それとタリッサさんについてわかっているほかの情報。


・刀の窃盗事件について調べていた。

・セントラム王国の監視対象になっていた。

・クリムゾン・アウルという部隊に所属していた。


そして、レッド・サークルで行われた極秘任務に参加していた。


この極秘任務って何?

まず、任務とは?

レッド・サークルの政府と交渉することをわざわざ『任務』と呼ばないよね?

まぁ、仮にそうであったとしても『極秘』にする必要なんてない。

ミレニアム協定国家連合はレッド・サークルでなんかやろうとしたってこと?


レッド・サークルでの極秘任務。

……『で』ってどこのこと?

貿易島はレッド・サークルの領土だから、そこもレッド・サークルではあるけど、

レッド・サークル『本島』を指してることも考えられる。

入ったってこと?

入ってはいけない法律があるレッド・サークルの本島に……


もし…、もしそうならレッド・デーモンが戦争を始めたというのは嘘になってしまう。

いや、完全に嘘じゃないのだけれど、彼にとっては正当な理由を持つことになる。

レッズじゃない者がレッド・サークル本島に入った。

彼らの法律では、それは死刑である。

身分関係なく、ミレニアムナイトであっても関係はない。


待って、待って、それじゃレッド・デーモンが戦が大好きで、

人を殺すのが好きだから戦争を始めたというのは……ミレニアム協定国家連合の嘘?

情報を操作されてるってこと?


……いや、落ち着こう。

私が見た書類でレッド・サークル本島に入ったとは記載されなかった。

私のただの憶測に過ぎない。

ただ、もしそうであったのならば、

ミレニアム協定国家連合はとんでもない情報操作を行なったことになる。

お父様はそれを知っているの?知っていて承認したの?

……やめよう。これは私の憶測。今はそれに過ぎない。


タリッサさんに戻ろう。

……と言ってもほかに情報はないか。

彼女について調べるんなら……

どちらにせよ、レッド・サークルでの極秘任務について調べなければならないということか。


だからと言って何度もほいほいと王城文庫の機密書庫に入るわけにはいかない。

お父様とお母様に知られるだけじゃなく、

ミレニアム協定国家連合が本当に絡んでいるなら情報自体が消される可能性もある。

というより、大事な情報はもうそうされている可能性はある。

極秘任務の内容に関する情報はタリッサさんの記録文書にはなかった。


テッド兄さんなら……

ダメダメ!テッド兄さんに頼んだらなんでもすぐに解決しちゃう。

それじゃダメなんだ!

まずは自分でなんとかやってみよう。

どうしてもダメなときに頼ろう。

ミレニアム協定国家連合が絡んでいる場合、

テッド兄さんに危険が及ぶことも考えられるしね。


そうすると残るは、クリムゾン・アウルのほかのメンバー。

彼らに直接話しを聞けば、さらに何かがわかるかもしれない。

でも、ほかのメンバーに関する情報は何もない。

レッド・サークルに派遣された交渉団がクリムゾン・アウル?

それとは別?交渉団と極秘任務部隊に分かれていた?

新聞だと何人捕虜にされていたとか記載がなかったから捕まっていた人数すらわからない。

レッド・デーモンは交渉団全員を捕虜とした、という書き方だった。

ミレニアムナイト三人は確実に交渉団のほうにいたはず。

でも、極秘任務をもしレッド・サークル本島で行う場合、

一番成功率が高いのって……ミレニアムナイト。


あー、ダメだ、さっきから悪いことしか思い浮かばない。

ミレニアムナイトが他国の法律を破るわけないじゃないか。

……ないよね?


気づくと私はかなりの距離を歩いてたみたいだった。

頭をあげるとそこにはオメガ寮が見えた。

あれ?私って全く別のことを考えながら歩いてここに着いたの?


(ウィリアムくん…)


ふと思ってしまう私。

少し彼に会いたいと思いながらも特に彼に用があるわけじゃないので、

そのまま逆方面を向こうとしたときに声をかけられた。


「ベラ?ここで何してんの?」


「ンズリ!……ええと、ええと、散歩してたら気づいたらここにいて。ははは……」


「ウィリに会いに来たの?」


ンズリに睨まれる。


「違う!本当に違うの!私、さっきまで考えごとをしていて、本当に気づいたらここにいたんだ」


「はあ!?そんなのうちが信じるとでも思ってるの?てかそれってどういうこと?適当に歩いたら運命の神様にウィリのところに連れてこられたとでも言いたいわけ?」


「運命!?ううん、違う、違うのンズリ」


どうしよう……

ウィリアムくんと私の間には何もないってことをどうすれば信じてもらえるんだろう。


「ごめんなさい、ンズリ。もっと早く私のほうから話に行くべきだった。私もいろいろあって、試験日以降まともにンズリと話せてなかった。今時間ある?何があったか説明させて」


ンズリはあいかわらず腕を組みながら私をにらむ。


「いいわ、聞いてあげる。でも嘘をついたらダチでも許さないからね!いい、ベラ?」


「う、うん。もちろんだよ」


そして私はンズリはオメガ寮の近くを離れ、

学園の庭園にあるいくつものベンチの一つに座った。


そして私は学園に入ったときからのことをンズリに話した。

アラベラとエリザと話すときとは違い、

私のことを心配させすぎることを恐れずにいろいろなことがすらすらと話せた。

試験日で大きなショックを受けたこと。

そのまま楽しく過ごそうとしたけどエドワードとのいざこざがあり、

精神的に追い詰められたこと。

臨時リーダー決めのときに自分の失態でみんなの期待を裏切ったことと、

エドワードが臨時リーダーになったこと。

心も精神も不安定で一人になりたくて危険区域に行ってしまったこと。

そして、そこで危ないところをウィリアムくんに助けてもらったことと、

彼が話を聞いてくれたことを話した。


ウィリアムくんが自分について私に話してくれたことは伏せた。

彼が自分についてどこまでンズリに言っているかわからないからね。

だけど、彼と意図的に会ったわけでもなく、

会う予定もなかったということははっきりさせた。

でも、ウィリアムくんのおかげで大分立ち直れたことは伝えた。


「だから本当にウィリアムくんとなにかあるわけじゃないの。そういうふうに見えたならごめんなさい」


しばらくンズリは私を見つめた。


「……なーんだ。全部うちのはやとちりなのかよ。ていうかベラ大丈夫?めっちゃ大変だったね。つか、なんでもっと早くうちに言ってこないのよ?ダチだろう?」


あれ?うちのことを心配してくれてる?


「ご、ごめん。ンズリに相談したくなかったわけじゃないよ。誰にも相談できなかったというか、何を相談すればいいのかすらわからなかったんだよ。でも、今は大丈夫よ。もう諦めないと決めたから」


「ふーん、本当に大丈夫そうだね」


「うん、大丈夫」


「ウィリのおかげ?」


「えっ?ええと……、そう…なるかな」


「へへ、さすがウィリ」


そう言うンズリは自慢げだった。


「つか、そのエドワードってやつマジありえないくない、つかマジ最低!話してもないのに大嫌いになったわ」


「はは、あんまり嫌わないであげて。心の奥では悪い人じゃないはずだから」


「えー!!あれをされたあとで庇うの!?どんな広い心してんのよベラ!?うちなら絶対話さないどころか半径十メートル以内に近づいて欲しくないわ」


「ははは、それは言い過ぎ。ははは、でもちょっとわかる」


「でしょう?そんくらいしたほうがいいって」


「ははは。うん、考えとく」


「ああああああああああ!!!」


「どうしたの!?」


「まずいんだよベラ!うち、やっちゃった!ウィリはなんも悪くないのにうち、彼と距離とって、話しもせずに無視し続けて、今週ずっと一人にしちゃった」


「だ、大丈夫だよ。ウィリアムくんは話してくれたらわかるよ」


「大丈夫じゃないんだよベラ。今週だけはそれをやっちゃはいけなかったの!」


「ど、どうして?」


「ウィリはなんか街の人になぜか嫌われちゃう…呪い?みたいのがあって。今週の課外活動で毎日街に行ってたから、相当つらかったはずなの!」


え?そうなの?ウィリアムくんってそんな呪い持ってるの?

でも金曜はアルファとオメガは一緒だった。

そんなのがあれば気づくはず。

なんで気づかなかった?

私、ウィリアムくんの周りなんて見てなかった。

……彼しか見てなかった。


「ベラ、なんで頬が赤くなってるの?」


「え?赤くなってる?」


「うん、めっちゃ」


「めっちゃ!?やばい、なんでだろう?」


「やばいのこっちだってベラ!絶対ウィリつらかったはずなの、なのに私は自分のことばっかで、一番彼の側にいてやらなければならないときに一緒にいてあげれなかったの」


肩を落とし、落ち込むンズリ。

慰めるために彼女の背中をさする。


「しかもね、なぜかザラサが毎日ウィリと一緒にいるようになって、話しかけたくても二人になれるときがなくて……、やばいよベラ……。ザラサにウィリを取られたらどうしよう?」


「そ、それはきっと大丈夫だよンズリ」


「大丈夫なの?」


「うん、大丈夫」


「えっ?なんで?なんでそう言い切れるの?」


「ええとね、多分ねウィリアムくんはザラサちゃんの恋人じゃなくて『パパ』だから」


「はぁい!?パパ?」


「うん、この数日ずっと見てたけど、あれはパパと娘って感じ、それかお兄ちゃんと妹って感じだよ。恋人って感じじゃないと思うよ。たぶん…」


「そうなんだ。じゃ、ザラサに取られる心配はないんだ」


「う、うん。今はそうだと思うよ」


「今って!?」


「いや、将来なにがあるかわかんないからさ」


「そ、そっか。そうだよね」


「とりあえず、恐れずにウィリアムくんと話しなよ。この前、話してわかったけど、真正面から正直に話すとウィリアムくんは真剣に話しを聞いてくれるよ。そして、おそらく自分が必要としている答えを出してくれるよ。例え、それが自分が聞きたくない答えであってもね」


ンズリはしばらく何かを探るように私を見つめた。

そのあと、自分の頬を両手で二回叩き、


「よし!うん、わかった。ありがとう、ベラ!とりあえずうちが全部悪い!ウィリに真剣に謝ってくるよ。もうこれ以上離れていたくない。早くウィリの腕にくっつきたい!」


「本当に好きなんだね」


「うん!大好き!」


ンズリがそう言ったとき私の心に痛みが走り、少し苦しくなった。

……なんで?


「ああ、もうこんな時間、今から行ったらさすがに迷惑か。もうー、今日中に話したかったのに」


「それでオメガ寮に?」


「うん、そうだよ!そこでベラいたからめっちゃびっくりした」


「そ、そっか。邪魔しちゃったようでごめん」


「ううん、私もベラと話せてすっきりした。それに何があったかもわかったし、今度ウィリと話せるときはまっすぐに話せると思う。むしろありがとうだよ」


「そう?ならよかった」


「うん、じゃ、そろそろ戻ろうか。学園内とはいえ結構遅いからね」


「そうだね、そうしようっか」


「うん!またねベラ」


「うん、またね!」


そして、二人はそれぞれの寮に向かって歩き出した。

ンズリの足取りは軽く、肩の重みが取れたように見えた。

それとは逆に、

ンズリがウィリアムくんのことが好きだと聞いた瞬間から、

私の心はなぜか落ち込んでしまった。

だから……なんで?

ンズリもウィリアムくんも友達。

応援したいのに…

……なんでこんなに苦しいの……

読了ありがとうございます!

次回は――教える声が鼓動に重なり、からかいが一瞬の刃に変わる。

守りたい気持ちと、言えないひと言。

その裏で、学園は“順位”に揺れる。

☆・ブクマ・感想、とても励みになります!

第20話は【11/6(木)】公開予定

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探偵オラベラ、事件解決できるか?! オプティマスはなんか…大丈夫か?
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