第1話:入学日の朝(オラベラ・セントロ)
ーセントラム王国ホワイトシティ・セントロ城にてー
ミレニアム紀300年年4月1日。
今日は待ちに待った入学の日だ。
五年前から私はこの日を楽しみにしている。
ミレニアム学園、世界最強の騎士団であり、世界の守護者であるミレニアム騎士団のナイト様たちが唯一先生として教える学校。
そして、六歳までにミレニアム騎士団から勧誘がなかった場合にミレニアムナイトになれる最後のチャンスを与えてもらえる場である。
また、ミレニアム学園を卒業できれば将来は安泰とされており、どんな職場であってもミレニアム学園の卒業生を大歓迎する。
と、この世界一との呼び声が高い学校に入学するメリットはたくさんあるが、私がミレニアム学園に入学したかった理由は先ほどあげた理由のどれでもない。
私が学園に入学したい理由はとてもシンプル、『五年間の自由』。
これを得るためだ。
ミレニアム学園には特殊な決まりがある。
それはどんな身分であっても学園在学中はその身分でなくなり、ミレニアム学園の生徒という身分になること。
この決まりを受け入れなければそもそも入学ができない。
人は皆、平等であるという考えを持つミレニアム騎士団らしい決まりだ。
平民の方々にはこの決まりはさほど問題ではないのだろうけど、貴族、王族にとっては結構大きな問題である。
国での行事に参加できず、貴族、王族としての勤めを最大五年間こなせなくなるためだ。
厳密に言えば学園に許可をもらえれば行事に参加などはできるのだが、強制されることがなくなる。
参加したくない行事に参加しない。
やりたくない王族の勤めをやる必要がない。
王族なのだからこれをしてはいけない、あれはしなければならないと言われないのだ。
この決まりは生徒全員に適用される。
そこにはもちろん私、オラベラ・セントロも含まれる。
ミレニアム学園が位置するこの国、セントラム王国の王女であっても例外はない。
つまり、私はミレニアム学園に入学したことで五年間の自由を手に入れることができた。
ずっとやりたかったけどできなかったこと、いつもは禁じられていたことができる。
この窮屈な生活から解放されるのだ。
私はそれがうれしくてうれしくて仕方がなかった。
起きたときから顔がにやけている。
「はは、こんな顔じゃお母様とお父様に怒られるな」
鏡に映る少女は、桃色の髪をさらりと揺らし、まるで宝石のように輝く紫の瞳をしていた。
整った顔立ちに、引き締まった腰と豊かな胸、そして女性らしい丸みを帯びた曲線。
その姿はまさしく女神のようで、人々が「この世で最も美しい女性の一人」と称えるのも無理はなかった。
だが、当の本人はそんな評価などどうでもよかった。
オラベラ・セントロは、ようやく手に入れた五年間の自由のことしか頭になく、
「退屈な式典に行かなくていいんだ!」と胸を躍らせていたのである。
荷物の準備は昨日に終わらせた。あとはもう馬車に乗って向かうだけだ。
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
返事をしてオラベラはドアを開けた。
「お父様!お母様!お、おはようございます」
「もう準備ができているのですか?普段の行事もこれだけ準備が早ければ大助かりなのですが」
「まぁまぁ、そう言ってはやるな。オラベラも緊張してるのだろう。それで早く起きて準備ができた。それだけのことだ」
厳しい言い方をしたのはお母様でこの国の女王ヴィヴィアン・セントロ。
それを優しくなだめてくれるのがお父様でこの国の国王アルドリッチ・セントロ。
どちらともいつも通りって感じだ。
あと、早く起きたわけではなく、緊張というかわくわくでほとんど寝れてない。
「オラベラ」
「はい」
「今日からあなたは王族の勤めを外れ、ミレニアム学園生になります」
「はい、お母様」
「ですが、それはあくまでも机上でのことです。ミレニアム学園生になるからと言ってあなたがこの国の王女であること、次期女王になるということは変わりません」
「…」
「学園生活中であっても、セントロ一家を、この国を代表していることを忘れないこと。いいですね?」
「…。はい、お母様」
「あなたはこの数年でとても成長しました。いやいやながらも王女としての勤めを果たし、以前のようなトラブルも激減しました。そこは私も評価しています」
「あ、ありがとうございます」
「それがミレニアム学園生になった途端に”やんちゃ姫”に逆戻りをされては困ります。あなたのミレニアム学園への入学を承諾したのはあなたの成長に期待してのことです。私の言っていることの意味はわかりますね?」
「はい、お母様」
「まぁまぁもう良いではないか。オラベラはちゃんとわかっている。そこまでにしなさいヴィヴィアン」
「あなたはいつもオラベラに甘いのです。しっかり言わないとこの子は何しでかすかわからないのですよ。今までだって何度もおおごとになっているのです」
「確かにそうなのだが、オラベラはわがまま勝手に問題を起こしたことは一度もないだろう?全部誰かを助けるためだ。それこそ王家の鏡であり、我が娘として誇らしいことこの上ない」
お父様は優しい。いつも私のことを見守ってくれて、肯定してくれる。
そしてお母様は厳しいけどそれも全て私のことを思ってのことだ。
二人とも大好きだ。私は二人にハグをした。
「こらこら、そうやって誤魔化そうとしてもダメですからね」
「ああ、我が可愛いオラベラよ。会えなくなるのが寂しいな」
お父様とお母様とそうしているとその後ろから小さな生き物が勢いよく飛びついてきた。
「お姉ちゃんずるい!僕も僕も」
「ははは、ごめんごめん。うん、アルドも」
そして弟のアルドを交えて四人でハグをした。
私は家族が好きだ。
このように四人だけでいる時間は大好きだ。
だけど、それ以外の時間が嫌いだ。
お父様がほぼ一日中王様としての勤めをしているから一緒にいられないのが嫌い。
私の将来のためといって私が興味がないことを学ばせるお母様は好きではない。
私と弟を退屈な行事に参加させるのも、興味もない知らない偉い人たちと会うのも嫌い。
だから私は王族に向いていないと思う。
だけど人は自分の生まれは決められない。
平民が王族の生活を羨むように私は彼らの生活、特にその自由さを羨む。
だからこその五年だ。
この五年で全て発散する。
できるだけ多くのことを体験する。
そしてその五年が終わったら王女としての勤めをちゃんと果たそう。
コンコンとまたドアがノックされる音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼いたします。陛下、馬車の準備が整いました。いつでも出発が可能でございます」
「うむ、行くとしよう」
お父様が返事すると執事は私の荷物を持ち、馬車に運んでくれた。
お父様もお母様も弟もミレニアム学園まで送ってくれる。
お父様とお母様も多忙なのに絶対送ると約束してくれた。
そして、その約束を果たしてくれた。
王家を乗せた馬車を護衛するのはセントラム王国の大将軍であるマルクス・グリフィンとその親衛隊。
王家の馬車の中で家族としての時間を過ごす。
次にこのようにして四人でいれるのはいつになるのだろうか?
夏休みには一度戻る予定だけど、お父様もお母様も忙しいからな。
でも、今の私はただただ笑顔だった。
だって今日からもう退屈な式典に座って「王女は笑顔を崩さないように」、「王女は姿勢正しく」、「王女は一言一句を選んで」って注意されることはない。
そう考えていた私にお母様が、
「姿勢正しく」
と、注意するのだった。
危ない危ない。
別れるまでは油断はできない。
注意されながらも、結局は笑顔でいっぱいのまま、私たちセントロ一家はミレニアム学園に向かうまでの時間を楽しく過ごした。
ミレニアム学園が位置するのはセントラム王国の首都であるホワイトシティの東郊外、危険地帯であるファラ山脈付近。
だけどミレニアム学園はセントラム王国の学校ってわけではない。
四百年前に世界大戦と呼ばれた大きな戦争があった。
ヒルダ大陸に限らず、他の大陸でも同様に起きた。
そしてこの世界の国々を巻き込んだ戦争に終わりが見えなかった。
世界の人口の三分の一が犠牲になったと歴史本に残っている。
この戦争を終わらせたのがミレニアム騎士団。
彼らの登場で世界大戦は終わりを迎えた。
ミレニアム騎士団と条約を結んだ国々が勝利する形で。
その国々はミレニアム協定国家連合を作り、その国家連合がミレニアムナイトを輩出できる機関を求めて、できたのがミレニアム学園である。
よってミレニアム学園はどの国にも属さないニュートラルな場所だ。
そのため世界各地の生徒が在籍している。
ミレニアム学園への入学方法は三つ。
出願、推薦、条約による入学だ。
私は出願で自分の情報が書かれた書類を提出するだけ。
テストや面接はない。
その一年後に合否が決まり、合格していたらミレニアムナイトから直々にそれを知らされる。
その翌四月からミレニアム学園へと通うことができる。
他国の生徒はこの期間にセントラム語を学ばなければならない。授業をはじめ、基本的なことはセントラム語で行われるからだ。
自分で教師を用意できない者にはミレニアム騎士団が講師をつける。
また、入学を知らせられるときに、ミレニアム騎士団およびミレニアム学園の機密事項を守るという誓約書に署名しなければならない。
この誓約書に同意しない場合、入学は認められない。
主な内容は、ミレニアム騎士団が秘密と定めたことは、家族や国家の偉い人たちを含め、誰にも教えてはならないというものだ。
ミレニアム騎士団は相当な秘密主義者らしい。
ちなみに、もしも破った場合はミレニアム騎士団からの制裁があるみたいだ。
どんな制裁なのだろう…少し怖いけど、おもしろそうでもある。
出願ができるのはミレニアム平和協定を結んでいる国々、またはミレニアム不可侵条約を結んでいる国々の人に限られる。
推薦入学はミレニアムナイトが世界各地で見つけたミレニアムナイトになれる素質がある者を学園に推薦するものだ。
推薦入学では協定や条約を結んでいる国とかは関係なく、どの国出身であっても問題はない。
在学期間中はその生徒にセントラム王国での滞在が認められる。
そのため、ミレニアム学園には文字通り世界各国の人が集う。
条約による入学は珍しいが、平和協定もしくは不可侵条約を結ぶ際に、友好の証としてミレニアム学園に生徒を送るというものがある。
一昨年アルトリア王国が不可侵条約を結んだときには、円卓の騎士のガレス卿とモードレッド卿がこの方法で入学している。
二人は今年、私の一年上の先輩になる。
そして今年は、あの悪鬼、レッド・デーモンと同じく、レッド・サークル出身の生徒二人がこの方法で入学する。
はずだったんだけど、実際に来たのは一人だけだった。
しばらくして馬車は目的地、ミレニアム学園前の広場についた。
馬車から降りるとそこには自分が住んでいる王の城よりも大きい城がそびえ立っていた。
何回か行事で来たことはあるけど何回見てもきれいなところだ。
湖の上に城が建設されているため水の流れを生かしたアートがいくつもある。
そしてここは大将軍マルクス・グリフィンさんの娘、マウディアお姉さんが通い、ミレニアムナイトになった場所であり、私がこの世で最も尊敬する人、テッド兄さんが最後の最後までクラス対抗戦で競い、敗北した場所でもある。
あの完璧なテッド兄さんが敗北したと聞いたときは信じられなかった。
テッド兄さんは何をやっても完璧でミスなんてしない、負けるわけがない、どんなことであっても成功させると私はずっと信じていたんだ。
実際に武力でも知恵でもこの国にテッド兄さんに並ぶものはいない。
それくらいテッド兄さんは偉大なのだ。
だが、彼はミレニアム学園のクラス対抗試験に最後の最後で負けた。
そのことは私にとって大きな驚きで、自由を求める以外のミレニアム学園に入学する理由の一つになった。
テッド兄さんでさえも確実な勝利を得られない場所に興味を持った。
ここで自分を試したい。
テッド兄さんが優勝を目指したように私も優勝を目指す。
テッド兄さんに比べれば、私は全然大したことないんだけど、それでも自分の精一杯を尽くそうと思う。
改めて覚悟が決まったところで聞き慣れた声が聞こえた。
「オラベラ」
「オラベラ」
私の大親友の二人、アラベラ・トゥドルとエリザ・ダルビッシュの声だった。




