第18話:すれ違う想いと従属の儀
ーサムエル・アルベインー
「あんたね、プリンセスはやめてって言ったじゃない!というか、まだ私を嘘つき呼ばわりするとかなんなの!?私はあなたのことを心配して、大丈夫かどうかを聞きたかっただけなのに!昨日一瞬いい人だなと思った私の気持ちを返して!もう、本当ありえない!」
オラベラがまたもやウィリアムに怒鳴る。
けど、なんか……楽しそう?
まぁ、そこはいいや。
問題なのは隣のライオンだ。
めっちゃ「はぁ?」って顔してる。
それはそう、「日曜日はどうする、どうする?」って意気揚々と土曜日聞いてたのに、
ウィリアムが「明日は一人でいたい」って言ったから集まらなかったんだ。
それがさっきの発言だと昨日、オラベラとウィリアムは一緒にいたことになる。
後ろのアラベラ、エリザも驚いているってことは彼女らも知らなかったらしい。
「カッカしすぎ『お姫様』。ただの冗談だよ。怒った顔じゃなくて昨日みたいに笑えって」
「うっさい!……腕は平気なの?」
「うん、ちゃんとボールウィッグに治してもらったよ」
昨日の夜、ボールウィッグがウィリアムになんか術をかけていたのは治療だったのか。
そしてボールウィッグが怒ってたのは、ウィリアムが怪我してたから。
めっちゃ不機嫌だったもんな、ボールウィッグ。
そこは理解した。なんでオラベラとウィリアムは一緒にいたの?
「本当?ちゃんと見せて。じゃないと信用できない。あんたすぐに強がるから」
そう言って、オラベラはウィリアムに近づいて彼の腕を触る。
何かを確認するようにウィリアムの腕を握るオラベラ。
ンズリが怒りだしているのがわかる。
クレアも一歩下がる。
アラベラとエリザは口があんぐり。
「ほら、大丈夫でしょ?」
「我慢してるとかじゃないよね?」
「いや、あの怪我でこんな強く握られたらさすがに『いてえ』ってなるよ」
「そっか。治ってよかった」
お互いを見つめ合うオラベラとウィリアム。
あれ?嫌いなんじゃないの?いい雰囲気だ。
……ん?オラベラが誰かといい雰囲気!?えっ?
「ウィリ!」「オラベラ!」「オラベラ!」
ンズリ、アラベラ、エリザがたまらず言う。
「ん?」「なに?」
あ、この二人自覚ないわ。
「あ、ンズリとサムエルもおはよう」
何事もないかのようにオラベラが言う。
ンズリの顔が別の意味で赤くなってる。
怒りの沸騰だ。
「何しているのですか?授業が始まりますよ。教室へ入りなさい」
おお、さすがのタイミングだ、セバス先生。
まさに、一触即発のところで登場するとは。
これがミレニアムナイト…、って冗談はどうでもいいや。
危機去ってないよね、これ。
ンズリが怒りながら教室に入っていく。
いつもはウィリアムの側を離れないのに。
クレア、ウィリアムも入り、幼なじみ四人が教室の外。
「オラベラ、何してるの?」
「え?何って?」
「彼女がいる男子にそんなふうに近づいて」
「んと、ウィリアムくんとンズリ付き合ってないらしいよ」
「そういうことじゃない!」
エリザがオラベラに怒る。
オラベラはなぜ怒られているのかがわかってない。
「ヒヒヒ。オラベラ、今のは大胆だったね」
「えっ?だからどういうこと?」
「何があったかわかんないけど後で全部聞かせてもらうよ、オラベラ」
「うん、うちも聞く!取り調べ調査だ!サムエルはウィリアムくんのほうをよろしくね」
「えっ?俺?」
そして俺らは教室に入った。
いつもウィリアムの腕に絡まりながら授業を受けるンズリは俺らから距離を置いた。
同じ列には座っているけど、ほぼガンマのほうまで行っている。
クレアもンズリに合わせて彼女の近くに座る。
ンズリはどう見ても怒っている。
いつもラブラブしていることが当たり前になっていた教室全体がすぐにその異変に気づく。
だが、ウィリアムはまったく気にした様子はない。
「本日の授業を始めます。クラスリーダー、自分のクラスは全員揃いますか?」
「アルファ全員出席だ」
エドワード王子!?アルファのリーダーはオラベラじゃないの?
「ベータ全員出席しています」
誰?カサンドラじゃねぇの!?
「ガンマ全員おりますわ」
レジーナ王女。うん、これは俺の予想通り。けど本番は5月末。
「揃ってるぜ」
ここも予想通り不良くんのクレイ。
って次は俺か。
「オメガ、ザラサが来てません」
「サムエルがリーダー!?」「サムエルがリーダー!?」
アラベラ、エリザが同時に言う。
「静粛に」
うん、わかる。俺だってそう思ってんだから。
オラベラが全然驚いていないことを見ると、ウィリアムに聞いたってところか。
「サムエルくん、本日の授業は必須だ。オメガのリーダーとして授業内容を必ずザラサに伝えること。いいですね」
マジかよ……
「は、はい」
「では、始める」
セバス先生がそう言うと黒板に大きく文字を書いた。
『魔術と魔法』
ん?なんだその初歩的な知識のタイトルは?
なんかそれの派生の授業か?
「本日の授業は『魔術と魔法』、その違いについてだ。
まず『魔術』とは、
魔術は魔力というエネルギーを魔力変換させることで生まれる術だ。
『魔』力を使った『術』で魔術だ。
強力な魔術であればあるほど必要とされる魔力量は大きく、魔力変換も難しくなる。
また、魔力は全ての生命にあるとされるが、
魔力を持つからといって魔術が扱えるわけではない。
例えば、魔獣は人より多くの魔力量を持つことが多い。
だが、魔術を扱える魔獣は非常に少ない。
それは魔獣に魔力変換を学ぶ知恵が足りないことと直結する。
逆に人は初歩的な魔術を扱える知恵は基本的に持つが、
魔術を発生させるのに必要な魔力量を持つ者は少ない。
レベル1魔術を扱える魔力量を持つ人は全世界の人口の半分ほど。
レベル2魔術を扱える魔力量を持つ人は三分の一
レベル3魔術を扱える魔力量を持つ人は四分の一
レベル5以上の魔術を扱える魔力量を持つ人は全世界の人口の十分の一未満だ。
とはいってもどちらにも例外は存在する。
人で言えばこの学園の生徒はいい例だろう。
ここに在籍する生徒は誰もが高い魔力量を持つ。
測れた者の中では最低魔力量はDだった。
Aを超える者も多くいる。
先ほどあげた人口の十分の一が密集しているといっても過言ではない。
そして魔獣で言えば、そちらにいる
オラベラさんのフライングキャット・アンジー、
我鷲丸くんの大鷲・ピピが自らの意思で魔術を扱うと報告にある。
二人ともこれに間違いはないですか?」
「うむ!英雄王の相棒もまた英雄なり!」
意気揚々と答える我鷲丸。
「は、はい。そうです」
アラベラのほうを一回見てから答えるオラベラ。
アンジーはアラベラの魔獣だからね。持ち主登録はオラベラになってるけど。
「開示可能な範囲で構いません。彼らが使える最高レベルの魔術を教えていただけますか?」
「俺がもっと早く動けたり、反応できたりするやつを使うぞ!」
「おそらく、レベル3魔術『ヘイスト』ですね。アンジーのほうはどうでしょうか、オラベラさん」
「『コントロール・ビースト』や『ウォール・オブ・プロテクション』が使えます。えっ、なに?あ、あとは秘密です。それ以外にもたくさん使えます」
もうあからさまに内容をアラベラに聞くオラベラ。
「二人ともありがとうございます。どちらとも奥の手を隠しているとは思いますが、今だけの情報をもとに考えるとどちらの魔獣も希少な存在です。ピピは十年に一匹、アンジは百年に一匹に現れるかどうかの魔獣です」
教室で驚きと感心の声が交錯した。
「はいはい!」
大きく手を挙げるアラベラ。
「アラベラさん、どうぞ」
「じゃ、ウィリアムくんの魔獣は?」
「何か共有できる情報はありますかウィリアムくん?」
「ありません」
「そうですか。では、戦闘試験での活躍を元に語らせていただきますがよろしいでしょうか?」
「ど・う・ぞ」
ンズリがとなりにいないことで、
両腕を左右の椅子に掛けながら足を交差して生意気に言うウィリアム。
うん、ときどき思うが不良くんのクレイに似ている感じがあんだよな。
「アルドニスさんからの報告とジアンシュ先生との戦いを見た結果、レベル10魔術を連発できる、千年に一匹、もしくはそれ以上の魔獣……あるいはそれ以外の何かです」
セバス先生がそれを言った瞬間、教室中にどよめきが走った。
それにセバス先生は『幻獣』であることを匂わせながらも、それを明言しなかった。
幻獣は自然が生む奇跡であり、災いである。
出現するときは大抵いいことにならない。
暴走してミレニアムナイトの討伐対象になるのが普通。人に従うことはない。
だから幻獣『アイスラ』を従えるガンマの担任のアラスカ・アイスランドは世界一のビーストマスターと呼ばれているのだ。
幻獣が人に従うのはそれくらい異常なことなんだ。
「話を戻します。魔力を使った術を魔術と呼ぶ。魔術ではない魔力の使い方もあるが、それは別の機会に。この部分の説明として大事なのは魔術は説明できる、研究されてきた『技術』であることだ」
うん、そうだな。今んとこ何もすごいこと言ってないぞ。
こんなの子供だって知ってるぞ。
「では、『魔法』は?」
答えを知っている多くの生徒が手を挙げた。
だけどセバス先生が誰かを指す前に不良くんが手を挙げずに答えた。
「魔力変換じゃ行えない、業。科学で再現できない、現象。言葉じゃ説明できねぇ領域。それが『魔法』だ」
「ありがとうございますクレイくん。その通りです。なので魔法には別の呼び方もあります。こちらも答えられますか?」
「ふっ、魔法を唯一説明できる言葉は……『奇跡』だ」
「はい、そうです」
なぜか不良くんとその取り巻きは誇らしげにしていた。
「今のクレイくんの説明の通り、魔法とは奇跡である。説明が不可な現象であり、魔力量、技術の高さに関係なく再現することはできない。だが、……魔法は存在する。そして、この特別な力、魔法を宿すアイテムや物を魔法具と呼び、魔法を使える者たちを」
「魔法使い」
いつも礼儀正しいカサンドラがセバス先生の言葉を遮って言った。
「そうです。『魔法使い』と呼びます」
セバス先生は何がしたいんだ?さっきから当たり前すぎることしか言ってないぞ。
「では、どういう事象を『魔法』と呼びますか?」
セバス先生が手を挙げる生徒を指していく。
「未来視」
「失われた体の部分の復元」
「死者蘇生」
「物、生物の召喚」
「瞬間移動」
「時間操作」
「カサンドラさん、どうぞ」
「願いを叶える」
「……そうです。今仰っていただいた事象は全て『魔法』に当たります」
カサンドラは少し寂しそうに顔を下げた。
「多くの者はなぜ、こんな当たり前のことを説明しているのかと思っていることだろう。だが、大事なリマインドである」
これからの話のために一回聞く必要があったと。
「我々ミレニアム騎士団は世界を守護する使命がある。そのために日々己を鍛え、精進している。ミレニアムナイトに自分は『今のままでいい』と思っている者はいない。そうしてこそ我々は庇護下にいる国々の平和を三百年守り続けてきた。だが、我々の力だけではが及ばぬ時が訪れるかもしれない。だからこそ、騎士団は常に新たな才能を探し、育成をしている。そして、極めて稀に見つかる才能の中には『魔法使い』がいることもあれば、『魔法具』が発見されることもある。ゆえに騎士団は、それら『魔法使い』や『魔法具』を一括して管理している。ここで学び、生活する中で、それらに触れる機会はあるだろう。だからこの場ではっきりさせておく。いかなる『魔法』であっても、それは学園の機密事項に該当する。外部に騎士団が管理する魔法使い、魔法具の情報を漏らしてはならない」
魔法使いと魔法具か…
騎士団が所有していることは世間でも有名だけど、どんなのがあるんだろう?
ん?こんな当たり前なことをリマインドしてまでこれを伝えたってことはこれから魔法が見られるってこと?魔法使い!?それとも魔法具!?どちらでもわくわくするな。
だが、そんなことはなく授業の残りはなぜそういう事象を魔術で再現できないのか、実際に存在する魔法具や歴史上の魔法使いなどについての説明が行われて終わった。
本当に肩透かしな授業だった。
「一限の授業はこれにて終了する。午後の授業からは課外活動についての説明を行う。実際に移動もする。今週一日でも午後の授業に欠席するとそれだけ課外活動に参加できるのが遅れる、個人ポイントを得るチャンスをその分失うと同義と思えば良い。各クラスのリーダーは自分のクラスの全員が参加できるように務めろ」
まじかよ……
また肉作戦するしかないのか。
と言っても、移動するって言ったから馬車?
馬車に肉を置きっぱにしてもいいのかな?
「以上だ」
セバス先生がそう言った瞬間にンズリは教科書を持ってすぐに教室を出て行った。
ウィリアムは一度彼女のほうを見るもそれ以外の動きはなかった。
クレアがこっちを一度見る。
俺はクレアに『俺もどうすればいいかわかんない』って仕草をする。
クレアはンズリの後を追いかけた。
「ウィリアム、ンズリ行ったよ」
「うん、行ったね」
「追いかけないの?」
「ん?なぜ?」
「いつも一緒に移動してたじゃん」
「オレは一度もンズリに一緒に行動しようぜって言ったことないよ、サムエル。オレはそれは嫌じゃなかったし、むしろ好きだったけど、彼女がもう俺と一緒に行動しないならオレにそれを止める権利なんてないさ。オレとンズリは『友達』だからね。別にそれ以外のなにでもない」
「そう…」
そう言いながらもどこか寂しそうではある。
けど、だからってンズリのとこへ駆けつけるようには見えない。
「サムエルはどうする?」
「どうするって?」
「一緒に行くか?俺は別々でも構わないぜ」
どうしてそうなるかな?
なんか難しいな、ウィリアム。
嫌いじゃないけど、彼といると何かしらトラブルに巻き込まれるからな。
それでなりたくない臨時リーダーにまでなったし。
「……うん、そうだね。『今日』は別々に行動しようか」
「了解」
そして、ウィリアムは一人で次の教室に移動した。
それからもその日の午前はンズリはウィリアムのところに寄らず、
ウィリアムも一人で座り、誰とも話そうとしなかった。
なんか全く動揺しないところはさすがっていうか……
そっか、嫌われる体質。これはウィリアムにとっての普通なのか。
……とりあえず、昼休みにまたザラサをなんとかしないとな。
俺はまた肉を買い、ザラサを午後の授業に参加させた。
といっても毎回これをやるわけにはいかないんだよな。
なにか方法を考えないと……
あれ?なぜだ?なぜ方法を考えないといけないの?
別によくないか?ザラサが退学になるだけの話だろう?
別に俺は困らない。俺はお父さんとの約束を守れればいい。
そのうちオメガは危なくなるだろうからポイントを貯めて、別クラスに移籍すればいい。
クラス対抗なんて勝てなくていいんだ。
……いいんだよな?俺はクラス対抗に興味なんてない……。
だったらそれを考えるときのこのモヤモヤはなんだ。
「では、課外活動について説明する。まずはクイーンさんが配布した資料を見ろ。そこに、課外活動を行える場所と、獲得できるポイント数が記載されている」
・病院でのボランティア:1〜2点
・孤児院でのボランティア:1〜2点
・神殿での手伝い:1〜2点
・テスラコーポレーションでの雑務:1〜2点
・魔術協会での研究手伝い、貢献:0〜5点
・メジャイ協会での研究手伝い、貢献:0〜5点
・冒険者ギルドのクエスト達成:0〜10点
ふ〜ん。授業や学園内での活動でも個人ポイントを得られるが、
主なポイント入手方法はこっちのようだな。
テッド兄さんたちが昼になるとホワイトシティを駆け回っていた意味がわかったよ。
ただ単に評価や成績を上げようとしていたのではなく、ポイント稼ごうとしてたのか。
ん?でも、待てよ。午後の授業を休んで課外活動してたってこと?
午後の結構早い時間で街で何度も見かけたぞ。
移動時間が合わないな。課外活動するなら授業をスキップしてもいいのか。
「まず、はっきりさせておく。課外活動をどれほど行うかは個人の自由だ。ただし、許可されるのは授業時間外のみだ。授業中に課外活動を行なった場合、その活動で得たポイントは全て無効になるだけでなく、さらに減点もある。よく覚えておけ」
だったらやっぱり時間が合わないな。
「また、夏・冬休み期間は課外活動を行える日数に限りがある。それと冒険者ギルドはクエストによって拘束時間が大きく異なる。平日に受けられるのは危険度の低い、便利屋としてのクエストくらいだろう。だが、週末に討伐クエストなどに参加し大きく稼ぐことも可能だ。ただし、冒険者ギルドで受けられるクエストの危険度は戦闘評価によって異なる」
S+++:全危険度
S++:危険度9まで
S+:危険度8まで
S:危険度7まで
A:危険度6まで
B:危険度5まで
C:危険度4まで
D:危険度3まで
E:危険度2まで
F:危険度1まで
「クエストに適した戦闘評価と推奨人数を満たしていれば、学生だけでもクエストを受けられる。同じクラスでパーティーを組む必要はない。パーティーのメンバーは全員同じポイント数がもらえる。また、クエストを受ける条件を満たしたプロの冒険者パーティーのサポーターとしてなら、戦闘評価に関係なくクエストに参加可能だ。ただし、その場合はプロの冒険者に認められる必要がある。そして、冒険者ギルドのクエストを多くこなし、実力を示せば、『パーティーリーダー』の称号を得ることもある。この称号を持つ者は、戦闘評価を満たさない生徒をクエストに同行させる権限が与えられる」
冒険者ギルドだけなんか特別なルールがたくさんあるな。
「今週の月曜から金曜にかけて、資料に記載された七箇所へ挨拶と登録に向かう。今週の午後の授業はすべて、その挨拶周りに充てる。今日からは、登録を済ませた場所で課外活動を行うことができる。そのまま課外活動を行うのも、学園に帰るのも自由だ。挨拶に伺う順番と日程は、配布した資料を確認しろ。また、人数が多いので、クラス別での移動となる」
オメガのスケジュールは
月:魔術協会と病院
火:メジャイ協会と孤児院
水:神殿(ガンマと合同)
木:テスラコーポレーション(デルタと合同)
金:冒険者ギルド(アルファと合同)
今週毎日ザラサを連れてこようとすると、
一か月で稼げる以上のポイントを消費するな。
……だからなぜ悩む。さっさと切り捨てろ。
「では、これから移動する。全員ついてくるように」
そして、俺たち全員はメイン校舎の地下へと向かった。
なぜ地下?正門じゃねぇの?
地下の施錠された大きな部屋にはそれはあった。
童話やファンタジー小説とかでよく出てくるあれだった。
まさか、本当に実在していたとは、『ポータル』。
学園メイン校舎の地下に空間移動装置『ポータル』があった。
それはドアのような形をしていた。先生が何かしらの道具で近くの装置を起動すると、そのドアから青い水のような何かが流れ始める。
先生が装置をいじると水の奥に景色が見えた。
見たことのあるようなところ、全く知らないところ、
この世にそんなとこあるのというところまで、
いろいろ見えた後にある別の部屋に景色が止まった。
その場所の景色が鮮明になったところで先生が再度装置を動かすと流れていた青い何かが赤に変わる。
そして先生の指示のもと俺たち一人一人がそのドアを通っていった。
ウィリアムはなぜかこの装置を嫌な目で見ていた。
全員がドアを通って別の部屋に出た。
時間にしては一瞬、ドアを通ったときも一瞬違和感を感じるだけで何も変化はない。
最後に先生がポータルの注意事項を伝えた。
・もちろん機密事項に該当する。
・使用可能時間が決められている。
・課外活動や学園の事情による移動にのみ使用可能。
(遊びに行くときなどでは使えない)
などが主だった。
みんな、部屋から部屋へ移動しただけだから、
本当に空間移動ができたのかを半信半疑になっている。
だが、階段を登りミレニアム騎士団本部のロビーに出たときは自分を含め信じさるを得なかった。
空間移動をしたのだと。
先生は改めてこのことについては情報を漏らさないように伝え、
俺らはミレニアム騎士団本部の門から外に出た。
そこは俺が育った街、
ホワイトシティのミレニアム騎士団本部が位置するミレニアム区だった。
驚いている間もなく、クラスごとに分かれ、移動を開始した。
クイーンさんに引率されながら魔術協会と中央病院に挨拶に行った。
挨拶が終わるとリーダーの俺が様々な書類にクラスメイトの情報を書いた。
知らないことも多く、一人一人に聞かなければならない場面もあった。
例えば、アンバーがコロンベラ帝国出身で貴族令嬢であること、
我鷲丸は金髪、青い目なのにイェン帝国が支配する領地の一部出身であること、
ブヤブとザラサはホワイトシティ郊外、ウッドエルフの王国、ヴァンドル王国との境にあるナポリアという街の近くの領地の出身だったことなど。
それぞれの施設からも注意事項が書かれた書類が渡され、
クラスメイトに説明はしておくようにと言われた。
そして、魔術協会でも中央病院でも俺らの担当になった者は俺が前から知っている方々で
「アルベインのお坊ちゃんがこんなに立派になって」
「さすがアルベイン家の次期頭首様ですね」
と褒められた。
だからリーダーは嫌なのだ!期待するな!俺は目立たずにやっていきたいんだ!
こんなじゃ、お父さんとお母さんにもリーダーになったことが知られてしまう。
それはまずい、まずいぞ。これ以上期待されたくない!
どうにかして臨時で終わる方法を考えなければ……
そうだ!適当にやればいいんだ!
適当にやっていればいいし、ザラサも放っておけばいい。
それとウィリアムからも距離を取れば、
実際は俺が彼に対して何も影響力がないことがみんなに知られるだろう。
そうすれば俺が本リーダーに選ばれることはない。
うん!それだ!それで行こう!
それで……、だからなんなのだこのモヤモヤは!?
ウィリアムは街中ではその能力を……
いや、そう呼ぶのはもうやめよう。
本人の意思でそうなってないのはもう明らかだ。
誰が望んでこんな扱いを受けるかよ。
その『呪い』が効果を発動しまくった。
周りが向けられる嫌な目線に、悪意ある囁きが彼に向けられる。
そして今回は俺が彼と距離を置いていたことに加え、
どんなに悪意を向けられようとも愛してくれるンズリがいなかったことで、
ウィリアムは本当に孤独に映った。
ああ、確かに堂々としていたさ、俺らなら耐えられないだろう。
だからそれだけでやつはすげえよ。
でも、慣れてるってのは『嘘』だ。
友達になったからなのかはわかんないけど、俺にはわかった。
ウィリアムは傷ついていたと。
挨拶と登録が終わったあと、俺は帰った。
今日はどんな活動もする気は起きなかった。
帰りながら思った。
ンズリがこの場にいたなら、
「みんなでどっかでポイント稼いでいこうぜ」と言ってただろう。
それか、「どっかの店に寄ってから帰ろうよ」とか。
ウィリアムは「しょうがねぇな」って顔をしながらもついていき、
クレアは「まぁ、私はいいけど」とか言いながら乗り気満々で来て、
俺は……、俺は……、もういい。これを考えるのをやめよう。
俺にはなぜか不安があった。
もしかすると俺にはこの時点でわかっていたのかも知れない。
めっちゃ最高で楽しかった学園での一週間目がもう戻ってこないことを。
火曜日
ーオプティマスー
私、オプティマスと名付けられた者は臨時リーダーになれなかった。
元々記憶がない者、自分が誰だかわからない者がリーダーをやるべきではないというのは自分自身の言葉だ。
ただ、私が前週、皆を集め、皆をまとめ上げた自負があった。
それにアンバーをはじめ、投票前の木曜の夜に私に投票してくれると言ったクラスメイトが何人もいた。
可能性はあった。いや、予定外がなければ確実に私はリーダーになれたのだ。
ウィリアム・ロンカルという予定外のことをしでかす者がいなければそうなっていたのだ。
リーダーとなったのはサムエル・アルベインだが、あれはウィリアムが仕組んだものである。
自分は気難しいように演じるが、サムエルには従う姿勢をわざと見せ。
寝る前にザラサをどうにかするようにアドバイスを送っていた。
実際に木曜の夜からオメガはやつの歯車に乗せられて回っていた。
いいや、もしかすると学園初日からそうだったのかもしれん。
私に投票をすると言った者も「問題児を制することができる」
という点がリーダーに適しているとサムエルに投票した。
だが、それは違う。
ザラサは肉に釣られただけであり、
ウィリアムに関しては誰も制することなどできやしない。
それだけはこの長いようで短い一週間で学んだ。
しかもなぜだか、彼は私を敵を見る目で見る。
私は彼に何かをした記憶はない。
なぜあんな敵意に満ちた目で見られなければならないのだ。
……もしかして、過去の私を知っているのか?
記憶を失う前の私を。
だったら教えてはくれないか!
なんでもいい!知りたいんだ!
何か私が悪いことをしたのなら謝罪しよう。
頭なら下げる。それで彼の気がすまないなら殴られてもいい。
だから教えてはくれないか、私は誰なのかを……
教えては……くれんだろうな。
彼とはまともに話をすることすらできない。
クラスでの話し合いはまだしも、二人となると完全に私を無視をする。
過去の私はそんなに彼を傷つけたのか。
私は彼に何をしたんだ?
そう考えながらも私は職員室にたどり着いた。
私は私の名付け親であり恩人である、
セバスチャン・アウグスティン先生に会いに来たのだ。
「オプティマスよく来たな。今、応接室を開ける。そちらで話そう」
セバスチャン先生は生徒を呼ぶときに必ず「くん」、「さん」をつける。
だが、私にはつけない。
これは私が勝手に思っていることだが、
先生が私を特別に親しみを込めてそうしているのだと考えている。
「よし、座れ。今、お茶とお菓子も用意しよう」
「ありがとうございます、先生」
「いいっていいって。で、どうだ、一週間経ったが、うまくやれてるか?」
この砕けた話し方も私といるときだけだ。ほかでは聞いたことがない。
「はい、おかげさまでなんとかやれてます。記憶はあいかわらず戻りませんが、体のほうは問題ないです」
「そうか。記憶喪失は厄介だ。この国に限らず、世界中で回復魔術が発展した分、魔術に頼らない医学のほうはあまり伸びなかった。これは数百年前からバルチョル様が指摘していた問題だ。そのため、記憶喪失に有効な治療法はいまだ確立されていない。」
「そうなんですね。そういった基本的な知識も欠けてしまっているみたいで、すみません」
「オプティマスが謝ることはないさ。君は一生懸命生きようとしている。それだけで立派だ。そういうことは徐々に思い出すか、新しく学び直せばいい」
「はい、頑張ります」
「うん、クラスのほうにもなじめているようだな。リーダー投票でも数人が投票してくれたとクイーンから聞いてるぞ」
「……はい。ですが、恥ずかしながら自分がリーダーになれると思っていました。なりたいわけではなかったのですが、状況的にそうなるだろうと確信すらありました」
「ほう。何があったんだ?」
「……邪魔をされた、のだと思います。クラスで私のことをよく思わない生徒がいて、彼が別の生徒がリーダーになるように仕向けたのです」
「それは誰だ?」
「ウィリアム・ロンカルという生徒です」
「トミーが推薦した生徒か」
「先生が『私が彼に似ている』とおっしゃってくださいました、あのトミー・ボイルズですか?」
「そうだ。彼がウィリアム・ロンカルを推薦した」
「そうだったんですね……」
「どうした? ただリーダーになるのを邪魔されただけの顔じゃないな」
「……彼、私を敵意のある目で見るんです。隠そうともしない。とてもじゃないが耐え難いときもあります。一度は我慢できずに先生がくれた剣に手さえかけました」
「抜いたのか?」
「いいえ、抜きませんでした。クラスメイトに止められました」
「そうか、それはよかった。ははは。まあ、気にするな。私とトミーも最初はそんなだった」
「そんなとういうのは?」
「お互いを殺したいほどに憎み合っていた時期があったのさ」
「でも、先生はトミー・ボイルズが唯一無縁の大親友だと……」
「ああ、そうさ。ただ最初から仲が良かったわけじゃない。私たちの代はミレニアムナイトが二人出た『奇跡の世代』なんて呼ばれてはいるが、実際は奇跡とはほど遠い。私たちは最後の最後まで一点を争う泥沼の戦いを続けた。相手を何度も陥れもしたし、向こうに何度も陥れられもした。それでも戦ううちに、友情とリスペクトが芽生えたのさ」
「そうだったんですね」
「だから気にするな。お互い、切磋琢磨していけ。君は私に推薦された最初で唯一の生徒で、彼はトミー・ボイルズに推薦された最初で最後の生徒だ。奇しくも『奇跡の世代』の二人のミレニアムナイトに推薦された君たち二人が同じクラスになれたのも何かの縁だろう。すごいコンビになるかもしれんぞ」
「……そうでしょうか」
「そうさ。これだけは言っとく、もし私とトミーが同じクラスだったとしても、喧嘩した回数は変わらなかっただろう。だが、彼と私が同じクラスだったのなら、クラス対抗戦はぶっちぎりで優勝していたさ」
「ふふ、先生はトミーさんのことを話すときはいつも嬉しそうですね」
「そう見えるかい?ならそうなのだろうな」
先生はその直後、寂しい顔をした。
「すみません。嫌なことを思い出させてしまって」
「ううん、私もちゃんと向き合わなければならない。トミーが死んだことを。レッド・デーモンに殺されたことを乗り越えなければならない」
レッド・デーモン……
トミー・ボイルズを殺し、
デルタの担任、フェデリコ・ロッチャーを破った男。
最強の世代のオメガクラス四人に捕まった男。
それ以外は全てが謎の男。
「ふー、なんか申し訳ないな。オプティマスがどうしているのか聞くために呼んだのに私の話になってしまったよ」
「いいえ。先生の話を聞くのは好きです」
「そうかね。では、また来ると良い。では、これを渡しておく」
「先生これは……、受け取れません」
「いいから受け取れ、君は若いんだ。これで街で好きなものを買ったり、友達と遊んでこい」
「ですが……」
「そこまで気にするようなら出世払いで返せ。今は受け取れ」
「わかりました。ありがとうございます。大事に使います」
先生からルカというセントラム王国で使う紙幣が入っている封筒を受け取った。
「大事に使わなくていいぞ、好きに使え。あと、君から要請があった少女の住所を記載した紙も中に入っている。ちなみに彼女の名前は『ミランダ』だ」
「本当ですか!?会いに行っても?」
「会いに行けばいいさ。そのために彼女にも話を通したんだ。君が会いたいと彼女に伝えたら飛んで喜んでいたそうだ。すぐに承諾をしてくれたよ」
「そこまで…、やはり命の恩人というのは大切な存在なのですね」
自分の命の恩人であるセバスチャンを見つめながら、オプティマスは言った。
「まぁ、それもあるだろうが、別の意味もあるだろうな」
「別の意味?どういうことでしょうか?」
「そうか。そういうことまで忘れておるのか。君は一度、鏡で自分の顔を見たほうがいい。それを他人と比べてみろ。大きな違いに気づくはずさ。だが、そのことに驕らずにどんなときも紳士であれ。良いな?」
「はい、わかりました」
オプティマスは先生に顔がとても整っている絶世の美男子であると呼ばれたことを全くわかっていないながらも、「良いな?」と言われたため、そう答えたのだった。
セバスチャン先生との話が終わり、応接室を出た。
セバスチャン先生の言葉を思い出し、廊下にある鏡を見た。
映っているのは、自分を知らない自分。
「君は誰だ?」
返事は……あるはずもないか。
セバスチャン先生はなぜ鏡を見るように言ったのだろう?
長い金髪、碧い瞳、白い肌、太くて長い眉毛、高い鼻、薄い唇。
見てもそれ以上のことはわからない。
何を期待していたのだろう。
私は一度下を向き、ため息を吐いた。
改めて鏡を見た。
「なにっ!?」
鏡に映っている自分が一瞬、不気味な笑顔をしたように見えた。
が…、すぐに自分の顔に戻った。
なんだったんだ、今のは。
もうよい、放課後の日課に戻ろう。
今日はどこに行こうか……、やはり闘技場だな。
放課後は図書館で勉強するか、闘技場に行く。
どうやら私は学習が早いらしい。
本に書かれていることは読めば全て理解できるし、覚えることができる。
人がやっている技を見て、それを完璧に真似ることができる。
魔術の発動構成を見れば、その魔術を扱うことができるようにもなる。
なので、この一週間で私は大きく成長した。
今の自分が評価試験を受ければオールFの学年ワースト1位になることはないだろう。
もしかしたらセバスチャン先生が担任しているアルファへの配属されていたのかもしれない。
だが、それを今悔やんでも仕方ない。
今、やれることをやろう。
セバスチャン先生の恩に報いるために精一杯努力するとしよう。
水曜日
ーサムエル・アルベインー
俺は月曜、火曜に続いて、今日もザラサを肉作戦で午後の授業に連れてきた。
俺に一切メリットがないのに、なぜか見捨てることができなかった。
だが、今週はいい。俺はもう今週はポイントを使ってまでもザラサを連れてくると決めたのだ!
意地でもなんでも構わない!俺がリーダーやっているうちは退学にさせない!
俺がリーダーを外れた後に退学するんなら勝手に退学しろってんだ!
そうだ!それでいい!そっちのほうがすっきりする!
二か月だけだ。ニか月だけ面倒見てやる。
でも、犬っころのせいで確実に一年生でもっともポイントを使ってるのは俺だろう!
くそ!授業が終わったらだらだらしたいのに、
これじゃ来週からしばらく毎日は課外活動になる。
今日はビランシア神殿での挨拶。ガンマクラスと合同だった。
ウィリアムはあいかわらず一人行動。
この二日間、ンズリたちから接触はない。
授業でもいつもの列じゃなく、別の列に座るようになった。
俺もウィリアムから距離を置くことにしたため、
ウィリアムの孤独環境が出来上がりつつある。
そんな彼に今日はフォーヤオ王女が話しかけた。
二人で笑っていたところを見ると、
フォーヤオ王女はウィリアムを気に入る側だったと思われる。
ちなみに俺は一度、「肉を見ててくれる?」
と頼んだ兎科の獣人の女の子に話しかけられた。
『キュウリ』と言うらしい。メジャイだとか。頭いいんだろうな〜。
ときどき長い耳がぴょこぴょこと動くので何故か触りたくなる。
挨拶と登録を済ませ、神殿の礼拝堂に戻ると、
ウィリアムはなぜかビランシア様の石像の前に立ち、見つめていた。
まるで像と話しているかのようだった。
ビランシアを信仰しているのか?
でも、あいつ食べる前は必ず祈ってたし、意外とそうなのかもな。
そして、なんだかんやで今日も終わりを迎え、学園へと帰る。
俺は話しかけられることを全く予想していなく、
いきなり肩に腕をかけられたため驚いた。
「おい、サムエル。ザラサのことずっとそうするつもりか?」
「……まぁ、今週はな。あいつもポイント稼げるようにならないとまずいだろう?」
「それって義務感でやってんの?それともザラサが欲しいの?」
「いや、いらねぇよ。あいつのせいで超迷惑してんだよ、こっちは」
「そっか、じゃ、オレがあいつをもらってもいいよな?」
「ん?もらう?なんのこと?」
「細かいことはいいから、はっきり答えて。ザラサを自分のものにしたいわけじゃないんだよな?」
「うん、まったく」
「そっかそっか。了解。じゃ、やっぱりオレがもらうわ」
ウィリアムはザラサを自分のものにすると言った。
「者」?それとも「物」?
「おい!ザラサ!」
「ん?なんなのです?」
ウィリアムはザラサに話しかけ、ザラサはウィリアムに話しかけられたことが嬉しいのか、尻尾をふりふりさせながら近づいて来る。
「オレ、オマエがむかつくんだよな。毎日犬臭くて敵わないし、うるさいし、超迷惑。マジでこれ以上やってらんねぇんだわ」
ザラサの尻尾が下がる。
「はあ?オマエなんなのです?ザラサに喧嘩を売ってるのです?」
「そっかそっか、そこまではっきり言わないとわかんねえんだな馬鹿な犬っころは」
ザラサはウィリアムにそれを言われたのが相当ショックなのか、
一瞬目に涙を浮かべるもすぐに頭をふんふんと左右に揺らし反撃をする。
「オマエ、覚悟するのです!ザラサはオマエをぶっ飛ばすのです!」
学園に帰ってきた組はその話を聞き、群がり始める。
そして、その中に不良くんのクレイがいた。
「おお、喧嘩か。いいねいいね。どうせやるんならイベント形式にしようぜ」
クレイがそう言うと校舎から離れたところに向かった。
そこにいた生徒も、何かが起きていると嗅ぎつけた生徒も集まって来る。
「よし、てめえら。今年第一回のタイマンイベントだ!盛り上がっていこうぜ!」
「オー!」「いいぞ」「やれやれ」「ヒュー」
なぜ、こうも盛り上がる?
「右コーナーには野獣の中の野獣。もう彼女は人じゃなく獣と言っても過言ではない、オメガの切込隊長『ザ・ラ・サ』!!」
「おおお」「いけ、ザラサ!」「そのくそ野郎をぶっ飛ばせ犬っころ!」
ウィリアムを嫌うメンツを中心にザラサの応援を始める。
「左コーナーにはオッドアイの獅子泣かせの色男にして謎の魔獣の支配者、ウィーーーリアム!!!」
「頑張れ!」「つか、魔獣どこ?」「魔獣いなきゃ無理じゃねぇ?」
うん、気づいた人も数人いるが、今ボールウィッグはいないのである。
つまり、ウィリアムが勝つ可能性は0である。
無謀でしかないのである。
「そろそろ賭けは締め切らせてもらうぜ。その前にかけたいやつはアルフィ、ラトナ、ノクティシアに声をかけろ」
賭けとんのかよ!
つか、集まってきたやつらノリよすぎない?
先輩も結構いるようだし。
って、周りを見てわかった。
いつも大人しそうにしているやつらも興奮していた。
この場をクレイとその取り巻き三人が作り出した。
いつの間にか喧嘩をエンターテイメントに変えやがった。
みんなはそれに気づかずにノッテしまっている。
「よし!これにて締め切りだ!オッズは7対3。ザラサが優勢だ!そのままザラサが勝ってしまうのか、それとも喧嘩を売ったウィリアムに策があるのか、あの最強の魔獣は飼い主のピンチに駆けつけるのか!戦いの結末を最後まで見届けろ!準備はいいか野郎ども!」
「おお」「やっちまえ!」「やれ!」「ぶっ飛ばせ!」「さっさと始めやがれ!」
クレイはウィリアムとザラサの間に立ち、腕を上げた。
「ファイ!」
クレイがそう言って、腕を下げると戦いは始まった。
ザラサはストレッチした後に一回バク転をして戦闘態勢に入った。
めっちゃ低く構えており、上段や中段の攻撃は与えられそうにない。
そしてウィリアムは戦闘試験と同じようにポケットに手を突っ込んでふてぶてしく立っている。
違いはその肩にボールウィッグがいないこと。
あと、……獅子ギャルの応援がないことだ。
「謝るなら、ザラサはオマエを許すのです。オマエだけは特別なのです。だからさっさと謝るのです」
ザラサが構えを崩さずに言う。
その声のトーンからわかる。
ザラサは戦いたくない。
さっきもあんなひどいことを言われて、ザラサは悲しんでいた。
ひどいことを言われたからじゃない。
おそらく元々好きだったウィリアムにそんなことを言われたから傷ついたのだ。
他の人ならザラサはその場ですぐに殴ってボコボコにしてただろう。
ウィリアムだからこんな状態になっているのだ。
そして今もウィリアムが謝れば「やめる」とザラサは言ったのだ。
ザラサはウィリアムを傷つけたくないんだ。
ザラサがここまでの理性を表したのは初めてかもしれない。
なんだか彼女がかわいそうとまで思えてくる。
「うるせぇよ、犬っころ。さっさと来い!」
ウィリアムの言葉に、ザラサはあからさまに肩を落とした。
これから戦闘だというのに、尻尾は垂れたまま地面を引きずっている。
「なんでなのです!ザラサはオマエとだけは戦いたくなかったのです!だけど、もう怒ったのです!許さないのです!」
そしてザラサは一歩でウィリアムの目の前まで近づき、
パンチ一撃を彼の顔面にぶち込んだ。
おそらくは手加減をしたのだろう。
それでもウィリアムは戦闘評価F。
これに全く反応できず、直撃。
数メートル後ろにぶっ跳ばされ、後ろにあった木に体ごと直撃する。
俺を含む観客どもはすぐにウィリアムの近くに駆け寄った。
息はしていたが、完全に気絶していた。
「勝者、ビースト・オブ・ビースト・ザ・ラ・サ!」
クレイはそう言いながらザラサの腕を持って上に持ち上げた。
歓声を上げる者もいれば、「あっけねえ」と文句を言う者もいる。
それに構うことなくクレイとその取り巻きは掛け金の回収と支払いを始める。
ザラサはおどおどしながらウィリアムに近づく。
喧嘩に勝ったのに、顔が真っ青で、冷や汗をかいている。
自分はいけないことをしてしまったという気持ちと、
ウィリアムは大丈夫なのかを心配する気持ちが入れ混じった感じだ。
ウィリアムは動かない。
やばいな。医務室に連れて行くか。とりあえず回復魔術をかけよう。
そう思ったとき、ウィリアムは目を覚まし、半身を起こした。
「いってえな」
「おい、大丈夫か、ウィリアム?」
慌てて聞く。
「めっちゃいてえ。頭がジンジンする」
「だろうな。待ってろ。今、回復魔術をかける」
「ザラサはオマエとだけは戦いたくなかったのです!ザラサはオマエが、オマエが……、オマエなんて大嫌いなのです!!」
そう言って、ザラサは走り出した。
その目には涙を浮かべていた。
すごく早いためすぐに見えなくなった。
でも走った方面は学園の敷地外の山脈のほうだった。
「オマエは何がしたかったんだよ、ウィリアム。ボールウィッグなしじゃ無理に決まってんだろうが」
そう言いながら俺はウィリアムに回復魔術を施した。
だが、彼の傷はまったく癒えなかった。
はあ?どういうこと?
「まぁまぁ、果報は寝て待て。なんか、戦いがもう終わっているみたいになってるけど、オレはギブアップしてないし、まだまだ動けるぜ。負けてなんかねえ」
「てめえは馬鹿か!誰がどう見てもオマエの負けだ!」
「だったら勝手にそう思ってればいいさ。じゃあな、サムエル。オレはまだやることがあるから行くぜ」
そして、ウィリアムはザラサが向かった方向へ向かった。
ーザラサー
危険区域に隣接するエリア、立ち入り禁止区域にて
「あいつはなんのです!?なんでザラサに喧嘩売ったのです!?ザラサはあいつとは喧嘩したくなかったのです。あいつとは……仲良くしたかったのです……」
ザラサは涙を目に浮かべながら独り言を川の前でぶつぶつ言っていた。
「ザラサが謝ればまた仲良くできるのです?」
「うーん。でもザラサは悪いことをしていないのです!そうです!全部あいつが悪いのです!」
「なんであんな酷いことをザラサに言ったのです?ザラサはやっぱり悪い子なのです?全部をダメにするダメな子なのです?だから、ザラサはいつも一人なのです?」
ザラサは耳がしゅんと伏せており、視線も落ち、尻尾は垂れたままであった。
「サーザ、ごめんなさいなのです。お姉ちゃん、やっぱりダメみたいなのです。ザーサの夢、お姉ちゃんは叶えられそうにないのです……」
「サーザって誰だ?」
ザラサはすぐに戦闘態勢に入った。
毛が荒立ち、神経を極限に研ぎ澄ませた!
獣人爪を出し、牙も見せ、相手を威嚇する。
「うんうん、それそれ。それが本気のザラサだよね。それを倒せないと言うことを聞いてくれないでしょう?」
そこに立っていたのは「あいつ」だった。
でも、さっきと格好がまるっきり違う。
立ち方が違う、話し方が違う、雰囲気が違う。
そして、何よりもザラサは気がつかなかった。
あいつがすぐそこに立つまで気がつかなかった。
今までの人生、一度たりともそんなことはなかった。
敵、味方関係なく、近くにいれば臭いでそれがわかる。
自分に奇襲は絶対に効かない。
起きていようと、寝ていようと関係ない。
掴んだ匂いで確実に襲われる前に気づくことができる。
だが、それができなかった。
気づいたときにはあいつはそこにいた。
さっきまでいなかったのに気づいたらそこにいた。
一瞬前までは確実にいなかったのにそこに現れた。
ザラサには、それがとてつもなく恐ろしかった。
「オマエはなんなのです!?」
「同じことを戦闘試験のときにも聞かれたな。また名乗ったほうがいいか?」
「違うのです!オマエは誰なのです!?なぜこうも匂いが同じなのに違うのです!?」
「俺に勝ったら教えてやるよ、ザラサ」
「また、やるのです?さっきのでわかんなかったのです?オマエはザラサに勝てないのです!」
「じゃ、なぜ震えているんだ?」
ザラサは自分を見た。
震えていた。びくびく震えていた。
ミレニアムグランドマスターと戦ったときですら震えなかった自分が、
怯え切った子犬のように震えていた。
「うるさいのです!ザラサが、ザラサが一番強いのです!オマエなんか怖くないのです!」
「そう…。じゃ、改めて勝負だ、ザラサ。ザラサが勝ったらオレはザラサの言うことなんでも聞く。でもザラサが負けたら、ザラサは俺の『もの』になる。ザラサの命が尽きるまで永遠に」
「ガルルル!!ザラサはオマエなんかに負けないのです!!」
「言ったな。じゃ、邪魔が入るといけないし、場所を変えるとしよう」
あいつは指を鳴らすと周りの景色ががらっと変わった。
さっきとまるっきり違うだけじゃなく、時間帯も違う。
慌てて匂いを嗅ぐも、今まで嗅いだことない匂いばかり。
ここはザラサが知っているところじゃない。
こんな匂い知らない!こんな場所知らない!
なんでこんなところにいるの!?
「さっき言ったことは謝る。ごめんなさい、ザラサ。オレはザラサのことはむかついていないし、うるさいとも思っていないし、迷惑もしていない。ザラサの匂いも好きだ。だからさっきのことは全部嘘。ザラサを怒らせる為のね」
ザラサはこの発言でさらに怖くなった。
なぜならもうそれでいいと思ってしまったからだ。
あいつが自分のことを嫌いでないなら、それでいい、ていうか嬉しい。
今ありえない状態の中、あいつの言葉で全て「うん、ならもう大丈夫」
となってしまう自分がいる。
それが恐ろしかった。
「じゃ、じゃ、もうやらないのです?」
「ううん、やるよ。言ったでしょ?ザラサをオレのものにするって。ザラサは自分より強いやつの言うことじゃないと聞かない。でも、勝つ可能性が残っているならいずれそいつにまた挑もうと思う。そんな感じでミレニアム学園にいるんじゃないかな?ナイトの誰かに負けて学園に入れられたかなんかでしょう?」
その通りだった。
ミレニアムグランドマスターにぼこられて、ミレニアム学園に入れと言われた。
でも、ザラサはそのグランドマスターより強くなって、
いずれリベンジすると胸に誓っていたのだ。
「だからね、オレがそういう気を絶対に起こさせないように、ザラサを完膚なきまでにやっつけるよ」
「ザラサは強いのです。負けても、絶対また強くなって絶対に最後にザラサが勝つのです」
「うんうん、思った通りだ。だから、ごめんね。半殺しじゃ、すまない。死ぬギリギリの寸前まで痛みつけるね」
ザラサは悟った。
あいつの言葉は嘘じゃないことを。
だから、戦いたくなくとも、最初から本気をだす!
自分が持つ全てであいつをぶっ飛ばす!
どっちが一番強いかを教えてやる!
そして二人の戦いは始まった。
それは何時間も続いた。
だけど、それはいい勝負をしていたからではない。
ザラサが圧倒的にやられていたのだ。
勝つ術なんかなく、一撃すらいれられない。
もう既に心が折れていた。
「もうわかったのです……。……オマエが一番強いのです。もう終わりにするのです」
「……ダメだな。わかってない。やめて欲しいから言っているだけだ。もう一度だ」
ザラサは立ち上がらない。立ち上がらなければもう攻撃はこないと思っていたからだ。
だけど、それは無情にも裏切られる。
お腹に全身をぶっ飛ばす重い一撃を喰らわされる。
数メートルぶっ飛び、口から血を吐く。
その後にも攻撃は続いた。
ギリギリ気を失わないところで止めて、息をつかせる。
ザラサが少し回復してからまた続ける。
いたぶられているだけじゃない。
あいつは時間が経過するとともにギアを上げてきた。
戦い始めたときのあいつと今のあいつはまるっきり違う。
自分が傷ついて、動けなくなっているからじゃない。
本当に徐々に力を見せているのだ。
そして、その徐々に解放される力には終わりが見えなかった。
それが繰り返された数時間後、
「ごめんな…、さいのです。ごめんなさいなのです。本当に……もう……わかったのです……」
それは今にも消えそうな声だった。
あいつは倒れているザラサの頭を太ももに乗せる。
そしてザラサの頭を優しく撫でた。
「うんうん。もうわかったね。じゃ、一回だけしか聞かないからちゃんと答えてね」
ザラサは目の光が消えそうな状態であいつを見つめた。
「ザラサは誰のもの?」
「……ザ、ザラサは、……オマエの……。ううん、ザラサは『ボス』のものなのです」
ザラサはそう言うと気を失った。
翌日、木曜からはザラサは授業に遅刻しなくなり、全ての授業に来るようになった。
いつも、どんなときもウィリアムのそばを離れなかった。
木曜日
ーンズリー
はぁ……。結局、昨日も一昨日もウィリはうちのところに来なかった。
なんで来ないのよ!?うちは理由を説明してほしいだけなのに!
ちゃんと説明さえしてくれれば許すのに!
なんで来ないんだよ……、バカ……。
だってそうっしょ!日曜日は一人でいるとか言ってたのに本当はベラと会ってたってそれは「嘘」でしょう?悪いことしたのはウィリでしょう!?
それに、なんでベラと会うのよ……、嫌いなんじゃないの?
しかもなんかベラといい感じになってたし……
あー、最悪!マジ最悪!
何が最悪って今のウィリの状況よ。
三日間一緒にいないだけで完全に孤立しちゃったよ。
ずっと一人寂しそうにしてる。
強がってても、うちにはわかる、ウィリは本当は誰かと一緒にいたいんだ。
ってなんでサムエルが一緒にいてやらねえんだよ!
こういうとき男友達が支えてやるもんじゃないの!?
まじつかえねえ!今度会ったときに懲らしめてやる。
もういいよ。もう、うちの負け。
これ以上ウィリと離れたくない。
つかこれ以上一人でいるのを見てられない。
誰かが『愛してるよ』ってウィリに伝えないといけない。
そう、それがうちの役割なんだから。
だから、もう今日、うちからウィリに話しかけよう。
何もなかったかのように彼の隣に座ろう。
説明とか謝罪とかはヨリを戻してからでいい。
うちはそう思って今日の一限の授業に向かった。
だが、到着したときに、目を疑う光景があった。
ウィリの右隣の席、『私の』席にザラサが座っていた。
それはたまたまとか、気のせいとかではなかった。
ザラサは怯えた子犬のようにウィリアムの後ろをついていった。
彼がどこに行ってもその後を追った。
全ての授業で私の席に座り、昼飯もウィリと食べた。
それはラブラブにはほど遠い感じに見えたけど、それでも嫌だった。
ザラサが授業で寝そうになると彼女の頭を撫でながら「起きて」って言うのが嫌だった、
授業が終わるたびに「よく頑張ったね」と褒めるのが嫌だった。
食べたあとのザラサの汚い顔を優しく拭くのが嫌だった。
そんなこと、うちだってされたことないのに……
今日の午後はテスラコーポレーションへの挨拶と登録。
オメガと合同だったから、今日までに仲直りして、
「どっかの店に寄ってから帰ろうよ」って言って四人で遊ぶはずだった。
なのにずっとザラサがそばにいるから話しかけづらい。
なんでこうなるの?
昨日まで一人だったじゃん。
なんでいきなり連れができているの?
もう、うちはいらないの?
あれ?うちってまずった?
登録が完了して、学園へ帰ることになった。
うちは最後までウィリと話す機会を伺いながら少し彼の後ろを離れた位置で歩いていた。
だけど、学園に帰るまで話しかけることができず、
ウィリからも話しかけられることはなかった。
そして、今日の何よりも嫌だったことはテスラコーポレーションに行く際と帰る際に街の人たちがウィリを嫌な目で見てくるのをザラサが守ったことだった。
ウィリに変な目を向くやつに彼女は「ガルルル」と牙を見せて威嚇し、「ワンワン」とも吠えた。
私のやり方とは全然違うけど、ザラサはウィリを守ったのだった。
ウィリもそんなザラサを頭を撫でて褒めていた。
ウィリを守るのがうちの仕事だったのにな……
デルタ寮一年女子部屋
「もう、ンズリいい加減にして!いつまでそうしてるつもり?」
ベッドで無気力にうつ伏せに倒れているうちを心配してクレアが言う。
「うちだって今日仲直りしようと思ったの!朝から話しかけようと思ってたの!なのに…、なのに…ああああ!!!何よあの女!犬みたいにずっと後ろをほいほいついていきやがって!」
「ね、この前も話したけどなにをそんなに怒ってるの?」
「ザラサが今日ずっとウィリと一緒にいたこと!」
「違う!ンズリその前から怒ってるじゃん!」
「……」
「ンズリ!」
「嘘をつかれたのが嫌だったの!ベラと会ったのも嫌だけどなによりもそれが嫌なの!」
「嘘じゃないかもしれないじゃん!たまたま会っただけなのかもしれないじゃん。ていうかそっちのほう自然。教室で揉めてた二人が仲良く会うなんてほうがおかしいよ」
「……そうなのかな」
「わかんないけど、可能性があるって言ってるの!で、問題がンズリがそれを確認もせずに一方的に怒ってること。これがウィリアムの嘘だったら怒っていいよ。ていうか私も怒るよ。けど違った場合、ンズリは意味もなくウィリアムに怒ってるだけ」
「わかってるけど……」
「けどなに!?」
「なんであんなにベラといい感じになってるの?クレアも見たでしょ?数日前に大喧嘩した二人の様子ではなかった!明らかにあの二人の間になんかあったって」
「だったら何?」
「はあ!?だったら何ってどういうことクレア!?うちがいながらなんで他の女の人とそうなるわけ!?おかしいでしょう!?」
「うんうん、とりあえずそこにたどり着けてよかった。で、改めてきくけど。ンズリってウィリアムのなに?」
「うちは彼の!、彼の……、彼の……」
「友達?」
「……」
「自分で言ってたじゃない、『付き合ってない』って。だったら彼が何をしていようがそこまで責める権利はないはず」
「そ、それは……」
「勘違いしないで。それがうざくないとか、怒りが湧かないとか言ってるんじゃない。自分でも同じ立場なら最悪な気分になると思う。けどね、最終的には彼が『浮気』したってことにならないよ」
「……」
「それともウィリアムとなんか約束したの?付き合ってないけど二人の準備ができるまで他の異性と関わるのをやめようとかなんか約束した?したんなら言ってよ。だったら、いっぱい怒ろうよ。私もいっぱい怒るよ。私の『友達』を傷つけやがって、ふざけんなってね」
「……してない。うちの準備ができるのを待ってはくれないって……、ウィリはそう言った」
うちは膝を抱えてうずくまる。
「そこまではっきり言うんだあいつ。それはそれでうざいね。でもこれではっきりしたよ。例え嘘だったとしても、それ以降のことは責められない。でも、まだそっちのほうがいい。嘘じゃなかった場合……。ンズリ、まずいんだよ!」
「えっ?」
「だってそうでしょう?嘘じゃなかった場合、ンズリが勝手に怒ってたことになる。ウィリアムは悪くないのに、今週ずっと彼を一人にしたことになる。どういう理由かわからないけど、サムエルも今はウィリアムといない。この数日間、彼は一人だったのよ」
「う、うん、わかってる」
「わかってない!今週はずっと課外活動で街に毎日行ってるのよ。街でのウィリアムの扱われ方は知っているでしょ?土曜日だってンズリがウィリアムにずっと付きっきりだったからよかったものをそれを一人で耐えなきゃいけないことを想像してみ!ついていけない日でもその後ンズリと一緒にいたかったはず!慰めてもらいたかったはず!ンズリも言ってたけどウィリアムって強がってるだけで本当は寂しがり屋なんでしょう?相当つらかったと思うよ。正直、私はそっちのほうを心配してた。だからンズリには申し訳ないけど、ザラサがウィリアムと街で一緒にいるのを見て少し安心した」
……クレアの言う通りだ。
うちはうちのことしか考えてなかった。
ウィリのことを考えていなかった。
説明とか謝罪とかそんなのいつでもできることだった。
うちはウィリのそばにいなきゃいけなかった。
ウィリ……
「ンズリ、もうウィリアムのこと好きじゃないならいいよ。もうこれで終わりって諦められるならいいよ。なんかそっちのほうが最終的に私はいい感じがする。……けど、そうじゃないんならこのままでいいの?」
いいわけがない。
「よくない!ウィリは好き!大好き!超好き!諦めない!」
「……そう。だったらどうするの?」
「ウィリと仲直りする!」
「うん、わかった。私も手伝うよ」
翌日からうちはウィリと話す機会を探したが、
いいタイミングを見つけることができずに、数日が経った。
うちも途中で気づいた。
いつのまにかうちがウィリを避けている状況から、
ウィリがうちを避けている状況に変わったことを。
金曜日
ーサムエル・アルベインー
水曜日の夜、門限を過ぎてもウィリアムとザラサは寮に戻らなかった。
寮長のファティーラ先輩と臨時のリーダーの俺は彼らの帰りを待つことになった。
俺ら二人が起きていたことでオメガのほかのメンバーも部屋から出てきて、ちょっとした集会のようになって全員で楽しく話した。
午前二時を回ったくらいにウィリアムとザラサは寮に戻ってきた。
ザラサはいつもの元気な様子はなく、
小さくうずくまるような形でウィリアムの後ろをついてきていた。
ザラサの格好は汚れていたものの、彼女本人に怪我はないように見えた。
「今日はもう風呂入って寝て」
「はい、わかったのです」
ウィリアムが優しく言うと、ザラサはそれに従った。
ロビーにいた全員が呆気にとられた。
ファティーラ先輩が減点を二人に言い渡そうとしたところ、我鷲丸が、
「今回は英雄王の名に免じて見逃せ」
と言うと、
「ははっ、仰せのままに」
ってファティーラ先輩は我鷲丸にひざまずきながら言った。
あいつ、バカだけど寮長のファティーラ先輩を好きにできるところはいろいろと便利そうだな。
そして次の日、木曜日の朝にちょっとした事件は起きた。
ザラサが男子部屋で寝ていたのである。
詳しく言えば、ウィリアムのベッドの足元の床で寝ていたのだ。
一回みんなで話し合ってどうする?みたいな感じになったが、
女子が男子部屋で寝たこともあり、男子はそこまで気にしなかった。
逆だったら大事件だったのだろう。
それよりもなんで床に寝てたの?ってなったところ、
アンバーとシドディが言うには、
ザラサは女子部屋でもずっと床で寝ているとのことだった。
ザラサになんでそんなことをしたのって聞いたら、
「ザラサは『ボス』のそばにいるのです!」
とのことだった。
なんでそうなったのかは誰もわからなかった。
だけど、ザラサはウィリアムの支配下に置かれたことはみんなに伝わった。
オメガクラスに知的な意味でバカは多いが本能的にバカは少ないように思う。
そのため、ザラサがウィリアムに従うのなら、それはクラスのメリットになると大半が悟った。
残りはどちらでも気にしないタイプ。
そしてその場でザラサが男子部屋で今後も寝てもいいと男子全員が承諾した。
ただし、ああいう行為は避けてくれとも。
ウィリアムはそういう関係ではないと否定し、
ザラサはなんのこと?って感じで首を傾げていた。
学園に行く前のひとときで、ここまで話せたのは、
最初のころからすれば考えられないことだった。
みんなが俺の話に耳を傾けてくれる、意見を言ってくれる、俺を中心にことが回る。
これがリーダーか……
だめだ!よせ!考えるな。二か月の臨時だ!それだけだ!
その日からザラサがウィリアムの支配下に入った効果が現れた。
朝から授業に出席し、午後の課外活動までウィリアムの側にいて、いい子にしていた。
気になるところがザラサがウィリアムに怯えているところだが、
なんかそこは詳しく聞いてはならない気がした。
だが、その日の夜、オメガ寮でガウラ先輩がこう言った。
「にゃにゃ!?ザラサのやつ完全にウィリアムに従属してしまったにゃ。にゃははは。ウィリアムやるにゃ。うちも気をつけなきゃ危ないのにゃ」
詳しく聞いたところ、獣人は圧倒的な力を見せられ、
ねじ伏せられるとその相手に従属してしまうらしい。
もうそれが獣としての本能なのだとか、
だけどあれだけ強いザラサにそれをさせるはのかなり難しいはずとも言っていた。
ガウラ先輩も、なぜかウィリアムの近くにいると彼に従いたい変な欲求が出るらしい。
やはり、嫌われる以外に、獣人、魔獣に関する別の『能力』があると考えるのが自然か。
でも、今はいい。ウィリアムとは少しの間、距離を置くことにしたのだから。
ザラサという従者ができたことでウィリアムが一人でいるって心配もなくなり、ザラサのために毎日ポイントを使わなくてもよくなった。
いいこと尽くしだ、あとは適当に二か月が過ぎるのを待てばいい。
そして今日、金曜日。
俺らオメガクラスとアルファクラスは合同で冒険者ギルドに挨拶と登録しに来た。
ここだけ来るのが少し楽しみだった。
なんだって俺の憧れがいるからな。
「若、よくぞおいでになられました」
俺の血がつながってない兄貴、『ダニロ・ブリッツ』、
『ブラックフォックス』の二つ名を持つランク8冒険者であり、
ホワイトシティ1の冒険者パーティ『フォックス・ティル』のリーダーだ。
「兄ちゃん、久しぶり。元気してた?」
「ええ、元気です。ロイド様もジェシカ様も元気にしておられますよ。アンジェリカ様は元気にしていらっしゃいますか?」
「うん、元気元気。ビアンカ姉さんは?」
「はい、彼女も元気です。登録を済ませたら若は冒険者ギルドに通う予定ですか?」
「う〜ん。どうだろう。基本的にだらだらしたいからな。でも兄ちゃんがいるならたまには来ようかな」
「ははは。ええ、ぜひ一緒にクエストを受けましょう」
「うん。ね、他のフォックス・ティルのメンバーは?」
「サンはそこでアラベラ様と話してますよ。他の二人はじっとしていられないタイプで何もクエストを受けないときは街でパトロールか訓練をしています」
「ふーん。一人が武術の達人のスパイダーダンと、もう一人が新しく入っためっちゃ強い人?」
「はい、その通りです。新人登録時にランク8を与えられてかなり噂になりました」
「でも、強くても、フォックス・ティルに新しい人を入れること自体、めったにないよね」
「そうですね。ですが、彼女とは昔から縁があったので、サンも納得されていましたよ」
「テッド兄さんの同級生だったんだっけ?」
「はい、そうです。そして、レッド・デーモンを捕まえた英雄の一人、ロビンです」
赤毛の獅子科の獣人、ロビン。どのくらい強いのだろう。
って彼女も『最強の世代』か。ちょいちょい出てくるな。
兄ちゃんと話してるとクイーンさんが受付嬢の二人と話し終わり、登録する番が来たと思いきや、
執務室から彼が出てきた。
生きる伝説、元ランク10冒険者にして、
現ホワイトシティギルド長、『ブラッド・ケイジ』。
ミレニアムナイトと引き分けたとも、勝ったともいう噂があり、
実際に若いときのマウディア姉さんと互角の勝負をした。
そのときはまだミレニアムナイトじゃなかったとはいえ、
セントラム大将軍マルクス・グリフィンの娘であるマウディア姉さんは
当時から化け物級の強さを持っていた。
実際に俺の本気モードで彼女に挑んだことがあるが、手も足も出なかった。
といっても俺もあれからだいぶ強くなったよな。
今なら……、多分いけるっしょ!
ブラッド・ケイジはクイーンさんのことを見ると、
すっと近づき、彼女の手を持ち、手の甲にキスをした。
なんて言ってるか聞こえないけど、口説いているのは誰が見ても明らかだった。
だが、横を見たときにブラッド・ケイジはクイーンさんの手を持ったままその横へ移動した。
そこにはサン姉さんと話す、エリザ、アラベラ、そしてオラベラの姿があった。
ブラッド・ケイジの喜びようを見ると、
「こんな美女に囲まれて幸せ」みたいな感じだろう。
ほかの四人はどうでもいいけど、エリザには触れないでほしい。
柄じゃねぇけど輪に入ろうかな。
お兄ちゃんを連れていけば自然でしょう。
そう思ってたときだった。
突如、冒険者ギルドに息を切らしながら慌てて誰かが入った。
そして出せる最大の声で告げた。
「おい!タリッサだ!タリッサ・グレイウィンドが……遺体で発見!」
そして元ランク7冒険者、タリッサ・グレイウィンドの死亡のお知らせで
俺のミレニアム学園での二週目が幕を閉じた。
読了ありがとうございます!
次回は――ギルドに走る急報、
王城に秘された「仮面と刀」、
そして“内なる声”が目を覚まし、
止まっていた関係が一歩だけ動きます。
面白かったら☆・ブクマ・感想、めちゃくちゃ励みになります!
第19話は【10/30/(木)】公開予定




