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ミレニアム学園 ―赤き終焉への抵抗―  作者: 赤のアンドレ
【1年生編 ー赤い脅威ー】 第2章:クラスリーダーと連続殺人事件
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第17話:最初の週末と予想せぬ衝突2

第17話:最初の週末と予想せぬ衝突2


ーサムエル・アルベインー


土曜日、ホワイトシティ、どっかのしゃれたカフェ。

俺とウィリアム、ンズリ、クレアは一緒に出かけていた。


「では、サムッチの臨時リーダー就任を祝って、乾杯!」


「乾杯!」「乾杯!」


「…………」


「なんだよサムッチ!オマエのお祝いなのに、なんで本人が一番くれぇんだよ?」


「だ、だって、こんなのあんまりだ!俺ははめられたんだ!……ウィリアムに!」


「うん、聞いた聞いた、もう十回は聞いたわそれ。推薦されただけで、みんなが投票したんでしょ?それをウィリのせいにするのは違くない?」


「そうだよサムエル。それにリーダーなんですごいじゃない。もっと喜びなよ」


「…………」


違う。違うんだ。

ウィリアムのやつは最初からこうなるように仕向けたんだ。


だから、木曜日の夜、オメガ寮に着いたとき、まるで俺の策略でそこに連れてこられたような三文芝居をかまし、

ザラサを授業に参加させるのも自分が一番の適任なのに、

俺に「オレは『まだ』ザラサのことで動く気はない」とか「なんとかしたかったら自分で動きな、サムエル」とか言ったんだ。

全部全部ウィリアムが仕組んだ!

投票の際も、


「ザラサを従わせるなんてすごいにゃ!」とフェリックスが言い、

「ウィルはサムエルの言うことなら聞きそうだから、サムエルでいいんじゃい?」とシドディが言う羽目にになったんだ。


許さん!許さんぞ!……ウィリアム。

入学一週間にして俺の平凡な学園生活を破壊するとは!


「何をそんな怒ってんだよサムエル」


騙されない、もう騙されない。

こいつはわかっている。なぜ俺が怒っているのかを確実にわかっている。

それをよくも白々しくシラを切りやがって!


「ウィリアム、俺、オマエのこと嫌いになったかも」


なるほど!オラベラが感じたのはこういうことか!

わかる!わかるぞ!

公共の場でウィリアムに怒鳴り散らしたりは、俺はしないけど気持ちはわかるぞ。


「かっかすんなって。俺はちゃんと注意したぞ」


「はぁ?いつ、いつそんなんした?聞いてねぇんだけど」


「言ったじゃねぇか。『覚えてろよサムエル。俺をはめたこと後で仕返しするっかんな!』ってよ」


「いやいや、そもそもはめてねぇから!」


「でも、俺がオメガ寮に行くこと自体はラッキーと思ったんだろう?」


「ぬぬ」


「ははは、顔に出てるよ。リーダーならもう少しポーカーフェイスができないとな」


こ、こいつ…

……………

はぁー、もういいや。

怒るのもめんどくせぇ。

なったもんはしょうがないし、もういっか。


「わかったよ。やりゃいんでしょ?やりゃ」


「まぁ、やりたくねぇって言ってもオマエに拒否権はねぇんだけどな」


こいつ、本当に!

オラベラがなぜこいつにむかつくのかが100%わかった!

今度オラベラとウィリアムのことをボロクソに言う集会を開催しよう。


「くー、ここのタピオカマジおいしいね!あ、飲み終わっちゃったよ。もう一杯頼んでくるね」


「待て、一緒に行く」


「別に一人で行けるって」


「一人で行けなかったら問題だわ。一緒に行くって言ってんの。嫌なのか?」


「嫌じゃないよ。でも、また奢るんでしょ?うち、少しならお金持ってるって」


「だったら俺とじゃない人とお出かけするときにとっておけ。いいから行くぞ」


「わ、わかったよ」


文句を言いながら、頬が赤くなっているンズリ。

嬉しさを隠しきれていない。


「オマエらはなんかいるか?」


「大丈夫」


「うん、わたしも大丈夫」


ウィリアムとンズリは注文しに行く。

クレアと俺が残った。


「サムエルはリーダーになりたくなかったの?」


「うん、そうだね。リーダーというか基本的に目立つことは避けたい」


「そうなんだ。実力を隠してるのもそれが理由?」


「ぷーっ」


思わず飲んでたものが吹き出てしまう。


「な、なんのことかな?」


「無理に話さなくてもいいけど、私はわかってるよ。サムエルの実力が今見せているものだけじゃないってことを」


ちょっと待って。入学して一週間だぞ。

そんなばれるようなことしたか?

これでも家では十五年間、実力を隠してきたんだぞ。

なにかの特殊感知スキルによるものか?

だとしたらクレアは要注意人物…

もっと観察しなければ。


俺が見つめた途端に赤面、そして顔を逸らす。

うん、やはり怪しい。使っている能力がばれるのを恐れたか。

それに彼女の体温までもが上がっている気がする。

その特殊感知を使うと体温が上がるのか?


「ど、どうしたのサムエル。そ、そんなに見つめて」


「ううん、ちょっとクレアを観察しようと思って」


「か、観察!?」


さらに赤面!

やはりこの女は何かを隠している!

暴いて見せるぞ、その能力の真髄を。


「わ、私に興味あるってこと?」


「うん。今、出た」


「今!?まぁ、いい、けど。何か知りたいの?か、彼氏はいたことな…」


「クレアって職業特訓は受けてるの?」


それを聞くの!?って顔をしている。

この方面から探るのが良さそうだな。


「うん、受けてるよ。専門の学校とかではないんだけどね。お祖父ちゃんがいろいろ教えてくれたの」


「ふーん。どの職業の特訓を受けたの?」


「ソルジャー、シーフ、エンハンサー」


「三つも!?」


「うん…」


通常は職業を一つに絞る。

そっちの方がその職業での才を伸ばすことができ、大きく成長するからだ。

二つの職業を特訓する人は相当な天才でない限り、どっちつかずな中途半端な形になる。

だから元々複合職業である、ウォリアーメイジはなるのが一番難しい職業と言われているんだ。

でも、三つって。

結局はどれも極められないどころか、まともに使えるレベルにたどり着けずに全く使い物にならんぞ。


「普通はありえない…って思うよね…。でも、お祖父ちゃんがね、その三つのジョブをね、自身の感覚で伸ばしていったすごい人なんだ。私は彼みたいになりたくてわがまま言ったの。全部教えてって。お祖父ちゃんも注意してくれたんだよ。どっちかにしなさい!せめて二つにしなさい!とね。でも私はどうしてもお祖父ちゃんと同じスタイルがよかったの。で、結局はお祖父ちゃんが折れてくれて三つ学ぶことになったの」


三つの職業を扱えるすごいやつなんて、世界に指で数えるほどしかいないと思うがな。

まぁ、クレアにとってすごいってことなんだろうな。


「そっか、いいお祖父さんだったんだね」


「うん、最高の自慢のお祖父さん!私は『クラウド・クリード』の孫であることを誇りに思っている」


「ぷーっ」


再び飲んでいたものが吹き出てしまう。


「クラウド・クリード?!?」


「うん」


「あの、伝説の傭兵、クラウド『コヨテ』クリードか!?」


「うん」


「どうしたのサムッチ?慌てた顔をして」


「姉さんが近くでも通ったか?」


ウィリアムとンズリが戻ってくると事情を説明した。


「『コヨテ』クリードの孫!聞いてねぇし!クレアめっちゃサラブレッドじゃん!」


「ああ、それは驚きだ。クレアが『コヨテ』の孫だったとはな」


「ははは、うん。驚かれるし、お祖父ちゃんの七光りって言われたくないから普段はあんま言わないけどみんなならいいかなって思って」


「言わないんだ!うちならめっちゃ自慢してるよ!学園中に言いふらしてるよ」


ウィリアムとンズリもクラウド『コヨテ』クリードを知っていた。

無理もない。

王国兵、冒険者、傭兵と様々な場で活躍した人物でそのどれもで多大な活躍をしている。

特に冒険者時代の彼の冒険者ランクは最大の10だ。

ダニロ兄さんやサン姉よりも強い。

まさに伝説の人と言ってもいい。

かなり前に活躍した人だから、今は年齢はかなりいってるはずだ。


「お祖父ちゃんは今なにしてんの?噂ではどこか遠い島で遊び暮れているって話だけど」


「わからない…」


「そう…なんだ」


コヨテ・クリードに関するもう一つの有名な噂、それはかなりの『遊び人』だったこと。

わからないって…、そういうことだろうな。


「そういうことじゃない!」


考えを読まれた!


「顔を見れば何を考えてたかわかるわよ!」


あっ、なんだ顔か。

特殊感知能力かと思った。


「私を助けるために出ていったきり戻ってこなかったの」


「……どういうことクレア?」


ンズリが聞く。


「幼い頃からお祖父ちゃんは私のこと大好きで、遊びもやめて、酒もやめて、家だって私の近くに引っ越したの。毎日会いに来てくれて、毎日遊んでくれたの。ある日から遊びは訓練に変わったけど毎日毎日私と一緒にいたの!」


クレアはその思い出を誇らしさと嬉しさ、そしてほんの少しの悲しさを乗せながら語った。


「でもね、ある日私は病にかかったの。どんなヒーラーメイジにみせても、医者に見せても治せないっていう病にね。お祖父ちゃんは稼いだ財産をほとんど使い切ってまでも治療法を探そうとした。だが、見つからなかった。そして、私は日々に衰えていって、余命残り一か月と宣告された」


みんな固唾をのんで話を聞いた。


「私が余命残り一か月と宣告された次の日、お祖父ちゃんは傭兵時代の鎧と武器を装備したまま家に来た。お父さんもお母さんも驚きを隠せなかった。『何をする気?』と聞いても答えてくれなかった。お祖父ちゃんはただ、ベッドで寝たっきりの状態の私のおでこにキスをして、『大丈夫だ、爺ちゃんが必ずクレアの病気を治す!』そう告げて出て行った」


ンズリの目には既に涙が浮かんでおり、ウィリアムも真剣に聞いていた。

あんまりこういう話に興味がない俺もクレアの話をちゃんと聞いた。


「それで!どうなったの!?クレアの病気は治ったの!?コヨテお祖父ちゃんは!?ね!」


いや、ここにこうしてクレアがいるんだから治ったのはわかることだと思うけどね。

でも、こういうことで感情を全面に出せるのがンズリのいいとこか。


「お祖父ちゃんが出て行った数日後に私の病は完治した。薬をもらったわけでもなく、魔術をかけてもらったわけでもなく、本当に突然と私は元気になった」


「よかった!」


うん、ここまでならすごくいい話だ。

でもクレアの顔は暗いままだった。


「でも…」


「でも?」


「お祖父ちゃんは戻ってこなかった」


「えっ?」


「私はお祖父ちゃんの帰りを待った。だってそれ以外に考えれないもん。お祖父ちゃんがやったんだって!私の病気を治してくれたんだって!そして帰ってくるって。でもいくら待っても帰らなかった。お父さんとお母さんはお祖父ちゃんが残してくれたお金で探索隊を雇ったけど、見つけることはできなかった」


はぁー、当たり前の可能性だけど聞いておくか。


「あのさ、これは言いづらいことだけど、亡くなった可能性っていうのは考えた?」


クレアは俺の質問に怒らなかった。


「もちろん考えたわよ。探索隊にも死亡が確認できるものでもいいって伝えたし。でも何も見つからなかった。死んじゃったならわかる。すごく悲しいけど受け入れられる。私のために命を落としたんだって。私はそれを誇りに生きていく。でも…、どうなったかわかんないのは辛くて…、今もどこかで捕まってるんじゃないかとか、帰ろうとしてるけど誰かに、何かに止められて帰れない…、そんなことを考えると……」


さすがにいつも元気ンズリもこういう話ではしょんぼりしてしまう。

ウィリアムはさっきからなんか様子が変だ、いつもの落ち着いた感じじゃない。

何か、知っている?


「だからね、私がミレニアム学園に来たのも、お祖父ちゃんを探すためなんだ。お祖父ちゃんが若いときに活躍していたセントラム王国で情報を探るのもそうだし、なによりもクラス対抗を優勝して、その恩賞を使って今度こそお祖父ちゃんを見つけてもらう!最強のミレニアム騎士団に!彼らなら絶対に見つけてくれる」


クレアは赤裸々に自分の過去、学園に来たわけを語ってくれた。

今までならこんな話、「興味ないな」で終わらせるんだけどな。

少しくらい、何か情報を掴んだら教えてやるかって気持ちが湧いた。

……これが友達ってこと?


俺たちはその日、日が暮れるまで街をぶらぶらした。

中層区を中心に周り、なるべく家族や貴族関係と会わないようにうまく立ち回った。


帰りは馬車。ちなみに行きも馬車。

ミレニアム学園の正門の前に停まっているのに乗った。

ウィリアムが払うと言ったが、さすがに俺も半分出した。

俺も金に困ってるわけじゃないからな。

と言っても、女子が払うと言うと頑なに断るのに、俺が払うと言うと一瞬で受け入れる。

この違いよ。

それとウィリアムの能力?呪い?についてさらに検証することができた。

学園で、だいたいではあるが、嫌い・普通・好きがそれぞれ三分の一に分かれるウィリアム。

街では八対二。いや、九対一にまで嫌われる率が上がる。

金を払っている客でなければ店の人だって悪意のある目で見てくるんだろうなって具合だ。

本人は自分で以前説明したように、もう慣れてる感じで微動だにもしなかった。

クレアはそのことにびっくりしたが、ンズリは以前説明を聞いてたこともあり、「こういうことか」って逆に納得していた。

ちなみに街でも獣人に大人気だ。

八百屋さんの獣人のおっちゃんに「そこのカップル持っていきな!」って言われて、ただで梨をもらっていた。ンズリはカップルって呼ばれて大喜び。

ウィリアムの説明があったとはいえ、聞いただけ、学園にいるだけじゃわからなかっただろう。

検証という意味では街に来て正解だった。

能力なら相当『嫌』な能力だ。呪いなら相当『趣味の悪い』呪いだ。


それでもウィリアムにとっての救いは、街のほぼ全ての人が自分を嫌な目で見ても、ンズリはそういう人の目を気にもせずに、いつものように…

ううん。いつも以上にウィリアムにくっついて彼を嫌な気分にさせなかったことだ。

普通は怖気づくとこだと思うよ。

クレアは実際にかなりおどおどしていたし。

そういうところも含めて、俺はンズリはウィリアムの良き伴侶になれると思う。

周りがどう思おうかどうでもいい!『うちがウィリを愛す』ってのが伝わる!


「ね、来週には希望専攻を提出しないといけないでしょ?。サムエルは専攻を何にするの?」


クレアが聞いてくる。


「そうだ!うち忘れてた!ウィリなににするの?」


答える前にンズリが割ってはいる。


「決めてねぇ!つかオレ学生証が普通に起動しないから適正見れないし。つかそれはサムエルも一緒か」


「うん、そうだね」


「決まってないなら同じの取ろうよ!みんなでさ!」


「ンズリは何取るの?」


「剣闘士!前から特訓している!戦士系の中で一番目立つし、カッコいいっしょ!」


「じゃ、私はダメかな。戦士系取るならソルジャー。けど、エンハンサーも迷ってる」


「そっかぁ…、残念。二人は?」


「まだ決めてない」「まだ考える」


「そっかぁ…、まぁ別に専攻が違っても授業の後とか会おうね!」


「ああ」「うんうん、そうだね」「うん」


専攻か…、どうしようか。

俺の能力の伸ばし方は学園の専攻では学べないからな。

めっちゃ希少だし。

とりあえずは波風立たないためにミュージシャンを続けるのが無難か?

それとも戦闘特化職業を選んで、いざ実力を見せる必要があるときの言い訳作りをしておくか?

うーん。もう少し考えよう。


学園に着いて、ンズリとクレアをデルタ寮まで送った。

そこでいつもは淡々とオメガ寮へ向かうウィリアムが立ち尽くしていた。

どうした?まだンズリとバイバイしたくないってか?

だったら、二人で街のホテルで泊まればよかったじゃん。

せっかくの週末なんだからさ。

ンズリもホテル街を通ったときに目線を泳がせていたくらいだし、

絶対に断られなかったと思うよ。


「クレア」


ウィリアムが言う。クレア!?


「なにウィリアム?」


「今からオレの言うことをよく聞け。一度しか言わん。なぜそれを言ったのかも説明しない。ただ、言うことは本当だと思ってくれて構わない」


「いきなりどうしたの?」


クレアだけじゃなく隣のンズリも「えっ?」ってなってる。(俺もね)


「将来困ったことがあったら。オレを頼れ。それがどんなことであってもオレはオマエの助けとなろう。自分が持つ力の全てでオマエ支えると約束しよう。そして、それをするのは一度だけだ。うまく使え。……以上だ。また月曜にな」


それだけ言って、ウィリアムはオメガ寮に向かった。

クレアもンズリも口あんぐりで「はぁ、なんのこと?つかどういうこと?」って感じ。(俺もね)

ウィリアムに置いていかれそうになったため慌ててあとを追う。


ーアラベラとエリザー


「オラベラは?」


エリザが冷たく聞く。


「散歩だって」


悲しそうにアラベラが答える。

二人とも落ち込んでいるのは明らかで、その落ち込みに勝るのは親友を心配する気持ちだけだった。


「ついていかなかったの?」


「一人でいたいって」


「今一人にしちゃまずいでしょバカベラ!」


「うるさい赤毛魔女!誰だって一人で悩みたいときはあんの!それとも完璧なエリザ様はそういうときはないんですか?」


「……」


「なんか言い返してよ。うちが悪者みたいじゃん」


「今はバカベラと喧嘩しているときじゃないの。わかるでしょ?」


「わかってるよ…」


「はっきり言うわよ。今回のこと誰の責任ってはっきりさせる必要がある」


「うん…」


「じゃ、言うよ」


「私たち二人よ」「うちら二人だよ」


同時に二人が言う。


「珍しく意見が合うわね」


「事実だからね」


「じゃ、何が悪かったか言っていこう。言葉にして共通認識を持とう」


「うん、じゃ、うちから。リーダーの投票を甘く見てた。オラベラが学年総合3位になったとき、もうオラベラで決まりじゃんってうちのなかで決め込んでた」


「うん、私もよ。それと、私たちはクラスの誰にもオラベラを推してと説得しなかった。それどころかその話すら彼らとしなかった。私たちのようにみんながオラベラの良さに自然に気づいて、オラベラが適任であるという考えになると信じた」


「それは実際に間違ってないよ。何も話していないのにスラビちゃんは推薦までしてくれた。ブアちゃんも本来そうしていたはず。ブアちゃんにはなんかあったのよ」


「うん。でも、それでも話はするべきだった。オラベラをよろしくお願いしますって。その一言があっただけで全然違ったはず。それに、それを言ったときの彼らの反応でオラベラへの好感度とどれくらいの票が集められるかがだいたいわかったはず」


「うん…。……あと、オラベラの自分を卑下するところを完全に忘れてた。いいや、知ってたのにどこかで「さすがにそこまでは」って思ってた。少し考えればわかったこと。オラベラがいつも真っ先に意見を聞くのはエリザ、いつも先に頼るのはエリザ、困ったときに先に見るのはエリザ…」


「アラベラ…。オラベラはアラベラのことも…」


「わかってるわよ!ただ、本当でしょう!?ちょっと考えればあの子が一番リーダーとして相応しいと思ってるのがエリザだってことはわかるでしょう!?」


「……私もパニクって、推薦を受けただけでなく、投票の際に自分に手を挙げなかったことでエドワードがリーダーになることを許した。あそこで私が手を上げて引き分けに一度はもっていくべきだった」


「それはうちも一緒よ。頭ではわかってたのに、心がオラベラにあげなきゃって、決断を完全に誤った…」


「そして最も大きな失敗は、」


「オラベラがなんとかしてくれるって思ったこと」

「オラベラがなんとかしてくれるって思ったこと」


再び同じタイミング。


「私たちはオラベラに甘えすぎている」


「それは甘えるわよ。オラベラはなんでもできるもん。うちらの英雄でしょう?」


「うん。でも、もうそれじゃいけない。ここに入る前に二人で話し合ったでしょう?」


「うん、オラベラに引っ張られる存在だけにはならない。うちらがオラベラを支えてお互いに引っ張り合う関係になるって」


「うん…」


「ウィンスターくんの言うとおりだよ」


「なにが?」


「『一度はこうなる必要があった』じゃなければうちらは今、この話し合いをしていない。オラベラがそのままリーダーになってたら、お互いを引っ張り合う関係と言いながら、結局はオラベラに引っ張られるだけになってたよ」


「そう、かもね…」


「ね、オラベラがリーダーやりたくないって言ったら、エリザがリーダーやるの?」


「やりたくなければね、本当は私もやりたくない。というよりオラベラにリーダーをやって欲しいという想いが強い。……でも、本人が嫌と言うのなら、その気持ちを尊重する。もうこれ以上オラベラに『こうならなくては』を押しつけたくない」


「『こうならなくては』か。『王族にふさわしい節度ある行動をいつも心がけなさい』、『セントラム王国にふさわしい王女になりなさい』」


「『将来の女王にふさわしい振る舞いをしなさい』、『次期国王にふさわしい女性になりなさい』」


「そして極め付けは、」


「『テッド兄さんに相応しい奥さんになりなさい』」

「『テッド兄さんに相応しい奥さんになりなさい』」


三度、同じタイミングが重なる。


「前のは全部ヴィヴィアン女王陛下の言葉だけど、最後のだけはオラベラが自分で自分にかけた枷よ」


「うん…」


「覚えてる、アラベラ?オラベラの翼が出なくなったときのことを」


「うん、オラベラがまたもや人助けして、泥まみれになって宮殿に帰ってきたときでしょ?」


「うん…。そのとき、女王陛下は珍しく怒らなかった」


「そう、…怒らずに泣き出した」


「女王陛下が怒ると王様がいつも宥めてた。だけど泣き出すと王様がどうするまでもない」


「うん、オラベラが初めて本当の意味でごめんなさいをした」


「『人を助けたのに!』、『悪いことをなにもしていないのに!』ごめんなさいをした」


「うん…、それからだったわ。だんだんと翼が出せなくなっていった」


「女王陛下もオラベラの扱いがわかってしまった。怒るのではなく、泣く」


「オラベラの真骨頂だった『自由』が薄れていった…」


「私たちの言うことにも『お母様に止められてるから』って言うようになった」


「うん。はじめて聞いたときは冗談かと思った」


「そうだね。オラベラがそれを言う?って感じだったよね」


「でも、本当に変わっていった。オラベラのままだったけど…なんか」


「鎖で縛られているような感じになった」


「うん…。そしてミレニアム学園入学を認める代わりに出された条件、王様との約束…」


「卒業したら、次期セントラム国王となる者と結婚しなさい」


「それが一年前だっけ?」


「そのくらいだね。それからオラベラは、


・『国王にふさわしい人=テッド兄さん』

・『次期国王にふさわしい女性=テッド兄さんに相応しい女性』

・『テッド兄さんに相応しい女性=なんでもできる完璧な女性』


って考えるようになり、戦闘特訓も勉強も何事も限界ギリギリまで自分を追い詰めるようになった」


「うん…。うちはさ、テッド兄さん大好きだよ。オラベラが本当にテッド兄さんが好きならマジで結婚してほしいもん!でも…」


「好きじゃない。オラベラは責務で結婚しようとしている。ヴィヴィアン女王陛下の言いづけを守ってるのも責務。オラベラは責務に徐々に押しつぶされているのよ。本人は気づいてない」


「うん…、だから!」


「私たちが気づかせる!」「うちらが気づかせる!」


四度、同じタイミングが重なる。


「やるわよバカベラ!セレナ先輩の言ったようにオラベラにつまらない人生なんて送らせない!」


「当たり前だ、赤毛魔女!オラベラの責務って名の鎖を全部叩き切ってやる!」


二人は決意した。親友をこのままにはしないってことを。

王国よりも親友!責務よりもオラベラの『本当の気持ち』を優先すると!

仮にそれを彼女から絞り出す必要があるのだとしても、そうすると決意をした。


「好きの話で思い出したんだけどさ、入学してから全然サムエルと会ってなくない?」


「ぬっ、……いろいろ忙しいのよ。きっと」


「そう?四人組でずっと遊んでいるように見えたけど?つか、今日四人で正門向かってなかった?」


「サムエル優しいから街を見せてあげてたのよ。きっと」


「ふ〜ん。うちにはダブルデートに見えたけど」


「はぁ!?さ、サムエルがで、デートなんか、す、するわけないでしょ。されてたまるもんですか。十五年も一緒にいるのに私でさえしてないんだぞ!」


「大丈夫?魔力が溢れちゃってるけど?」


「うるさいバカベラ!」


「ヒヒヒ、あの茶髪美人に取られないといいね」


そして、アラベラとエリザの壮絶なるバトル(枕ファイトじゃないガチのやつ)が始まった。

その日のうちにオラベラと話そうと思ってた二人だったが、話したことで肩の重みが一つ落ちたのと、エリザがアラベラを追いかけ回ったせいで二人はへとへとになり爆睡。


日曜日、アラベラとエリザが起きたときにはオラベラは既にいなかった。

今日は街で食料を調達し、夜に三人で話し合いをすると決めた。


ーオラベラ・セントロー


はぁー。

今日もまた逃げちゃった…

金曜からずっとだ。

別に何かをするわけでもなく。

歩いているだけ…


寮に戻ればアラベラとエリザが心配して、いろいろと言ってくる。

心配してくれてるのは嬉しいけど、何かを話されても、私はそれにうまく答えられる自信がない。

まだ、うまく考えられない。

気持ちを整理しようとすると、エドワードの言葉が出てくる、お母様の言葉が出てくる、お父様との約束を思い出してしまう。

王族になんて生まれたくなかった。

姫でなければ誰かと結婚しろでここまで苦しめられることはなかった。

王族の務めは嫌。

私は困っている人を助けたいだけ。

結婚なんて嫌。

誰ともしたくない。

恋なんて知らない。

そんなもの私はいらない!

私は……、自由に生きたいだけ。

ミレニアム学園に来れば五年間はそうできると思ってたんだけどな……

私はなんのためにここにいるんだろう?


「おお、朝早いね。新入生?トレーニング?それとも散歩かい?」


まただ。男の人に声をかけられた。先輩だろうな。


「おはようございます。はい、一年です。少し気分転換に散歩です」


「そうかい。気分転換か。気分転換にもってこいのアクティビティを知ってるんだけど、どうかな?俺の部屋まで来ればたっぷりと教えるよ」


「いいえ。大丈夫です。一人でいたいので」


「ふ〜ん。そうなんだ。残念。まぁ、また今度にでも考えといてよ」


そして去っていった。

はぁー。セレナ先輩の言うとおり、どうやらこの学園の先輩は一年生にアプローチをたくさんかけるみたい。

昨日なんて一日中声をかけられた。

街に行ったほうがいいんじゃないかとでさえ思っちゃった。

なんで私みたいなのに声をかけるんだろう?

もっともっとかわいい子いるのにね。

例えばアラベラはすごい細くて、目が大きくて超可愛い!エルフみたいって人に言われるけど、私はエルフよりも綺麗だと思う!

そしてエリザ。鍛え抜かれた体でありながら、女性らしさは一片も失わない、胸も尻も戦いの邪魔にならない程度の大きさ、姿勢もめっちゃ綺麗という完璧な見た目。

二人とも王国で1位と2位なんじゃないかな?

あ、でもサンさんがいるから2位と3位かな?

まぁ、いいや。ともかく二人とも超綺麗。

それに比べたら私なんて、ただ大きいだけで、綺麗でもないし…

なんで声をかけられるんだろう?

男性って大きいのが好きなのかな?

大きいほうが母乳がいっぱい出て、いいお母さんになりそうとか思っているのかな?

うーん。わかんないな。

あれ?なんでこんなこと考えてるんだっけ?

……そうだ!いっぱい男に話しかけられたからだ。

どうしよう、話しかけられたくないな。

今日も学園を散歩すれば声をかけられるのかな?

どうしよう…、嫌だな…

って、あれ?

看板がある。


「立ち入り禁止区域?」


なになに?

これより先は、危険区域に隣接するエリアです。

許可なく立ち入らないこと。

ミレニアム学園は、無断で本エリアに立ち入った者の安全を保証しません。

また、立ち入りが判明した場合は減点の対象とします。


へー、確かに学園はホワイトシティの最東に位置している。

ヒルダ大陸を西と東に分けるファラ山脈に近いもんね。

ファラ山脈は危険度7以上のモンスターが出る超危険地帯。

なので危険区域として指定されている。

この先に進めばそこに出るわけか。

って私どれだけ歩いたの?

学園の最東まで来ちゃったってことよね?


ここらへんなら人はいないのかな?

ってダメださっき声をかけられたばっかだ。

う〜ん。

大丈夫だよね?

ファラ山脈に近いってだけで、そこまでは距離はある。

大丈夫、うん、大丈夫。

きっと大丈夫。

でも、ばれたら減点…

クラスのみんなにも迷惑かけるかもしれないし。

…………。


オラベラは左右を確認し、くるっと回った。


だ、誰もいないよね?

今回だけ。うん、今回だけ。

今日だけ。


誰とも会いたくないオラベラは立ち入り禁止区域に入った。


私の予想通り!

うんうん、ここはまだ危険区域じゃない。

安全安全。

魔獣はちょいちょいいるけど、山近くだから普通。

ていうかここめっちゃ綺麗。


頭上は木、木、木。

背の高い針葉樹と広葉樹が混ざって、葉の重なりが光をやわらかく砕く。

陽射しは粉砂糖みたいにきらきら降りて、足もとには小さな花が色を散らしてる。

白、薄紫、黄色。踏むのが怖いくらい、びっしり。

風が吹くたび、葉の海がざわっと波を立てて、どこからか小川のせせらぎも聞こえた。

湿った土と若草の匂い、樹皮の少し甘い香り、遠くの岩肌から冷たい空気が降りてくる。

苔の絨毯はふかふかで、ところどころ巨石が顔を出している。


灰色の岩は山脈の欠片みたいで、上を見上げると、雲の切れ間からファラの稜線が薄く見えた。

大きい世界のフチに、自分だけがそっと置かれてる感じ。

鳥の声、虫の羽音、葉擦れ、ぜんぶが混ざって、音まで緑色に聞こえる。


自然ってこういうことなんだろうな。飾り気ゼロで、でも完璧。

ここなら、胸の奥でぎゅっと固まってたものが、少しずつほどけていく気がする。


自然の綺麗さに圧倒されていた私は周りに見とれすぎて、足元がおろそかになっていた。

上を向きながら歩いていたため、すぐそこにある岩に気づかなかった。


「きゃっ!」


つまずいた。

まずい!急斜面になってる。

そのまま転げ落ちる私。

コロンコロン回る私。

やばい!崖!

魔術魔術!

間に合わない!

落ちる!


ズドンと落ちた音がした。

でも、あれ?なんでだろう?

ほとんど痛くない。

てか、この地面、そんなに硬くない。

いや、がっしりしてるんだけど、温かみがあるっていうか生身っぽい感じするっていうか。


「いてぇな」


あれ?人の声?

まさか!


「すみません!」


私は腕で少し体を起こし、状況を確認した。

私が彼の上に落ちてきて、彼が私を受け止めたのか、

それとも避ける間もなく押しつぶされたのかわからないけど、

地面で横たわる彼の上に私は完全に乗っていた。

彼の腕も私を抱きとめるために私の背中にあった。

体が震える…

鼓動が速くなっていく…

顔が赤くなり、恥ずかしさが込み上がってくるのがわかる。


でも、今はそんなの、どうでもいい!

なんでここにいるのよ!?


「さっさとどけよ、『お姫様』」


ウィリアムくん!


「ごめん、大丈夫?」


慌てて立ち上がる私。

崖は死ぬような高さじゃなかったけど、そのまま落ちてたら怪我はしたかも。

落ちたときの当たりどころが悪ければ確実にまずかった。

それを彼が受け止めてくれたから私は無傷だ。

私は決して軽い方じゃない…

ウィリアムくん、大丈夫かな?


彼は私に返事をせずに服の汚れを落とした。

お、怒ってるかな?

って、それは怒るよね。

いきなりわけもわからずに大嫌いな上に極重女が落ちてきたんだから…


「おい!」


「はぁい」


「大丈夫か?怪我はないか?」


え?私の心配を?

なんで?

私のこと嫌いなんじゃ?


「おい!どうなんだ?嘘をつかずに言え!このことで嘘ついたら許さんぞ」


「大丈夫!本当に!ウィリアムくんが受け止めてくれたおかげで無事だった。あ、ありがとう」


あ!やっと感謝を言えた!

やった!

でも他にも感謝と謝罪をしないと。


「そっかぁ。間に合ってよかった」


それを言った彼の顔は強張ったものから、やわらかい表情になった。

まるで、私が無事って聞いてやっと肩の力を抜いたかのように。

意地悪してないときはそんな顔になるんだね。

ふふふ、安心しきった子供みたい。

かわいい。というかあいかわらずだけど目が綺麗だよね。

碧い右目も黒い左目も。

……ってちょっと待って。

今「間に合ってよかった」って言った?

私を受け止めるために動いたってこと?

私が上から降ってきたんじゃなく?

……でも、その可能性は高い。

だって、私は落ちる前に一瞬下を見たけどそこには誰もいなかった。


「も、もしかして、助けてくれたの?」


「ん?まぁ、そういうことになんじゃない?」


「なんで?」


「なんでって。オマエはオレは人が崖から落ちるのを見て、それを助けられるのに助けないやつだとでも思ってんのか?」


やっぱり。上に降ってきたんじゃない。

彼が私を受け止めるために飛び込んだんだ。

心が強く一回跳ねたのをしっかりと感じた。

鼓動はさっきから速いままだ、

今からいろいろと感謝と謝罪をしなきゃいけないから、ちょっと心黙ってて!


「本当にありがとう。ウィリアムくんのおかげで私…、えっ?」


「どうした?」


「ウィリアムくん!血!血が出てる!」


「ん?本当だ。気がつかなかったわ」


「見せて。私、回復魔術使えるから」


「いや、いいって。多分無意味だから」


「ダメ!見せて!早く!」


「……わかったよ」


私の言ったことに彼は驚いた顔をした。

何に驚いたんだろう?

血が出ていたのはウィリアムくんの腕からだった。

私が彼を押しつぶしたところを見るといくつも石があった。

危ないのになんで飛び込むかな。


「待っててね、すぐ治す。『ヒーリングハンズ』」


私は彼の腕を片手で押さえ、もう片手で回復魔術をかける。


「えっ?なんで?」


傷が塞がらない。


「ごめん。もう一回!『ヒーリングハンズ』」


嘘!なんで!

私、魔術まで使えなくなったの!

どれだけ役立たずなんだよ私!

……ううん、でも違う。

発動はしてる。してるのに治らないの!

まさか、なにか特殊なダメージ?

だったらまずい!すぐに先生かヒーラーメイジに見せないと!


「もうわかった?」


「な、何を?ってそれより私じゃ治せない。特殊ダメージを受けた可能性がある。すぐに学園に戻ろうウィリアムくん」


彼は優しく、彼の腕を押さえていた私の手に手を置いた。


「ううん、君が治せないんじゃない。オレには魔術が効かないんだよ。だから『オラベラ』は悪くない。気にしないで。それでも治そうとしてくれてありがとうね」


名前を呼ばれた瞬間、また心が強く跳ねた。


こういう優しい顔もできるんだ。

こういう顔をいつもしてたら私は二度と彼に怒らない自信あるよ。

って今、名前を呼ばれた!?

初めて名前を呼ばれた…

いつもはふざけたあだ名なのに…


って待って!


「魔術が効かない!?どういうこと!?」


「落ち着け『お姫様』。体質。前から。今に始まったことじゃない」


アレグリアノ?アレグリア出身の人は魔術が効きにくいって、勉強したことある。

そっか!初日の服。あれはアレグリアの民族衣装。

でも、アレグリア出身の人々、アレグリアノは魔術が『効きにくい』のであって、『効かない』わけじゃない。

というかアレグリアノでも魔術が『効きにくい体質』を持つのは極少数なはず。

『効かない』なんて聞いたことない。

自分に害がある魔術はともかく回復魔術も受けられないのは不便すぎる。


ていうか、この傷どうすんの?結構な血出てるんだけど。


「ウィリアムくん、学園戻ろう!先生たちならきっと治せる。行こう」


彼の無事なほうの腕を引っ張っていこうとする。


「……」


「ウィリアムくん?」


「い・や・だ!」


はい?

なんだそれ!?


「嫌だじゃないの!血が出てる!回復魔術も効かない!戻って治してもらおう!ね?」


「い・や・だ!今戻ったらここにいたことを先生にちくる」


「なっ!?あなたは馬鹿なんですか?そんなことしたら私だって同じことしますよ」


「別にいいし。オレは減点くらってもかまわないし。ふふふ。どうする『お姫様』?」


何その人をおちょくった顔は!

あなたの為に言ってるのに何その態度。

まるで子供じゃん!


「はぁー。じゃ、ちくっていいです。あなたになんかあったほうが嫌です。だから戻りましょう」


「あ、こいつ開き直った」


「開き直ってません!ウィリアムくんのために言ってるの。お願い…、戻ろう」


「うわっ、なにそれ。ずるいぞその顔!」


「顔!?」


「そうそう、子猫が寂しそうに何か訴えるみたいな顔」


「してない!」


「いや、した。一瞬ドキッとしたもん」


「ドキッと?」


「とにかく嫌のもんは嫌なの。あいつらに頼りたくない」


あいつら?先生たちのこと?

だめ!今は言い争っている場合じゃない。


「じゃ、どうしたらいい?血は止まらない。本当にこのままじゃまずいの」


「こんなもんどうってことないって。大丈夫大丈夫」


「むっ!」


「わ、わかったから。だからその顔はやめろ。とりあえず血を止める。そこの川の水をここに溜めてきて」


ウィリアム君に革水筒を渡された。


「てめぇ、今度は転ぶなよ!体ズキズキ痛いから今度は間に合うかわかんないんだからな」


「転びません!……ってやっぱり大丈夫じゃないんじゃない!」


もう、話になんない。

なんなのこの人は本当に。


「はい、水だよ。どうすればいい?」


「待ってね」


そう言って彼は自分のシャツの袖を破り、落ちていた太い枝を短く折った。

あらわになった腕は、均整の取れた筋肉が浮き、いくつもの傷跡が刻まれていた。


「じゃ、ちょっとその水で傷口洗って」


「え?う、うん。わかった」


「っつ!」


「ごめん。痛い?」


「水が冷たい!」


「あ、うん…」


傷を洗い終わると彼は慣れた手つきと口を使って、枝と布を傷の周りに巻きつけた。

す、すごい。ていうかめっちゃ早かった。

こういうの慣れてるのかな?


「はい、これで大丈夫」


「でも、血を止めただけだよ。治ってないよ」


「だからこの大陸の馬鹿者は、平和ボケしすぎなんだって」


「え?」


「こんな傷は大したことない。いつも魔術が使えるわけじゃない。まだ、意識はあるし、体は動く。大丈夫。つか、普通は傷はじゃんじゃん治らん。回復魔術に頼りすぎなんだよオマエらは」


「で、でも…」


「……、夜になればボールウィッグが治してくれる。だからもうその顔はやめろ。こっちまで嫌な気分なる!」


「はぁ!?人が心配してあげてるのに、人の顔を馬鹿にするとかありえなくないですか!しかも嫌な気分になるってそんなに私が嫌いなんですか?確かにこの前は言い過ぎたかもしれませんが、それはあなたにだって非があるんですからね!人のことを『嘘つきさん』とか『プリンセス』とか呼ぶし、見下してくるしい!本当になんなのあなたは!?」


あ、……またやっちゃった。

しかも怪我人相手に。

でも、この人が悪いもん!

むかつくんだもん!


「………顔は馬鹿にしてない。嫌いでもない。つらそうな顔をするから、こっちまでつらくなる。オレのせいでそんな顔をしてほしくない…」


ななっ!

なんなのよ…、本当に調子狂う。

ダメだ。この人といると気持ちが上下しすぎる。


「ね、やっぱり戻ろう。それかボール…」


「ボールウィッグ」


「ボールウィッグを探しに行こう。ウィリアムくんの魔獣だよね?」


「オレのか…、うん、そうなるかな。夜には戻ってくるはず。それまでは余裕で持つ」


「なんでそんな強がるの。そんなことをしてもかっこよくないからね!」


「はいはい、かっこよくないのは知ってる。この前も言われたばっかだし」


「そ、それは…」


「オレを信じて。本当に大丈夫。今はあそこに戻りたくない。全てから少し距離を置きたいんだ。だからここに来た」


そうなんだ。私と一緒だ。


「実は……私もそうなんだ……」


「じゃ、いいじゃん戻らなくて、もう少しだけ、このままで」


「本当に大丈夫?」


「うん」


「嘘なし?」


「うん、嘘なし」


「……わかった。……じゃ、もう少しだけ、このままで」


「うん…」


そして私はウィリアムくんと一緒に立ち入り禁止区域にもう少しだけいることになった。



二人で大きな木に寄りかかって、山脈のほうを見た。

下には川が流れていて、涼しい風が吹く。

一人で見る自然もよかったけど、誰かと見る自然も好き。

どちらかと言えば、誰かと見る自然が好きかな。


「んで、なんで『お姫様』はこんなとこに一人で来たの?いつも一緒にいる、あの細身の金髪美女と、気が強そうな赤毛美女は?」


「なんだっていいでしょう…。そっちこそ私たちから奪ったサムエルと超綺麗な彼女さんはどうしたの?」


「奪った?サムエルはオマエらのだったんだ。知らんかったわ。……今週ずっと一緒にいたからね。一人でいたかったのかも。……って違うな。うーん。なんかホームシックになってんのかも」


否定しないんだ。

やっぱり付き合ってるんだ……


「ホームシックなんだ。故郷を離れたのは初めて?」


「ううん、前にも一回だけある。つかホームシックというのもおかしいんだけどね。元は大嫌いな場所だったし」


「故郷が嫌いなの?」


「故郷は嫌いじゃないさ。ただ、うーん。ちょっといろいろ複雑。でも、あと少しであるすごいことが達成できそうなときにこっちに来ることになって、かなり落ち込んだ」


「そうなんだ。やり残したことがあるのね」


「うん。何年もその為に血を流したのに、達成直前でミレニアム学園に行けってさ。マジありえねえって思った!ふざけんなって感じ!なんで行かなきゃいけねぇんだよ!ってなった。つか久しぶりにそれで兄貴とマジ喧嘩したし」


やっぱりウィリアムくんお兄さんいるんだ!

もしかしたら私とカサンドラを助けてくれた人かもしれない。

聞きたいけど…、それはあと!今はウィリアムくんの話を聞こう。


って今、血を流したって言った?何年も…

旧アレグリア帝国領では、アレグリアの独立を目指す『解放軍』と旧アレグリア帝国領を支配下に置いているコロンベラ帝国の軍が度々争っていると聞く。

まさか、ウィリアムくんは『解放軍』の一員だったの?

それってミレニアム協定国家連合を結んでいる国では犯罪者ってことになる。

……そこを細かく聞くのは、よそう。

仮にもそうだった場合、私は……、私はどうするのだろう?

いや、考えない考えない。おそらく違う、絶対に私の考えすぎ。


「……お兄さんと喧嘩するほどに来たくなかったんだ?」


「うん、来たくなかった。ほぼ無理やり来させられた。だから久しぶりに大喧嘩した!言うこと聞いて欲しければオレを倒してみろって!」


「喧嘩と言っても兄弟喧嘩ってことだよね?危なくないやつだよね?」


「いや〜、普通に武器を持ってのガチなやつ」


「それはよくないよ!兄弟なんでしょう?二人とも大丈夫だったの?」


「うん、大丈夫…」


彼はなぜかいじけた。

枝で地面をいじり始める。


「どうしたの?」


「……負けた」


聞こえるか聞こえないかの小さな声で彼は言った。


「え?」


「だ・か・ら!負・け・た・の!」


怒ったような感じで言ってくる。


「あ、うん…」


負けたことにいじけてたんだ。


「でも、喧嘩したけど兄なんでしょ??家族でしょう?好きなんでしょう?」


「……そんときはむかついたし、今もむかついてるけど、……本当は超好き……」


最後の『超好き』ってところを、またギリギリ聞こえるか聞こえないくらいの声で言う。

ふふふ、いじけてるところかわいい。


「オラベラは兄弟いるの?」


「弟がいるよ、アルドって言うの」


「へー、お姉さんなんだ。……弟がやりたくないことさせるのはほどほどにしなよ。いつか弟がぶち切れて反乱を起こすかもだから」


「アルドにやりたくないことをさせるわけないじゃん!というか反乱!?」


「そっかそっか、いい姉さんなんだな」


「そうかな?」


「うん、弟を無理やり遠い地の学校に行かせないだけめっちゃいいお姉さん」


「ははは、それ限定的すぎるよ」


なんか久しぶりに笑った気がする。


「今の話だとお兄さんにミレニアム学園に来るように言われたってことだよね?」


「うん…」


「お兄さんにもなんか考えがあったんじゃないかな?理由もなしに無理やり来させることはしないんじゃないかな」


「……そうだよ。兄貴のやることにはいつも理由がある。オレはその理由がわかってる数少ない一人。他の人はわけわかんないよ状態ってのが多い。でも理由がわかってるからって嫌なもんは嫌」


すねた!かわいい。

自分の思うままに物事がいかないときのアルドみたい。

ええと、こういうときどうすればよかったんだっけ?


「はい、そこまで。もううじうじしない!確かにお兄さんが命じたことかもしんないけど、ウィリアムくんも了承したんでしょう?だったら文句言っても始まんないよ。ここでやることをきちんとやって!そしたらいずれ帰ったとき、お兄さんは喜ぶし、すごい誇りに思ってくれるはずよ。『さすが俺の弟』ってね」


「………」


あ、まずい。すごい子供扱いしちゃった。

何様だよ私…

怒るかな…


「……わかったよ」


すねながら言う。

あれ?素直…

ふふふ、これじゃ本当にアルドと同じだよ。


「はい。オレの話は終わり!次はそっちの番」


「え?」


「オレはちゃんと話した。次はそっちの番。なんでこんなとこに来たの?」


「それは…」


「『嘘』なしで!ここで嘘をついたらオレはもう二度とオマエと真剣に話さない」


その吸い込まれるような瞳で私をじっと見つめながら彼は言った。

私はそう言われた瞬間になぜか、誤魔化す、嘘つくという選択肢が自分の中から消えた。

起きたことを包み隠さずに彼に話す決意をした。


「うん…、ちょっと長いけど、聞いてくれるかな?」


「ええー、長いの?」


「ははは。うん、ちょっとね」


むかっ!

本当にこの人は!

人がせっかく話す気になったというのに。


「じゃ、ちょっと待ってね。腹減ったでしょう?」


確かに!いろいろありすぎて食べるの忘れてた。

食べ物のことを考えたらすごいお腹減ってきた。

でも、待ってって食べ物でも持って来たのかな?


「ああ、多分この木はこの季節は実がないな。ちょっと歩こう」


「実?ええと、木の実を探すの?」


「うん。といってもこの気候だとな。オレンジかみかん系があったらいいんだけど」


腹減った=帰る、とならないんだね。

しかも現地調達。

でも、彼が言うようにこの季節の果物っていうのは少ない。


「あ、あるある」


本当に見つけた。

ウィリアムくんは木の実がある木を見つけるとそれに登り、実をいくつか取ってきた。

ちなみに「ケガしてるから、私がやるよ」と言ったら、冷たく睨まれ、「そこで待ってろ」と言われてしまい、何も言い返せなかった。

ウィリアムくんは二つの木に登った。

一つからはみかんのような実、もう一つからベリーのような実を取ってきた。

それと私は再度、革水筒に水を汲んだ。


「はい、食べよう」


「うん、ありがとう」


そういうと彼は目を閉じて祈るような姿勢をとった。

どの神様を信じてるんだろ?

バレンシア様?エクエス様?でもアレグリア出身だからアレグリアの神様かな?

私は食べる前に祈る習慣はないけど、ウィリアムくんのそれに合わせた。


彼の祈りが終わるのを待つ。

少しすると彼は目を開けた。


「ん?お姫様も祈るの?それとも待ってくれたの?」


「ええと、食べものに感謝したかな。それと待ったよ。二人で食べるのなら一緒に食べ始めないと」


彼は微笑んだ。


「うん。だな。じゃ、食べよう」


「はい。いただきます」


そして私たちは美しい自然に囲まれながら木の実をおいしく食べた。

木の実は宮殿で出るような一級品の果物のような甘々で、形までもが完璧なものではなく、形が崩れていて、味も甘酸っぱかった。

だが、私にはそれが今まで食べたどんな果物よりもおいしく感じた。


革水筒を交互に回しながら水も飲む。

気づくと彼が取ってきてくれた大量の実を二人で食べ尽くしていた。


「おいしかった!ありがとうね、ウィリアムくん」


「ははは。うんうん。そんなおいしそうに食べてもらえると取ってきたかいがあったってもんよ。あと、お姫様って結構な量食べるのな。普通にあまると思ってたし」


「え?私食べすぎた?ごめん」


「謝んなって、やっとお姫様のいいところを一つ見れた気がするよ」


やっと!?……って、みんなのいる教室のど真ん中でどなられた人のいいところを見つけるのが難しいって話だよね……


「ウィリアムくんってどの神様に祈るの?」


「ん?」


「さっき、食べる前に祈ってたような感じだったから」


「ああ、うーん。なんて神様って言われても答えが難しいな。唯一の神?」


「唯一の神ということはウィリアムくんは一つの神だけを信じてるってこと?」


「そうなるね。全てを作った神、創造神にして全能神を信じてる」


「おおお、そんな神様がアレグリアにあるんだね」


「いや、アレグリアにあるわけじゃないぞ」


「あれ?じゃ、どこの神様なの?」


「うーん。全部の神だから全てにいる…感じ?。でも、まぁ、簡単に言えばお母さんが信じてる神を信じてる。お母さんほどじゃないけどね」


「そうなんだ。私はセントラムで育ったからセントラム王国の主神、『平衡の神・ビランシア様』を信仰するけど、『騎士道の神・エクエス様』や『女戦士の神・シーナ様』も信仰してるよ」


「『そんなやつら』を神だと思ってんだ」


「そんなやつらってヒルダ大陸では有名な神様たちだよ」


「そっか。まぁ、お姫様の信仰を悪く言うつもりはないよ。オレにはそいつらが神には到底思えないってなだけ」


「まるで会ったような口調だね」


「ははは、そんな簡単に会えるようなやつらなのか?」


「……簡単ではないけど、小さいときにエクエス様、マイラス様、シーナ様に会ったことがあるよ。そんときは彼らってわからなかったけど、その後、教えてもらった。あと、もう一人、彼らと同じ存在だった者にも会った」


「ふ〜ん。変なやつらに会ってんだな。はい、じゃ、もう食べたし、この話はお終い。なんでここにいるのか話して」


「……うん」


そして、私は起きたことをウィリアムくんに話した。

王女としての務めが嫌で五年の自由がほしくて学園に来たことを、

入学初日に龍次郎くんに負けてショックだったこと、

エドワードとのいざこざ、

そして臨時リーダー決めであったことを。


「はは。はははははは」


「むむっ!」


笑われた…

やっぱりむかつく!

人が真剣に語ったのを笑うとかありえないんですけど。


「なるほどな。うん、よくわかったよ」


「わかった?何を?」


「オマエが『つまらない』やつってことがな」


「なっ、なんですって!?」


「『つまらない』って言ったんだよ!」


「本当にむかつく人ですね。ちゃんと話したのに馬鹿にされるだけとか本当ありえない!やはりあなたは、」


「はめられたんだよ」


「え?」


「エドワードは唯一打てる手をほぼ最高のタイミングに打ったんだよ。本当は木曜の夜が良かったんだろうが、オマエらが金曜に無様に負けたところを聞くと水曜の夜でも効果は十分だったようだな」


「どういうこと?」


「オマエが超嫌がりそうで、なおかつオマエが受け入れそうなことをそれらしく言って、オマエにダメージを与えに行ったんだよ。それが木曜の夜なら確実に金曜までに間に合わない。だが、水曜の夜だったことで、オマエらには一日立て直す時間があったんだよ」


「立て直す?」


「オマエを妃にって部分が本当かどうかは知らんし、どうでもいい。ポイントは、オマエが混乱したこと!そしてその影響で仲間も混乱した。金髪と赤髪はリーダー投票のことじゃなく、オマエの安堵をずっと考えてたことだろう。そして、何もちゃんと解決しないまま、話さないまま、混乱したままあのホームルームに入った。本来、あれはオマエたちの勝ちが決まってたようなもの。オマエらは自分たちでわざわざ負けたんだ。金髪と赤髪のせいもあるのだろうが誰よりも『オマエ』のせいである」


「……わかってるよ、そんなの」


「ううん、わかってない。その前の日のいざこさは狙ったものかどうかはわからんがオマエたち三人を知るのに役立ったはずだ。そして前から持っていたオマエの情報と照らし合わせ、仕掛けるかどうかを決めたのさ」


「作戦だったってこと?」


「うん。

・水曜の夜の話し合いはオマエらから提案した。エドワードからじゃない。彼から話し合いをしようと提案しなかったことで『エドワードが何かを企んでいる』とは思わなかった。

・エドワードが遅れてきたのも、全員が揃っている状況であの演説をすぐに開始し、オマエらに反撃する時間、考える時間を与えないため。それとオマエら三人が少しでむかつけば、さらにそれがやりやすい。

・それと仲が良かったブアってやつがエドワードに投票したのもあいつがなんかしたのだろう。

エドワードは臨時リーダーに選ばれた。あとはリーダーの務めを二ヶ月ちゃんとこなせばいい。それでアルファのリーダーは自然とオラベラではなく、エドワードというイメージがクラスに浸透する」


「そんな上等な作戦をエドワードが仕掛けたの?」


「上等?ははは。笑わせるな。子供騙しの対処されればすぐに崩壊するバカな作戦だよ。作戦と呼ぶのもおこがましい。まぁ、奇襲ではあるがな」


「奇襲?」


「奇襲の一種さ」


「こういう逸話ある。ある遠い国の戦争で三万の軍と五千の軍が戦った。普通はどっちが勝つ?」


「三万のほう。でも、そういうふうに語ってるということは五千のほうが勝ったってこと?」


「そうだ」


「どうやって?奇襲で大将を討ち取ったとか?」


「それなら普通の奇襲だよ。それであってもすげぇけどな。けどこの戦いは場所が場所だった。連絡網がほぼほぼ機能しない霧の強い樹海だった。そこでその樹海をよく知り尽くしていた五千側の軍がこう言って回ったんだ『そなたらの大将は討ち取られた。さっさと降伏せよ。降伏し、我々のために戦うと誓えば命は取らない。降伏せねば皆殺しだ』とな。連絡網がほぼ機能してなかった三万の軍は寄せ集めの集団だったこともあり、次々に降伏し、五千の軍についた。気づいたときには戦力差は逆転。本当の敵大将と向かい合ったときには彼らは抗えずに歴史的大敗北を喫した」


それを語るウィリアムくんは話に熱がこもっていて、まるで自分が経験したかのように話した。


「オマエらがやられたのは、それの超縮小版だよ。オマエがあの話し合いで一言言い返せてたらそうはならかなった、投票でオマエが受ける受けない、どちらであっても意思をはっきり示していればそうはならなかった。そして!オマエら桃赤金髪のバカども三人がちゃんと話し合っていればそうはならなかったんだよ」


正しい、彼の言ってくることは全て正しい。

そうだ、全部私が悪い。


「だが、オマエは悪くない」


「え?どうして先ほどは私のせいって」


「ああ、オマエのせいだ。ただ、オマエは悪くない。オマエはエドワードの悪意を知らなかった。そしてそれを受ける準備をしていなかった。オマエがなんか悪いことしたわけじゃない。対処できなかっただけなんだよ」


「……」


「でも、だからっていいとはならない。自分たちが悪くなくてもこの世は常に悪意を向けてくる。そのときに自分の大切な者を守れる術を持たない者は傷つき、自分の大切な者を失っていく。オレがオマエを『つまらない』と言ったのはオマエには自分の大切な者を守れる力があるのに『つまらない鎖』に縛られてそうしなかったからさ。お姫様としての役目?自分よりリーダーにふさわしい人がいる?王子様に自分が結婚相手としてしか価値がないと言われた?……全部クソくらえだ!」


「ぜ、全部って」


「全部だ。そんな『つまらない』ことを考えてる暇があんならオマエに何ができるか、誰を守りたいのか、何がしたいのかを考えてみろ!そのほかの全てのことは邪念でしかない。なすべきことをなさずにそんなことを考えてるようなやつは何の役も立たねぇゴミだ!」


自分にできること、守りたい者、したいこと。


「でも、私はセントラムの王女として」


「だから、そんなのクソくらえだ!オマエはいかなる肩書きの前に一人の女、『オラベラ』である。自分に聞いてみろ。オラベラはオラベラのやりたいことをやっているか?動きたいように動いているか?自由に羽ばたけているか?その答えはわかっているはずだ。そしてその答えが今ここにいる理由でもある」


「でも、じゃ、どうすれば!?」


「鎖を切れ!」


「鎖…」


「オマエは自由がほしくてここに来た。じゃ、今、オマエは自由なのか?できることをやってるか?守りたいやつは守れてるか?したいことができているか?……それとも学園に来る前にあった鎖をそのままここに持ち込んでいやしねぇか?」


「そ、それは」


「鎖に繋がれた奴隷がいくら『私は自由です』と叫んでも、現実は変わらないぜ。鎖を切れ!自由になりたいのなら自分を縛ってる鎖を切ってみせろ!この学園には君を縛っている存在はいない。あるのは自分の中の亡霊だけだ。亡霊の言うことなんてクソくらえだ。無視しろ!構うな!自分がやりたいように動け!」


力強い彼の話に私の熱量も上がる。


「人がどう思うか、誰がふさわしいのか、そのためにどうすればいいのか、でも、だっては全て捨てろ!」


「…」


「聞こう『オラベラ・セントロ』。オマエは何を望む?」


「みんなを守りたい!」


「他には?」


「みんなと楽しく過ごしたい!」


「他には?」


「国のために役割を全うするだけの王女として縛られたくない!」


「そのために、『今』オマエに何ができる?」


「私は……、アルファクラスのリーダーになる!リーダーになってみんなを守って、みんなと楽しく過ごすんだ!」


「……よく言った」


私は自分の思いを口にすることで軽くなった。

さっきまで私を苦しめていた嫌な気分が消えていく、晴れていく。

これが、鎖を切る…


背中で何かが動くのを感じた。

久々に感じた。


でも、この鎖を切ったのは私?それとも…


「いい顔になったな」


ありがとう、ウィリアムくん。

やることは決まった。このままにさせない。

エリザがリーダーに一番ふさわしい。

でも、私がみんなを守りたいんだ。

だから私がなる!本当はずっとなりたかったんだ!リーダーに!


話が終わったあと、私たちは学園のほうへ戻った。

そのあとは、学園のカフェの話だったり、オメガの臨時リーダーがサムエルになってこと、アンジェリカ姉さんとウィリアムくんが話したといったようなたわいもない話をした。

この一週間の彼とはまるっきり違い、とても紳士的で、おもしろく、優しかった。

すっきりしたこともあってか翼が出ていないのにずっと空を飛んでいる感覚がした。


学園の領内に近づくと二人とも周りに誰もいないことを確認してから学園の領地に入った。

戻って来たときにはもう夕方だった。


「今日はありがとうねウィリアムくん。……ううん。今日だけじゃない。戦闘試験のときも、オリエンテーションのときも。ウィリアムくんは私によくしてくれたのに私はずっと怒ってばかりで感謝もせずに……、しまいにはあんなひどいことを言って」


「うん。あれは傷ついた」


「……ごめんなさい」


「自分でもわからないんだよね。ああいうことを言われるのは慣れてるからさ。本来なら全く気にしないんだよ。でも『オラベラ』に言われたのは、なぜか傷ついた……」


また名前を呼んでくれた。

名前を呼ばれるたびに、心臓が少し跳ねるのがわかる。


「本当にごめんなさい……」


「うん。いいよ。だからも悲しい顔しないで。なんかお姫様の悲しい顔は嫌だ。笑って笑って」


変顔をされる。


「はは、ははは。わかったわかったから。もうその顔はやめて」


「うんうん。そうやって笑ったほうがいいよ、綺麗なんだから」


えっ?今、綺麗って…

あ、まただ。鼓動が速くなる。

なんで私はこの人の言うことにいちいちこうなっちゃうの?


「あ、あんまり女性の人にキレイキレイって言わないほうがいいよ。勘違いされちゃうよ」


「ん?綺麗な人に綺麗って言って何が悪いのさ」


また綺麗って…

もうー!!彼女いるんだからダメでしょ!


「ダメなの!ウィリアムくんは彼女がいるんだから!」


「ンズリ?」


「他に誰がいるのよ!?」


「ンズリは『まだ』彼女じゃないぞ」


「彼女じゃないの?」


「うん。そういうふうになれたらいいなとは思ってるけど今はすごくいい友達だ」


付き合ってないのか。

でも、『まだ』と言った。

この後、そうなるってことだよね……


胸の奥に一瞬の嬉しさの後に悲しさが押し寄せた。


「あれ?もうついた?ってなんでウィリアムくんまで?」


気づくと、アルファ寮前に着いてた。


「いや、それは送るに決まってんだろう。じゃな『お姫様』。もう負けんなよ」


「うん」


今度こそ力強く私は頷いた。

もう負けない!みんなを私が守る!


私の返事の後、彼は去った。

彼は一度だけ立ち止まったが、振り返ることはしなかった。

私は彼が振り返らなかったのがほんの少し寂しく感じた。



アルファ寮一年生女子部屋



私はエリザとアラベラの帰りを待った。今日は街に出かけたらしい。

二人が戻る前、事前にスラビちゃんとブアさんに

「少し三人で話すことがあるの、でも部屋にいても大丈夫だよ」

ってことを伝えておいた。


「オラベラ!」


帰ってきたアラベラが私を見るやいなや飛びついて抱きしめてくる。


「心配したんだぞ、オラベラ」


少し怒っていそうな顔で言うエリザ。でも、わかってる。これは安堵の顔だ。


「二人とも話がある。いいかな?」


二人はすぐに返事をしてくれて、すぐに話し合いを始めた。


「まず、ごめんなさい。私、自分の気持ちとか考えとか二人に伝えられてなかった。伝えてたらあんなことにならなかった」


「違うよ!うちが勝手にオラベラがリーダーって思ってて、話し合うもなにも、決まってるよねって楽観的に考えてたのがいけなかったんだよ」


「私も同じだ。オラベラがリーダーをやりたくないとは微塵も考えなかった。……オラベラ、リーダーをやりたくないなら無理にやる必要はない。私がやる。エドワードに任せるわけにはいかない」


「ありがとう。二人とも。でもね、今日二人に言いたい一番のことがこれ、私、アルファクラスのリーダーになりたい!。リーダーになってみんなを守りたい!みんなと楽しく過ごしたい!クラス対抗の優勝を目指して頑張りたい!女王の役割に縛られたくない!自由に自分の心が赴くままに生きたい!」


私がそう言ったあと、エリザは感動したような顔をし、アラベラは目に涙を浮かべていた!

そして抱きついてきた。


「うんうん!うちも!うちもオラベラにそういうふうに生きてほしい。よかった。よかった。オラベラが自分の口からそう言えてよかった」


アラベラは私に抱きついて、泣きながら言う。


「ごめんね、アラベラ。こんなに私のことで心配してたんだね」


エリザはゆっくりと私たちに近づく。

彼女の目にも涙が。


「いい顔してるね、オラベラ。私たちのおかげでそうならなかったのが癪だけど、今はいいわ。私もオラベラには自由に生きてほしい」


そしてエリザは私たちに混ざり、三人で抱き合った。

ふと気づく、スラビちゃんもブアさんもそれを見ていたことに気づく。


「二人とも来て!」


私がそう言うと恐る恐る近づく二人。

近くまで来たところにアラベラがブアさん、エリザがスラビちゃんを捕まえ、私たちの輪に入れた。

アルファ一年女子五人の仲良しハグである。


「二人にも言っとくね、スラビちゃん、ブアさん。私、アルファクラスのリーダーになりたい!みんなを守りたい、みんなと楽しく過ごしたい、みんなとクラス対抗に向けて頑張りたい!だから二人の力を貸して。お願い!」


「うん!僕はオラベラがリーダーがいい。だから推薦した」


スラビちゃんがすぐにそう言ってくれた。


だけどブアさんは震えていた。


「ブアさん、無理にとは言わないよ」


そう言った瞬間にブアさんが泣き崩れた。


「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい……。私のせいなんです。私のせいでこんなことになったんです」


私はブアさんに近づき、優しくハグし、宥めてあげた。


「私は怒ってないよ。大丈夫。ブアさんのせいじゃない。全部私のせいだから。というかもう誰のせいとかやめよう。起きたことはもういい。何ができるかを考えよう。だからまず、ブアさんの考えを聞かせて。エドワード王子に投票したのはなぜ?私より彼がリーダーにふさわしいと思うのならそれでいいんだよ」


「違うんです。……エドワード王子殿下は私に命令したんです。『この学園におけるのオマエの主として命じる、私に投票しろ。そしてこのことを誰にも言うな』と」


「あのくそ王子め!」「はぁー、あきれて言葉も出ないわ」「エドワード王子ずるい」


「私もオラベラ王女殿下がリーダーになってほしいです」


ブアさんが泣きながら言う。


「そっかそっか。大変だったねブア『ちゃん』。本当のことを言ってくれてありがとうね」


うん。こうやってみんなと話し合おう。

リーダーとしてみんなの思いを聞いていこう。


「みんな、さっきも言ったけど、改めて正式に言う。私、オラベラ・セントロはアルファのリーダーになりたい。だからみんなの力を貸して!本リーダー決めでは私に投票して!」


「もちろん」「もち」「うん、そうする」「はい、かしこまりました」


全員からいい返事がもらえた。


「これで五つの投票は確定したね、あと一つでもあれば勝てるよ」

「うん、あと一人だ」


「それじゃ、ダメよ」


「え?」「え?」


「私はアルファの『みんな』に、私をリーダーとして選んでもらう。一人残らず、十人全員にね」


「それって完全にエドワード派のロポルくんもってこと?」


驚きの表情でアラベラが聞く。


「彼だけじゃないわ、エドワードにもよ」


「ええー」「ええー」


一瞬「それは無理」という顔をみんながしたが、私の決意が伝わったのか、すぐに彼女たちも真剣な顔になった。


「だったら頑張らないとね」


「よっしゃ、うち頑張るぞ!」


「僕も頑張る!」


「わ、わたしも全力でお手伝い致します」


「うん、みんなよろしく!」


その後、エリザとアラベラが街で買ってきた食料で夜食を作り五人でおいしく食べた。

楽しい会話はずっと続き、食事が終わったあとも、女子部屋のベッドの上で夜の遅い時間まで話した。

ほぼ真夜中を過ぎた頃に少しずつみんなが眠くなっていき、一人一人と眠りについた。

私とエリザだけがまだ起きていた。


「私は今でもエリザがリーダーに一番ふさわしいと思っているよ。それは変わらない。でも、それでも私がやる。やりたいんだ!」


「うん。オラベラのやりたいようにして。私はリーダーをやりたくない。やると言ったのはオラベラにこれ以上やりたくないことをやらせたくなかっただけ。オラベラがリーダーやりたいんなら私は大歓迎」


「ありがとう。でも、私だけの力では足りない。エリザ、力を貸して」


「うん、もちろん」


「うちも!……うちを忘れないで……スヤスヤ……」


「ははは」「ははは」


「うん、みんなでがんばろう!」


コンコン


ドアを叩く音がする。


「こんな時間に誰?」


「オラベラ、用心していくよ。また、あのクソ王子だったら今度こそぶっ飛ばしてやる」


「うん」


私たちは用心しながらドアを開けた。

そこには意外な人がいた。


「氷条くん!?」


「遅い時間にすまない」


「あ、う、うん。どうしたの?」


「答えが出た。そなたらを特訓する」


「おお、いいの?やった!」


「うむ。では特訓は平日の朝に行う。毎朝5時30分、闘技場に集合だ」


「5時30!?」


「何か問題があるのか?」


「い、いいえ。よろしくお願いします」


「では」


それだけを言って氷条くんは去った。


「……すぐに寝ないと!」「……すぐに寝ないと!」


そして明日、ううん。今日の数時間後からミレニアム学園での二週間目が始まる。



一限目の授業5分前、廊下にて、


「疲れた…」

「お母さんの修行以上にきついとかありえない…」

「疲れたー、眠い…、死ぬ!」


氷条くんとの最初の特訓を終えた私たち三人はへとへとに疲れていた。

特訓が終わると急いで準備し、お腹いっぱいにはほど遠いちょっとした朝食を取り、急いで授業に来たのだ。

疲れたが、氷条くんの特訓はとてもためになるものだった。

これからも続けていけば成果は出るだろう。

疲れているが、昨日から絶好調だ!

ふふふ、……ウィリアムくんのおかげ。

彼と話してから吹っ切れた。大切なものが改めてわかった。もう迷わない!

しかも昨日たくさんお話ししたからもう彼とケンカすることはない。

これからはいい友達として接していこう。

私は嬉しさでいっぱいだった。顔にも出ているのか。

アラベラとエリザに「嬉しそうだね」と言われたくらいだ。

うん!私は嬉しい!嬉しいのだ!

今日はどんなことがあったとしても最高の気分でいる自信がある。


あ!ウィリアムくんだ!今日もサムエルとンズリと一緒だ。

傷はちゃんと治してもらったかな?

大丈夫かちゃんと聞きたいし、あいさつしよう〜っと。


「ウィリアムくんおはよう!」


一呼吸を置き、彼は私を見つめながら言った。


「おはよう『嘘つきプリンセスさん』」


むむむ……、むっかーーーーーー!!!!!


「あんたね、プリンセスはやめてって言ったじゃない!というか、まだ私を嘘つき呼ばわりするとかなんなの!?私はあなたのことを心配して、大丈夫かどうかを聞きたかっただけなのに!昨日一瞬いい人だなと思った私の気持ちを返して!もう、本当ありえない!」



オラベラ・セントロの学園での二週間目が始まる。

読了ありがとうございます!臨時リーダー決定後、関係図が少しずつ軋み始めます。

次回は――『魔術と魔法』の境界がきしみ、街に満ちる悪意が新たな報せを運ぶ。

面白かったら☆・ブクマ・感想、めちゃくちゃ励みになります!

第18話は【10/23(木)】公開予定

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― 新着の感想 ―
オラベラとウィリアム、いいじゃん♡
オメガの臨時リーダーはサムエルか!おめでとう?(笑) クレアのおじいさんすごい人だった!彼の行方も気になるね! そしてオラベラも、何か吹っ切れたようで良かった!これから楽しく過ごして欲しい。がんばれ!
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