第13話:最初の朝と予想せぬ衝突
ーオラベラ・セントロー
昨日の疲れのおかげかぐっすり寝れた。
寝起きはよく、これぞという時間に起きられた。
起き上がると、隣ではエリザが既に自分のベッドを整え終わって、座っていた。
「おはよう」
「おはよう。相変わらず早いね」
「お母様との特訓の時間だから、自然と起きちゃう」
「そっかぁ」
特訓か。これから自分を鍛え上げる方法を考えないとね。
テッド兄さんが言ってた。ここでは戦闘力がかなり重視される。
最悪それがあればどうにか生き残れると。
S評価をもらったけど全然だめだった。
他のS評価の人に勝てる気がしないし、氷条くんはもう何をどうすればああなれるか検討もつかない。
あ〜。どうしよう。私がみんなの足を引っ張るわけにはいかない。
「オラベラ!」
「はい!」
「もう。なに朝から難しい顔してんのよ。ここに来る前にも言っといたけど一人で背負わないで。私たち三人で物事に臨む。そう話し合ったでしょ?」
「う、うん。ごめん。昨日の試験がインパクト強すぎて…」
「氷条くんでしょう?」
「見てたよ。遠くからだったからよくは見えなかったけど何もできなかったのよね?」
「うん…」
「私もびっくりだったよ。私たちの同世代でオラベラに勝てる人はいると思ってなかった」
「なに言ってるのエリザ、そんなのいっぱい」
「いない!…って、昨日までなら言えたんだけどね。他のS評価の人もありえない強さだった。ジアンシュ先生に軽くあしらわれたから多くの人にはそうは見えなかっただろうけど、わかる人はわかっている。五人とも化け物よ」
「うん、…だね」
「オラベラも!」
「え?」
「オラベラもその五人の一人。忘れないこと。いい?」
「私は…」
エリザはオラベラに近づき睨みつけた。
「いい?」
「は、はい…」
「氷条くんとウィリアムくんは別枠。あそこと競っても仕方ない。ウィリアムくんはビーストマスターだから、本人が強いんじゃなく、あの魔獣が異常なだけ。魔獣に詳しいアラベラもあんな魔獣見たことない、知らないって言ってた。だから未確認の幻獣である可能性が高い」
「げ、幻獣…」
「うん。普通の人は幻獣に太刀打ちなんかできない。常識でしょう?」
「うん…」
「氷条くんは…。同じクラスになったことを幸運に思うべきね。はっきり言って強すぎる。こう簡単に言いたくないけど、お父様やお母様より強いし、ダニロ兄さん、サン姉さんよりも強いと思う。もしかしたらナイトの先生たちよりも」
「私もそう思った…」
氷条くんはジアンシュ先生に剣を抜かせた。
テッド兄さんが言ってた。
在学の五年間で数多くの生徒がジアンシュ先生に模擬戦を挑んだけど、たった一度も剣を抜かせることができなかったと。
それを入学初日の一年生がやってのけた。
「オラベラさえいやじゃなければ、氷条くんに稽古つけてもらえないか、後で頼みに行かない?彼から多くのことを学べると思う」
「う、うん。行く」
「うん、同じ寮に住むし、話す機会も多いでしょ。どっかいいタイミングを見つけよう」
エリザは強くなることに興味はない。
才能はあるけど、戦うことは好きじゃない。
だけど、私が悩むことを知ってこういう話をしてくれたんだと思う。
さっそく、迷惑かけちゃってる。
ごめんなさい、エリザ。
でもごめんなさいと言うと絶対に怒られる。だから、
「ありがとう、エリザ」
「何言ってるのよ、私のためでもあるんだから」
テッド兄さんが言ってた、『今日の迷いは、今日のうちに』。
今日どこかで氷条くんにお願いしよう。
話が一区切りしたところで部屋を見渡した。
アラベラはまだベッドの中。スラビさんも同じく。ブアさんは、既に着替えも準備も完全に済ませ、扉の横に立っている。
透き通る白銀の髪、鋭い金色の瞳、すらりとした体つき。
頭には小さな羽角めいた飾り羽、背には艶やかな褐色の翼が広がる。
所作は一流のメイドそのものだが、身にまとうのは肌の露出が過ぎるメイド服で、場にそぐわない。
鳥科の獣人の少女は少し顔を下げ、まるで指示を待つかのように動かない。
大丈夫かな?
ちょっと話しかけてみよう。
「ブアさんですよね?おはようございます」
私が話しかけると、ブアさんは素早く、だけど静かに私の前に近づきタオルを差し出した。
「おはようございます、オラベラ王女様。本日のご予定は8時45分から入学式、続いて学園のオリエンテーションでございます。朝食はいかがなさいますか?食堂へお運びになりますか?それとも私がお支度いたしましょうか?」
「えっ?ブアさん?」
「私も同じことされたわ」
エリザが言う。
「エリザもって?」
「この子、私が起きてたときにはもう既にああやって扉で待ってたのよ。そんなことしなくていいと言っても聞かないの」
ブアさんは難しい顔をした。
「ブアさん。私たちクラスメイトだよ。エリザが言うようにこういうことをしてもらう必要がないの。同等に扱って、ね?」
「……それはできません」
「どうして?」
「私はメイドです。主様に仕えるしもべです。マルクス様がいらっしゃらないこの場では、皆様をお仕えするのが私の責務でございます」
マルクス大将軍のメイド!
だからどこかで見た覚えがあったんだ。
「ブアさん、だめだよ。ここでは全員平等なの。私はブアさんが私に仕えてほしくない。あなたと仲良くなって、お友達になりたいの」
ブアの指先が小さく震え、金の瞳が揺れた。
「申し訳ございません。仕えることができませんと、私の役目が消えてしまいます。どうか、学園にいる間だけでも仕えさせてください」
「ごめんね、それはいやなの…」
ブアの顔に涙が溢れる。
「ええ?なんでなんで?なんでそれで泣いちゃうの?」
「すみません、仕えることさえ拒まれる駄目なメイドで、本当に申し訳ございません。どうか許してくださいませ」
「私と話したときも大体そんな感じ。断ったら泣きそうになったから、お水を持ってきてって頼んだら落ち着いたわ」
「ごめんなさい、お許しを…」
ブアさんは泣きやまない。
こういう子、城にもいたな。
たいてい、親も城に勤める人で、幼い頃から誰かに仕えるための教育をされている。
私は構わずそういう子とも友達になりたかったけど、彼らが大きくなるにつれて友達でなくなり、家に仕える者となってしまう。
嫌だな。ここではみんなと平等でいたい。
でも、この子がすぐには変われないことはわかる。
「うん。わかったよ。こうしよう。今は仕えていいから。でも少しの間だけ。その後は友達になろう?ね?」
「オラベラ王女様とお友達だなんて、とんでもございません」
「じゃあ、仕えることを認めないよ。いいの?」
「くっ…」
「友達になる努力をするって約束して。そしたら少しの間だけ仕えていいから」
「うぅ…、約束…いたします」
「うん。じゃ、命じます。友達として一緒に食堂に行こう」
「そ、それは?」
「あれ?私の言うこと聞いてくれないの?」
「うっ…、わ、わかりました。お供させていただきます」
「うん」
「ふふふ」
エリザが笑った。
「どうしたの、エリザ」
「ううん、ひさびさにずる賢い『やんちゃ姫』を見たなと思って」
「ええー。やばい。お母様に怒られちゃう」
「ははは」「ははは」
よっと。
私は立ち上がり、まだ寝てるはずのアラベラのベッドに行った。
そこには、目を開け、半泣き状態になっているアラベラがいた。
「アラベラ!どうしたの!?大丈夫?」
「……………」
「アラベラ?」
「さーみーしーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
と寮全体が目を覚ますんじゃないかの大声で叫んだ。
実際に寝ていたスラビさんが、一瞬だけ半身を起こし、
「マジック・カウンター!」…スヤスヤ…
と寝言を言った後に再び寝た。
「バカベラうるさい!」
そう言うエリザも大声。
「だって、だって、今までずっとみんなが『おはよう』って私の上に群がって、私が身動きできないほどに押しつぶすんだもん。それがないなんてさーみーしーよー!!」
ベッドの上でばたばたするアラベラ。
「そう?身動きができないほどに押しつぶされたいのね…」
「うん…」
エリザが小悪魔を通り越して、魔女の顔をした。
「オラベラ、ちょっと来て」
エリザは私と腕を組み、部屋の端っこまで歩いた。
「オラベラ私についてきてね。『絶対』に止まっちゃだめだよ」
「う、うん」
そうするとエリザは全速力でアラベラのベッドに走り出した。
そして近くまで来るとアラベラのベッドに向かって飛んだ。
もちろんエリザに腕を組まれている私も一緒である。
「きゃー!!いたいいたい!いたいって」
「どう?バカベラ。こんな感じかしら?」
「重いって!潰れちゃうって!」
「バカベラが望んだことじゃない。オラベラももっと押しつぶしちゃいなよ」
「エリザ、二人はやりすぎよ。細いアラベラなら一人でも押しつぶせるって」
「気にしてることそんなふうに言うな!」
「はは。ごめんごめん。でも、なんで気にするの?細くて綺麗じゃない」
「はぁー。今ので完全に起きたわ。とりあえず、赤毛魔女とメロンお化けはどけ」
「魔女とかひどいな、せっかく希望通りにやっただけなのに」
「め、メロンお化け!?」
「うん、確かにその大きさまでいくとお化けだよ」
「エリザ!」
「ヒヒヒ」
アラベラは起き上がると、
「おはよう!今日から頑張ろうね!」
と私とエリザにハグして、
ネズミのレンジくんとフライングキャットのアンジーちゃんにも挨拶代わりになでなでする。
そしてその目はブアさんに向けられた。
まずい……、でもこの目をしたアラベラは止まらない。
エリザもこの後起きることをわかっているため呆れた顔をする。
こめん、ブアさん。
「ブアちゃんおはよう」
アラベラが言うと、すっとブアさんはアラベラにタオルを差し出し、
「おはようございます、アラベラ様。本日のご予定は8時45分から、えっ?アラベラ様、アラベラ様。な、なにを」
アラベラはブアさんに抱きついた。
「かわいい!!めっちゃいい匂い。細いとこは細いのに出なきゃいけないところはちゃんと出てるね。翼もかわいい!目、金色。ていうかこのメイド衣装セクシーすぎない?やばっ。超好きなんだけど。今度うちにも着させて。そうだ!衣装交換しよう。ていうか私がブアちゃんの衣装をいっぱい買ってあげるね。だから、うちとお友達になろう。ね、ね、ね?」
ブアさんに抱きつきながら、体のあらゆるところを触り、ブアさんをチェックするアラベラ。
アラベラは「獣」とつく生物が大好きだ。
それが「魔獣」であっても『獣人』であっても変わらない。
本人に悪気はないが、はたから見ると、女の子に執拗に迫るおっさんと変わらないのである。
「アラベラ様、お、おやめください、そ、そんなところまで」
「え?なんでうちらもう友達だよね?ちゃんと見せて」
そうしてアラベラは自分のベッドにブアさんを押し倒した。
「だ、ダメです。ダメです。この体はマルクス様のものです。どうか、どうかおやめください」
「ふふん。いいじゃん。こんくらいマルクス大将軍も許してくれるって」
念の為に説明するが、一切エッチなことはしていない。
アラベラはただ文字通りブアさんの体を隅々観察し、ときどき確認するために触っているだけ。
数分後、
「はぁ、はぁ。もうマルクス様のお嫁さんにいけない……」
「ブアちゃん、めっちゃ綺麗!これからも仲良くしようね」
そう言うアラベラの目は少し狂気じみていた。
「は、はい…」
こうして強引にアラベラはブアさんを自分のお友達にした。
これで五人のうち四人は起きた。
けど、まだ一人、スラビさんが寝ている。
そろそろ起きないと、朝食には間に合わないかもしれん。
起こしたほうがいいかな?
そんな心配していると私たちの部屋の窓に巨大なフクロウが現れた。
くちばしで窓を叩いてる。
言うまでもなく、これに一刻も早く気付いたのはアラベラである。
「かわいい♡」
「えっ?」
先ほどまで体を弄ばれたブアさんは嫉妬と悲しみが混ざった顔をした。
アラベラは窓を開け、フクロウを部屋に入れる。入ってきたのは、私の肩口に届く大きさのフクロウ。
胸は雪みたいに白く、背は灰と黒の斑。
ふさふさの長いまつげの奥で、瞳は溶けた金色に光る。
首には蒼い宝石のついた金の首飾り。
訓練された子らしく、鉤爪で床をコツンと一度鳴らし、こちらにお辞儀した。礼儀正しい子!
そのまま歩こうとしたところ、アラベラに抱きつかれる。
「かわいい!てかかっこいい!イケメンフクロウだよ!ねね、遊びに来たの?飼い主いる?いないなら『うち』の子にならない?ううん、いても『うち』の子になってよ。ね、ね、いいでしょう?」
「ホッ、ホー」
翼をばたばたさせ、まるで「やめてください、僕には心に決めてる相手がいるんです」
と言ってるかのように巨大フクロウは動く。
「ね、いいじゃん。うちと仲良くなろう。ね?ね?」
「ホ、ホウ、ホウゥ…」
フクロウは抗えなくなり、そのままアラベラになでなでされる。
もうされるがままだ。
「ホゥ…、ホゥ…」
「ここが気持ちいいのね。うんうん、もっといっぱい気持ちよくしてあげるからね」
改めて言うが、エッチなことは何もしていない。
変なセリフになっちゃってるけど、フクロウさんをなでてるだけである。
このようにアラベラは大抵あらゆる魔獣と仲良くなってしまう才能?を昔から持っている。
獣人にも好かれる。
好かれると言うか、純粋無垢な愛を向けられる為それを嫌がるというのが無理な話。
でも、小さい頃は「仲良くしよう?」と優しく微笑みかけるだけだったが、大きくなるにつれそのアプローチは徐々に大胆になっていき、今ではこんなである。
って、時間!
「アラベラ!そろそろ出ないと!食べる時間なくなっちゃうよ。食堂の混み具合とかわかんないしやばいかも」
「あっ、ごめん。急いで準備するね」
アラベラはここでやっとフクロウを放す。
「私は別に食べなくてもいいけど、オラベラは食べないとだよね…」
「う、うん。そ、そうだね。できれば食べたいかな」
エリザは昔から少食だ。「腹減った」なんて一度も聞いたことない。
ってフクロウさん!?
巨大なフクロウはスラビさんのベッドのもうふをクチバシで外し、やさしくスラビさんの頭を軽く突いている。
「うぅ…、もう朝?おはよう『マツゲ』」
スラビさんのフクロウだったんだ!
マツゲくん!うん、確かまつげ長いもんね。
合ってるあってる。
「あっ、皆様おはようございます」
スラビさんは立ち上がり、私たちに挨拶した。
腰まで届く淡い金髪のゆるい巻き毛。
瞳は薄い青緑色。
小柄で細身、幼さの残る、可愛らしい顔立ち。
立ったスラビさんとマツゲくんの背の丈は全く同じだった。
スラビさん小さくてかわいい。
ブアさんはスラビさんにタオルを差し出し、
「おはようございます、スラビ様。本日のご予定は8時45分から〜」
と先ほどと同じ流れである。
スラビさんは困惑しながらも、
「よ、よろしくお願いします」
と言った。
ブアさんは大喜びだった。
私もそうしたほうがよかったのかな……
でも、私はブアさんとお友達になりたいからダメダメ!
「スラビさんおはよう、今日からよろしくね」
「おはようございます」
「おっはー」
私たち三人もスラビさんに挨拶した。
五人とも準備を終えて、部屋を出た。
寮のキッチンで優雅に朝食を食べているセレナ、アエル、ミラリス先輩がいた。
「おはようございます先輩」
「ん?おはよう。遅いわね。食べずに入学式に行くつもり?」
「いいえ、これから食堂に向かいます」
「はぁ!?バッカじゃないの?もう間に合わないよ。この時間の食堂はギリギリに起きて朝食を取ろうとするバカ生徒で溢れてるんだから」
「そう…なんですか」
私たち五人は少し落ち込んだ。
「はぁー。しょうがないわね。そこで少し待ってな。今なんか作ってあげる。あまりものしかないから期待しないでよね」
「いいんですか?ありがとうございます」
「礼を言うくらいなら、次はもっと早く起きなさい!それと大声を出すときは外で!みんなに迷惑かかるでしょう?そして、魔獣!こんな大きいの、中に入れない!小さいのも持ち主が常に側に置く!で、なによりも男に気をつけること!特に上級生。かわいい一年が入るとスイーツに群がったハエのように口説きにくるんだから。騙されてはダメよ。結局そういうやつらは体目的の最低なやつらだから。アルファの先輩でもそれは変わらないよ。同じ寮だからって油断するな」
お、怒られている。すごいいろいろ言われている。
でもセレナ先輩は手際よく、私たち一人一人に紅茶を準備して、パンを切り、卵やソーセージを焼いてくれている。
ブアさんは「私にやらせてください」って言ったのを、
「あんたはそこに座っていなさい」と一喝して黙らせた。
口調はあきらかに怒っている人のそれなのに優しさしか感じない。
言っていることも私たちへのアドバイスばっかりだ。
「ってことだから、私はあんたらの面倒なんて見る気は一切ないからね」
セレナ先輩が言い終わると、「ドン」とテーブルの音。
料理皿がテーブルに置かれた。
「さっさと食べなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
呆気にとられながらもありがたくいただく。
「気にしないで。セレナはいつもこうだから。なんだかんだ文句を言いながらも助けてくれる」
食事中にアエル先輩が言う。
「聞こえてるわよアエル!後輩にうそつかないで、私は一切面倒みないから」
「あらあら。セレナちゃんの方がうそだよ。セレナちゃんはいつも守ってくれるもん」
ミラリス先輩が続く。
「あんたは黙って食べなさい!ミラリスが食べるのが一番遅いんだから!」
「は〜い」
アエル先輩は力強いストレートな口調で、ミラリス先輩はふわっとした口調だった。
セレナ先輩は終始怒った顔をしていたが、みんなが
「「「「「ご馳走様でした。おいしかったです」」」」」
というと、
「ふん、私が作ったんだからおいしいに決まってるじゃないの。バカなこと言ってないでさっさと入学式行くわよ」
と嬉しさを隠せずに、頬をほんのり染めた。
ー入学式ー
学園の大広間に全校生徒が集まった。
昨日の集団協議試験のときとは打って変わって、椅子がずらりと並べられ、式らしい飾り付けが施されている。
入学式といっても保護者や外部の来賓はいない。
学園内部だけで執り行われる式だ。
あくまでも学園の中の者での入学式。
それでも壇上に並ぶ「ミレニアムナイト」の先生方は、貴族や王族以上に名の知れた面々で、豪華来賓顔負けの存在感がある。
特に先ほどから女子の目線を釘付けにしている方は世界で最も有名なナイトの一人。
「それでは、改めてミレニアム学園へようこそ」
校長先生の挨拶が終わるとクイーンさんが前に出る。
「続きまして、特別挨拶。ウィルフレッド・グスタマンテ様お願いいたします」
女子の目線を釘付けにしているそのナイトは立ち上がる。
黒髪を後ろへ撫でつけた長身の男。
切りそろえた眉に鋼色の瞳、通った鼻梁と薄い唇。冷たく整った顔立ち。漆黒の外套とコートは金の意匠で縁取られ、細身ながら無駄のない筋肉が布越しにも分かる。
腰には黒刃の剣、留め具は鴉の紋。
十人しかいないグランドマスターの一人にして、
唯一ジアンシュ先生に勝つ可能性があると噂される男。
通称『レイヴン・ナイト』ウィルフレッド・グスタマンテ。
うん、かっこよさで言うなら、こういう人の方がかっこいいと思うな私。
別にタイプとかなんでもないけど、どちらかと言えばね。
「諸君、ミレニアム学園への入学おめでとうございます。今日は長い話をするつもりはない。私が君たちの立場なら眠くて仕方ないことであろう。だから簡潔にまとめる。そして今日の話はあまりにも当たり前過ぎて語るほどのかと皆も思ってしまうのかもしれない。いいや、むしろそう思ってることを願う」
グスタマンテ様から溢れる声は低くて、男らしく、聞かなければならない音色に包まれているような響きで私の耳を突いた。
他の生徒の反応からして、おそらく皆も同じなのだろう。
「このミレニアム学園という機関はミレニアム協定国家連合が駄々をこねた結果、出来上がった場所だ。どの国も『自分の王国、帝国からミレニアムナイトを』という欲望が形を持ったのがこの学園。だが、この三百年でミレニアムナイトになることの難しさを協定国家連合も噛みしめたことだろう。それに歴史に精通している者ならお分かりだと思うが、私たちミレニアム騎士団は一度は学園の創立を断っている。そもそもミレニアムナイトになるのには古から選抜方法がある。この学園はその古からの教えに真っ向から逆らっている機関であると言ってもよい。だが、君たちはそんなことを気にすべきではない」
生徒の反応が「えっ?」「どういうこと?」のような感じだ。
「また、このミレニアム学園はミレニアム騎士団の大きなリソースを使用している。それは金、技術、設備だけではない。なによりも使われているリソースは人材だ。簡単に計算しよう、五学年かける五クラス。それぞれのクラスに担任が一人。ここだけで二十五人のミレニアムナイトが使われていることになる。校長、特別教員を含めれば、さらに増える。世界の平和を守るために今枯渇している大事なミレニアムナイトがだ。だが、君たちはそんなことを気にすべきではない」
明らかによくない話をしているという空気は全校生徒に伝わった。
校長先生も厳しい顔をしているが止めようとはしない。
「君たちが気にすべきところは……」
グスタマンテ様は一度、話を止め全員を見つめる。
「ミレニアムナイトになれるチャンスが与えられたのに、ミレニアム学園創立から三百年でミレニアムナイトになれたのはたったの二十九人という不甲斐ない結果だ」
みんなが唾を飲んで、グスタマンテ様の話を聞く。
けど直視はできない。
彼の言葉は重く、深く突き刺さる。
これ以上はと思った校長先生が立ち上がろうとしたところ、
「三十一名です」
グスタマンテ様の斜め後ろにいたクイーンさんが言った。
「なに?」
「今年の卒業生、『最強の世代』の二人、マウディア・グリフィン様とダシャ様を入れて三十一名でございます」
礼儀をわきまえながらも、
「自分の代を忘れないで!」と主張するかのようにクイーンさんは言った。
グスタマンテ様は数秒クイーンを見つめた後、続けた。
だが、その続きからは先ほどの突き刺さる嫌な雰囲気が消えていた。
「失礼をした、クイーン。三百年でミレニアムナイトになれたのはたったの三十一名。十年に一人出るかどうかだ。これでは私たちもミレニアム学園の創設を認めた意味がなくなる。そのため、君たちにはミレニアムナイトになることを目指して精一杯の努力をしてほしい。昨日入学した300期生から、そしてこの場にいる全校生徒から一人でも多くミレニアムナイトが出ることを期待している」
十年に一人…
なんとなくの数は知ってたけどやはりミレニアムナイトになれるのはほんの一握りなんだね。
「それと、マグワイアーから嬉しい知らせがあった。今年卒業したばかりの『最強の世代』と呼ばれた295期生が入学したときは戦闘力評価S以上が三人だったが、昨日入学した300期生には、それを大きく上回る、史上最高の七人がいると聞いた。ゆえにこの代に大きく期待している。君たちが大きくは羽ばたけることを願う」
それだけ言い終えるとグスタマンテ様は自分の席に戻っていった。
席に戻る最中に、彼に拍手喝采を贈るように無数のカラスの鳴声が聞こえた。
席に着くと隣の校長先生に肘で突かれ、「言い過ぎだ」と言われた気がした。
「ウィルフレッド・グスタマンテ様、どうもありがとうございました。続きまして緊急連絡事項に移ります。セバスチャン・アウグスティン先生、よろしくお願いいたします」
セバスチャン先生は前に出た。
ただ、すぐには言葉を発せずにそのまま立ち止まった。
そして数秒の沈黙ののち、話し始めた。
「昨日、ホワイトシティの富裕区で殺害がありました。殺されたのは。ヘンリック・マース。元ランク8冒険者のパラディンにして、この学園の卒業生でした」
セバスチャン先生の言葉から彼の悲しみが伝わる。
だが、そんな悲しみがまるでどうでもいいかのように、
「ああ!それだ!」
と大声で我鷲丸くんが立ち上がって言った。
サムエルが言ったように少し変わってる人なのかもしれない。
我鷲丸くんは静かにするよう注意され、先生は続けた。
「まだ事件の詳細はこちらに伝わっていない。だが、引退した身とはいえ元ランク8冒険者が殺害されたことになる。ホワイトシティに出かけるときはくれぐれも注意するように。今のところ特別な外出制限を設けるつもりはないが、門限は必ず守るように。以上だ」
セバスチャン先生は下がり、クイーンさんが前に出る。
「以上をもちまして三百期生の入学式を終了します。上級生はそれぞれの授業へ、一年生は私についてきてください。大教室へ移動します」
ランク8冒険者。
サンさんとダニロさんと同じくらいの強さ。
かなりやばいね。
それにテッド兄さんが言っていた、
「ランク7を超えた冒険者からミレニアムナイトと渡り合えるようになっていく」と。
それにしてもヘンリック・マース…。
どこかでその名前を聞いた覚えがあるんだよね。
ー大教室ー
一年生五十人全員が入れる大教室に連れて行かれ、みんな席についた。
座る順に決まりがなかったものの、自然とクラスごとにまとまって座った。
一番左に私たちアルファ、右に行くにつれベータ、ガンマ、デルタ、最右にオメガだ。
入学式のときから、リルヴィアさんは終始カサンドラの側を離れない。
見ていてとても安心できる。
フォーヤオは最前列のど真ん中に一人で座っている。
逆に後列のレジーナ王女の周りに人だかりができている。
デルタはクレイくんの取り巻き四人が固まって座っていて、あとは二人を除いてばらばらだ。
オメガは金髪、紫瞳のめっちゃ綺麗な人の周りに人だかりができている。
そして、一番の問題児!ウィリアムくん!
デルタとオメガの真ん中に座り、ンズリの隣に座っている。
ンズリの隣にも女の子が一人。友達ができたのかな?
ンズリは授業が始まろうというのにウィリアムくんと腕を組んだままだ。
授業始まるんだよ!さっさと離れてよ!
それにしてもあの二人…。
なんか距離が近い…。
ううん、昨日の時点でも近かったけど、何かが違う。何かあった?
あれ?なんで胸がざわめくの?
「オラベラ!」
「はい!」
「さっきから何を見てるの?」
「ううん。何も見てないよ。本当に。本当に何も見てないから。本当本当」
「こいつ怪しいな。どう思いますか、エリザ捜査官?」
「ふむ。確かに怪しい。昨日からときどきここにいるのにいない感じがする。そしてときどき何かを見ているような気もする」
「ち、ちがうって。な、なに言ってるの二人とも」
「あっ、もしかして気になる男でもできた?」
まずい、否定したところで、私の動揺を感じ取って絶対に信じてくれない。
ど、どうしよう…
「オリエンテーションを始めます」
セバスチャン先生の言葉で危機一髪逃れることができた。
まずは学生証が各クラスの担任、オメガクラスはクイーンさんから渡された。
ジアンシュ先生は今日は来てないらしい。
昨日、学生証がエラーを起こした私を含む四人はもう少し学生証の調整に時間が必要らしく、午後の授業まで待つように言われた。
次にクイーンさんが皆に書類を配り始める。
「今配られているのは、機密事項に関する取り扱い、この学園の主な決まり・校則・ポイント、そしてクラス対抗試験に関する資料だ」
分厚い資料が渡される。
「最初の数ページは、入学前に君たちがサインした誓約書とまったく同じ内容である。要点は一つ。ミレニアム騎士団が機密事項と定めた事柄は、学園関係者以外に決して話すな。破れば騎士団から制裁があるということだ」
「で、今までこれを破ったクソマヌケはいたのか?」
クレイくんは手も挙げずに足を前の机に掛けながら言った。
「いらっしゃいます」
「ほお〜。で、どうなったんだ、そいつは」
「機密事項です」
「ははは。こえーこっちゃ」
「「「ははははは」」」
クレイくんが笑うと取り巻き三人も笑った。
「これから行われる説明は先ほどの機密事項に当たります。くれぐれも注意を」
テッド兄さんも学園のすべてについては話してくれなかった。
エリザもアシュトさんが答えてくれなかった質問があったと言っていたし、
アンジェリカ姉さんも入学前に「なんで教えてくんないのよケチ!」とロイドさんに言ってたのを覚えている。
みんなこれを守っていたということか。
学園の秘密が外に知られないわけだ。
「では、続けます。本日お話しする内容は三点です。
1.個人ポイントとその増減方法
2.クラスポイントとクラス対抗試験
3.クラスリーダー」
セバスチャン先生はその三点を大きく黒板に書いた。
「まずは個人ポイントから。君たち全員が個別に持つポイントのことで、使い方はいろいろあるが、最も注意しなければならない点はこのポイントが0になると退学処分が決定することだ。入学時に全員に100ポイントが与えられている。スタート位置は全員共通だ。個人ポイントは授業成績、筆記テスト、試験、学園内での活動、課外活動等で入手する機会が多くある。逆に学校の校則を破れば減点される。基本的に生徒同士でのポイント受け渡しは不可だ。ただし、一か月に一回、行われる可能性がある『挑戦』で個人ポイントをかけた勝負ができる。挑戦は学生が自由に挑戦内容を考案し、学園に申請できる。複数ある申請から学園が承諾したものを行う。また、挑戦は参加条件を指定することができる。『一年生のみ』などということも可能だ。よって、月によっては参加がそもそもできない挑戦もある。学園側はそのバランスを考慮し、その月の挑戦を決定している」
0ポイントになったら退学になるんだ。
テッド兄さんはそれで退学になったの?
いやいや、あの完璧なテッド兄さんがそんなしょうもない理由で退学になったりはしない。
「次に個人ポイントでできることについて。詳細は資料を見ていただくが、主なものをあげれば、食堂で好きな料理を頼むことから、学園の施設の貸し切り、寮の特別部屋の使用権、特別訓練、禁書閲覧権、クラス対抗試験最下位による退学防止、クラス移籍などだ。ポイントの学園内の施設での使用は学生証を提示すること行える。食堂での飲食にも使う。学生証をまだもっていない四名には本日は食券与える。他にポイントの用途でポイントの使用は担任の先生を通して行う」
退学防止!
たくさんポイントを集めれれば仲間を救えるのか!
うん!いっぱい集めよう!
それとクラス移籍…
カサンドラ移籍してくれるかな?
でもリルヴィアさんもいるし…。
あと、ンズリもアルファに来てもらえれば…
ってないよね。
移籍するならウィリアムくんのところに行くよね…
「この説明からわかるように個人ポイントはこの学園ではとても大切な要素だ。多く持っていることに越したことはない。だが、ポイントばかりを追いかけて、学生の本分である、学ぶこと、経験すること、そして楽しむことを忘れないでほしい。これらもとても大事な要素だ」
楽しむ…
楽しむことも大事な要素なんだ。
「課外活動によるポイント入手は別日に説明する。ポイント減点の詳細についても資料を見てほしいが、よくある質問に限って口頭で説明する。まずここにいるほぼすべての生徒は成人だ。ゆえに私たちは君たちを一人の大人として扱う。そのため基本的な問題は生徒間で解決することが原則となる。教員が介入して事態を収めなければならない段階になった時点で減点があると心得ろ。逆に自分たちだけで問題を解決ができれば、それだけ減点機会も減るということだ。そしてミレニアム学園はどの国家にも属さない機関であるものの、セントラム王国に位置している点は変わらない。この国の法には従ってもらう。法を破った場合は大きな減点があるだけでなく、この国の法によっても裁かれることになる。とりわけ一年生にいる三名の未成年者については、飲酒や未成年者立入禁止施設への入場に十分注意すること。周囲の者も配慮し、違反を誘発しないように心がけろ」
未成年三人いるんだ。
「アルファ・クラスのウィンスター・サプリング、十二歳
ガンマ・クラスのラグガ・アイスランド、十三歳
デルタ・クラスのハッシャシン・サンドランド、十四歳
が未成年となる。三名とも手を挙げよう」
同じクラスのウィンスターくん、小さいなと思ってたけどやっぱり未成年だったんだ。
ラグガさん、大きい。すごく大きい。あれで未成年なんだ。
それとハッシャシンくん。うん、言われないと未成年ってわかんないな。
「今ここで、三名の名前と顔をここで見たことから、後で『知りませんでした』は通用しない」
うん、私は酒をたくさん飲むほうじゃないけど気をつけないとね。
「といっても、当たり前の決まり、校則、法律を守ってほしいというシンプルなことだ。基本的に君たちに大きな制限を設けることはありません。節度さえ守れば寮での飲酒は可能、街への外出も可能だ。恋愛に対しても『お互いを尊重する関係』を守ってくれれば自由である。また、寮のルールさえ守れば、別の寮で寝泊まりも可能で、街で泊まることも認められている。ただし、報告と連絡を忘れないこと。これらの詳細についても資料に目を通しておきなさい。ここまでで質問のある者はいるか?」
顔を真っ赤にして、少し震えながらンズリが手を挙げた。
「ンズリさん」
「じゃ、じゃあ、…彼氏の部屋で、と、泊まってもいいってこと?」
彼氏!?
ちょっと待って!
昨日好きかどうかわからないって言ってたじゃん!
彼氏!?昨日の今日で!?
なんで?なんで?どうして…
「オラベラ、大丈夫?」
「あ、ああ、う、うん。大丈夫だよ」
アラベラは少し怪しそうに私を見つめる。
やめて。そんなんじゃないの。
そんなんじゃないんだけど…
そんなんじゃないのになんで胸が締め付けられるの…
「お互いの寮長の許可があれば問題ありません」
「そ、そうなんだ…」
顔を赤らめるンズリ。
「ただし、一年生は基本的に相部屋なので、その部屋の他の生徒の許可も必要となります」
「りょ、了解」
そう言うとンズリはオメガの男子の方へ向いた。
視線が、二人とセバスチャン先生の間で何度も跳ねた。
気づけば、資料の端を無意味に折っている。
「他に質問のある者はいるか?……。いないな。それでは、クラスポイントとクラス対抗の説明に移る」
クラス対抗。
テッド兄さんが勝てなかった、この学園の最大の難関。
「クラス対抗は五年間に渡って行われる、クラス同士が競い合う戦いだ。
五年の卒業時により多くのクラスポイントを保持しているクラスが優勝し、
優勝したクラスの者には二つの恩賞から一つを選べる権利得る。
一つ『自身の夢を叶えるサポート』、二つ『ミレニアムナイト選抜試験に挑むチャンス』だ。
一つ目の詳細は資料を読んでもらえればわかるようになってるが、簡単にまとめるとミレニアム騎士団はその権力、財産、コネクションを使って君たちの夢を叶える手伝いをする」
うん。その中に『魔法使い』の捜索、その能力の使用も含まれている。
それを使ってカサンドラの病を癒す!
どうせ…、私はミレニアムナイトになれないんだから。
卒業とともに王女としての勤めに戻らなければならない。
この王国の次期国王となる人と結婚しなければならない…
「二つ目の『ミレニアムナイト選抜試験に挑むチャンス』はそのままミレニアムナイトの素質が備わっているかが試される試験に挑むことができる。これを突破すれば晴れてミレニアムナイト。また、クラス対抗を優勝したクラスの全員にこちらの恩賞を選ぶ権利を得るが、場合によっては優勝していない生徒にこの『ミレニアムナイト選抜試験に挑むチャンス』を与えることがある。極めて稀で、この三百年間で数えるほどしかない。だが、このやり方でチャンスが与えられた生徒は全員ミレニアムナイトになっている。つまり、クラス対抗試験の決まりを超えてでもミレニアム騎士団が欲しかった人材だったことになる。まずはクラス対抗を頑張ってほしいがそちらがうまくいかなかったからといって諦めるべきではない。最後まで自分を磨け」
待って!
それはおかしい。
だったらなんでテッド兄さんはそのチャンスを与えられなかったの?
なんで退学になったの?
テッド兄さんを欲しがらない機関などない!
ミレニアム騎士団であってもそれは変わらない。
お父様でさえ、テッド兄さんがミレニアム学園に入学したときは落ち込んだ。
セントラム王国一の人材がミレニアム騎士団に取られると心配し、
退学となったことを知ったときは驚きとともに安堵もした。
それはセントラム貴族も同じだった。
たった一人を巡って、世界の権力者が歓喜し、失意に沈み、安堵し、そして動揺する。
そんな人、世界にテッド兄さんしかいない。
そういう制度があったのに、そのチャンスをテッド兄さんに与えなかったと言うの?
なぜ…
「クラスポイントを得る機会は個人ポイントと比べて、非常に少ない。期末試験のクラス平均、学園行事の上位入賞、学園から与えられた特別任務、学園・国・世界・人のために大きく貢献した活躍。そして、一年に三回行われるクラス対抗試験」
全員がこの試験の話になると、先ほど以上にセバスチャン先生の話に耳を傾けた。
「このクラス対抗試験の概要に関してだけは機密事項じゃないため、卒業生を親や知り合いに持つものなら既にに知っているかも知れないが、各学年別に五クラスは競い合う。競い合う内容は試験管担当に選ばれたミレニアムナイトによって自由に決められる。そのため、試験内容は戦闘に特化したものから、探索、頭脳、判断を競わせるもの、試験管によっては『じゃんけん』なども行われたこともある」
セバスチャン先生がそう言いながら、今は空き席となっているオメガの担任の席を見た。
ちなみにジアンシュ先生は今日も遅刻のようだ。
「そして、このクラス対抗試験で最下位になったクラスの一人が退学となる」
みんなにそのことの重さが伝わるようにセバスチャン先生はそれまでの説明口調から一転、力強く言い切った。
「これは脅しではない。規定だ。個人ポイントの説明にあったように多くのポイントを保持していればこれを防ぐことは可能だが、その数のポイントを一年時に集めるのは通常の方法では不可能だ。そのため、例年、一年時に三人の生徒が退学する」
その後、セバスチャン先生はクラス単位で校則を破った場合、クラス対抗試験で不正行為などを行った場合などにクラスポイントが減点になる可能性があることを説明をした。
「クラス対抗とクラスポイントの詳細も同じく資料を読め。最後のクラスリーダーの説明に進める前にクラス対抗、クラスポイントについて質問のあるものはいるか?」
「はい」「はい」
フォーヤオとレジーナ王女が同時に手を上げた。
セバスチャン先生がどちらかに質問権を与える前にレジーナ王女はニコッと笑って手を下げ、フォーヤオに譲る仕草をした。
「イェン・フォーヤオさんどうぞ」
「退学者はどのような基準で決まるのでしょうか」
「それは次の説明で答えます。しばしお待ちください。ではレジーナ・ロナウドさんどうぞ」
「ありがとうございます。ですが、不要です。わたくしも全く同じ質問だったので」
「では、クラスリーダーについての説明を開始する。各クラスから一人リーダーを選出してもらう。リーダーの役割は主に、学園からの情報をクラスメイトに伝える連絡係、行事等での進行役、クラス単位で学園の外に出た際の引率、クラス対抗試験での指揮、そして」
セバスチャン先生は一度言葉を止め、全員を見つめた後に言う。
「そのクラス対抗試験で自クラスが最下位になった際の退学者候補を決定する」
「えっ?クラスで話し合うんじゃなくて、一人が決めるの?」
「それ、リーダーめっちゃ有利じゃねぇ?」
「リーダーに嫌われたら終わりじゃん」
「なんか不公平な気がする」
多くの生徒がざわめいた。
「静粛に。もちろんクラス内で話し合うことは可能であるが、最終決定はリーダーのものだ。たとえ、九対一でリーダーがその一なら、リーダーの意見が優先される。そのためリーダーという立場は大きな力を持つ。が、同じく大きな責任を伴う。単純に他の生徒よりやることは増えるし、リーダー集会にも参加してもらうため拘束時間は長い。クラス内でうまくいっていないときは批判が集まることもあれば、クラス内でのトラブルにも当たってもらうことになる。退学回避を目的にリーダーになろうと考えている者は、そのメリットに対して。リーダーが求められる仕事量が見合うかどうかをよく考えるべきだ」
ざわめいた生徒もこの言葉で静まった。
「クラスリーダーの決定は五月の最終金曜に行う。決定方法はクラス内で行われる多数決だ。つまりはこの二か月は誰がリーダーにふさわしいのかを一人一人が見極める期間でもある。だが、この二か月間にもリーダーが必要となる場面はある。よって今週の金曜日の最終授業であるホームルームで二か月間だけの『臨時リーダー』を決定する。決定方法は同じだ。また傾向から臨時リーダーがそのまま本リーダーになることが多い。臨時という言葉に惑わされずにしっかり考えて臨むように」
リーダーか。
私たちのクラスは誰がなるのだろう?
まだ、みんなを知らないけど、知っている人から選ぶのであればエリザだ。
真面目で、物事をはっきりと言える。
みんなをまとめ上げられるカリスマもある。
うん。私が選ぶならエリザだ。
「リーダー候補は立候補または生徒の推薦で決まる。どちらもいない場合は担任の先生が候補を指名する。リーダーについての説明は以上だ。この点に関して質問のある者はいるか?」
「カサンドラ・スリバンさんどうぞ」
「資料『全て』読ませていただきました。その中でリーダー変更についての説明がありました。一学期に一度まで、同じクラスの複数の生徒が望んだ場合に限り、担任に相談可能とありました。この場合の複数の生徒の定義というのは、言葉のまま二名以上なのか、もしくは過半数を超えるといったものになるのでしょうか?」
今の説明の最中にこの分厚い資料を全部読んだ?
す、すごい。
やはりカサンドラは天才だ。
そんな説明までこの資料にあるんだね。
後でちゃんと読まなきゃ。
「それは担任の判断です。二名で再投票が認められる場合もあれば、過半数が条件になることもあります。クラス全員が同意がなければ再投票は行わないと判断する先生もいます。個別に担任の方へ相談ください」
「かしこまりました。ありがとうございます」
私の斜め前の場所にいたためカサンドラの顔は見えなかったが、なぜかうっすらと笑った気がした。
「では、質問がなければ学園案内に移る。クラスごとでの移動となる。各クラス自分の担任についていくように、オメガクラスはクイーンさんについていってください」
セバスチャン先生に案内されて、学園中を回った。
本館とその教室、食堂、保健室、協議試験や入学式が行われた大広間。
別館の特別棟。特殊な授業が行われるらしい。
図書館。セントラム図書館よりも大きく本の数も膨大だ。
闘技場。戦闘試験が行われた場所。
工房。発明家や鍛治師の生徒が主に使うところ、ここで行われる授業もあるらしい。
そしてそれらの場所に向かう間にある巨大な庭園。
美しいの一言で、手入れされてないところがないのではないかと思えるほど。
そして最後に全ての寮を回った。
アルファ寮は私たちの寮で小さなきれいな城な感じ。
ベータ寮はミレニアム区にある豪華なホテルのような建物。
ガンマ寮はとても大きな館。
デルタ寮は他の寮に比べれば高さはない(二階建て)が、その代わりに横にとても広い建物。
オメガ寮だけは、他の建物と違って、なんかぼろっちい場所だった。
でも、いやな雰囲気はなく、なんか冒険やロマンの香りがした。
みんなは「ぼろいね」、「いやだね」と言っていたが、
私は逆に全ての寮の中で一番気に入った。
サムエルに会うついでに中も見てみたいな。
学園案内が終わるとお昼の時間になっていた。
午前のほとんどを学園を見て回るだけ終わってしまったのだ。
つまり、めっちゃ広い!
もう小さな街だよここ。
いや、ホワイトシティと比べれば小さいかもしれないけど、普通の街の大きさはある。
多くの生徒が歩き疲れた中、私たちアルファの女子五人は食堂へと向かった。
「スラビちゃんずっとマツゲに乗って移動できるからいいな、うちめっちゃ疲れたよ。こういうことになると知ってたんなら中型の魔獣を持ってきてたよ。モロだと大きすぎる」
この移動中にずっとマツゲくんの上に乗っていたスラビさんに向かって羨ましそうにアラベラが言った。
「へへ。僕は移動するときはいつもマツゲの上。あんな距離歩いたら僕死んじゃう」
「ははは、それはさすがに言い過ぎよスラビちゃん」
「ううん、本当に。僕、動くの大苦手」
「ははは、マジか、でもちょっと嬉しいかも、赤毛魔女とメロンお化けは体力バカだからうちはついていけないときあってさ。いたっ!」
「誰が赤毛魔女よ」
アラベラの腕にエリザのグーパンが入る。
「でもエリザさんは魔力量多いですよね。僕、魔力感知が得意でそういうのわかります。マジック・ボーンですか?」
「違うわ。でも確かに魔力量が多いみたい。昨日の学生証の結果もAだった。あと、エリザでいいわよ。さん付けはやめて。クラスメイトでしょ?」
「は、はい。エリザ。僕のことも呼び捨てでお願いします。み、皆様も」
「うん!私も呼び捨てね、スラビちゃん」「うちもうちも」「……スラビ様」
食堂に着くと長い列ができていた。
「な、並ぼっか」
「お〜い、アルファ一年女子。こっちです〜」
声の方へ向くとミラリス先輩だった。
セレナ先輩もアエル先輩もいた。
「先輩、こんにちは、朝はどうもありがとうございました」
「「「「ありがとうございました」」」」
「はぁ?まだそれを言ってるわけ?で、今度は何し来たのよ?私たち忙しいんだけど」
「ええと、ミラリス先輩が声をかけてくれたので挨拶をと」
「そう、気が済んだ?ならさっさと行きなさい」
「それはひどいぞセレナ。ミラリスに一年に声をかけるように言ったのはセレナじゃないか」
「ちょっ!それ言うなってアエル!」
「あ、あの、先輩、何かあったんですか?」
「ああ、もういい。とりあえず一年生。一年のうちは高価なものは頼まないこと。一年は基本的に節約の時期。高学年にもなればポイントは自然と余るようになる。そうなってから好きなものを頼みな。基本は無料の日替わり定食にすること。どうしてもそれでは足りないときにポイントを使う。いい?」
まただ。
怒りながらもアドバイスをくれている。
「はい」
私たち全員が返事した。
「うん、そして、今日の夜、寮で一年生が食べ物を保管できる場所と一年生用冷蔵庫がどれかを教えるから、街に行ったときでも食べ物を買ってそこに保管すること。そうすればポイントの消費を少しだけど抑えられるわ」
「わかりました。ありがとうございますセレナ先輩」
「じゃ、もう行って、目障りだから」
セレナ先輩はその後私たちから目を離し、食事を再開した。
そこで気づいた。
三女神と呼ばれてるのに先輩たちの席の周りがガラ空きだったってことに。
「先輩、この席は空いていますか?それとも誰かを待ってるんですか?」
「ああっ?知らないわよ。空いてるんじゃないの?」
ぶっきらぼうにセレナ先輩が言う。
「大丈夫だ。誰も待ってはいない。私たちの周りはいつもこんな感じだ。多くの者が私たちを恐れているようで私たちの周りにはいつも空き席がある」
「私たち…、っていうよりも〜、セレナちゃんを。だよね〜」
「むむむ…、オ・マ・エ・ラ」
アエル先輩とミラリス先輩の言葉に怒るセレナ先輩。
けどすぐにわかる。とても仲がいいのだと。
「先輩。じゃ、私たち食事を頼んだらここに座ります。いいよねみんな?」
「うん!」「ええ」「僕は賛成」「皆様の望むように」
「いいですか先輩?」
「なっ!……か、勝手にしなさいよ…」
「ありがとうございます。みんな行こう!」
私たちは食事を頼みに行った。
「セレナ一、年用の冷蔵庫って、私たちの古い冷蔵庫のこと?」
「あ〜。冷蔵庫にまったく問題なかったのに、新しい冷蔵庫を買うって言ったのはそういうことだったのね」
「ち、ちがうわよ。新しいモデルが欲しくなったの。勘違いしないでよね」
「はいはい。そういうことにしてあげる」
「セレナちゃん、ぷんぷんしているように見えて実は一番優しいよね〜」
「黙らないなら新しい冷蔵庫、私専用にするわよ」
「ふふ」「もうセレナちゃんったら」
私たちは食事を頼んだ後に先輩たちのところに戻り、一緒においしく食事をした。
午後は年間スケジュールの説明があった。
直近での大きなイベントは五月末のクラスリーダー決めと
その夜に行われる一年生を歓迎する舞踏会『ホームカミング』だ。
そして、その直後、六月初旬に第一回クラス対抗試験が行われる。
その後、これから使う教科書等を配布された。
「昨日、学生証がエラーを起こした者、オラベラ・セントロ、我鷲丸、サムエル・アルベイン、ウィリアム・ロンカル。君たちの学生証の準備が整いましたので、前に受け取りに来てください」
セバスチャン先生に呼ばれ、四人とも前に出た。
話すチャンスがあれば、ウィリアムくんに昨日のことをお礼しておこうかな。
っていうかするべき。うん、するべき。
「これが君たちの学生証となる。ほかの生徒は魔力を流すことで起動するが君たちには別途この魔晶石も配布する。魔晶石を学生証にかさずことで学生証が起動する。魔力を流す必要がない。学生証には既に君たちの情報が更新されている。今、ここで一度試し、問題があるようなら知らせください」
私たちにそう言うと、せバスチャン先生は教壇に戻り、他の生徒への説明を続けた。
「黒板にあるリストをしっかり確認し、不備がないか確認してください」
その間に私たち四人は学生証を試す。
魔晶石を学生証にかざすと起動した。
オラベラ・セントロ
アルファクラス
出席番号:6
年齢:15
総魔力量:計測不可
適正職業:計測不可
戦闘力:S 知識力:B 判断力:D 影響力:S
学年総合評価:第3位
あっ、なんかいろいろと書かれてる。
他のみんなはどうだろう?
「うんうん、起動するね」
「ふっ、これが英雄王の証か」
「うん。こっちも問題ない」
そっか。この三人、全員オメガなんだ。
「オラベラ、どうだった?」
サムエルが聞いてくる。
「うん。ちゃんと起動したよ。サムエルも大丈夫そうだね」
「うん。問題ない。あっ、そうだ。紹介しておく。ウィリアム・ロンカル。昨日オラベラが見て顔が赤くなった人」
サムエル!!!
「へー、俺を見て顔を赤くしてたんだ。どうしてかな『嘘つきさん』?」
なっ!?この人は!
昨日のこと、感謝しようと思ってたのに!
「『嘘つきさん』じゃないよウィリアム。この国の第一王女のオラベラ・セントロ。嘘は…、まぁつくことはあるけど、大抵の場合は他に迷惑をかけないためか、人を助けるためだね」
「お姫様だったんだ。プリンセスって読んだ方がいい?」
「あんたね、昨日からそうやって。私をからかわないと気が済まないんですか?それとプリンセスとか絶対にやめてください!私はみんなと平等でいたいんです。そして、言わせてもらいますが、身分関係なく、あなたは失礼すぎるんですよ!人を見下したり、嘘つき呼ばわりしたり、試験に臨むきにポケットに手を入れたり、女の子と腕を組んで歩いたり、終始女の子にくっつかれたり、授業中でも彼女と腕を組んだままで、自分がかっこいいとでも思ってるんですか!?言っときますけど不快なだけで全然かっこよくないですからね!」
待って。待って。私止まって。
なんでこういうことを言ってるの私?
お願い、誰か口を塞いで。
「お、オラベラ?」
「ははは、話違うじゃんサムエル。お姫様、オレのこと大嫌いじゃん!」
口が止まったときには、教室の全員が私のことを見ていた。
「なんでセントラムのお姫様があんなに怒ってるの?あの男なんかしたの?」
「いきなり怒るとかありえなくない?」
「もしかして王族だから自分が偉いとか思っちゃってる系?」
「怒鳴られた男子かわいいそう」
あっ。やっちゃった。
アラベラとエリザはすごい心配してる。
ンズリも驚愕した表情でこっちを見てる。
みんなにいろいろ言われている。
でも、そんなのどうでもいい。
私ひどすぎる。ウィリアムくんに謝らないと。
失礼とか言っときながら私が一番失礼だよ。
本当ありえない。
「ウィリアムくん、ごめ、」
「あ〜あ、そんな怒んなって!おっぱいでけぇって言っただけじゃねぇか。かっかしすぎだぜ『お姫様』」
えっ?
「なにそれ、最悪」
「超気持ち悪いんですけど」
「怒られて当たり前だよ」
「退学になっていいレベル」
先ほどまで私のことをいろいろ言っていた人たちは打って変わってウィリアムくんのことを悪く言い始めた。
彼はそんなこと言っていない。
なんで私を…
「授業中です。場をわきまえなさい。それに、授業中でなくとも淑女に向かって紳士が口にすべき言葉ではありません。何があったか説明しなさい。場合によっては減点の対象とします」
「先生、違うんです、彼は」
「すみませんでした。昨日、今日と驚くことばかりで、調子に乗って、言ってはならないことを、言ってはならない場で言ってしまいました。お許しを。オラベラ・セントロ王女殿下もどうかお許しを」
ウィリアムくんは私に頭を下げた。
「どうでしょう、オラベラ。ここが寛大に彼を許すのも器の見せどころだと思いますが、気が収まらないということでしたら。先ほど言ったように彼を減点対象とします」
今から全てを説明するなんて無理だった。
彼はそんなことを言っていないなんてとても言えるような空気じゃなかった。
私にできるのはこれ以上彼の立場を悪くしないことだけだった。
「いいえ。私も言いすぎました。この件はこれで終わりにさせてください」
「ということのようだ。今後は気をつけるように。いいですね、ウィリアム・ロンカル」
「はい、気を付けます」
「学生証のほうは問題ないな?では、四人とも戻りなさい」
「大丈夫?」「何があったの?」
心配してアラベラとエリザが聞いてくる。
「…うん」
言っている私にでさえわかる、説得力0の「うん」。
大丈夫と言いたい。
だけど、大丈夫じゃない。
私はなんであんなに取り乱したの?
なんであんなことを言ったの?最初はお礼を言おうと思っていただけなのに。
なんで彼は守ってくれたの?完全に私が悪いのに。
なんで、まだ心臓がバクバク言っているの?
我慢できず、私は彼のほうを見た。
私の視線に気づいた彼はンズリの肩に腕をかけ、自分の方へ引き寄せた。
そして、またも見下すかのように、私を見た。
怒りとそれ以外の何かがわからない感情がお腹の奥に溜まっていくのを全身で感じた。




