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ミレニアム学園  作者: 赤のアンドレ
【1年生編 ー赤い脅威ー】 第1章 最悪の世代入学
13/13

第12話:それぞれの初夜

ーンズリー


ああ…、なんであんなに駄々こねたんだろう…

絶対ウィリを困らせたよね…

こんなはずじゃなかったのに…

一人でも頑張るって決めてたのに…

なんでこうなった?

…うん、間違いなくウィリのせい。

…いや、「せい」はおかしいか。

勝手にうちがこうなってるだけだし。

でも原因は間違いなく彼。

これからどうしよう…


もう告っちゃう?

だって、うち、もう間違いなく好きでしょ?

クラスが別でも、彼氏彼女だったら、いっぱい一緒にいられるよね?

彼から離れたくない…

OKしてくれるかな…

ってさすがに早いっしょ!早すぎるっしょ!

もう少し仲良くなって、うちをそういう目で見てもらえるように頑張ってから…

いやだな…、待ちたくない。

今すぐそばにいたい。

はぁ〜。


もう、みんな寝ちゃってるよね。

ウィリいつ来るんだろう?

というか、校則破らせるとか、うちマジ最悪…

でも「行く」って言ってくれた瞬間、心臓飛び出るかと思った。

なんかさ、愛する人のためには校則なんて破るぜ!って感じで超カッコよかった!

まぁ、「愛する人」ってのは完全にうちの妄想だけど。

誰にでもそうするわけじゃないよね?

ダチか…

ダチのためなら破るんだろうね。


「もう寝れば?多分来ないよ。初日に校則破るバカはいないって」


隣のベッドの子!?起きてたんだ。


「そっちこそ寝ないの?」


「あんたが、来もしない人を待ってるのが我慢ならなくて」


「何それ?超むかつくんですけど〜」


「ははは」「ははは」


うちらは一度にらみ合って、同時に笑った。


「ンズリでいいんだよね?」


「うん、そっちは、えーと…」


「クレアよ」


ヒューマンの少女が枕に顔をのせている。

青緑の目が静かにこちらを見る。

小麦色の肌に、頬の小さな傷とそばかす。

無駄のない細い体つきだ。


「クレア。心配しなくても、絶対に来るよ」


「彼氏?」


「ううん。今は友達」


「好きなの?」


「うん…」


「同じ故郷とか?」


「ううん。今日会ったばかり」


「今日!?あんたね、もうほとんどの生徒にバカップルって思われてるわよ」


「へへ、そうなんだ…」


「喜ぶとこじゃないから!」


「一日で好きになったの?」


「うん…」


「ずいぶんはっきりと言うね、迷ったりしないんだ」


「さっきまで迷ってたよ。受け入れたくない自分もいたし、うちだって早すぎるってわかってる。でも…さっきあきらめた」


「あきらめた?」


「うん、『もう好きなんだ』ってあきらめて、受け入れた。そしたらめっちゃ楽になった。でも…」


「でも?」


「今度は『会いたい会いたい』ってなってつらい」


「結局はつらそうだね」


「ははは、だね」


「本当に来るの?さすがに初日で校則を破るのは…」


「来る。…絶対来る」


「今日会ったばっかりなんでしょ?なんで言い切れるの?」


「確かに会って一日だけど、これはわかる。ウィリは約束を破らない。『来る』って言ったんだから絶対来る。うちは待つだけ」


「そう…、そこまで信じて、来なかったら、相当むなしいよ」


「来るもん…」


「はぁ〜、どうだか」


コツン、コツン

窓に何かが当たる音。


うちの尻尾がピンと上がる。

クレアと二人で窓の外を見ると、そこにウィリがいた。


「マジかよ…、あんたもだけど、あいつも相当なバカだ」


「ははは、行ってくるね」


「気をつけなよ。もし他のやつらにあんたのこと聞かれたら、うまくごまかしとく」


そう言うクレアを見て、なーんだ、ここにもダチいるじゃん、って嬉しくなった。


「ありがとう。明日からよろしくね、クレア」


そう言って、ンズリは窓から外に飛び込んだ。

あたりまえのようにウィリアムが受け止めた。


「今のは、確かにちょっとカッコよかったかも…。って、もう寝る寝る」


クレアはベッドに戻り、微笑みながら眠りについた。



「お待たせ、ンズリ」


「ううん。来てくれてありがとう」


「約束したろ?」


「…うん。あれ?ボールウィッグは?」


「ははは、女の子に会いに行くって知ったら激怒するよ。だから、オレだけ抜け出してきた」


「そ、そっかぁ」


「ここにいると、バレるかもだから、歩きながら向こうの林まで行こうぜ」


「うん」


二人並んで歩く。

会話はない。

足音だけが砂を踏む。

夜の静けさの中、風の音だけが聞こえる。

何も話してないのに、嫌な空気がなく、このままどこまでも一緒に歩いていける気がした。


そのときに気づいた。

ウィリ、寒そう…。


「ウィリ、大丈夫?」


「ああ、大丈夫。ただ、寒いのは、まじ苦手で…」


ウィリにそんなつもりはなかったと思う。

だけど、うちはその言葉を聞いた瞬間、彼を抱きしめた。

彼も抱きしめ返してくる。


「どう?あったかい?」


「うん、すごく」


しばらく、きれいな月の下で抱き合った。


「来て、準備したんだ」


「えっ?なになに?」


少し歩くと、大きな木の下にシーツが敷いてあって、その上に大きなもうふが置かれていた。


やばっ!

これ、うちじゃなくてもキュンとくるっしょ。


彼に手を引かれ、シーツの上に座る。

彼は木に寄りかかって足を広げた。

うちは自然と、その足のあいだに腰を下ろし、背中を彼の胸に預ける。

彼はもうふで二人を包み、体温がひとつになる。

後ろからぎゅっと抱きしめられた。


もう、やばい!

本当やばいって!

心臓、飛び出ちゃうって!


ウィリは何も言ってこない。

でも、胸の鼓動で緊張してるのがわかる。

ウィリも緊張するんだね…

途中から「すごすぎるやつ」って思ってたから、それがおかしくて笑いが漏れた。


「ははは」


「ん?どうした?」


「ううん。なんでもない、ちょっと考え事」


「そうか…」


「うん…」


「ね、サムエルが言ってたんだけどさ」


「なに?」


「ンズリってオレのこと好きか?」


「はぁああい!?え、えっと…」


そんなストレートに聞く!?

好きだけどさ、そんなん聞かれたら、うち何て答えればいいの?


答えないでいると、ウィリが続けた。


「って、そんなわけないよな。サムエルがそう言ってたから気になっちゃってよ。変なこと聞いてごめんな」


「…好き…」


「えっ?今、なんて?」


「好き…って言ったの…」


どうしよう、どうしよう。

言っちゃった…。


比喩じゃなく、本当に胸から心臓が飛び出るんじゃないかって思うくらい、緊張と恥ずかしさでいっぱいだった。


「そっかぁ…。嬉しいな」


「ほ、本当!?嫌じゃない?」


「ははは、なんだそれ?好きって言われて嫌がる人なんかいるの?」


「いや、まぁ、全然タイプじゃない人とかだったら、嫌なんじゃないかなって」


「どうだろう?どんな人であっても、オレのこと好きって言ってくれるんなら嬉しいよ。それに…」


「それに?」


「タイプって言ったら、ンズリは超タイプだしね。顔かわいいし、おっぱい大きいし、腰細いし、焼けた肌がえっちいし、ライオンだし。マジ超タイプ」


「そ、そう…」


頬がゆるみ、完全にデレてしまう。


やば…、めっちゃ褒められたんですけど!

かわいいって言われた!

タイプって言われた!

あと、胸とか腰とか…、やっぱウィリってエッチだな。

で、でも、つ、付き合うんなら、うちはい、いいよ…

付き合ったら、遅いか早いかの違いだもんね。


「じゃ、じゃ、つ、付き合う?」


ここまで、すごくいい感じで来てたと思ったのに、ここでウィリが難しい顔をした。

あれ?どうして?なんで?うち、タイプなんでしょ?だったら、なんで?

付き合ったらなんでもさせてあげるのに。

言わないと伝わらないかも。

は、恥ずかしいけど、


「そ、その…、つ、付き合ったら、あ、あれ、う、うちは、い、いいよ」


ウィリはふふって笑って、今度は完全におちょくる顔になった。


「あれって、なんですか?」


「わ、わかるでしょ!」


「ん?わかんないな〜。なんのことだろう〜」


「ねぇ、本当はわかってるんでしょ?いじわるしないで」


「さあて、なんのことだか〜」


「だ、だから…、つ、付き合ったら…」


「付き合ったら?」


「付き合ったら好きなだけエ○チさせてあげるって言ってるの!」


ウィリの顔が一瞬固まった。


「ふははははは。なんだそれ。うける」


笑われた…

せっかく勇気出して言ったのに…、ひどい…。


「バカ!」


「いたっ!」


デコピンされた。


「ちょ、ちょっと、なんで?」


ウィリは真剣な眼差しで言った。


「自分の体を大切にしろ!」


「えっ?」


「そんな簡単にそういうこと言っちゃダメだ。今のだけじゃないぞ。今日の戦闘試験のやつもだ!あそこでなんでもするとか言って、そんときにオレが、褒美で抱かせろって言ってたらどうするつもりだったんだ?つか、嬉しいけど胸に顔をうずめるのも普通はアウト!そんなことを言うやつビンタで張り倒していいレベルだよ」


怒られた…

ショボン…


「わ、わかってるよ」


「わかってない!なんもわかってない。わかってないから今もこういう話になってんだろう?」


「うるさい!わかってるの!だってウィリだからいいって言ったの!他の人にこんなことを言うわけないでしょ!ウィリなら全部いいの!他の人は全部ダメ!ふん!」


もう、いや!すねる。

なんもわかってないのウィリのほうじゃない。

他の人があんなこと言ったらビンタどころか、地の底に叩き落としてやるんだから。

ふん!もういいよーだ。

ウィリのバカ!


しばらくウィリと話さなかった。


顔を見てないけど、悲しそうな顔しているのはわかっている。

もういいよ。

本当は怒ってないから。

一言、なんでも言ってくれたらすぐに許しちゃうんだから。

だから、なんでもいいから言ってよ。


「ごめん…」


「うん…」


体を横にしてウィリアムの胸に寄りかかる。


「うち、ちゃんとわかってるよ。戦闘試験のときはノリで言ったけど、それでもウィリじゃなかったらあんなこと許してないよ。さっき言ったことも誰にでも言うわけじゃないよ。こんなことウィリにしか言ったことないよ」


「うん、わかってる。だからごめん。わかってたはずなのに、なぜかああいう言葉が出ちゃった」


「うん…。もう大丈夫」


「…」


「ウィリはどうしたいの?タイプだけど付き合いたくないの?うちとは嫌だ?獣人が嫌だとか?エッチな目線で観れるけど付き合うのはちょっと…みたいな?」


「…」


「いたっ!」


またデコピン。


「なによ…。ウィリがはっきり言ってくんないからこっちもいろいろ考えちゃうじゃん。あっ、もしかして体だけの関係がいいとか?そういうのマジ最悪〜」


「ははは、マジふざけるよねンズリ」


「ははは、別に。そういうことなら、考えてあげてもいいよ♡」


「そんなんじゃない…。付き合いたい、付き合いたくないの二択だったら間違いなく付き合いたい。それにぶっちゃけマジでンズリとやりてぇしな」


「エッチ!ふふ。で、付き合いたいけど…、何か付き合えない理由があるの?」


「うん…」


ウィリは昔を思い出すような顔をして、少し寂しそうにした。


「これから話すこと、ンズリとオレの二人の秘密にしてくれるかい?」


「うん、もちろんだよ」


ウィリはそっと体をずらし、もうふをうちにかけたまま立ち上がった。

しばらく夜空を見上げ、ふーっと大きく息を吐く。

その仕草だけで、これからの話の重さが伝わり、うちも自然に立ち上がった。

そしてウィリは、自分の過去について語ってくれた。


「オレさ、育った場所が、毎日生きるか死ぬかみたいな所だった。だから、一日で誰かを好きになるのも、出会ってすぐ愛を誓い合うのも普通。だって、明日がないかもしれないから。だから一日で誰かを好きになって、愛を誓うことに抵抗はない。むしろ、ロマンチックだと思っている」


「そ、そうなんだ」


やった!


「それに、オレってこう見えてけっこう乙女なんよ。運命の出会いとか、胸が張り裂けそうになる恋とか、永遠の愛とか…、大好きで、本気で信じてた。自分の『運命の相手』をずっと探して生きてきた」


「うんうん」


ウィリ素敵…


「…けど、うまくいかなかった」


「えっ?どうして?ウィリこんなに素敵なのに」


「はは、ありがとう。オレが素敵かは置いといて、本当にうまくいかなかった。まずは差別。恋愛対象どころか、人として見てもらえないことが多かった。好きになった子に『人以下』に扱われるのってけっこう来る。それに、この人に嫌われる体質がことをさらに悪くした。それでもめげなかった。『いずれ認めさせてやる』ってめっちゃ頑張った。そしたら、実力は、ある程度は認められるようになった」


「おお。それで、それで?」


「…でも、『実力が認められる』のと、『異性として見られる』ことは全然違うって学んだ。しばらく落ち込んだ時期もあったけど、前を向こうって決めて、突き進んだ」


「さすが」


「はは、それでね、ある日を境に、オレは師匠と兄貴と共に旅に出た。長い長い旅に」


「ウィリ、お兄ちゃんいるんだ!?」


「うん、いるんだよ。でね、このお兄さんが次の大きな問題になるんだよ」


「えっ?」


「師匠の仕事は…人助け、みたいなもの。オレたちも手伝い、たくさんの人を助けた。助けた人たちは温かく迎え入れてくれた。オレの『嫌われがち』な性質があっても、恩人は特別…ってことなんだろう」


「うんうん」


「そういうとき、気になる子、好きな子ができることもあった。たいてい、ンズリみたいに、オレのことを嫌わず、最初から好意的に見てくれる子たち。九割の人に嫌われるオレは、そういう子にめっぽう弱い。すぐにメロメロだ」


「ははは、そうなんだ」


「うん…。でも、うまくいかなかった」


「なんで?」


「さっき兄貴がいるって言ったろ?」


「うん」


「この兄貴がさ、すげぇやつなんだよ。いや、凄すぎるって言ってもいい。カッコよくて、強くて、頭が良くて、優しくて、おまけになんでもすぐに学んで、教えた本人よりもうまくなる。究極超人さ」


「す、すごいね…」


「うん。そうなのさ。自慢の兄貴だ。だけど、そんな人がいたら…、女の子ってどうなると思う?」


「あっ」


「そう。みんな兄貴を好きになった。兄貴は悪くない。わかってる。でも、自分が惚れた子が、ことごとく兄貴に惚れるのを見続けるのは、かなりキツイ」


「そうだよね…」


「超たまに兄貴に惚れない子はいたけど、結局なぜかうまくいかなかった。まぁ、その『なぜ』ってのを後でわかるんだが、それは別の話。こんな感じで数年が経った。そして、いろいろたくさんのことがあったのち、オレに初めて恋人ができた。『疾風迅雷』って言葉が似合う女性で、風みたいに現れて、雷みたいにぶつかってきた。オレは彼女を愛した。ずっと一緒にいると思ってた。そうなることを願っていた。…けど、彼女は夢を追うためにオレを捨てた。『夢かオレか』二択が迫られたとき、彼女は迷わずオレを切った」


「そんな…、ひどい…」


「ひどいのかな?正直わからない。オレも『夢を捨てて、オレといろ』って言えなかったしね。その後、オレはかなり落ち込んだ。もう恋なんてしないって思った。でも、ある子が立ち直らせてくれた。その子はオレと同じで『嫌われ者』だった。そういうところも気が合った。みんなには乱暴なのに、オレには優しかった。今度こそはって思った。前みたいに願うだけじゃなく、オレはそれを言葉にした」


「そ、それって…」


「プロポーズってやつさ」


「ど、どうなったの?」


「振られた。理由はよくわからない。『オレとは結婚できない』って感じだった。オレはまた一人になった。それから、ずっと一人だ」


「ウィリ…」


うそ、こんな悲しいストーリー、予想外だよ!

ウィリめっちゃ恋愛経験あんやん!

つらい経験ばっかだけど、経験には代わりはない。

ああ、もう悲しい!

ウィリは幸せになんなきゃだめだよ!


「だからな、もう昔みたいに、運命の出会いや、物語のような恋はもう求めてない。今、オレが女性に求めるものは、ひとつ。『何があっても、ずっと一緒にいてくれること』。これだけだ」


うち、一緒にいる!ずっと一緒にいる。


「でもね、本当に『文字通り』それを求めてる。『何があっても』一緒にいる。これは言うの簡単だが、実行は非常に困難だ。人、未来に何が起こるかわからないからね。まぁ、普通は。だから、『何があっても一緒にいる』と約束できない人とは、一緒にいたくない。どんなにタイプでも、この約束をしてくれないなら、ムリ。そして…」


「なに?」


「誰かがその約束をして、それを破ったら…、オレはもう、オレじゃなくなると思う。少なくとも『恋に希望を見ているオレ』は完全に死ぬ。何が残るかわからない。でも、完全なオレではなくなる…それだけはわかる」


ウィリの言葉は重かった。

比喩などではなく、本当にそうなりかねないと伝わってくる重みがあった。


「ざっとまとめたけど、こんな感じ。ふー」


ウィリはひと息をつき、うちに手を差し出した。

そして真剣なまなざしでうちを見つめて、言う。


「今の話を聞いた上で、問おう。ンズリ。『何があってもずっとオレと一緒にいる』と約束できるか?できるのなら、オレのすべてを捧げよう。ンズリ、オマエをオレの女とし、オレがオマエの男となろう。付き合いなんて言葉じゃなく…、生涯を共にしよう」


そのときの彼は、今日いっしょに笑って走った頼もしい青年ではなかった。

王のような威厳が満ちあふれ、ひとの世のものとは思えないほど荘厳だった。


「ただし、その約束が守れないなら、オマエが好きになった男はもう存在しなくなる。それを理解した上で、決断してくれ」


う、うちは…

ウィリと一緒にいたい。

うちの心は、何があってもウィリと一緒にいる自信はある。


でも、うちにそれができるの?

ウィリと同じクラスにならなかっただけで駄々こねるような自分が。

一人で頑張るって言ったのに、すぐにウィリに頼って流された自分が。

恋したとはいえ、たった一日で、ここに来ると決めたときの決意をほとんど手放している自分が。

その約束を、本当に守れるって言える?


一緒にいたい。

けど…、何かがあったら嫌だ。

うちはウィリを傷つけたくない。

自分のだらしない行いで、ウィリを壊すなんてできない。

さっきの話だと、ウィリは次に愛する人にすべてをかけてる。

もう次はないんだ…。


だから強くなろう!

ウィリと何があっても「ずっと一緒にいられる女」になろう。

そのときに、「何があってもずっとウィリと一緒にいる」って約束しよう。

だから今は、


「ごめん、ウィリ。好き、大好き。これは絶対に間違ってない。でも、まだ『何があってもずっと一緒にいる』って約束できない。というより、その場の勢いで約束して、あとで破りたくない。だ、だから今は約束できない。…でも、うち、その約束ができる女になるから!絶対なるから!そのときは、その約束をしにウィリのところにいく。そして、もう絶対に一人にしない」


「ふふ、そうか」


「ごめん…、すぐに約束できなくて…」


「ううん、勢いで約束されるより、ずっといい。ちゃんと考えてくれてありがとう、ンズリ」


そう言った彼は、いつものウィリに戻っていた。


「うん!でもうち頑張るからね!」


「ははは、勝手に頑張るのはいいけど、ンズリの準備ができたときにオレが空いてるかは、わかんねえぞ。それだけは知っときなよ」


「ええー、待ってくんないの?」


「待たねぇよ。さっき言ったろ、明日、生きるか死ぬかわかんねぇって。いつまでも可愛いメスライオンを待てるかよ。オレは、その約束を心の底から本気でしてくれた人を愛そうと思う」


「そ、そっかぁ…」


「ああ」


その後、しばらく無言が続いた。

けど、すぐにウィリが寒くなって、またさっきのもうふのところへと戻る。

うちもちゃっかり、ウィリに後ろから抱きしめられるポジに戻った。


「本当に、寒いの苦手なんだね」


「うん…大苦手だ…」


「うちで、あったまっていいよ」


「うん…そうする…」


そのあと、もう少ししたら戻ろうか、って話をした。

だけど、二人とも疲れてたのだろう。

うちはウィリに後ろから抱きしめられたまま、彼はうちを包むように抱きながら、体温を分け合って、そのまま大きな木の下で眠ってしまった。

背中ごしの鼓動が、ゆっくりと同じ速さになっていく。


このときのうちは、まだ知らない。

この夜の決断を後悔することになるってことを。

うちに与えられた唯一のチャンスが、この夜だったってことを。


せめて二ヶ月、いや、一ヶ月後にこの会話ができていたなら、うちは約束できたと思う。

この日はまだ、「出会ったばっかりじゃん」という感覚と、

「大丈夫、時間はまだまだある」という甘い希望を持っていた。


そう、うちはあまかった。

このあと起こることを何も知らなかった。

わかっていなかった。

この夜に約束すべきだった。

約束をするだけで、うちはウィリといられたのに。

だけど、その夜のうちには、それを知るよしもなかった。


彼の体温に温められ、幸福に浸りながら、うちはウィリといられる唯一のチャンスを逃した。

この夜の体温を、うちは何度も思い出すことになる。

だけど…

それを知るのは、まだ少し先のはなし。


小鳥の鳴き声と、差し込み始めた光に起こされて、うちは目を覚ました。

まだ完全に明るくはない。

夜と朝の境界線みたいに、空がきれいに分かれている。


でも、そんな景色なんてどうでもいい。

彼に抱きしめられている感覚が、すべてを塗り替えていた。

人生でいちばんの幸福を味わっていたのだから。

入学式も学園も、今はどうでもいい。

この時間が、終わってほしくなかった。


彼の顔が見たくて、そっと振り向く。

ウィリはまだ眠っていた。

寝息が髪をくすぐる。

うちを抱きしめている腕は緩まない。

それは、うちのためか、寒かったからか、えっちな気分だったのか、わからない。

どっちでもいい。

ただ、この腕の中に永遠にいたかった。

指先でもうふの端をつまみ、ゆっくり撫でる。

背中越しの鼓動が、うちを落ち着かせる。


もう一度、そっと振り向く。


「おはよう」


朝の声。

少し、低くて、やわらかい。


「おはよう」


うちも返す。


どちらとも、狙ってたわけじゃない。

でも、目が合って、見つめ合って、自然と距離が縮まる。

唇が触れて、ゆっくり、深く重なる。

最初は確かめるみたいに浅く。

次の瞬間、ためらいがほどけて、舌が触れ合う。

彼の指がうちの頬をなぞり、耳の後ろに流した髪をすっとすくう。

もうふが肩から少しずり落ち、涼しい空気が肌を撫で、鼓動が一段跳ね上がった。

甘くて、素敵な、幸福に満ちあふれた、うちの初キスだった。


唇を離すと、ふたりで再度見つめ合い、小さく笑った。

ほおが熱い。


「オマエ、昨日の話、ちゃんと理解してんのかよ?」


「してるって。ちょっとくらい、いいじゃない」


「ふふ。理解してるんなら、好きにしろ」


彼の言葉に背中を押されて、うちは彼の太ももの上にまたがる。

腕を首のうしろに回し、体ごと近づけて、もう一度、唇を重ねた。

一度目よりも長く、唇が重なり、舌が触れ合う。

うちの愛情のすべてを、そのキスに込める。

彼はそれを受け止め、背へ回した手でそっとうちを引き寄せた。

鼓動が速くなり、無意識にもうふの端を探し、指でぎゅっと握る。


やがて、名残惜しく、口を離すと、恥ずかしくなって、元の体勢に戻る。


「好きにしていいって言ったけど、限度があんだろう…。オレも男だぞ。いろいろ我慢すんの、けっこう大変なんだ」


「知らない〜。へへ」


「ふふ、まったくこのライオンは」


へへでごまかしたけど、意味はよくわかった。

あのまま進めば、境界を越えたくなる。

彼が我慢できても、うちが我慢できない。

あの約束ができるまで、ここで止まろう。

今は抱きしめ合うだけでいい。



「この様子だと、朝になったばっかりだ。今から戻れば十分に間に合うだろう」


「ああ、う、うん」


この時間が終わってほしくない。

だけど、彼の言葉で現実に引き戻される。

彼は立ち上がり、うちに手を差し出した。

その手を取って、うちも立ち上がる。

そして、そのまま手を繋いだまま歩き出した。


彼は、デルタ寮が見えるところまで送ってくれた。


「昨日、っていうか今日?あ、ありがとうね。校則破らせちゃってごめん」


「大切な人のためなら、ルールなんていつでも破るよ」


うちの頭を撫でながら彼は言った。

お別れのキス…、したかった。

けど、しない。

あの約束ができるまで我慢すると決めたから。


「じゃ、うち行くね」


「うん、また後でな」


駆け足で寮へ向かう。


「ンズリ!」


途中で、呼び止められた。


「後でご褒美、1分間きちんともらうからな」


「ははは、バーカ!」


ンズリは昨晩飛び降りた窓枠へ、ひょいとよじ登る。

獣人の身体能力を持つ彼女には、たやすいことだった。


ほんとにバカ。

1分と言わず、永遠に顔を埋めていいわよ。

ウィリなら。


彼は、うちが寮に入るのを見届けてから、振り返って行った。



ー氷条龍次郎ー


アルファ寮


全員が眠りにつき、待ち合わせの刻が近づいた。

龍次郎は窓をそっと押し開け、外に飛び出した。

その動きはとても静かで、たとえ全員が起きていても、彼が出ていくのに気づかないほどであった。


ミレニアム学園に数日前から泊まっている龍次郎は、学園のほぼすべての地形を把握していた。

そして、それらを主へきちんと報告してある。

今から向かう場所なら、人目を気にせず本日の報告ができる。

とはいえ、主が能力を使えば、そんなのどうとでもなるが、この国にとどまる間はなるべく使わないことになっている。

ミレニアム協定国家連合と再度戦争になったときの切り札だ。


龍次郎は予定よりも少し早く到着する。

気配を隠し、主の到着を待った。

しばらくすると気配は近づいてくる。

主ではない。

龍次郎は愛刀の『天渡(あまわたり)』に手をかけ、いつでも抜けるように構える。

それが誰か次第では、退避するか、もしくは一閃で仕留めなければならない。


だが、訪れた相手に龍次郎は少々驚いた。


「ご苦労様です、龍次郎」


黒髪がさらりと流れ、黒い狐耳が静かに立つ。

瞳は墨のように深い黒で、まっすぐにこちらを射抜く。

整った顔立ちに、白い肌。

しなやかな首筋から引き締まった腰へ、豊かな胸と女性らしい曲線が続く。

背には九つの尾。

艶やかで、佇まいに気高さが宿る。

氷条龍次郎が知る限り、世界で最も美しき人だった。


玉藻前(たまものまえ)様、なぜここに。赤也様は?」


「別の用事が入ったみたい。だから代わりに私が来た」


「そうでしたか。失礼を承知で申し上げます。玉藻前様はこういう隠密行動が苦手だと思っておりましたので、少々驚きました」


「苦手よ。少なくとも得意分野ではないわね。でも、龍次郎の報告書どおりに来てみれば案外簡単だった。感謝するわ」


「お役に立てて何よりです」


「では、ご報告を。私のほうから赤也に伝える」


「はい。まず、本日の能力試験は問題なく終了しました。明日から本格的に学園での生活が始まります。これから『玄冥(げんめい)』の手先が学園に潜り込んでいるのかどうかを探します」


「ええ、そうね。玄冥は将来有望な若者を陥れるのが大好きだから。その方針でいいわ」


「はい。ですが、本日見た範囲の感想を申し上げますと、現時点では、一年にそういった者はいなかったように思います」


「そう。では、他学年にいるか、もしくはこれから接触してくる可能性もある。警戒を怠らないように。学園生に怪しい動きがあれば、すぐに報告しなさい」


「かしこまりました」


「とはいえ、取り越し苦労になる可能性もある。学園に手先がいなく、外で動いていることも十分に考えられる」


「その場合の対応は?」


「龍次郎の管轄外になる。貴族がらみを探るのは大臣の務めとなっている」


「唐橋成賢様ですか…。人のためよりも自分の利益を考えるあの方に、その大役が務まるとは思えません」


「そうだろうな。だが、あなたも知っているように赤也の陣営だけに玄冥の捕縛は任せられない、と反対勢力が駄々をこねた結果がこれだ。長門も勢力間の均衡を保つため、そやつらからも一人送らざるを得なかった」


「ですが、それでは、貴族の間に玄冥の手先が紛れ込んでる場合、対応が遅れてしまいます」


「心配はいらない。私は私でこれから動く。すぐにはいかないけれど、セントラムの上層部と関係は作れるだろう。それに、そこまで心配するのなら、あなたも動きなさい。この国の姫と同じクラスになったのよね?それをうまく利用しなさい」


「かしこまりました」


「はい。では、次。来なかった暁島の生徒のことは?」


「はい。計画どおり、暁島、もとい、ここではレッド・サークルの二人目の生徒も、予定どおりセントラム王国に到着し、入学手続きを終えた。という情報が暁島側に情報が行き渡っていると伝えました」


「それで、向こうはなんと?」


「なぜ生徒が来ていないのに、そちらでは入学手続きを終えたことになっているのか、という当然の疑問を持たれました」


「それはそうよね。それで?」


「学園側から生徒が来なかった旨をレッド・サークル側へ正式文書で通達することと、必要があれば当該生徒を捜索に協力すること、この二点が示されました」


「ははは、その生徒が行方不明になった、とでも思っているのかしら?」


「どうやらそのようです」


「だったら、いいわ。その件に関しては、私たちは何も嘘はついていないのだから。彼らが悩みたいなら勝手に悩ませておきなさい。長門も彼らから文が届けばうまく対応してくれるはずよ」


「かしこまりました」


「はい。では、最後に、ミレニアムナイトはどう?」


「赤也様のおっしゃったとおりでした。彼らは本来一時的にまとう『霊気』を終始まとっています。その影響で、身体能力のみならず、知覚、反射神経、各種の術への抵抗力が常時向上しています。長命の理由もそこにあるのでしょう」


「ふ〜ん。それで?」


「ですが、霊気に頼るあまり、個々の技術の一つ一つに粗が目立ちます。技術だけなら、我々のほうが上かと」


「へえ〜、今日負けておきながらずいぶんと言うのね」


「それは大変申し訳ございませんでした。自分を戒めて謝罪したいところですが、赤也様に厳しく制されておりますので、ご容赦願います」


「冗談よ。続けて」


「この数日で数名のミレニアムナイトの特訓の様子も見させてもらいました。私に興味を持った彼らから声がかかり、ともに訓練する機会もありました。その何人かは私と勝負したがっていましたが、おそらく昨年の戦争の件で上から圧力がかかっていたのでしょう。一対一の勝負は本日のあの一戦のみです」


「そう」


「何か大きな奥の手があれば別ですが、一年の担任でいうとバルタ、アラスカ・アイスランド、フェデリコ・ロッチャーには問題なく勝てると存じます。セバスチャン・アウグスティンは彼らの一段階上の強さを持っており、厳しい戦いになると思いますが、負けるつもりはありません。学園のナイトで私がどうしても勝てないと思ったのは二人。校長のアレハンドロ・マグワイアーと本日実際に敗北したジアンシュです」


「ふむふむ。グランドマスターはやはり一味違うということか」


「はい。ただ、赤也様ならアレハンドロ・マグワイアーには問題なく勝てると存じます」


「それで?」


「それで、とは?」


「ごまかさないで。赤也とジアンシュが戦えば、どうなる?」


「…っ、それは…」


「正直に答えなさい」


「赤也様が『赤き世界』を解放すれば勝てます」


「そんなのわかっている、一対一の真剣勝負で、赤也がそれを使うわけがないでしょう。龍次郎、はっきり答えなさい」


「私の愚かな見立てにすぎませんが、実力だけをとるならジアンシュのほうが上と存じます」


「やはり、そうなのね」


「ですが、そういう相手に今まで勝利してきたのが赤也様です。何度も何度も勝てないと言われてきた相手を倒してきた。その姿を私たちが見てきたではないですか。此度もジアンシュと相まみえることがあるのなら、必ずや勝利を収めると存じます」


龍次郎は、実力ではジアンシュが上だと知りながらも、それでも主が勝つと微塵も疑わなかった。


「ダメよ」


「どういうことでしょう?」


「あの二人を絶対に戦わせてはならない。いいですね、龍次郎?」


「玉藻前様、赤也様が負けるとお考えなのでしょうか?」


「関係ない。勝ち負けなんてどうでもいい。だけどね、赤也が命を落とす可能性が万に一つでもあるのなら、絶対に避けるべきよ。あなたは主が死んでも別に構わないとでも言うの?」


「それは違います。ただ、我らは暁島の戦国を生きてきた者です。戦うなというのは、生きるなと言うのと同義です」


「戦うなとは言っていません。赤也とジアンシュを戦わせるなと言っているのです。そうならないように、あなたも協力しなさい、龍次郎」


「…それは…」


「龍次郎!」


「善処いたします。ですが、赤也様が戦うと言い出したら、私はそれを止めることはできません。あなたの言葉よりも、私は主の命に従う所存です」


「この、わからず屋!どうして、どいつもこいつも言うことを聞かないのかしら。赤也も赤也でそうよ。あれだけ来るなと言ったのに、私の忠告を聞かずにこんなところまで来て…。頭が痛いわ」


「玉藻前様、どうしてそんなに苛立っておられるのですか?あなた様はいつもはもっと冷静です。そして先がわかっているあなた様なら、私にこんなことを頼まなくとも、そうさせないように道を描けばよろしいのでは?今までもしてきたように」


「…。赤也から聞いていないの?」


「何をでしょうか?」


「私の能力に起きた事変を」


「伺っておりません」


「消えたのよ」


「能力が使えなくなったのですか?」


「違う、今まで見てきた未来が、全て消えた」


「…」


「私はこの数百年間、何度もあらゆる未来を見てきた。どれを避け、どれに進むかを覚え、それらを蓄えてきた。そして赤也を導いてきた。完璧ではないが、ほぼ完璧にここまで来た」


「はい、私もそのことは、赤也様の四天王として聞かされていました。そして、その能力を今後使用しないよう赤也様に止められていることも」


「ええ、そうよ。だから赤也に命じられてからは使ってません。けれど、その命令が来るのはわかっていたから、それまでにあらゆる未来の分岐を見て、覚え、蓄えておいたのです。今後もそれを頼りに赤也を導くつもりでした」


「まさか、その『消えた』というのは」


「そう。その蓄えていたものが消えたのよ」


「なぜですか?」


「そんなの、わかっていたら苦労しない。ただ、この国に来る数日前に見てきた未来が、すべてリセットされた。白紙だ。まるで世界が新しい一幕を開けて、これから再出発を切るかのように。だからこれから先の未来は私にもわかっていないのよ」


「そうでしたか」


「そうでしたかって、よくそんなふうに言えるわね」


「いいえ、軽々しく申し上げたつもりはありません。ただ、それが普通の者にとっての当たり前ですので」


「あなたね…。はぁ。主が主なら、臣下も臣下。赤也もまったく同じことを言っていたわ」


「ははは。さすがでございますね、我が主」


「ははは、じゃないのよ。未来が見えないのに、こんな『危ない地』に来るのが間違い。あれだけ行くなと言ったのに、でも赤也は聞いてくれなかった。もう決まっていることだからって」


龍次郎は先ほど怒られたばかりなので口に出さなかったが、内心では主さすがだ!って思っていた。


「ともかく、玄冥を一刻も早く捕らえ、すぐに暁島に戻るわよ」


「はっ。かしこまりました。ですが、玉藻前様、『危ない地』というのは少々言い過ぎではありませんか?暁島に比べれば、ここは平和そのものです。平和すぎて、私には少し気持ち悪いくらいです」


「あなたにはわからないわよ。この地の底から立ちのぼる、ひどく不吉な気配。そこでは何かが…、いいえ、いくつも、苦しんでいる。地上へ這い出し、周囲のすべてを破壊しようともがいている」


龍次郎は気配を強く感じ取ろうとしたが、玉藻前が言っていたような気配は感じなかった。


ーオメガ寮ー


あ、今日もか。

同じやつだ。

途中まではいいんだけどな。

最後が気に食わない。

…と言っても、始まってしまうとどうしようもない。


オメガ寮のロビーに、一年は我鷲丸(がじゅまる)、オプティマス、ウェイチェン、フェリックス、ザラサ。

二年はガウラ、ホウ、エリオットがいる。

なんでもない休息のときだ。


そこへ、慌ててファティーラとエンマが入ってくる。


「あ〜あ、なぜですかフェイタス様。なぜ我らを見捨てたのです。これが運命の導きとでも言うのですか」


「ファティーラちゃん!今は本当にダメ!すぐに説明して」


いつもと違う、真剣な眼差しでファティーラを見つめるエンマ。

それがファティーラにも伝わり、彼女は説明を始めた。


「皆様、緊急事態です。ホワイトシティがモンスターの襲撃を受けています。街の大部分はすでに壊滅状態。住民救助とモンスター撃退のため、ミレニアム学園に救助要請がありました。学園からは、戦闘評価A以上の学生は街の救助のため、ポータルでホワイトシティへ向かうよう要請が出ています。ただし、強制ではありません。行きたくない者および戦闘評価B以下の者は学園に残るようにとのことです」


ファティーラがちゃんと説明できたことに、エンマは安堵する。

だが、ファティーラが続けた。


「…ですが、もう運命は決しました。今さら向かったところで、それを変えることなどできません。あ〜あ。運命よ、なぜ、なぜ我らを見捨てたのです」


ファティーラはいつも変人ムーブをするが、今回は違う。

いつものおふざけとは違うことにエンマは気づいた。

…いや、ファティーラはふざけたことなど一度もないのだろう。

彼女はどんなときでも真面目だった。

ただ、周りにはふざけているかのように見えてしまう。

それでも、こういうふうになってしまう彼女をエンマは初めて見た。

深く傷ついている。

立っているのがやっとだ。

学園にいる自分たちには被害が及ばないはずなのに、まるで私たち全員が死ぬような顔つきをしている。

エンマにはその理由がわからないし、どう対応していいのかもわからない。

そして残念なことに、この話を聞いた者の中で、ファティーラの異変に気づいたのはエンマだけであった。

他のみんなは、


「街救助!さっそく行くにゃ!」

「おう、オレも行くぜ」

「すぐに出るぞ」


ガウラ、ホウ、エリオットが反応する。


「一年。オマエらはどうする?戦闘評価A以上は確か、オプティマスと我鷲丸とザラサだろ?」


「もちろん行きます」

「オレが街を救ってやるぜ!」


エリオットの問いかけに、オプティマスと我鷲丸が答える。


「なぜ戦闘評価がA以上じゃなければならない?それ以下でも手伝えるはずだ。俺は行くぞ」


行きたいが、戦闘評価基準を満たさないウェイチェンが言う。


「そうだにゃ、そうだにゃ。それにあれはオレの街だにゃ。オレ以上にあの街に詳しいやつはいないにゃ!戦闘バカよりもオレのほうが役に立つにゃ」


貧困区のプリンスと呼ばれるフェリックスも、戦闘評価の基準に不満を漏らす。


「それが学園の決定です。評価基準を満たさない者にはポータルを使わせない、とのことです。それに、学園の門は閉じられ、生徒会役員が見張りとして巡回しております」


「人を助けるのに戦闘力は関係ないだろう!?」


怒るウェイチェンから炎があふれる。


「ここで言い争っても仕方ないにゃ。オレらはトロッコで向かうにゃ。少し遅れるが、街にはたどり着けるにゃ」


「そ、そうだな。先輩、俺らはトロッコで向かいます」


「よく言ったにゃ。ではあっちで合流にゃ」


ガウラはウェイチェンとフェリックスを褒める。


「ザラサ、オマエはどうするんだ?」


エリオットは戦闘評価Sのザラサに聞く。


「ザラサは行かないのです」


「なぜだ?基準は満たしているだろ?オマエに限って怖じ気付いたことなどあるまい」


「ボスが『ここにいろ』と言ったのです。ザラサはボスの言うことを聞く、いい子なのです」


「説明を聞いてなかったのか?人が死んでいるのだぞ。一刻も早く」


「そんな弱っちいやつらなんて死んじゃえばいいのです。ザラサは弱っちいやつらは嫌いなのです。ザラサはボスさえいればそれでいいのです」


「なんだと!?罪のない人たちが死んでもいいというのか」


怒鳴るエリオットに対して、ザラサはにこにこと笑っていた。


「もうやめろエリオット。ザラサは『あいつ』の言うことしか聞かねえ。わかってんだろう」


「ちっ。で、肝心なときにそのボスはどこいるんだ」


ホウはエリオットをなだめようとするも、彼の怒りは収まらない。


「にゃははは。今はしょうがないにゃ。いるメンバーで行くにゃ」


「ああ。そうだな。ファティーラ、この犬のボスが帰ってきたら、援軍にこいつを寄こすように伝えろ」


「かしこまりました」


「よし、オメガ、行くぞ!」


「行くにゃ!」「行くぜ」「はい」「うむ」


そして、エリオット、ガウラ、ホウ、オプティマス、我鷲丸はポータルへと向かい、フェリックスとウェイチェンは、トロッコに乗るため地下洞窟へ向かった。


他のクラスのメンバーもポータルに集まり、ホワイトシティへとワープする。

ホワイト区のミレニアム騎士団本部に出ると、班編成が行われ、やるべきことと今確認できている敵の情報が伝えられる。

そして、本部のすぐ裏にミレニアムナイトが神話級モンスターと戦っているため、絶対に近づいてはならないことが告げられる。


手短な説明の後、本部を出る。

街は燃えていた。

あの美しい白都は赤に染まっていた。

まっすぐに街を向かうが、真後ろで聞いたこともない音が鳴り響く。

空が、何色にも輝き、爆発が起きる。

見ていなくとも、背後で行われている戦いが神話級の戦いそのものだとわかるには十分だった。


オプティマスと我鷲丸は同じ班に配属された。

他のメンバーと一緒に、派遣先の貴族区の一角に向かう。

ミレニアム騎士団本部を離れると、モンスターが出現するようになり、倒しながら進む。本部があるミレニアム区から貴族区は近く、比較的早く担当区域にたどり着いた。

そして、戦闘評価Aランク以上の理由も判明する。

このモンスターは通常の攻撃では倒せない。

霊力を纏える者、もしくはそれ相当の攻撃手段がなければ仕留めることができない。

オプティマスと我鷲丸の活躍で担当区域を制圧し、逃げ遅れた人を救助、退避させる。


そのとき、ミレニアム騎士団本部が崩れた。

具体的に何があったかは見えなかったが、理由は明らかだった。

その付近で戦っていた「あれ」だ。


我鷲丸が決意する。

英雄王としての務めを果たす。

神話級モンスターを倒し、街を救うこと。


「ははは、ここでの役目は終わった。俺はあのモンスターを倒しにいくぜ」


この班にはオメガ最強のオプティマスがいる。

自分が抜けて問題ないと判断した我鷲丸は、高らかにそう言って本部の方角へ向かう。


近くまでたどり着き、まだ崩れていない建物の影から様子をうかがう。

そこは最悪の戦場跡だった。ミレニアム区のほぼすべてが破壊され、瓦礫の山。

まだ戦っているのはセバスチャン・アウグスティンとフェデリコ・ロッチャー。ミレニアムナイトのバルタ、アラスカ・アイスランドとその相棒アスラはすでに動いていない。

その近くに、同学年のアラベラ・トゥドルと相棒のモロ、エリザ・ダルビッシュ、三年のセレナ・ヴァレン。

彼女らも倒れて動かない。

動かないだけなのか、すでに死んでいるのか、この距離からではわからない。


そして、空中にそびえる、この状況を作った張本人。

それは空中に浮かび、腕を広げる。

そこから、剣が降った。無数の刃が、雨より密に、音より速く降る。

塔は貫かれ、石畳は砕け散る。

それは、遅れて姿を見せる。広場の上空、風も届かぬ高さに、黒い衣を裂いたような影が浮かぶ。

肩から垂れるのは闇か煙か。角が二つ、赤の弧を描き、顔の奥で双つの光が開く。

胸の中心、紅の輪が脈打ち、街の鼓動を奪っていく。

何も語らない。両腕を広げただけで、地が沈む。

剣の雨が一段と濃くなり、広場のすべてが粉塵に変わった。

水路は煮え返り、炎が屋根を駆け、白はすべて赤へと塗り替えられていく。

倒れていた者たちは刃に貫かれ、その死が明らかとなる。

フェデリコ・ロッチャーもこの攻撃で絶命した。

わずかにまだ立っているのはセバスチャン・アウグスティンのみ。

この異常な光景に一瞬すくんでしまう我鷲丸。


だが、彼は英雄の中の英雄。

英雄王を目指す男だ。

勇猛果敢に立ち上がり、セバスチャン・アウグスティンに加勢をすべく一歩を踏み出す。


だが、体は動かなかった。

胸に熱が走る。

口から血が噴き出す。

視線を落とすと、自分の胸を一本の剣が貫いていた。

さっき降った剣ではない。

誰かに、背後から刺された。

シャツが赤く染まる。

命が体から抜けていくのがわかる。

刃は引き抜かれ、そのまま崩れ落ちる。

意識が遠のく中、最後にその者の顔を見ようとする…が、力尽きた。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


我鷲丸はベッドで上半身を一気に起こした。

胸を確かめるが傷跡はない。

体も動く。

ただ、冷や汗がとまらない。


「また、あの夢か」


我鷲丸(がじゅまる)


またかいー。

これであの夢は何度目だろう?

というか今日あった人、全員知ってるなと思ったら夢のせいだったのか。

ふっ、途中まで英雄王の秘められし力『ナンデモ・シッテ・イール』が発動したかと思ったぜ。


…ふむ…。


でも、実際と違うとこもあったな。

夢だとファティーラ先輩は俺のことを敬ってないな。

夢の俺だとまだ英雄王力が弱いのかな?

それに、オプティマスがめっちゃ強いな。

つか、なんで街が燃えてたんだ?

あの先生たちでさえ勝てない化け物はなんなん?

つか、あの金髪と赤髪の子も死んでたな…。


夢としては最初は嫌いじゃないんだよな。

街を救う英雄王の登場。

化け物バッサバッサ倒していく俺。

そして、ラスボスに挑む俺。


ここまでは最高だ!

ただ、エンディングが気に食わない。

英雄王がラスボスに挑んで勝利するはずなのに、戦えずに背中から刺されるって。

英雄王の最後にふさわしくないエンディングだ。

ここだけは何度見ても腑に落ちない。


けど、刺される感覚とかかなり現実的なんだよな〜。

まさか、夢で得た経験を実際の世界に持ち運びができる『ユメデモ・ツヨク・ナール』が発動したとでもいうのか?

ふむ、そうか。

ならば、納得だ。

でも、最近ほぼ毎日あの夢を見るのに、あんま強くなっている感覚がねぇな。


あと、夢で見た人の多くの人に今日会ったけど、夢で見ただけの感じはしなかったな。

前から知っているような感覚だ。

だけど、それだけじゃない。

夢に出てきてないやつらにも見覚えがある。

つか、人だけじゃねぇ。

今日あった出来事に俺は全部見覚えがある。

まるで、すでに一度経験してるような感覚だ。


だから、オラベラのスマイトもかわせた。

なぜだか、あそこでスマイトが来るとわかっていた。

まぁ、結局負けるって結果は変わんなかったけど。

でも、違うところもある。

その典型が、今日の馬だ。

俺はあの馬をよけた覚えがある。

実際に俺は左に避けようとした。

ただ、その直前で声が聞こえた。


「右だ」


と、はっきり聞こえたのだ。

実際にそれに従ったら馬とぶつかったわけだから全く信用できねぇ声だけど、声は確かに聞こえた。

でも、おかげでサムエルとその姉と話すことができた。

二人とも将来の英雄だ。

俺が導いてやらねばな。


それに他の人を知っている感覚はサムエルにはあんまりないんだよな。

なぜだ?

夢にもいなかったし…。


…ふむ…


ああ!やめだやめだ!

こんな難しいの俺にはわかんねぇ!

明日からも全力で行くまでよ。


「ふっ」


誰も見ていない、オメガ寮一年の男子共同部屋の自身のベッドの上で、腕を組んでキメ顔をする我鷲丸。

そこであることに気づく。


「あれ?ウィリアムとオプティマスは?」


二人の同級生のベッドが空っぽになっていた。

一瞬考えて、トイレか、って勝手に自己解釈し、すぐにまたベッドに入った。


だが、まだ一つのことが引っかかっており、すぐに寝られなかった。

今日、他に「何かが起こるはずだ!」って感覚が離れない。

何か、大事な何かが起こる。

だけど思い出せない。

思い出すってのもおかしい。

だって、我鷲丸にとっては、これが初めての今日であるはずだから。

でも、我鷲丸の中にはっきりと、『思い出せない』と感じていた。

数分、顔をこわばらせて思い出そうとするも、


「まぁ、いっか」


と、再びすうすうと眠りにつくのであった。


我鷲丸はそのことを、明日の入学式で思い出す。

今日がホワイトシティで巻き起こる大事件の幕開けだったと。

連続殺人事件の最初の犠牲者が出た日だったことを。


1年生編ー赤い脅威ー 第2章:『クラスリーダーと連続殺人事件』へと続く。

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― 新着の感想 ―
ナンデモ・シッテ・イールwwwださかっこいい笑
おお〜、これからいろいろとすごいことが起こる予感! どうなるんだ?!次が楽しみだ!
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