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ミレニアム学園  作者: 赤のアンドレ
【1年生編 ー赤い脅威ー】 第1章 最悪の世代入学
12/13

第11話:それぞれのクラス

ーミレニアム学園大広間ー


「以上をもって全能力試験を終了する。2時間後にクラス編成発表する。それまでは自由行動とする。ただし、外出はこの窓から見える庭の範囲に限る。念のため、生徒会役員が当該範囲を巡回する。以上だ」


セバスチャン・アウグスティンがそう言うと、ほとんどの生徒はテーブルから立ち上がり、思い思いに動き出した。

集団協議試験の回答を最速で提出した、アンバー・スチュアートのグループだけは、誰も席を立たず、彼女を中心に談笑を続けている。

それどころか、彼女のテーブルに他の生徒が次々が加わっていった。

その輪はみるみる大きくなった。

圧倒的なカリスマ、アンバー・スチュアートの影響力が如実に表れた光景だった。


第一テーブルではフォーヤオが立ち上がり、その場を去ろうとしたところをカサンドラが引き止める。


「フォーヤオ。できればあなたと確執を生じさせたくありません。そこで、友好の印にひとつ。先ほどの試験で前提として挙げた左大臣のリャン・イーコウについてですが、よくない噂を耳にしています。調査なさるのがよいかと存じます」


フォーヤオは返事をせずにカサンドラをにらみつけ、そのまま去っていった。


「ふふ、嫌われてしまいましたかね」


「だ、大丈夫だよ。フォーヤオもちょっと頭に血がのぼっただけじゃないかな。また今度、彼女と話してみようよ」


「ふふ、そうですね」


何ともない会話であったが、カサンドラの情報収集能力を認めたフォーヤオは、父帝イェン・フーに左大臣のリャン・イーコウの調査を進言する書状を飛ばした。

ほどなくして、リャン・イーコウが実際にクーデターの準備を進めていたことが発覚する。

発覚時点の規模からすれば政権を乗っ取る力などなかったが、早期に逆賊を潰せた功績は大きかった。

帝王イェン・フーは国内で娘フォーヤオの働きを大いに誇ったという。

その後、ミレニアム学園に、帝王からフォーヤオに特大の贈り物が届き、その翌日にフォーヤオとカサンドラが共にお茶を楽しむ姿が目撃された。

ただし、これはもう少し先の話である。



「ね、一緒にウィリのところに行かない?」


ンズリは元気よく、オラベラとカサンドラに聞く。


「ふふ、すみません。今日は話しすぎたみたいで、少し疲れてしまいました。また今度でもよろしいでしょうか?」


「あっ、ごめん。うち、カサンドラの体調ぜんぜん考えてなかった」


「いえいえ、誘ってくれるのは嬉しいです。今後も私の体調を気にせずに誘ってくださいね。無理なときは、きちんと無理と言いますので」


「うん、わかった。ベラは?」


「わ、わたしは…」


「行ってきたらいいじゃないですか。珍しく殿方に興味を持ったようですし」


「持ってません!」


「ふふふ」


「ごめん、ンズリ、カサンドラのそばに誰かがいなきゃいけないから、わたし一緒に残るね」


「う、うん。わかった。また今度、絶対話そうね」


「はい」「ええ」


そしてンズリはウィリのところに駆け寄り、そのまま飛びついて、彼の腕にからみついた。

オラベラとカサンドラは、その光景を見ていた。


「本当に良かったのですか?」


「なにが?」


「このまま放っておくと、取られますよ」


「だから私はそんなんじゃないって」


「ふふふ」


「なんで笑うのよカサンドラ」


「だって、ンズリの『好きかどうかわからない』発言と同じくらい、おもしろかったもので」


「どうして?私は本当にそういう目で彼を見てない」


「じゃあ、なぜ鼓動が速くなっているのでしょうか?」


オラベラは自分の心臓に手を当てた。

本当に速くなっていた。

だが、なぜだかわからない。

そして、それをどうしてカサンドラがわかったのかも不明だった。


「どうしてわかったの?カサンドラって人の鼓動がわかるくらい耳がすごくいいの?」


「違いますよ。耳も悪いです。でも、そう言えばあなたは自分で確かめて、気づいてくれると思って」


「…ね、カサンドラ、これってなんなの?」


「ふふ、それはさすがに、私にもわかりません。でも…」


「でも?」


「もし知りたいのなら、確かめるしかありません」


「…」


「少し話は変わりますが、あのウィリアムという方、あの青年に似ていませんか?私たちが城を探索中に迷った折、助けてくれた方に」


「うん。私も思ったよ。雰囲気は似ていると思う。けど、あの人、オッドアイなんかじゃなかったでしょう?」


「そうですね、オッドアイには生来型と後天型はありますが、後天型であっても、あそこまでの澄んだ碧になることはありません。あれは、まるで別人の目のようにすら見えます」


「うん、それにあの人がそんな意地悪な性格のはずがないもの。テッド兄さん並みに紳士で、素敵な人だったんだから」


「ふふ、そうでしょうか。私は彼を、無邪気で、少しおっちょこちょいな人として覚えていますよ」


「違うよ。すごく助けてくれて、めっちゃ頼りになったじゃん!?」


「ふふふ、そうですね。それと出会った当時の彼は、今の私たちに近い年齢でした。ですので、本人である可能性は限りなく低いと言わざるを得ません」


「そ、そうだよね。今は多分もう立派な大人のはずだし…彼の弟さんとか?」


「確かに、その可能性はありますね。今度、ウィリアムくんに聞いてきてください、オラベラ」


「えっ、なんで私が?」


「いいじゃないですか、これで彼と話すきっかけができましたよ」


「だ、だから、私は話したくないんだって」


「ふふふ、あなたもフォーヤオ並みに強情ですね」


「違うってば…」


「ともかく、いずれまた彼に会いたいですね」


「…うん。すごく会いたい」


オラベラとカサンドラは数年前に一度だけ出会った青年を思い出し、しばし思い出にふけった。


その後、オラベラとカサンドラのもとへアラベラとエリザがやってきて、四人で談笑した。

エリザはウィリアムとンズリと一緒にいるサムエルのことを、ぶつぶつ文句を言っていた。

カサンドラは体力がすでに限界で、あまり話さなかったが、三人の会話を嬉しそうに聞いていた。


生徒たちが思い思いに2時間を過ごしたころ、大きなスクロールが五本、先生たちによって運ばれてきた。

五本のスクロールは壁に貼られ、そこには各クラスの生徒名が記されていた。


アルファクラス


1.アラベラ・トゥドル

2.ブア

3.エドワード・ベラフレウ

4.エリザ・ダルビッシュ

5.ロポロ・マルーン

6.オラベラ・セントロ

7.氷条龍次郎ヒョウジョウ・リュウジロウ

8.スラビ・クローゼ

9.トーマス・テスラ

10.ウィンスター・サプリング


「やったー!」

「サムエルは?」

「…」


アラベラは三人が同じクラスになったことを喜び、エリザはサムエルが別クラスだったことに肩を落とした。

オラベラは、一緒のクラスになりたいねと話していたンズリがアルファにいなかったことと、何よりも面倒を見たかったカサンドラが同じクラスにいないのを悲しく思った。

それを感じ取ったカサンドラはそっと、オラベラの手に自分の手を重ね、


「私は大丈夫ですよ」


と、やわらかく告げた。


ベータクラス


1.アミラ・アデトクンポ

2.アクア

3.カサンドラ・スリバン

4.ケレギオン

5.エルダス

6.エリック・ダルビッシュ

7.ハキーム・ムトンボ

8.カフール

9.リルヴィア

10.ノコノコ


「カサンドラ、ベータになったよ。誰か知り合い、いる?」


オラベラは心配を隠せない声で聞いた。


「そうですね、お名前を存じ上げる方は多いのですが、直接お話ししたことのある方はいませんね」


オラベラが、どうしようどうしようと慌て始める。


「カサンドラ、私の従兄弟のエリックがベータにいます。何かあれば彼を頼ってください。私のほうからも彼に言っときます」


「ふふ、お気遣いなく。…ですが、ありがとうございます、エリザ」


私たちのいる場所から少し離れたところで、


「なぜだ!!なぜエリザと一緒じゃないんだ!?」


と嘆く、背の低い赤髪少年がいた。

エリック・ダルビッシュである。


ガンマクラス


1.アリオ

2.キュウリ

3.炎火瑶イェン・フォーヤオ

4.ルーシー

5.ニコラオス

6.ラグナ・アイスランド

7.レジーナ・ロナウド

8.レネ

9.ロビン・ニステルロイ

10.サンソ


「フォーヤオはガンマみたいですね」


「うん、ニコラオスくんとレジーナ王女もいるよ」


「それはそれは。早速クラス内で火花が散りそうですね」


「どういうこと、カサンドラ?」


「フォーヤオ王女とレジーナ王女は、誰かの下につく器ではありません。良い意味でも、悪い意味でも。…あの二人は衝突しますよ」


そして、その推測はほどなく現実となる。


デルタクラス


1.アルフィ

2.クレア・クリード

3.グリンデル

4.ハッシャシン・サンドランド

5.ジェシー・ウォルター

6.クレイ

7.ノクティシア

8.ンズリ

9.ラトナ

10.ロエピ


「えっ!?うそ…、ンズリ…」


「彼女には少しきびしい組み合わせですね」


ンズリは同じクラスになりたいと願っていた、ウィリアム、サムエル、オラベラの誰とも一緒にならなかった。


オラベラとカサンドラが心配する中、当の本人は、


「いやだよ、いやだよ、いやだよ。なんでうちだけなの?」


ンズリはウィリアムの腕にしがみつき、半泣きになっていた。


「大丈夫、大丈夫だから」


「いやだ!ウィリと一緒がいい!!」


ウィリアムは一生懸命に宥めようとするが、ショックが大きく、ンズリはしばらくのあいだ駄々をこねていた。


オメガクラス


1.アンバー・スチュアート

2.ブヤブ

3.シドディ

4.フェリックス

5.我鷲丸がじゅまる

6.オプティマス

7.サムエル・アルベイン

8.炎炜辰イェン・ウェイチェン

9.ウィリアム・ロンカル

10.ザラサ


「サムエルがオメガ?なんで…」


自分の想い人が、学園で最悪のクラスに配属されたことに、エリザはショックを隠しきれなかった。


「が、我鷲丸(がじゅまる)くんはオメガになったみたいだね」


「ふふ、そうやってあからさまに避けようとすると逆に目立ってしまいますよ」


「そうなの?じゃ、どうすれば?」


「ふふふ、あきらめることですね。今のオラベラは、彼のことを気にしないようにと努めるあまり、かえって意識してしまっています」


「お、おっしゃるとおりです…」


「ん?どうしたのオラベラ?」


オラベラとカサンドラの会話に、突如アラベラが割って入った。

オラベラは「お願いだからこのことは言わないで」と顔で合図する。

これを恋バナ大好きなアラベラに知られれば、四六時中この話題になるのは目に見えていた。

カサンドラは「ふふ」と微笑み、話題をそっと逸らした。


「オメガクラスのメンバーを見て気になったことがあったので、オラベラと共有しようと思っていたところです」


「おお、あのスーパーウルトラ大天才の賢者スラッシュ、メジャイのカサンドラが、何かに気づいたのですね」


「ふふふ、そうですね。ちなみに、『賢者』と『メジャイ』は同義です。繰り返す必要はありません」


「まぁまぁ、そこは臨場感出すためにさ。それで、何に気づいたの?」


「ええ、そうですね。もしこのメンバーが噛み合ったら…」


「噛み合ったら?」


「クラス対抗試験、余裕で優勝します」


「ええー、マジ!?でも、オメガって一回も優勝したことないんだよね?テッド兄さんがいたときでさえ優勝できなかったんだから、それはちょっと難しいんじゃないかな?」


「ふふふ、そうですね。なので噛み合った場合に限った話です」


「ふ〜ん、で、メジャイさんの見立てでは噛み合いそうなんですか?」


「九割できないでしょうね」


「ほぼだめじゃん」


「ふふふ」


そこへ、アラベラとカサンドラの会話にエリザが喝を入れる。


「自分がアルファになったからって調子に乗るな、バカベラ!サムエルがオメガに入ったんだから、あのクラスは絶対強くなるはずよ」


「いやいや、そもそも本人がやる気ないから無理無理」


「これから出させるの!」


「と、めげずに言い切るエリザであった」


「もう!なんでバカベラはいつもそんな言い方をするの!?」


こうして、これから何度も行われるアルファ名物・アラベラとエリザの口げんか第一回が開幕した。

(入学前にも数えきれないほどやっている)


「オラベラはどうですか?このオメガは脅威になると思いますか?」


「知らない人は多いけど、知っている人だけで言えば、とてつもないポテンシャルを秘めていると思う。サムエルはやる気さえ出せば、どんな分野でもトップになれる才能を持っている。今日戦った我鷲丸くんはこれからもっともっと強くなる。同じグループだったオプティマスくんはこれからとてつもない成長を遂げると思う。そして…」


「ウィリアム・ロンカルですね」


「うん、彼には…」


「言葉では説明できない何かを持っています」


「うん…」


「本日はこれにて終了だ。明日、君たちの入学式を行う。遅れるな。寮についたらすぐに寝ろ。これより、それぞれの寮へ案内する。アルファからデルタはそれぞれの担任に、オメガはクイーンさんについていくように」


セバスチャン・アウグスティンの言葉で生徒は動き始めた。

あと少しで長い一日が終わる。


寮へ向かう道は、途中まで全員いっしょだった。

歩きながらエリザはエリックに声をかけ、カサンドラのことを頼み込んだ。

エリックは二つ返事で引き受けたが、自分は男性だから女子部屋までは入れないし、細かなケアは難しいとも付け加えた。


そこで、オラベラはベータの女子生徒を探すべく、生徒の一人ひとりに声をかけ始めた。


「もう十分です」


とカサンドラが袖をつまんで引き止めたが、オラベラはそっと手を外し、そのまま回り続けた。


「ああ、ああなったオラベラは誰にも止められないよ。カサンドラの面倒を見てくれる人が見つかるまで、絶対にやめないんだから」


満面の笑みでアラベラが言った。


「ふふ、そうですね。そういうところは昔とまったく変わりませんね。ですが、学園のほうで私のために色々と準備をしてくださっていると聞いています。おそらく、オラベラがあそこまで駆け回る必要はないかと」


「ヒヒヒ、そうだとしてもさ、あそこまで自分のために動き回ってくれるのって、うれしくない?」


「はい…。先ほどから胸がいっぱいで張り裂けそうです」


「でしょう!?そうやってオラベラは、うちらのことも何度も助けてきたんだよ。だから、エリザも入れてうちら三人は運命共同体なのさ」


「ふふふ、それはとても羨ましいですね。できることなら、私もあなたたちと共に育ちたかった」


カサンドラは少し寂しそうに目を伏せた。


「そんなにいいことばっかりじゃないけどね。あの子といると必ずトラブルに巻き込まれるから。毎回毎回大変になるんだから!そのせいで何度、姉ちゃんに怒られたことか」


「ふふふ、ははは」


「ん?どうした?」


「だって、そう文句言いながらも、アラベラ、とっても嬉しそうですから」


「ヒヒヒ。まぁね。オラベラと一緒にいられるのは、うちの自慢だよ」


アラベラとカサンドラが話していると、オラベラは一人の女子を連れて戻ってきた。


白銀の髪に翠色の瞳を宿したハイ・エルフの少女だった。

肩で光を弾く髪がさらりと流れ、長い耳の飾りがかすかに鳴る。

布の余白を選ぶように引き締まった細い体を、彼女は白のヒーラー・メイジのローブで包んでいる。

清浄な白が、回復術師の気配をはっきりと語っていた。


「はぁ、はぁ…、カサンドラ。彼女、ベータクラスのリルヴィアさん。しかもヒーラー・メイジだよ。事情を話したら、ぜひって言ってくれたよ」


とても長い一日の終わり。

生徒たちが体力の限界に達する中、オラベラは走り回ったのが一目でわかるほど消耗していた。

それだけで、カサンドラの胸は嬉しさで弾んだ。


「リルヴィアと申します。事情はうかがいました。同じクラスになるようですし、私にお世話を任せていただけますか?ヒーラー・メイジとしての勉強にもなります。ですので、ぜひ私からお願いしたいのです」


その声は、今にも消えそうなほど静かで柔らかい。

だが、耳にはよく届き、聞いているだけで神経が落ち着き、癒される。


そしてリルヴィアは勉強になると言い添えることで、カサンドラに負い目を抱かせないように気を配っていた。


「はじめましてリルヴィアさん。カサンドラ・スリバンと申します。『勉強』とおっしゃいましたが、私の世話をしたところで、三英雄の一人、回復女王アルシアの愛弟子が学べることなど、ないと思いますが」


「リルヴィアさん!?そんなにすごい方だったんだ…」

「あの伝説の回復女王アルシアの弟子!マジ?それやばくない?」

「三英雄の一人の弟子とは。さぞ素晴らしいヒーラー・メイジなのでしょうね」


オラベラ、アラベラ、エリザがそれぞれ反応する。


「私のことを知っているなんて…。師匠のことまで」


「ふふ、私はこの体ですので、できないことのほうが多くあります。ですが、『知る』ことに関しては人に負けない自負があります。ですから、あなたが誰で、あなたの師が誰か、そしてなぜ学園に来たのかも、ある程度把握しています」


リルヴィアは目を見開き、驚きを隠せなかった。

オラベラ、アラベラ、エリザも「えっ、どういうこと?」と口があんぐり。


「ですので、気を遣う、遣われる関係ではなく、対等に協力しませんか?私はあなたにとって重荷になるでしょう。ですが、その重さを忘れるくらい、あなたの役に立つつもりです」


そのときのカサンドラの声は、いつもの柔らかさを脱ぎ、相手を同等に扱う、真剣なトーンだった。

カサンドラはまっすぐにリルヴィアを見つめた。

それは、ただの病弱な少女ではないと伝わるたたずまいであった。


「はい。私はあなたに力を貸します。ですので、あなたの力も私に貸してください、カサンドラ・スリバン」


「ええ、もちろんです、リルヴィア。よろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いします」


リルヴィアはそっとカサンドラの車椅子の後ろに回り、押す位置についた。

会話に夢中になっていた五人はグループとの間に少し距離を作ってしまっており、小走りで列に追いつく。

リルヴィアが「世話役」を引き受けてくれた瞬間、オラベラの肩から重荷がふっと下りた。


やがて道が分かれ、それぞれの寮への案内が始まる。

そこからはクラスごとに別行動。

オラベラ、アラベラ、エリザはここで、カサンドラとリルヴィアとお別れした。


ーオラベラ・セントロー


私たち十人、アルファの新一年生はセバスチャン先生に導かれ、アルファ寮へとたどり着いた。

それは寮というよりも、美しい小さな城だった。


「ここがアルファ寮だ。基本的に教員は寮には入らぬ。この学園では君たちを一人前の大人として扱う。ゆえに、基本的なトラブルは自ら解決せよ。中に入れば寮長と先輩方が君たち迎える。明日の集合は8時45分。アルファの生徒たる者、少なくとも15分前には到着すること。では、また明日」


先生は淡々と言って、帰っていった。

エドワード・ベラフレウが皆の先頭に立ち、寮の扉を押し開けた。

彼はベラフレウ王国第二王子だから知っている。

私を見る目つきがちょっと苦手。


扉をくぐった途端、大きな声が廊下にひびき、その声の主が私たちを押しのけるようにして列の間をずんずん進む。


「サムエル!ね、サムエルどこ?ね、どこなの?サームーエールー!どこなの?」


アンジェリカ姉さんだった。


「え?ええと、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10…。あれ!?なんで!?なんでいないのよ!ね、なんでサムエルがいないのよー!!!」


先頭でちょっと調子に乗っていたエドワードが黙り込み、場は一瞬で静まり返るほどにアンジェリカ姉さんは殺気立ってた。

姉さんはぶつぶつと独り言を始めた。


「なんでいないの?ね、なんで、なんで、なんでいないの?誰があの子の面倒を見るの?誰が食事を作ってあげるの?誰が服の洗濯をしてあげるの?誰が体を洗ってあげるの?誰が添い寝してあげるの?ね!ね!ねええええ!」


マジック・ボーンであるアンジェリカ姉さんからとてつもない量の魔力があふれる。

私とアラベラとエリザ、それから龍次郎くん以外の一年生は全員びびってる。

多分何の話かもわかってない。

サムエルがアルファにいない時点でこうなるのは予想ついてたから、私たちは三人は平常運転。

けど、龍次郎くんはやっぱりすごい。

…って言っても、あれだけ強ければ当たり前か。


「よしなさい、アンジェリカ。一年生が怖がっているじゃないか」


それは優しくも、力強い声だった。

声の主は、白銀の髪に氷のような青を宿す瞳の少年だった。中背で引き締まった体つき、肩には白毛皮のマント、胸の蒼い宝珠が磨かれた白銀の甲冑に冷たく光る。顔立ちは可愛い系なのに、歩みも視線も乱れがなく、空気ごと整えるみたいに場の温度をすっと下げてくる。


彼と会うのは三度目だ。

一度目は三年前、アーサー王がセントラムに訪れたとき。

二度目は一年前、彼とモードレッド卿がミレニアム学園に入学したとき。

そして今日。

きっとこれからは毎日のように顔を合わせるのだろう。

円卓第十一席、ガレス卿。


「何よガレス!?私の邪魔するの?」


「邪魔をしているのはあなたです。これから一年生に寮の決まりを説明する時間です。あなたのヒステリックに付き合っている暇はありません」


「はあ?もう頭きた。表に出なさい、チビ。今日こそ思い知らせてあげるわ」


「わかりきった勝負に興味はありません。今まで一度でも、あなたが僕に勝ったことはありましたか?」


「なんだと!」


二人が睨み合う。


怒っているアンジェリカ姉さんに火を注いではならない。

私たちの間では常識だ。

普段は優しくて、サムエルが大好き。

でも怒りが一定を超えると暴走する。

前にもあった。

サムエルが姉さんを一週間、避け続けたとき、誰かのちょっとした一言で爆発し、アルベイン家の屋敷が半壊した。

ダニロさんがなんとか姉さんを止めたが、大けがをした。

これはまずい、本当にまずい…


「ゲット・サム・スリープ」


対象を眠らせる魔術が放たれた。


「なっ!?」


アンジェリカ姉さんは魔術にかかり、眠りに落ちた。


「おっと」


ガレス卿が間合いを詰め、そっと抱き留めた。


それにしても魔術抵抗が強いマジックボーンのアンジェリカ姉さんをこうも簡単に眠らせるなんて。


階段を静かに降りてきたのは、

白に金を溶かしたような髪先が光を撫で、黄金の瞳でこちらを静かに見渡す少女だった。

白と深緑のローブには金の留め具。

指先にはまだ微かな金色の魔素が渦を巻いている。

先ほど戦闘試験で回復係を務めていた上級生のひとり。

名前は確か、


「セレナ・ヴァレン。三年生。よろしくね」


声は柔らかいのに芯が冷たい。

冷徹さと優雅さが同居した、よく通る声だった。


彼女の後ろに二人の女性が並ぶ。

一人は白銀の長髪と青い瞳、背に美しい青色の翼を持つ鳥科の獣人。

もう一人は長い黒髪に紫の瞳、綺麗なのにどこか抜けた表情のヒューマン。


「紹介するね、こっちがアエル・フェザリス、こっちがミラリス・セレフィア」


「よろしく頼む」

「は〜い。よろしくお願いしますね〜」


鳥科獣人がアエル先輩、黒髪ヒューマンはミラリス先輩。


「通称『アルファの三女神』」


アンジェリカ姉さんをソファで寝かせたガレス卿が淡々と告げる。


「ふふ、褒めても何も出ないわよ、ガレス」


「褒めたのではなく、事実を言っただけです。学園中がそう呼んでいますから」


セレナ先輩が私たち一年に向き直る。


「一年生には、まだ実感がない呼び名よ。私が寮長。これから寮の決まりを簡単に伝えるわ。疲れているでしょうから、細かいことは後日ね。でも、まずこれだけは言っとくわ。男ども、うちのアエル、ミラリスに手を出したやつには、私が直々に罰を与える。容赦はしない。くれぐれも気をつけて。じゃ、自己紹介から。はい、順番に」


私たちは一人ずつ自己紹介を済ませ、そのあとセレナ先輩が本当に要点だけを伝えてお開きになった。

男子はガレス卿、女子はセレナ先輩に先導され、部屋を案内される。

一年は全員、共同部屋らしい。


部屋にはもう私物が運び込まれていた。

同じ一年の女子、ブアさんとスラビさんと話したかったけれど、みんな体力の限界。

シャワーを浴びたあと、気づいたら眠っていた。


ーサムエル・アルベインー


「いやだ!いやだ!ウィリと一緒がいい!うちだけ違うクラスとか絶対イヤ!」


ンズリはさっきからずっとこんな調子だ。

戦闘試験中にウィリアムに剣を教えていた逞しいお姉さんはどこへやら。

いま目の前にいるのは、完全に駄々っ子ンズリだ。

これはこれで面白い。


「いーやーだー!サムッチ、オマエがデルタに移れ!うちと交換な!うん、そうしよう!決定!」


「え〜、いや、さすがにそれは無理あるって」


「なんでよケチ!サムッチ嫌い!」


「ねー、ウィリ、なんとかしてよ〜」


ウィリアムもさっきから困り顔だ。

何より、ウィリアムから離れないンズリにボールウィッグがキレまくっている。

今にも魔術を放ちそうだ。

ウィリアムがいなけりゃ確実に飛んでる。


「オメガクラスの皆さんはこっちです」


クイーンさんがそう言うとデルタとオメガの生徒は別々の道に進むことになる。「いやだ!いやだ!いやだ!」


「心配するな、ンズリ。ひとりにさせないから」


「で、でも…」


「今夜、みんなが寝たら会いに行く。だから今は頑張って」


「えっ?寮を抜け出すってこと、ウィリ?」


「うん。必ず行く」


『うちのためにそこまで♡』って顔をするンズリ。


「わかった!待ってるからね!」


「ああ」


ようやく、ンズリはウィリアムの腕から離れて、デルタ寮のほうへ歩き出した。


「入学初日でいきなり校則破り?」


「ははは、そうなるな。どうするサムエル、ちくるか?」


「まさか。おもしろそうだなって思っただけだよ」


「おっ、なら一緒に来るか?」


「ははは、ンズリに怒られそうだからやめとくわ」


「え?なぜだ?ダチが会いに行ったら喜ぶだろう」


「いやいや、ンズリが会いたいのはウィリアムであって、俺じゃないって」


「そんなことねぇよ、二人に会いたいと思ってるはずだよ」


…こいつ、冗談で言ってんのか、本当に言ってんのか、わかんねぇな。


「んで、ンズリと付き合うの?」


「えっ!?」「キュエッ!?」


ウィリアムとボールウィッグは同時に跳ねる。


「だって、どう見たってラブラブじゃん?」


「いや〜、普通に友達だけど」


「あれで『普通の友達』なん?距離近すぎんだろ!」


「そうか?普通じゃねぇ?」


「ま、まじかオマエ…、これがアレグリアノの陽気さってやつか?」


「出身地が関係してるかどうかわかんねぇけど、オレはだいたいこんな感じだよ。仲良くできない人が多い分、仲良くできる人とはとことん仲良くなる。それにンズリは好きだ。彼女は偽らない。ありのままの自分で接してくれる。そういう人は貴重だ」


「ふ〜ん。別に口説いてるつもりはないと?」


「ぜんぜん」


うん、うそじゃねぇな、こいつ。

ってことは逆にタチが悪い。

天然の人たらしだ。(特定の人に限る)


「まぁ、念のため言っとく。獅子科の獣人であの距離感は『友達』じゃない。ンズリ、たぶん、もうウィリアムのこと好きだと思うぞ」


「ないない」


「いやいや、逆になんであれで『ない』って言えるの?」


「オレ、究極にモテないから」


「そうなの?」


「うん。誰か好きになっても、結局別の誰かに取られるし、両思いになったと思ったら何かしらの事情で絶対ダメになる。今までの人生で恋愛がうまくいったことなんて一度もない」


「今までの人生って、そんなに生きてないでしょ、オレら」


「サムエルよりは生きていると思うぜ」


「ウィリアムって年上?確かにちょっと老け顔だと思ってた」


「失礼だな、サムエルはいくつなん?」


「十五だけど」


「うん、何歳か年上だね」


「ふ〜ん」


ミレニアム学園の出願組は、成人年齢の十五歳になった翌年四月に入学。

推薦組は年齢不問。

記録上の入学年齢の最年少は十二歳、最年長は十八だったはず。

何歳か上ってことは…、って普通に聞けばいいっか。


「ウィ…」「こちらがオメガ寮になります」


ウィリアムに聞こうとしたところ、クイーンさんの声がさらっていった。

オレらはオメガ寮に到着した。

寮?これってただのボロい塔じゃねぇ?


「うんうん、みんなの思ってることよくわかる。ボロいよね〜。ふふふ。私たちも入学したときに同じこと思ったわ。でもね、慣れると結構居心地がいいのよ。それと、防音対策はゼロだからセ〇〇スするときは気をつけてね」


いきなりの爆弾発言に、全員が一瞬固まり、頬を赤らめた。


「じゃ、あとは先輩たちに聞いてね。明日の集合は8時45分、場所は今日と同じ大広間。先輩たちも向かうはずだから、ついていけばいいわ。門限は24時。許可なしの外出が『バレたら』減点よ」


うん、わかってたことだけど、ウィリアム、確実に校則を破ることになるな。


クイーンさんはウィリアムにそっと近づき、小声でささやく。


「一年の男子部屋の真ん中の窓から、外に比較的簡単に出られるわ。それと、デルタ寮とオメガ寮の間の林にロマンチックな大木のスポットがあるわよ」


クイーンさんって、ここの職員だよな?

それ、教えていいやつ?

つか、ウィリアムが校則破るの、完全にわかってんじゃん。


「それじゃ、また明日ね、みんな」


クイーンさんはウィリアムにウィンクし、とんでもないアドバイスを置き土産に、帰っていった。


「おお、これが我が城だな」


それと同時に変人発言する我鷲丸(がじゅまる)

いちばん乗りで寮へ突入。

続けて俺らも入る。


中は、外のボロさからは想像つかない落ち着いたリビング。

豪華ではないが、どことなくアットホームな雰囲気を感じる。

俺らが入るやいなや、その翼ははばたいた。


褐色の肌に、夜みたいに長い黒髪。額には金の冠飾り、碧い宝玉がひとつ光る。

琥珀色の瞳は静かで強い。

背には大きな翼、外縁は黒く、内側へ白が滲む斑模様。

黒と金を基調にした神官の礼装は胸元が大胆で、手首には白い数珠、胸もとには聖印めいた金の装具。

歩くたび、金の装飾がかすかに触れ合って鳴る。

堂々としているのに、どこか祈りの気配をまとった立ち姿。

そんな彼女は我鷲丸の前に来て、彼の前でひざまずいた。


「ああ、運命の神子よ。ようこそおいでくださいました。お待ちしておりました。わたくし運命の神子にお会いできて光栄至極でございます」


みんなが唖然としているなか、我鷲丸は、


「ふっ」


といつものキメ顔だった。

あの様子だと本人も状況がわかっていないな。


「知り合い?」


と我鷲丸に話しかける。


「知らん。いや…、知ってるような…」


「どっちだよ!?」


「ふっ」


だめだこりゃ。


「よくわかっている者よ。英雄の王に名を申してみよ」


「はっ、紹介が遅れましたこと、誠に申し訳ございません。わたくしの名はファティーラ。運命の神子の忠実なるしもべにございます」


「うむ、よきにはからえ」


こいつ、ある意味で本当の王より王やってんな。


「ファティーラちゃん、なにやってるの。寮長なんだから一年に寮のことを説明しないと」


現れたのは、小柄な少女。

栗色の短髪、顔の半分を隠す丸眼鏡に、茶のローブ。

両腕で分厚い本をぎゅっと抱え、肩をすくめて、靴先をそろえて立っている。


「え、えっと…、は、はじめまして。二年のエンマ・ブラーと申します。よ、よろしくお願いします」


先輩らしさゼロのトーンに、落ち着きがなさすぎるその様子に、逆に一年の俺らのほうが落ち着く。

だが、おどおどしながらも、この状況をなんとかしようとしているのは伝わる。


「ファティーラちゃん。いつもの変人ムーブやってないで、寮長の仕事してよ」


「運命の神子よ。わたくし、寮長としての勤めは果たしたく思います。よろしいでしょうか?」


「うむ。許可する」


いや、だからオマエ何様?

…って言ったら、「王様」って返されそうだから黙っておく。


「寮長のファティーラである。二年。此度、運命の神子と同級生かつクラスメイトとなった皆様に、祝福と賛辞を。彼とともに歩めるそなたらが羨ましいかぎりだ」


「そんなのどうでもいいから、早く説明して、能力試験でみんなヘトヘトだよ。早く休ませなきゃ」


「そうだな、では運命の神子はわたくしの部屋に」


「一年は男女別で相部屋!数日前まで私たちもそうだったでしょう?」


「でも運命の神子にもっとも相応しい部屋が…、そうだ、最上階の部屋を与えましょう」


「1000ポイントなんて持ってないでしょ!ファティーラちゃん、変なことを言っていないで普通の説明をして」


…うん、会話がはちゃめちゃだ。

というか、成立してない。

ちっちゃい方はこの状況に慣れているけど、どうすることもできない感じ。

鳥の先輩は「なぜわからぬのです」って顔。


このまま立ちぼうけかと思ったら、寮の奥からもう一人先輩が出てきた。

短く整えた黒髪、鋼みたいな灰の瞳。

背筋はまっすぐ、腰の左にレイピア、右に魔術杖。

ロビーをひと通り見渡し、ため息ひとつ。


「二年のエリオット・ヘイルだ。…その様子だ、ファティーラから何も説明を受けていないな。仕事を放棄するのは困る」


「仕事放棄などしていません。わたくしは運命の神子の寝所という最重要案件を最優先に」


「うん、それは大丈夫だ。一年は全員相部屋。つぎ」


「よろしいでしょうか、運命の神子よ」


「うむ、かまわん」


「なんとも寛大なのでしょう。では次に、運命の神子のお世話をいかに」


「全員に寮のルールを説明しろ!」


こういうやり取り、何度もやってんだろうな。

黒髪先輩は、慣れたテンポで鳥先輩にツッコミをいれていく。

それにしても鳥先輩の我鷲丸推しは何?


「はぁー」


「ため息つきたいのはこっちだって、あ、ああっ!」「一年生だにゃー!」


階段から降りてきた何かが、俺らを見た瞬間、音速で突っ込んできて、黒髪先輩の上にのしかかった。

黒髪先輩が下敷きのまま、そいつは陽気に笑う。


「うちガウラ!二年だにゃ!よろしくにゃ!」


猫科獣人としては規格外の長身。

肩はのびやかに開き、くびれからヒップへ落ちるラインはしなやかで力強い。

胸元は厚みがあり、存在感そのものが歩いてくるようだ。

毛並みは雪みたいに白い。

三角の耳がちょこんと立ち、ふわりと揺れる長い尻尾が後ろ姿を大きく見せる。

笑えば尖った犬歯がのぞき、目はいたずらっぽく輝く。

白いファー付きのロングコートを肩に引っかけ、下は黒のレザーとベルトで軽装。

金具がカシャ、と鳴るたび、長い脚と高いヒールが目立つ。

そして一番の破壊力は体格に見合うボリュームの胸と、跳ねる尻尾の根元から張り出すヒップ。

巨大斧を背に、豪快の権化って感じだ。


「ガウラ、てめぇ、さっさとどかんか」


「エリオットいたのにゃ。そんなとこでなにしてるのにゃ?」


「一年に寮の説明しようとしてたら、てめぇに押しつされたんだ。さっさとどけ」


「にゃははは、そうかっかすんにゃって。うちらの仲じゃにゃいか!」


そう言いながら猫先輩は黒髪先輩の上で、腰を楽しそうに揺らす。

本人に悪気はないんだろうけど、それに反応するなってほうが無理だろ。


「いいから、さっさとどけ!」


黒髪先輩は頬を赤らめながら唸る。


「にゃはは、わかったにゃ、わかったにゃ」


猫先輩が立ちあがろうとした、そのとき、


「おお、一年到着したか!?」


二階の手すりから、やたらうるさい声。

そいつは二段三段と階段を飛ばし、最後はひょいと跳んで猫先輩の両肩に着地した。


「くはっ」


「そうだにゃ。一年だにゃ」


「おっ、エリオット、そこで何してんだ?」


「てめぇら…」


黒髪先輩は上から一気に二人分の体重を乗せられて撃沈。

猫先輩は肩に乗られてもまったく気にしない。

新しく現れた先輩は、薄い武衣に手足の包帯、口には肉の骨つきをかじりつつ、いたずらっぽく笑って一年を見下ろした。

なんか猿みたいだ。

猿科の獣人じゃない。

猿っぽいヒューマン…、いや、この衣装と顔立ちからミンか。


「おお、めっちゃかわいいのいるじゃん」


その男は猫先輩の肩からひらりと跳び、空中で一回転してから、長い金髪に紫色の瞳の少女の目の前へすっと着地した。

やっぱりここは美女が多いな。

この子は…オラベラ並みってところか。

周りより一段上の美しさだけど、アル先輩ほどじゃないな。


「ねね、名前なんて言うの?俺、ポン・ホウ。二年。今度お茶しない?」


うん、これはウィリアムのような天然じゃねぇな、あからさまに初対面の人をくどいてるよ。


「ふふふ、初めましてポン・ホウ先輩。私はアンバー・スチュアートと申します。お茶のお誘い、誠にありがとうございます。はい、ぜひ一緒させてください」


その声は熟れた果実みたいに甘くて美しかった。

話す内容にかかわらず、ずっと聞いていたくなる声だ。


「まぁ、そりゃそうよな。会って早々のやろうに…って、今了承した?」


「はい、ぜひ」


「うおお!やった!バルニー先輩の教えを信じた甲斐があったぜ」


最初からダメもとだったんだな。


会話のさなか、ザラサは暖炉のそばでごろりと横になり、そのまま寝はじめた。


猫先輩は立ち上がり、黒髪先輩はやっと解放される。

立ち上がるなり、


「オマエら、いい加減にしろ!」


「にゃはは、エリオットが怒ったにゃ」

「エリオットくんはわるくないよ。みんながやることをしないから」

「これが運命の導き…」

「でさ、お茶なんだけどさ」


うん、よくわかった。

ここはカオスだ。

…おもしろい!


「では、先輩方は自己紹介してくださいましたし、私たちも一人ずつ自己紹介しましょうか。私から始めますね。アンバー・スチュアートと申します。皆さまと同じクラスになれてとても嬉しいです。いっぱい仲良くしてください。あと、私にできることがあったら何でも言ってくださいね」


自然と拍手が起こった。


「ふふ」


キラキラしてるなこの人。

…でも、なんかひっかかるんだよな…。


「はい、じゃ次は、あなたから順に」


アンバーが手を向けた先、ゴブリンの男子が口を開く。


「オレ、ブヤブ」


ぼろい服のゴブリン。


「シドディよ」


ノームの元気そうな女の子。


「フェリックスにゃ。よろしくにゃ」


猫科獣人の男子。


「英雄王、我鷲丸(がじゅまる)である、ふっ」

「キィーッ!」


蘇りしゾンビ、我鷲丸とその鷹。


「オプティマスだ」


金髪碧目のプリンス系イケメンのヒューマン。


「サムエル・アルベインで〜す」


オレ。


「イェン帝国、第一王子、イェン・ウェイチェンだ」


紹介そのまんまのミンのイケメン青年。


「ウィリアム・ロンカル、この子はボールウィッグ、あと、あそこで寝てるんはザラサ」


最後に特定の相手限定、天然人たらし、ウィリアム。

まとめて相棒の獣と、爆睡中の獣を紹介。

…とはいえ、このクラスでウィリアムを変な目で見るやつは少ないな。

いいことだけど、やっぱ判断基準がわからん。

で、ウィリアム、さっきからなぜ『そいつ』を睨んでんだ?


「よし、まとめてくれて助かる、アンバー」


「いえいえ、エリオット先輩の采配のおかげです」


「では、男子はオレについてこい。ファティーラは女子を案内しろ」


「それが運命に導かれし答えなのならば」


「運命はどうでもいいからさっさとやれ。エンマ、オマエも一緒にいってやれ」


「は、はい」


そのあと寮を簡単に案内され、シャワーを浴びて寝床へ。


「よし、聞くのにゃ、オマエら!」


陽気に叫ぶ猫科の同級生。

…って、さっきから略してるけど、逆にそれが面倒になってきた。

オメガのやつらくらい、名前覚えるか。


「明日の夜、『第一回、恥ずかしい話選手権』をやるにゃ!ルールは簡単にゃ。自分のいっちばん恥ずかしいエピソードをみんなに語るにゃ。みんなが笑って、仲良くなる最高のゲームにゃ。そしていちばん恥ずかしくない話をしたやつは罰ゲームだにゃ!それじゃまた明日だにゃ!」


そう言い放つと、猫…、確か、フェリックスは即寝。

となりでウィリアムが不気味に笑う。


「ど、どうしたウィリアム?」


「ふふふ。サムエルよ。オレの勝利は確定したようだ」


「えっ?何のこと?」


「恥ずかしいエピソードなら、腐るほどあるぜ」


「そ、そうなんだ…」


こうして、俺のミレニアム学園での初日が終わった。

平凡な学園生活を送りたかった俺だけど、初日でさっそく『敵?』を作り、俺以上に『雑魚演技』がうまいライバルを見つけ、そして、ウィリアムとンズリという新しい友達もできた。

計画と大きく違うけど…、これはこれで、悪くない。

来たくもなかった学校なのに、不思議と明日が楽しみだ。

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― 新着の感想 ―
我鷲丸のキャラすてき。笑
いろんなキャラクターの今後のストーリーが気になる! あと、オメガクラスも連携できるかな?!そこも気になる(笑)
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