第10話:クラス分け能力試験 集団協議試験
ーンズリー
マジ疲れた。
でも、ウィリ、話がおもろいからずっと楽しい。
サムッチは貴族らしいけど、そんな感じはしない。
大丈夫、貴族であるだけで嫌ったりはしない。
貴族全員が悪い人じゃないってことはわかってる。
これからもこの三人でずっといるのかな?
ウィリはそのつもりのようだし、うちもそれで構わない。
正直こんなすぐにダチができると思っていなかった。
いくら全世界から生徒を受け入れる学校といっても、それはヒューマンが統治する王国に存在する。
ヒューマンの国家では当たり前のように獣人差別がある。
うちもここに来ると決めたときはそれを覚悟した。
それでもやっぱり不安だった。
だからこんなに早くダチができてマジ超嬉しい!
ダチさえいれば誰かが差別してきてもどうでもいいし、そんなのへっちゃらになるし。
一人じゃなければうちは耐えられる。
だからうちにとってはこれは最高の滑りだし。
もう、懸念はほぼないようなもん。
だって、ウィリが守ってくれる。
会って数時間も経ってないけど、わかる。
ウィリは自分のダチは絶対守るやつだ。
あの赤髪がサムッチになめた真似したのを倍返しにしてやった。
できたばかりのダチのためにあそこまですんだもん。
マブになったらもうやっばいっしょ絶対。
でもそれだけじゃない。
うまくは言えないけどウィリといると安心する。
強いのはボールウィッグであって、ウィリじゃないってことはちゃんとわかってる。
でも、強い弱いじゃないの、なんかわかんないけど、うち、この人といれば大丈夫なんだって獣の本能が言っている。
しかも、男らしいし、まっすぐだし、おもしれぇし、顔は悪くねぇし、オッドアイってのはカッコいいし、戦闘力は今は低いかもしんねぇけど才能はありそうだし、剣聖にも褒められてたし、すごいやつだって!
ちょ、ちょっとエッチそうだけど、この年頃の男子なんてこんなもんっしょ。
つか、なんでもやるって言ったんだから、ウィリとしては「抱かせろよ」って言えたのを、胸に顔をうずめたいで済ませてくれた。
そう考えると、マジジェントルマンじゃねぇ?
これが気遣いができる男ってやつじゃねぇ?
うん、わかってる。
自分でもわかってる。
うちの頭、さっきからウィリ、ウィリ、ウィリだ。
頭だけじゃない、心もだ。
さっきから見られるとどきどきする。
他の子のことを気にかけていると嫌な気持ちになる。
アル先輩と話してたときだって、耐え切れずに二人の邪魔をして、ウィリに胸まで押しつけて、まるで「彼は自分のです」とでも誇示してるかのようだった。
さっきから、うちは何度も彼に体を寄せている、腕を組んでいる、胸も当ててる。
今だって腕を組みながら歩いてるし、他の人から見ればカップルだよねこれ?
ともかく、今まで人生でこんなに男に近づいたことない。
こういう距離でカレピと接することは想像したことがあったけど、実際にするのは初めて。
だけど、なんか不思議と違和感がない。
まるで、彼の横が私の居場所であるかのような…。
ああー、もうわかってる、わかってるって。
そういうことだよね?
あってるんだよね?
こんなこと今までになかったからわかんないけど、間違ってないよね?
でも、早すぎない?
あまりにも早すぎない?
確かにカッコよかったし、今日あった出来事が衝撃的だったけど、早すぎない?
ああー、どうしよう〜。
確かにサバンナを出たときは、カレピを探すのも目的だったけど、こんなトントン拍子でいいの?
でも、ちょいまて。
これは、うちが、思ってることだもんな。
ウィリがどう思ってるかわかんねぇもんな。
ど、どう思ってんだろう?
少しくらいはそういう風に思ってくれてんのかな?
で、でも綺麗って言ってくれたし、む、胸に顔をうずめたいとも言ってくれたから、わ、悪い感じじゃないよね?
少なくともああいう、エッチな?目線では見られてるっつことだもんね?
普通ならふざけんなクソ野郎!そんな目で見てんじゃねぇ!ってぶっ飛ばすとこなんだけど、う、ウィリにはそういう目で見られるのは嫌じゃない。
それどころか、ちょっと嬉しい…。
つ、付き合ったりとかするのかな…
う、うちからは流石に言えないけど、も、もし向こうから言ってくるんなら…。
言ってくるんなら…
「なんか着いたみたいだよンズリ」
「えっ?」
うちら全員、大広間に案内された。
そこは数百人は余裕で入りそうな広さで、小説に出てくる舞踏会の会場のようだった。
丸いテーブルが十卓、テーブルとテーブルの間は広く空けて置かれている。
テーブルの上に豪華な料理がずらりと並び、できたての香ばしい匂いが漂ってくる。
うちら獣人の鼻にはガツンときて、一気に腹が減る。
「これから飯?うちマジ腹ペコなんだけど!ベストタイミングじゃん!」
「うんうん、戦いの後だからね、お腹は減るよね」
「もち、三人で食べるっしょ?」
「…」
「…。ウィリ?」
今日、ウィリはこうして周囲を見渡すことが何度かあった。
何かを観察し、うちら、つか、他の人が気づいてないことに一人だけ気づいてるかのような感じだ。
「うん、できればそうしたかったよ。ンズリに『あ〜ん』ってされて食べたかったし。でもおそらく、それはできないと思う」
「はぁ?なんで?、ってなんでうちが『あ〜ん』ってしてやんなきゃいけないわけ!?」
「してくんないの?」
そんな悲しそうな顔すんなよ…
「…っ、わ、わかった。わかったって。するからもうその顔やめろ!」
「ふふん」
次は子供のような嬉しそうな顔!
「ンズリってさ、…チョロいよね」
「あっ!?なんか言ったかサムッチ?よく聞こえなかったからもういっぺん言ってみ!」
「いいえ、なんでもないです。それでウィリアム、なんで一緒に食べられないの?」
「ああ、それはもう誰がどこに座るのかが決まっているからだよ。豪華な会場に、料理、そっちに気が行きがちになるけど、ここは次の試験会場だよ」
セバス先生が中央に立ち、説明を始める。
「ここが集団協議試験の会場だ。ただし、戦闘試験の直後で疲れているだろうし、腹も減っているだろう。そこで夕食を用意した。同じテーブルに座る者が、協議試験を行うグループである。食事を共にし、互いを知れ。そして、1時間後に与える課題に備えよ。それでは、呼ばれた者から順に席に着け」
「第一テーブル、カサンドラ・スリバン、イェン・フォーヤオ、オラベラ・セントロ、ンズリ、ザラサ」
「えっ!?」
「さっそく呼ばれたね」
「嫌なんですけど〜、ウィリとサムッチと食べたかったのに〜」
「俺らもだよ。だけどしょうがない。明日以降また一緒に食べる機会もあるよ。だから頑張っていってきて」
ウィリに頭を撫でられる。
もう自然に撫でてくるし、うちも受け入れちゃってる。
そうだよね。
明日からまた一緒に食べればいいんだ。
そのために試験を最後までやりきらないとね。
「うん!行って来る!ウィリもサムッチも絶対同じクラスになるかんな!気合い入れろよ!」
「うん、頑張ろう」
「頑張っても同じクラスになるとは限らないのでは…」
サムエルの言葉なんて無視無視。
絶対に三人で同じクラスになるんだから。
そしたら、完璧な学園生活の始まりだ。
うちは席についた。
テーブルには戦闘試験で同じグループのザラサ。
さっそく食べ始めてる。
他の四人なんておかまいなしだ。
次は車椅子の綺麗な女の子。
全身包帯だらけでありえないくらいに痩せ細っている。
白銀の髪の毛に、血のように赤い瞳。
そんなにいい組み合わせではないけど、それでも、その顔はとても綺麗。
もし健康だったら絶世の美女だったのだろう。
三人目は長い黒髪のすっごい綺麗な人。
つか、顔ちっさ、肌つるつる、しかも姿勢まで超綺麗。
この顔つきはここらへんの生まれじゃないね。
明らかに東出身のミンだ。
しかもジアンシュ先生と戦った一人ってことは超強いってことでしょう?
超綺麗で超強いとか半端な。
で、最後四人目はサムッチが言ってた、オラベラ・セントロ。
はいはい、ミンの女の子に負けないくらい綺麗だね。
でも、胸とお尻の大きさは完全に圧勝。
その顔に、その体はマジで反則っしょ!
だけど、ウィリはもう、うちのダチなんだから、あんたなんかいらない。
友達なら、あんたはもう山ほどいっぱいいるでしょ?
車椅子の子と、ミンの子とオラベラは話始めた。
「フォーヤオ王女お久しぶりでございます」
「ええ、二年ぶりですねオラベラ王女、そちらの方とはお知り合いで?」
「はい、友人のカサンドラです」
「カサンドラ・スリバンと申します。フォーヤオ王女、同じグループの一人としてよろしくお願いします」
「やはり、そなたも一年生であったか。数日、同じ棟に滞在しておったゆえ、そうと踏んでおった」
「そっか、二人は入学前に学園に滞在していた組みですよね?」
「ええ」
「はい、そうです」
「ですが、フォーヤオ王女はご多忙で、お話しする機会がありませんでした。ですので、今日こうしてお話しできて嬉しく思います。オラベラ、フォーヤオ王女はすごいんですよ。朝から晩までトレーニングに勉強に励んでおられて、お目にかかるたびにいずれかに取り組んでいました」
「朝から晩まで。す、すごいですねフォーヤオ王女」
「いえ、いえ。我がイェン帝国を支える者として当然の務めに過ぎませぬ。それより、オラベラ王女。王族ならざる者に敬称を用いず、名を呼ばせることを許しておられるのか?」
「許すも何も、この学園ではみんなが平等よ。それに友達同士で『王女』とか『さん』とか元々嫌だしね」
「ほう、興味深い。そして確かに、この学園に在籍している間は身分もミレニアム学園生になるのであったな」
「うん、そうだね。だからフォーヤオ王女さえよければ私のこともオラベラと呼んで」
「いいでしょう。オラベラも同じく。そして、カサンドラ。そなたも『フォーヤオ』と呼ぶことを許可します」
「ふふ、ありがとうございます。フォーヤオ」
「同じグループになったそなたらも、フォーヤオと呼ぶことを許す。名を申せ」
なんで圧倒的に上から目前なの!?
だから王族も貴族も嫌いなのよ。
つか、この三人もう既に仲良いじゃん。
うちだけ蚊帳の外じゃん。
ザラサもそうかもしんないけど、そもそも輪に入ろうとしてないし。
「話しかけられたのだ。返すのが礼であろう」
「えっ!?あ、うん、ンズリ…と申します」
申します?なんで縮こまってんのうち?
「ンズリ。獅子科の獣人だな?」
「は、はい…」
「獅子科の獣人は誇り高き種族。ともに学べること、嬉しく思う。私はイェン帝国第一王女イェン・フォーヤオ。先にも申したが、『フォーヤオ』でよい」
あ、あれ?もしかしていい人?
上から目線だけど、王族だから仕方ないか。
「うん、こちらこそよろしくフォーヤオ」
「よろしい」
「私はカサンドラ・スリバン。カサンドラとお呼びください」
「私はオラベラ・セントロ。ええと、一応、この国の王女。オラベラって呼んでね」
「よ、よろしく」
フォーヤオはザラサに声をかけた。
「そなたは?」
ザラサは口に食べ物を入れたまま答える。
「fなうdfんgかs」
フォーヤオはザラサが口にあるものを飲み込むのを待ち、再び質問した。
「名を申せ」
「ザラサ!」
そう一言だけ言って、再び食べ物を口に入れた。
フォーヤオは今のやり取りでザラサがどんな子かを察し、私たち三人のほうに向き直った。
「鍛錬の直後だ。まずは食を取れ、談は食を取りながらでもよい」
「はい」「は〜い」「うん」
フォーヤオの言葉に自然と返事した。
なんかわからないけど一瞬にしてこのテーブルの上下関係ができあがった気がした。
円形のテーブルで、フォーヤオ、カサンドラ、オラベラ、うち、ザラサの順に座っている。
全員の顔がよく見え、声がよく聞こえる位置に席が用意されている。
食べ物が少なくなると、新しいものが運ばれる。
少し安心した。
だって、最初にあった料理はうちらが手をつける前にほとんどザラサが食べてしまっていたのだ。
フォーヤオとカサンドラはなんかよくわからない政治の話をしている。
イェン帝国の方針とかミレニアム協定国家とのこれからの向き合い方から、昨年のレッド・サークルとの戦争や、これから世界がどう動いていくかなど。
わからん。
なんでそんなすらすらとそんな高レベルな会話ができるかわからん。
会話に混ざりようがない。
もしかしてこの二人って天才?
それに比べてオラベラは二人の話は聞いているもののあんまり入ろうとしない。
ときどき意見を求められ、それについては答えてるから話そのものは理解できていないわけではないらしいが、なんか少し嫌そうな顔をしている。
そういう話は好きじゃないのかな?
でも注目すべきところはそこじゃない。
さっきからこの王女はみんなに料理を取り分けている。
皿にきれいに料理を数個並べ、それをみんなの前に置いている。
多分、あのカサンドラって子が自分で料理を取れないからだろう。
そして、その子に恥をかかせないためにうちらにも同じようにしている。
もちろん、うちにもだ。
何が好き、どれが食べたいとかまで聞いてきた。
本当に王女?って思ってしまう。
そして、その料理を食べていると話しかけられた。
「ね、ね、ンズリさん。ンズリさんってギャル?ですよね?」
完全に悪気なく聞いてくる。
「そ、そうだけど、なんか文句あるわけ?」
「ううん、私、興味あって、一度でいいからそういう格好してみたいの!今度教えてくれるかな?」
「えっ!?あんた王女でしょう?こんな格好したいの?つかしていいの?」
「ははは、普段はダメだろうね。でもこれからの五年は自由でしょう?だから私、この五年間でいろいろしてみたいんだ。ギャルってめっちゃ可愛くて、それなのにかっこよくて、輝いている。本当に最高だと思うの」
「えっ?」
「今日、本校のロビーでンズリさんを見たときからすごい綺麗だと思って、話しかけたくて、同じグループになってすごく嬉しいの。で、できればと、友達になってくれるかな…?」
なっ!?
なんなのこの人?
調子狂うんですけど!
あんたはうちの敵になりそうだと思ってたからめっちゃ警戒してたけど…
めっちゃいい子じゃん!
マジなにこれ!?
「ンズリ!」
「えっ?」
「ダチになるなら『さん』付けはやめろよなベラ」
「ベラ!?う、うん。ンズリ!」
「ったく、この学園って調子狂うわ。もっといじめとか差別とかあると思ってめっちゃ緊張してたのに、いい人の方が多くてびっくりだよ」
「そんなのさせない。もしそんなことがあったらすぐに言って。絶対にやめさせるから」
「えっ?まぁ、うん。わかったよ。じゃさ、時間ができたら買い物行くっしょ!?ベラをバリバリのギャルに仕上げてやんよ!」
「うん!よろしく」
その後、ベラとふつうの会話をした。
本当にふつうの会話を。
どこから来たのか、ここまでの旅はどうだったとか、好きな食べ物から、暇なときに何をするのが好きか、女子二人のよくあるやつ。
ベラからまったく王族らしさを感じなかった。
王族だと聞いていなければ、その態度や仕草からは絶対にそれがわからないくらいに。
そんくらい「ふつう」の女の子だった。
そして、なんか彼女といるのは居心地よかった。
「キャハハハ、何それ、王女なのに人助けするために泥まみれ、そのあとに助けた人が引っかかってた穴に自分が落ちるとかマジウケるんですけど」
「笑わないでよンズリ。そんときは大雨で気づいたの私しかいなかったんだから。当時は小さくてそのまま落ちちゃったの!」
「わりい、わりい、んで、どうやってその穴から出たの?」
「ああ、ええと、それはね、昔うち背中から翼を出すことができて、そのままパサって翼出して、飛んで出てきたよ」
「背中から翼って何それ?天使?」
「ち、違うって。でも何って言われると私もわからないな」
「ふ〜ん、昔は出すことができたって今は出せないの?」
「う、うん…、もう何年も出てない」
「そ、そっかぁ…」
それを言ったベラの顔はとても悲しそうだった。
「まぁ、あんま深く考えんなよな。逆に深く悩みすぎてるから出ないんじゃないの?楽しくいこうぜ」
「う、うん!そうだね!」
「うん!でも今日は本当に最高の日だった!こんなにダチができると思ってなかったし、しばらくはひとりでいなきゃかもってめっちゃ心配してたから、これでもめっちゃ安堵してんだよね」
「そんな、ンズリなら誰とだって友達になれちゃうよ」
「ははは、向こうがうちのことを嫌がってなければ、うちは大歓迎だよ」
「ンズリを嫌がる人なんているかな?」
「それはいるよ。獣人だもん…」
あっ、今度うちが悲しい顔しちゃった。
やばいやばい!切り替えないと。
「そういう人たちにはンズリの友情はもったいなさすぎです。ンズリはそんなの気にせず、いつも自分らしくいればいいよ」
「ふふ、ははは。ははははは」
「えっ?私なんか変なこと言った?」
「ううん。あんた最高だよベラ。そうだよね。そんなやつら気にしなければいいよね」
「うん!」
「ベラと同じクラスになりたいな。そうすれば毎日こんな感じで話せるよね」
「うん、それいいね。なれるといいな」
「うん、うちとベラ、それにサムッチにウィリ。この四人が同じクラスだったらもう、うち言うことないよ。完璧だよ」
「サムッチってサムエルのことだよね?」
「そうそう、確かベラもサムッチと仲がいいんだよね?」
「うん、幼なじみだね」
「おお、そっか。じゃ、じゃ、もしかして、もしかしてああいう関係だったりして?」
サムッチから話を聞いて違うとわかっていたが、ベラ側の反応が見てみたかった。
「違う違う。私の親友が彼のことが好きだから、それはないない。それにたとえそうじゃなくても、サムエルはそういう感じに絶対見られないな。う〜んと、弟って感じ?」
そこまで否定されちゃうんだサムッチ。
かわいそうだね。
「そっか、じゃベラは好きな人はいんの?」
「えっ?ははは、今日はよくその話になるな」
カサンドラが少し笑った気がした。
「いないよ。いたことないし。私そういうのよくわかんないんだよね。一生できないかも」
「わかんないって、好きな人欲しいとか、付き合いたいとか、結婚したいとか思わないの?」
「う、うん」
「え〜。なんで、なんでなんで?」
「な、なんかいらないかな〜って」
「いるよ!何言ってんのベラ!手を繋いだり、寄り添ったり、話したり、ご飯食べたり…、え、えっちなことをしたり!全部やりたいことだらけじゃん!カレピがいなくちゃできないよ!」
「私は…そんなことはしたくないかな〜。なんて」
「ええ〜!?そうなの!?ベラって変わってるね」
「あはは、うん…、親友にもよく言われる」
「でも、まぁ、それがベラなら、それでいいんじゃない?」
「うん…ありがとう」
サムッチから聞いてたけど、本当の本当に興味ないんだね。
興味ないどころか、嫌がってるよね。
珍しいけど、別にいいよね。
人それぞれだし、うちの心配も一つなくなるし。
「ンズリは好きな人いるの?」
「えっ!?うち?ええと、ええと…」
「あっ、もしかしてもう付き合ってるとか?」
「い、いやいや、うちそういうんじゃないし! ぜんぜん…てか、まったく! 会ったばっかだし!」
「会ったばっかりってもしかしてウィリアムくん?」
「ええー!?な、なんで、どうして?どうやってわかったの?」
「ははは、ええとね、ンズリは今日ずっと彼にべったりだったからさ」
「あれで付き合ってなかったんですね。逆にびっくりです」
カサンドラがこっちの話に入ってきた。
「そなた、入学初日に男を得たのか、ンズリ。獅子科は伴侶選びに難儀すると聞いておったが、どうやら俗説にすぎぬようだな」
フォーヤオまで…。
「か、彼氏じゃないって!まだ好きかもわかってないし、ちょ、ちょっと気になってるかな〜って感じ?」
「ほお、興味深い。どんな男だ?」
「えっ?」
「えっじゃない。さっさと答えよ」
「あ、あのウィリアムって人で」
「名前はさっき聞いた。どんな男か聞いているのだ」
「ええと、すごく頼り甲斐があって、優しくて、おもしろくて…、一緒にいると安心できるし、うちのことを守ってくれそうで。声も落ち着いてて聞き心地いいし…、顔も身長も普通なんだけど、態度とか行動がめっちゃかっこよくて!それに他の人が気づいてないようなことすぐに気づいて、あと、オッドアイがマジかっこよくて!」
「ふふふ、ははははは」
フォーヤオが大笑いをした。
ちょっとうざい。
「いやいや、すまんすまん。それだけ、すらすら言えるのに『好きかどうかわからん』などと抜かすお主がおもしろくてな」
「ふふ、そうですね。それで好きではないのなら逆にびっくりしますね。あなたはどう思うのですか、オラベラ?」
カサンドラはオラベラがこういう話題が苦手だっていうことを理解した上で、それをからかうかのような仕草で質問をした。
「ンズリがわからないのなら、わからないで、いいのではないですか?入学初日ですし、これからゆっくりとその方のことを知っていけばいいと思います。もっと関わったり、話したりすることで彼の悪いところが見えてくるのかもしれませんし」
「あら、あなたにしては、はっきりとした回答ですね、オラベラ。もしかしてあなたもウィリアム・ロンカルに思うところがあるのでしょうか?確かにジアンシュ先生との戦いの前に話されていましたよね?」
「ち、違うわよ。ただ、一日一緒にいただけで、その人のことをわからないと思っただけ。今日はいい顔をしたけど、明日はそうじゃないかもしれないし、もっと話してみたら、最初の印象とまるっきり違うかもしれないし」
「うんうん、やはりおかしいですね。あなたは人のことをそんなに刺々しく話す方じゃないです。何か、ありましたね?」
「ベラ?」
「ち、違う!なんもない。まぁ、強いて言えば助けてくれたというか…」
「助けてくれた方のことをなぜそんなネガティブに話すのでしょうか?」
「違う、ネガティブに言うつもりなんて。ただ…」
「ただ?」
「話してて、むかっ!てなったの、態度もそうだし、言葉遣いもそうだし」
「それが『変』なのです」
「『変』って?」
「あなたとは数年ぶりの再会ですが、基本的にあなたの人と向き合う姿勢は変わってないと思います。だからこそ一つはっきりと言えます」
「…。何?」
「あなたは人をむかついたりしません。罵られても、罵倒を浴びせられても、怒ることはありません。それはそれで別の問題もあるのですが、ひとまずそれは置いておきましょう。今大事なのは、あなたが彼に対して腹を立てたという事実そのものです」
「どうして?」
「それは、あなたがほかの人に決して取らない反応だからです。彼が『特別』だったということです」
「ベラ…、そうなの?」
「違う!それは絶対違う!信じてンズリ」
ベラは慌ててうちのほうを向き、否定した。
普通に言ってくれればいいのに、その姿はあまりにも必死で、違うという言葉とは裏腹に何かあるのではと思ってしまう。
「まぁ、無理もあるまい。私もあのウィリアムという男は見どころがあると思ったのだ」
フォーヤオが冷静に言った。
「そうですね、私もなぜだか見たときから不思議と気になる存在でした」
カサンドラが続いた。
ええと、待って、待って。
もしかしてこのテーブルにいる人、全員ウィリアムを気に入ってしまう側の人たち?
あっ、でもザラサ!
って、ダメだ普通にウィリと戦いたくないとか言ってたし。
だめじゃん!全員じゃん!
「いずれにせよ、早めに気持ちをはっきりさせよ、ンズリ。もたもたしておると誰かに取られるぞ」
「えっ!?」
「ふふ、そうですね。オラベラとか」
「だから私は違うってば!」
ベラは必死に否定してるんだけど、頬がほんのりと赤くなっていた。
しかも、否定すると同時に、うちの手をぎゅっと掴んでくる。
だからなんでそんな必死なん!?逆に怪しいんですけど!
頑張ってうちを落ち着かせようとしてんだろうけど完全に逆効果だよ。
「ああ、うん…」
「オラベラだけではないぞ。あの男、もし気に入ったら私がもらう。貴様らに遠慮などせぬ」
「ええー」「ええー」
「ふふ、フォーヤオ大胆」
「それではこれより、集団協議試験の課題を提示する」
セバス先生の言葉でうちらの恋バナは終了する。
ベラ…、信じていいのよね?
ー集団協議試験ー
「これより各テーブルで協議を行う。出された課題について五人で話し合い、一つの答えを導き出せ。課題はテーブルごとに異なる。重複はない。協議中の飲食は許可する。制限時間は60分。開始」
それぞれのグループに一つのスクロールが渡される。
うちらのグループではフォーヤオが自然にそれを受け取り、そのまま読み上げた。
「次の状況を想像せよ。
あなたたちは五人のパーティーを組む冒険者である。
自分の能力は現実と同一とする。
あなたたちはこの一年間、フリーの冒険者のミスターXと親交を結び、幾度も助けられてきた。
情報収集から任務の協力、命を救われたこともある。
ミスターXはランク10(最高ランク)の冒険者である。
あなたたちはミスターXと連絡が取れる手段を持っている。
ある日、ギルド長から、王命に基づく名指しの依頼が下る。
内容はミスターXを捕縛、もしくは討伐。
ミスターXは重罪人とされるが、罪の内容は秘匿されている。
あなたたちはミスターXの私生活については何も知らない。
依頼を拒否した場合、冒険者登録抹消のうえ、共犯者として処罰される。
この依頼に対し、あなたたちが取る行動を五人で一つの答えを出せ。
五人全員の同意を欠く答えは無効とする。
答えが定まったら、筆でスクロールに記し、提出せよ」
「ちょっと待って!それって恩人を裏切れってこと?絶対にありえないっしょ」
「あり得ないも何も、それが命令だ」
「その命令がありえないって言ってるのよ!うちは絶対に嫌だかんね!」
「貴様、ギルドからの依頼とはいえ、これは王命に基づくもの。要は勅命と変わらんのだぞ。王の命令にそむくのか?」
「王の命令であろうと、誰の命令であろうと、恩人を裏切るなんて嫌!何を言われても絶対に嫌!」
「ンズリ、待って。一回話そう、そのための1時間でしょう?ね?」
「嫌よ。何をどう話してもうちは絶対にXちゃんを裏切らない。ベラはXちゃんを裏切るって言うの!?」
「ち、違うよ。でも王様が下した命令なら何か理由はあるはず。ちゃんと考えよ。ね?お願い」
「ふん、話は聞く。でもうちの意見は絶対に変わらないから」
「ふふ、最初からみんな意見が一緒だったら、つまらないですし、これはこれでおもしろいですね」
五人(四人)の話し合いは始まった。
先ほどまで、仲良く恋バナをしていたと思えないほどの熱がテーブルを支配する。
「異論は聞かん、王命は受ける」
「王命のためなら、恩人を裏切ってもいいの?」
「国家は人の上にある。私情は退け」
「嫌だね!国家なんてどうでもいい!うちはダチを絶対に裏切らない!」
「話にならん、言ってることが子供の戯言と変わらん」
「別にそれでいいですよ〜だ」
「二人とも待ってって。方法を考えよう。王命に逆らわずにXさんを助ける方法を」
「助ける必要などない!無罪なら裁判で証明すればいい」
「はぁ!?受けるって言ってる時点でアウト。Xちゃんを信じてないってことじゃん!」
「二人とも、お願い。少しは話を聞いて」
「断る」
「嫌だね!」
「もう〜、カサンドラ助けてよ」
「私はこの『シチュエーション』にとても不満です」
「そ、そうだよね。ひどいよね」
「はい、あんまりです。『自分の能力は現実と同一とする』って信じられないです。想像の中だけでも普通に駆け回ったりしたいのですが」
「カサンドラ、そこ!?」
そのとき、離れたテーブルで、金髪の美しい少女が立ち上がり、さっそうと答えを試験官に差し出した。
全十テーブルの中で最速の提出だった。
時間にして15分ほど。
少女が席に戻ったあと、テーブルは大盛り上がりで、全員が楽しそうに笑っていた。
その輪の中心に彼女がいるのは明らかだった。
カサンドラは思った。
(確か…、アンバー・スチュアートでしたね。コロンベラ帝国の貴族。なかなかやるようですね)
「ふふ、失礼。冗談はここまでにしましょう。フォーヤオとンズリはもう十分に意見を出しましたね。次は私に状況の整理をさせてください」
「勝手にせよ」
「わかったよ」
「では、ミスターXを捕縛もしくは討伐で任務は完遂。任務を受けなければ私たちは共犯として扱われる。フォーヤオは任務を受ける、それは、捕縛、討伐のどちらであっても別に構わないですよね?」
「ああ、そうだ」
「次にンズリ。任務を受けない。ということはあなたも共犯になるということでよろしいでしょうか?」
「そうだよ。ダチを裏切るくらいならうちも同じ罪を背負ってやるわ」
「そして、私たちにも同じ罪を背負わせるのですね?」
「そ、それは…」
「私たちはチームです。任務を受けないという決断をしたら、そうなります」
「そ、そっか…、ごめん。そこをよくわかってなかったかも。うちはいいけど、みんなまで巻き込みたくない。けど…」
「うんうん。そこにみんなが気づけたということだけでも進歩だね」
フォーヤオとカサンドラはこのことについて気づいており、もちろんオラベラもわかっていた。
だが、ンズリだけがわかっていないという状況を作らないように、あえてそのように言った。
カサンドラは続ける。
「次に、任務を達成できるかどうかの問題です」
「えっ?どういうこと?」
「説明にもありましたが、ミスターXはランク10冒険者です。ランク10冒険者が学園の評価基準にすると何に当たるかわかりますか?」
「いや、普通にわかんねえんだけど」
焦るンズリ。
「これは私が事前に調べておきました。知らなくて当然です。もしかするとフォーヤオやオラベラでも。ご存知ないかもしれません」
「ああ。知らんな」
「私はなんとなく程度にしか」
「S+++です」
「げっ!?最高評価」
「そうです、しかもこの評価はミレニアムナイトに勝てることを意味します」
「それやばくない!?」
「ええ、非常に。ですが、運良く、ここにジアンシュ先生からSの評価を受けた三人がいます。フォーヤオ、オラベラ、そしてザラサ。この学年でもトップクラスの戦力です。が、運悪く、私もいます。私は戦闘では役に立てません。つまり、実質四対一となります」
ザラサを除く全員がカサンドラの言葉に耳を傾けた。
「学園評価Sは冒険者ランク7に相当。ンズリの実力は不明ですが、仮に平均評価のCでランク4の冒険者に相当するとしましょう。これが私たちの編成です」
「うん。わかった」
「そして相手側。ミレニアムナイトに勝てる実力といっても通常のナイトと、マスター昇格間近と言われるセバスチャン・アウグスティンでは力に大きな開きがあります。なので、ここでは通常のミレニアムナイト相当の力を持つ相手を前提にしましょう。この前提で勝てますか?」
「勝てる」
「可能性はあるんじゃないかな?」
「わかんねぇー、つかちょっと無理っぽくねぇ」
「と、ここまで踏まえて、一度、みんなの意見を整理しましょう。はい、フォーヤオから順に」
「受ける」
「受けない!」
「オラベラは?」
「う…けるかな…」
「ベラ!?あんたまでXちゃんを裏切るの!?信じらんない」
「ち、違うのよンズリ。裏切るつもりはないの。でも私たちまで捕まったら誰がXさんを助けるの?一度受けて、その後にXさんを助ける方法を探そうよ」
「違うの!一度裏切ったらその事実が残っちゃうの!そんなの。Xちゃんに顔を合わせらんないよ」
「で、でも…」
「二人とも、それでいいんですよ。これは『最終結論』ではありません。今の自分の気持ちを確認しているだけです」
カサンドラは注意深く全員のやりとりを聞いていた。
ンズリの仲間を絶対に裏切らない性格。
フォーヤオの国に対する忠誠心と自分の強さに対する絶対的な自信。
オラベラの揺れと、この状況をなんとかしたい気持ち。
すべてを計算に入れ、次の一手を置く。
「なので、私も反対です。任務は受けません」
「カサンドラ!うちは君ならわかってくれると思っていたよ」
ンズリは飛びつくように喜び、フォーヤオは舌打ちし、オラベラはさらに困惑の色を深めた。
そしてセバスチャン・アウグスティンは残り時間を知らせる。
「残り30分です」
「げっ?もう30分経ったの?やばいじゃん」
「お主が受けないせいだろう。利口なカサンドラまで愚断をする始末だ」
「いいえ、いいえ。後30分もあるんですよ。たっぷりと話し合いをしましょう。そうすればきっと私たちだけの答えを導き出せます。そうですよね?オラベラ」
「うん、必ず。私たちならできる」
試験開始から30分が経過。
これまでに答えを提出したテーブルは四つ。
残り六テーブル。
残り30分。
カサンドラは表面上優しい笑顔をしていたが、内面では恐ろしく微笑んでいた。
それはこの試験の採点方法に気づいたからだ。
導き出される答えそのものには大きな意味はない。
試験官の先生と手伝いに来ている生徒会役員は、テーブルの合間を細かく回り、どんな議論が交わされているかに耳を傾けている。
自分の意見を曲げるのか、曲げないのか。
他人に合わせるのか、合わせないのか。
そして、自分の意見を他者に受け入れさせるか。
試されているのはそこだ。
ゆえに、カサンドラの思考は「一つに合わせること」から、「揺らし、見極め、愉しむ」へと切り替わった。
導き出される回答に意味がないのなら、この場で全員をできるだけ「知る」。
そして、今後のクラス対抗試験のための糧とするために。
それをした上でもカサンドラには全員の意見を一つの答えに合わせられる自信があった。
「では、続けましょう。ここでまだ唯一意見を聞いていない人の話を聞いてみましょう」
全員がザラサを見る。
ザラサは相変わらず、料理を口に入れていた。
フォーヤオの我慢の糸が切れ、怒鳴る。
「おい、犬。貴様に話しているのだ」
「ん?何なのです?」
ザラサは何もわかっていないかのように首を傾げた。
「今の話をどう思うのかを聞いている」
「ん??」
フォーヤオから炎が溢れる。
「ふふ、ザラサさん。今はね、こういう話をしているんですよ」
カサンドラは難しい説明を取り除き、五歳児にもわかるような見事な説明を行った。
「ザラサはその強い人と戦うのです!」
「では、任務を受けるのですね」
「ちょっと待って、カサンドラの話を聞いてた?うちらを助けたいい人なんだよ。それでいいの?」
「うん!いいのです!」
「なんで?」
「いいも悪いも関係ないのです。強いやつが正しいのです。そいつがザラサに勝ったらそいつが正しいのです。ザラサが勝ったら、ザラサが正しいのです。すべてに勝つザラサはすべて正しいのです」
「な、なっ!?」
「はは、困ったな…」
「ふはははははははは。気に入ったぞお主。まさに獣人の鏡のような考えじゃないか。良い。一度わからせてやれば、よき忠犬になりそうだ」
ンズリは驚きを隠せず、オラベラは小さく息を漏らし、フォーヤオは大きく笑った。
フォーヤオが大笑いすると同時に、カサンドラは優しい笑顔のまま、内心ではザラサのその豪快な理屈にくすくすと笑っていた。
戦闘能力がない自分とは極端に対照的で、ザラサの言葉は胸がすっとするものだった。
「もういいのです?まだまだ食べたいのです」
「ああ、もう良いぞ」
フォーヤオがそう言うとザラサは再度食べ始めた。
「ということだ、こいつは絶対に意見を曲げんぞ。話し合いができない分、私より性質が悪いな、ははははは。どうするンズリ?」
「ちっ」
「これで三対二。そろそろ遊びをやめてこっちに来なさい、カサンドラ。四対一にもなればンズリもこっちの意見を受け入れざるを得まい」
「ふふ、それは逆にフォーヤオが一人、残りの四人がその逆の意見となれば、四人の意見に合わせてくれるということですね?」
「何を言っている?ふざけているのか」
「いいえ、全く」
「ふん、先ほどまでは利口な女だと思ってたがな、考え改めざるを得んな」
「ふふふ」
しばらくの沈黙が流れる。
聞こえるのはザラサがもぐもぐと食べている音だけだ。
そしてオラベラがンズリのほうへ向いた。
「な、なによベラ?」
「ンズリ。裏切りって何?任務を受けることが裏切り?それともXさんを助けないのが裏切り?」
「どっちもよ」
「そうだよね?」
「でもさ、任務を受けなかったらXさんはどうなる?」
「そ、それは」
「きっと他の人が彼の討伐任務にあたる。私たちより強い人たちが。彼らはXさんに手加減などしない。…そしたらXさんはそこで終わっちゃうよ。Xさんを助けたくないの?」
「助けたいよ!でも裏切れない!」
「そこをあえて私からお願いする。Xさんを助けるために一度裏切って。Xさんのために任務を引き受ける。そしたら私はXさんを救うことに全力を尽くす。傷つけさせたりしない。彼の無実を信じて一度話を聞く。そこで無実だとわかったら彼を守る。約束する」
「で、でも…」
カサンドラはオラベラの説得がとても有効であるとわかっていた。
(さすがですねオラベラ、情に訴えかけるのはンズリには効果抜群です)
「私も一緒に謝るから。きっとXさんも理解してくれる。仕方なく引き受けたんだと。何度も助けてくれてる仲間なんでしょ?だったらXさんも私たちの行動とそのときの決断を理解してくれるはず。だって仲間って一方通行じゃないでしょ?Xさんも私たちのことを仲間だと思っているのなら絶対にわかってくれる。そして私たちも仲間でしょ?お願いンズリ、私を、信じて」
「…、ずるい、ずるいよベラ!それって受けなければ今の仲間を裏切ることになっちゃうじゃんか。そんなの反則だよ…」
ンズリの表情は困惑したものから、だんだんと落ち着き始め、最後に悲しそうな表情になった。
「…わかった。受ける。でもXちゃんに手を出したら即アウト。そうなったら、うちはあんたら相手でも戦うからね!」
「うん、絶対にそうさせないから」
ンズリは半泣き状態になり、それをベラが抱きしめる。
カサンドラは、こんな課題でここまで心を揺らせる二人を少し羨ましく思った。
そして、試験開始から40分が経過し、ンズリは意見を変えた。
その間に二つのテーブルが答えを提出。
残り四テーブル。
残り20分。
「さぁ、残りはお主だけぞカサンドラ」
「ふふ、これは困ってしまいましたね」
「ご、ごめん、カサンドラ。Xちゃんは傷つけさせないから」
「カサンドラは何で任務を引き受けるのに反対なの?」
オラベラは考えたけど、その理由がどうしてもわからなかった顔でカサンドラに聞いた。
カサンドラはこのテーブルの人物の情報収集を終え、フィナーレに向けて動き始めた。
「設定が曖昧だからです」
「ん?どういうこと?」
「この課題は前提が粗く、任務を受けても、受けなくとも理屈が立ってしまうのです。
・これはどの王国、帝国で、どの法体系の下で行われているのでしょうか?
・私たちはその国出身ですか?外部から来た者ですか?
・私たちは学園を卒業してすぐに冒険者になったのですか?何年組んでいますか?
・フォーヤオとオラベラはもう王女ではない設定ですか?それとも例外的に王女でありながら冒険者を兼ねているのでしょうか?
・そして私自身。この体でどうやって冒険者が務まるのでしょうか?…まぁ、興味はありますが」
三人はカサンドラの言葉に耳を傾ける。
「つまり、前提の置き方次第で結論が容易に変わります。今の私たちの議論は
・王命=正義
・ミスターX=良い人
・私たち=善意の当事者
という前提で自然に進みました。ここでミスターXに不穏な兆しを一行加えるだけで、判断は大きく揺れます。例えば、ミスターX強いけど実は悪に傾いていた、私たちに恩を売っていたのは将来の保険、まさにこういうこういう状況を見通してのことだった。としたら。この前提なら、ンズリ。あなたはミスターXを助けようとしますか?」
「それが本当なら…、助けない。だってうちらを利用してたってことっしょ?」
「そうです。逆に王命が悪、私たちが悪意の当事者という前提に置き換えても、結論は容易に反転します」
「そ、そっか。言われてみるとうち一つのパターンしか考えてなかった」
「うん、私もカサンドラが最初に説明した前提でしか考えてなかったよ」
「だからこそ、私は曖昧な前提のままでは受けないと言った次第です。ですので、どの前提で議論を進めるのかを定めま」
「関係ない」
フォーヤオがカサンドラの言葉を遮った。
「王命は王命だ。臣下は王命が善か悪かを考える必要はない。ただ従うのみ。それが臣下である。浅慮な臣に悪と見えたものが、実は王の偉大なる善への布石であったならどうする。王は万象を見通すがゆえ王。臣下がそれを妨げては国はなりたたん。ゆえに、いかなる前提であろうとも、私はこの任務を受ける」
「ふふ、そうですか。では私が前提をいくつか定めた状況を設定します。その前提に基づき、あらためて皆さんの『最終結論』をお聞かせください」
「うん、わかった」
「わかりました」
カサンドラとフォーヤオは見つめ合う…、いや、睨み合ったに近い。
「…。よかろう。述べよ」
「では、
・舞台はイェン帝国、時は今から一年半後。
・私たちは若気の至りでまとめてミレニアム学園を退学。偽名を使いながらイェン帝国で冒険者として勤しむ、私は戦闘ができないので作戦を立てたり、情報をあなたたちに与える役割をします。
・左大臣のリャン・イーコウがクーデターを起こし、帝王イェン・フーが囚われの身となる。
・政権はリャン・イーコウが握り、自らを新皇帝と名乗っています。
・今回の「王命」は新皇帝リャン・イーコウの名で発せられたもの。
・対象はそうですね、元将軍で現在は冒険者、確か、実際にそんな方がいましたね。
名前はシュエ・ティン。フォーヤオに武術を授けた師でもありますね」
カサンドラの話の途中からフォーヤオの顔がこわばっていくのは明らかだった。
リャン・イーコウもシュエ・ティンも実在する人で、肩書や経歴も現実のとおり。
つまり、フォーヤオはこれまでにないリアルな前提に置かれたのだ。
「この前提で、任務を受けますか?フォーヤオ王女」
フォーヤオは怒りの眼差しでカサンドラを睨む。
カサンドラはにこっと笑うだけ。
カサンドラはこの前提を立てたことで、多少なりともフォーヤオによくは思われないとわかっていた。
それでも、この状況でフォーヤオが導き出す答えに興味があった。
「では、まず私から。この前提なら、仲間のフォーヤオの父帝が囚われ、逆賊が新皇帝を名乗る。なんとも不届な命。ゆえに絶対に受けません。微力ながらもミスターX、いいえ、シュエ・ティン将軍を助け出し、真の王のもとに国を返す働きをしたいと思います」
「う、うん!うちも手伝うよフォーヤオ!新皇帝なんてうちらでぶったおしちゃおよ!」
「はい、もちろん私もです。私が姫という設定が生きているのならセントラム軍に救援を要請します」
「…」
「とのことですが、フォーヤオ。いいえ。まだ、一人がいましたね。ザラサ」
「ん?なんなのです?」
「肉一つ食べるのと、肉たくさん食べるのではどちらがいいですか?」
「オマエはバカなのです?そんなのたくさんの肉に決まってるのです!」
「ふふ、そうですね。それでは、一人の強い人と戦うか、たくさんの強い人と戦うのはどちらがいいですか?」
「それもたくさんの強い人と戦うに決まってるのです」
「任務を受けなければ、たくさんの強い人と戦えますがどうしますか?」
「じゃ、受けないのです」
その説得は一瞬だった。
自分の掌で転がすようにカサンドラはザラサの意見をさらりと変えた。
そのあと、カサンドラはザラサに食べ続けるようにうながすと、ザラサはまたもぐもぐと食べ続けた。
「残り時間5分です」
セバスチャン・アウグスティンが直接、カサンドラのテーブルだけに告げた。
まだ、答えを提出できていないのはこのテーブルだけだった。
「さ、フォーヤオ。意見を」
フォーヤオはすぐには答えなかった。
プライドの高いフォーヤオにとって、「何があっても受ける」と言い切った手前、その言葉を翻すのは屈辱以外の何ものでもない。
だが、この前提では受けるという選択肢は存在しない。
師を裏切る?論外。
父帝を裏切る?言語道断。
国を裏切った者に一時でも従うなど、あってはならない。
残り時間が刻々と過ぎていく。
そこにはもう言葉がなかった。
フォーヤオとカサンドラが互いを見つめ合うだけ。
オラベラはスクロールにいつでも答えが書けるように筆を握り、
ンズリは落ち着かない様子で全員を交互に見つめる。
ザラサでさえ、空気の変化を感じて食べるのをやめた。
フォーヤオから炎が溢れ出し、テーブルの一部が燃え上がった。
フォーヤオは殺気を放ち、それはまっすぐカサンドラへ向かう。
カサンドラは動じない。
炎は徐々に彼女へと近づいていく。
だが、彼女に触れそうになったところでフォーヤオは短く息を吐き、炎が霧散した。
「このこと、決して忘れませんよ。カサンドラ・スリバン」
「ふふ」
「受けない」
オラベラはすぐに答えを書き、隣にいたセバスチャン・アウグスティンに渡した。
こうして、集団協議試験は終わりを迎えたのである。