第9話:クラス分け能力試験 戦闘試験その③
ーオラベラ・セントロー
「アルフィ、
アクア、
カサンドラ・スリバン、
我鷲丸、
ニコラオス、
オラベラ・セントロ、
オプティマス、
レジーナ・ロナウド、
ロエピ、
氷条・龍次郎」
「名前を呼ばれた者は私について来てください」
セバスチャン先生がそう言うと名前を呼ばれた者は動き出した。
「行ってくるね」
「オラベラの力を見せつけてやりなよ」
「本気でね。ここの人は手加減しなくとも大丈夫な人ばかりよ。心配しないで」
「がんば〜」
アラベラ、エリザ、サムエルから励ましの言葉をもらって私は移動を開始した。
でもセバスチャン先生がカサンドラの車椅子を押しているのが見えて、私はそこに駆け寄った。
「先生。私がやります。カサンドラさんさえよろしければですけど」
「さん付けだなんてやめてください、オラベラ王女。ここでは私たちはただの学友ですよ」
「そうだね。じゃ、カサンドラも私を王女と呼ぶのもなしね」
「ふふふ、わかりました。改めてよろしくお願いします、オラベラ」
「では、カサンドラのことを頼みます、オラベラ・セントロさん。カサンドラは戦闘試験に参加はしませんが、見学はします。試合が見られるところに、ただし危害が及ぶ心配がないところまで運んでください。それと念のために自分の試合以外の時間はそばについているように。何かあればご報告を」
「わかりました」
そして先生はグループを先導して進んだ。
「ありがとうございます」
「お礼なんて、私が久しぶりにカサンドラと話したいだけなんだから」
「ふふふ、そう思ってくれてるのは嬉しいですね。嫌われたのではないかと心配したんですよ」
「カサンドラを嫌う?どうして?」
「私、あなたを泣かせましたから」
これはある意味本当である。
彼女の病を癒すことができないとわかった瞬間、私は泣いた。
何時間も何日も泣いたのを覚えている。
お別れするときだって、半泣きだったのを覚えている。
この子が元気でいられないのがいやだった。
何もできない自分がいやだった。
初めて無力感を味わったときだったと思う。
「それはカサンドラのせいじゃないよ」
「でも、私が原因でした」
「…」
「嬉しかったんです」
「えっ?」
「あそこまで思ってもらえるのが嬉しかったです。それにメジャイと関わることの多い私はああいう人間味あふれる行動は新鮮でした。今でも私の記憶にあのときのあなたの姿は鮮明に焼き付いてます」
「そ、そっか」
「はい。私の大事な思い出です」
「…、ね、カサンドラ」
「なんでしょう?」
「やっぱり、ミレニアム学園に入学したのってクラス対抗試験優勝の恩賞のため?」
「はい。さすがオラベラですね」
ミレニアム学園の学年別クラス対抗戦。
ミレニアム学園に在籍する五年間に渡って競われ、五年生の最後、つまり卒業時点で一位だったクラスが優勝する。
それ自体が名誉なことなんだけど、優勝したクラスの生徒は二つあるうちの一つの恩賞を選べる。
一つ目、ミレニアムナイト選抜試験への参加。
つまりミレニアムナイトになれる試験に挑むことができる。
この試験を突破できれば晴れてミレニアムナイトだ。
もちろんミレニアムナイトとしての特訓を積んだ後にだけど。
二つ目、ミレニアム騎士団が夢を叶える手伝いをすること。
スケールが大きい文言だけど、その通りにしか説明できない。
就職したい騎士団、魔術協会、研究機関、会社などに就職ができるように働きかけたり、自分の店を持つのが夢なら、騎士団が立地選びから建物の準備まで整え、さらに客を集めるための宣伝も行ってくれる。
貴族になりたいのならミレニアム協定を結んでいる国家に働きかけ、貴族位を与えてもらえるようにする。などなど。
そして、その夢を叶える手伝いの中に『魔法使い』探しとその能力の使用が含まれている。
「魔術」と「魔法」は違う。
魔術は魔力を使った技術だ。
才能の差はあれど説明可能な技術なのだ。
魔法は違う。
魔法は奇跡だ。
魔力変換じゃ説明ができない魔術を超えた何かだ。
この奇跡の力を使える者を『魔法使い』と呼ぶ。魔法使いは普段、世間から隠れて生きる。
その力を利用しようとする悪い人がいっぱいいるから。
だからミレニアム騎士団は、そういう奇跡を使える魔法使いを探し、守護している。
その数は知られてないけど、多くの魔法使いを傘下に持つと、噂される。
「魔法ならカサンドラの病を治せる?」
「どうでしょう?でも、もう他には手がないんです。あれからもお父様は世界各地を飛び回りましたが、治療する方法は見つかりませんでした」
「治るよ。絶対に治る。だから諦めないで」
「ふふふ。ほかの人に言われるなら『人の気持ちを知らずに勝手なことを』、と思うところでしょうが、あなたに言われるとなぜだか信じたくなります」
カサンドラの病は重症だ。
普通に座って大人しくしているから周りはわからないけど、「このとき」だってこの子は激痛を感じてるんだ。
この子に痛みを感じない日はない。
痛みから解放されるのは、眠るための薬を飲み、眠っているあいだだけ。
それ以外の時間は、常に激痛なんだ。
「頑張ろう。私も手伝うよ」
「ありがとうございます。同じクラスになれるといいですね」
「うん、そしたら毎日一緒にいられるね」
「ふふふ、それは楽しそうですね。是非そうなって欲しいです。ですが、クラスが違ってもクラス対抗試験では手を抜かないでくださいね。そんなことをしたら私はオラベラのことを『王女』付けで呼ぶことになっちゃいます」
「ふふ、怒るってこと?」
「はい、ぷんぷんです」
「それは怖いな。でもそうだね、勝負だもんね。本気でやらなければ相手に失礼だもんね」
「その通りです」
「わかった。クラスが別々になっても本気で行く。その代わり私のクラスが優勝したら、私は恩賞を使ってあなたを治療できる魔法使いを探すように騎士団にお願いします」
「オラベラ、それはダメ」
「いいえ、ダメじゃないです。これにダメと言うなら私もカサンドラのこと『さん』付けで呼んじゃいます」
「ふふふ、それは困りましたね。では、あなたがしたいようにしてください。仮に後でその考えが変わることがあっても私はそれを恨んだりしません」
「変わらないよ。あのときから私はずっとカサンドラを治したかった。だから一つだけ約束して欲しい」
「なんでしょう?」
「治ったら一緒に遊ぼう、野原でも山でも川でもどこでもいいから一緒に駆け回ろう」
「ふふふ、はい、是非」
旧友との束の間の話、その直後、私は名前を呼ばれた。
「ニコラオス、オラベラ・セントロ前へ」
「行ってくるね」
「はい、頑張ってください」
「では、ルールの方はいいですね?質問はありますか?」
「ない!」
声大きい…
「オラベラ・セントロさんは?」
「ありません」
「では、それぞれの位置へ」
対戦相手のニコラオスくん。
細身ながらも筋肉質で、その身体はまるで鋼のようだ。
上半身は裸、下にズボンのみ。
軽鎧すら身に着けていない。
装備は槍と盾。
ここではめずらしいスタイルだな。
二人とも位置につき、構えた。
「ニコラオス対オラベラ・セントロ、始め!」
その合図とともにニコラオスくんは大きな声で言った。
「我が名はニコラオス。ニカラトスの子にしてポレミガイア帝国の戦士!」
声大きい。
名乗られた。
こっちも名乗った方がいいのかな?
「さぁ、そなたも名乗るが良いぞ!」
「オラベラ・セントロです」
「声が小さい!これから我らは戦う。どちらが勝とうと負けようと、その記憶に相手を刻み込むのが礼儀。さぁ、我と戦う戦士よ、改めて名乗るが良い」
ふふ、なんだ、いい人じゃん。
次は失礼がないようにしないとね。
「セントラム王国第一王女、オラベラ・セントロ。よろしくお願いします」
「うむ!では、いざ参る!」
ニコラオスくんは一歩の踏み込みで私を攻撃できる範囲に入った。
そして繰り出される槍の突きの連打。
どれも速く、重い。
反撃しても全部その盾で止められる。
そして私たちの攻防は数分続いた。
「良いぞ、オラベラ・セントロ!全部を出し尽くそう!」
さらに攻撃が激しくなる。
今の所やばい一撃はくらってないけど、そろそろなんとかしなくては。
テッド兄さんは言ってた、盾使いは高い防御力を誇るが、防御をするときに盾に視界を遮られてしまうと。
そしてニコラオスくんは盾で防いだ後には必ず反撃のひと突きを繰り出してくる。
それをかわして決める!
グレートソードに力いっぱい込めた一撃の「振り」を出す。
でも、それはフェイント、盾に触るだけでいい。
そしたら、
「せい!」
あっぶない!
完全に視界にないところに移動したと思ったのに、突きを当てられそうになった。
だが、これで終わり!
「スマイト!」
魔力を剣撃に込めて、直撃とともに魔力を爆発させる技、剣撃のダメージ、魔力のダメージに爆風のダメージ。
盾で完全にふさがれてたらそこまでのダメージじゃないかもしれないけど、耐性を崩している今なら!
私は全速でグレートソードを振り抜いた!
それでもニコラオスくんはすごかった。
その一撃に盾を間に合わせた。
でも端の方、それでは完全に防げない。
私はさらに魔力を込めた!
「いっけー!」
「うぉおおおおお」
スマイトに押される形でニコラオスくんは10メートルほど後ろにぶっ飛んだ。
「勝者、オラベラ・セントロ」
ニコラオスくんはすぐに治療され、ピンピンしていた。
「オラベラ・セントロ!」
「はぁいぃ」
びっくりした。
「良い勝負であった!あそこで重い一発が来るのはわかっていた。それを止められる自信もあった。だが、その威力は俺の予想を超えていた。そなたの完全勝利だ」
「はい、ありがとうございます。あなたもとても強かったです。あの突きを一発でもまともにくらっていれば危なかったです」
「ははは、うむ!では、また相まみえるときまで、我が好敵手よ!わはははは」
「はい、またお願いします」
ニコラオスくんは大笑いしながら去っていった。
宿敵?
私、今ので好敵手になっちゃったの?
でも、悪い人じゃなかったし、いいっか。
「お疲れさま、オラベラ。やはり、とても強いのですね」
「いやいや、私より強い人なんていっぱいいるよ」
「ふふふ、それは先生方のことですか?それともテドニウス・ハニガン様のことですか?」
「ははは、どっちも私より全然強いよ。これからも彼らより強くなれるとは思っていない。でも彼らに敵わなくても、その隣に立てるだけの力は身につけたい」
「テドニウス・ハニガン様の隣に立っても恥ずかしくない女性を目指しているということですね?」
言葉以上の意味を含んだ目でカサンドラは見つめてくる。
「う、うん。そ、そんな感じかな。か、カサンドラ!?」
「ふふふ、その反応はちょっとおもしろいですね。それでテドニウス様とはどこまで進んでいるのですか?」
「す、進んでいるって!?」
「だから、もうテドニウス様に抱かれたのかをお聞きしています」
「だ、だかれる!?ち、ちがうよ!テッド兄さんとはそういう関係じゃないよ!」
「でも、実際に今までの婚約話を全部断っているのはテドニウス様と添い遂げるためですよね?」
「ち、違うよ。そもそもテッド兄さんは私をそういう目で見てないし、私もテッド兄さんが好きだけど、そういう好きとはなんか違うような…。ただ、テッド兄さんより、お父様の後を継ぐのに相応しい人はいないとは思ってるよ」
「ふ〜ん。ってことは嫌いじゃないんですよね?むしろ好感が大いにあると」
「う、うん。そうだね」
「だったら試しにでも抱かれればいいじゃないですか?」
「えええーーー、た、試しにって、試しでそんなことできるわけないよ」
「なぜです?あなたは若くて美しい、向こうはハンサムでセントラム最強で最高の男。私があなたの立場なら抱かれまくってます」
「抱かれまくるって…、そういうことが好きなのカサンドラ?」
「わかりません。私はそういうことをやりたくてもできませんからね。できる立場にいる人が羨ましいだけなのかも知れません。ただし、メジャイとしての研究では多いに快楽を得られるとありましたので、病が治ることがありましたら是非に試してみたいですね」
「そ、そうなんだ」
(メジャイってそういうことも研究するんだ…)
「オラベラ、なんでそんなに顔が真っ赤なのですか?テドニウス様とはそういう関係にいないことはわかりましたけど、こういう話は私たちの年頃では普通ですよね?」
「ええと〜」
そして、私はカサンドラに私がそういう話に疎いということと、その行為自体を気持ち悪く思っていることをカサンドラに説明した。
「ふふふ、ははは。あなたは本当におもしろいですね。それでは子供と変わらぬじゃありませんか」
「もう〜、カサンドラもアラベラと同じこと言うの?」
「ふふふ、それは言いますよ。私たち、もう十五歳ですよ。れっきとした成人の女性です。ミレニアム学園に在籍しているため、ほかとは事情が違うかもしれませんが、普通は結婚して子供をつくる年齢です。こんな話で顔がトマトになっていていいお年頃ではありません」
「だって恥ずかしいし、気持ち悪いんだもん…」
「殿方に身体を預け、蹂躙されることが、ですか?」
「もう!やめてよ!」
「ふふふ、ごめんなさいね。あなたの反応があまりにも面白くて、つい、いたずらが過ぎましたね。この話題はもうこのへんにしましょう」
「うん…」
「どうしたのですか、オラベラ」
「カサンドラさ、さっき試しに抱かれるとか言ってたけどさ、好きでもない人にそんなことをされたいの?されてもいいの?」
「…。いいえ。それは私の言い方に語弊がありましたね。私もできることなら愛する殿方と添い遂げて、その方に抱かれたいです。『試しに』と言ったのは軽はずんだ悪い冗談です。お許しください」
「ううん。大丈夫。ね、カサンドラ」
「はい」
「好きってなに?」
私がその質問をしたとき、闘技場の入口に向かおうと、私たちの横を通りかかった人が、大きな声で言った。
「好きとは無限のエネルギーです!!」
「え?」
「え?」
その声の主は、腰まで届く紫の長髪をさらりと揺らし、同じ紫の瞳に宝石のような光を宿した少女だった。
細身でありながらしなやかに整った肢体、彫りの細い可憐な顔立ち。
一挙手一投足に気品がにじみ、ひと目でただ者ではないと分かる。
先ほどロビーでセバスチャン先生に学生証について質問した人だった。
「失礼いたしました。とてもいい質問だったので、思わず答えたくなってしまいました。お許しを」
「いえいえ。大丈夫です」
「はい、気にしないでください」
「二人ともお優しい。おっと失礼しました。わたくしとしたことが挨拶が遅れました。ロナウド王国第一王女、レジーナ・ロナウドと申しますわ」
そしてロビーで行ったように、スカートの裾を少し持ち上げる挨拶をした。
そのとき、彼女の右手が義手であることに初めて気づいた。
「セントラム王国第一王女、オラベラ・セントロです」
「はい、存じ上げております」
「カサンドラ・スリバンです」
「はい、メジャイ協会理事長の娘さんですね、存じ上げております」
「私もあなたのことを存じ上げておりますよ、レジーナ・ロナウド王女。ロナウド王国の才女であり、王位継承順位第三位。その圧倒的カリスマ性で、貴族だけでなく国民をも惹きつける。兄たちを押しのけて、あなたを次期女王に推す派閥までも存在すると耳にしております」
「さすがですわね。カサンドラ・スリバン。小国の細かい事情までよくご存じで」
「そんなそんな、座りっぱなしで暇なので色々と覚えちゃうだけですよ。それより先ほど言っていた『好きとは無限のエネルギー』というのはどういうことなのでしょう?」
「誰かを好きになったとき、その人のためになんでもできるようになります。その人のためなら、今まで苦だったことは苦でなくなり、どんなにつらくともそれに耐え抜く力を身につけ、たとえどんな困難が立ちはだかろうとも、それを乗り越える力を手にすることができます。そして、その力は、その人とときを共にするたびに無限に補充されます。ゆえに無限のエネルギーなのです」
「す、すごい…」
「オラベラ、おそらくそれはレジーナ王女の考えで、実際にそうとは限りませんよ」
「いいえ!そうなのです!そうでなければそれは好きではなかったということです」
まるでそれが真理であるかのようにレジーナは笑顔で両手を腰に当て、胸を張った。
「なんか説得力ある」
「根拠は一つも言っていませんけどね。そういうレジーナ王女は好きな人がいるということですね?」
「いません!」
「いないの!?」
レジーナはポーズを崩さずに高らかに言った。
あんなに自信満々なのに?いないの?
「ですが、いつか必ず見つけます。そして、見つけたらわたくしは無限のエネルギーを手に入れることでしょう」
「レジーナ王女すごい!」
「いいえ、だからあくまで『そうだったらいいな』というレジーナ王女の希望的観測ですよね?」
「だったらカサンドラ・スリバン、あなたにとって人を好きになるとはどういうことでしょうか」
「…それは、私にとっても難しい質問ですね。ただ、研究を通して好きとは何かを考えるとそれは相手を理解し、受け入れること、欠点や失敗を含めて認め、ともに成長していく気持ち、互いに守り合いたい気持ち、苦楽を分かち合いたい気持ちだと考えます」
「ふむ、確かに。それも好きの一部であるのは間違いない。そしてその結果、無限のエネルギーを得るのです。オラベラ王女はどう考えますか?」
「私!?私は…、私は…、すみません。わかりません」
「そうですか、気を悪くすることはない。たくさんのことを学ぶために私たちはこのミレニアム学園に来たのです。好きとは何かの答えも見つかるかもしれません。もしあなたの『好きとは何か』の答えを見つけたときは、ぜひ私とその答えを共有してください」
「…はい、わかりました」
「では、わたくしはテディを迎えに行くので、その後にまたお話ししましょう」
そしてレジーナ王女は闘技場の入り口へと向かった。
「なんかすごい人だったね」
「そうですね。いきなり会話に入ってくるのはどうかと思いますけど」
「はは、でも嫌な感じはしなかったね」
「ええ、不思議と」
「我鷲丸、オプティマス前へ」
我鷲丸くんの試合だ。
相手は既にミレニアム学園に来てたガビさん似の人だ。
「あのオプティマスという方、記憶がないんです」
「えっ?」
「人助けをしたことで重傷を負い、路地裏で瀕死のところをセバスチャン・アウグスティンが見つけたらしいですよ」
「セバスチャン先生が?」
「はい。彼はセバスチャン・アウグスティンの推薦でミレニアム学園に入学しています」
「そうなんだ。セバスチャン先生が推薦するくらいならすごい人ってことだよね?」
「わかりません」
「えっ?」
「記憶をなくす前のことは誰も知らないので。ただ、三つのことだけはわかります」
「なになに?」
「一つ目はセバスチャン・アウグスティンが誰かを推薦するのは初めてであること」
「おお〜。二つ目は?」
「推薦した理由がトミー・ボイルズに似た何かを持っていたからだそうです」
「そうなんだ…」
トミー・ボイルズ。その名を聞くと少し胸が締め付けられる。
「世界の希望」と呼ばれたミレニアムナイト。
昨年、レッド・デーモンに殺され、それが戦争発端の原因になった。
テッド兄さんがミレニアム学園生だったときの担任で、テッド兄さんが誰かをあそこまで尊敬するのは初めてのことだった。
だから、すごい人なのだとわかっていた。
そしていい人だったことも。
昔、私がいたずらをしたときに、かばってくれたことがある。
いい笑顔をする人だった。
本当に惜しい人を亡くした。
「…。三つ目は?」
「私はあの方が好きではありません」
「えっ!?」
「我鷲丸対オプティマス、始め!」
理由を聞ける前に試合開始の合図が鳴った。
我鷲丸くんはアクロバットな動きで、動き回りながら戦うスタイル、武器は使用していない。
あの動きは何かの武術?マーシャルアーティストかな?
「あれはミン武術ですね」
「ミン武術って、イェーン帝国で使われる拳法のことだよね?彼、どう見てもミンには見えないよ?」
「そうですね、金髪に青目ですし、ミンではないのでしょうが、戦うスタイルはそうです」
あまりに時間はかからずに決着が着いた。
「勝者、我鷲丸」
オプティマスくんは何をすればいいのかがよくわかっていないながらも健闘はしたと思う。
素人にしてはよく攻撃を避けていたし、ミン武術を主体に戦う人に何発か当てていた。
これで一巡目の試合が終わった。
ドスン、ドスン
大地を叩く鈍い音が、じわじわと近づいてくる。
振り向いた瞬間、視界いっぱいに影が覆いかぶさった。そこにいたのは、大きな熊。
そして、その背にまたがるレジーナ王女だった。
「あいさつしないさいテディ」
レジーナ王女がそう言うと、熊はスカートなんか穿いてないのに、スカートの裾を少し持ち上げるような挨拶をした。
その熊は熊の中でも大きく、3メートルくらいはあった。
顔がすごい優しい。
でも怒らせたら怖そう…
私とカサンドラもテディに挨拶した。
「彼がテディですわ」
「レジーナ王女ってビーストマスターなの?」
「ええ、そうですわよ」
「昔に聞いたことがあります、ロナウド王国には誰も止めることのできない凶暴な人食い熊がいたと。数多の人を殺し、冒険者が討伐に向かうも全て全滅した。その熊はしまいには王族にまで被害を出した。だが、ある日からその熊が突如いなくなった。まさかとは思いますが…」
「彼がその熊ですわ」
「あなた、人食い熊を学園に連れてきたのですか?」
「それは昔のことです。今はわたくしが食べて良いと言った人以外は食べませんわ」
「食べてるじゃないですか!」
「大丈夫ですわ。わたくしが彼に命令をしない限り、誰かを襲うことは絶対にないです。そうですねテディ?」
そう言いながらレジーナ王女は義手をテディに見せた。
テディはうずくまり、まるでごめんなさいとなにかを反省するようなポーズを取った。
「あなた、まさかその手…」
レジーナ王女は一瞬だけ微笑み、そしてさらりと言った。
「テディに食べられましたわ」
「えーーーっ!」「えーーーっ!」
「じゃ、王族で被害があったのって」
「わたくしですわ」
もう、何がなんだか。
とにかく本当にすごい人だな。
そのレジーナ王女はテディに命令して、おすわり、気をつけ、おねだりポーズなどの技を披露してくれた。
昔はすごい悪い熊さんだったみたいだけど、今はすっかり飼い慣らされているらしい。
テディの芸で場の空気が和んだそのとき、
「我鷲丸、オラベラ・セントロ前へ」
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
「頑張るのですわよ」
「両者それぞれの位置へ」
「はい」
「ふっ」
「我鷲丸対オラベラ・セントロ、始め!」
「英雄を導く英雄!すなわち英雄王!我鷲丸だ!」
今日、戦う前に名乗る人多いな。
というか王?本当に?
でも英雄の王だから国はない…、いや、あるのかな?
まぁ、いいや。
「セントラム第一王女、オラベラ・セントロです。よろしくお願いします」
「参る!」
一瞬にして懐に入られる。
動いた瞬間、風が揺れたようだった。
息もつかせぬパンチとキックの連打。
一撃ごとに風が生まれているかのようだ。
それでもまともな直撃は避けられた。
私も反撃したが、そのアクロバティックな動きで全てをかわされた。
一度の攻防戦を経て、互いに距離を取る。
「やるな!」
「そちらこそ!」
でも、おかしい。
まともに食らってないのにダメージがある。
全身がヒリヒリする。
どうして?
二度目の攻防戦で理由がわかった。
風だ。
「風が起こっているかのよう」じゃない!
本当に風を起こしているんだ。
全ての攻撃に風が含まれている。
打撃のダメージは防げても、風のダメージは防げない。
まずい…。
私は距離をとった。
「エレメンタル・シールド」
魔術でエレメント系ダメージを軽減する盾を作る。
「ヒーリングハンズ」
自分を回復する魔術だが、少し時間がかかる。
その隙を…
「やらせん!」
やっぱり来るよね。
素直で助かる。
最初から回復する気はないの。
「スマイト!」
回復を囮に使った私は素早く我鷲丸くんの攻撃に対応した。
そして生まれた隙に渾身のスマイト。
これで決める!
「とう!」
「えっ!?」
彼の脇腹に直撃するはずの剣撃は文字通り風を切っただけだった。
彼は瞬時に体の一部分を風に変化させたのだ。
本当にほんの一瞬。
私の剣が通り過ぎると、すぐに元に戻った。
「あっぶねえ!だましたな!」
「ははは、ごめん。でもすごいね。エレメンタルボーンなんだ」
「ああ、そうだ!風のエレメンタルボーンだ!」
エレメンタル・ボーン、それはマジック・ボーンと並び、この世界でごく稀に生まれる特異な才能の一つ。
どの種族からも、超低確率でしか現れない。
マジック・ボーンは、魔力を常人には不可能な変換を行うことができる。
一方、エレメンタル・ボーンは火、水、風、土、などの自然界のエレメントそのものを操る力を持つ。
魔力でもエレメントを操ることは可能だが、エレメンタル・ボーンの力はより自由で規模も桁違いだ。
身近な例では、アンジェリカ姉さんはマジック・ボーン、エリザのお父さんのアシュトさんが火のエレメンタル・ボーンだけど、風のエレメンタル・ボーンは初めて。
「準備運動は終わりだ!本気でいくぜ!」
そういうと彼は全身に風を纏った。
その影響か、先ほどの倍の速度で迫ってくる。
しばらく彼の攻撃が続いた。
私は防御に徹した。
はっきり言ってあの速度では反撃ができない。
でもなんとか、ダメージは受けつつもその猛攻を防いだ。
「はぁ、はぁ…、か、かてぇなオマエ…」
彼は息を切らしていた。
体を風に変化させるのも、風を纏うのも、相当エネルギーを消費するらしい。
テッド兄さんが言ってた。
急に猛攻してくる相手は。思っているより追い詰められていると。
その攻撃が止まったときが、「勝負を決めるとき」だと!
「ヘイスト!」
強化魔術「ヘイスト」、身体能力が強化され、速度が上昇し、反射神経が研ぎ澄まされる魔術。
効果は数分だが、十分だ。
「行きます!十連撃!」
「わ、わ、わああああー!」
我鷲丸くんはその場に倒れた。
だが、本当にすごかった。
ヘイスト状態の私の攻撃を三度もかわしたのだから。
「勝者、オラベラ・セントロ」
「ふふふ、さすがですね」
「あっぱれですわ」
「アルフィ、レジーナ・ロナウド前へ」
「次はわたくしの番ですわね、しばしテディをお願いしますわ」
「えっ!?」
返事を待たずにレジーナ王女は試合場へ向かった。
巨大熊のテディが、まるで子どものように手を振ってくる。
「オラベラ」
「はい」
「昔のように翼は出さないのですか?それとも、そこまでする相手ではないのでしょうか?」
「ああ、ううん。ニコラオスくんも我鷲丸くんもすごく強かったよ。出せるなら、出したかった」
「出せるならって、あなた、前は自在に出せていたじゃないですか?」
「はは…、ふーっ、…昔は、ね。今じゃもう、自分の意思じゃ出せない。というより、長い間、出てないんだ」
「そう…なのですか」
「あれが私の唯一の取り柄だったんだけどね。今やそれもできない」
「あなたもいろいろ大変なのですね」
「カサンドラに比べればぜんぜんたいしたことないよ。レジーナ王女の試合、始まるよ」
口ではそう言ったけれど、本当は、もう一度、自由に翼を広げたい。
空を切り裂き、風を抱いて、どこまでも、どこまでも飛んでいきたい。
「アルフィ対レジーナ・ロナウド、始め!」
レジーナ王女の相手はアラスカ先生と揉めたクレイ君の取り巻きの一人。
よく見るとクレイ君に似ている。
同じ白銀の髪に、赤い瞳。
ただアルフィくんは細く、眼鏡をかけている。
兄弟…なのかな?
試合が始まると、それは見事な魔術戦としか表現できない試合だった。
破壊魔術や自然魔術で攻め立て、なにを通すべきか、何をマジック・カウンターすべきか、一瞬の判断が勝負を決めかねない。
レジーナ王女は一歩も退かずに、正面から魔術をぶつけ続ける。
だが、その最中にアルフィくんが奇妙な動きをした。
その直後、杖を構えたまま、彼の動きが完全に止まった。
一瞬戸惑ったレジーナ王女だったが、即座にエネルギー・ブラストを放った。
だが、直撃はせず、光線はアルフィくんの体を貫き、空気を揺らして消える。
「幻術です」
カサンドラの一言で、私もようやく気づく。
アルフィくんはいつの間にか自分の幻影を作っていた。
それじゃ、本人はどこ?
「はい、終わり」
その声は、レジーナ王女の背後から聞こえた。
振り向くと、そこには彼女の背中に杖を突きつけるアルフィくん。
「これだけのいい女をいたぶるのは、ベッドの上だけにしたいんだが、痛めつけられる趣味があんなら付き合うぜ」
「ふふふ、やられましたわね。てっきり純粋な魔術師だとばかり」
「『うち』は勝つためなら何でもするさ。で、どうする?降参しなけりゃ、遠慮なく撃つぜ」
「…さすがにこの距離では困りますわね。レジーナ・ロナウド、降参しますわ」
「物わかりのいい女は好きだぜ」
「勝者、アルフィ」
直前までアルフィくんは完全に消えていた。
どうやって背後に回ったの?
「負けてしまいましたわ」
「お疲れさまです、レジーナ王女」
「お疲れさまです。ビーストマスターなのに相棒がいなくても強いんですね、レジーナ王女」
「負けた後に言われるとむず痒いですわね。ただ、相手が一枚上手でしたわ」
「あれは幻影魔術『インヴィサビリティ』ですね」
「やはりそうでしたか、完全に姿が見えていなかったのですもの」
幻影魔術『インヴィサビリティ』は、不可視状態になる魔術だ。
「ですが、あの魔術の撃ち合いの最中に発動するのはとても難しいと思うのですが」
「ええ、そうですわよ。なのでそんなことをやってくるなんて微塵も思っていませんでしたわ」
やはりこの学園にはすごい人がたくさんいるな。
そんなことを話していたら、話題の人物が私たちのところに来た。
「こんにちは〜」
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
「何しに来たんですの?」
「いやいや、これだけの美女が固まっていれば男として声をかけないわけにはいかないでしょう」
「わたくしはあなたと話すことなんてありませんわよ」
「まぁ、そう言うなって、これから同じ学園生同士仲良くしようぜ。な?ちなみにそっちのボン・キュッ・ボンと車椅子に座っている綺麗な君もね」
生意気だけど、気さく。そういう印象を受けた。
女性慣れもしてるのだろう。
今まで何度も口説かれたことはあるけど、そのほとんどが上流階級や貴族だ。
だからこういう庶民的?なのは新鮮だった。
「私もカウントに入っていたんですね。美女というから、私はてっきり仲間外れなのかと」
「なあに言ってんだ。どこからどう見たって美しいじゃねぇか」
アルフィくんはかがんで、カサンドラと目線を合わせて言った。
カサンドラは特に動じていない。
「あら、そう言ってもらえるのは嬉しいです」
「ちなみに俺、アルフィな」
「カサンドラです」
「オラベラ・セントロです」
「レジーナ・ロナウドよ」
「うんうん、いいね。これからよろしく。それじゃ本題に入るけど、入学のあわただしい期間が終わった後にホワイトシティーで大きなパーティーをやろうと思ってんだ、三人ともぜひ来てよ」
「はい、参加します」
「パーティー?」
「遠慮しますわ」
「ははは、変わったグループだな。まぁ、今はパーティーをやるよって頭の片隅に入れればいいよ。詳しい場所と日程が決まったらまた誘うな。じゃ、よろしく」
そして、去っていった。
「参加するのですか、カサンドラ?」
「ええ、おもしろそうじゃありませんか」
「賢者さんは変わってるのですね」
「ふふふ、確かにメジャイは変わり者が多いですね」
「オラベラ王女はどうするのですか?」
「カサンドラが行くなら、私もい、行こうかな」
「困りましたね、二人は行くのにわたくしだけ行かないなんて。少し考えておきますわ」
「オプティマス、氷条龍次郎、前へ」
あれ?オプティマスくん、一戦目はロングソードを装備していたのに、今は何も持っていない。
「オプティマス対氷条龍次郎、始め!」
試合が始まると、オプティマスくんは構えた。
先ほど戦った我鷲丸くんの構えにそっくりに。
そして、動き出す。
その動きは我鷲丸くんのそれだった。
似ているとかではない、まるで我鷲丸くん本人が動いているようだった。
だが、龍次郎くんは全ての攻撃をことごとく軽々とかわし、見事な剣さばきでオプティマスの首筋に刃先を寄せ、触れる寸前でぴたりと止めた。
「勝者、氷条龍次郎!」
二人ともすごい!
オプティマスくんはさっきまで素人同然だったのに、我鷲丸くんの戦い方を完全に再現していた。
そして龍次郎くんは動きに一切無駄がない。
彼の一戦目もそうだったけど、相手を完封している。
太刀筋は私が見たどの流派とも全然違うから具体的に何をやっているのかよくわからない。
だけど、彼がすごく強いのは間違いない。
この試合で二巡目が終わり、三巡目が始まった。
レジーナ王女は魚科の獣人アクアさんと戦って勝利した。
我鷲丸くんはハーフリングのロエピくんと戦い、勝利。
ロエピという名前どこかで聞いたことあるな。
オプティマスくんはニコラオスくんと戦ったが、ミン武術は盾を持っている相手には不利で、何もできずに敗れた。
アルフィくんの対戦相手がカサンドラと決まったので不戦勝となった。
そして、
「オラベラ・セントロ、氷条龍次郎、前へ」
「行ってくるね」
「オラベラ」
「ん?どうしたの、カサンドラ?」
「レッズは数百年にわたり内戦を繰り返してきた民族です。三百年間平和に暮らした私たちとは、まるで住む世界が違います。私の調べによれば、あなたはミレニアムナイトを除けば、かなり上位の実力者です。潜在能力であなたに勝てる者はそうそういません。ただし、経験は向こうが何十倍も上です。決して油断しないように」
「う、うん。わかった。ありがとう」
「頑張るのですわよ」
レッド・サークルの住人、レッズ。
ずっと内戦状態にいたという噂は聞いたことがあったけど、カサンドラが言うなら間違いないのだろう。
「両者、位置へ」
「はい」
「…」
あれ?今、睨まれた?
どうして?
他の対戦相手は睨んでなかったよね?
「オラベラ・セントロ対氷条龍次郎、始め!」
ええと、今回は名乗るのかな?
ずっと名乗ってたからそれが普通になってきたけど、向こうは名乗る気配はないし…。
う〜ん、とりあえず名乗っておきますか。
「セント、えっ?」
気づいたときには、彼は私のすぐ真横にいた。
剣を振り抜いている最中だった。
私が言葉を発していなければ、確実にその剣は私に届いていた。
だって、反応すらできなかったのだから。
「すまなかった」
そう言うと彼は開始地点に戻り、剣を中段に構えながら言った。
「黒獅子赤也の四天王が一人、氷条龍次郎と申す」
名乗った!?
待って、えっ?
どうなってるの?
今、私は確かに負け…いや、だめだ、落ち着いて。
まずは、まずは名乗ろう。
それが礼儀。
「せ、せんと、セントラムおお、王国、お、おら、オラベラ・セントロです」
うまく話せない。
声が震えている。
「参る」
そして、私はあっけなく敗れた。
何が起きたのかわからない。
それくらいの実力差だった。
でも、なんで私のときだけ?
他の人と戦ったときにはあんな動きをしていなかった。
というか、あんなに早く動けるのってミレニアムナイト…。
まさか、そのレベルなの?
そして三巡目の試合は終わった。
その後レジーナ王女はビーストマスターとしての試合を二戦行い、どちらも勝利した。
これでこのグループの全試合は終了した。
全グループの試合が終了し、闘技場の真ん中に全員が集められた。「皆様、戦闘試験お疲れさまでした。次の試験に移る前に、次の者は前へ」
「イェン・フォーヤオ、エルダス、ラトナ、ザラサ、ウィリアム・ロンカル、オラベラ・セントロ、氷条龍次郎」
さっきの戦いからまだ状況をうまく飲み込めていない私は、名前を呼ばれると、無意識に立ち上がり、立ち上がったほかの人たちについていった。
先生が何か話しているけど、うまく聞き取れない。
まずい…。大事な説明だったらどうしよう…。
「じょぶ?」
あれ?なんか聞こえる。
「大丈夫?」
オッドアイのウィリアムくん!
ええと、今話かけられたんだよね?
あれ?なんて言ったんだろう…、聞き返すのも申し訳ないな。
「大丈夫?」
「え?ああ、う、うん、大丈夫だよ」
えっ?睨まれた?
違う、見下された?
「うそつき」
「えっ?うそなんか」
「じゃ、さっきの説明、言える?言えたら信じてやるよ」
「そ、それは…」
な、なにいきなり!?
いきなり人のことをうそつき呼ばわりして!
た、確かに聞いてなかったし、大丈夫じゃないけど、失礼すぎない!?
「これから戦闘力評価がS以上になる可能性のある生徒の追加試験をやるんだって」
「あ、そうなんだ。あ、ありがとう、教えてくれて」
「どういたしまして、『うそつき』さん」
なんなのこの人!うざいんですけど!
最初にちょっとかっこいいかもと思った私の気持ちを返して!
あれ?私、かっこいいと思った?
男の子のことを「かっこいい」なんて…今まで思ったことなんかあったっけ?
「目を閉じて」
「ん?」
「いいから、目を閉じて」
「どうして?」
そう聞いた私を、彼は吸い込まれるような瞳でまっすぐ見つめた。
「言うとおりにして」
私は間違いなく彼にむかついていた。
でもなぜか、半分うざいな、半分なんなのと思いながらも私は彼の言うことを聞いた。
「うん、次は深呼吸」
「…うん」
(息を吸う)
「吸った息をお腹にためて、お腹に両手を当てる」
(言うとおりにしてると彼はそっと片手を私の背中に、もう片手を私の両手の上に重ねた。どうしてかわからないが私はそれを自然と受け入れた)
「そして、今日の出来事のすべてを息に乗せて、吐き出す」
(お腹に当ててる私の両手に添えられた彼の手にそっと押され、導かれるままに息を吐く)
「ふうー」
息を吐き終えた瞬間、不思議と気持ちが落ち着いた。
でも、なんで?なんで私は彼のすべての指示に逆らわず、全部従ったの?
なんで素直に言うことを聞いちゃったの、私!?
それに…触られたのに嫌じゃなかった。…なんで!?
気づけば顔が熱い。……赤くなってる?
「うん、震えが収まったね。これで大丈夫」
震え?私、震えてたの?
「武者震いってやつだよ。あんまり気にすんな。次に切り替えろ」
「なんのこと?」
落ち着いた私は、セバスチャン先生の声をちゃんと聞き取れるようになっていた。
「では、10分後に追加試験を行う。準備ができ次第この場に戻れ」
「あの…」
彼に声をかけようとしたときには、彼はもう仲間のもとへ歩いていた。
獅子科のギャルさんと仲良いんだ…。
ふ〜ん、って、仲良すぎじゃない!?
それと、サムエル!?
「ベラ」
「ベラ」
「オラベラ!」
「はい!」
アラベラとエリザが私を覗き込んでいた。
「本当に大丈夫?さっきから変だよ。あ、でも震えは収まったね」
「心配したんだよ!話しかけても上の空だし、ぷるぷる震えてるし」
本当に震えてたんだ。
それを、あの人が…
「心配してくれてありがとう。ちょっとやばかったけど、今はだいぶよくなった」
「よかった」
「先生たちを相手に頑張ってね」
「先生!?」
エリザは追加試験の内容を教えてくれた。
どうやら選ばれた生徒たちは、ミレニアムナイトの先生と一対一の勝負をするらしい。
そんな重要なことまで聞き逃してたんだ。
もし、あのまま先生に挑んでたら…やばかったな。
勝てないのは当然として、間違いなく何にもできずに終わってただろう。
ウィリアムくんに感謝しないと。
って、ギャルさんと距離近っ!
それと、
「ね、エリザ、なんでサムエル向こうなの?」
「知らないわよ。私が知りたいくらいなんだから」
「ふふふ、すごいねミレニアム学園は。今までうちら以外に友達ができなかったサムエルにさっそく友達とか。もう独り占めできないね、エリザ」
「独り占めなんてしてな、ってバカベラは黙ってなさい!」
「どう、どう、二人とも落ち着いて、そろそろ時間だから行くね」
私たち七人は先ほどの場所に再度集合し、セバスチャン先生からの最終説明を聞いた。
「力まずとも良い。勝ち負けを競う試合ではない。自分のすべてを見せるための場です。では、」
「おう、おう、やってるね」
その声に、闘技場の全員が振り返る。
長く結わえた黒髪に黒装束。
目元は黒い布で覆われ、表情は窺えない。
背中に剣。
一歩、また一歩、ただ歩くだけで、空気が張り詰めていく。
この学び舎で、いや、世界で、その名を知らぬ者は存在しない。
「ジアンシュ!」
「龍劍殊…」
「ロン・ジアンシュだ!」
「世界最強…」
「剣聖、ジアンシュ」
十人しかいないミレニアムグランドマスターの一人にして、世界最強の男、『剣聖』ロン・ジアンシュ。
ミレニアムグランドマスターは一人で国一つ堕とせる力があるとされるが、その中でも彼は別格。
ロン・ジアンシュが世界の敵になったら、世界は滅びると言われている。
それは、ミレニアムナイトを含む、誰もが彼を止めることができないからだという。
私たちの試験を見に来てくれたのかな?
「ジアンシュ先生、大遅刻です」
「いやぁ、昨日は緊張で眠れなくてね、気づいたら夕方までぐっすり」
「寝てるじゃないですか!」
「まぁまぁ、細かいことはいいじゃん。来るつもりなかったのに来たんだし、むしろ褒めてほしいな」
あれ?なんかイメージと違う。
「まぁ、いいでしょう。これから追加試験を行います。よければ審判してくださいますか?生徒たちが大いに喜びます」
セバスチャン先生の言葉に、私は胸を躍らせた。
あの剣聖が私の試合を審判してもらえるなんてってね。
だが、次の瞬間、告げられた一言に息を呑んだ。
「いやいや、せっかくだから僕が彼らの相手をするよ」
「マジか!?」
「剣聖の戦いが見られる!」
「ここに来てよかった」
「ひゅー」
「夢のようですわ」
戦わない生徒たちは歓声を上げる。
気持ちはわかる。
ジアンシュ先生に関する噂?伝説?はどれも常識を逸脱したものばかり。
おとぎ話や童話の主人公が絶対絶命の状況で一人で世界を救うとかいう類の。
でも、実際に戦うところなんて、おそらく誰も見たことはない。
だから、伝説の男が戦いが見られるということに驚き、喜んでいるのだろう。
だが、戦う側からすれば元々不可能だった難易度がさらに跳ね上がった。
まぁ、元から勝てる相手じゃないんだ。
せめて、自分のベストを尽くそう。
ジアンシュ先生は私たちの前に来た。
「というわけで、駆け引きはいらない。最初から全力で来ること。じゃなければ実力を測れずに終わっちゃうよ。よろしくね〜」
「はい!」
私は大きく返事した。
「せっかくだし、大会仕様で行こうよ」
その言葉とともに観客席は元に戻り、分割されていた五つの試合場は一つの大舞台へと戻った。
「よし、やろう」
「イェン・フォーヤオ、前へ」
「おお、フーの娘じゃん!父さんは元気にしてるか?」
「ええ、おかげさまで」
「そのにやけ顔、ちょっと怖いね」
「ふふ」
「始め!」
フォーヤオ王女は開始と同時に一気に攻め立てた。
それはミン武術と炎の融合だった。
全身を炎で包み、流れるように攻撃を繰り出す。
炎が加速を生むのか、動きがとてつもなく速い。
って、飛んだ!?
足から炎を噴き出し、空を舞っている。
そして、上空からジアンシュ先生に炎の雨を降らせる。
まさに炎のエレメンタルボーンにしかできない攻撃スタイルだった。
だが、ジアンシュ先生はすべて防ぐ。
ミン武術の打撃だけではない、炎もだ。
炎が当たる寸前に手をかざし、触れる前に炎をかき消している。
本人どころか服までもが無傷だ。
「うんうん、フーに似てる」
その一言の後、ジアンシュ先生は消えた。
次の瞬間、空からフォーヤオ王女は落ちてきた。
地面に叩きつけられたのだ。
彼女は気絶した。
「Sだね、次」
速すぎる。目で追い切れていない。
何したのかわからない。
「エルダス、前へ」
「始め!」
ダーク・エルフのエルダスくんは私とよく似たスタイルだった。
魔術で自身を強化し、スマイトで大きなダメージを狙う。
一発は当ててやるという意気込みがこちらにまで伝わってくる。
だが結果は同じだった。
彼もジアンシュ先生にすべての攻撃を防がれた後、回し蹴りをくらい、敗北した。
「S、次」
ラトナさんは牛科の獣人でクレイくんの取り巻きの一人で、殴ったり蹴ったりするスタイルだった。
彼女は試合開始直後に突進し、ジアンシュ先生に連打を浴びせたものの、すべてをかわされ、みぞおちへの一撃で沈み、敗北した。
「S、次」
ザラサちゃんはとても可愛らしい犬科の獣人で、猛攻を仕掛けたが、またもやすべてかわされた。
だが、今までの生徒と違ったのは、ジアンシュ先生の一撃を彼女は受け流したことだ。
ジアンシュ先生の掌打が空を切る。
ザラサちゃんは大きく爪を振りかぶった。
だが、腕を振り抜く前に膝蹴りで撃沈。
今までで一番惜しかった。
「Sプラ…、う〜ん。今はまだSだな。次」
「ウィリアム・ロンカル前へ」
ウィリアムくんには応援団がいた。
ギャルさんとダニロだ。
「ウィリ頑張れ!」
「ウィリアム頑張れ!」
「ボールウィッグ頑張れ!」
「ボールウィッグ頑張れ!」
「ね、もしウィリアムこれ勝ったら、ご褒美タイムって増えるの!?」
「いやー!1分以上は無理!つか1分も無理!恥ずかしすぎるんですけど!」
「恥ずかしいけど、嫌じゃないんだね」
「うん…って、何言わせんだよサムッチ!」
サムエルがあんなに誰かと仲良く…。
あっ、エリザがぷんぷんに怒ってる。
まずい、後で何とかしてあげないと。
あと、ご褒美って何!?
「始め!」
「キュン!」
ウォール・オブ・プロテクション!
あの可愛い魔獣、あんな魔術使えるんだ!すごい!
「キュン!」
キュンって鳴くだけだから何の魔術かわかんない。
「ハッ!」
でも、この日初めてジアンシュ先生はミレニアムナイトの力を大きく解放した。
「ははは、すごいねその魔獣。いや、幻獣か。魅了系をちゃんとレジストしたの、妲己との戦い以来だわ」
妲己…、ハオティエン帝国を滅ぼしたとされる人。
数え切れない悪事と殺戮を重ねた赤毛の狐科獣人。
その特徴ゆえ、同じ特徴を持つサンさんが一度この街を追われる原因にもなった。
史上最強のエンチャントレス(魅了術師)にして、古往往来最も美しいとされる人。
噂では九尾を持つ、伝説の幻獣人だったとか。
その妲己に並ぶ魅了魔術を、今あの魔獣が放った?
「キュン!」
ジアンシュ先生は拳を前に突き出すと、ウィリアムくんの魔獣の魔術が分解された。
マジックカウンター?でも何か違う。
「もうそれはさせないよ。まぐれでも決まったら危なすぎるからね。『俺』が操られたら、ここのみんな殺せちゃうでしょう?」
ウィリアムくんは魔獣に何かしら指示を出す。
魔獣はウィリアムくんの肩で四肢を動かし、足場を確かめるようにバランスを整えた。
その後、かわいらしい鳴き声とともに連続で魔術を放つ!
エネルギーブラスト、ファイア・ボルト、アイス・スピア、ファイア・ボール、ライトニング・オブ・デストラクション…。
私にわかるのはこのくらいだけど、それ以外にも無数の魔術が放たれている。
こんなに連続で魔術って放てるもんなの?
連続というより同時に。
そんなこと、不可能なはずなのに…。
途中まではジアンシュ先生がそれを手で弾くのが見えたが、やがて爆風と煙で姿が見えなくなった。
それでもウィリアムくんの魔獣は攻撃をやめなかった。
どんな人間でも、例えそれが圧倒的魔力量を誇るマジックボーンであったとしてもこんなに大量の魔術は放てない。
発動時間もそうだし、そもそも魔力量がもたない。
この短時間で、宮廷魔術師数人分の魔力を消費しているはずだ。
数分にわたる猛攻のあと、魔獣は攻撃を止めた。
魔獣の顔は「どうだみたか!?」と言わんばかりの表情で嬉しそうだった。
ウィリアムくんはずっとポケットに手を入れたまま、ふてぶてしく立っている。
なんかその態度がむかつく。
自分がカッコいいとでも思ってるの?
頑張ってるの魔獣の方じゃん!
自分はなんもやっていないくせに!
しばらくすると煙は晴れ、ジアンシュ先生の姿が現れた。
先生は一歩も動いていなかった。
傷一つ負っていなかった。
「キュ!?」
ウィリアムくんの魔獣も驚いた顔をした!
魔獣が再び戦闘態勢に入ろうとした瞬間、ジアンシュ先生が消えた。
気づいたときにはジアンシュ先生は剣指をウィリアムくんに向けていた。
「幻獣もすごいけど、君の反射神経もすごいな。僕からその子を庇うなんて、驚いたよ。君の成長が楽しみだ。S+」
ジアンシュ先生の言葉で気づいた。
ザラサちゃんしか反応できなかった先生の動きに、ウィリアムくんは反応した。
自分の魔獣を抱えてお腹に隠し、自分の体で守ったのだ。
自分の魔獣を自分の体で庇うとか超いい人じゃん!かっこいいな…
って違う!むかつくの!むかつく人なの!
もう、調子狂うなウィリアムくん。
あんまり関わらないでおこう。
「オラベラ・セントロ前へ」
「始め!」
私はあっけなく敗北した。
最初からヘイストを使い、全攻撃をスマイトにする勢いで武器に魔力を込めたが、一撃も当たらなかった。
最後はなにかの武術の技で投げられ、地面に叩きつけられた。
「う〜ん。君には逆にがっかりだな。子供の頃のほうが強かったんじゃないか?でも、まぁ、Sだね。次」
あ〜あ、そう思われちゃうか。
戦う技術も、魔力も、身体能力も今のほうが高いんだけどな。
先生もそう思っちゃうか。
悔しいな…。
どうしたら昔のように戻れるんだろう?
追加試験の七人のうち、六人の試合が終わった。
ジアンシュ先生がミレニアムナイトの力を使ったのは、ウィリアムくんとの試合のみ。
そして、今のところ一度も背中の剣を抜いていない。
『剣聖、剣を抜かず』
ジアンシュ先生が言われていることだ。
剣聖なのに剣を抜かない。
全てに勝てる彼にとって、剣を抜いてしまえば戦いがつまらなくなるのだという。
ちなみに他のミレニアムナイトの先生にも剣を抜かずとも勝てるらしい、とテッド兄さんに聞いた。
あのときは、「どうすればそんなことができるのか」、と想像すらできなかったが、今、実体験でわかるとはね。
確かに次元が違う。
だが今日、私はもう一人、次元の違う相手と戦っている。
「氷条龍次郎、前へ」
「始め!」
試合開始の合図と共に龍次郎くんは視界から消えた。
次に見た光景に先生方を含む全員が驚愕した。
「おっと」
ジアンシュ先生は剣を抜いて、龍次郎くんの剣を受け止めていたのだった。
「ちょっと待ちな」
「ん?」
「試験用の剣じゃなく、自分の武器を使いな」
「ジアンシュ先生何を言ってるんですか?これは生徒の能力を測る試験です」
「だからだよセバス。こんな刃のない支給品の剣じゃ彼の実力は測れない。今の動きでわかったろ?」
「ですが」
「『俺』が責任を取る。さぁ、龍次郎くん、武器を取ってきて」
「…」
「大人の事情に巻き込まれて、来たくもない遠い場所に来たんだろう。少しは楽しんでいけよ」
龍次郎くんは無言で背を向け、自分の武器を取りに行った。
その武器の刃は、グレートソード並みの長さでありながら、ショートソードのように細く、美しい曲線を描いていた。
レッド・サークル特有の武器”刀”。
刀の業物はヒルダ大陸の超一流鍛冶師が作る極上大業物に匹敵し、
刀の大業物は伝説級の武器に等しく、
刀の極上大業物ともなれば「神具」に値すると資料で読んだ。
龍次郎くんが持つそれはどんな刀なのだろう?
龍次郎くんは武器を取ると、ふと観客席の方を見た。
その視線は誰かを捉えたようで、彼は小さく頷いた。
まるで何かを了承したかのように。
そして試合場の自分の位置へと戻った。
先ほどとは明らかに違う構えだが、とても自然だ。
これが彼の本来の構えなのだろう。
一方、ジアンシュ先生は最初から剣を抜いてる。
「では、改めて、始め!」
「はっ!」
龍次郎くんの声とともに、彼の体からミレニアムナイトが使う力が大きな旋風となって溢れ出す。
闘技場にいる全員はその風に煽られ手で顔を覆った。
その力は黄金のオーラとなり、彼を包んだ。
そのオーラは今まで私が見たどのミレニアムナイトのオーラよりも大きかった。
「いいね、龍次郎くん」
ジアンシュ先生も力を解放する。
その瞬間、更なる強大な暴風が闘技場全体を覆い、その風に当たった半分以上の生徒が気絶。
気絶しなかった者も苦しそうにしている人が多い。
無事なのはほんの数人。
そしてジアンシュ先生のオーラは龍次郎くんの三倍はあるように見えた。
その後はよくわからない。
二人の戦いは目で追えるようなものでなく、ときどき二人が動きを止めたときにぽつんと現れ、消えるだけだった。
なのに試合場から目を離すことは出来なかった。
今、ものすごいことが起こっているんだという自覚はあった。
それは他の先生方の表情を見れば明らかだったからだ。
彼らが、ミレニアムナイトが、驚いているのだ。
特にロッチャー先生は険しい顔をしていた。
そして、次に視界に映ったのは、刀を落とし、尻餅をつく龍次郎くんと、彼の顔に剣を向けるジアンシュ先生の姿であった。
「すごいな。レッズ全員が君のレベルだったらミレニアム騎士団は全滅しちゃうな。ははは。でもそれはないな。君が特別なだけだ。そうだろう?」
「…」
「せいぜい、ここで学べ。ここで得たものは、きっと国に帰った後も役に立つ」
龍次郎くんは立ち上がり、ジアンシュ先生にお辞儀をした。
その後、何も言わずに刀を拾い、観客席の方へと戻った。
「うん、S+++」
最高戦闘評価が出た直後、他の先生方がジアンシュ先生に詰め寄り、なにやら話し合いを始める。
ジアンシュ先生は面倒くさそうな顔してた。
ときどき言い返すも、だんだん面倒くさくなるのが目に見てとれた。
「わかった、わかった。S++ね。これでいいんでしょう?」
そうジアンシュ先生が言うと他の先生も納得した。
最初は戦闘最高評価のS+++だったのに一段階下げた。
なぜだろう?
気絶した生徒たちは、ミレニアムナイトの先生方やアルドニス先輩、セレナ先輩ら特定の人たちによって治療された。
全員が無事になったところで試合場中央に集められた。
「これにて戦闘試験は終了だ。この後、30分のシャワータイムを挟み、最終試験である集団協議試験に移る。そして、紹介は不要だと思うが、せっかく来て頂いたので改めて紹介する」
セバスチャン先生はジアンシュ先生の横に立ち、彼に手を向けながら告げた。
「オメガクラス『臨時』担任のロン・ジアンシュ先生です」
私を含む大半の生徒は驚きを隠せず、会場がざわついた。
誰もが、グランドマスターが担任になるとは夢にも思わなかったのだから。