朝(夜)
三題噺もどき―ろっぴゃくごじゅうよん。
煙草を片手に、ベランダへと出る。
なんとなくだが、ここ最近陽が沈むのが遅くなったような気がしている。
この時間でもまだ空は青い部分が多い。
それでもまぁ、山のすそ野は橙に染まりつつある。
「……」
カチ―と、ライターで煙草の先に火を点ける。
ふわりと漂う煙をぼうっと眺めながら、まだ少し寝起きの頭で眼下を眺める。
今日は平日だと思っていたが、帰路についているような学生は少ない。
そういえば時期的には入学があり、新学期とやらが始まっているのか。こういう時期は帰宅が早かったりするのだろう確か。
「……」
代わりにというわけでもないだろうが、親子連れが歩いていた。
年齢は分からないが、親の太ももあたりに頭があるくらいの身長。手をつなぐのも一苦労のように見える。
どこで手にいれたのか分からないが、子供はふわふわと浮いている風船を持っていた。
風船が手を離れないようになのか、紐が手首のあたりに巻き付けてある。あれは親の配慮かな。
家に帰れば邪魔になるだろうし、そのうち萎むだろうに……きっといい親なのだろう。
「……」
子供がこちらの視線に気づいたのか、つい先ほどまで楽し気に話していたくせに、こちらに視線をやる―ような仕草を見せたので、合わないように視線をずらす。こういうところ、子供は鈍感なようで敏感だから恐ろしい。見すぎていたわけでもないと思うんだが……。私の勘違いかもしれないから何とも言えないがな。
「……」
ふぅ、と、内に溜まった何かを吐き出すように、煙を吐き出す。
それをしたところで消えるものでもないが、ああいう微笑ましい風景を見ると、どうにもよくないものが顔を出す。いいんだけどな、微笑ましくて、とてもとても、羨ましくて。
「……」
ま、親なんてものが居なくても、私には私の身内がいるからいいのだ。……いないわけではないがいいものではないのでいないも同然だあんな親。親とも呼びたくない。
塩対応ではあるが、従者という仕事はしっかりしてくれる頼りがいのあるアイツが。
―ベランダに出てすぐ、鍵を閉める音が聞こえたけど、気のせいだろう。
「……」
まだ少し青が広がる空の端には、すでに白い月が浮かんでいる。
ここから一気に暗くなるのだから、自然というのはよくわからない。
気温も昨日からまた高くなっているようだし。まぁ、このまま春の陽気にでもなってくれればそれでいいかな……また寒くなるとか言ったらちょっと止めて欲しいと思う。
「……、」
今日は仕事がいつもより多いので、持っていた煙草を灰皿に押し付け、部屋に戻る。
鍵を部屋の中から開けてもらい、さっさとシャワーを浴びる。
朝は少し熱めのお湯で体を流す。まだ少し冷めきっていないような頭も体も、これでだいぶすっきりとするのだ。
「――ふっぅ」
さっぱりとした気分で、浴室から出る。
もちろん寝る前に風呂には入るが、それとは違う良さがあるよな朝は。
お行儀が悪いかもしれないが、頭をタオルで拭きながらリビングへと戻る。
「……パン」
「なんですか」
机の上にはすでに朝食が用意されていた。
目玉焼きに少しのサラダ、ヨーグルトはプレーン。
メインは、少し焼き目のついた食パン。
「……ご飯」
「明日はご飯にします」
と言うが、朝食を作るのも昼食を作るのも間食を作るのも夕食を作るのも、全てコイツの手の上なので、私の思い通りのものが出ることなんてそうそうない。
どうせ明日もパンなのだ……コイツはパン派だから仕方ないが。パンと納豆食べるからな。訳が分からん。納豆食べたいならご飯にすればいいのに。
「……なんですか」
「……なんでもない」
タオルを肩にかけなおし、キッチンから飲み物を持って行く。
マグカップの中に淹れられたコーヒーは、鼻をくすぐるようないい匂いがしていた。
私はブラック。コイツは、ミルクと砂糖たっぷりのカフェオレ。
「「いただきます」」
そろって机に座り、手を合わせる。
夜の始まりを、二人で迎える。
何度と迎えた夜の朝食。
「そんなに納豆が好きなのか」
「まぁ、毎朝食べたいくらいには好きです」
「ふぅん……」
「食べてみますか」
「いらん」
お題:太もも・目玉焼き・風船