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不適合者の生存闘争  作者: リン
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正人の祝福

時刻は午前四時頃。

日の出が近くなり、不適合者としての本能が警鐘を鳴らしている。

この時間にもなると夜の間活動する不適合者もそれぞれの拠点へ帰り、眠りにつこうとしている者が大半だろう。


そんな中で朝食を食べ終わり、外出する準備をしている俺は異常だろう。

もはや異常どころではなく、不適合者にとっての異端なのかもしれない。


学校の制服に着替え、人としては珍しい黄金の瞳を隠す眼鏡をかける。

この瞳さえ隠せば、見た目は常人と変わらない。日本人にしても黒く、男としては少し長めの髪。身長は周りと比べても高いものの、体が細いため少し頼りない印象を受ける。


自分で言うのもなんだが不適合者らしくない見た目だと思う。


世の中の多くの不適合者は迫害の影響で、見た目がかなり良くない。

服はぼろぼろで、髪もぼさぼさで、肌には傷跡などが多くある。そんな不衛生な見た目をしている者が大半である。

月の祝福の力を極めた残りの不適合者。常人による迫害に対し生き残る術を確立した者たちはさすがに不衛生な見た目をしていることはない。

剣士や魔術師などの現代には合わない力を極めたものが多いため、時代錯誤な見た目をしていることが多い。


では俺。月宮正人つきみやまさとは不適合者にとってどういう位置づけなのか。


……正直自分でもわからない。


だって自分以外の不適合者にあったことがないのだから仕方ない。

それでもこの常人のような暮らしがおかしいことは分かる。


ではなぜ常人のような暮らしをしてるのか。

それは中学二年生の時まで遡る。

その夏、俺は呪われた。

一人暮らしをしていたため、不適合者の死因の多くを占める身内からの通報などはなかったが、さすがに中学二年生の間は外に出られず、完全に不登校になった。


ただ幼いながらにも今の自分の状況が相当に悪く、なにかしなければ死ぬということは理解できていた。

でも、なにをすればよかったのだろうか。

頼れる大人はいない。それどころか他人はすべて敵だ。

とにかくあの頃は外が怖かった。それどころか住宅地という人が多く住む場所にある自分の家すら安心できる場所ではなかった。


そんな生活を続けて数か月たった時、限界は突然来た。


いつものように全身真っ黒な服装でフードを深くかぶって、食べ物を買うために外に出た。

できる限り人通りの多い道を避け、なんとかコンビニに到着し、食べ物を買って帰ろうとしたその時だった。


「ちょっと君いいかな?」


心臓が跳ね上がった。

頭が真っ白になり、体が震え始める。逃げ出しそうになる足を気合で押さえつけ顔を上げた。


「こんな時間になにをしているのかなと思ってね。年齢を教えてもらえるかな?」


そこには一人の警察官がいた。

いわゆる職務質問というやつだった。

人々にとっての正義の味方である警察官という存在が、人間未満と言われる存在になってから見ると死神にしか見えなかった。


「じゅ、十四です。」


今考えると馬鹿だと思う。適当に嘘でもつけば良かったのに。

それでも当時のまるでこめかみに銃を突きつけれらているような気分だった俺には、それが精一杯の返答だった。


「子供がこんな時間に外に出たら危ないだろう。どうしてこんな時間に出歩いているんだ。」


警察官が咎めるような口調で尋ねる。


「少し、お菓子が食べたくなって……。」


必死の言い訳をする。

警察官から見れば、怪しいことこの上ない。

それでも年齢を正直に言ったことが幸いしたのか、警察官は信じたようだった。


「いくらお菓子が食べたくてもこんな時間に外に出歩いてはダメだ。お母さんから教わらなかったかい?


 夜中に一人で出歩くことは犯罪者だけじゃなく、不適合者もうろついてるから危険だって。不適合者を殺して回る正義の味方気取りのやつもいっぱいいるんだから。そんな恰好してると不適合者ハンターに、間違われて襲われるよ。

 まったく不適合者殺しは別にいいが、一般人を間違えて襲うことがあるから質が悪い。」




警察官は不適合者ハンターへの愚痴をこぼしながら、俺を諫めた。

その時の俺はもう限界だった。常人のなかでも警察官に出会っただけで死ぬような思いをしているのに、その警察官の口から不適合者という言葉が出てきたことによって、俺はもうパニックになっていた。

いち早く目の前の敵から逃げなければという本能に従って、走り出した。


「ちょっと君!待ちなさい!!!」


警察官の呼び止める声を無視し、無我夢中で走った。

警察官が追いかけるのを諦め、視界から消え去っても走り続けた。

震える手で玄関の鍵を開け、倒れ込むように家のなかに入る。


「はあ…はあ…はあ」


必死に呼吸をする。

コンビニから家まではそこそこ離れていて、坂道になっている。

その道を止まることなく走り続けたのだ。

いくら昔は運動していたとはいえ、最近は引きこもりの俺には厳しすぎる行動だった。


玄関先に倒れながら、落ち着こうと深呼吸を繰り返した。

それから十分後、ようやく呼吸は落ち着き冷静になれた。


ただ冷静になってもなお心は絶望一色だった。

いや我慢していただけで、この身が完全に不適合者になったときからずっと絶望していた。

それが今日限界に達しただけ。

遂に人に見られてしまった。しかも警察官だ。家まで追ってくるかもしれない。

もうそれだけで人生を諦めるには十分だった。


だれも頼れない。安全な場所もない。常人に戻る術もない。


………………。


「もう、疲れた。」


そうもう疲れたんだ。

このまま生きていても迫害を受けるだけ。

この死と隣り合わせな生き方は俺には耐えられない。

もう十分頑張った。

この人生は運がなかった。

きっとそれだけ。

だからもう楽になろう。


「死ぬか。」


そう思えば体がすごく軽くなった。

気分も晴れた。

こんなのは呪いにかかって以来なかった。

もうすぐ楽になれる。

全てから解放される。

それだけで俺にとって死は恐怖から救済へと変わった。


体を起こして外に出る。

フードを被ることなく、まるで昔に戻ったかのような足取りで、俺が一番好きな場所へ向かう。

この世界有数の経済規模を誇る都市を一望できる場所へ。


歩き始めて数時間。山の頂上の広場に着く。

そこからは都市の夜景が一望できた。

昔からこの景色が大好きだった。

この都市の人々の生活が目に見える壮大でとても綺麗な景色。

それは都市の人間がすべて敵となった今でも変わらない。

だってきっとまともな死に方はできないと思っていたから、不適合者になってもこの故郷の土地で大好きな景色を見ながら死ねるということがとても嬉しかった。


そんなことを考えていたら、もうすぐ日の出。

日が昇れば俺は意識を失うだろう。

俺は経験したことがなかったが、恐怖はなかった。

おそらく意識を失っている間に、通報されて殺されるだろう。

この場所はSNSの発展で注目を浴び始めている。

だれも訪れないなんて日は今はない。

好きな場所で意識を失っている間に永遠の眠りにつける。

不適合者としては最上の最期だろう。


……それでも考えてしまう。

もし呪いを気にせずに、人として当たり前の普通の生活をできたならどれだけ幸せだろうかと。


そんなありえもしないことを思い描きながら目を閉じた。



だがいつまでたっても最期の時は訪れなかった。


恐る恐る目を開けると、街が目に入った。

朝日に照らさている街は夜景とはまた違った美しさがあり、これからあと数時間もすれば会社や学校へ行く人々で賑やかな活気にあふれた姿になるだろう。


足に力を込めて立ち上がる。

街頭に手をついていないと立てないが、普通なら気絶するのを考えると全然良い。


色々と考えることはある。なぜ昼間でも動けるのか。これからどうするべきなのか。

でも元の生活に戻れるかもしれないというだけで、絶望一色だった心は嘘みたいに希望で満ちていた。


涙があふれてくる。死という恐怖から解放されたからなのか、未来に希望が見えたからなのかはわからない。

ただ自分が元の生活に戻れると理解できた瞬間ほど、嬉しかった瞬間はない。


「神様は見ている、か。」


ふと思い浮かんだのは死んだ母がよく言っていた言葉。

神様は常に僕らを見守ってくれているから、決して悪いことはしてはいけない。

よくある子供のしつけの一環だったのだと思う。

それでも俺なりにその言いつけを守って生きてきた。

それが報われたような気がした。


そんな感じで昔のことやこれからのことを考え続けた。

生きていることを噛み締めるように。


俺は日が沈むころになってようやく下山した。


それから二か月の間俺は自分の月の祝福について調べた後、不適合者ながら元の常人としての生活を再開した。



それが今に至る経緯。

分かっているのは俺の月の祝福は月が満ちれば満ちるほど、日中でも動くことができるものだということ。

新月の日はさすがに外にはでられないが、満月の日であれば短時間なら杖なしでも歩ける程度の月の祝福の力。


身を守る力や奇跡を起こす力はないが、俺にとってはなによりも良い能力。


この能力のおかげで俺は今も普通の学生生活を送れている。


「いってきます。」


俺以外に誰も住んでいない家にそう呟いて、杖をつきながら学校へ向かいはじめる。

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