力が欲しいか?
何かが聞こえる。それはなんの音か。
「……が……か?……の…こ…ほ?」
声?誰の?というか、ここはどこだ?どこまでも続きそうな暗い世界。見渡す限りの黒一色。それ以外には何もなく、それはまるで行き場のない存在を闇へと誘うかの様な、そんな世界。
「……が…し…か?……のえ…こ…ほ?」
また聞こえた。先程よりも少しだけ鮮明に。誰かがこの世界にいる?そもそも、ぼくはギルドの訓練場にいたはずだ。どうやってここに?
「…らが…しいか?…い…くのえい…こ…ほ?」
さらに先程よりも鮮明に。だが、まだ何を言っているのかわからない。
「ち…らが欲しいか?…いじゃくの英雄こ…ほ?」
何だ?ある程度聞こえる様になったし、推測してみるか?
ち、で始まり、ら、で終わる単語。いじゃく、と続く単語。そして最後のこ、で始まり、ほ、で終わる単語。
そう考えると自ずとわかってきた。この声は
「「力が欲しいか?最弱の英雄候補?」」
謎の声と僕の声が重なる。一体誰の声なのかわからない。だが、僕の答えは決まっている。
「欲しいさ。僕は最弱だから。エレク姉さんと比べられるから。勝手に期待されて、勝手に落胆されるから。」
きっとこれは悪い答えなのだろう。どこまでも自分勝手で、これまでの僕では絶対にしない回答だろう。
「でも、」
それでもいい。今は力が欲しい。自分勝手でいい。どうせ『端役』なんだ。『主役』じゃない。物語の主人公じゃない。王道を行く道理なんてない。邪道でもいい。
「傷つく覚悟はあるか?」
今度は違うことだ。でも、関係ない。
「僕は、」
散々傷ついてきた。それはきっと誰よりも。少なくとも僕の周囲にいる人の中では1番。エレク姉さんと比べられ、エレク姉さんは『理想』で、僕はいつも『出来損ない』。僕は姉さんの引き立て役で、陰で邪魔をしているいらない存在。
「戦う覚悟はあるか?」
さらに別の問い。でも答えは、
「あるさ。」
戦う覚悟もないのにいつも『ラグナロク』を読んでいたわけじゃない。憧れていたわけじゃない。夢を見ていたわけじゃない。目標にしていたわけじゃない!『ラグナロク』の中の物語はどれもこれも命懸けで、だからこそ僕たち読者が面白く感じて、憧れにして、夢を見て、目標にしているんだ!
「最後に問う。オマエは『英雄』か?」
夢を掴み取るチャンスがあるから、だからこそ今までとは違う。どこまでもも貪欲で、傲慢で、自分勝手で、全力で、本能のままに、気の赴くままに、我儘に、叫ぶ。
「僕は、『英雄』だ!!!」
「ならば、力をやろう。『最弱』たる『端役』が『主役』を喰らうための力を!」
何かが、僕の体に入り込んでくる。それはとても暑い様で、冷たくも感じて、よくわからない不思議な気分だ。
「見せてみろ!新たなる英雄の時代、『継承の世代』の世界を!」
闇の世界が崩れていく。今の僕には『絶望』はない。あるのはただ、我が物顔でそのステージに居座る『英雄』を引き摺り下ろすことだけだった。