期待はずれ、絶望
「暇潰し、って…。」
つい、口から乾いた声で出てしまう。
自分でも自分の声だと信じることができないレベルの声だった。
だが、それもそうだろう。ギルドの試験とは『英雄』になるための一歩、夢への道、ひいては人1人の人生のスタートライン。それを、こともあろうに暇潰し兼ストレス発散、ときた。
僕の中で、何かが沸々と湧いてくるのを感じた。
「さて、試験の方法はすごく単純。今から私と戦って、私が結果を決める。ね?単純でしょ?」
そう言って英雄『迅雷』の名を冠するシルベールさんは腰に下げた剣を抜く。
その剣は遥か東、海を超えた先にある倭国というところで製造、標準装備となっている『刀』と言う剣らしい。そして、その剣こそ『迅雷』のためだけに、普段国交等を開くことのない倭国が、わざわざ貿易を持ちかけ、献上した剣。銘を『雷切』という。
シルベールさんが『ラグナロク』に名を載せた際にも使用していて、その剣で雷龍と呼ばれるドラゴンを倒したものだったはず。ちなみにこれは、ラグナロクの第350話。つまり、『現英雄』中で最も若い英雄だということ。
「じゃ、行くよ。準備はいいかな?」
その言葉で我に帰る。そして、僕も腰にある短剣に手を添える。
「試験、スタートだよ!」
シルベールさんの開始宣言とともに試験が始まる。
先に動き始めたのは、シルベールさん。
『雷切』を抜いて突進の姿勢を見せる。それは、『ラグナロク』の中でも記載される『迅雷』特有の初撃。ご自慢の『ギフト』を最大限活かして放たれるこの世で最速の一撃。
「だったら…。」
それに合わせてカウンターの姿勢をとる。
過去にあった攻略方法の一つ、『現英雄』の1人、『光盾』と戦うシーンで初撃を受けるかと思いきや避けられ、一撃を入れられるシーン。
これならきっと…。
その瞬間、目の前が真っ白になった。一瞬後に全身を潰されたかの様な体全体への激痛がはしってきた。口からは少量の血反吐を吐き出し、うまく呼吸を吸えない。そして気づく。今自分が訓練場の壁に叩きつけられたことに。
「な、なに、が…。」
うまく言葉を紡げない。本当に何が起こったのかがわからなかった。シルベールさんの位置はさっきと変わらない。
「これが『光盾』に負けてから新しく身につけた最速の一撃。強いて言うのであれば『瞬撃』、とでも名付けましょうか。」
『瞬撃』。その名の通り、一瞬の攻撃なのだろうが、どのタイミングで攻撃してきたかもわからなかった。
「ほら、どんどん行くよ?」
「くっ。」
再びカウンターの構えをとる。まず必要なのは、どのタイミングで攻撃してくるのか。それがわからなければ、カウンターの構えも意味がなくなる。
「私が君に求めるのはこの『瞬撃』を防ぐこと。エレクトラの弟ならこれくらいできてもらわないとすごく困る。ね、できるでしょ?」
なんとハードルの高いことか。防ぐことはおろか、見極めることもできていないのに。
だがしかし、僕にはYES以外の回答などない。
そこから僕は訓練用の木偶の坊の如く攻撃され続けた。
そして現在。
この様な経緯から、僕はシルベールさんの期待を裏切ってしまった様だ。
「これだと本当にエレクトラの弟なのか怪しくなってくるね。実は血の繋がっていない姉弟?エレクトラは結構できてたんだけどなー。」
その目を向けられるのが怖い。エレク姉と比べられるのが怖い。エレク姉を傷つけてしまうのが怖い。勝手に期待されるのが怖い。何もできないのが怖い。怖い。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい!こわい!こわい!
「エレクトラは『主役』なのに、君は何もできない。まさしく、『主役』のために生まれてきた『端役』みたいだね。」
その言葉で、僕の中の何かが壊れる音がした。