第5話 来る人
四日がたった。
普段の夜白ならそんなに長い期間ではない。
学校や勉強,友達との買い物などであっという間に過ぎる。
でも,今の夜白にとってかなり長い時間となった。
検査という名の拷問じみた実験は毎日あった。しかも次第にその酷さはエスカレートしていた。
メスで切られていたのが,棘の持つ剣で切られるようになり,指の切断から次第に腕や足を切断されるところまでひどくなっていた。
しかも怪我のバリエーションも増えた。
火傷や,骨折,打撲に,しまいには毒まで使われるようになっていたのだ。
初日の傷が可愛く感じるくらいの痛みや苦痛が夜白を襲う。
気絶をしない日はなかった。
それでも夜白の体は何一つ傷を残さずに,全て治していた。
もはや自分が人ではないことを夜白は完全に理解する。
一人でいられる時間が夜白にとって安心できる唯一の時間であり,夜白が使う二人部屋が唯一休むことができる場所だった。
この四日間で,いくつか分かったことがある。
一つ目は,ボサボサの男の名前。名はリヒト。
検査の前にチラッと目に入った男の着ている服についていた名札に書かれていた。本名か偽名かは分からないが…。
二つ目は『隷属の首輪』の命令のある程度のルール。
ただ普通に『〜しろ』の時は,体が乗っ取られるかのように動くことはない。ただし,命令に従わないとその場に倒れ込んで動けなくなるほどの頭の痛みが襲ってくる。
そして,『◯◯,〜しろ』と,名前を含んだ命令をされた時は,自分の意思関係なく体がその通りに動く。この場合,命令の拒否はできないため,痛みは襲ってこない。
三つ目は夜白の首輪に登録されてる命令できる人。
今のところは棘のみ。リヒトは登録してないのか,できないのかは知らないが一度も首輪を使った命令はしてこない。
最後,四つ目は,この場所には夜白以外にも連れてこられた人がいるということ。
会ったことも話したこともないが,部屋で一人休んでいた時に,棘でもリヒトでもない人の声が聞こえたのだ。
人であった時より格段に良くなった感覚がそのわずかな声をとらえたのだ。
何を言っているのかは分からないが,何かを叫んでいることは分かった。
もしかしたら,叫んでいる人は自分と同じように,あの実験を受けているのかもしれない…。
夜白はどうしてあげることもできないが,あの苦しみが早く終わることを祈った。
こんな地獄のような場所で夜白の精神が崩壊してないのは家族の存在が大きい。
あの後の家族は無事なのだろうか。
化け物になってしまったが,そんな自分を心配して病院に行こうと言ってくれた家族。
そんな家族に会いたい…。
その想いが強く,夜白はこの場所での日々を耐えることができているのだ。
そして,この日はいつもとちょっと違った。
いつもなら検査に連れていかれる時間になっても棘たちが来ることはなく,夜白は「あれ?」と,不思議に思った。
(もしかしたら今日は検査はないのかも…)
そう思うと嬉しいが,あまり期待はしない。
案の定,こちらへと向かってくる足音が聞こえてきた。
「やっぱりか……。」
これから来るであろうリヒトと棘にまたついて行かないといけないのだろう。
夜白が迫り来る検査に体をこわばらせながら身構えた時だった。
夜白の予想は見事に外れる。
夜白の部屋の前に立ち止まって,部屋の中に入ってきたのはリヒトではなかった。
棘はいるものの,棘と一緒に来たのは小学生が中学生くらいの歳の子供の男の子だった。
容姿は女の子に見えるほど可愛く,無邪気な笑顔を浮かべている。小麦色の髪に,緑の瞳をした一見何の問題もなさそうな子供。
でも,夜白は棘以上にその子供に衝撃を持った。
こんな場所に子供がいるのもそうだが,棘と同じくらいの体格の男性を,その子供が担いでいたのだ。
その子供の二倍以上身長も体重もあるであろう大人を。
警戒よりも驚きの方が強く,夜白は言葉を失う。
「わぁ!はじめまして!お兄さんが棘が連れてきたSランクの人?」
その子供が夜白に話しかける。
話しかけられて夜白はハッとし警戒心を高めた。
それでも子供は気にせず話しかける。
「あははー,そんな警戒しなくてもとって食べたりしないよー。棘じゃあるまいし。」
「うるさい。俺もしないわ,カイ。」
子供の名前はカイと言うらしい。
棘と対等に話す様子に夜白はさらに警戒する。
「んー,やっぱり,警戒するかー。僕は別にお兄さんにどうこかするつもりはないんだけど…。」
(いや,信用できるかっ)
見た目は子供でも油断はできない。棘の仲間という時点で夜白から見れば警戒対象だ。
「よいしょっと」
子供が夜白が使ってない出入り口のドアに近い方のベットに担いでいた男を降ろす。
「ふぅ。疲れた。」
「嘘つけ,お前俺より力強いだろ。」
「嘘じゃないもーん。だってこの人元軍人だよ?変化したあと気絶してたけど,目が覚めた途端僕のことをすぐに敵だと確信して殴りかかってきたんだよ?」
「その割には無傷じゃないか」
「疲れたものは疲れたんですー,棘は意地悪だな」
夜白がいるにも関わらず二人は話す。
警戒しながらも二人の話を黙って聞いていた夜白だが,それに気づいたカイがニコッと笑うと今度は夜白に話しかける。
「この人がお兄さんと同じ部屋で生活する人だよ。しばらく寝てるとは思うけど面倒見てあげてね!」
そう言うと,二人はドアのほうへと向かう。
これで用は終わったのかと,夜白が安心した時だった。
「ああ,それと…」
モフッ
「ひゃ!」
カイが一瞬で夜白の後ろに来て,夜白の尻尾を遠慮なく勝手に触る。
急に触られたことと,くすぐったさに夜白は悲鳴をあげた。
「僕の名前はカイ。よろしくね。狐のおにーさん。」
そう夜白の耳元で言うと,「またね〜」と手を振って部屋を出て行った。
部屋に残される夜白。
(…………あの子,苦手だ…。)
同じ部屋にきた人以上に,カイの印象の方が強く残った。