はじまり
それはきっと,偶然の出来事だった。
「ここ…,どこだよ…。」
茶髪の少年が呟く。その呟きは,彼と共にこと場所へと入ってきた他の同行者も同じ気持ちだった。
そこは森に囲まれた山の中にある神社の前だ。長い階段といくつもの鳥居の先にあるなんでもない普通の神社だ。
ただ,そこはいつもとは別の世界だと全員が確信している。
まず,空がピンクに近い紫色なのだ。雲は黒色で,植物の色もいつもよりも青みが強い。
人けどころか,動物や鳥,虫の気配すら感じられない。
茶髪の少年,和人と一緒にいる少女,結奈は見たこともない幻想的な景色に言葉を無くす。
二人の同伴者としてきた,司は二人よりは驚いてはおらず冷静でいようとしているが,今までの経験や会話の中からこの奇妙な世界について思考しているがその答えは出てこない。
三人はとある組織に所属しているハンターだ。
三人はここに来る前にモンスターと呼ばれる生物と戦っていたのだ。ただ,想定していたよりも相手が強く,さらには新たなモンスターも乱入してきたため,退くことにしたのだが,そのモンスターから逃げる途中でここに辿り着いたのだ。
どうしてここに入ったのか,どうやって入ったのかも分からないが,彼らを追っていたモンスターはここに入ってきてないことからもしかしたら偶然入ってしまったのではないかと司が推察した時だった。
「………人⁇」
「「「!?」」」
急に,彼らではない,別の人物の声が彼らの背後からした。
慌てて三人が振り返っても,そこには誰もいない。彼らが登ってきた階段と赤い鳥居が続くだけだ。
「…俺はここだよ。」
再び声がした。少し上の場所から。
ゆっくりと三人の視線は上がる。
そして,三人は言葉を失った。
鳥居の上に和人と結奈と同い年くらいの少年が座っていたのだ。
陰陽師が着るような衣装に身を包み,どこか神聖な雰囲気を纏った少年はじっと三人のことを見ていた。
敵意は感じられない。どちらかといえば興味や驚きの感情が強いのか三人のことを観察するかのように見ている。
三人が言葉を失ったのは少年が奇妙な服を着ているからではない。
少年の見た目が,ただの人ではなかったからだ。
とんがった白い獣の耳に,白い尾が生えている。
『妖狐』
少年がそう呼ばれる生き物であることに三人は気づいていた。
でも,それだけなら問題はない。彼らのいる世界には似たような存在が山ほどいる。
人と同じように生活し,人と同じように普通に生きている者もいれば,犯罪者のように生きている者もいる。
だから,そこは問題なかった。
妖狐以外にもどこか人とは違う見た目の者はいる。
彼らが特に驚いているのは少年の持つ尾の数だった。
妖狐は普通,一つの尾しか持たない。
それなのに,少年は九つの尾を持っていた。
それから連想されるのはひとつ。
―――『九尾』
三人が少年の姿に驚いてる中,少年が口を開いた。
「あんた達はどうやってここに入ってきたの?」
◇◇◇◇◇
この世界が変わったのは,九十年くらい前のことだ。
突如として人ならざる者が生まれたのだ。
突然人の姿が変わったのだ。人だけではない。あらゆる生物の姿が変わってしまったのだ。
ある人は,獣のような耳と尾を生やした。
ある人は,背中から鳥や蝙蝠の羽が生えた。
ある人は,足がなくなり,魚のような尾になった。
植物の一部が意志があるかのように動き,無害であった飼い犬が突然家より大きくなったりもした。
今までは想像上でしか存在しなかった生き物が突然,その日に現れたのだ。
突然,世界は混乱した。
人という枠組みが崩れたのだ。
人とは近い見た目の者,人とはかけ離れた姿をしてもその意識は残っている者,姿形に変化はなくとも不思議な力に目覚めた者……。
混乱の原因になったのはそれだけではない。
姿が変わったと同時に,理性を無くしたかのように人を襲うようになった者も現れたのだ。
そして,いくつもの村が,街が消えた。
人々は理性を無くしてしまい,人を襲うようになってしまった生物・人を,『モンスター』と呼ぶようになった。
モンスターから人を守る者を人は『ハンター』と呼ぶ。
モンスターとハンターの戦いは九十三年経った今でも続き,世界が変わった原因は今でも分かっていない。
そして,世界が変わった日を経験した人が寿命などで減ってきている中,その手がかりを調べる方法は確実に減っていった。
今は,あの日を知らない子供も珍しくない。
そんな状況下で,世界の動きが変わり出したのは,和人,結奈,司の三人が,九尾の少年に会った偶然によるものだった。
今はまだ,そのことを誰も知らない……
九尾の少年,夜白も,まだ,知らない……