【短編】〇フレのギャルは、今日も離してくれない。
2021年10月7日12時より、連載版を公開します!
「…………」
「…………」
俺は今、人生の岐路に立たされている。
場所は古びたアパート。
俺の一人暮らしをしている部屋の横に、濡れ鼠になっている女の子が1人、膝を抱えている。
染めているのか、明るい茶色の髪。
見たところ、うちの高校の制服だ。でも2年では見たことない。3年か1年だろう。
刻一刻と雨足が強くなる。
遠くで雷が鳴り、その拍子に女の子は体をビクつかせた。雷が怖いんだろうか。
さて、ここで俺には2つの選択肢がある。
1つ。無視して部屋に入る。
2つ。部屋に入れる。
1つ目を選択した場合、俺の良心がゴリゴリに削られるだろう。
2つ目を選択した場合、不審者扱いされて俺の社会的地位が死ぬ。
前門の虎、後門の狼。
デッドオアダイ。おい、死ぬしか選択肢がないじゃないか。
考えること数秒。
──俺は、1つ目を選択した。
うん、無理無理。社会的に死ぬより、良心が削られた方がマシだ。
今見たことは忘れよう。さっさと風呂はいって……。
「くしゅんっ」
「…………」
「くしゅんっ、くしゅんっ」
「……………………」
「くしゅんっ。……ぅぅ……」
気が付くと俺は急いで部屋に入り、タオルとブランケットを手に戻った。
女の子の肩からブランケットを羽織らせ、びしょ濡れの髪をタオルで拭く。
「ぁぅぁぅぁぅ……?」
「大丈夫っすか? 立てる?」
ゆっくり顔を上げる女の子。
綺麗な空色の瞳が俺を見つめ、思わず息を飲んだ。
いや、瞳だけじゃない。まるで芸術家が造形したような端正な顔立ちと儚げな雰囲気に、柄にもなく心臓が高鳴った。
良く言えば絶世の美少女。
悪くいえば絶世のギャル。
とにかく可愛い。こんな子がいるなんて。
数瞬の沈黙。
直後、女の子は安心したのか、目から涙が零れた。
「……うぅ……うぇぇん……!」
あー、ダメっぽいなぁ。
とりあえず髪を拭いてやりながら、泣き止むのを待った。
女の子が泣き止んでから部屋に上げ、とりあえず風呂に入れた。
その間、制服はドラム式洗濯機に入れて洗濯と乾燥をさせる。
申し訳ないが、乾くまでは俺の服を着てもらおう。
今日の夕飯はオムライスにコンソメスープ、キャベツの千切りだ。コンソメスープなら冷えた体も芯から温まるだろう。
2人分の夕飯を作り終えたところで、浴室の扉が開いて女の子が入って来た。
置いといたドライヤーを使ったのか、フワッとしたウェーブの掛かった栗色の髪が揺れる。
ティーシャツとハーフパンツを渡したつもりだが、サイズが合わなすぎて全体的にダボッとしている。
けど、見てくれが良すぎてオーバーサイズの服を着たストリート系にも見えるな。
「あ、えと……」
「ん? どうした?」
……? ハーフパンツを押さえて、一体……あっ。
「腰周りが合わなかったら、端っこ結んでいいぞ」
「あ、ありがと……っす」
女の子は背を向けてゴソゴソと結ぶ。
それにしても、随分と綺麗な声だ。思わず聞き惚れてしまうくらい。
女の子はズボンの裾を結び、改めてこっちを見た。
目が自然と食卓に向けられると、可哀想なくらいでかい腹の虫が鳴いた。
「どうぞ。君の分も作ったから」
「え……い、いいんすか……?」
「うん。それに、そんな大きな音を聞かされてダメって言えないよ」
あ、お腹抑えて顔を真っ赤にした。
やば。今のはデリカシー無かったな。反省。
「さ、さあ食べよう。俺もついさっきまでバイトで、腹減ってるんだ」
「……うす……」
女の子が対面に座り、ちょこんと正座する。
俺が手を合わせるのを見て、女の子も手を合わせた。
「いただきます」
「い、いただきますっす」
スプーンを手に、おずおずとオムライスを食べる。
と、目を見開いてガツガツとかき込んだ。余程腹が減ってたんだろう。
俺も自分の分のオムライスを食べる。
うんうん、いい出来だ。卵もふわとろだし。
「まぐまぐ。……ぅ……まぐ。ぐずっ……まぐ、まぐ……」
女の子が食べながら涙を流す。
とりあえず今はそっとしておいてやろう。聞かない方がいいこともある。
◆
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でしたっす」
綺麗に平らげてくれた。おかわりもあったが、それも全部。
いやー、ここまで美味そうに食ってくれると、作ったかいがあったってもんだ。
「さてと、自己紹介がまだだったな。俺は吉永海斗。鎧ヶ丘高校の2年だ」
「き、清坂純夏っす。鎧ヶ丘高校の1年っす」
やっぱ後輩か。3年でこんな綺麗な人がいたら、間違いなく去年のうちに噂になってるだろうし。
さて、この後どうしよう。
まだ制服は乾いてないし、外は雨だ。それでなくても、時刻はもう23時。流石に女の子を外に追い出すほど鬼じゃない。
でもなぁ、このままここに置いとくのはダメだろう。
「……聞かないんすね」
「え?」
「……私が、あそこにいたこと」
「聞いて欲しいなら聞くけど、どう考えても訳ありでしょ。なら聞かないよ」
「……あざす」
清坂さんは安心したように力を抜いた。
安心するのはいいんだけど、一応俺も男だから、警戒すべきところはして欲しいんだけど……あ、俺にそんなことする度胸はないぞ。何せ童貞だからな(悲)。
「えっと……それで、この後はどうする? 傘くらいは貸せるけど、帰れるか?」
「……帰りたくないっす」
「え?」
「……家、嫌いなんで」
あ、あー。そういうタイプの人ですか。
また面倒そうな……。
「それに──」
ドッッッゴロロロロロッッッ──!!!!
「キャアッ!!」
「うぉっ」
い、今のは驚いた。めっちゃ近くに落ちたな。
……ん?
「清坂さん、大丈夫か?」
頭を抱えて亀みたいに丸くなってるけど。
「だ、大丈夫じゃないっす……! か、雷はダメっす……!」
やっぱり雷苦手だったか。
確か今日は一晩中雷雨って予報だったはず。そんな中女の子を外に出すなんて、流石になぁ。
「はぁ……じゃあ、今日だけは泊めてあげるよ。悪いけど俺のベッド使ってくれ。俺はこっちで寝るから」
「ぇ……い、いいんすか……?」
「まあ、仕方ないさ。幸い来客用の布団は常備してるから、俺はそっちで寝るよ。新品の歯ブラシはあるから、使っていいよ」
「……あざす……」
清坂さんに歯ブラシと歯磨き粉を渡し、歯を磨いてもらってる間に見られちゃいけないものを隠す。
男の子ですから、それくらいはね。
寝室からリビングに戻ると、また雷が落ちた。
停電、しないだろうな……?
食器を丹念に洗う。と、クイッと服が引っ張られた。
「ん? ……清坂さん?」
清坂さんが歯を磨きながら俺の服を摘んでいる。
また雷が鳴った。
それと同時に、服を摘む力が僅かに強くなる。
雷が怖くて、1人じゃいれないってことかな。……ま、それなら仕方ないか。
結局洗い物が終わるまで、清坂さんは俺の隣に立って歯を磨いていた。
◆
俺も風呂と歯磨きを終えると、時刻はゼロ時を回った。
明日も学校だから、流石にもう寝ないとな。
「それじゃあ清坂さん。遠慮なく寝ていいからね」
「あ、はい。あざっす」
「それじゃ、おやすみ」
「お……おやすみなさ──」
ドゴォォォオオオオオッッッ──!!!!
「キャアアアアアッ!」
「ちょっ、清坂さん!?」
おおおおお思いききききききだだだだだ抱ききききききききき!?!?
ドンドンドンッ!!
「キャアアッ!」
「うっせぇぞォ! 今何時だと思ってんだァ!!」
「すっ、すんませんすんませんっ!」
お隣のお姉さん、普段は優しいけど、夜中になると超怖いんだよっ。酔っ払ってるのか言葉遣い悪いしっ。
とにかく、今はこの状況をなんとかしないとっ……!
怯える清坂さんに触れないように手を上げ、極めて優しい声で話しかける。
「お、落ち着いて清坂さん。俺はここにいるから。ね?」
「うぅ……」
目に涙を溜め、超至近距離で俺を見上げる清坂さん。
くそ、可愛すぎるだろ、反則だ。
何に対しての反則なのかは知らないけど。
「きょ、今日はもう寝よう。寝れば雷も怖くないから」
「……はいっす」
清坂さんを伴い、自室に入る。
ベッドに勉強机、それに漫画やラノベのしまってある書架。あとはちょっとした小物が並んでいる。
清坂さんをベッドに寝かせ、布団を被せてやる。
「おやすみ。俺は隣にいるから、何かあったら呼んで」
「あ、ありがとうございますっす……」
直後。また雷が落ちた。
途端に清坂さんが、俺の手を掴んで布団に潜り込む。
「ちょっ、清坂さん……!?」
「か、海斗センパイっ。わ、私が寝るまで、ちょっとだけ傍にいてほしいっす……!」
「そ、傍にって……!」
い、いくらなんでもそれは……!
そう言おうとするが、布団の中でもわかる空色の瞳が俺を見つめる。
ぷるぷる震え、今にも壊れてしまいそうだ。
それにいきなり下の名前って、距離感皆無か。
ぅ……うぅむ……。
「わ、わかった。でも清坂さんが寝るまでだからね」
「お、お願いっす……!」
とりあえずベッドの傍に座る。
手は離せない。というか清坂さん力強っ。全然離してくれない。
その手を優しく握り返すと、清坂さんは目を開いて俺を見る。
それで安心したのか、急に電池の切れたロボットみたいに動かなくなり、寝息を立てた。
さて、俺もリビングで……んっ。あ、あれ?
「あ、あの、清坂さん……? 手を離してくれませんか……?」
「すぅ……すぅ……」
「き、清坂さ〜ん……?」
「すゃ……」
ガチ寝してる……!
まずい、これは非常にまずい。
このままじゃ俺寝られないし、下手すると起きた清坂さんに変態扱いされかねない。
どうしよう……。
清坂さんに繋がれた手と安らかな寝顔を見る。
こんな可愛い子に頼りにされるのは有難いけど……どうするよ、これ。
◆
結局一睡も出来なかった。
いつの間にか雷雨は過ぎ去って日が昇り、ようやく力が抜けて手が離れた。
ねみぃ……流石にねみぃ。
コーヒーを淹れ、朝日を浴びて飲む。
あぁ……染みるぜ。
今日学校なんだけどなぁ……サボりたいけど、一人暮らしの条件として学業はちゃんとすることって言われてるから、サボる訳にはいかない。
けど……あぁ、ダルい。
……いや、頑張れ俺。うん、頑張れ。1年の頃から無遅刻無欠席を貫いてるんだ。ここでそれを潰す訳にはいかない。
マグカップをシンクに入れ、歯を磨いて顔を洗う。
そうしてると、寝室の扉がゆっくり開いた。
不安そうな顔でキョロキョロする清坂さん。
俺を見つけると、キラキラ輝く笑顔で近付いてきた。
「海斗センパイ、海斗センパイっ。おはようございますっす!」
「あ、うん。おはよう。よく眠れた?」
「はいっす! こんなに安心して眠れたの、生まれて初めてっす!」
なんか踏み込んじゃいけない話題の予感。
「えっと……コーヒー飲む?」
「いいんすか? じゃあミルクと砂糖増し増しでお願いします!」
「わかった。顔洗って、ソファーに座ってな」
「あーい」
俺と交代で、洗面所で顔を洗う。
その間にコーヒーを淹れ、要望通りミルクと砂糖を入れてやる。
洗面所から出て来た清坂さんは、元気よく「あざす!」と言ってマグカップを受け取った。
「朝飯は?」
「あ、自分朝は食わないんで。海斗センパイは?」
「俺は食うけど、今日はいいかな。体調悪いし」
「えっ、大丈夫っすか? まさか昨日の雨で?」
「いや、そうじゃない。それはそうと、清坂さんは大丈夫?」
「はい! 私、体の頑丈さだけが取り柄っすから!」
そんな悲しいこと自信満々に言わないで。俺も悲しくなる。
「清坂さん、学校は?」
「もちろん行くっす。家には帰りたくないんで」
またサラッと聞きづらいことを。
洗濯機の中の制服やらインナーを取り出したのを見て、洗面所から出る。
俺も制服に着替えるか。
適当な白シャツとワイシャツ。それにスラックスを履く。
うちの学校は男女共にブレザーで、男はネクタイ、女はリボンを付けることになっている。
まあ、全校集会や公式の集まり以外、付ける人はいないけど。
ブレザーを羽織り、カバンを準備する。
清坂さんは準備出来たのか、ばっちりメイクをして洗面所から出て来た。
ワイシャツは第3ボタンまで開け、スカートは短い。それに腰にカーディガンを巻き、手にはシュシュを付けている。
見るからにギャル。凄くギャル。
「お待たせしましたっす!」
「ああ。じゃあ行くか」
清坂さんと家を出て、部屋の鍵を閉める。
同じ学校の生徒だから一緒には行くが……1つ気になっていたことを聞くことに。
「なあ、家には帰りたくないって言ってるけど、今日はどうするんだ?」
「んー、そーっすねぇ。家には帰りたくないっすし、かと言ってダチの家に転がり込むのもご家族に迷惑かけますから……あ」
ん? え、何? 俺の顔に何か付いてる?
「そうだ! 海斗センパイ、一人暮らしっすよね!? ならちょっとでいいんで、居候させてくださいっす!」
「……は? 居候?」
「はいっす! 昨日のセンパイ見た感じ、童貞でチキンで臆病者感あったんで、身の危険は感じないと思って!」
ディスりすぎディスりすぎ。
事実だけに何も言い返せないのが辛い。
「お願いしますっす! ほんのちょっと! 家のほとぼりが冷めるまでお願いっす!」
さて、また俺には選択肢が2つある。
1つ、泊める。
2つ、断る。
1つ目を選択した場合、俺の生活圏が脅かされる。まだお互いのことを知れてないし、お互いがお互いを信頼するには時間が足りなすぎる。
2つ目を選択した場合だが、多分……。
「もし断ったら?」
「そんときゃ野宿っすね。それかマッチングアプリで泊めてもらうとこ探すっす」
考えうる限り最悪の答えだった。
横目で清坂さんを見る。
清坂さんは覚悟と不安と期待を込めた目で俺を見上げていた。
この人……恐らく、自分を人質にしてるんだ。
野宿か別の男の家に泊まる。それはつまり、身の危険があるということ。
俺がここで断ったら、清坂さんは……。
「はぁ……俺の家で良ければいいよ」
「マジすか! いやぁ、頼んでみるものっすね!」
「え、断られると思ってたのか?」
「まあ、会ったばかりの見ず知らずの女っすからね。でも海斗センパイが優しくてよかったっす!」
ちくしょう、やられた。
でもあそこで断ってたら、本当に野宿か別の男の家に泊まることになってたろうし……仕方ないか。
「今日はバイトも休みで直ぐに帰るから、いつでも来ていいよ」
「あざっすー!」
なんか、面倒な拾いものをした気がする。
◆
「清坂純夏? もちろん知ってるよ。有名人じゃないか」
「……マジ?」
教室について、親友の鬼頭悠大に清坂さんのことを聞くと、爽やかな笑みと共に答えが返ってきた。
どうやら清坂さんは、1年の中で既にカーストトップに君臨する、超の付く勝ち組らしい。
常人離れした美貌に、綺麗な空色の瞳。
誰とでも分け隔てなく接するから、1年生は愚か2年や3年にもファンは多いんだとか。
マジか、全く知らなかった。
「それにしても、どうしたの? 清坂さんのこと、気になっちゃった?」
「あー……いや、そういう訳じゃないんだ」
気にならないと言えば嘘になるけど、踏み込む気もない。
「ふーん。なんで、海斗にも春が来たと思ったのに」
「おい。俺は別に冬を謳歌してる訳じゃないぞ。雪解けを待ってんだ」
「はいはい。でも清坂さんはやめた方がいいよ。1年から3年まで、ライバルは多いからね」
「だから違うって」
ニヤニヤ顔の悠大の頭を叩き、自分の椅子に座る。
と──ん? スマホが鳴って……は?
純夏:海斗センパイ! 夕飯はステーキがいいっす! もちろんお金は払いますんで!
え、清坂さんからメッセージって……え?
海斗:清坂さん、まず聞いていい?
純夏:あ、そうでした。好みの焼き加減はミディアムレアです!
海斗:別に好みを聞きたいわけじゃない。そうじゃなくて、なんで俺の連絡先知ってるの?
純夏:ダメですよセンパイ、スマホはちゃんとロック掛けなきゃ! 変な人に見られたらどうするんですか?
海斗:自己紹介どうもありがとう。
これからはちゃんとロック掛けよ。
純夏:まあ、センパイがコーヒーを淹れてくれてる間にちょちょいと。……怒りました?
はぁ……全く、この子は。
海斗:怒ってないよ。夕飯はステーキね。
純夏:はい! 今日の夜に、近所のスーパーで特売があるそうなので!
純夏:(スーパー特売のスクショ)
お、確かに安い。肉だけじゃない、野菜も安くなってる。
特売の時間は……授業が終わって走れば間に合うか。
海斗:ありがとう、助かったよ。
純夏:いえいえ! 海斗センパイのお役に立ててよかったです!
最後に清坂さんから照れてるスタンプを受け、スマホをカバンにしまった。
いい子……だよなぁ、清坂さんって。
まあほんの少ししか絡んでないから、本当の清坂さんとかはわからないけど。
「海斗、ニヤニヤしてるよ?」
「してない」
「してるって」
「しつこい。もぐぞ」
「何を!?」
◆
夕飯の食材を確保し、無事に清坂さんと夕飯を食べ終えた。
「ぷはーっ。ご馳走様でしたっす! 美味しかったです!」
「そう言ってくれて何よりだ」
まあ、今日は肉を焼いただけなんたけど。
汚れた皿を洗うと、いつの間にか隣に立っていた清坂さんが皿を拭いてくれた。
「ありがとう」
「居候させてもらってますんで、これくらい大丈夫っす」
「……そういや、着替えとか諸々は大丈夫なの?」
「はい。昼間のうちに家から持ってきたっす」
「え、学校は?」
「サボタージュ!」
「サボるな」
横目ピースでウインクされた。
如何にもギャルっぽい。ちょっとドキッとしたけど。
てか学校まで一緒だったのに、あれから学校抜け出したんかい。
「海斗センパイも、学校はサボらない方がいいと思いますか?」
「え? ……あー、そう言われるとどうだろう」
俺は一人暮らしさせてもらう条件があるから、サボらずに学校も勉強も頑張ってるけど……。
「たまになら、サボってもいいんじゃないか?」
「……いいんですか?」
「たまには1人になりたい時もあるだろ。人生の全てが面倒になる時とか。まあ普段からサボりはダメだけど、たまにならな」
「……そっすか」
え、あれ? なんか静かになっちゃった?
お互いに無言のまま皿を洗い終える。
と、清坂さんが小さく欠伸をした。
まだ21時だけど、疲れが出たのかもしれないな。
「眠い?」
「んー……はいっす」
「じゃ、寝ていいよ。俺は勉強してから寝るから」
「え。海斗センパイ、勉強してるんすか?」
「まあ。学年で10位以内をキープすることが、一人暮らしの条件だから」
「……大変っすね、センパイも」
「はは。慣れたよ」
最初は大変だったけど、今は勉強しないと落ち着かなくなった。習慣って大事だ。
「じゃあ、私は先に寝るっす。おやすみなさい、センパイ」
「うん、おやすみ」
俺の部屋に入る清坂さんを見送り、俺は座卓に教材とノートを広げた。
ふと顔を上げると、もう2時間も経っていた。流石に疲れたな。
「ふぅ……ん?」
「あ、センパイ。お疲れ様っす」
え? 清坂さん?
いつの間にかソファーに座っていた清坂さんが、暇そうにスマホを弄っていた。
「寝たんじゃなかったの?」
「それがその……ちょっと色々思い出しちゃって、寝付けなかったというか……」
あー、あるある。わかるなその気持ち。
俺もたまにそういう時あるし。
「でも寝ないと、明日に響くでしょ?」
というか俺、よく考えると徹夜してるから、今だいぶ眠いんだけど。
「そうなんですけど……あっ、センパイ。ちょっと手を借りてもいいですか?」
「手?」
何か手伝うことがあるんだろうか?
首を傾げて手を出す。
すると。細く、柔らかく、しなやかな指が、まるで蛇のように俺の指に絡んで握ってきた。
「き、清坂さん……?」
「……やっぱり、センパイの手を握ると、落ち着くっす……」
「お、落ち着く……?」
「うす。わかんないですけど、海斗センパイの手を握ってると……なんだか眠気、が……しゅぴぃ」
「ここで寝んな」
「……はっ! お、落ちかけたっす。危うく危なかったっす」
何言ってんだこいつ。
まあ、疲れてるんだろうなぁ……男の家にいるし、緊張もしてんだろう。
「わかった、わかった。今日も寝るまで傍にいてあげるよ」
「ホントっすか? あざっす」
寝室に入り、ベッドに潜り込む清坂さんの隣に座る。
手は握りっぱなし。今日も離してはくへないみたい。
「海斗センパイは寝ないんすか?」
「寝るよ。清坂さんが寝てからね」
「……一緒に寝ます?」
「……は?」
一緒に、て……え?
「何言ってるんだ。そんなこと出来るわけないでしょ」
「でも私、センパイと手を握ってないと眠れないです」
「本当に何言ってんの?」
子供か。そんな歳でもないでしょう。
「今朝センパイが体調悪かったのって、私のせいですよね。私がこうしてワガママを言ったから……」
「……気付いてたのか」
「なんとなくですが。でも私、センパイの手を握ったまま寝たいです」
モジモジと上目遣いで見つめてくる。
何だこれっ。くそ、可愛すぎる……!
「う、ぐ……その……い、一緒には無理だっ。でも隣では寝てあげるから」
「ほ、ホントっすか!? えへへっ、ありがとうございます!」
満面の笑みを見せる清坂さんに、つい魅入ってしまった。
そんな清坂さんから逃げるように。ベッドの横に布団の準備をした。
ベッドに横になり、横向きになって俺の方を見る清坂さん。
手はしっかりと握られていて、反対側を向くことは出来ない。ただ黙って天井を見上げる。
「へへ……私、生まれて初めて誰かと一緒に寝るっす」
「大袈裟だな。子供の頃とか、親と寝てるでしょ」
「寝てないっす。……ずっと、1人でした」
……しまったな。普通に地雷踏んだ。
もう清坂さんの家族の話題は絶対にやめよう。
黙ってると、心臓の鼓動と時計の針の音がやけに大きく聞こえる。
それに、暗闇の中清坂さんの息遣いが生々しく聞こえてきて、色々とヤバい。
「……センパイ、知ってます?」
「なっ……何を?」
いきなり話し掛けられて、つい声が上擦ってしまった。
話し掛ける時は、話し掛けるって話し掛けてから話し掛けて来て欲しい。俺の心臓に悪いから。
……何を言ってるんだ、俺は。
「こうやって添い寝する男女のことを、添い寝フレンド……ソフレって言うらしいっすよ」
「何その不純な関係」
「今の私らもそれじゃないっすか?」
あー……そう言われると、確かに?
添い寝フレンド。ソフレ。
いいのか、それで。
「これから海斗センパイは、私のソフレっす。寝る時はいつも一緒っすよ」
「拒否権は?」
「私の睡眠とお肌の美貌がどうなってもいいのなら」
「その自分を人質にする交渉やめな?」
俺としては、1年生で既にトップカーストの超勝ち組女子と添い寝なんてごめんなんだが……。
「……俺が手を繋いでたら、寝れるのか?」
「! はいっす! それはもう、今までにないくらいぐっすりっす!」
「……はぁ。手を繋ぐだけだぞ」
「あざっす!」
これはもう、役得って考えていい……のか?
清坂純夏。
同じ鎧ヶ丘高校の生徒で、後輩で、1年トップカーストの超勝ち組の女の子は。
今日、俺のソフレになりました。
ソフレのギャルは、今日も離してくれない。
この先が気になる!
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