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幼なじみの都落ち  作者: なつまつり
第四章
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第四十一話

 そして、翌日。


 話し合いの場として指定されたのは、駅チカのファミリーレストランだった。


 あらかじめ四条たちには事情を説明したうえで、俺と円花は午前中で練習を切り上げ、二人でここまで歩いてきたのだ。


 土曜日の昼どきということもあり、既にほとんどの席が埋まっている。

 先駆けてプロでユーサーが入店しているらしく、俺は円花に連れられるような形で、彼が待つドリンクバー付近の四人掛けテーブルへと向かった。


 賑わう通路を横切ってゆき、ふと、円花が立ち止まる。


 ひとりの男が座っていた。

 白のカッターシャツに黒地のスラックスと、まさに昼休憩時のサラリーマンたる装い。年齢は三十代の前半といったところか。首からは顔写真入りのネームプレートを提げている。


 スポーツマン風に刈り上げた頭に、怜悧な印象を与える顔つきをしている。いかにも仕事ができますといった印象を与えてくる。


「……こんにちは、須藤さん。お久しぶりです」


 円花がそう口にしてはじめて、男は俺たちのほうへ顔を向ける。


「誰だ、君は」


 円花の挨拶に応じたのではなかった。

 シャープな切れ目が、さくりと俺を見定めている。


 たったそれだけなのに、俺は体感したことのないほどの威圧を感じてしまう。

 だが、ここでひるむわけにはいかない。


「堀川です。……円花の幼なじみで、今現在の彼女の活動に携わってます」


 訊かれる前に自ら開示しておく。まず相手が間違いなく欲しがる情報は、先に与えておいて損になることはない。


「本来なら、すぐにでも退席してもらいたいところだが――そういうことなら、少し話は変わってくるか」


 男は胸ポケットから、一枚の名刺を取り出す。

 ビジネスの世界で見られるような作法など、当然そこには存在しない。名刺をテーブルに置いて、すう、と押しやるようにスライドさせる。受け取れ、という意味なのだろう。


 見ると「後藤健介」とある。

「プロダクションRE 第2芸能課 エグゼクティブプロデューサー」。

 それが彼の肩書きらしい。


 ジェスチャーで促され、俺と円花は黙って須藤の体面の席に腰かける。


「腹減ってんなら、好きに頼めばいい。こちらで持つ」


 もちろん俺たちはタダ飯を食いに来たのではない。

 メニュー表には目もくれず、俺はただじっと須藤に目を向けていた。

 するとこちらの意向が通じたのか、須藤は黙ってメニュー表を閉じ、テーブル脇のスタンドへと戻す。


「では俺のほうから、単刀直入に訊くとしよう。……音海、お前は今、ここで何をしている?」


 きわめて冷静で、しかし威厳のある声だった。

 円花はといえば、久々に会う須藤と距離感を測りかねているのか、おどおどしているようだ。


「自分のやりたいことを……その、見つめ直そうとして……」

「『アイドルの真似事』で、見つめ直すのか?」


 円花の背中が、まるで電撃でも走ったかのようにぴくりと動く。


「お前の活動休止を認めたのは俺だ。お前はこう言ったよな? 『アイドルをするのが精神的にきつい。ゆっくりと休んで、考える時間がほしい』。……違うか?」

「……いえ。そう言いました」


 力なく、円花は首肯した。


「それで様子を見てみれば、これだ。……今ネットでお前の映像が問題になってるの、まさか知らないとは言わないよな?」

「……はい……」

「俺はお前の言葉を信頼して、八月いっぱいの休養を認めた。既に決定していたイベントのすべてに断りの連絡を入れ、上に頭を下げて承諾を得た。お前が元気になって帰ってきてくれるなら、その程度の損失など安いものだと」

「…………」


 須藤がなにかを語りかけるたび、隣にいる円花の表情から、生気がどんどん失われていくように思われる。


「音海。すぐにでも東京へ帰り、二人で頭を下げに回るぞ。今なら間に合う。お前もまだ高校生だし、若気の至りだと大目に――」

「待ってください」


 一方的な提案を断ち切るべく、俺は口を挟んだ。


「あまり勝手に物事を決められては困ります。今現在、円花としての活動の中心は、こちらのほうにある。違いますか」


 露骨な不快感が須藤から発せられる。

 それもそのはず。向こうからしてみれば、俺たちは完全な悪者扱いだ。


「……君にも訊いておくべきか。うちのアイドルを使って、いったいなにをする気だ?」

「ミニライブをします。四日後の二十五日、街角のステージで」

「ライブだと? 冗談じゃない。まさか……金儲けする気じゃないだろうな⁉」


 須藤の語気が一段と強まった。

 焦る心をどうにかなだめて、俺は落ち着き払った口調で続ける。


「お金は取りませんし、べつにゲストとして登壇するわけじゃないですよ。彼女は夢が丘高校アイドル研究部の一員として、一夜限りのミニライブに出演する。それだけです」

「意味が分からん。……音海、それはお前が望んだのか?」

「……わたしが望みました」

「ほんとうか? 真実なんだな?」

「はい。……間違いありません」


 取り調べのような問答が繰り返されたのち、須藤はそのまま頭を抱えた。


「……なんだそれは。俺への当てつけのつもりか、これは……」

「そうじゃありません。ただ、こいつは……円花は、『自分がアイドルであり続ける意味』を、この活動を通して探しているだけです」


 委縮しきっている円花に代わり、俺はその気持ちを淡々と述べる。


「こいつが佐賀に帰ってきてから、幼なじみとして、いろいろ話を聞かせてもらいました。どうやら芸能活動としてのアイドルは、目を見張るほどの商業主義みたいですね。金のためには、アイドル同士を売り上げで格付けしたりするんだとか」


 そこを突かれるとは想定していなかったのか、須藤はわずかに動揺した素振りを見せる。


「……確かに、そのあたりの面において、俺と音海の間で認識のズレがあったことは認めよう。ただ芸能界は甘くない。なにをするにせよ、売れなければお話にならない。ユニット内で競わされるのが嫌だと幾度か耳にはしていたが、嫌でもやってもらうしかないんだ。俺がプロヂューサーである以上、ユニットの売り方にまで口を挟まれる筋合いはない」


「そんなことは百も承知です。だからこそ、円花は一時アイドルをすっぱり辞めようという決意さえ起こした。しかしあなたがそれをなだめ、円花も再考する時間を求めた。その結果が活動休止の措置でしょう。俺たちがライブをやり遂げるまでは、円花が『考える』時間はまだ続いているはずです」

「くだらない屁理屈だ。言いたいことはそれだけか?」


 明らかに須藤の顔は険しくなっている。これでは説得どころではない。


「その……失礼に聞こえるかもしれませんが、あなたは俺から見ても、かなり優秀なプロデューサーだと思います。だからこそ理解してほしいんです。円花は、まだアイドルを完全に『仕事』だと割り切れるほど、大人になれてはいない」

「……っ」


 息の詰まるような呼吸音が、俺のすぐ横で発せられた。

 円花からすれば、少し嫌な言い方になってしまったかもしれない。

 それでも俺は、言葉を絶やさない。


「だからこそ、見つめ直すんですよ。あなたは俺たちの活動を『アイドルの真似事』と表現した――そのとおり、弁明の余地もなく真似事です。でも、そこには、アイドルになりたいと願った原点が隠されているかもしれない。『最初の気持ち』にたどり着くための、大きなヒントが隠されているかもしれない。……円花はアイドルの現実に叩きのめされて、自分の本心さえ見失っています。今やっているのは、それを取り戻すための活動なんです」


「なにを言おうが、君がやっていることに目をつむるわけにはいかない。いくら活動休止状態にあっても、音海はうちのアイドルだ。幼なじみとか、そんなものは関係ない。いいか、うちのアイドルに余計な手を出すな」


 声量は抑えてあるが、かなりの凄みをはらんでもいた。

 ごくり、と俺は喉を鳴らす。


 大人を説得する。

 これまでに経験したことも、挑戦する気にもなったことがない。


 客観的に見ればこちらの不利は明らか。向こうには駄々をこねる子供ふたりとしか見えていないのだろう。

 それでも――俺はここで引くわけにはいかない。


 ここで終わりにしたくはなかった。


 力を貸してくれた、ドル研の面々のためにも。

 その行為は褒められたものではなかったが――一途に円花を想い、その背中を押した早坂のためにも。

 そして彼女の従妹であり、ドル研の創始者であり、円花の憧れだった天川詩音のためにも。


 アイドル研究部所属の堀川悠として、ライブを絶対に成功させる責務がある。

 そう思った。


「……ですがこれは、ひとりのアイドルの話であるより先に、ひとりの女子高生の話なんです。これからの人生を選択する岐路に、円花は立っているんです。だから迷う。だから惑う。これまでの道を振り返り、現時点の立ち位置を把握し、目の前にある分かれ道を今まさに、選択しようとしている……そういう人間の近くにいる奴らができることと言えば、答えを見つけられるまで後押しをしてやるくらいだ。せめてそれくらいは見逃してもらえませんか」


「……」


 須藤は口を閉ざしたまま、先に注文していたらしいブラックコーヒーを口に付けた。

 少しの間を置いてから、未だ鋭いままの視線を俺のほうに向けてくる。


「君はどうも、そのライブとやらを遂行できれば、おのずと答えは見つかり、音海の悩みがすべて解決するとでも思っているらしいが。……その保証はあるのか?」

「――」


 くそ。やはりそこを指摘してくるのか。

 正直に言えば、俺だってその点は疑問に思っている。


 ライブをやったところで、必ず答えが見つかるとは限らない。……ただ俺はドル研のメンバーとして、その疑問をあえて口にする必要がなかっただけなのだ。


 俺が答えあぐねていたところで、


「……()()()()()()()()


 静かに、けれどはっきりした声音で――隣の円花が言った。


「答えを探すなんて、甘えたことはもう言いません。答えを出します。……ですから、須藤さん。どうか、ライブを……やらせてください――――っ!」


 感情を噛みしめるようにして、円花は深々と頭を下げた。


「わがままを言っていることは、ずっと前から自覚しています。……でも、どうしても、今回のライブは……わたしなんかに協力してくれた皆さんのためにも、最後までやり遂げてみたいんですっ!」

「俺からも、お願いします……このとおりです」


 もう俺には、それしか言うべきことはない。

 円花にならって、俺も低頭する。


 ずっと無言が続いた。

 我慢比べのつもりなら、俺はいつまでも乗ってやろうと思った。頭に血が回らなくなり、やがて失神するまで、こうしていてもいいとさえ考えた。


 そのくらい、やけっぱちだったのだろう。

 だとすれば、その返事は早すぎるくらいだったのかもしれない。


「…………条件を付ける」


 と、須藤はまず簡潔に述べた。


「ひとつ。音海、お前が出した答えがどうであれ、年内まではシクシクで活動を続けてもらう。……どうしても辞めたいという意思が変わらなければ、そこで契約の解除を認めてやる。もうひとつ。ライブは俺も観させてもらう。絶対に自分から正体を明かすな――それが条件だ」

「……!」


 少し意表を突かれた格好だった。

 俺と円花は互いに目を合わせてから、もう一度須藤の険しい顔へと目をやった。


「……それでも不満か?」

「いえ……あ、ありがとうございます、須藤さん……っ!」

「……ありがとうございます」


 どういう心境の変化なのか、俺には皆目分からない。

 須藤は確かに、ライブ実施を認めた。それだけが確かなことだった。


「……いくらか置いておく。二人で好きなものでも食べていけ」


 自分の伝票をつまみ上げながら、須藤は千円札を二枚、テーブルの上に置いた。

 呆然とする俺たちを尻目に、須藤はさっさと立ち上がる。


 ビジネスバッグを右手に携えたところで、


「譲ったわけじゃねえからな、音海。……ここまでのことをするだけのモノを、見せてみろ」


 ――ひっそりとそう言い残して、須藤はその場を去っていったのだった。


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