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幼なじみの都落ち  作者: なつまつり
第四章
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第四十話

 少しずつ、それでも着実に……本番の日は近づいてきていた。 


 八月二十日。練習十七日目。

 俺たち音響組は、二週目の通し稽古を終え、しばしの休憩を取っていた。


 この段階になると、俺たちはすべての工程をそつなくこなせるようになっていた。後はひたすら、本番を想定した反復練習。少しつまずいたところはチェックを入れ、重点的に修正する作業を繰り返している。同様にアイドル組も、完成度を高めていくフェーズへと移行している。


 本番でメインの機材操作をするのは日暮。俺は細かなサポートをしつつ、もしミスがあればそのつど日暮に伝える、いわば助手役に回ることとなる。機械いじりに関しては明らかに日暮のほうに分があるので、俺も納得したうえでの決定だった。


 悪くない仕上がりだと思う。

 しかし日暮にはまだもの足りない部分があると見えて、こうした休憩時間にも、ああでもないこうでもないとつぶやきながらDJセットと向き合っているのだった。


 椅子にくつろぎながらその様子をぼんやりと眺めていると、いきなりポケットのスマホが強く震え出す。

 見ると、着信元は「音海円花」。


「……もしもし」

『もしもし、悠くん? あの……今、大丈夫かな?』


 その声にどことなく不穏な空気を読み取った俺は、わずかに眉をひそめた。


「ああ。休憩中だからな」

『その、時間があったらでいいんだけど……西ラウンジに来てもらってもいいかな?』


 西側のラウンジ。円花たちがいつも練習している東ラウンジとは、ちょうど対極の場所だ。

 ということは今、円花はひとりでいるのだろう。あまり四条たちには聞かれたくない話か。


「……分かった。今から行く」

『うん。待ってるね』


 電話を切ると、日暮が怪訝そうな目でこちらを見ていた。


「どっか行くのか?」

「ちょっとな。込み入った話らしい」


 あぁ……と、日暮は不明瞭な声を残してから、


「ま、頑張れや」


 無理に詮索をしてくることもない。

 このあたりの気遣いについては、俺はこいつに全面的な信頼を置いている。基本的に、日暮京太郎という男はいい奴なのだ。


「ああ。終わり次第、すぐ戻る」


 日暮にそう言い残して、俺は部室を後にした。

 足早に西ラウンジへと向かう。


 壁に背をあずけた円花が、スマホを手にしたまま窓の向こうを眺めているのが見えた。

 向こうも足音に気づいたようで、ゆっくりとこちらを振り向く。


「ごめんね、わざわざ来てもらって」

「問題ない。……それより、どうしたんだ」


 うん、と円花は小さくおなずいて、手中のスマホをくっと握りしめた。


「プロデューサーから、電話かかってきちゃった」

「……プロデューサー?」

「うん。……わたしのこと、お偉いさんの耳に入ったみたい」


 抑揚のあまりない声で、円花は足元に目線を落としている。


 ――このタイミングか。

 おそらく、事態を知ったファンがプロダクションに報告したのだろう。遅かれ早かれこうなることは予測できたが……俺たちとしては、なんの手の施しようもない。


「……それで、なんて言われたんだ?」

「とりあえず、話し合いの場を持とうって……俺が佐賀まで来るから、って」

「…………」


 有無を言わせない語調だったのだろう。

 プロデューサーが直々に会いにくる。それがなにを意味するのか、彼に会ったことさえない俺でさえ分かる。


「それは、いつなんだ?」

「明日の午後イチにって」

「そりゃまた、急な話だな」


 だがその理由も、俺にはなんとなく理解できる。一方的に予定をまくし立て、「じゃあ明日、来るから」と言われれば、誰でも混乱してしまうだろう。その心の隙を突いて、円花を説き伏せる。すぐにでも東京に連れて帰る……そういう魂胆が垣間見えてくる。


「……不安か?」


 そう訊いてみると、円花はこくこくと首を縦に振った。


「なら、俺も一緒に行ってやる」


 うつむく円花の両肩に、俺はゆっくりと自分の手を置いた。

 ふわりとしたコンディショナーの匂いと共に、円花が俺を見上げてくる。


「……いいの、悠くん?」

「ああ。お前ひとりじゃ、いいように言いくるめられるかもしれない。……だから、俺も行く」


 指先に力を込めながら、俺は静かに宣言する。

 向こうが強引な手を使うならば、俺だって――多少は強引になってもいいだろう。


 俺たちはしばらく、互いの顔を見つめ合った。

 先に折れたのは……円花のほう。


「……あーあ。いつだって、悠くんには助けられてばっかりだ」


 緊張の糸をするすると解くように、円花は咲きかけのひまわりみたいな笑顔をこぼした。


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