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幼なじみの都落ち  作者: なつまつり
第三章
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第三十七話

 それから一時間後。


 俺たちは午後の練習を取りやめて、会場となる656広場の周辺にやってきていた。

 配れるものは早く配ったほうがいいです、と言い張る早坂の勢いに押され、全員がビラ配り要員として駆り出されたというわけだ。


「というわけでセンパイがたには、五十枚ずつ配ってもらいたいです。残りはひなたがなんとかしますので。……ポイントとしては、この辺りのお店を中心に配っていくことですね!」


 早坂によれば、客の集まる飲食店などでは、レジなどの目立つ箇所に何枚か置いてくれるケースがあるという。


「やけに詳しいんだな、お前」

「いえ、事前にちょっとばかり調べただけですっ」


 五十枚のビラを俺に押し付けながら、早坂は快活とした声で言った。


「それじゃあ、ひなたは向こうの商店街のほうに行ってきますから、センパイがたも各自でよろしくお願いしますっ」


 ぱたぱたと駆けていく早坂の姿を、俺たちは四人そろって呆然と見つめた。


「……俺らも配るかぁ」


 そこから散り散りとなって、各自手のうちにあるビラを消費していくこととなった。

 俺も適当にぶらついてみるが……、そもそも通りすがる人の絶対数が少なすぎる。


 このビラ配り作戦に決定的な瑕疵があるとすれば、それは――ここが佐賀である、というところだろう。


 それでもどうにか善良そうな人を選別し、おそるおそる声を掛ける。


 しかし向こうも一筋縄ではいかない。呼びかけに応じたとしても、俺が手にしている紙の束を一目見ただけで、軽く会釈してそのまま通り抜けていく人ばかりだ。ごく稀に、完全無視を決め込む輩もいる。配っている側としては恐怖を植え付けられているようにしか感じない。


「……減らないな……」


 それなりに時間が経っても、俺の手元からは十枚と減っていなかった。

 にじんだ汗を手の甲で拭う。


 ここまで大変なものだとは思わなかった。まあ、俺自身がそこまでコミュ力もなく、人相もイマイチという点を差し引いても……これはかなり苦戦していると言えるはずだ。


 気を取り直して、俺は早坂の言っていたように、近くの店を中心に攻めていくことにした。


 656広場から北方面に抜けていったところに、小さな理髪店を見つけた。

 軒先のテントに印字されていた屋号は、経年劣化によって剥げかけている。明らかに地元の、それも年配向けの店構えだった。


 アイドルライブと縁もゆかりもないことは確定だが、今はとにかく枚数さえ減らせばいい。

 客ではないのに来店するのには気が引けたが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。


 意を決して入店すると、人のよさそうなばあさんがすぐに出てきた。八十代の前半だろうか。


「あぁ、どうもねぇ。若い方、こちらに」

「……ああ、いえ。実は……というか、髪を切りにきたのではなくて」


 咄嗟に出てきた言葉に、俺は自分で呆れてしまう。

 こういうときは結論ファーストだろうが、と思い直し、すぐさま修正を図った。


「すぐそこの広場で、自分たちがイベントをやることになっていて。もしよろしければ、こちらにもビラを置かせていただければ、と」


 たどたどしいながらも、俺はどうにか言うべき言葉を並べ立てた。

 やはり向いていない。ばあさんの反応を見るより前に、俺の心は次の店へと向き始めていた。

 ……だが、ばあさんは柔和なほほえみをたたえたまま、そうですかい、と優しくうなずいてくれる。


「ちょっと、見せてもらってもいいかねぇ」

「え、ええ。もちろんです」


 一枚のビラを手渡すと、ばあさんの目がわずかに見開いたような気がした。


「あぁ……これはこれは。懐かしいもんだねぇ」

「懐かしい……?」

「うん。このねぇ、天川さん? っていう子ねぇ。この辺でも大人気だったからねぇ」


 昔を懐かしむように、ばあさんはしわの目立つ手先で、そっとビラの表面を撫でる。

 それが遠い記憶なのか、はたまた最近の出来事なのか……表情からは推し量れない。


「あのときは凄かったねぇ。普段はほら、そんな感じで、人なんてたまにしか通らない風景だけどねぇ。相当な人溜まりになるもんだから、大事件が起こったのかと、そわそわしたもんだったわねぇ。でね、ちょっと観に行ってみたらねぇ――」


 そこからは何度かワープとループを繰り返し、長々と昔話が続いていった。


 ただ、俺もその話を真摯に聞き続けていた。九年前のドル研ライブ、そして天川詩音の生み出した熱狂。それを間近で見た人の話は、なかなか興味深いものがあったからだ。


 ひととおりの話を終えると、ばあさんは満足したように口を曲げた。


「あなたたちも、上手くいくといいわねぇ。時間が取れたら、ワタシも観に行ってみるかねぇ」


 ばあさんはそう言って、俺が持っていたビラをすべて引き抜き――旧型のレジがたたずむレジ置き場に、俺たちのビラを丁寧に重ね置きしたのだった。


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