第三十四話
自室にて。
ベッドに寝ころんでいた俺は、スマホでいろいろなサイトを巡っていた。
早坂によって盗撮されていた例の動画は、あらゆる掲示板やまとめサイトにも波及しており、既にそれなりの再生数を叩き出していた。
ただ、早坂は円花ひとりだけに絞って撮影しており、これが不幸中の幸いとなった。間違っても俺や日暮が映り込んでいたなら、それこそ「炎上」ものだっただろうが……現時点では「燻り」程度で収まっている。
熱心なシクシクのファンのなかには、なんとしても事の真相を明らかにしようとする勢力もあるようだが、それもかなり少数派らしい。
ブルーライトのせいか、やがて軽い頭痛が目の奥から襲ってくる。俺はスマホを枕のそばに投げ捨て、静かにまぶたを閉じた。
暗闇のなかに焼き付くのは、早坂ひなたの姿。
そして、笑顔を返り咲かせる円花の姿。
――深い息をついて、自分の無力さを顧みる。
今日起きた出来事を、俺自身の行動を、一つひとつ思い起こした。
早坂とは、まるで対照的だった。
俺は円花に、なにをしてやれたわけでもなく。
ただなんとなく、幼なじみという既成事実を利用して、そばにいた……それだけだった。
喫茶店にいたときもそう。毒にも薬にもならない、慰めの言葉をかけるので精いっぱい。
円花がほんとうに欲しかったはずの言葉を、今の今までかけてやることもできずに。
結局、円花の背中を押したのは、俺ではなく……早坂だった。
「…………」
考えてみれば、早坂のほうがよほど、円花のことを理解していた。
円花自身が深い後悔の念を背負っていることさえも、早坂はすぐに見抜いていた。
そのうえで、早坂は言ってのけた――絶対にライブをやるべきです、と。
確かにそれは、少々無遠慮な物言いだったのかもしれない。
けれど逆に考えれば、早坂はその言葉をためらいなくぶつけられるほどに、円花のことを想っているのだ。「想っている」という自信がみなぎっているのだ。
対して俺はどうか?
これまで俺は、円花のことを考えて、発言をしているつもりでいた。
間違っても、傷つけてしまわぬように。
……でも裏を返せば、それは単なる保身でしかないのだ。
円花が傷ついてしまうことで――俺自身が傷つくことのないように。
だから言葉を選ぶ。当たり障りのない文句を並べる。
物理的な距離だけは近くて、だから俺は、心まで円花に寄り添った気分に浸りきっていたけれど。その実、早坂のほうがずっと、円花の心に近づきつつあるのかもしれない。
そこまで考えて、胸の奥がきりりと痛んだ。
ならば俺は、もっと円花に率直な想いをぶつけるべきなのか。
自らも傷つくことを厭わず、ありのままの本心を伝える……だがそれも、美しい自己犠牲の響きに惑わされた、聞こえがいいだけの綺麗事にすぎないのではないか。
「……」
なにが正しいのか、俺には分からなかった。




