第三十三話
「それでお聞きしたいんですけど、センパイたちはどういう活動をされているんでしょう?
あ、いえ、円花さんのことだから、ヘンなことじゃないってことは分かってるんです。
ひなたは完全に部外者なんですけど、もしよかったら、教えていただけませんか⁉」
「あ、あのな、ひなたちゃん……まずは一旦落ち着こう、な?」
そうやってなだめすかす日暮のほうが、よほど気が動転している。もっとも、それは俺を含めた他の三人も同じなのだが。
「ご、ごめんなさい。ひなた、円花さんのことになると、すぐに熱くなっちゃうので……」
はっと我に返り、早坂は頬をぽりぽりと掻いた。
「えっと、じゃあ……わたしの口から、きちんとお話ししますね」
呼吸を整えてから、円花はその場の全員に向けて――ここにやってきた理由を、順を追って説明していく。さすがに俺がどうこうという話は伏せていたが、大まかな流れは喫茶店で語っていたものと変わらない。
芸能アイドルとしての葛藤。自分の本心がどこにあるのか、それを探すための活動休止。
「――この部に加入させてもらったのは、偶然の産物なんです。ここにいるみなさんが、わたしの心境を理解してくださって。わたしは純粋にアイドルできる機会を、こうして与えてもらっています」
長らく耳を傾けていた早坂は、合点がいったというようにパチンと手を合わせた。
「なるほど、そういうことだったんですねっ。それじゃあ円花さんは、近いうちにライブをされるってことなんですよね! ……あの、それならひなたも応援しに行っていいですか⁉」
「ば、ばってん、ひなたちゃん……!」
オロオロとした四条が、なにかを言いかける。
言わんとしていることは明白だった。円花がその続きを代弁する。
「でもこの状況だと、ミニライブをするのはちょっと……」
日暮がすぐに同調した。
「円花ちゃんの言うとおりだな。火に油を注ぐことになるかもしれねぇ」
パイプ椅子の後ろに立ちすくむ四条も、うつろな目で俺に問いかけてくる。
「……ゆーくんたち、さっき、男の人に追いかけられたとやろ……?」
「ああ。あの様子だと、少なくともファンの間では情報が広がってるんだろう」
推測にはなるが、おそらく早坂が【おすそわけ】した映像の一部を、コミュニティ内の誰かが無断で動画サイトに転載した。それを見たシクシクのファン、ならびに愉快犯たちが、校舎の内観などから高校名を特定。実情を探るべく、ネット上の有志三人がわざわざ佐賀くんだりまで出向いていた。そして運悪く、俺たちは彼らに遭遇してしまった……という流れになる。
「今後どこまで騒ぎが波及するかは分からねぇ……が、俺たちにとっちゃかなりの痛手だな」
「うん……せっかく準備、してきたとにね……」
しょんぼりと肩を落とす四条。
そのすぐ隣で、日暮は深刻な面持ちで腕を組んでいた。
「み、みなさん、そんなに気を落とさないでくださいっ。もし仮にライブができないとしても、こうしてみなさんと一緒に過ごせただけでも、わたしは充分に幸せですので……!」
そうやって、気丈に振る舞ってみせる円花。
……だが、そのどんよりとした空気が吹き飛ぶことはない。
めいめいが顔を見合わせる。
諦めの二文字が、互いの表情に強くにじんだ。
「あのー。ひなたにはちょっと、よく分からないんですけど……」
そんなとき。どこまでも場にそぐわない音色で、早坂は素直な疑問を口にする。
「どうして、ライブするの辞めちゃうみたいな雰囲気になってるんですか?」
「……お前な、誰のせいで辞めなきゃいけなくなると思ってるんだ?」
さすがに頭にきて、俺は正面から早坂へと問いただす。
普通なら、反論の余地もない。
しかし――早坂は臆することなく、鋭い眼光で俺を見定めた。
「それってつまり、円花さんが自分のことを見つめ直すために、ミニライブをやるんですよね。
センパイがたは、そんな円花さんのためを想って、一生懸命準備をされているんですよね。
それの、なにがダメなんですか?
悪いことひとつもしてないっていうか……むしろそれって、いいことだと思いますけど」
「…………っ!」
息を詰まらせたような、誰かの呼吸音が聞こえた。
「でも、でもな、ひなたちゃん……」
どうかみ砕いて説明したものか、さしもの日暮も混乱しているようだ。
「今、円花ちゃんに対するファンの不信は高まってるだろ? そんな状況で平然とライブなんてやったら、ファンはどう思うよ? ひなたちゃんだって、事情を知らなかったとしたら――」
「そうだとしても、ひなたはやるべきだと思いますっ!」
毅然とした表情で、早坂ははっきりと言い切った。
「その、ひなたのせいで、こんな騒ぎになったことは何度だって謝ります……ごめんなさい。
……ですけど、そんなことでライブ辞めちゃうなんて、もったいなさすぎますよ!
確かに、批判を受けちゃうリスクはあるかもしれないですけど。
でもそんなの、ぜんぜん気にする必要ないです。
だって円花さんには、センパイたちには、正当な理由があるんですからっ。
ミニライブをやるに値する、大きな意味があるんですよ。
さっき、ひなたに話してくれたみたいに――、
円花さんは、センパイたちは、それを嘘偽りなく、きちんと説明できるはずです。
だから恐れる必要なんて、これっぽっちもありませんっ!」
俺たちの顔を一人ひとり見回しながら、早坂は臆することのない笑顔を見せた。
「それに円花さんは今、ここにいるじゃないですか。
東京に戻ったら、もう二度とこんな環境でミニライブなんてできませんよ!
逆に言えば、今なら……やれるんですっ。
だからもし、ここで辞めちゃったら。
ひなたが思うに……円花さん、あとで絶対に後悔することになっちゃいます」
「―――っ‼」
どこまでも無遠慮な早坂の一言に、円花は思わず顔を伏せる。
まるで急所を針でひと突きにするような、緻密さと威力。
躊躇いもなく、心の奥まで踏み込んでくる早坂に、俺は恐怖心すら覚える。
その無邪気な刃が己に向けられていないことに、そっと胸をなで下ろしたほどだ。
「……ね、円花さん?
そうならないためにも、ひなたはライブをやるべきだと思います。
これはきっと、最初で最後のチャンスです。
アイドルとしての音海円花なんて、今はどうでもいいんですよ。
円花さんという人間が――この先の未来をどう生きていくか、それが懸かっていますから」
「…………」
そこにいた全員が、ただただ早坂のことを見つめていた。
俺もいい加減、彼女に対する見方を変えなければならないだろう。
こいつはほんとうに、どうしようもなく空気が読めないが――――、
少なくとも、この場にいる誰よりも――正しかった。
「……うんっ。そうです、ひなたさんの言うとおり……」
延々と続くかに思われた沈黙を破ったのは、他でもない……円花自身だ。
小さくうなずく円花の表情には、どこかに置き去りにしていた笑顔が戻ってきている。
「わたし、やります……ミニライブ、やり遂げたいですっ!」
握り込んだ手を胸に当てて、円花は高らかに自らの想いを宣言したのだった。




