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幼なじみの都落ち  作者: なつまつり
第三章
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第三十二話

 念には念を入れて、俺たちは裏門から高校の敷地内に忍び込む。


 いつもとは異なるルートで部室へ急ぐ。

 ありがたいことに、ドアはご丁寧に開けられたままだった。


「戻ったぞ」


 予想どおりと言うべきか、部室には明らかに異質な雰囲気が漂っていた。

 一瞬だけ早坂とも目が合うが、すぐに視線を逸らされてしまう。


「あ……!」


 俺たちの姿に気づくやいなや、すぐに四条が駆け寄ってきた。


「円花ちゃん……大丈夫ね?」

「……ありがとうございます、こころさん」

「……っ!」


 円花の目が真っ赤に腫れていることに、四条もすぐ気づいたようだった。

 四条にそっと肩を抱かれて、円花はいつもの席へと導かれる。


 彼女がすとんと腰を下ろしてはじめて、全員の視線が渦中の人物へと集まっていく。

 早坂ひなたは、普段四条が座っている位置、つまり俺の隣席へ腰を下ろしていた。

 以前に会ったときの快活さは失われ、今は後ろめたそうな視線を己の膝上に流し込んでいる。


「あれから、ちょいと事情聴取をしてな」


 最初に口を開いたのは、早坂の正面にどっかりと座り込む日暮だった。


「とあるクローズドなコミュニティで、盗撮動画を共有していたそうだ」

「……なんだそれは。なにが目的だ?」


 俺がにらみつけると、早坂はぴくりと肩を震わせて委縮する。


「まぁ聞けよ。ひなたちゃんは、落ち着いたら話すって言ってくれてんだ」

「……」


 早坂はしかし、なかなか口を開かずにいた。

 むっつりと押し黙る早坂の表情を見ているだけで、意図せず身体に力が入るのが分かる。


 早坂は逡巡する仕草を見せてから、


「……ごめんなさい、センパイがた。そして、円花さんも……」


 その視線は定まらなかった。ふらふらと下のほうばかりを向いている。


「謝罪は充分聞いたぜ。もういいから、大事なことを話してくれよ。な?」


 日暮はフランクな態度で、ときおり微笑を織り交ぜながら問いかける。


 こいつの、ここぞというときの落ち着きようは群を抜いている。日暮がこの場にいてくれて助かったと、俺は心から思った。

 これは根気の勝負か……俺がそう考えかけていたとき、早坂がふいに口走る。


「じ、実は……【おすそわけ】だったんですっ!」

「……お、おすそわけ?」


 四条がこてんと首をかしげた。


「そうですっ。ひなたが心から敬愛している円花さんを、近くで見守ることができたこと……こんなに幸せなことは、ひなたの人生で二度はありませんっ。……だから、この幸福を、みんなにも分け与えたいと思って、それで……動画を【おすそわけ】しちゃいました……」

「ちょっと気になるとやけど、【おすそわけ】っていうとは……?」


 四条がおずおず訊ねると、早坂は【おすそわけ】の説明を始めた。

 いわく。【おすそわけ】は、早坂が所属する匿名系コミュニティで使われている用語らしい。


 たまたま有名人に出くわした人は、その幸せな気持ちを仲間内で「シェア」する――つまり、隠し撮りした有名人の画像や動画を、コミュニティ内部で共有している――ということだ。


 おそらくコミュニティ内では、【おすそわけ】とやらが励行されているのだろう。先ほど早坂が口走った「幸福を分け与える」という表現も……聞こえをよくするために、コミュニティの人間が体裁を整えて用意した言い回しに違いなかった。


 それを、こいつは――よりによって、まんまと鵜呑みにしてしまったのだ。


「ひなた、みんなから【おすそわけ】をせがまれちゃって。……一度だけと思って、シェアしたんです。そしたら、みんなが喜んでくれたから……ひなた、嬉しくなって――」

「そんなことで、お前は自分の承認欲求を満たしてるのか?」


 たまらず俺が口を挟んだところで、日暮がすぐに割り込んでくる。


「食ってかかるのはご法度だ」

「……だけど……!」


 それ以上の返事をする代わりに、俺はこぶしを握りしめた。


「……いえ。センパイの言うとおりです」


 いっぽうの早坂はふいっと顔を上げて、力なく笑ってみせる。


「ひなたはまともに生きていくのが苦手な人間ですから。こんなことでもしないと、承認欲求さえ満たせないんです」


 ――まともに生きていくのが、苦手。

 それがどういう意味なのか、俺は即座に理解しかねた。


「センパイと、それから円花さんにはお伝えしていましたよね。ひなた、おっちょこちょいさんなんです。それも、かなり度を過ぎた感じの。天然キャラとか、そんなかわいいものじゃなくて……ひなたを見た人たちが、思わずひなたを避けてしまうくらいの」


 穏やかな語り口だったが、その言葉にはただならぬものが感じ取れる。

 俺はわずかに眉根を寄せて、その続きを待った。


「――簡単に言えば、誰でもできるようなことができないんです、ひなた。

 言われたことをすぐ忘れちゃうし。何度注意されても、同じところで失敗しちゃうし。

 間違いようのないことを、平気で間違えちゃうんです。

 だからたぶん……いつもふざけてる子なんだって、思われたりしちゃってるみたいで。

 ひなたはそんなつもり、ぜんぜんなくて、頑張ってやろうとしてるんです。

 でもそんなこと、理解されるはずもないですよね。

 だからひなたには……中学校からずっと、友達がいないんです」


 ――――。


 それはあまりにも平然とした、重すぎる告白だった。

 早坂の言葉に絶句したまま、俺たちは硬直したままだ。


「そんなひなたが心のよりどころにしていたのが、アイドルなんです。

 こう見えて、推しドル、たくさんいるんですよねっ。

 いちばん好きなユニットが、シクシクで。

 そのなかでもひなたがいちばん好きなのが、その、円花さん……なんですけどっ」


「…………へっ?」


 間の抜けた円花の声が、一瞬だけぽつりと漏れる。

 早坂はもぞもぞと身体を揺らしながら、横目で円花をちろりと見た。


 たったそれだけで、早坂の顔全体がぼうっと上気する。

 その瞳はみずみずしく潤んで、てらてらと輝きを増しつつあった。

 心なしか、その話し方にも変化が表れているようだった。


「ぜ、ぜんぶが好きなんです、ほんとに。

 顔とか、声とか、ちっちゃい感じの身体つきとかも……。

 あと、あれです! 円花さんて、ぜったい媚びを売ろうとしないんですよね!

 シクシクはいつも人気投票があるから、他メンのあかねちゃんやみなみちゃんは、人気取りのために露骨なファンサービスしたりして、ひなた的にちょっとなぁって思ってたんですけど。

 円花さんはデビューからずっと自分を貫いてて、それがほんとにカッコよくて……!

 自分のなかにある信念を、決して曲げない人なんだなあって。

 ひなた、ずっと考えてたんです。円花さんみたいな、強い人になりたいなぁって……!」


「……わ、わたし、みたいな……?」


 目を丸くする円花へと、早坂は矢継ぎ早に想いを投げかける。


「そうですよっ。ひなたは中三のとき以来、ずっと円花さんを目標に生きてきたんです!

 シクシクがテレビやラジオに出演したときは、毎回欠かさず見てましたっ。

 でも、ここ二か月くらい、なんだか円花さんの様子がおかしい気がして……心配してたら、いきなり活動休止の発表が出ちゃって。ひなた、気が気じゃなかったんです。

 ……えへへっ。もちろん、最初に校内で見かけたときは、なにもない場所で二回もコケちゃうくらいに、びっくりしちゃったんですけどね!」


「……ふぁ、えとあの、嬉しいっていうかありがたいっていうか、なんていうか……⁉」


 円花は目をぐるぐるさせて、わたわたと両手を動かしていた。

 二人とも、既に収拾がつかなくなっている。


「でも、ここでセンパイたちと活動してるときの円花さんは、とってもキラキラしてましたっ。

 どうして夢が丘にいるのかは、いまだにぜんぜん分からないですけど!

 ひなた的には、伸び伸びとした円花さんをこの目で見られたから、とっても幸せでしたっ!」


 火照った頬に手を添えながら、早坂は熱烈にまくし立てたのだった。


「…………」


 二の句が継げない。

 その、あまりに破天荒すぎるキャラクター。


 よく言えば雰囲気に流されない。悪く言えば空気が読めていない。

 早坂ひなたという少女は、意図することなく……たった今、ドル研を掌握していたのだった。


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