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幼なじみの都落ち  作者: なつまつり
第二章
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第二十七話

 はじめての合同練習は、やはりと言うべきか……あまり上手くはいかなかった。


 それぞれのチームが、これまで励んできた練習の成果を見せる場。そのことを意識しすぎて、俺たちは互いに力が入りすぎていたようだ。


 とくに首尾よくいかないのは、俺たち音響組とアイドル組のかけ合いだ。


 音響はただ音楽を流せばいいというものではない。アイドルの登場シーン、MCタイム、そして歌唱パートと、それぞれ異なる音楽をかけている。MCのときは音量を絞る必要がある。BGMの切り替えも、不自然にならないよう行う必要がある。


「なかなか難しいもんだな、これ」


 日暮が困った笑みを浮かべながら、フェーダーを微調整する。

 意外な部分に難しさが潜んでいる。これは、各自で練習を行っているだけでは気づきにくい。

 こうして合同練習の機会を設け、はじめて理解する難しさもあるのだ。


「さっきのとこ、もう一回よか?」

「お、おう……Aパートだよな。さっき設定したCUEポイントはこいつだっけか……」


 ぶつぶつと言いながら操作していた日暮。だが、


「きょーた! ここはサビやんね!」

「悪い悪い、ちょっとミスっちまった」


 まだ操作に慣れていない俺たちは、いざ実践というとき、しばしば混乱してしまう。

 落ち着いて操作すればどうってことはない。だが、一部の機能しか理解していないPA卓やDJセットを目前にすると、心のどこかでひるんでしまう。


 ……そして、それはなにも俺たちばかりではない。


 曲に合わせてダンスを始めるアイドル組。

 音海が引っ張り、それに合わせて四条が追随していく形だ。しかしどうしても、動きのキレやタイミングの合わせ方にはっきりと実力差が浮き出てしまう。


 四条は初心者ということもあって、極力振りが少ないように調整されてはいるが……いかんせん、動作がやや遅れ気味になってしまう。


 振りを忘れたり、歌詞が飛んでしまったりするところも散見された。音海はほとんど完璧にこなしているが、それでもたまにミスをする。


「……ふぅ、また失敗ばい……」


 したたり落ちる汗を見つめながら、四条は両ひざに手をついた。


「……しばらく、休憩しませんか。あんまり根を詰めても身体によくないですし」

「俺たちも、ちょっとクールダウンが必要みたいだぜ。な、堀川」 

「そうだな」


 こういうとき、上手くいかないからと闇雲に向き合い続けても、あまり収穫はない。


 時間を置くことで、経験値はある程度整理される。これまでできなかったことも、一晩おけば不思議と身についている……なんてことは、案外よくある話だ。


 広々とした研修室の真ん中で、俺たちは円を囲むように腰を下ろした。

 部室で集まっているときとは違う、独特の空気が流れている。


 同じ練習を経て、同じ休憩時間を共有している。これまでとは微妙にシチュエーションが異なっていて、だからこそ、話題の切り出し方にそれぞれが戸惑っていた。


「そういえば、だけどよ」


 少し続いた沈黙を破ったのは、俺の隣にあぐらをかいた日暮だった。


「円花ちゃんて、どうしてアイドルやってみようって思ったんだ?」


 急にそんな質問を振られるとは思っていなかったのか、音海は目をぱちくりとさせた。


「あーいや、なんかさ。普段はなかなか訊くタイミングもねぇし、いい機会かなって」

「そうやね。あたしも聞いてみたか!」


 すぐに四条が乗ってくる。

 音海は自分から身の上話を語るタイプじゃない。こうして質問されなければ、ずっと己のことについて口を開くことはなかっただろう。


「そんなにたいした話じゃないですけど、それでもよければ」

「いやいや、こういう人の話ってすげぇタメになったりするからな」

「そうばい。だって円花ちゃんは、ひと足もふた足も早くに、自分の夢ば叶えとるけんね!」


 その言葉が嬉しかったようで、音海はその柔らかそうな頬を少しだけ緩めた。


 一瞬だけ目を閉じて、記憶のなかにある自分に問いかけるように――音海は語り始める。


「わたしがアイドルを目指したきっかけは、詩音さんでした」


 一時は国民的な人気を誇ったアイドルグループ、【シスター・リリー】。

 そのセンターである天川詩音は、なかでもファンに好かれるキャラクターだった。


「その姿に憧れたのは、ほんとうに子供っぽい理由だったんです。テレビに映る詩音さんの姿が、ただただかっこよくて、可愛くて……気づけばわたしは、テレビの前で踊っていた。歌もフリも、真似するうちに自然と覚えてしまって。そうしたら――」


 当時の光景を思い出したのか、音海はくすりと笑った。


「パパとママが、わたしのことをすっごく褒めてくれて。『円花は将来、詩音ちゃんみたいなアイドルになるかもしれないな』って。今考えれば冗談だったのかもしれないですけど。

 そのとき、子供心ながらに決心したんです。

 わたしもアイドルになる。画面の向こうの詩音さんみたいに、たくさん笑顔を振りまいて、素敵な歌をテレビで歌うんだ……って」


 音海はすぅと息を吐いて、話を続ける。


「そのうち、小学校のクラスでもシスリリが流行り始めたんです。

 自分で言うのもおかしな話ですけど、わたしはすぐにクラスの人気者になりました。

 だって、誰よりも上手に、詩音さんの立ち振る舞いを真似することができたから。

 わたしがシスリリを、詩音さんを、アイドルのことを大好きに想う気持ち。それをただみんなの前で表現するだけで、わたしの周りにはたくさんのクラスメイトが集まってきました。

 それが嬉しくて、わたしはどんどん詩音さんに傾倒していったんです」


 でも……と、音海は逆接の接続詞を繋いだ。


「みなさんの知るとおり、わたしたちが六年生だった夏に……シスリリは電撃解散してしまいまいました。

 その一報を聞いたとき、わたしはどうしようもなく立ちすくんでいました。

 なんで、なんで。どうして、どうしてって。

 答えをくれるわけもないパパとママに、わたしはひたすら訊いちゃったりして。

 あのとき、詩音さんに奪われた心は……どこかに消えてしまったような気がして」


 俺も四条も日暮も、しっとりとその話に耳を傾ける。


「解散から一か月もすると、わたしはクラスでも以前のような人気者ではなくなっていました。

 もう誰も、シスリリの話なんか、詩音さんの話なんか……アイドルの話なんか、してなくて。

 あれだけみんな夢中だったのに……もうみんな、すぐに忘れちゃって」


 流行り物は廃り物、ということわざがある。

 誰しもが理解していることだろう。


 いっときの熱に浮かされ、まるで奇跡にでも遭遇したかのような盛り上がりを見せたとしても――そこにあったはずの光は、いつの間にか音もなく消えてしまう。


「ぽっかりと空いた心に知らんぷりをして、わたしはそれからの毎日を送っていました。

 でもあるとき、ふと気づいたんです。

 たとえみんなが、シスリリのことを、詩音さんのことを忘れたとしても。

 ――わたしだけは、せめて、このわたしだけは。

 そこに確かにあった光を、ぜったいに忘れないでいよう、って。

 その気持ちは、今でも大切に、この胸のなかに埋めてあるんですよ。

 詩音さんのことだって、他の誰よりも覚えているつもりです。

 だって……わたしの心を持ち逃げしちゃった、正真正銘の泥棒さんですからね」


 いたずらっぽく頬をぷくりと膨らませながら、冗談めかした笑みをこぼした。


「『誰かの心を盗んでみせる』。そんなアイドルに、わたしもなってみたいんです!」


 勢いですっくと立ち上がった音海は……ハッと我に返った挙句、数秒の動作停止を挟んで「うーんっ」と精いっぱいの伸びをした。


 それはあまりにわざとらしい、バレバレな照れ隠し。

 その所作が面白くて、顔を示し合わせた俺たちはくすくすと笑い合った。


「……なな、なんですかっ⁉ 確かにちょっと、恥ずかしいこと言っちゃったかもしれないですけどっ……!」

「いやいやいや。マジで感銘を受けたぜ、円花ちゃん」

「うんっ。やっぱり円花ちゃん、凄かと思うし……なにより、がばい可愛かっ!」

「そそ、そんな、みんなして笑い合うことないじゃないですか⁉」

「いや、やっぱ円花ちゃん最高だわ」

「それ、どういう意味ですかっ⁉」


 耳たぶまでピンク色に染めて、音海はあわあわと日暮を詰問している。


「うんうんっ。そういうトコやんね!」


 ニマニマとした笑顔を浮かべて、四条も若干からかっているようだった。


 一瞬にして、和やかな空気に染まっていく研修室。

 俺もどこか穏やかな心境のままに、ワイワイ騒ぐ三人の姿を眺めていたのだった。


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