第二十四話
八月十一日。練習八日目。
本格的に練習を開始してから一週間が過ぎた。
たかが七日間。とはいえ昼間のほとんどを練習に費やしているおかげで、それぞれが着実に成長の兆しを見せていた。
明日からの日程では、いよいよ合同練習も入ってくる。アイドル組も新たなフェーズに突入しているらしく、ときたま廊下に出ると、息の揃った歌声がかすかに階下まで響いてきた。
昼下がりのことだ。
手洗いで用を済ませた俺が便所を出ると、
「あ、センパイ!」
たかたかと足音を弾ませながら、例の転び屋が近づいてきた。
ひなた、とかいう一年生だ。やたらと小動物感のある彼女は、天敵たるものを知らない南極ペンギンのごとく、てこてことやってくる。
「転ぶなよ」
「それなら大丈夫です! さっきもう転びましたので」
「こないだ別れたときも、あの後すぐに転んでただろうが」
「……あれ、バレちゃってました?」
たははは~と笑いながら、ぺろりと舌を出してみせた。
「普段はあんなに立て続けにやらかすこと、ないんですけどねー。センパイたちに助けてもらったのが嬉しくて、心が浮き立っちゃってました!」
「もう少し落ち着いたほうが身のためだ」
「それ、よく言われるんですよ! でもどうしようもないんですよねー、ひなたは根っからこういう人間で。直そうと思っても直せないっていうか……」
……俺はわずかに目をすがめた。
なんだ。この子はいったい、俺になにを求めている?
「俺になにか用があるのか」
「いえ、たまたまお見かけしたものですから……でもあれです、センパイとは因果めいたものを感じちゃうかもです! もしかして前世で兄妹だったとか!」
「……冗談も大概にしてくれよ。じゃあな」
「あ、はーい! それじゃ、またどこかでお会いしましょうね、センパイ♡」
あざとさ満点の上目遣いをお見舞いしてから、きゅいっときびすを返す。そのまま彼女はどこかへ走り去っていった。
「……なんなんだ、あいつは……」




