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幼なじみの都落ち  作者: なつまつり
第二章
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第十二話

 無事に腹ごしらえを終えた俺たちは、その足でドル研の部室へと向かった。


 俺たちは清涼カプセルで適当ににおい対策を行ったが、女子組はやはり徹底したオーラルケアが必要らしく、部室に戻るとすぐに連れ立って歯磨きへと向かう。


「やっぱ気にするもんだな、女子は」

「そりゃそうだろ」

「こいつを一粒で、豚骨さえ退けちまうのにな」


 手持ち無沙汰になった日暮がシャカシャカと清涼カプセルのケースを振る。どことなく小気味のいい音だった。


「お待たせばい」

「すみません、遅くなっちゃって」


 二人が戻ってきたところで、ようやく今日の本題がスタートする。

 いつもは置物か横槍を入れるだけの部員たる俺。必然、こういうシーンでは俺がリードしていくことが暗に期待されている。


「とりあえず今日決めるべきことは、ライブの大まかな日付。そこから逆算して練習計画だな」

「その前に、ちょっと疑問があるのですが……」

「なんだ?」


 なにげなく音海と目が合って、俺は少し動揺してしまう。まさかラーメン交換ごときがここまで響くとは思わなかったな……。


「……え、えっと。わたしとこころさんでライブするのはいいとして、なんの曲を歌うのかっていうことと、衣装をどうするのかっていうところが気になるかも……です」

「それについては、いっそ過去のものをそのまま流用するのはどうかと思ってな」

「過去のものつったら、つまりは……件の時代の、ってことか?」

「そういうことだ」


 背後にそびえ立つ、古ぼけたスチールキャビネットへと親指を向ける。


「これまで一度も開けたことはないが、おそらくこいつのなかに仕舞ってあるだろ。音源もCDラックをひっくり返せば出てくるはずだ」

「そ、そいばってん……確証はあると?」

「確証はない。が、この部の存続経緯を見ても、天川詩音に関わるものは大切に残してあると考えるほうが自然だ。現に――」


 俺はスマホでとある語句を入力し、ユーチューブの画面を他の三人に提示する。


「あ、これって……!」


 そこに映し出されたのは、ありし日の「夢が丘アイドル研究部」天川詩音の姿だった。


「九年前、彼女がうちの一年生だった当時の映像だ」

「なんだこれ、ライブ映像か?」

「ああ。おそらく部員が撮ったものを、自分たちでアップロードしたものだろう」


 そのためか、画質はかなり荒く、手ブレもひどい。

 投稿当時はおそらくほとんど見向きもされなかっただろうが……このわずか二年後には、この動画はファンにとってとんでもなくお宝映像となったことだろう。


「ここ、656広場じゃなか?」

「ほんとですね! じゃあ、詩音さんもあそこで……」


 天川詩音が中心となって、本格的に活動していた当時のドル研。彼女たちも、656広場を使ってライブを行っていたのだ。


「つまり、なにもかも先代を踏襲することになる。なにかオリジナリティを付け加えてもいいだろうが、時間的な制約もあるしな」

「少なくとも曲と振り付けは、そのまま譲り受けるしかねぇな。別に悪いことでもねぇし」


 音海と四条も、こくこくとうなずき合う。


「じゃ、具体的なパフォーマンスは過去の例を参考にする方向で。次は日程だが――」


 続けて、スマホに標準搭載されているカレンダーを表示させ、長机の上にぽんと置いた。


「今日は四日。夏休みは月末いっぱいまでだが……音海が東京に帰ることを考慮すると、二十五日付近が望ましいと考えているが。どうだ?」

「そ、そうですねっ。そのあたりだとありがたいかもです」

「よし。なら、仮に二十五日と仮定しよう。残された時間はちょうど三週間、今日も含めて二十一日だ」

「ん~~……なかなか厳しかね」

「つっても、所詮は無償のライブだろ? それだけあれば、ある程度は様にはなるんじゃね?」

「……どうだ、音海?」

「ええと。基礎練習とかを加味すれば、かなりギリギリ……かもですね」


 そうだろうとは思った。

 音海は紛れもないプロだ。日暮の言う「ある程度」レベルでこいつが満足するはずがない。


「今日からでも、できることをやってもらったほうがいいかもな……そこでだが」


 俺はスクールバッグからルーズリーフ一枚と、水性ペンをすっと取り出す。


「お前、なんかこういうことに関しては気持ち悪いぐらい要領いいよな……」

「黙って聞け。とりあえずだが、しばらくこの四人を二チームに分けようと思う」


 そう言って俺は「音海・四条」「日暮・堀川」と記し、それぞれを丸で囲う。

 前者には「パ」、後者には「音・雑」という文字を付しておく。


「音海・四条チームは、もっぱらパフォーマンスに向けての練習だ。場所は音海に任せるが、うちの高校にはラウンジがある。校舎の特性上、時刻に関わらず日陰だ。そこがおすすめだな」

「わ、分かりました!」

「続いて俺たちだが、音響その他雑用係をすべて引き受ける」

「ま、そりゃそうなるよな……まったく、参っちまうぜ。なぁ堀川?」


 なにが「なぁ堀川?」なのかは永久に謎だが、俺は適当に相づちを打っておく。


「音海たちが練習をする間、俺たちは音響設備の勉強をする。他に野暮用があればいつでも言ってくれ。可能な限り動けるようにしておく」

「ふんふん。つまり、しばらくは別々に行動するってことでよか?」

「基本的にはな。ただ、こことは違ってラウンジには空調もない。ある程度は音海の判断に任せようとは思うが、こっちの判断でいろいろと変更するかもしれない。それでもいいか?」

「はい。そこは臨機応変にやっていきます」

「じゃ、早速だが……この紙の裏側に、残り二十一日の練習工程を四条と相談しながらメモしてみてくれ。それを元に、これからのことを考える」


 音海にルーズリーフとペンを手渡すと、四条はやにわに席を立ち「どがんすどがんす~?」と彼女の背後へと寄っていった。


「俺らはどうすんだよ、堀川」

「そりゃお前、ひとつしかないだろ」


 再びそのジェスチャーをしてみせると、日暮は思いっきり渋い顔をした。


「探すんだよ。音源と衣装をな」


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